契約成立。
封印のメダルを使用した炎帝ガーベラン、 空中に大きく描かれたシギルからは、
彼の号令のたび、巨大な赤色レーザーが発射され、〖ニフルヘイム〗の巨体に大きな穴を開けていた、
しかし...
その89
その衝撃で、〖ニフルヘイム〗のエネルギー量がこれまでよりも大きく減少した事を感じると、ゲオリクは、呟いた。「人間ごとき者が、あれほどの魔法を… セティアの言う通り、人間には私の知らぬ未知の可能性が…」
この攻撃は、堅物ゲオリクにも、これまでの考えを改めねばならぬと思わせていた。
マルティーナたちの陣から30メートル。ガーベランは、〖ニフルヘイム〗の魔力が衰えないことに苛立ちを募らせ、ついに自ら攻撃に転じる決断を下した。
しかし、封印の秘術紋を傷つけぬよう、慎重に距離を測り、数十メートルだけ前進する。
その位置から、ガーベランは懐に収められた"sigil"封印のメダルを取り出し、解放の呪文を唱えながら高々と空へ放り投げた。
{これは、炎帝ガーベランが長年の歳月をかけて作り上げた特別なメダルです。その小さな表面には、半径6.6メートルもの範囲に影響を及ぼす、複雑な幾何学模様が刻まれたシギルが封印されていました。このメダルには赤色熱レーザーを6発分もの魔力エネルギーが蓄えられており、その充填には3年もの月日を要しています。ガーベランは、このメダルを切り札の一つとして携帯していました。}
メダルは空中で炸裂し、巨大なシギルが顕現する。
後方のマルティーナとラージンは、
その光景を夜空に咲き誇る巨大な花火のようだと感じた。
しかし、シギルは花火とは異なり、その紋様を長時間、空中に維持していた。
半径6.6メートルの巨大なシギルが、複雑な幾何学模様を輝かせながら空中に浮かび上がる。その光は、まるで燃え盛る太陽のように、周囲の雪景色を赤く染め上げた。
「エミットー!」ガーベランの号令と共に、シギルの中央から轟音を伴い、
巨大な熱レーザーが放たれた。ブリザードを切り裂き、雪山を焼き尽くす圧倒的な破壊の光。レーザーは、雪と氷を瞬時に蒸発させ、白い世界に巨大な焦げ跡を残しながら、悠然と浮かぶ〖ニフルヘイム〗へと向かい、その巨体に風穴を開けた。
レーザー発射後、巨大なシギルからは、金属が軋むような高音が鳴り響き
レーザーの熱量は、ブリザードと空気を焼き焦がし、辺りには焦げ臭い匂いが立ち込めた。その余熱は、しばらくの間残り続け、巨大熱レーザーの凄まじさを物語っている。
視界を遮る猛烈なブリザードの中、マルティーナとラージンは、目の前で繰り広げられた光景に息を呑んだ。彼らは、【炎帝】と呼ばれる男の想像を上回る卓越した力に、ただ唖然とする。
「信じられん… なんて巨大なレーザーだ…」ラージンは、震える声で呟く。
マルティーナも、信じられないといった表情だ。「本当に… こんな光景、生まれて初めて見ました。これが、シギルというものなのですね…」
空中に浮かび上がった瞬間の"sigil"の光景は、マルティーナにとって、今まで見たことのない美しさと衝撃に満ち溢れていた。それは、言葉では表現できないほどの感動を彼女にもたらしていた。
マルティーナは、シギルについて詳しく知らなかったため、この魔法を秘術師の技だと勘違いしていた。
実際、ノース大陸の秘術師の中で、これほど巨大なシギルを操れる者は、ガーベラン以外には存在しない。
シギルからの砲撃を静観していた巨人騎士ゲオリクの姿を捉えたガーベランは、レーザーの残り弾数を伝え、行動を促した。
「巨人騎士、聞こえるか。このレーザーは残り四発で終了する。二発は命中したが、残りの全てが命中するかは保証できない。それを考慮して、行動してくれ。」
ゲオリクは、ガーベランに視線を向けたまま、思念波で簡潔に返答。「承知した。」
そして、シギルの砲撃に対応するため、〖ニフルヘイム〗へと跳躍。
「そちらへは行かせん。貴様の相手は、この私だ!」
