夢の中の荒野で。
ようやくマルティーナの元へ帰って来たラバァルだったが、肝心のマルティーナは
目覚めぬお姫様になっていた、これをどうにかするため、ラバァルはマルティーナの
意識の中へと入ることになり・・・
その86
次の瞬間、ラバァルの意識は暗転し、気がつくと、彼は見知らぬ赤茶けた荒野に一人で立っていた。
「……ここは……どこだ?」
ラバァルはこの場所に覚えはなかったが、読者(あるいは高次の存在)は知っている。ここは、かつてマルティーナ達が【ヴァンデッタ】と戦った、彼女の精神攻撃によって作り出された異空間…マルティーナ自身の意識が深く関わる『夢』とも呼べる場所なのだ。
ラバァルは、アンラ・マンユの指示に従い、この精神世界の中で、殻に閉じこもったマルティーナの意識を探し出すために動き始めた。
ボォッ!
赤黒い闘気【ゼメスアフェフチャマ】を全身に纏い、ラバァルは空へと飛び立つ。グングンと高度を上げ、一気に1万メートル近い上空へ。そこから、彼は自らの感知能力を最大限に広げ、眼下に広がる広大な荒野を見渡し、マルティーナの意識の痕跡を探し始めた。
探索を開始してしばらくすると、地上の一角で、何やら激しい戦闘が行われていることに気づいた。複数の巨大な炎の塊と、それを取り囲むように戦う、見慣れた王国兵士達の姿が見える。
「……なんだ? 炎の巨人か……? それに、あれはマーブルの兵士……?」
ラバァルは、状況を確認するため、ゆっくりと高度を下げ、戦闘が行われている場所へと降下していく。
地上に近づくにつれて、戦いの様子がより鮮明に見えてきた。巨大な炎の巨人達と、必死に戦う王国兵士達。ラバァルは、それがマルティーナの意識が生み出した幻影なのか、それとも別の何かなのか判断しかねたが、兵士達が苦戦しているのを見て、ひとまず加勢することにした。
ズンッ!
ラバァルは、炎の巨人の一体の背後に着地すると、赤黒い闘気を纏わせた拳で、その巨体を殴りつけた! ドゴンッ! 炎の巨人は、見た目よりも遥かに確かな質量を持っており、殴りつけた腕には確かな手応えが伝わってくる。そして、ラバァルの拳を受けた巨人は、バランスを崩して地面に倒れ伏した。
(……熱さも、手応えも、まるで現実と同じだ……。ここは、本当にマルティーナの『夢の中』なのか……?)
疑問を感じながらも、ラバァルは周囲を見渡す。
すると、少し離れた場所で、ひときわ巨大な炎の巨人と、一人の剣士が凄まじい戦いを繰り広げているのが見えた。その剣士の姿は、見覚えがある。
(……ベラクレス……? いや、動きが違いすぎる……)
ベラクレスらしき人物は、人間とは思えないほどの驚異的な速度で疾走し、巨大な炎の巨人の体を足場にして、何度も跳躍を繰り返している。そして、その手に持つ、赤く輝く大剣で、炎の巨人の巨体を次々と斬り裂き、粉砕していく! その姿は、ラバァルが知る、かつてのベラクレスとは似ても似つかない、まさに鬼神の如き戦いぶりだった。
その光景を見たラバァルは、フッと鼻で笑った。
「……はっ。やはり、ここは夢の中か。あのベラクレスが、あんな動きができるわけがない」
(……あるいは、これがマルティーナの願望…ベラクレス隊長にこうあってほしい、という理想像が、夢の中で具現化したものなのかもしれんな)
夢だと確信した(あるいは、そう思い込もうとした)ラバァルは、それ以上の加勢をやめ、傍観者として戦いの成り行きを見守ることにした。
最後に残った一体の10メートル級の炎の巨人も、覚醒したベラクレスの怒涛の攻撃によって深手を負い、倒れる寸前だった。
それを見ながら、ラバァルは別のことを考えていた。
(……しかし、マルティーナの奴、ベラクレスに対するイメージは、ここまで強いものだったとはな。……だとしたら、俺のことは、一体どんな風にイメージされているんだ?)
