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夢の中の荒野 その2

マルティーナの意識の中の荒野で遭遇した恐るべき半神の魔女【ヴァンデッタ】

こいつは、劣勢と知ると次々に技を繰り出し、ラバァルに追い打ちを仕掛けて来た。




                その87





態勢を立て直し、ラバァルは再びヴァンデッタへと向き直った。その闘気は、先ほどよりもさらに禍々しく膨れ上がっている。

「まさか……もう立て直したというの!?」

ヴァンデッタは驚愕の色を隠せない。先ほどの【妖雷鞭】は、並の相手ならば確実に戦闘不能に陥れる威力だったはずだ。しかし、目の前の男はダメージを負いながらも、まるでそれを糧とするかのように、さらに強大なプレッシャーを放っていた。だが、怯むわけにはいかない。ヴァンデッタは即座に迎え撃つ態勢を取った。両者の闘気が激しくぶつかり合い、戦場は再び極限の緊張感に包まれる。

ラバァルは、普段ならば自身の肉体への過負荷を考慮し、無意識のうちに力の奔流をセーブしている。しかし、今の彼にそんな理性の欠片は微塵もなかった。マルティーナを傷つけ、弄んだこの敵への怒り。それが彼の奥底に眠る破壊衝動の箍たがを完全に外していた。全身から沸き上がる赤黒い闘気【ゼメスアフェフチャマ】を限界の、その先まで解放し、【ヴァンデッタ】へと突進する。

「お遊びは終わりよ!」

迎え撃つヴァンデッタは、両手を広げ【雷華乱舞(らいからんぶ)】を発動。妖艶な紫色の花吹雪が舞い、その一枚一枚に強力な雷の力が込められ、ラバァルの進路を塞ぐように撒き散らされる。触れたものを瞬時に感電させ、動きを封じる必殺の技だ。


「うぉぉぉぉぉぉっ!!」

しかし、ラバァルの咆哮と共に放たれた赤黒い閃光は、まるで流星のごとく光の尾を引きながら、ヴァンデッタが展開した【雷華乱舞】の壁を、赤子の手をひねるように瞬時に粉砕し、その勢いのまま突き進んでいく。

そして、回避する間もなく、ラバァルの光速の拳がヴァンデッタの右頬を正確に捉えた。

ゴッ!!! 空間そのものが震えるほどの凄まじい衝撃。

「ぎゃあああっ!?」

ヴァンデッタは、その強烈すぎる一撃を受け、立っていた細い足場から弾き飛ばされ、為す術もなく地面へと落下していく。

ラバァルは、一切の容赦なく追撃に移る。落下するヴァンデッタを捕捉し、さらなる一撃で完全に息の根を止めようと、重力をも無視するかのように加速する。

(このままでは……!)

ヴァンデッタは空中で必死に体勢を立て直そうとしたが、背後から迫りくるラバァルの圧倒的な圧力を感じ取ると、ふと動きを止めた。そして、まるで覚悟を決めたかのように、あえて無防備な姿を晒し、重力に従って落下を続ける。

(誘いよ……!)

ラバァルは一瞬警戒したが、勢いは止まらない。そして、頭上から迫ってくるラバァルに対し、ヴァンデッタは切り札の一つ、【妖雷鞭ようらいべん】を発動させた。

{妖艶なオーラを鞭のように変形させ、雷の力を纏わせて敵を攻撃。鞭は最大18本まで分裂・増殖し、自在に伸縮することで広範囲の敵を同時に攻撃可能}

落下しながらも、ヴァンデッタは迫りくるラバァル目掛け、18本の【妖雷鞭】をしなやかに、しかし殺意を込めて振るった。紫電を纏った鞭が、獲物を捕らえる蛇のようにラバァルへと襲いかかる!

ラバァルは咄嗟に【ゼメスアフェフチャマ】を盾のように展開し、鞭を防ごうとした。しかし、絡みついてきた鞭は、闘気のバリアをじわじわと、粘つくように浸食し、ついにラバァルの肉体へと到達してきた。

ズバァァァァンッ!!!