ゲオリクは、悠然とこちらへ迫る〖ニフルヘイム〗への注意を再び引きつけるため、スカイブレイカーを構え、突撃した。
「ぬおおおおお!」轟音と共に、ゲオリクのスカイブレイカーが〖ニフルヘイム〗の巨体に叩きつけられる。
ゲオリクたちが激しい攻防を繰り広げる中、ラバァルは静かにその様子を観察していた。まるで存在を消したかのように、彼はただ状況を見守っていた。丁度その時、ラバァルの脳内に、直接語りかける声が響いて来たのだ。
「答えよ、小僧。そなたは何者だ。なぜ、我が領域に侵入する?」
しばしの沈黙の後、
唐突なテレパシーに、ラバァルは眉をひそめた。
「…誰だ?」発信源を特定できず、返答に窮する。
沈黙が続いた後、「さあ、答えよ」と、テレパシーの主が苛立ちを滲ませた声で催促して来た。
ラバァルは、苛立ちを隠さず言い返す。「てめぇこそ誰だ? 名乗るのが先だろ。それと、どこにいやがる?」
ラバァルの問いに、テレパシーの主は答え。「よかろう。上を見よ。視力が足りぬなら見えぬだろうが、見えるならば、そこに我が姿が映っているはずだ。」
その言葉に、ラバァルは確信を抱いた。「まさか… お前がニフルヘイムなのか?」
「我は我だ。人間どもがどう呼ぼうと、知ったことではない。」
その答えに、ラバァルは思考を巡らせた。確かに、ニフルヘイムという名は人間が勝手に付けたものだろう。「なら、貴様を『我』と呼ぶべきか?」
「どうでもよい。好きに呼べ。」ラバァルも、それはそうだと納得した。
「分かった。とりあえずニフルヘイムと呼ばせてもらう。それで、ニフルヘイム。最初の問いに対する答えだが、目的は貴様をアーティファクトに封印し、外の世界を覆う吹雪を止めることだ。」
「フッフッフッ… そのような目的で、我に戦いを挑むとは、愚かな事よ。」
ニフルヘイムは、嘲笑を隠そうともしない。
「なぜ笑う? 何がおかしい?」ラバァルは、その嘲笑に苛立ちを募らせた。
「ならば、侵入者たちをよく見よ。」
ラバァルは、内部の状況を感知した。まだ犠牲者は出ていないようだが、皆、必死に耐え忍んでいる。その時、強烈な熱反応が通り過ぎるのを捉えた。
「…何だ、今の熱は? 何が起こった?」
巨大な赤色レーザーが〖ニフルヘイム〗を貫き、風穴を開けたのをラバァルは視認した。しかし、その穴は瞬く間に塞がり、消えてしまう。ラバァルはレーザーが放たれた方角に意識を集中させた。吹雪で視界は悪いが、何かが赤く光っているのが辛うじて見えた。
「あれは…?」その時、二射目のレーザーが再び〖ニフルヘイム〗を貫いた。やはり、穴はすぐに塞がり、〖ニフルヘイム〗は悠然と空を漂っている。
「… あれを受けても、平気なのか...?」ラバァルは、信じられないといった表情で呟いた。
その時、再び〖ニフルヘイム〗が語りかけてきた。
「人間の力も、多少は侮れぬようだ。だが、この程度では我が力に到底及ばぬ。微々たる抵抗に過ぎん。分かったか? 圧倒的な力の差を。分かったならば、無駄な抵抗はやめ、速やかに退去せよ。」
「確かに、貴様の魔力エネルギーは、神獣や半神と戦ってきた俺から見ても、桁違いにデカい。だが、外の吹雪を止めるまでは、一歩も引くわけにはいかない。」
そうしてると再び、赤色レーザーが飛来し、〖ニフルヘイム〗の巨体を貫く。
しかし、その穴は瞬く間に塞がり、〖ニフルヘイム〗は何事もなかったかのように、平然とラバァルに語りかけて来た。
「そなたからは、戦う意思が感じられぬ。故に、警告を与えてやった。
だが、もはや容赦はせぬ。退かぬというならば、全てを駆逐するまで。」
〖ニフルヘイム〗は、ラバァルへの宣告を終えると、侵入者たちを排除するため、その巨体を動かし始めた。先ほどまでの悠然とした動きは消え、鋭い速度でスカイブレイカーを振るい、注意を引こうとしていたゲオリクへと襲い掛かかる。
