ヴァンデッタvs巨人騎士ゲオリク後編
どことも分からない惑星の反対側、高度10000mもの上空で戦っていた
ヴァンデッタとゲオリクは熾烈な戦いを繰り広げていた、
しかし、確実にエネルギーを削られ、
このままでは消される事を自覚した【ヴァンデッタ】は・・・
その81
見知らぬ荒野、絶望と祈り
夜の神の僕【ヴァンデッタ】が仕掛けた見えざる罠。それに囚われたマルティーナ王女一行は、いつの間にか見知らぬ荒野へと転移させられていた。
意識を取り戻したノベルは、隕石の落下地点かと見紛うクレーターの中心にいた。周囲を見渡すと、点々と仲間たちが倒れている。彼はすぐさま、ロゼッタとリバックに声をかけ、生存者の確認と捜索を開始した。
「皆、無事か!?しっかりしろ!」
やがて、王女付きの護衛騎士オクターブを発見。彼の存在は、この異常事態が王女にも及んでいることを示唆していた。ノベルの胸に焦りが募る。
「ロゼッタ、リバック! マルティーナ様を探すんだ! きっとこの近くにいらっしゃるはずだ!」
ノベルの指示を受け、二人は必死に周囲を捜索する。程なくして、リバックの声が響いた。
「おーい! ノベル! マルティーナ様を発見したぞ!」
ノベルたちが駆けつけると、うつ伏せに倒れているマルティーナの姿があった。安堵も束の間、ノベルが王女の状態を確認しようと手を伸ばすと、パチン、と音を立てて見えない力に弾かれた。
「なっ…!? これは一体…」
驚くノベルの後ろから、落ち着いた声がした。
「おそらく、聖なる力の波動による障壁じゃろう」
声の主は、国家魔術師のラージンだった。彼は爆風から身を守るため、防御魔法で地下に潜り、難を逃れていたのだ。
「ラージン殿、ご無事でしたか!」
「うむ。じゃが、魔力はほとんど残っておらん。 テリアル殿やベラクレス隊長に何もしてやれぬのじゃ。」
ラージンは、ノベルたちが見つけた他の仲間たちの状態も確認していた。特にテリアルは大火傷を負い、ベラクレス隊長も槍で貫かれた傷により、今も二人は生死の境をさまよっていた。
「この障壁は、どうすれば…?」ノベルが問う。
「聖なる波動じゃ。悪意ある力や物理的な干渉を弾く。時間が経てば消えるじゃろうが、それがいつになるかは、わしにも分からん」
「それでは、テリアルたちが…! 一刻も早く治療を!」
「手がないわけではない」ラージンは、周囲を見渡し言った。「これを通過するには、同じ聖なる波動を用いるしかない。幸い、ここにいるマーブル出身者たちは、光の女神セティアを信仰しておるはずじゃろう」
ラージンは続けた。
「敬虔である必要はない。ただ、心から祈るのじゃ。瀕死の仲間を救いたい、その純粋な思いを女神セティアに届けるのじゃ」
ロゼッタは、祈りだけで状況が変わるとは思えなかった。しかし、アスタリオンを失った悲しみの中、これ以上仲間を失いたくないという一心で、静かに祈り始めた。現実主義者のリバックも、諦めたくないという思いで、ぎこちなくも祈りに加わる。ノベルは、ラージンの言葉の真意を理解し、既に強く念じ始めていた。
ラージンを加えた四人の祈り。最初はか細かったその思いは、テリアルとベラクレスの命を救いたいという切実な願いへと集中し、徐々に熱を帯びていく。
女神の覚醒、奇跡の顕現
その祈りは、意識の奥底で眠るマルティーナへと届いていた。ヴァンデッタの【魅惑のオーラ】は、彼女の深層心理にまで侵入し、ラバァルへの複雑な思いに触れたことで退散したが、その影響でマルティーナ自身の意識は固く閉ざされていた。だが、そのさらに奥深く、真の底に封印されていた存在が、ノベルたちの「助けてくれ」という純粋な祈りの波動に呼応したのだ。
カッ!