激しい電撃がラバァルの全身を駆け巡り、骨の髄まで響くような痺れと激痛が彼を襲う。

「ぐあああああっ! くそっ、またこの鬱陶しいビリビリかァッ!!」

だが、その痛みすら怒りの燃料に変え、ラバァルはさらに速度を上げてヴァンデッタへと突進した。彼の右腕に凝縮された【ゼメスアフェフチャマ】は、鋭く尖ったランス状へと変形し、ヴァンデッタの心臓を正確に貫くために、極限まで研ぎ澄まされていた。

「これで、終いだァッ!!」

「ぐああああぁぁぁっ!!」

ヴァンデッタの悲鳴と共に、高密度に圧縮された赤黒い闘気のランスが、彼女の胴体を抵抗なく貫いた。その凄まじい破壊力は、ヴァンデッタの体を上半身と下半身に容易く分断し、それぞれの肉塊は力なく地面へと落下していく。


ビチャリ、という生々しい音が響き渡り、肉片が周囲に飛び散る。

ラバァルは、静かにその惨状を見下ろしていた。常人ならば、これで勝負は決したと思うだろう。

しかし、ラバァルの口から漏れたのは、勝利の雄叫びではなかった。

「……おい。まさか……これで終わりじゃねぇだろうな?」

誰が見ても絶命しているとしか思えない、無残にバラバラになったヴァンデッタの肉片に向かって、ラバァルは静かに、しかし確信を持って問いかける。その異様な光景は、事情を知らぬ者が見れば、狂人の戯言にしか聞こえなかっただろう。

バラバラになった【ヴァンデッタ】の肉片。その中で、ピクン、と顔があった部分の筋肉が微かに痙攣した。そして、まるでラバァルの言葉に応えるかのように、歪んだ、しかしどこか愉悦に満ちた笑みが浮かび上がる。

「キヒ……ヒヒヒヒヒ……♪」

それは、死の淵から響いてくるような、不快で耳障りな笑い声だった。

次の瞬間、散乱していた肉片が一斉に蠢き始めた。まるで強い磁力に引き寄せられるかのように、ゆっくりと、しかし確実に中央へと集まっていく。

そして、おぞましい血と肉のパズルが組み上がるように、ヴァンデッタは元の、美しい肢体を取り戻した。その姿は、先ほどの凄惨な破壊がまるで幻だったかのように、傷一つない完璧な状態だった。

「……ふぅ。ほんっと、今のは痛かったわぁ……♥ でも、貴方の本気、しっかり感じさせてもらったわよ?」

ヴァンデッタは、首をこきりと鳴らし、再びその白魚のような手を掲げた。彼女の周囲に、黒紫色の不吉な雷が蠢き始める。それは、【妖雷(ようらい)(のろい)】。ヴァンデッタの悪意と執着が具現化したかのような、禍々しい呪詛の技だ。

効果:妖艶なるオーラで敵を包み込み、雷の呪いを刻み込む。呪われた敵は、徐々に生命力を奪われ、妖属性および雷属性への耐性が著しく低下する。

ラバァルの周囲に、粘つくような呪いのオーラがまとわりつき始めた。全身の力が僅かに削がれていく感覚。ラバァルは構わず【ゼメスアフェフチャマ】でそれを振り払いながら、次の一撃を叩き込もうと身構える。

しかし、ヴァンデッタはそれを完全に予測していたかのように、既に次の、そして最後の技の準備を完了していた。

「さようなら……私の可愛い坊や♥」

ヴァンデッタの口元に、恍惚とした、不気味な笑みが浮かぶ。

【妖電子砲ようでんしほう】。ヴァンデッタが切り札として秘匿する、最大にして最悪の殲滅技。彼女の内に秘めた膨大な妖艶エネルギーと雷の力を極限まで凝縮し、亜光速の粒子奔流として解き放つ、あらゆる抵抗を許さぬ絶望の一撃。

閃光が、世界を白一色に染め上げた。

轟音と共に放たれた【妖電子砲】は、【妖雷の呪い】によって僅かに抵抗力を削がれていたラバァルを、回避も防御も許さず、容赦なく飲み込んだ。

ドッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!