変貌した魔力の胸鰭が大地を捉えた瞬間、ゲオリクは想像を絶する轟音と共に地面深くまで叩きつけられた。「ぐああああああ!」全身を貫く激痛に、これまで決して声を上げなかった彼から、初めて苦悶の叫びが周囲に響き渡る。
〖ニフルヘイム〗の圧倒的な魔力は、まるで巨大な鉄槌のようにゲオリクを傾斜した地面に叩きつけ、容赦なく地中深くへと押し込んでしまった。大地が激しく揺れ、周囲の岩や土が爆発したように飛び散る。その衝撃は、鋼の如き肉体を持つ屈強なゲオリクの意識さえも、一瞬にして刈り取ってしまった。
意識を失ったゲオリクは、陥没した地面の中で、まるで打ち捨てられた人形のように動くことなく静かに横たわっていた。彼の体からは微かに魔力の残滓が漏れ出し、周囲の土を焦がしている。深い静寂が辺りを包み込む中、ただ彼の苦悶の跡だけが、〖ニフルヘイム〗の恐るべき力を物語る。
その瞬間、世界が赤く染まるような強烈な閃光が再び走った。
「エミットー!」炎帝ガーベランの叫びが戦場に轟き渡ると同時に、紅蓮の光を纏った四発目の巨大な赤色レーザーが奔流のように放たれ、狙い違わず〖ニフルヘイム〗を貫いた。凄まじい熱量が周囲の空気を歪ませ、焦げ付くような匂いが立ち込める。しかし、ラバァルの目に映るのは、まるで水面に石を投げ入れたかのように、瞬く間に跡形もなく閉じてしまうマナに開けられた僅かな穴だ。その異様な光景は、ラバァルの心に冷たい水を浴びせている。
「あれほどのレーザーを受けて、ほとんど効果がないと言うのか… どうすれば…?」ラバァルは、これまで相対してきたどの敵とも比較にならない、まさに次元の違う存在を前に、焦燥感を募らせ、額に滲む汗を拭うことさえ忘れていた。膨大なエネルギーの奔流、そして、ただそのエネルギーによってのみ形成された存在。単純にエネルギーをぶつけ合うだけの消耗戦では、到底勝機は見えない。自身の魂力エネルギーを全て注ぎ込んだとしても、その底知れない力には到底及ばないだろう。正攻法では、この状況を打破し、目的を達成することは不可能だ。ラバァルはそう結論付け、この規格外の相手を無闇に刺激するのは愚策だと悟り、静かに、しかし着実に、戦略の根本的な転換を思考していた。彼の脳裏には、これまで培ってきた知識と経験を総動員し、わずかな可能性を掴み取るための新たな戦略が、静かに、しかし確実に芽生え始めていた。
その時、五射目の砲撃が放たれた。しかし、今度のレーザーは、まるで意思を持っているかのように軌道を変え、〖ニフルヘイム〗を寸前で回避したようだ。回避された赤熱の奔流は、遥か彼方の斜面を焦土と化しながら貫き、その熱量で山肌一帯を瞬く間に紅蓮の炎で包み込んだ。立ち上る黒煙と、木々が爆ぜる音、そして熱風が、レーザーの凄まじい威力を物語っていた。
その頃、ロゼッタ、ベラクレス、そして負傷したリバックは、協力して〖ニフルヘイム〗を覆うブリザードエリアからの脱出を試みていた。凍てつく強風と視界を奪う雪の中、ベラクレスが先導し、ロゼッタがリバックを支えながら、一歩ずつ安全圏へと退避していた。ブリザードの境界線を抜けた時、三人は安堵の息を吐き、疲労困憊の表情を浮かべている。
一方、〖ニフルヘイム〗内部で激しい攻防を繰り広げていたシャナは、立て続けに放たれた巨大レーザーの凄まじい衝撃波と、空間を揺るがす轟音に耐えかね、苦渋の表情で戦闘を中断、一旦マルティーナの元へと帰還する事にした。
現在リバック、ロゼッタ、ベラクレスの三名は、飛行能力を持たない自分たちでは、現状、空中で繰り広げられる激戦に介入する術がないことを痛感していた。戦力にならないならば、せめて足手まといにはなるまいと、安全な距離まで退避することを決断したのだ。彼らは、マルティーナたちが陣を構える場所から1.2キロメートルほど離れた西側の岩陰に身を隠し、息を潜めながら、空を見上げ、緊迫した状況の推移を見守っている。「あれほどまでの存在...一体.....」彼らの表情には、戦況を案じる深い憂慮の色が浮かんでいた。
