大精霊〖ニフルヘイム〗vs
ようやく〖ニフルヘイム〗へとつながるゲートを発見し、
【炎帝ガーベラン】を迎えた冒険者と王国の者たちは、
ゲートへと向かい歩き出した。
その84
ゲオリクの大きな手から、意識を失ったマルティーナの体は、まるで大切な宝物を扱うかのように、そっとオクターブへと手渡された。
オクターブは、その体を軽々と受け止め、優しくお姫様抱っこする。先ほどまでの彼からは想像もできないほどの力強さと安定感。それは、女神セティアから与えられた天使の装備が、彼の身体能力をも向上させている証だった。その頼もしい姿に、仲間達から声援が飛ぶ。
「オクターブ! しっかり、マルティーナ様をお守りしろよ!」
オクターブは、少し照れたような表情を浮かべながらも、力強く頷き、皆に向けてグッジョブのポーズを送ってみせた。
そして、準備は整った。巨人騎士ゲオリクを筆頭に、ニフルヘイム討伐隊…ロゼッタ、リバック、ベラクレス、そして国家魔術師ラージン、最後に炎帝ガーベランを加えた精鋭達が、覚悟を決めた表情で、渦巻く紫色のゲート内へと、次々と足を踏み入れていった。
【場面転換:ゲートの内部 - 極寒の戦場】
ゲートを通過した瞬間、ロゼッタ達を襲ったのは、視界を奪うほどの猛烈な吹雪…ブリザードだった。時速100キロメートルを超えるであろう強風が、鋭い氷の粒や雹を伴って、容赦なく叩きつけてくる!
パチン! パチン!
ロゼッタの露出していた肌に氷の粒が当たり、鋭い痛みが走る。フルアーマーではない彼女の装備では、この極寒と礫の嵐を防ぎきれない。
「くっ……!」
咄嗟にリバックが前に立ち、巨大なスパイクシールドでロゼッタを庇う。その間に、ロゼッタは即座に魔法防御の呪文を唱え、自らの身を守るための障壁を展開した。
「ごめん、リバック! 助かったわ!」
「いや……! まさか、ゲートの中が、これほどの極寒地獄だったとはな……!」
リバックとベラクレスは、顔面を完全に覆うフルフェイスヘルムを装着し、わずかな隙間もないように装備を整え直す。ロゼッタも、念のためにもう一枚、顔面を保護するための防御魔法を重ねがけした。
準備が整うと、リバックは再びスパイクシールドを前面に突き出し、猛烈なブリザードに抗いながら、一歩、また一歩と前進を開始した。ベラクレスも、その巨躯で風雪をものともせず、リバックのすぐ後ろに続く。
しばらく進むと、吹雪の中に、先に入っていたはずのゲオリクの巨大なシルエットが浮かび上がった。彼は、この極寒の中でも平然と立っていた。
「……あれが、お前達の目的の存在だ」
ゲオリクは、ブリザードで霞む前方…そこに存在する、巨大な何かを指差した。
ゲオリクが指し示した先、猛吹雪の向こうに、それはいた。青白い燐光を放ちながら、巨大な竜のような姿で、悠然と空間を泳ぐ存在。その全長は、見当もつかないほど大きい。
「……あれが……大精霊【ニフルヘイム】……! なんて巨大な……。あの青白い光は……あれ全部が、魔力だっていうの……?」
ロゼッタは、その圧倒的な存在感に息を呑んだ。
「そうだ。大精霊とは、自然界のエネルギー…魔力そのものが、意志を持った存在。あれは、いわば『魔力の泉』…いや、魔力の『海』と呼ぶ方が、より適切やもしれぬな」
ゲオリクは、静かに答えた。
「……あんな、途方もない存在と……どう戦えばいいっていうのよ……?」
ロゼッタの呟きに、ベラクレスが力強く答えた。
「我々にできることは、ただ一つ。炎帝殿の準備が整うまで、あれの注意を引きつけ、時間を稼ぐことだ。無理に攻撃する必要はない。ただ、タゲを維持し、持ち堪える。……それだけで良い」
猛烈なブリザードが叩きつける極寒の空間。その中で、一行は覚悟を決めた。
後方では、国家魔術師のラージンも、ゲートを通過していた。彼は、直接ニフルヘイムの姿を見ることはできなかったが、その存在から放たれる、途轍もない魔力の波動を、肌でビンビンと感じ取っていた。
(……なんと……! これが、大精霊ニフルヘイム……! これほどまでに、膨大で、純粋な魔力の塊とは……!)