ラバァルは、少し期待するような気持ちで周囲を見回したが、残念ながら、この夢の世界に『ラバァル』自身の姿は見当たらない。どうやら、自分は登場人物ではなく、あくまで外部からの侵入者、あるいは観客としての扱いらしい。
(……ちっ。出番なしかよ。つまらん夢だ)
ラバァルが、やや不満げに戦いの様子を観察していると、彼は別の存在に気づいた。少し離れた岩陰の上空で、戦況を見つめている、怪しい老婆の姿だ。それは、怒りと悔しさに体を震わせている、魔女カナンだった。
カナンは、自らの切り札である炎の巨人達が、次々と打ち破られていく様子を、わなわなと震えながら見つめていた。そして、その憎悪の視線は、最も派手に立ち回り、巨人達を屠っていくベラクレスへと、集中的に向けられていた。
「くぃぃぃぃぃっ!! く、悔しいぃぃぃっ!! あの、忌々しい剣士め……! よくも……! よくも、アチキのとっておきをぉぉぉぉっ!!」
カナンは、ベラクレスのせいで、自らの計画が完全に破綻したと確信し、怒りと憎しみを限界まで募らせていた。
もはや後がないと悟ったカナンは、最後の切り札…【邪眼】を発動させることを決意した。ベラクレスに、逃れられぬ破滅の呪いをかけるために。
カナンが呪文を唱えると、彼女の左目の前に、エクトプラズムで形成された、カナン自身の頭ほどもある巨大な緑色の目が、禍々しい光を放ちながら出現! それが【邪眼】だ!
邪眼が、カッと大きく見開かれ、その視線が、一直線にベラクレスを捉える!
その瞬間、それまで闘気オーラを纏い、人間離れした超絶的な動きで炎の巨人を圧倒していたベラクレスの動きが、突然、ガクリと鈍化してしまった! まるで、見えない鎖に縛られたかのように、その速度と鋭さが、著しく失われてしまったのだ!
(……ん? どうした……?)
ベラクレスの急な失速に、ラバァルは眉をひそめた。彼は、再び周囲を観察し、上空で邪悪な笑みを浮かべる魔女カナンと、その前に浮かぶ緑色に光る巨大な目に気が付いた。
「……ほう。いかにも『魔女』って感じの婆さんだな。それに、あの目玉……エクトプラズムか何かか? よく分からんが……ベラクレスの不調の原因は、どうやらあれのようだな」
ラバァルは、即座に目星をつけ、大地を蹴って跳躍した! 一瞬で、魔女カナンの眼前にまで飛び移ると、声をかける。
「おい、婆さん。こんな見晴らしの良い場所で、一体、何をしている?」
突然現れたラバァルに、カナンは驚きながらも、嘲るように答えた。
「……なんだい、あんたは? 羽も生えてないくせに、こんな上空まで、どうやって飛んできたんだい?」
「まあな、ちょっとしたコツがあるんだよ。それより、婆さん。あんたの前にある、その気色悪い目玉は何だ? あれで、下の剣士に何かしただろ?」
ラバァルは、単刀直入に尋ねた。
「くけけけけけ! あんたには、関係のないことだよ!」カナンは、嘲笑する。
「ほう……関係ない、か。だったら……こうしても、俺には関係ないってことだな?」
ラバァルは、ニヤリと笑うと、右手に赤黒い闘気を凝縮させ、鋭い手槍の形へと変化させた。そして、それを、何の躊躇もなく、【邪眼】目掛けて投げつけたのだ!
シュッ!
赤黒い手槍は、正確に【邪眼】の中心を貫き、その存在を霧散させた! それを見たカナンは、怒りの形相で絶叫する!
「なっ……!? あんた! アチキの切り札に、なんてことをしてくれたんだい!!」
「ははは、悪い、悪い。でも、関係ないんだろ? 俺には。見てて目障りだったから、ちょっと処分してやっただけだ」
ラバァルは、わざとらしく肩をすくめ、カナンを挑発。
「うきぃぃぃぃぃっ!! この、若造がぁ! アチキをコケにする気だね!? よろしい! そういうことなら、あんたにも、たっぷりとお仕置きしてあげるよ!」
カナンは、完全に激昂している。
(よし、かかったな)
魔女カナンの怒りの矛先を、ベラクレスから自分へと向けさせることに成功したラバァルは、内心でほくそ笑みながらも、油断なく次の手槍を生成し、カナンへと投げつけた!