シャナは、疲労の色を滲ませながらも、マルティーナの傍らにふわりと音もなく着地すると、今もなお巨大な赤色レーザーを断続的に放ち続ける、空に浮かぶ異形のシギルを険しい表情で見上げた。「まさか、あれが…あの恐ろしいレーザーの正体だったのね。あとほんの少し判断が遅れていたら、本当に消滅していたわ。」と、心底恐ろしい体験を振り返るように呟いた。
彼女は、今回の作戦における情報の共有不足にやや不満そうな視線をマルティーナに向けつつも、すぐにその美しい顔に安堵の色を浮かべ、マルティーナの無事を確認した。「マルティーナ様、ご無事で何よりです。」そして、再び〖ニフルヘイム〗へと飛び立とうと身を翻したその時、マルティーナの背後で控え、出番を今か今かと待ちわびていたオクターブが、前のめりになりながら声を上げた。「おい、シャナ! 次は俺の番だろ! ずっと待ってたんだぜ!」その声には、抑えきれない興奮と、ほんの少しの緊張が混じっていた。
シャナは、オクターブの熱意に気づき、いたずらっぽく片方の眉を上げて、軽く肩をすくめて申し訳なさそうに言った。「あら、ごめんなさい、オクターブ。すっかり忘れていたわ。そうだったわね。ここは貴方にお願いするわ。私はマルティーナ様をしっかりと御守りするから。」そう言うと、オクターブは待ちかねたように勢いよく地面を蹴り上げ、迫りくる巨大な影、〖ニフルヘイム〗へと飛び立った。
オクターブにとって、それは記念すべき文字通りの初飛行だった。これまでシャナが軽々と、そして優雅に空を舞う姿を何度も目に焼き付け、自分にもきっとできるはずだと、人知れず密かにイメージトレーニングと、天使装備の使い方を練習、浮く事までは成功している。しかし、実際に空に身を委ねてみると、想像していたような滑らかな飛行とは程遠く、まるで風に弄ばれる木の葉のように、上下左右にぎこちなく揺れ動き、辛うじて浮遊するのがやっとの状態だった。それでも、オクターブは長年の夢だった空を飛ぶという経験を、この重要な実戦で試してみたかったようで、満面の笑みを浮かべて必死に姿勢を制御しようとしていた。その懸命な姿は、シャナの熟練した目には、まるで慌ただしく花から花へと飛び回る、少し不格好な蜜蜂が懸命に羽ばたいているように見えて、思わずクスリと笑ってしまった。
〖ニフルヘイム〗は、先ほどまで遠くの山を焼き払っていた巨大シギルの方へと、その巨大な瞳のような器官をゆっくりと向けた。そして、明確な敵意をその身に漲らせ、まるで重戦車が地響きを立てながら進むかのように、ゆっくりと、しかし確実にガーベランの方へと巨体を動かし始めた。その動きは遅いながらも、周囲の空気を圧迫するような威圧感を放ち迫ってきている。
その異様な動きをいち早く察知したガーベランは、息を呑み、「まずい、完全にロックオンされた! こちらへ来る!」そう焦りの色を隠せない声で呟いた。彼の額には脂汗が滲んでいる。
巨大シギルの残弾は、あと一発。しかし、〖ニフルヘイム〗の接近具合を考えると、もはや最後の砲撃のタイミングを見計らう猶予はないと判断せざるを得なかった。
彼は、後方に控えるマルティーナと、同じく身構えているラージンに向かって、
簡素に声を掛けた。「来るぞ、逃げろ!」そう叫ぶ。その声には、一刻の猶予も無い事を伝える
メッセージが込められていた。
そう言い放つと同時に、ガーベランは即座に単独転移シギルを手のひらに展開させ、眩い光が彼を包み込んだ次の瞬間、その場から跡形もなく姿を消した。
突然置き去りにされたマルティーナとラージンは、目の前に迫りくる巨大な脅威、〖ニフルヘイム〗に対し、互いに顔を見合わせ、頷き合うと、即座に防御魔法を重ねて展開し、迫りくる絶対的な力に対抗しようと構える。
