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マルティーナを連れ戻せ。

ニフルヘイムとの戦いは困難を極めていた、魔力エネルギーの塊で出来た

体には、通常の武器ではダメージを与えらなかったからだ、

更に20mと言う高さを浮遊して攻撃してくる相手に、

普通の人間では攻撃を当てる事すら出来なかったのだ。  

                その85




その巨体で氷の空を泳ぐように進む大精霊【ニフルヘイム】が、再びこちらへ迫ってくる。周囲には、ニフルヘイム自身が常に放つ絶対零度のアビリティによって生成された極寒のブリザードが荒れ狂い、冒険者たちに容赦なく襲い掛かっていた。

だが、その極限状況の中にあっても、ベラクレス、リバック、ロゼッタの三人の闘志は、逆境を跳ね返すように燃え上がっていた。ようやく見出した、大精霊に一矢報いるための作戦。その実行の瞬間を、彼らは今か今かと待ち構えていたのだ。

そして、ニフルヘイムが射程圏内に入った瞬間、リバックが腹の底から声を張り上げた。

「よし、今だ! ロゼッタ、放てッ!!」

「応っ!」

ロゼッタは即座に呪文を紡ぐ。

「旋風よ、彼の者の盾を天へ導け! ――【烈風双翼ゲイル・ウィング】ッ!!」

彼女がリバックの構える巨大なスパイクシールドに向けて両手を突き出すと、二つの魔法――盾を飛翔させる力と、対象を巻き上げ加速させる旋風の力が組み合わさった複合魔法【烈風双翼】が放たれた。

盾を中心に激しい上昇気流が発生し、同時に強力な旋風がリバックと、その盾に背を預けるように立つベラクレスを包み込む。二つの力が合わさり、盾ごと二人を凄まじい勢いで上空へと押し上げた。

「うぉぉぉぉぉぉっ!」「ぐ、ぬぅぅぅ……っ!」

まるで砲弾のように撃ち出され、襲い来る加速Gに耐えながら、ベラクレスはニフルヘイムまでの距離を目測する。無理やり目を見開き、迫りくる巨大な氷の精霊の姿を捉えると、絶好のタイミングで叫んだ。

「今だッ!!」

ベラクレスは、下から自身を支え、共に上昇する力を与えてくれていたリバックの屈強な肩を強く踏みしめ、跳躍した。狙うは、悠然と空中を進むニフルヘイムの巨大な背中。

「おおおおおおぉぉぉぉっ!!」

灼熱の大剣【パイログレート】を構え、ベラクレスはニフルヘイムの背中へと突貫する!

大精霊の体表を覆う、冷たく凝縮された魔力の奔流にベラクレスの身体が包まれた瞬間――彼が握る【パイログレート】が、まるで渇いた獣が水を求めるように、周囲の豊富な魔力を凄まじい勢いで吸収し始めた。

ブォォォンッ!! 人間には感知できない超高速振動と共に、剣身が瞬く間に赤熱し、その温度は摂氏3000度という限界にまで到達する!

魔力が湖のように満ちるニフルヘイムの体内で、【パイログレート】は周囲の魔力すら蒸発させながら、その巨大な胴体を灼熱の刃で貫き進む!

「貫けぇぇぇぇっ!!」

ベラクレスの雄叫びと共に、【パイログレート】はついにニフルヘイムの胴体を完全に貫通した。勢い余って反対側へと飛び出したベラクレスは、そのまま重力に従い、地上へと落下していく。急速に近づく雪原を視界に捉え、彼は迫りくる衝撃を覚悟した。この高度からの落下では、歴戦の彼でも無事では済まない。

(ここまで、か……!)

もはや為す術はなく、ただ衝撃に備え、歯を食いしばる。

一方、ベラクレスを射出した後、先に地上へと落下していたリバックは、間一髪のところで巨人騎士ゲオリクに空中で受け止められ、衝撃もなく雪の上に降ろされていた。ゲオリクはリバックをそっと降ろすと、すぐに上空を見上げた。猛烈なブリザードの中でも彼は、ニフルヘイムの体を貫き、落下してくるベラクレスの存在を正確に捉えていたのだ。

その瞬間、ゲオリクの厳格な表情に、ほんの一瞬、微かな笑みが浮かんだのをリバックは見逃さなかった。

(……あの巨人騎士にも、あんな顔があったのか)

その笑みが何を意味するのかは分からない。だが、リバックは神のごとき存在の意外な一面を垣間見た気がした。

そしてゲオリクは、ベラクレスが地面に叩きつけられる寸前、再び地を蹴り、その巨体に見合わぬ俊敏さで彼を受け止めたのだ。



(場面転換:シャナの捜索とラバァルの発見)

