ロスコフのお見合い その1
今回は、ロスコフの見合い相手であるハルマッタン伯爵家へ行き、
まだ戻られて無い夫妻を待ってる間の出来事が中心になります。
その9
翌朝、ロスコフが顔を洗い、外の空気を吸いに出ると、二台の馬車と装飾過多な儀式用の装備を身に着けた騎士団が、すでに玄関前に配置されていた。王宮にでも出かけるかのようないでたちに、ロスコフは「また大袈裟なんだから」と内心でため息をついた。
「ちょっと待ってくださいよ。昨日着いたばかりなんですよ、僕は!」
十日ぶりの首都の空気を味わう間もなく、彼は慌ただしい流れに飲み込まれていく。朝食を済ませると、侍女たちに半ば強引に馬車へと押し込まれてしまった。
「父上、お待ちください! どうしてこんなに急ぐ必要があるんですか!」
馬車の中で両親の姿を見つけ、ロスコフは問いただした。
「わはははは、ロスコフ、善は急げじゃ♪」
父は、祖父そっくりの物言いで、理由になっていない理由を返す。母に助けを求めても、くすくすと笑われるだけだった。
ハルマッタン伯爵領への旅は、七日間にも及んだ。安全のため、日が昇っている間だけの移動。その間、ロスコフの体を絶えず襲ったのは、硬い座席からの突き上げるような衝撃だった。特にお尻の痛みはひどかった。
(……この不快な振動の周波数を特定し、逆位相の魔力波で相殺すれば、この苦痛は理論上ゼロにできるはずだ)
彼はその痛みを、新たな魔導具開発の思考実験へと昇華させることで、なんとか耐え抜いていた。
伯爵邸に到着した時、ロスコフは恰好をつけ、痛みを隠して馬車を降りたが、内心では悲鳴を上げていた。
馬車置き場には、ひときわ目立つ豪華な馬車が一台。父が言うには、神聖モナーク王国の王族用の馬車らしい。
「どうやらライバルが来ているようだ」
「えっ、ライバルですか!」
その言葉に、ロスコフの口元が思わず緩んだ。ここで話がなくなるかもしれない。研究室に戻れる。
「ニマッ('ω')ノ」
「ロスコフ!」
父の鋭い視線に、彼は慌てて表情を取り繕った。
一行が客室へ案内されると、執事から驚くべき状況が説明された。ハルマッタン伯爵夫妻は不在。そして、他にも三家の求婚者が滞在しているという。
「何だと! 我々を競わせるつもりか!」
父の威圧的な怒声に、ロスコフは少し驚いた。だが、それ以上に興味を引かれた。
「面白いじゃないですか。それほどの魅力がある方なのですね、【アンナ】様というお方は」
執事によると、他の求婚者たちは噂を聞きつけ、偶然同じ日に集まっただけらしい。伯爵の到着は、二日後。
「それまでは、ここで寛がせてもらおう。な、ロスコフ」
父は、自分のせっかちな性格が招いた遅れには一切触れず、そう言った。
(……いい加減だな)
ロスコフはそう思いつつも、父のその性格のおかげで予期せぬ休息が得られたという事実に、皮肉な笑みを浮かべた。研究者として、彼は予期せぬ結果を歓迎する癖があった。
数時間後、ディナーの準備が整ったと知らせが来た。
大広間の扉が開かれると、先に到着していた者たちの視線が一斉にこちらに注がれる。
「んっ、あれがワーレン侯爵家の一行か」
ロスコフは、その視線に含まれる様々な感情を、まるでデータを収集するかのように冷静に分析していた。侮り、警戒、そして剥き出しの競争心。貴族社会の力学が、彼には興味深い観察対象にしか見えなかった。少し恥ずかしいとは思いつつも、彼はその視線を意に介さず、案内されたテーブルへと向かった。
食事が始まってしばらくすると、ひときわ目立つ青年がこちらのテーブルにやってきた。背が高く、見事な金髪の男と、黒髪の従者。二人とも、戦士として鍛え上げられた見事な体躯をしていた。
(……いい体だ)
ロスコフの思考は、瞬時に研究モードに切り替わる。
(あの胸筋と上腕の筋肉量なら、増幅効率35%の魔力伝達経路を持つ軽量合金製の肩甲を装着可能だ。肩甲を中心に、腕と背中、腰を防護するパワーアシスト機能付きの鎧……いや、それなら……)
彼の頭の中では、新たな「パワー系鎧」の設計図が、ものすごい速さで描かれていた。
「君が次のワーレン侯爵ですね。お会いできて光栄です」
声をかけられ、ロスコフはハッと我に返った。
「えっと、あなたたちは?」
「申し遅れました。私は東の神聖モナーク王国から来た王位継承権第二位のパットンです」
「メッシと申します、ワーレン卿」
二人の挨拶を受け、ロスコフも席を立ち、握手を交わした。息子が同年代と交流する姿に、両親は安堵の表情を浮かべている。
そこへ、バンクシー公爵家の三男チャールズ、チェイサー子爵家の長男ミカエルと、次々にライバルたちが集まってきた。チャールズのあからさまな敵意、ミカエルの騎士としての気品。それぞれの反応が、ロスコフにとっては新たなデータとなって蓄積されていく。
しばらくは皆で話をしていたが、旅の疲れが残っていたロスコフは、先に寝室へ戻ることを告げた。部屋に戻ると、新しい湯が用意された風呂が待っていた。
「今夜はお湯に浸かって体を癒し、ぐっすり休みなさい」
母の優しい言葉に、ロスコフは素直に頷いた。七日間の苦痛に耐えた体には、何よりのご馳走だった。
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