その想像を絶する力に、ラージンは圧倒され、絶望に近い感情を抱いた。
(……こんな存在を……封印するだと……? いくら炎帝殿でも……いや、そもそも、人間ごときに、果たして可能なことなのか……? 我々は……なんという、愚かで無謀なことを、ガーベラン殿に頼んでしまったのだろう……)
並の攻撃魔法では、傷一つ付けることすら叶わないであろう、絶対的な存在。ラージンは、自らの非力さと、計画の無謀さに打ちのめされそうになりながら、ガーベランの方を振り返った。すまない、という思いを込めて、その姿を目で追う。
だが、炎帝ガーベランは、ラージンの心情など意に介する様子もなく、既に深く精神を集中させ、ニフルヘイム封印のための秘術儀式を開始していた。周囲のブリザードも、これから対峙するであろう大精霊のプレッシャーも、彼の意識からは完全に除外されている。ただひたすらに、力を削られ、抑え込まれたニフルヘイムを、確実に『永劫の冬』へと封印するための、複雑で難解な儀式に没頭していたのだ。
ガーベランの唇から、古の言語による呪文が紡がれ始める。
「《イグニス・スピラルム、ウィンクルム・アエテルヌム……》」(螺旋の炎よ、永遠の束縛となれ……)
「《ニフルヘイム、スピリトゥス・ドラコニス……》」(ニフルヘイム、竜の精霊よ……)
「《イン・ゲンマ・アニマエ、クイエスケ……!》」(この宝石の中にて、魂よ、静まれ……!)
「《シギルム・クラウストラ!》」(封印の印を!)
「《イン・ゲンマ・アニマエ!》」(宝石の中に、魂を!)
ラージンは、その詠唱が秘術の重要な一部であることを辛うじて理解し、ガーベランが無防備な詠唱中に攻撃を受けないよう、自らの魔力を振り絞って、防御障壁を展開する呪文を唱えた。
「《スクートゥム・アエテルナ! ムールス・マギカエ! オブスタクラ・インペネトラビリア! コントラ・ウィム・スピリトゥス・マグニ、スルゲ!》」
(永遠の盾よ! 魔法の壁よ! 不可侵の障壁よ! 大精霊の力に対抗し、今、立ち上がれ!)
ラージンの周囲に、幾重もの魔法障壁が展開され、ガーベランを守る。
ガーベランが秘術を開始したことで放たれた、尋常ならざる魔力の波動。それを、大精霊ニフルヘイムが鋭敏に察知した。それまで悠然と漂っていたその巨体が、明確な敵意をもって動き出したのだ!
そのただならぬ動きに、前衛で警戒していたゲオリク達にも緊張が走る。
次の瞬間、ゲオリクが轟音と共に大地を蹴り、跳躍した! まるで砲弾のように、約20メートル上空を泳ぐニフルヘイムの巨大な胴体へと飛び移る! その手には、神剣【スカイブレイカー】が握られている!
ゲオリクは、躊躇なくスカイブレイカーをニフルヘイムの青白い巨体へと突き立てようとした!