今度も、あまりにも速く、近距離からの不意打ちだったため、カナンは避ける暇もなかった。赤黒い闘気の手槍は、カナンの顔面に直撃し、その頭部を粉砕! 彼女は、悲鳴を上げる間もなく、そのまま力なく地面へと落下していった。
「……すまんな、婆さん。こっちは、マルティーナを探さなきゃならんのだ。あんたに構ってる暇はないんだよ」
ラバァルは、落下していくカナンを一瞥すると、そう呟いた。
カナンを(おそらく)倒したラバァルは、再び上空から地上を見下ろし、マルティーナの探索を再開し始める。
地上では、動きの鈍さが解消されたベラクレスが、残っていた最後の炎の巨人に止めを刺し、完全に沈黙させていた。兵士達の戦いが終わったことを確認したラバァルは、探索に集中することにした。
周囲を飛び回り、感知能力を広げて探索を続けていると、やがて、見覚えのある人影を発見した。それは、オクターブだった。
(……お? オクターブがいるってことは……マルティーナも、すぐ近くにいるはずだな)
ラバァルは、オクターブ達がいる場所へと向かい、音もなく地面に降り立った。ストン!
着地したラバァルは、すぐに、地面に横たわっているマルティーナらしき女性の姿に気づき、駆け寄っていった。
近づいてみると、彼女は酷く苦しそうな表情を浮かべ、浅い呼吸を繰り返している。ラバァルがその顔を覗き込むと、彼女はうっすらと目を開け、ラバァルの方を振り返った。
その苦悶に満ちた表情を見て、ラバァルは思わず彼女の体を抱き起こし、その顔を覗き込んだ。
「……どうしたんだ、マルティーナ? いったい、何があった?」
「……ラバァル、様……? ……来て……くださったのですね……」
マルティーナは、涙を浮かべた瞳で、弱々しくラバァルを見上げた。
「ああ。……だが、その顔は……。何を、そんなに苦しんでいるんだ?」
ラバァルは、心配そうに尋ねる。
「……うぅ……。それが……わたくしにも、よく分からないのです……。ただ……何か……何か、得体の知れない、冷たくて、甘いような……そんな力が……わたくしの中に入り込んできて……! わたくしの意識を……消し去ろうと……! うぅ……!」
マルティーナは、本当に苦しそうで、怯えているようにも見えた。
見えない何かが、彼女を蝕んでいるのか? ラバァルは、周囲に敵意や異常な気配がないか、改めて警戒を強めた。
すると、マルティーナの傍らで、先ほどまで倒れていたはずの王国兵士達…その中に、オクターブの姿があることに気づいた。だが、彼らの様子は明らかにおかしかった。涎を垂らし、充血した目を大きく見開き、理性を失った獣のような形相で、ラバァルを睨みつけている。
そして、オクターブが、奇声を発しながら、ラバァルに剣を振りかざして襲い掛かってきたのだ!
「ぐぉぉぉぉぉっ!」
ラバァルは、その殺気の欠片もない、ただ衝動的なだけの攻撃を、難なく見切り、鋭い足払いをかけた。オクターブは、勢いそのままに前のめりに転倒し、無様に一回転して地面に顔面から叩きつけられる。
「ぐげっ!」
前歯を折り、顔面を血だらけにしながらも、オクターブはまるで痛みを感じていないかのように、ゾンビのようにむくりと起き上がり、こちらを見ると、再びラバァルに襲い掛かってきた!
「……おいおい、マジかよ……。てめぇに構っている暇は、ねぇんだがな……」
ラバァルは、ため息をつきながら、再び襲い掛かってきたオクターブの胴体…プレートメイルの上から、強烈なボディブローを叩き込んだ! 赤黒い闘気が、メイルを突き破るほどの衝撃を生み出す!