ラージンは、全身の魔力を瞬時に高め、喉が張り裂けるような声で「 アイギス!」と叫び、彼の周囲に、まるで無数の光の盾が幾重にも重なり合ったような、半透明の強固な魔法障壁【アイギス】を発動させ、展開する。その防御壁は、迫りくる巨大な影を前に、頼りないながらも確かに存在感を示していた。
マルティーナは、迫りくる絶望的な状況の中、わずかな希望を託すように両手を胸の前で組み合わせ、敬虔な表情で天を仰ぎ、慈悲深き女神セティアに切なる祈りを捧げた。「至高の御方、セティアよ! どうか我らに御力を! デア・レニ・ウィム・マギカム! 女神よ、どうかこの身に宿る魔法の力を和らげ、この脅威を退ける術をお与えください!」彼女の祈りに呼応するように、その身から柔らかな光が溢れ出し、周囲の空気を優しく包み込む。
シャナは、一歩も退くことなくマルティーナを庇うように素早く前に立ち、その身に纏う天使装備に強い願いを込め、防御力を限界まで高めようと意識を集中させた。迫りくる〖ニフルヘイム〗の攻撃を断固として防ぎ止めるのだという、強い決意が彼女の瞳には宿っていた。
〖ニフルヘイム〗は、その巨大な竜の口をマルティーナたちへとゆっくりと向き直すと、まるで深淵を映し出すかのように、深く蒼い光を湛えた瞳で凄まじいエネルギーを集束させ始めた。見る見るうちに、その口内には高密度に圧縮された、まるで深海の底の色を宿したような蒼いマナボールが生成されていく。それは、まるで小さな太陽のように眩く輝きながら、けたたましい音を立て超高速回転、周囲の空間を歪ませながら破壊の塊へと成長。そして、次の瞬間、地を揺るがすような轟音と共に、そのマナボールがブレスと共に竜の口から解き放たれる。
凄まじい破壊力を秘めた蒼いマナボールは、ブレスに包み込まれまるで意思を持つかのように一直線に飛来、よろめきながら辛うじて低空を飛んでいたオクターブを、まるで紙屑のように吹き飛ばした。悲鳴を上げる間もなく、彼は爆風に巻き込まれ、脇へと弾かれてしまった。さらに、その破壊の奔流は、空中に浮かび、依然として微弱な光を放っていた巨大シギルを跡形もなく粉砕。無数の光の破片が雨のように降り注ぐ中、蒼いマナボールはそのままの勢いでマルティーナ、シャナ、そして防御魔法を展開したラージンの三人を飲み込み、その存在を完全に消し去ってしまった。爆発の閃光と衝撃波が、遠く離れたラバァルの場所まで強烈に届き、そのあまりの惨劇に、彼は息を呑み、ただ茫然と立ち尽くすしかなかった。たった今、マルティーナが、そして共に生贄の迷宮に入った仲間たちが、この世から消滅してしまったのだ。その冷酷な事実を理解した瞬間、彼の心の奥底から、これまで経験したことのないほどの激しい怒りの咆哮が爆発した。喉が張り裂けるほどに叫びながら、夥しい量の赤黒い闘気が、まるで地獄の業火が噴き出したかのようにラバァルの全身から噴出し、彼の周囲の空間を激しく歪ませ、震わせた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」彼の全身を覆う赤黒いオーラは、怒りの炎のように激しく燃え盛り、その異様な光景は、遠く離れた場所からでも、まるで夜空に現れた禍々しい彗星のように、はっきりと見て取れた。
怒りに我を忘れたラバァルは、全身を赤黒い闘気が炎のように包み込む中、大地を蹴りつけ、隕石が落下するような猛烈な勢いで〖ニフルヘイム〗に突進。
その直後、空中で鈍く重い衝撃音と、大地を揺るがすような爆音が立て続けに轟き渡った。まるで巨大な雷が幾度も落ちたかのような轟音と、それに伴う強烈な振動は、遠く離れたロゼッタたちの潜む場所へも明確に伝わってきた。「一体、何が…! 今までとはまるで違う、とんでもない音と衝撃波だわ…!」ロゼッタは、身を隠している岩陰で不安げに空を見上げ、その尋常ではない事態に息を呑む。