凄まじい爆発が巻き起こり、ラバァルを大地ごと抉り取るように叩きつける。衝撃は地殻を揺るがし、戦場には巨大なクレーターが穿たれた。

それは、ヴァンデッタが単独で放ちうる、文字通りの最終兵器だった。

切り札を放ち、ラバァルに直撃させたヴァンデッタは、今度こそ勝利を確信した。

「キヒヒヒヒヒヒヒッ♫ まさか、これを使わなきゃならないなんてねぇ……。坊や、貴方、本当に強かったわよ。本当に、驚かせてくれたわ♥ でも、これで終わり。さあ、これからは永遠に……私のモノにし・て・あ・げ・る♡」

ヴァンデッタは、最高の獲物を手に入れた悦びに打ち震えながら、ゆっくりとクレーターの中心へと歩み寄る。

地面に深くめり込み、黒焦げになって倒れているラバァルに向け、彼女は再び妖艶なオーラを纏わせようとする。

その蠱惑的な瞳でラバァルの姿を見つめ、ヴァンデッタは薄く、満足げな笑みを浮かべた。彼女が次に繰り出すのは、【魅惑の封印】。それは、彼女が真に強者と認め、己のコレクションに加えたいと渇望した者にのみ許される、甘美なる魂の隷属。

瀕死の相手にのみ発動可能なこの禁断の呪いは、対象の魂を永遠にヴァンデッタの虜とし、その自我を完全に消し去る。残るのは、ただヴァンデッタの命令にのみ忠実に従う、意思なき戦闘人形。しかし、その戦闘能力は生前のそれを遥かに凌駕し、より洗練された完全なる殺戮機械へと変貌させる恐るべき呪いでもある。

そして、この呪いが成功すれば、対象はヴァンデッタの“永久の愛人コレクション”として、彼女の鏡の中に永遠に囚われるのだ。

ヴァンデッタは、喜びを隠しきれない様子でラバァルの傍らに降り立つと、甘美な響きを伴う【魅惑の封印】の呪文を唱え始めた。

「アモール・カエクス、インペリウム・メウム・アウディ……」

(意味:「盲目の愛よ、我が命令に従え…」)

ヴァンデッタの紅い唇から、囁くような、しかし抗いがたい力を持つ呪文が紡がれる。

詠唱が完了した瞬間、空間が不気味に歪み、漆黒の影のようなエネルギーがラバァルの身体へと音もなく忍び寄る。それが【魅惑の封印】の呪いの本体だ。強大な魂縛の力が、抵抗する間もなくラバァルの魂の奥深くへと侵食していく。

しばしの静寂。やがて、ラバァルの瞼がゆっくりと持ち上がった。その瞳には、かつて宿っていた激しい闘志の色は消え失せ、ただ虚ろな光だけが揺らめいていた。

ヴァンデッタは、その絶対的な支配の完了を確信し、満悦の笑みを浮かべた。

そして、新たなる“僕しもべ”となったラバァルへと、蜜のように甘い声で囁きかける。

「キヒヒヒヒヒ♪ ついに、私のモノになったわねぇ♥ 喜びなさい、坊や。これからは私の【鏡の親衛隊】として、永遠に私を愛し、守らせてあげるのだから♡」

ヴァンデッタはそう言うと、ラバァルをコレクションの鏡の中に封じ込めるため、新たな呪文を口ずさみ始めた。

「イントラ スペクルム, クイエスカト セルウス!」

(意味:「鏡の中に、僕よ静まれ!」)