(……ここは、マルティーナの夢の中のはず……。殺すつもりはないが、容赦する必要もないだろう)
ラバァルは、そう判断し、手加減はしなかった。
みぞおちに叩き込まれた強烈な震動波は、オクターブの内臓に深刻なダメージを与えたようだ。彼は、口から大量の血を吹き出すと、そのまま白目を剥いて失神し、その場に崩れ落ち、完全に沈黙した。
「オクターブ!」
その光景を見ていたマルティーナは、苦しそうな表情のまま、悲鳴に近い声を上げた。だが、その衝撃が引き金になったのか、彼女もまた、ふっと意識を失い、ラバァルの腕の中に倒れ込んでしまった。
「……おい、マルティーナ! しっかりしろ!」
ラバァルは、意識を失ったマルティーナを揺り起こそうとしたが、彼女は目を覚まさない。彼は、見えない『何か』から彼女を守るため、自らの赤黒い闘気【ゼメスアフェフチャマ】で、マルティーナの全身を優しく包み込んだ。
すると、その時――空間に、甲高い笑い声が響き渡った。
「キャハハハハ♪」
見ると、そこには、赤いドレスの美女…【ヴァンデッタ】が、妖艶なシャナ(変貌した姿のまま)を伴って、いつの間にか現れていたのだ。
ラバァルは、意識のないマルティーナを抱きかかえながら、鋭い視線で二人を睨みつけた。
「……どうやら、マルティーナがこうなった原因は、てめぇらが知っていそうだな?」
「ええ、もちろん知っているわよ、可愛い坊や♡ ……でも、驚いたわ。私がこれだけ近づいても、私の『お誘い』に、全く靡かないなんて。……ふふ、凄いわ、坊や。こんな人間は、初めてよ♡」
ヴァンデッタは、まるで獲物を品定めするかのように、舐めるような視線でラバァルを見つめた。
ヴァンデッタの不遜な態度と、マルティーナを苦しめている元凶が彼女であると確信したことで、ラバァルの内に、激しい怒りが込み上げてきた。
「……なるほどな。……てめぇが、全ての元凶か。……それじゃあ、話は早い。力づくで、やめさせてやる!」
普段は感情を表に出すことの少ないラバァルだが、仲間(特にマルティーナ)を傷つけられることに対しては、容赦がない。最近、様々な経験を経て、感情表現が豊かになってきていることもあり、彼の怒りは明確な殺意となって、周囲に放たれ始めた。
ボワァッ!
ラバァルの全身から、禍々しい赤黒いオーラが噴出し、ヴァンデッタを睨みつける!
「あらあら、いやだぁ♡ 怒っちゃったのねぇ? ……じゃあ、分かったわ。特別に、チャンスをあげる。まずは、私の可愛い『遊女』…このシャナちゃんを、存分に可愛がってあげなさいな♡ もし、彼女に勝てたら……この私、自らが、坊やのお相手を、し・て・あ・げ・る♡」
ヴァンデッタは、まるでゲームでも楽しむかのように、挑発的な提案をしてきた。
それに対し、ラヴァルは、傍らに立つシャナへと視線を移した。
「……ほう。ずいぶんと、エロっぽい姉ちゃんになっちまったじゃねぇか、シャナ」
ラバァルは、つい最近、天使のような姿のシャナと飛行レースをしたばかりだ。その時の姿とは、あまりにもかけ離れた、悪魔的で妖艶な姿。その変化に、彼は内心驚きつつも、どこか面白がるような口調で言った。彼の目は、シャナの状態…悪魔のような尻尾、蝙蝠の翼、額の角、そして、ほとんど下着同然のきわどい衣装…その全てを、冷静に観察して楽しんでいた。
(……コロコロと姿を変えやがって。一体、どうなってやがるんだ……?)
シャナは、ラバァルの言葉にも無反応で、ただ黙って、あの禍々しい【血月の槍】を構えている。ラバァルは、その槍に改めて注目した。異様な雰囲気を纏い、穂先は見たこともない赤い金属でできている。そして、槍全体から、呪いと、血と、生命力を渇望するような、ただならぬ気配が漂ってくる。
「……ほう。そいつは……見ているだけで、おぞ気が走るような、おっかねぇ槍だな」
ラバァルがそう呟き終えるか終えないかのうちに、妖艶なシャナが動いた! フルスピードで間合いを詰め、連続で突きを放ってくる! その速度は、以前のシャナとは比較にならないほど速い!