――一方、その頃。

女神セティアよりラバァルの捜索という密命を受けたシャナは、かつて神獣【ヨトォン】が出現した地点に、迷うことなく辿り着いていた。ラバァルがヨトォンを追跡したであろう方角を見定めると、彼女はその美しい瞳に宿る特殊な【力】――過去の出来事を映像として視る【過去視パストサイト】を発動させた。

しばらくの間、集中して過去の光景を覗き見たシャナは、やがて確信を得て小さく呟いた。

「……こっちね」

そう言うと、背に持つ見事な焦げ茶色の翼を広げ、空へと舞い上がる。風を切り裂き、まるで稲妻のような速度で、シャナはラバァルの痕跡を追って飛び去った。

(時間遡行:ラバァルの状況)

時は少し遡り、灼熱神〖狂える領域クレイジー・ゾーン〗との激闘の直後。

ラバァルは、クレイジー・ゾーンが最後に放った超高熱によって融解し、灼熱の溶岩溜まりと化した地面へと落下していた。

当然、生身の人間が無事で済むはずもない。ラバァルの肉体は、溶岩に触れた瞬間から融解を始め、一瞬にして焼け溶けていく――本来ならば。

(…まだだ…この器を…失うわけには…いかない…!)

だが、その致命的な瞬間に、ラバァルの肉体に宿るもう一つの存在――彼と魂を共有し、その肉体に計り知れない価値を見出している【アンラ・マンユ】の意思が、無意識下のラバァルを突き動かした。

ラバァルの身体から、本能的に赤黒い闘気【ゼメスアフェフチャマ】が噴き出し、溶けゆく肉体を覆う。闘気を纏った身体は、溶岩の中で激しく回転し、その勢いを利用して辛うじて岸の岩へと這い上がらせた。そしてそのまま、力尽きたように倒れ伏したのだ。

それから、二日と十五時間が過ぎていた。

未だ意識を取り戻さないラバァルの元へ、空から一つの人影が舞い降りてきた。純白の天使の鎧に身を包み、背には凛とした焦げ茶色の翼を持つ――シャナだった。

倒れているラバァルを見つけると、シャナは静かに傍らに降り立ち、その状態を注意深く観察する。幸い、目立った外傷はないようだ。彼女はそっとラバァルの肩を揺さぶった。

「ちょっと、ラバァル、起きて。……マルティーナ様が、あなたを待っているわ」

シャナが声をかけ、体を揺さぶると、ようやくラバァルが苦しげな呻き声を上げた。

「うっ……んん……」

ラバァルは重い頭を振りながらゆっくりと顔を上げ、ぼんやりとした目でシャナを見つめ、体を起こそうとする。

「無理に起きなくてもいいわ。ゆっくりで大丈夫よ」

シャナが優しく声をかけると、ようやく焦点が合ったのか、ラバァルは怪訝そうな表情で彼女をまじまじと見た。

「……なんだ、お前か……? 随分と雰囲気が変わったな。その羽根……鳥人間にでもなったのか?」

「まあ、色々あったのよ」シャナは悪戯っぽく微笑み、肩をすくめた。「それに、鳥人間じゃないわ。……たぶん」

「色々ねぇ……。まあいい。それより、喉がカラカラだ。干からびちまう。何か飲み物はないか?」

「少し待ってて。近くで水を汲んでくるわ」

シャナはそう言うと、再び翼を広げ、あっという間に飛び去ってしまった。

その軽やかな飛翔を見て、ラバァルは目を丸くした。

「マジか……本当に飛んでやがる……。俺も似たようなもんだが、人が飛んでるのはやっぱり違和感あるな……」

他人の変貌ぶりに、ラバァルは素直な驚きを隠せないでいた。


数分後、シャナは革の水筒を手に戻ってきた。ラバァルは礼もそこそこにそれを受け取ると、喉の渇きに突き動かされるように、一気に水を飲み干した。

ゴク、ゴク、ゴク……プハァッ!

