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崩壊の旋律『ヨーデル』編

ようやくマーブル全土に吹き続けていた吹雪が止まり、積もった雪までもが消えた、

しかしそんな喜びも束の間、ラバァルは素直に喜べなくなっていく...



         その90



ニフルヘイムは、穏やかな声で言った。「さあ、約束を果たそう。」全員が頷き、ついに契約が成立したのだ。


〖ニフルヘイム〗との和解が成立すると、大精霊は重々しく言った。「よかろう。契約は確かに結ばれた。今、ゲートを開いてやる。速やかにこの地を退去せよ。そして、二度とこの迷宮に近づくことは許さん。」

「ああ、分かった。吹雪の件、頼む。」

ラバァルはそう言うと、迷宮の一階へと続くゲートに躊躇なく飛び込んだ。彼の帰還を待ちわびていたラーバンナーたちが、その気配を感じ取るや否や、一斉に駆け寄って来る。

「ラバァル!一体どうなったんだ!?」彼らの声には、焦燥と安堵への期待が入り混じっていた。

「ああ、皆無事だ。」ラバァルは 簡素に答える。「それに、吹雪を止める契約も取り付けた。確認は必要だが信用して良い話だ。」彼の言葉は期待が込められていながらも、完全に信用した訳ではないようだ。

その時、安堵の表情を浮かべたロゼッタたちが姿を現し始めた。最後にオクターブがゲートをくぐると、まるで役目を終えたかのように、ゲートは静かに消滅した。

「ゲートが消えた!」周囲から声が上がり、生還者たちを祝福する歓声が沸き起こった。

彼らの目は、消えたゲートの先を大きく見開かれた目で見ている。


その喧騒の中、ラバァルは毅然とした声で言った。「まずは結果を確認する。みんな外へ出るぞ!」そう号令をかけると、彼と彼の仲間たちは迷宮の入口に繋がる扉を力強く押し開ける。



「おお……!」扉の向こうに広がっていた光景に、ラバァルは息を呑んだ。

思わず漏れたその声には、「やったぞ!」という達成感が滲み出る。


続いて外に出た仲間たちからも、驚嘆と歓喜の声が次第に大きくなっていく。

最初は、目の前の光景を信じられなかったのだろう。

しかし、状況を理解し始めると、歓声が爆発的に広がり、


互いに声を競い合うように挙げ始めた。


「嘘だろ!? 本当に吹雪が止んでるぞ!」「それだけじゃない! 地面を覆ってた雪は、一体どこへ消えたんだ!?」「あんなにも深く積もってた雪が、まるで最初からなかったみたいに消えてるぞ!」

彼らは、目の前の奇跡のような光景に息を呑み、ただただ感動の声を上げ続ける。


喜びは生きて出て来れた者たち全員に広がり、至る所から歓声と安堵の吐息が溢れていた。


暫く後、歓声も静まり、ようやく落ち着きを取り戻した皆に、ラバァルは。


「みんな、よく聞け!これからヨーデルへ向かう。のんびり歩いて帰るつもりはない。急いで戻る!ついて来られない者は、自分のペースで戻れば良い。いいな!」



ようやく目的を果たし、さあ帰ろうという時なのに、ラバァルの胸には微かな、しかし拭い去れない嫌な予感が湧き上がっていた。積もっていた雪が消えた時、皆と同じように安堵したのだが、すぐに「これは不味い」という思いが頭をもたげた。雪がなくなったことで、

ラガン軍が容易に移動できるようになると考えたのだ、もちろん出発も早まるだろう。


ラバァルの当初の計画では、吹雪が止んだとしても、雪解けには多少の時間がかかる、そう考えていた。その間にヨーデルから安全に退避し、ルカナンへ戻るつもりだったのだ。


しかし、積もった雪の突然の消失は、その計画を大きく狂わせた。ラガン軍が予想よりも早く動き出すかもしれない。今からはその可能性を考慮に入れ動かなくてならない。

それゆえ、ラガン王国軍が早期にヨーデルへ迫ってくるだろうという予測が、ラバァルの感覚に妙な引っかかりを感じさせている。大軍であれば、そう早く移動できるはずがない――理性ではそう考えている。だが、この微細な胸騒ぎは、過去に幾度か経験した時にも感じられていた、あの時はこれ程には気にならなく放置してしまった、今回は違う。過去の記憶が、仲間たちの危機を知らせる微細な警鐘だと

考えさせたからだ。彼は急いでヨーデルへ戻ろうとしていた。


・・・・・・・・・・・・・



ラガン王国第一軍の拠点、『ルカナン』。その静寂を破るように、六時間後、副指令ハイルの部屋の扉が激しく叩かれた。

コンコン、コンコン!