ラバァルは、紙一重でそれらの攻撃をかわし、最小限の動きでシャナの背後へと回り込むと、渾身の手刀をその後頭部へと叩き込んだ! 赤黒い闘気を纏った手刀は、並の相手ならば一撃で意識を刈り取る威力があり、これをもろに喰らったシャナは当然戦闘不能になっている筈だと、 ラバァルは思い、次の標的であるヴァンデッタへと視線を移そうとした。
だが――倒れているはずのシャナが、崩れた体勢のまま、背後から【血月の槍】を突き出してきていたのだ!
グサッ!
「……ぬぉぉっ!?」
完全に油断していたラバァルは、その不意打ちに対応できず、背中に槍の穂先を突き立てられてしまった! 槍が肉を貫く鈍い感触と共に、激痛が走る!
そして、突き刺さった【血月の槍】から、禍々しい力が流れ込み、ラバァルの生命エネルギーと血液が、凄まじい勢いで槍へと吸い上げられ始めた!
(……おいおい、マジかよ……! なんて、やばい能力をしてやがる……!)
ラバァルは、シャナの方を振り返り、苦痛に顔を歪めながらも、不敵な笑みを浮かべた。
「……だがな、シャナ。そんな『おもちゃ』の能力とは、レベルが違う……『本物』のドレインってやつを、お前に見せてやるよ!」
ラバァルは、残忍なまでの笑みを浮かべると、彼を包む赤黒い闘気【ゼメスアフェフチャマ】から、巨大な、禍々しい棘を生成させた! そして、それを、まだ槍を突き刺したままのシャナ目掛けて、ズドンッ! と、容赦なく突き刺し、貫かせたのだ!
「……ぎっ……!?」
シャナは、声にならない悲鳴を上げる。ラバァルは、貫いたシャナの体を、そのまま棘で高々と持ち上げると、彼女の体内に宿る全ての『魂力』…生命エネルギーと、ヴァンデッタから与えられたであろう妖艶な魔力を、一瞬にして吸い込み始めた!
ゴクンッ!
まるで、極上の美酒でも味わうかのように、ラバァルはシャナの魂力を吸い尽くす。全魂力を一気に吸い取られたシャナは、急速に干からびていき、やがて塵となって消滅してしまった……。
さらに、赤黒い闘気【ゼメスアフェフチャマ】は、シャナが持っていた【血月の槍】をも包み込むと、槍に封じられていた邪悪な能力…吸血とエナジードレインの力、そして槍そのものに宿っていた魂力までもを、根こそぎ吸収し始めた!
残りカスとなった【血月の槍】は、全ての力を吸い取られ、赤黒い闘気から吐き出されると、脆くも灰となり、風に吹かれてどこかへ消え去ってしまった。
その一部始終を、後ろで見物していたヴァンデッタは、さすがに驚愕の表情を隠せないでいた。
「……なっ……!? あ、あなた……いったい、何者なの……!?」
シャナ(遊女)が倒されるのは想定内だったかもしれない。だが、あの強力な魔槍【血月の槍】…ゴッズアイテム級の武具を、いとも簡単に灰に変えてしまったラバァルの能力は、彼女の理解を超えていた。ヴァンデッタは、思わず次の言葉を飲み込み、ラバァルを警戒するように身構える。
「『何者だ』と問われてもな。俺はラバァルだ、としか答えられん。……さて、シャナは片付けた。……次は、あんたの番だな」
ラバァルは、吸い取った魂力を自らの力へと変えながら、ゆっくりと、しかし確かな殺意を持って、ヴァンデッタへと近づいていく。
先ほどまでの余裕は消え、ラバァルの底知れない力と、その内に秘めた禍々しい気配を肌で感じ取ったヴァンデッタは、ついに本気の色をその瞳に宿した。それでも、彼女は半神としてのプライドからか、あるいは自らの力への絶対的な自信からか、強気の笑みを崩さなかった。
「……いいわ。望み通り、かかってきなさいな。この私が、たっぷりと、遊んであげるから……♡」
荒野に、再び強めの風が吹き荒れ、砂埃が激しく舞い上がった。ぴゅー……。ざらざらと、砂が肌を叩く音が、やけに大きく聞こえる。
ラバァルは、目の前に立つ絶世の美女…しかし、その内には底知れぬ邪悪さを秘めた半神ヴァンデッタから、一瞬たりとも意識を離さなかった。
(……さっきのシャナにも、正直、驚かされたが……こいつは……桁が違う。相当なタマだ……!)