「ちょっと、一気に飲まないでよ! 私の分は!?」

シャナが少し頬を膨らませて抗議する。

「はは、悪い悪い。もう空だ。後でまた汲んできてくれ」

「もぉ……」

以前の彼女からは想像もつかない、女性らしい仕草で小さく呟くシャナを見て、ラバァルは面白そうに言った。

「へぇ……髪が長くなって、羽根なんか生やすと、随分と女っぽくなるもんだな。昔のツンケンした槍使いはどこ行ったんだか」

しかし、シャナはその言葉に特に反応を示さず、すぐに真剣な表情に戻って告げた。

「あら、そう? それより、行くわよ、ラバァル。マルティーナ様が助けを待ってる」

シャナはラバァルに立ち上がるよう促し、空になった水筒を受け取る。

「助け、だと? 一体どこにいるんだ?」ラバァルが尋ねる。

「生贄の迷宮、地下一階よ」シャナはきっぱりと答えた。「さあ、行くわよ。ちゃんとついてこれるのかしら?」

シャナは挑発的な笑みを浮かべると、再び焦げ茶色の翼を広げ、迷宮のある方向へと力強く飛び立った。

その見事な飛行能力に、ラバァルは改めて感嘆の声を漏らした。「へぇ……」

自分以外で、これほど自由に空を飛翔する人間を見たのは初めてだった。

しかし、感心してばかりもいられない。ラバァルもまた、負けじと赤黒い闘気【ゼメスアフェフチャマ】を足元に凝縮させ、爆発的な推進力で空へと飛び上がると、シャナを追いかける。

背後から追いついてくるラバァルの気配を感じ、シャナはちらりと振り返ると、楽しそうに口角を上げた。

(ふーん……なかなかやるじゃない。それじゃあ、これでもついてこれるかしら?)

かつての槍使いとしての負けん気が、天使の翼を得た今も彼女の中で健在だった。シャナはさらに翼に力を込め、速度を上げた。

シャナは、ラバァルの言うような単なる「鳥人間」ではない。彼女は、ヴァンデッタの【魅惑の赤糸】に操られ、その唾液によって変質させられた後、消滅するヴァンデッタから分離した【妖艶なオーラ】の一部を取り込み、さらに女神セティアから【天使の装備一式】を与えられたことで、二つの相反する力が体内で奇跡的な融合を果たし、いわば【ハイブリッド】とも呼べる存在へと変貌を遂げていたのだ。外見こそ天使のようだが、内に秘めた妖艶な力の名残は、彼女にどこか悪戯っぽい、掴みどころのない魅力を与えていた。

本来の目的はラバァルを迷宮へ連れ帰ることのはずが、いつの間にか彼の闘争心を煽られたことで負けん気が勝り、自分の速さを見せつけようとしていたのである。

シャナはさらに加速し、迷宮の入口近くにある転移紋が設置された広場へと一直線に向かう。

一方、ラバァルは数日間眠り続けていた身だ。目覚めて間もないというのに、なぜかシャナと空中レースをする羽目になっていた事から。

(やれやれ……負けん気の強さは昔のままか。さっきの淑女然とした態度はどこへやら、だな)

内心で苦笑しつつも、ラバァルも闘争心を燃やし、速度を上げてシャナを追いかける。

「おい、シャナ! 俺が勝ったら、何でも一つ言うことを聞いてもらうぞ!」

ラバァルが大声で叫ぶと、前方を行くシャナが振り返り、悪戯っぽく笑って親指を下に向けるサイン(=上等よ、の意)を送ってきた。

それを見たラバァルは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「ふっ……こりゃあ、是が非でも勝つしかねぇな!」

ラバァルは【ゼメスアフェフチャマ】の出力をさらに上げ、シャナの背中を猛追する。

ヒュウウウウウウウウウウウウウウウウウン!