「何事だ!」ハイルの低い声が響く。

「ハイル副指令!耳役のランホックです!緊急事態であります!」

「緊急事態……入れ!」ハイルは眉をひそめ、警戒しながら許可を出す。

バタン!荒々しく扉が開かれ、息も絶え絶えのランホックが部屋に滑り込んできた。

「ランホック、一体何があった?」ハイルは立ち上がり、その様子にただ事ではないと察した。

「副指令!大変です!先ほどまで降り続いていた吹雪が止んだと知らせが、しかも……積もっていた雪までもが、忽然と消えてしまったとの事です!」


「……消えた、だと?」ハイルは信じられない様子で、「本当なのか?」と確認した。

「はい! 信用できる部下からの知らせなので間違いはないかと!」


「吹雪が止んだということまでは信じられる、しかし積もった雪まで消えただと...そんな馬鹿な……!」ハイルは愕然とした。ありえない報告に、一瞬動きを止める、しかし、すぐに事の重大さを理解し、彼はアンドレアス将軍のいる執政官室へ、駆けて行った。



けたたましいノックが、三度、扉を叩いた。「コンコン、コンコン、コンコン!」

部屋の奥から、低い唸りのような声が聞こえてくる。「一体、何事だ!」

扉の前で、ハイルは息を整え、やや声を張り上げて言った。

「大変です、将軍!雪が、雪が消えたとの知らせが入りました!」

「何だと?」低い声は訝しげに響いた。「騒がしい。さっさと入れ、ハイル。」

「失礼します!」ハイルは勢いよく扉を開け、中に入るとすぐに閉める。

「ガチャ……バタン。」

アンドレアス将軍は、書斎机に向かいながら顔を上げた。

「それで、雪が止んだというのは本当か。」

「はい!それどころか、積もっておりました雪まで、跡形もなく消えているとのことで……」ハイルは興奮気味に続けた。「あくまで伝聞ではありますが、奇跡が起こったという情報です!」

「ふむ……」将軍は顎に手を当て、しばし考え込んだ。

「もしかすると、あの小僧共が何か仕出かしたのかもしれんな。まあよい。その情報を信じよう。直ちにマーブルへ赴く軍の出発準備を整えさせろ。明日の朝には出陣する。儂も出るからそのつもりでおれ、ジュピターよりも先んじるぞ。」

「承知いたしました!」ハイル副指令は、アンドレアス将軍の力強い指示に、迷いなく踵を返した。

元々、出発準備は滞りなく進んでいて、半日もあれば、確実に出発できるだろう。ハイルはそう確信していた。


次の日の早朝。


早朝から準備を整え、意気揚々と出てきたアンドレアスの元へ、参謀ブレネフが険しい表情で報告を持ってきた。

「ジュピターの奴……!わしより先に動くとは、一体何を企てておる!」

まだ日の出直後だ。焦る必要はない。しかし、第二軍が一万もの兵を率いて、昨夜のうちに出発したという事実は、アンドレアスの心中穏やかではなかった。まるで第一軍を出し抜くようなその行動に、彼は強い不快感を覚えていたのだ。

「……仕方あるまい。我々も直ちに出発する!」

アンドレアスは低い声で命じた。その言葉を受け、ブレネフは即座に麾下の戦士長たちへ指示を飛ばす。「ヨーデルへ向けて出発せよ!」

「ヨーデルへ出発!」

「全軍、出発準備!」

「気合いを入れて進め!」

怒号にも似た伝令が次々と飛び交い、ラガン王国第一軍三万の兵の中から、あらかじめ選抜された一万五千の兵士たちが動き始めた。残りの兵は、ルカナンとその周辺の治安維持のため、この地に留まることとなっている。