ラバァルの額に、じわりと汗が滲む。それは、暑さから来るものではなく、強敵を前にした、武者震いに近いものだった。
「あらあら? どうしたのぉ、可愛い坊や? 緊張で、汗なんかかいちゃってぇ。……もしかして、私の本当の『力』に、気づいちゃったのかしらぁ~♡」
ヴァンデッタは、なおも挑発的な笑みを浮かべている。
ラバァルは、その問いには答えず、思考を巡らせていた。
(……こんな、とんでもない奴が、マルティーナの『夢の中』に現れるなんて……。いや、待てよ……?)
ラバァルは、目の前の強敵に最大限の警戒を払いながらも、同時に、ある疑念が、再び彼の頭をもたげ始めていた。
(……先ほどは、完全に夢の中…仮想現実だと思い込んで、シャナの魂力を、何の躊躇もなく吸収してしまったが……。あれだけで、330万近い魂力を得ている……。あの槍からも、1000万近いエネルギーを吸収した……。もし、ここが、単なる夢ではなく、マルティーナの精神と繋がった、何らかの『実体を持つ異空間』だったとしたら……? 俺は……本当に、シャナを……?)
ラバァルは、ここがマルティーナの意識が生み出した仮想現実だと信じていたからこそ、知り合いであるシャナの魂力を吸収することに、何の躊躇もなかった。だが、もし、その前提が間違っていたとしたら……? 自分が感じた魂力の『手応え』が、現実世界にも影響を及ぼす、あるいは、この空間自体が、現実とリンクしている可能性を考え始めたのだ。
(……迂闊だった……!)
ラバァルは、自らの早計な判断と、思い込みが招いたかもしれない、取り返しのつかない結果の可能性に、内心で深く悔いた。マルティーナを救うために、この精神世界(仮)に来たはずが、逆に、彼女の大切な仲間を、自らの糧として消滅させてしまったのかもしれないのだ。
……だが、後悔している暇はない。目の前には、元凶であるヴァンデッタがいる。そして、意識を失ったマルティーナを救い出さなければならない。
ラバァルは、己の犯したかもしれない過ちの重さを胸に刻みつけ、再びヴァンデッタへと視線を戻した。その瞳から、迷いは消えていた。今はただ、目の前の敵を打ち倒し、マルティーナを救う。それだけだ。
ヴァンデッタは、ラバァルの纏う雰囲気が変わったことに気づき、薄く、しかし油断なく笑みを浮かべた。
「……あら? やっと、覚悟を決めたのかしら? ……いいわ。望み通り、存分に、お・あ・い・て、してあげるわよ……♡」
ヴァンデッタの周囲に、禍々しくも妖艶なオーラが、嵐のように立ち昇り始めた。それは、見る者を狂わせるほどの美しさと、同時に、魂の根源を凍てつかせるような、底知れぬ恐怖を感じさせる、異質な力の奔流だった。
ラバァルは、その圧倒的なオーラに警戒しながらも、一歩も引くことなく、静かに、しかし確かな殺意を持って、ヴァンデッタを見据える。
荒野に、再び、ひときわ強い風が吹き荒れた。舞い上がった砂埃が、二人の姿を覆い隠すかのように、激しく渦巻く。
しかし、二人の視線は、決して互いから逸らされることはなかった。互いの動き、呼吸、そして放たれる気の流れを、寸分違わず捉えていた。
(……来る……!)
ラバァルは、全身の神経を極限まで研ぎ澄ませ、ヴァンデッタの次の一手に備える。
それまで、細い魔杖の上に寝そべり、どこか余裕を見せていたヴァンデッタだったが、ラバァルの本気の殺気を感じ取り、ついにその本性を露わにした。
彼女の周囲に渦巻く妖艶なオーラは、第二段階…より濃く、より禍々しい深紅色へと変貌し、その量も、先ほどとは比較にならないほど膨れ上がっていた!