二条の光跡が空を切り裂き、全速力でゴールを目指す。

やがて、転移紋のある噴水広場が視界に入ると、シャナはわずかに先行していることを確認し、勝利を確信した。

「ふふっ♪ 私の勝ちね!」

喜び勇んで噴水のある広場へと軽やかに降り立ったシャナ。しかし、彼女を出迎えたのは静寂ではなく、聞き慣れた声だった。

「なかなか早かったじゃねぇか、シャナ」

声のした方を振り向くと、転移紋のすぐそばに、腕を組んで余裕の表情で立つラバァルの姿があった。

「えっ!? ちょっと待って! どうして!? さっきまで私の後ろを飛んでいたはずなのに!」

シャナは信じられないといった表情で目を丸くする。

「残念だったな、シャナ。お前が後ろを振り返って加速した直後、俺は全力を出しお前を抜いたた。

「……じゃあ、さっきまでは全然本気じゃなかったってこと……?」

シャナは、してやられたとばかりに悔しそうに唇を噛んだ。

「そういうことだ。さて、約束通り、一つ言うことを聞いてもらおうか」

ラバァルは、ニヤリと笑みを深める。

「……仕方ないわね。約束だもの。でも、変なことは要求しないでよ!」

シャナは警戒するように身構える。

「何考えてんだ、お前は。そんな場合じゃねぇだろ」

ラバァルは呆れたように首を振り、真剣な表情で本題を切り出した。

「マルティーナのことだ。俺たちは、この吹雪を無事に止められたら、マーブルを出ていくつもりだ」

「……それで?」シャナは黙って続きを促す。

「その後、恐らくラガン王国が本格的に侵攻してくるだろう。マルティーナのことだ、意地でもマーブルを離れず、最後まで戦おうとするはずだ」

ラバァルは、強い確信を持ってシャナに告げた。

「……そうね。私も、マルティーナ様ならそうすると……思うわ」シャナは静かに頷く。

「だから頼む。もしそうなったら、お前のその翼で、マルティーナを連れてこの国から脱出させてやってくれ。……たとえ、無理やりにでもだ。あいつを、死なせるな」

ラバァルの声には、何時もの冷たさは感じられなかった、それどころか逆だったのだ、シャナは初めて見るこの男の一面を知ったのだ。


しかしシャナは、抵抗を見せた、「そんな……! マルティーナ様の意思に反して、他国へ連れ出せと……?」

シャナは戸惑いを隠せない。主君への忠誠と、その命を守りたいという思いの間で揺れる。

「そうだ。それとも、お前はマルティーナに死んでほしいのか?」

ラバァルは、敢えて厳しい言葉で問い詰める。

「……っ、そんなわけない! でも、無理に連れ出しても、その後、どうやってマルティーナ様を説得すれば……。私を恨むかもしれない……」

シャナの声が震える。

「……そうだな。もし聞かれたら、こう言え。『ラバァルに命じられた。逆らえなかった』と。責任は全て俺が持つ」

ラバァルは、シャナの葛藤を和らげるため、自らが悪役になることを提案した。

「……憎まれても、構わないというのね? ……分かったわ。あなたの頼み、引き受けましょう。レースに負けた、罰としてね」

シャナは覚悟を決めたように、真っ直ぐラバァルを見つめ返した。

「……決まりだな。忘れるなよ、じゃあ、行くぞ」

ラバァルはそう言うと、転移紋を起動させ、シャナと共に生贄の迷宮へと帰還した。

(マルティーナの救出へ)

迷宮の地下一階にシャナがラバァルを連れ戻ってくると、近くでキャンプを張って待機していたラーバンナーたちが駆け寄ってきた。

「ラバァル! やっぱり無事だったか!」

「まぁな、当然だろ、お前たちの方も問題なかったか?」

「うむ、全員無事ですよ。怪我人もおりません」ラーバンナーは力強く答える。

「それはよかった。で、マルティーナは?」

「こっちよ、ラバァル」

少し離れた場所から、シャナがラバァルを手招きする。


ラバァルがそちらへ向かうと、毛布にくるまれ、静かに横たわるマルティーナの姿があった。まるで眠っているかのようだが、ぴくりとも動かず、目覚める気配がない。

「どうしたんだ? なぜ寝たままなんだ?」

ラバァルが訝しげに尋ねると、近くにいたノベルが近づき、これまでの経緯とマルティーナの現状を説明し始めた。

話を聞き終えたラバァルは、苦々しげに呟いた。

「……意識の奥底に引きこもって、自分自身を守っている、と……」

「そうなの、ラバァル。女神セティア様は、あなたにしかマルティーナ様を目覚めさせることはできない、と仰せでした」

ノベルは、懇願するようにラバァルに訴えかける。

「俺しか? それはまた、なぜだ?」ラバァルは眉をひそめた。

「非常にデリケートな問題だから、だそうです。女神様ご自身でも、無理に意識を引き剥がせば、マルティーナ様の精神そのものが壊れてしまう危険があると。……だから、あなたが直接、マルティーナ様の意識の中に入って、呼び覚ましてほしい、と……」

ノベルは、女神から託された言葉を伝えた。

「……ちょっと待て。意識の中に入る? 意味が分からん。……少し考えさせろ」

ラバァルは戸惑いを隠せず、腕を組んで考え込み始めた。五分、十分……彼は落ち着きなくその場を行ったり来たりしながら、解決策を模索する。

その間、周囲にいた冒険者たち、ラバァルの部下、そして王国兵士たちは、固唾を飲んでラバァルの様子を見守っていた。

(……どうすればいい? 意識の中に入るだと? まるで御伽噺(おとぎばなし)だ…)

いくら考えても具体的な方法が思いつかないラバァルは、ついに最後の手段に頼ることにした。彼は意識を内側へと向け、久しぶりに“彼”に語りかけた。

(おい、アンラ・マンユ。聞こえるか? 緊急事態だ。力を貸せ)

ラバァルは、頭の中で何度も呼びかける。

十回ほど呼びかけた後、ようやく脳内に直接、あの忌々しくも頼らざるを得ない声が届いた。

『……ククク、珍しいな、ヴェルディ。貴様の方から私を呼び出すとは』

アンラ・マンユは、面白がるような口調で応じる。

(そうだな。本意ではないが、今は緊急事態なんでな。手を貸してほしい)

『それで、ご用件は?』

(マルティーナという女が、意識の奥底に閉じこもっている。女神曰く、無理に引き出すと精神が壊れるそうだ。そして、どういう訳か、俺にしか連れ戻せないと言ってる。揺さぶっても起きん。どうすれば、彼女の意識の底から安全に連れ戻せる?)