突如、気を失っていたマルティーナの体が淡い光を放ち、周囲に光の輪が発生した。そして、まるで意思を持つかのように、彼女の体はふわりと宙に浮き上がり、ゆっくりと立ち上がった。その姿は、もはやノベルたちの知るマルティーナではなかった。
背には巨大な光輪が輝き、頭上にも光の環が浮かんでいる。その瞳は白く輝き、まるで実体がないかのようだ。周囲には、生命のように明滅する光球が次々と現れ、その数は十六にも及んだ。神々しいまでのその姿は、そこに居る者たちには女神そのものなのかと思うように映っていた。
「マルティーナ様…? そのお姿は…?」
ノベルが問いかけるが、返事はない。ただ、静かに佇むその姿に、誰もが息を呑み、見守るしかなかった。
すると、ヒューイが付き添っていたはずのテリアルとベラクレスが、宙に浮いた状態でノベルたちの前に転移してきた。そして、ゆっくりと地面に降ろされる。
目の前で信じられない光景が繰り広げられた。テリアルの全身を覆っていた酷い火傷が、みるみるうちに新しい皮膚に再生していく。焼け爛れた箇所は跡形もなく消え去り、元の健やかな肌へと戻っていくのだ。
「奇跡だ…」ノベルは言葉を失った。
ラージンはベラクレスに注目していた。槍で貫かれた肩と脇腹の風穴が、瞬く間に塞がっていく! 回復魔法とは明らかに異なる、次元の違う力。
「これは…魔法ではない。まさしく、神の御業…!」
ラージンは、王女の姿に宿る女神の圧倒的な力を目の当たりにし、ただただ合掌し祈るしかなかった。
この奇跡は、マルティーナの最奥に封印されていた女神セティアの自我が、ノベルたちの祈りに応えて一時的に覚醒し、殻に閉じこもったマルティーナの意識に代わって、その体を使役した結果であった。
{写し身とは何か? それは女神セティアが、記憶をリセットされた状態でこの世に生を受けた存在、それがマルティーナであるという事実に他ならない。現在のマルティーナの人格は、生後の環境と経験によって形成された自己意識であり、女神本来の記憶を持つ存在とは異なる。しかし、その魂の根源は同一なのである。}
二人の治療を終えると、女神の姿のマルティーナは、一言も発することなく、ふっとその場から消え去った。
「消えた!? マルティーナ様はどこへ!?」ロゼッタが叫ぶ。
「お待ちください、セティア様!」ラージンも女神の姿を追い、必死に探し始めた。
一方、ノベルとリバックは、意識を取り戻したテリアルに駆け寄っていた。
「おい、テリアル! しっかりしろ!」
「…んん……ここは? 俺は…?」
テリアルは上半身を起こし、混乱した様子で周囲を見渡した。
「良かった…! 目を覚ましたか!」ノベルが安堵の声を上げる。「君は酷い火傷を負って、死にかけていたんだぞ」
「火傷…? そうか…長くて、変な夢を見ていた気がする。アスタリオンの奴が、ロゼッタと結婚するからスピーチしろって…苦手だって言ってるのに…」
夢と現実が混濁したテリアルの言葉に、リバックは背後のロゼッタを振り返った。彼女は、その場で泣き崩れていた。リバックはそっとロゼッタの肩に手を置き、慰める。
「アスタリオンのことは…残念だった。だが、テリアルは助かったんだ。俺たちも、よくやったと思わないか」
「テリアル…本当に良かった…。でも、あいつ…夢の中でまで…うっ…うっ…」
ロゼッタの嗚咽を、リバックはただ黙って受け止めるしかなかった。