そして、ヴァンデッタは、魔杖に乗ったまま、恐るべき速度でラバァルへと突進してきた! その動きは、もはや目で追うことすら困難なほど速い!
ラバァルもまた、反応速度を極限まで高め、全身を覆う赤黒い闘気【ゼメスアフェフチャマ】の濃度を最大まで引き上げる!
ガシンッ……! バチバチバチバチ……ッ!!
二つの強大なオーラが、真正面から激しく衝突し、空間に凄まじい衝撃と火花を散らす! 赤黒い闘気と深紅のオーラは、互いに絡み合い、相手を浸食し、飲み込もうとしながら、激しく拮抗する!
「……ぬぅぅぅっ!」
ラバァルは、ヴァンデッタが魔杖の先端から繰り出す、見えない力の攻撃を、辛うじて紙一重でかわし、赤黒い闘気で形成した剣で、ヴァンデッタ本体へと斬りつけた!
だが、ヴァンデッタの体を覆う、高密度の妖艶なオーラに阻まれ、剣はバチバチと激しい火花を散らすだけで、本体にまで刃が届かない!
(……くそっ、硬い!)
これでは埒が明かないと判断したラバァルは、素早く剣を引き、次の攻撃へと移行する。
ラバァルは、体勢を低く沈めると、渾身の力を込めた足蹴りを、ヴァンデッタの側面へと叩き込んだ!
ドゴンッ!
不意を突かれたヴァンデッタは、その強烈な一撃を受け、バランスを崩し、遥か上空まで蹴り飛ばされた!
ラバァルは、地面にしっかりと着地すると、上空で体勢を立て直そうとするヴァンデッタを睨みつけ、再び大地を蹴って跳躍!
ブォォーーーーン!
まるで黒い砲弾のように加速し、ヴァンデッタへと迫る!
「……やってくれたわねぇ! こっちだって、負けないんだから!」
ヴァンデッタは、空中で素早く体勢を立て直すと、両手を前方に突き出し、禍々しいエネルギーを凝縮させ始めた! そして、それを、波動として放った!
「【妖雷波】!!」
【妖雷波】――それは、ヴァンデッタが得意とする技の一つ。自らの妖艶なオーラと、強力な雷の力を融合させた、広範囲殲滅用のエネルギー波だ。波動は敵を貫通し、複数の敵に同時にダメージを与えるだけでなく、内部から雷撃によるダメージを与え、対象を麻痺させる効果を持つ。
斜め下から猛スピードで突っ込んでくるラバァルに対し、ヴァンデッタは、その【妖雷波】を真正面から放った! 紫色の雷を纏った、禍々しい深紅のエネルギー波が、空間を引き裂くようにラバァルへと殺到する!
ラバァルは、迫り来る【妖雷波】に対し、全身の赤黒い闘気【ゼメスアフェフチャマ】を前面に集中させ、防御壁を形成しようとした!
だが――【妖雷波】の威力は、ラバァルの想像を超えていた! 防御壁は、波動に触れた瞬間に激しく削られ、完全に防ぎきることはできない!
「……ぐっ!」
威力は三分の一程度まで減衰したものの、貫通してきたエネルギー波が、ラバァルの体に直撃! 凄まじい衝撃と共に、彼は地面へと叩きつけられた!
ドォォン!!
地面に激突したラバァルの体には、雷のエネルギーと妖艶な力が奔流のように流れ込み、全身が痺れ、硬直するほどの強烈なショックダメージを受けてしまった。
しかし、幸いなことに、ヴァンデッタの力の根幹である『妖艶な力』…すなわち『魅了』の効果に対しては、ラバァルの精神は、生来の強い抵抗力により、そのほとんどを無効化していた。そのため、彼がヴァンデッタに魅了され、操られることは、なかったのである。
最後まで読んで下さりありがとう、引き続き次を見掛けたらまだ読んでみて下さい、面白いと思ったらいいねボタンもよろしくおねがいします。