その3日後、

第一軍より6時間程先に出立する事に成功したラガン王国第二軍は、


ルカナンから北東へ300㎞地点を強行軍で駆け抜けると、まるで第一軍に手柄を立てさせぬ様にマーブル新皇国の首都『ヨーデル』を包囲し、自軍のみで片を付けようとしていた。     


第一軍より六時間余り早くルカナンを出立したラガン王国第二軍は、三百キロメートルもの丘陵地帯を強行軍で突破。まるで第一軍に功を挙げさせるまいとするかのように、マーブル新皇国の首都『ヨーデル』を迅速に包囲し、単独での攻略を目論んでいた。

「ジュピター将軍、包囲の準備、完了いたしました。」副官ナギが、息を切らせながら報告した。

「よし」ジュピターは冷笑を浮かべた。「敵は烏合の衆だ。手間取るな、速やかに叩き潰す!」

ジュピターは兵士たちに休息を与えることなく、即座にマーブル軍への攻撃を開始した。

第二軍の士官たちは、その異常なまでの焦りに内心首を傾げた。一体何が起こっているのか理解できなかったが、今や疑問を口にする余裕などなかった。彼らはただ、ジュピターの命令に従い、黙々と持ち場へと散っていく。


二時間が経過しても、マーブル軍は籠城を続ける。業を煮やしたジュピターは、ついに全軍突撃を命じ、自らも先頭に立って戦場に躍り出た。マーブル軍の兵士たちの動きを間近で見たジュピターは、確信を得た。「この戦はもはや決まった!」

「敵兵は骨と皮ばかりだ!飢餓でまともに動けぬ!一気に押し潰せ、進め!」

ジュピターの目に飛び込んできたのは、憔悴しきったマーブル兵たちの姿だった。長らく食料も満足に得られていないのだろう、痩せこけ、よろめきながら槍を構える兵士たちは、まともに反撃すらできていない。ここまで疲弊しているとは予想外だったが、これならば勝利は目前だとジュピターは確信した。

彼は信頼する千人隊長オベールを呼び寄せ、鋭い眼光で命じた。「我々は王宮へ直行する。ついて来い!」

そうしてジュピターは、王宮へと続く道を迷うことなく進んだ。

  

ヨーデル市街では、続々と侵攻するラガン軍に対し、まともに戦えない兵士で戦うマーブル3軍が一方的に殺戮され、逃げ惑う光景が繰り広げられていた。 それを見ていた憲兵たちも、どうする事も出来ない圧倒的戦力差に、ただ、引き籠り時を経過させるだけしか出来なかったのだ。  


そんな中、懸命に防戦してた憲兵隊もいた、ヨーデル全体がどうなってるのかは分からなかったが、

死ぬまで戦う気で頑張っていた、しかしこちら憲兵本部がある施設の方では、まともに武器を握れる者も少なく、ラガン兵に斬り伏せられる者が後を絶たない、そんな中、残された者たちが、施設から白旗を掲げ、命乞いをするように出てきていたのだ、その詳細はこうだった、これ以上部下たちを死なせたくないと言う思いから、憲兵隊長が部下に命じて白旗を掲げさせ、外へ出て来た、自分の命を差し出し部下の命乞いをしたのだ。


彼らが姿を現すと、待ち構えていたラガン兵たちが群がり、容赦なく殴り倒したり、私刑のような暴行を加え始めた。それでも、抵抗して無条件に殺されるよりは、まだましだと彼らは思ったのかもしれない。

しかし、その一方で、建物の外では、トニック隊長率いる特戦隊の五名と、僅かに残った勇敢な憲兵隊員たちが、最後まで抵抗を続けていたのだ。だが、ほぼ戦闘能力を失った兵士たちを率いての戦いは、あまりにも困難だった。それでもトニックは、せめて若い部下たちだけでも逃がし、未来への希望を残そうと決意する。特戦隊の中から若い隊員三名を指名し、有無を言わさず説得、戦線から離脱させたのだ。残ったトニックと二名の特戦隊員及び極少数の勇敢な憲兵隊員たちは、囮となるため、敢えて敵の目を引くように激しく抵抗した。そして、最後の最後まで勇敢に戦い抜いた末、無数の槍が四方八方から彼らの体を貫き、壮絶な最期を迎えた。