仲間を救う奇跡は起きた。しかし、神々しい姿を見せたマルティーナはどこへ消えたのか? その行方を知る者は、ここには誰もいなかった。
《神速の騎士と夜の眷属》
その頃、遥か上空では熾烈な戦いが続いていた。
「どうした【ヴァンデッタ】! その程度か!」
巨人騎士ゲオリクの放つ神速の剣技〖スカイブレイカー〗が、ヴァンデッタの妖力を着実に削り取っていく。当初は妖力で圧倒していたヴァンデッタだったが、ゲオリクの卓越した戦闘技術と神気の効率的な運用により、形勢は逆転。今やエネルギー比は互角となり、ゲオリクが終始攻勢を仕掛けていた。
スカイブレイカーの一閃がヴァンデッタの防御オーラを切り裂き、体勢を崩させる。
「ぐぬぬ…! まさか、この私がここまで…!」
ヴァンデッタは、主である夜の神テネブレスが「ゲオリクには手を出すな」と警告した意味を、今更ながら痛感していた。このままでは消滅は時間の問題。プライドを捨てたヴァンデッタは、切り札を切ることにした。かつて実力で打ち破り【魅惑の封印】を施し、自我を奪って異空間に封じ込めていた宿敵たちを召喚する。
「いでよ、我が僕! 地獄の大公爵【ラグネル】! 闘神【モール】!」
空間に歪みが生じ、禍々しい装飾が施された二つの巨大な鏡が出現した。ゲオリクは即座に危険を察知し、鏡を破壊すべく動く。
「ふんっ!」
スカイブレイカーが振り下ろされ、鏡面に激しい亀裂が走る。だが、完全に砕け散るよりも早く、鏡の中から二つの強大な影が姿を現した。
間髪入れず、ゲオリクはヴァンデッタ本体へ突撃する。ヴァンデッタは魔女の杖で受け止めるが、スカイブレイカーの威力は凄まじく、攻撃を逸らしきれない。神剣の刃はヴァンデッタの肩に食い込み、そのまま体を両断した。
「キヒヒヒヒ♪ さすがゲオリク。でも、もう遅いのよ」両断されたヴァンデッタの体が嘲笑う。
こう呟くとヴァンデッタは、自ら引き出せる妖力の限界まで一気に貯めると、使役する二体が攻撃している間に戦うゲオルグに狙いをつけ、放出のタイニングを狙っていたのだ。
ゲオリクは油断なく剣を構え直すが、その瞬間、背後からラグネルとモールの強襲を受けた。ラグネルの爪撃を躱し、モールの巨大な偃月刀をスカイブレイカーで弾き返す。
だが、その一瞬の隙が命取りとなった。フリーになったヴァンデッタ(あるいはその残滓か)が、ありったけの妖力を凝縮した粒子砲を放つタイニングを狙っていたのだ。それは一瞬の隙を付き回避する間もなく、それはゲオリクの背中へと直撃!
ジュワァァァァッッ!!
「ぐおおぉぉぉっ!」
凄まじい衝撃と共に、片翼が消し飛び、もう片方も激しく損傷する。神気を纏った強靭な体さえも貫かれ、ゲオリクは急速に高度を失い、地上へと落下していく。
「キヒヒヒヒヒヒヒ♪ 最高よ! ベリーグッド!」
逆転に成功したヴァンデッタは歓喜の声を上げ、ラグネル、モールと共に、墜落するゲオリクを追撃する。
「ぬぅぅ…! この程度で…!」
落下しながらも、ゲオリクは残る神気で傷を癒し、反撃の機を窺う。上空から迫る三つの影。ゲオリクは急速反転し、迎撃のため急上昇する。
「ラグネル、モール、仕留めるわよ!」
半神の魔女、大悪魔、闘神。三体の強大な存在が、全力でゲオリクに襲いかかる。多勢に無勢、状況は圧倒的に不利。しかし、ゲオリクは覚悟を決めた。残る全ての神気を〖スカイブレイカー〗に注ぎ込み、一条の光の槍と化す。狙うはヴァンデッタ、ただ一体!
「ぬおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
閃光が迸り、光の槍はヴァンデッタの中心を正確に貫き通り過ぎる!!!
ドガァァァァァァァァァァァァァァン!!!!
激突の瞬間、ヴァンデッタは一気に原子レベルまで分解され崩壊して行く、ゲオリクが通過するのとほぼ同時に完全に消滅。しかし、全てのエネルギーを出し尽くしたゲオリクもまた、輝きを失い、上空に登る慣性飛行が無くなると同時に力なく落下を始めた。
だが、ヴァンデッタが召喚したラグネルとモールは、主が消滅してもなお、ゲオリクへの攻撃を止めなかった。自我を奪われた僕として、最後の命令を遂行しようとするかのようだ。二体の攻撃が力尽きたゲオリクに迫って来る、その刹那。
パァン!
突如現れた不可視の障壁が、二体の攻撃を弾き返した!
ラグネルとモールは、新たに出現した存在を認識し、即座に目標を変更、攻撃を開始する。しかし、その者の周囲に浮かぶ十六の光球が、二体を迎撃すべく動き出す。
光球は、恐るべき速度と予測不能な軌道で飛び回り、ラグネルとモールの攻撃をことごとく回避する。そして、一斉に二体の体をその光球のまま光の速さで突進、貫き始めた、すると四方八方から光の速さで貫かれた、悪魔と闘神の体は瞬く間に穴だらけとなり、何もできずに地上へと落下していく。
その頃、落下していたゲオリクは、見えざる力に優しく支えられ、守られていた。そして、その謎の存在と共に、一瞬でノベルたちがいるクレーターへと転移させられていた。
ノベルたちは、先ほど消えたマルティーナが、今度は傷ついた巨人騎士を伴って戻ってきたことに、再び驚愕してみている。
《女神との対話、残された謎》
ゲオリクは、急速に傷を癒しながら地に座り込み、神々しい姿のマルティーナを見上げた。
「どうやら、助けられたようだな。マルティーナ…いや、今はセティアと呼ぶべきか?」
「どちらでも構いません。どちらも、私の一部なのですから」
静かで、それでいて威厳のある声が返ってきた。
「ふむ…だが、我にはそなたがマルティーナ本人とは思えぬが」
「ゲオリク、あなたの見立てはある意味で正しく、そして誤っています」セティアは説明を始めた。「確かに、今こうして話している意識は、あなたの知るマルティーナのものではありません。彼女…マルティーナの自我は、ヴァンデッタの力の残滓から身を守るため、今は心の奥深く、固い殻に閉じこもっています。これを無理に引き出すことは、私にもできません」
「女神たるそなたにも、できぬと?」
「ええ。無理に行えば、彼女の自我そのものが壊れてしまうでしょう」
「自我が壊れる…」ゲオリクの顔に苦渋の色が浮かぶ。
「しかし、皮肉なことに、彼女が目覚めぬおかげで、今の私がこの覚醒前の体に過度な負荷をかけずに、ある程度の力を行使できているのです」セティアは続けた。「ですが、それも長くは続きません。このまま私がこの体を使い続ければ、いずれこの器は崩壊し…元のマルティーナもろとも、消滅することになるでしょう」
「なんと…マルティーナが、消える…?」
ゲオリクは、仕えるべき主の危機的な状況を知らされ、言葉を失った。マルティーナを守るために宮廷を出たはずが、その存在自体が危うくなっている。どうすれば彼女を救えるのか? ゲオリクは、セティアの顔を改めて見つめ、問いを重ねようとした。
荒野には、束の間の静寂が戻っていた。しかし、一行の前には、依然として多くの謎と、新たな困難が横たわっているのだった。
最後まで読んで下さり有難う、引き続きつづきを見掛けたら読んでみて下さい。