彼の瞳は憎悪の色に染まり、口からは獣のような唸り声が漏れ出ている。繰り出される拳や蹴りには、悲しみと怒りが凝縮された凄まじい破壊力が宿り、〖ニフルヘイム〗の巨大な体に次々と叩き込まれた。その衝撃は、周囲の空気を震わせ、地響きとなって遠くまで伝わるほどだ。さすがの〖ニフルヘイム〗も、予測していなかったラバァルの狂乱の猛攻に一瞬怯んだのか、その巨体を激しく揺らし、堪えきれずにラバァルをその巨大な口から荒々しく吐き出した。
凄まじい勢いで傾斜した地面に叩きつけられたラバァルは、激しい衝撃と共に巨大なクレーターを穿ち、地中深くまで強引に押し込まれた。全身に激痛が走ったはずだが、彼の表情には微塵も苦悶の色はなく、まるで不死身の怪物が蘇るかのように、即座に爆発的な雄叫びを上げながら〖ニフルヘイム〗へと再び猛然と突進していく。その時、〖ニフルヘイム〗は、再びラバァルの脳内に直接語りかけるようにテレパシーを送ってきた。
「待て、落ち着いて我の話を聞け!」その声には、先程までの余裕は消えていた、明らかに焦りの色を滲ませていたが、怒りの炎に全身を焼かれるラバァルには、その言葉は届かない。彼はただ、脳裏に浮かんだマルティーナの笑顔を思い、また大切な者を助けることができなかったのかという自責の念と、抑えきれない怒りを爆発させていたのだ。
ありったけの力で暴れ回り、容赦なく〖ニフルヘイム〗の強大なエネルギーを削り続けた。それでも、〖ニフルヘイム〗の魔力量は底知れなく膨大で、ラバァルの怒涛の攻撃を受けても、まだまだ決定的な痛手には至っていないのだろう、諦めることなくテレパシーを送り続けてくる。その声は、次第に焦りから苛立ちへと変化しているようにも感じられ、最後には怒りを滲ませたような低い声で「貴様…!」と響く。
怒涛の攻撃を続けていたラバァルも、ようやく疲労の色が見え始めた頃、テレパシーが送られていることに気づくと。「…今さら、何が言いたい?」彼は、苛立ちを隠さずに返答した。
すると、ようやく返事が返って来たことで落ち着きを取り戻した〖ニフルヘイム〗は。
「まあ、そう怒るな、小僧。」この状況で、まるで他人事のように言い放つ〖ニフルヘイム〗に、ラバァルは怒りを爆発させた。「怒るなだと? マルティーナを消し去った貴様が、よくもそんな口を!」
ラバァルの言葉に、〖ニフルヘイム〗は答えた。「勘違いするな。殺してなどいない。」その言葉に、ラバァルは再び問い返す。
「何だと? 生きているというのか?」
「当然だ。あれはセティア。あの女神とは遥か昔、不可侵条約を結んである。」
「不可侵?」「そうだ。互いの領域に干渉せず、敵対もしないというものだ。
だが、今回はあちら側が禁を破った。そのため消すこともできた、
しかし私が欲しいのは安寧、無用な敵を増やす必要もない。
「いつまでもここで騒がれては、私の長き眠りを妨げられる。そなたらの騒がしい戦いの余波で、この静寂が汚されてしまったのだ。だから、不愉快なノイズの発生源であるそなた等を、地上へ送り返してやったまでだ。」〖ニフルヘイム〗の声は、深淵から響くような重々しさがあり、わずかに不快感を滲ませている。
「くそっ! それでは、外のあの猛烈な吹雪は、このままでは止められないということか!」
ラバァルの声は、怒りだけでなく、仲間たちを心配する焦燥感に満ちていた。
「そのことだが、小僧よ。賢明な判断を下す時が来たようだ。貴様たちが二度とこの地に足を踏み入れず、私の安寧を二度と乱さないと固く約束するならば、慈悲としてあの吹雪を止めてやってもよい。」〖ニフルヘイム〗の声には、絶対的な力を持つ者の余裕と、わずかながら取引を持ちかけるような響きが感じられた。
「何だと? あのマーブルの吹雪を、貴様の力だけで止められるというのか!」ラバァルは、難しい表情で考えた、アーティーファクトに封じ込め、強制しなくても自ら精霊に命じてくれるなら結果は同じか...、いやこれの方が遥かに簡単ではないか。
外の吹雪は、ただの自然現象ではない、自然を操る力を持つ精霊たちが大精霊に命じられしている事だと聞いていたから、納得出来た。