呪文が紡がれると、再び空間が歪み、ラバァルの目の前に、豪奢で妖しく輝く装飾鏡が出現した。

鏡面にラバァルの姿が映し出された瞬間、彼は抵抗する意思すら見せず、まるで水面に吸い込まれるように、鏡の中へと引きずり込まれていった。

鏡の中で虚ろな瞳を浮かべ、微動だにしないラバァルの姿を見つめ、ヴァンデッタは完璧な勝利を確信する笑みをさらに深める。

「あらあら♡ また素敵なコレクションが増えちゃったわ。これで三体目ね。ふふ、これで夜の神テネブレス様の【ヴァンガード】最強の座は、間違いなくこの私のものね♪」

ヴァンデッタは、完全なる勝利と、新たなる強力なコレクションの獲得に酔いしれ、恍惚とした表情を浮かべる。彼女にとって、ラバァルは単なる戦利品ではない。自身の圧倒的な力を内外に誇示するための、最高のトロフィーとなるはずだった。

そう思い描いていた、まさにその束の間だった。

ドッッッッッッッバァァァァァァァァァァァァァン!!!!!!!!!!!

勝利の余韻に浸る間もなく、ヴァンデッタがラバァルを封じ込めたはずの鏡が、突如として内側から凄まじい轟音と共に粉々に砕け散ったのだ!

全く予想外の事態に、ヴァンデッタは驚愕に目を見開き、爆発の中心――砕け散った鏡があった場所へと視線を向ける。

舞い上がる鏡の破片と濃密なエネルギーの塵煙の中、先ほど【妖電子砲】で消し飛ばしたはずの、あの禍々しい輝きを放つ超高密度のエネルギーの塊が、再びその姿を現し始めていたのだ。それは、以前よりもさらに巨大に、そして不安定に膨張しているように見えた。

ヴァンデッタの表情から、一瞬にして歓喜の色が消え失せ、代わりに焦燥と、初めて覚えるであろう恐怖が浮かび上がる。彼女は即座に、他のコレクションを解放するための呪文を絶叫するように唱え始めた。

「エクシ, セルウェ! ウォカ ウォス!」

(意味:「出よ、我が僕たちよ! 我が命に応えよ!」)

ヴァンデッタが切迫した声で解放の呪文を唱え終えると同時に、彼女の背後に二つの歪んだ鏡が出現した。それは、彼女が長年にわたって収集し、最強の切り札として封じ込めてきた“僕たち”――かつて神話の時代に名を馳せた伝説の存在たちの成れの果てだった。

鏡面が激しく波打ち、バキバキと音を立ててひび割れが走る。そして、おぞましい地獄の瘴気を纏った巨躯の悪魔と、神々しいまでの闘気を放つ武神が、それぞれの咆哮と共に鏡から飛び出した!

ヴァンデッタは、もはや逡巡している時間はないと判断し、絶対的な命令を下す。

「地獄の大公爵ラグネル! 闘神モール! あの煙の中に蠢く忌々しいエネルギーの塊を、我が敵と見なし、全力で殲滅せよッ!!」

二体の強力な従者は、主の命令を忠実に遂行すべく、圧倒的なエネルギーの塊へと同時に殺到した。

地獄の大公爵ラグネルは、その山のような巨体からは想像もつかないほどの速度で突進し、黒曜石のごとく硬質化した巨大な剛腕と、空間さえ切り裂く鋭利な爪を、超高エネルギーの塊へと力任せに突き立てた。引き裂かんとするその一撃は、周囲の空間を圧迫し、歪ませる。

ほぼ同時に、闘神モールが反対側から音もなく迫り、神速の動きで巨大な偃月刀えんげつとうを振り下ろす。炸裂する衝撃波は大地を揺るがし、耳をつんざく轟音が再び戦場を支配する。

しかし、ヴァンデッタの焦燥は募るばかりだった。先ほどの【妖電子砲】の反動は予想以上に大きく、彼女の力の源である妖艶なる魔力は一時的に枯渇状態にあり、再起動にはまだ相当の時間を要する。今はただ、二体の強力な従者が敵を打ち破ることを祈りながら、無力に見守るしかなかった。

二体の攻撃が、寸分違わず同時に超高エネルギーの塊へと到達する。

その瞬間、悪魔ラグネルの黒曜石の剛腕と鉤爪は、まるで熱したバターが溶けるように、何の抵抗も見せず瞬時に溶解し、蒸発した。闘神モールの神気を帯びた偃月刀もまた、刃先が触れた箇所から跡形もなく消滅したのだ。