ラバァルは状況を簡潔に説明し、助言を求めた。

アンラ・マンユはしばし沈黙した後、答えた。

『……なるほど、大体の事情は理解した、ヴェルディ。一度しか言わん、よく聞け』

アンラ・マンユは、無駄を嫌う彼らしく、厳格な口調で話し始めた。

(了解だ)ラバァルも即座に意識を集中させる。

『方法は単純だ。まず、貴様の意識をマルティーナの意識に同調シンクロさせる必要がある。そのためには、貴様の【ゼメスアフェフチャマ】を、彼女の意識――魂の領域に繋げねばならん。だが、問題がある』

(問題……。マルティーナが光属性の使い手だからか)

ラバァルは、以前マルティーナから回復魔法を受けた際に、【ゼメスアフェフチャマ】が激しく反発したことを思い出し、即座に看破した。

『その通りだ。【ゼメスアフェフチャマ】は暗黒属性と血属性の複合……いわば混沌の力。対極にある光とは、本来決して交わることはない。無理に結合させようとすれば、互いに反発し合い、最悪の場合は両者の魂が崩壊する。これを抑え込み、一時的に結合させるには、莫大なエネルギーが必要となる』

(どのくらい必要だ?)ラバァルは、エネルギーの消費自体は気にしていないが、念のため尋ねた。

『そうだな……貴様が最近取り込んだ、〖狂える領域クレイジー・ゾーン〗と神獣【ヨトォン】、その魂力の全てを注ぎ込む必要があるだろう。……使うか?』

アンラ・マンユは、試すように問いかけた。

(構わん。それで助かるのなら、全て使ってくれ)

ラバァルは、一瞬の躊躇もなく即答した。マルティーナを救うためなら、その程度の代償は惜しくない。

『ほう……。あれほどの激戦を経てようやく手に入れた力を、いとも容易く……。クク、貴様という男は、実に面白い。よかろう。その覚悟、確かに受け取った。全て使って、道を開いてやろう』

アンラ・マンユの声には、わずかな驚きと、奇妙な満足感が含まれているようにラバァルには感じられた。

(よし、それで、具体的にはどうすればいい?)

『マルティーナの横に横たわり、手を握れ。そして目を閉じろ』

ラバァルはアンラ・マンユの指示に従い、マルティーナの隣に静かに横たわると、彼女の冷たくなった手をそっと握り、目を閉じた。

『次に、【ゼメスアフェフチャマ】を発動させ、マルティーナの全身を包み込むように纏わせろ』

指示を受け、ラバァルの身体から赤黒い闘気が立ち上り、マルティーナの身体を優しく包み込むように広がっていく。しかし、予想通り、マルティーナの身体が持つ光のオーラと接触した途端、バチバチッ!と激しい火花が散り、闘気が弾かれ始めた。

外で見守る者たちは、その尋常ならざる光景に息を飲んだが、他に方法がない以上、ただラバァルの成功を祈るしかなかった。

マルティーナの横で静かに横たわり、手を握るラバァルは、意識を深く集中させていく。アンラ・マンユの指示に従い、マルティーナの微かな呼吸に、自らの呼吸のリズムを合わせていく。やがて、ラバァルの意識は現実から遠ざかり、深い眠りへと落ちていった。その意識が途切れる寸前、アンラ・マンユの最後の言葉が脳裏に強く響いた。

『よし、今からエネルギーを注入し、魂の経路を開く。貴様の意識は彼女の深層意識へと潜行するだろう。……いいか、ヴェルディ。彼女の意識の最奥まで辿り着き、彼女を見つけ出し、連れ戻せ。ただし、女神が言った通り、決して無理強いはするな。僅かでも無理に引き剥がそうとすれば、彼女の精神は砕け散り、二度と元には戻らん。……細心の注意を払い、彼女自身の意思で戻るように導け。……分かったな?』





最後まで読んで下さり有難う、引き続きつづきを見たら読んでみて下さい。

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