逸る気持ちを抑えきれないジュピター将軍は、腹心の千人隊長オベール率いる千の兵と、精鋭の斥候百を従え、マーブル王宮へと乗り込んだ。

巨大な双門は開きっぱなしになっており、内通者の存在を物語っていた。抵抗らしい抵抗もなく、ラガン軍は怒涛の勢いで宮殿内部へと侵入する。地響きのような足音を立てながら、彼らは迎賓館を素通りし、大広間の奥に鎮座する玉座を目指した。そして、ついに玉座の間へ辿り着いたジュピターの目に飛び込んできたのは、毒を飲んで絶命したマーブル新皇国の王、モーブの姿だった。その顔を一瞥し、ジュピターは冷笑した。「これがマーブルの新王、モーブ・バーンか。先代のカイ・バーンとは違い、あっけない幕切れだったな。」

それを聞いたオベールは、すぐに冷静な判断を下した。「ジュピター様、ここは慎重を期すべきかと。もし別人であれば、後々問題になりかねません。斥候長に命じ、しかるべき者に確認させましょう。」

ジュピターは少し考え、「ふむ、それもそうだな」と頷いた。「おい、斥候長!モーブを知る者をすぐに集めろ。そして、その者が本物かどうか、徹底的に調べ上げろ。」

  

先に王宮を制圧したジュピター将軍は、してやったりという優越感に浸っていた。

「オベール!」彼は満足げに命じた。「王宮内を徹底的に捜索しろ。人、物、魔法の品々、何でも構わん。価値のあるものは全てこの大広間に集めろ!」貴重な戦利品を先に手に入れるつもりは明白だった。

さらに、ジュピターは冷酷な笑みを浮かべた。「アルメドラ様へ報告だ。ヨーデルを陥落させたのは第二軍だと伝えよ。念のため、署名入りの報告書を五通作成し、それぞれ別の伝令に持たせろ。油断するな、必ず届けさせるのだ。」

彼の命令一下、斥候の一人が素早く紙とインク、そして羽ペンを持ってきた。ジュピターは手慣れた様子で報告書を書き上げると、それを斥候たちに手渡し、彼らが筒に丸めて出て行くのを見送った。

「よろしい、これで一段落としましょう。残るは、アンドレアス将軍への対応ですね……」




三時間前の『夜明けの塔』。長く続いた吹雪が止み、積もっていた雪が忽然と消えたことで、塔の中も劇的に変わり、元々の季節に戻り、初夏の陽気となっていた。700名を超えるセティア信者たちは、この劇的な変化を、王女たちがもたらした成功の証だと信じ、彼女たちの帰還を待ちわび、感謝の思いを募らせていた。

今まで寒さに耐えて来た者たちは、皆一様に、穏やかな喜びに包まれていた。

22名の修道女、5名の聖騎士、7名の聖戦士、そして男女の神官戦士29名、神官8名、

法王フェニックスもまた、共にその喜びを分かち合っている。


今朝も、グラティア教の施設から運ばれてきた食材で用意された温かい食事が振る舞われ、皆の腹を満たしている、その幸福感を味わいながら、王女一行の帰りを待ちわびていた。そんな和やかな雰囲気の中、マリーが皆に食事を配っていると、明るい声が響いた。

「マリィさん!お客様がいらっしゃいましたよ!」


声の主は、マリーと親しい神官(クレリック)のペリファラだった。長くこの塔で生活するうちに、マリーは多くの人々と親しくなっていた。ペリファラの弾むような声に、マリーは顔を上げ、出入り口に目をやった。すると、ペリファラの背後には、確かに見覚えのある二人の姿が見える。マリーは慌てて、近くで配給を手伝っていたルーレシアに声をかけた。


ルーレシアは一瞬だけ二人に視線を向け、すぐにいつもの表情で。

「私は大丈夫。マリー、行ってらっしゃい。」

「うん、ありがとう」ルーレシアに感謝を告げ、マリーはペリファラの元へと駆け寄った。

「ども、お久しぶりっす!」マリーは笑顔で二人に挨拶すると、ペリファラに内緒のウインクを送った。ペリファラはそれを確認すると、何か用事を思い出したかのように、すぐにその場を離れていった。





最後まで読んで下さいありがとう、引き続き次を見掛けたらまた読んでみて下さい。

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