二体は、本能的に格の違いと絶対的な危険を察知し、即座に攻撃を中断してヴァンデッタの元へと跳躍、主を守るように臨戦態勢を整える。

ストン。 スタン。 二体がヴァンデッタの前に降り立つ。

しかし、彼女たちが警戒態勢を整えるよりも早く、超高エネルギーの塊は動き出していた。

{それは、もはや生物やエネルギー体といった次元を超えた現象だった。まるで透明な“死”そのものが空間を蹂躙していくかのようだった。その速度は光速を遥かに超越しており、認識できた時には既に通過した後、というワープにも似た異質な絶対速度。その“死”の影に触れたものは、それが半神であろうと、強力な妖艶なるオーラであろうと、存在した痕跡すら残さず完全に消滅させられていたのだ。}

ヴァンデッタが辛うじて認識できたのは、目の前を通過した赤黒く輝く超高密度のエネルギーの“何か”。しかし、その“何か”は、彼女の認識速度など比較にならない速度で、ヴァンデッタの体を通過していった。

彼女が、一体何が起こったのかを理解するよりも早く、その妖艶なるオーラも、美しい肉体も、魂の欠片すらも残さず、ヴァンデッタという存在はこの次元から完全に消し去られていた。

主を守ろうとした二体の従者もまた、例外ではなかった。爆風の中に残る敵影を睨みつけ、次の攻撃に備えようとした瞬間、容赦なき“死”の影は、彼らをも瞬時に捉えていた。あまりの超高熱と超高速による消滅は、衝撃音も、溶解音さえも発生させる暇を与えず、二体の伝説的な従者は、文字通り、何をする間もなく跡形もなく消滅した。

最初の攻撃から、わずか一秒にも満たない時間。瞬く間に、戦場は不気味なほどの静寂に包まれた。

ヴァンデッタとその強力な従者たちを完全に消滅させ、その過程で溢れ出した莫大な【魂力】が、まるで空間に出来た渦の中に吸い込まれるかのように超高エネルギーの塊へと吸収されていく。全ての魂力を吸収し終えると、その塊は急速に輝きを失い、収縮し、再び物質的な肉体――ラバァルの姿へと戻っていった。

{ラバァルが光の超高エネルギーの塊となれた理由:ここはマルティーナの精神世界――夢の中。現実の肉体ならば、彼に宿る破壊神アンラ・マンユの力の奔流に耐えきれず、自壊してしまうため、ラバァル自身とアンラ・マンユは無意識下でその力を厳しく制限していた。しかし、【妖電子砲】による強大なダメージでラバァルの意識が完全に途絶えたことで、その枷が外れ、アンラ・マンユの力が暴走。夢の中という、肉体の限界が存在しない特殊な環境であったため、ラバァルは消滅することなく、破壊神の力の顕現ともいえる超高エネルギー体へと変貌が許された。}