だが――ザシュッ、という手応えのない音と共に、剣はニフルヘイムの体をすり抜けてしまった。まるで、濃い霧か、あるいは水面に剣を突き立てたかのように。ニフルヘイムの体は、純粋な魔力エネルギーの集合体であり、物理的な実体を持たなかった。今の神力の枯渇したゲオリクではその剣に流し込める神力も無く、ただの硬い剣としての能力しか使われていなんった、その為、エネルギー体を捉えることができず、ダメージを与えるには至らなかった。
しかし、自らの体によじ登ってきた『異物』の存在を感知したニフルヘイムは、明確な不快感を示し、その巨大な体をくねらせ始めた。回転し、身をよじることで、背中にしがみつく邪魔者を振り落とそうとしているのだ。
やがて、ニフルヘイムの背中側が地上へと向き、しがみ付こうとするゲオリクの姿が、地上のリバック達の目に露わになった。その光景を見て、リバックは思わず声を上げた。
「……なんてこった……! あのゲオリク殿が……あんなに小さく見えるぞ……!」
ニフルヘイムの巨体は、まさに圧倒的だった。全長は、ゆうに300メートルを超えているように見える。巨人であるゲオリクですら、その体に張り付いた虫けらのように、あまりにも小さく見えたのだ。神話や伝説で語られる大精霊が、今、現実のものとして、彼らの目の前に君臨していた。
ゲオリクは、ニフルヘイムの魔力体には掴まる場所すらないことを悟り、振り落とされるままに地上へと落下していく。轟音と共に地面に叩きつけられるかと思われたが、彼は巨人とは思えぬほどの驚異的な身のこなしで、空中でくるりと体勢を立て直し、衝撃を吸収しながら、僅かな音と共に着地してみせた。
ゲオリクは、再び悠然と空を舞うニフルヘイムを見上げ、呟いた。
「……さて、どうしたものか。神力がほとんど残っておらぬ今の私ではでは、物質的な力しか振るえぬ。このスカイブレイカーを以てしても、あの魔力の塊を捉えることすらできんとはな……」
ゲオリクが無事に着地したことに、リバック達が安堵したのも束の間だった。ニフルヘイムは、今度は明確に、地上で小さくうごめくロゼッタ達へと狙いを定めていたのだ。そして、その巨大な口を開き、空から容赦なく、青白い魔力の奔流…ブレスを放った!
ブォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!
それは、物質の原子運動すら停止させると言われる絶対零度(マイナス273.15度)に限りなく近い、マイナス265度という超低温の魔力で構成された、凍てつく死の息吹だった。直撃すれば、あらゆるものが瞬時に凍結し、砕け散るであろう。絶対零度の魔力の奔流が、ロゼッタ達を飲み込もうと迫る!
「まずい、ブレスが来るわ! 散開!!」
ロゼッタの鋭い叫びと同時に、三人は咄嗟に左右へと飛び退いた! ロゼッタは左へ、ベラクレスは右へ!
しかし、リバックは回避を選ばなかった。彼は、その場に腰を落とし、巨大なスパイクシールドで全身を覆い隠すようにして、真正面から魔力ブレスを受け止める態勢に入った!
(……ロゼッタとベラクレス殿を守る! それが、俺の役目だ!)
ブォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!!
絶対零度の魔力ブレスが、リバックを完全に包み込む! 彼の体と盾は、一瞬にして分厚い氷の層に覆われ、まるで氷漬けの彫像のように、その場に凍り付いてしまった!
「ぬぉぉぉぉ……っ!!」
氷の中で、リバックは意識を保とうと必死に耐える!
超低温と高圧のブレスに飲み込まれた瞬間、リバックの持つスパイクシールドに秘められた力が発動した! 盾の内側に刻まれた防御ルーンが眩い光を放ち、魔力攻撃に対する防御力を極限まで増幅させる! 同時に、リバックが着用している銀のフルプレートアーマーに刻まれたルーン文字もまた、所有者の危機を感知し、光り輝く! アーマーは、着用者を守るために防御バフを限界まで引き上げ、絶対零度の極寒に、ほんの数秒間だけ、耐え抜いた……!