「当然だ。愚かな人間よ。我は大いなる精霊。この地の理を司る存在だ。この地の精霊に命じれば、あの程度の吹雪を止めるなど、指を折るよりも容易い。」〖ニフルヘイム〗の声には、誇りと絶対的な自信が漲っていた。
「そういう事なら、分かった。その条件、飲ませてもらおう。二度とこの生贄の迷宮には近づかない。ここに残っている仲間たち全員を連れてきて、貴様の前で誓わせても構わない。」ラバァルの声には、迷いはなかった。この条件なら、一番の目的を果たせるだけでなく、これ程の存在と無理して戦わなくて済む、それによってここに入った者たちの命も助かるのだ。是が非でもこの契約は結びたい。そう思っていた。
「よかろう。貴様たちの誠意を見せてみろ。仲間たちが全て集まったならば、その時、改めて我を呼べ。ただし、無駄な時間をかけるな。私の忍耐にも限界がある。」〖ニフルヘイム〗の声は、わずかに警戒の色を帯びながらも、取引に応じる姿勢を示した。
ニフルヘイムとの対話を終えたラバァルは、その内容に言葉を失っていた。これまで、吹雪を止める唯一の方法は、〖ニフルヘイム〗をアーティファクトに封印し使役すること。それしか知らなかったからだ、それが、封印せずとも吹雪を鎮められるという。しかも、その言葉を発したのは、他でもない大精霊〖ニフルヘイム〗本人だった。この情報の真実味は疑いようがない。
さらに、強大な魔力を誇る〖ニフルヘイム〗との無益な戦闘を回避できるという。ラバァルは、本来の目的を確実に達成出来るだろう、この機会を逃す事は出来ないと強く決意し、二度とこの地に足を踏み入れないと仲間たちに誓わせるため、彼らの行方を捜し始めた。
わずかな人間の気配を頼りに、ラバァルはロゼッタ、リバック、ベラクレス、そして地面に伏したまま動かないオクターブ、土中深くに沈んでたゲオリクを発見し、救出。
そして、彼ら一人ひとりに、ニフルヘイムとの和解こそが唯一の道だと説き伏せたのだ。
そんな中、巨人騎士ゲオリクが重々しく口を開く。「私は、マルティーナ様の従者として参った。彼女を探さねばならぬ。彼女がどこへ行ったのか教えてもらえなければ、誓いを立てることはできない。」
そう言い放ち、無条件での誓約を拒むゲオリクの頑なな態度に、ラバァルは苛立ちを募らせた。しかし、仲間を置いてマルティーナを探しに出る事は出来ないと言う状況を考えると、この巨人がマルティーナを探し出し、忠実な従者になってくれるとなれば、それは王女の安全を確保する上で大きな力となるだろう――そういう考え至ると、ラバァルの心境は一変した。これはむしろ好都合じゃないか。
先ほどまでの険しい表情が和らぎ、いつもの顔に戻り、 そしてニフルヘイムに話しかけた。 話すと言っても頭の中で考えるだけだ。
「ニフルヘイムよ」ラバァルは改めて問いかけた。「マルティーナの居場所について、何か手がかりはないのか?ほんの少しでも良い、それを教えてくれ!」
一刻も早く人間たちをこの地から遠ざけ、静寂を取り戻したいニフルヘイムは。
「少し待て」と応えた。そして、何度かその瞳に強い光を宿らせると、ゆっくりと口を開いた。「ふむ……西の方角だ。それ以上はわからん。人間の足では、相当な距離になる、望むならその方面へ飛ばしてやろう。」
ニフルヘイムからの情報を聞いたラバァルは、すぐにゲオリクにその内容を伝え、彼の意思を確認した。ゲオリクは迷うことなく頷いた。「分かった。その提案を受け入れよう。」
ラバァルがゲオリクの了承をニフルヘイムに伝えた瞬間、ニフルヘイムの両目が強烈な光を放ち、次の瞬間にはゲオリクの姿が消えていた。その光景を静かに見つめながら、ラバァルは呟いた。「……行ったか。」
ニフルヘイムは、穏やかな声で言った。「さあ、約束を果たそう。」全員が頷き、ついに契約が成立したのだ。
最後まで読んで下さりありがとう、引き続き次を見掛けたらよんでみてください。