元の姿に戻ったラバァルは、全身から力が抜けたようにその場に膝をつき、深く、長い安堵の息を吐き出した。

「はぁ……はぁ……。マジで……とんでもねぇ相手だった……。これが現実だったら……確実に、負けてたな……」

掠れた声でそう呟くと、ラバァルはふらつきながらも立ち上がり、すぐにマルティーナが倒れているであろう場所へと駆け出した。


ストン、とラバァルは地面に降り立つと、まるで打ち捨てられた人形のように伏せているマルティーナに駆け寄った。

「おい、マルティーナ! しっかりしろ! 聞こえるか!」

呼びかけに応じないマルティーナの体をそっと抱き起こし、自分の膝の上に寝かせる。しかし、彼女の呼吸は浅く、意識を取り戻す気配はない。

「くそっ……どうすりゃいいんだ……。アンラ・マンユは、無理強いするなって言ってたが……」

ラバァルは焦りながらも、必死に記憶と知識を探る。何か、彼女の意識を安全に呼び覚ます方法はないか。


するとラバァルは、以前読んだ書物に書いてあった事を思い出し...。 

「……そうだ、あの手があったはずだ!」

ラバァルは顔を上げた。古今東西、物語の中で語り継がれてきた、古典的ながらも効果があるとされる方法。

「……こんな時は、アレしかない……のか? ……キス、だよな?」

おとぎ話で読んだ、眠り続ける姫君を呼び覚ます王子のキス。藁にもすがる思いで、それを試してみるしかないとラバァルは考えた。

ラバァルは、意を決して、マルティーナの形の良い唇に、そっと自分の唇を重ねた。触れるだけの、優しいキス。

しかし、数秒待ってもマルティーナに変化はない。

「……効果、なしか……?」

(やはり、おとぎ話か……。だが、他に方法が……)

ラバァルは、この状況に焦りを募らせ、今度はもう少し長く、そして深く、彼女の温もりを確かめるようにキスをしてみた。

しかし、それでもマルティーナは深い眠りの淵から覚める気配がない。

「なんでだ!? これでもダメなのか!? 一体、何が足りないって言うんだ!?」

ラバァルは焦燥感に駆られ、思わず周囲を見回した。何かヒントはないか、と。

広大な荒野に、燃えるような夕焼け空が広がっている。時刻は、もうすぐ夜が訪れる頃だろうか。幸い、まだ周囲を見渡せる程度の明るさは残っており、この夢の世界には他に誰もいないことを改めて確認できた。

(……どうすれば……彼女の意識の奥深くに、俺の存在を届けられる……?)

そこで、ラバァルはふと、過去の忌まわしい記憶――暗殺者としての訓練で叩き込まれた、ある“技術”を思い出した。

(……まさか、あれを……? いや、しかし……)

逡巡するラバァル。しかし、他に有効な手段が思いつかない。

彼は何かを振り払うように頭を振ると、覚悟を決めたように自分の上着を脱ぎ、それを地面に丁寧に敷いた。

そして、マルティーナの体をそっと運び、その上に優しく寝かせると、彼女のドレスの紐にも手をかけ、肌を露わにしていく。自分もその隣に横たわり、まずは彼女の身体を温めるように、そして彼女の意識に呼びかけるように、優しく体を撫で始めた。

首筋から、鎖骨へ、そして柔らかな胸元へと、まるで壊れ物を扱うかのように、丁寧に、祈るように。

しかし、マルティーナはピクリとも反応しない。

「……くそっ、こうなったら……やるしかないか……!」

ラバァルは最後の覚悟を決め、マルティーナの下腹部へと、震える手を伸ばした。

ラバァルには、暗殺集団【エシトン・ブルケリィ】に拉致され、望まぬ暗殺者としての訓練を強制された過去がある。そこは、人間をただの殺戮兵器へと変貌させるため、あらゆる非人道的な手段が用いられる地獄のような場所だった。

武器や毒を用いた直接的な殺人術はもちろん、情報収集、潜入技術、そして時には標的を篭絡し、情報を引き出すための“閨房術”までも。ラバァルは、教官であった冷酷な女性暗殺者や、同じ境遇に落とされた他の少年少女たちと共に、心を殺し、ただ生き延びるためだけに、そうした技術を繰り返し叩き込まれた経験がある。

その過酷な経験は、彼の感情を麻痺させ、心を固く閉ざす原因ともなっていた。

ラバァルは、その忌まわしい過去の技術を、今、マルティーナを救うために使おうとしていたのだ。皮肉な運命を感じながらも、彼は他に術を知らなかった。

その手は、もはや躊躇なくマルティーナの秘められた部分に触れ、かつて叩き込まれた繊細な動きで、優しく、しかし確実に刺激を与えていく。

すると、マルティーナの体が微かに震え、「……ん……」という、か細い呻き声が漏れた。くねるように僅かに体を動かし、彼女の意識が深い場所から浮上し始めている気配があった。