ブレスを回避したロゼッタは、素早く体勢を立て直すと、ブレスが直撃した場所…リバックがいた場所へと視線を向けた。そして、息を呑んだ。そこには、巨大な氷塊の中に、盾を構え、片膝をついて耐えるリバックの姿が、そのままの形で閉じ込められていたのだ。
「リバック!!」
ロゼッタが驚愕の声を上げる中、同じく回避していたベラクレスは、氷漬けのリバックを一瞥し、冷静に呟いた。
「……これは、まずいな」
ベラクレスは、すぐさま行動に移った。最高3000度まで刀身温度を高めることができる大剣【パイログレード】を構え、その能力を発動! 赤熱した剣先を、リバックを覆う巨大な氷塊へと押し当て始めた!
ジュワアアア……! ジュウウウ……! ジュジュジュ……!
【パイログレード】の温度はみるみるうちに上昇し、1000度を超える! 高熱の剣先が触れた氷は、瞬く間に沸騰し、白い蒸気となって気化していく! タイミングを見計らい、ベラクレスは【パイログレード】を一旦引き戻すと、今度は氷塊そのものを叩き割るべく、力任せに横薙ぎに剣を振るった!
ガキィィィンッ!!
硬い音と共に、分厚い氷塊が砕け散り、中からリバックの姿が現れた! 彼は、凍り付いていた間、呼吸すらできずにいたため、解放された途端、必死に新鮮な(そして極寒の)空気を吸い込み始めた。
「……はぁ……っ、はぁ……っ! ……た、助かった……!」
「……よくぞ生きていたな、リバック。正直、もうダメかと思ったぞ」
ベラクレスが、安堵の息をつきながら言う。
「はぁ……はぁ……。……俺も……もうダメかと……思ったぜ……」
リバックは、まだ息も絶え絶えだ。
「ちょっと、リバック! 心配させないでよ! あんな攻撃、まともに盾で受け止めようとするなんて、無茶すぎるわ!」
ロゼッタが、心配と安堵の入り混じった声で叱る。
「……すまん。咄嗟のことでな……。体が、勝手に動いちまったんだ」
「ほんと、あなたは根っからの『盾』なのね……」
「ははは……。まあ、言えてるかもしれんな」
「お前達! 感傷に浸っている暇はないぞ!」
ベラクレスの厳しい声に、ロゼッタとリバックは我に返る。視線を上げると、上空で旋回していたニフルヘイムが、再びこちらへ向き直り、次のブレスを放とうとしているのが見えたのだ!
「……っ! また来るわ! 散開!!」
ロゼッタの鋭い叫びが、再び極寒の戦場に響き渡った。
(……このまま地上にいては、嬲り殺しにされるだけだ……!)
巨人騎士ゲオリクは、神力が枯渇し、ニフルヘイムの魔力体に直接ダメージを与えられないことを承知の上で、再び行動を起こした。彼は、大地を蹴って跳躍! 再び、巨大な竜の背へと飛び移ると、今度は大精霊の『核』…その膨大な魔力を制御しているであろう中心部を探し始めた。もし、核の場所を特定し、そこに何らかの形で干渉できれば、たとえ僅かでも力を削ぐことができるかもしれない。そう考えたのだ。
しかし、仮に核を見つけられたとしても、物理的な実体を持たない魔力エネルギーの塊に、今のゲオリクがダメージを与える手段は、残念ながら持ち合わせていない。今はただ、敵の内部構造を探り、弱点となりうる場所を把握することだけを目的として、必死にその巨体の上を動き回っていた。
こうして、ゲオリクが上空でニフルヘイムの注意を引きつけ、地上ではロゼッタ、リバック、ベラクレスが、必死の回避行動と陽動を繰り返すことで、ガーベランの秘術が完成するまでの、貴重な時間を稼いでいた。
やがて――後方で儀式を進めていたガーベランから、ラージンへと、準備完了の合図が送られた。ラージンは、すぐさま前衛の仲間達にそれを知らせるため、合図として、上空のニフルヘイム目掛けて、火炎魔法【ファイアーボール】を放った!