その反応に、ラバァルは確かな手応えを感じた。「……よし、効いてる……!」

さらに集中し、彼は愛撫を続ける。今度は、恥じらいを捨て、マルティーナの秘部へと顔を近づけ、舌で優しく、そして徐々に熱を込めて刺激を与え始めた。

しばらくすると……

「……あっ……ん……! あぁぁぁ……っ!」

マルティーナの口から、抑えようとしても抑えきれない、甘い嬌声が漏れ出した。意識はまだ戻らないながらも、彼女の身体は確実に快楽の刺激に反応していた。

ラバァルは、マルティーナの反応に安堵しつつも、罪悪感と切なさで胸が締め付けられるのを感じながら、さらなる刺激を試みることにした。

その前に、まるで己に言い訳をするかのように、マルティーナの耳元で囁いた。

「マルティーナ……聞こえるか……? これは夢だ。全部、仮想現実なんだ……。本当の君は、今もゲートの前で眠っている……。だから……勝手なことをするが……許してくれ……」

そう呟くと、ラバァルは意を決し、自らの身体をマルティーナの奥深くへと導いた。

彼女を優しく抱きしめ、壊さないように、ゆっくりと腰を動かし始める。

「ん……あっ……あぁっ……!」

マルティーナは、意識のないまま、夢現の快楽に身を委ねていく。ラバァルは、硬い砂利の地面ではマルティーナが痛がるだろうと気遣い、そっと彼女の身体を持ち上げ、自分の上に跨らせるような体勢に変えた。

その時、二人の結合部に、初めてを証明する鮮やかな血が滲んでいるのが見えた。

(……そうか……初めて、だったのか……)

ラバァルは、マルティーナの純潔を自分が奪ってしまった事実に気づき、胸にチクリとした痛みを感じた。彼は、より一層、激しい動きを控え、彼女を慈しむように、優しく腰を動かし続けた。

時折、意識が朦朧とする中で苦しげな喘ぎ声を上げるマルティーナを、ラバァルはただ優しく抱きしめ、安心させるようにその背中を撫で続けた。

やがて、長い時間が流れたように感じられた後、マルティーナの睫毛が震え、ゆっくりとその瞳が開かれた。潤んだ瞳が、間近にあるラバァルの顔を捉える。その瞬間、ラバァルの心臓が大きく高鳴った。

「マルティーナ……! 起きたのか! 分かるか!?」

ラバァルの声が、隠しきれない喜びと安堵に震える。

マルティーナは、状況を理解したのか、恥ずかしそうに頬を真っ赤に染め、それでも弱々しく、しかしはっきりとした声で答えた。

「……はい……。ラバァル、様……」

マルティーナの意識が完全に戻ったことを確認すると、ラバァルは安堵と共に動きを止め、少し気まずそうに、しかし優しく語りかけた。

「……よかった……。それじゃあ、あれだ、もう起きた方が……」

しかし、意外にも、マルティーナがそれを遮ったのだ。

「……ダメです、ラバァル様……」

彼女は、潤んだ瞳でラバァルを見つめ、か細い声で懇願した。

「……ダメ、というのは……? ……最後まで、ということか?」

ラバァルは、思いもよらぬ言葉に戸惑い、聞き返した。

すると、マルティーナは頬をさらに赤らめながらも、ゆっくりと、しかしはっきりと頷いたのだ。

それを受け止めたラバァルは、もはや言葉は不要と、意識を取り戻したマルティーナと、改めて見つめ合い、そして深く口づけを交わした。二人は、夢の中の荒野で、互いの存在を確かめ合うように、最後まで愛し合った。

全てが終わり、穏やかな静寂が二人を包む。ラバァルは、マルティーナの汗ばんだ柔らかな髪を指で優しく梳きながら、尋ねた。

「マルティーナ……。まさか、君とこんな風になるなんて、思ってもみなかった……。でも、ここが君の夢の中だってことは……ちゃんと、分かっているんだよな?」

マルティーナの髪は、まるで上質な絹のように滑らかで、指に絡みつく感触が心地良い。ラバァルが名残惜しそうにその髪で遊んでいると、マルティーナもまた、ラバァルの逞しい胸に顔を埋め、甘えるように軽くキスを返してきた。そして、夢見心地のような甘い声で答えた。