夜空を焦がす炎の球を見たロゼッタ、リバック、ベラクレスは、ついにその時が来たと悟った。
彼らは、互いに目配せすると、今度はニフルヘイムを、後方で待ち構えるガーベランの元へと、巧みに誘導する動きを開始。
しかし、作戦通りにニフルヘイムがガーベラン達の方へと近づいてくるにつれて、そのあまりにも巨大な体躯と、そこから放たれる、肌を刺すような膨大な魔力を間近で感じ取ったガーベランは、さすがに顔色を変え、焦りの色を浮かべた。彼は、近くにいたラージンに向かって、声を荒らげる。
「おい、ラージン殿! ちょっと待て! あれほどの巨大な魔力の塊、そのまま連れてこられても、私の封印術が成功する保証はないぞ! もっと……もっと力を削ぎ、弱らせなければ、抑えきれん!」
ラージンも、ガーベランの懸念に同意せざるを得なかった。彼は、前衛で奮闘する仲間達に向けて、大声で叫んだ。特に、先陣を切ってニフルヘイムを誘導していたベラクレスに届くように!
「おーーーい! ベラクレス殿ーー! まだだ! そのまま連れてきてはダメだーー! もっと、力を使わせろ! 弱らせてからでないと、封印が失敗するーー!」
雪と風の音にかき消されそうな、ラージンの必死の叫び。それを聞き取ったベラクレス達は、顔を見合わせた。
「……仕方ない。もっとブレスを吐かせるなりして、時間を稼ぎ、奴の魔力を消耗させるしかない、ということか……」
ベラクレスは、覚悟を決めたように呟いた。
「……やっぱり、そんなに甘くはないわよねぇ……」
ロゼッタは、予想通りの展開に、苦笑いを浮かべるしかない。
「…………」
リバックは、ただ黙って、巨大な敵を見据え、盾を構え直した。落胆の色は隠せないが、まだ諦めてはいない。
ゲオリクは、その状況を冷静に判断すると、再び無言で跳躍。ニフルヘイムの注意を、より強く自分に引きつけるため、その巨体へと敢えて接近し、スカイブレイカーを振るい、その巨大な腹部を斬りつけた!
「ズドーン!」という衝撃音は響くが、やはり斬撃は魔力体をすり抜けるだけで、ダメージにはならない。
だが、その行為は、ニフルヘイムの怒りを買うには十分だった。ニフルヘイムは、鬱陶しげに巨体を捻ると、その巨大な尾を、まるで鞭のようにしならせた! そして、ゲオリクが着地した(あるいは着地しようとしていた)場所目掛けて、大地を砕くほどの威力で、容赦なく尾を振り下ろす!
ズドォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!
轟音と共に、猛烈な衝撃波と土砂が、周囲一帯を襲う! 近くにいたロゼッタ、リバック、ベラクレスの三人も、その余波に巻き込まれ、それぞれ別々の方向へと吹き飛ばされてしまった!
「うぉぉっ!」
「きゃあああ!」
「ぬぅぅ……っ!」
降り積もっていた深い雪がクッションとなり、また、彼らが身に着けていた魔法の装備もダメージをある程度は緩和してくれたが、それでも衝撃は凄まじかった。三人は、雪の中に叩きつけられ、一時的に動きを封じられてしまう。
雪の中から這い出した三人が、急いで元の場所へと駆け戻ってくると、そこには、信じられない光景が広がっていた。ニフルヘイムの尾の一撃は、大地に巨大なクレーターを作り出し、周囲の地形を完全に変えてしまっていたのだ。
「……なんて、ことだ……。こんな……」
ベラクレスは、その破壊力に絶句する。
遅れてやってきたリバックも、言葉を失った。
「……こりゃあ……『すごい』なんて言葉じゃ、とても足りねえな……」
ロゼッタは、恐怖を振り払い、覚悟を決めたように言った。
「……巻き込まれたら、一巻の終わりね。でも、ゲオリクさんばかりに負担はかけられないわ。私達も……何か、できることをしないと!」
その言葉に反応したリバックが、一つの大胆な作戦を提案した。
「……よし。ならば、俺が盾を構えて、奴の攻撃を受け止める。ロゼッタ、次のチャンスが来たら、俺達ごと、あいつに向けて、あの技…【烈風剣】を撃ち込んではくれまいか?」
「……え? 私達ごと……? あなたに向けて、【烈風剣】を放て、と……?」
ロゼッタは、信じられないといった表情でリバックを見た。【烈風剣】の威力は、先日タール兵を一掃したことからも明らかだ。味方に当てるなど、正気の沙汰とは思えない。
「そうだ。俺とベラクレス殿は、盾と鎧で衝撃を防ぎつつ、その風と威力を使って、奴の懐まで吹き飛ばされる。そこから、ベラクレス殿があの灼熱の大剣で攻撃すれば……あるいは、一撃くらいは通じるかもしれん。ここからじゃ、文句を垂れてるだけで、何もできんからな!」
リバックは、真剣な目で訴える。
「……無茶よ! たとえ懐まで届いたとしても、あの大精霊にダメージが入るかどうかも分からないのに! そんな危険を冒してまで、やる意味があるの!?」
ロゼッタは、なおも反対する。
すると、ベラクレスが、力強い口調で言った。
「……いや、俺は、リバック殿の提案に賛成だ。このまま何もせずに、ただ逃げ回っているだけなど……それこそ、雑魚のやることだ。俺は……たとえ相打ちになったとしても、奴に一矢報いたいと思っていたところだ!」
ロゼッタは、リバックとベラクレスの、二人の男の目を交互に見つめた。その瞳には、恐怖を乗り越えた、強い覚悟の光が宿っていた。彼女もまた、その覚悟に心を動かされ、自らも腹を括った。
「……はぁ……仕方ないわね。……でも、約束して。私の技で、絶対に死んだりしないでよ!」
「ああ、もちろんだ! 死ぬ気など、毛頭ない!」
リバックは、ニヤリと笑って答えた。
ロゼッタは、覚悟を決めると、再び湾曲剣【烈風剣】を構え、風の力を集約させるための詠唱を開始した。
ベラクレスとリバックは、急いで隣同士に並び、リバックはスパイクシールドを、ベラクレスは【パイログレード】を前面に構え、吹き飛ばされるための態勢を整える。そして、上空のニフルヘイムが、再びこちらへ攻撃を仕掛けてくる、絶好のタイミングを待った。
やがて、ニフルヘイムがこちらへ向き直り、ブレスか、あるいは別の攻撃を仕掛けようと降下し始めた、その瞬間! リバックが大声で合図を送る!
「よし、ロゼッタ殿! 今だ! 放て!!」
ロゼッタは、狙いを定め、風の力を最大限に込めた魔法剣技を放つ! 今度の詠唱は、攻撃ではなく、仲間を『運ぶ』ためのもの!
「《ウェントゥス・トゥルボー! アスケンデ・スクートゥム!》」
(訳:旋風よ! 盾を打ち上げよ!)
「【烈風・推進】!!」
ロゼッタが振り抜いた剣から、目標を破壊するのではなく、後方から強力に『押し出す』ことに特化した、制御された暴風が迸る! その風は、盾を構えたリバックとベラクレスの背中を捉え、二人を砲弾のように、上空のニフルヘイム目掛けて、撃ち出したのだ!
最後まで読んで下さりありがとう、引き続き続きを見掛けたら読んでみて下さい。