「ええ……分かっていますわ。でも……こんなに素敵な経験ができたのは、ラバァル様がここまで来てくださったおかげです。本当に……ありがとうございます……」

「そ、そうか……。そう言ってもらえると、まあ、嬉しいな」

ラバァルは少し照れながら答えた。

「ふふ……。でも、どうしても夢とは思えないくらい……だって、こんなにもラバァル様の温もりを……熱を感じているんですもの」

マルティーナは、まるで安心しきった子猫のようにラバァルの胸に顔をすり寄せ、甘えた声を出す。

「そうだな。痛みもちゃんと感じるし、ダメージも受ける。それに、敵を倒せば魂力まで手に入るんだからな。……さっきのヴァンデッタとかいう奴とその手下、とんでもない魂力を持っていたぞ。全部合わせたら、8000万近くにもなった。……本当に、ここがただの夢だなんて、信じられねぇよな」

ラバァルは、先ほどの激闘と、その結果得られた膨大な魂力の感覚を思い出しながら言った。

「それじゃあ……。ラバァル様が、あの恐ろしい赤いドレスの……ヴァンデッタという方を、倒してくださったのですね?」

マルティーナが尋ねる。

「いや、だいぶ違う、複雑なんだ。実際に奴を倒したのは、誰なのかは分からない、あくまで夢の中の魔女を俺の中の何かが倒したという形なんだ。

ラバァルは正直に答えた。

「それでも……私にとっては、ラバァル様がこの悪夢からお救いくださった事に変わりはありません。ここまで……私の意識の底まで連れ戻しに来てくださって……本当に、私は……嬉しく思っております」

マルティーナは、感謝の気持ちを込めてラバァルを見上げた。

「……当たり前だろ。俺は、あんたを含めたパーティーのリーダーなんだからな」

ラバァルは、ぶっきらぼうに、しかし少し照れ隠しをするように言った。

「ふふっ、そうでしたわね」

マルティーナは、そんなラバァルを微笑ましく思い、それ以上は何も言わなかった。

二人がしばし穏やかな時間を過ごしていると、ラバァルがはっと思い出したように真剣な表情になり、話し始めた。

「そうだ、いけねぇ。あんまりゆっくりもしてられねぇんだった。ノベルから聞いたんだが、俺たちがこうしている間にも、現実世界では【ニフルヘイム】へのゲートが開いて、もう先発隊が突入したらしい」

「……! それは本当ですか、ラバァル様!」

ラバァルの言葉に、マルティーナは一瞬で王女としての顔を取り戻し、凛とした声で言った。

「すぐに戻らねばなりません! ラバァル様!」

マルティーナのその言葉を合図とするかのように、二人がいた夢の世界が、まるで水面の泡が弾けるように、急速に消え始めた。


ラバァルは、消えゆく世界の中で、マルティーナの温もりを確かめるように強く抱きしめた。そして次の瞬間、彼は生贄の迷宮の冷たい石の床に横たわっている自分自身に気が付く。

「ん……なんとか……戻ってこれた、みたいだな……」

ラバァルは深い安堵の息を吐き、隣に横たわるマルティーナに目を向ける。すると、彼女もまた、ほぼ同時に目を覚まし、こちらをじっと見つめていた。二人の間に、夢の中での出来事が現実味を帯びて蘇り、気まずいような、それでいて特別な空気が流れる。

その時、周囲から、わあっ!と割れんばかりの歓声が沸き起こった。

マルティーナの帰還に気づいたノベルや他の仲間たちが、安堵と喜びの声を上げていたのだ。

「マルティーナ様! お目覚めに!」「よかった……!」

ラバァルは、マルティーナを無事に現実世界へと連れ戻せたことに、そして彼女が無事であることに、改めて深い安堵を覚えたのだった。


最後まで読んで下さりありがとうございます、また続きを見掛けたら読んでみて下さい。

追伸

最初からもうちょっと読みやすくしたいと思いリフォームしていますので、暫く続きは出ないと思います。

   

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