舐められたら負け。
今回はルカナンに駐留してるラガン国、軍内の話になります。
その80
ヨーデルに残されたラヴァルの部下達が、それぞれの場所で食料確保や情報収集に奔走している頃、舞台は旧タートス王国の首都であったルカナンへと移る。現在はラガン王国に併合され、ラガン王国第一軍の軍団長アンドレアス将軍が執政官として赴任し、占領下の混乱を収め、一応の治安を維持していた。
その日、ルカナン執政官庁の一室には、重苦しい空気が漂っていた。ラガン王国第一軍団長アンドレアス将軍、その右腕であるハイル副司令、そして怜悧な頭脳を持つ参謀ブレネフの三人が、ラガン王国第二軍を率いるジュピター将軍の到着を待っていたのだ。
やがて、扉が開き、ジュピター将軍が尊大な態度で入室してきた。
「やあ、これはこれは、アンドレアス殿。お久しぶりですな。占領地の居心地はいかがかな?」
ジュピターは、挑発的な笑みを浮かべて挨拶する。
「……まあまあだ。ジュピター、よく来たな。……だが、単刀直入に聞く。そなたは、一体誰の命令で、このルカナンに、それも一万もの第二軍兵士を率いて現れたのだ?」
アンドレアスは、ジュピターの不躾な態度にも動じず、低い声で問い詰めた。彼の知る限り、第二軍の移動に関する公式な通達は一切なかった。
「はっはっは、何を当然のことを。もちろん、我らが偉大なるラ・ムーンV世陛下のご命令に決まっているではありませんか、アンドレアス殿」
ジュピターは、芝居がかった口調で答える。
「ほう……? だが、わし元には、陛下からの事前通達は一切届いていないのだが?」
アンドレアスは、鋭い視線でジュピターを射抜く。
「おやおや、それは奇妙なことですな。恐らく、何かの手違いがあったのでしょう。……ですが、ご安心を。こちらに、陛下からの正式な命令書がございます。どうぞ、ご確認ください」
ジュピターは、懐から羊皮紙を取り出し、アンドレアスへと差し出した。
アンドレアスは、無言でそれを受け取り、注意深く目を通す。書式、署名、そして王の印璽……どれも本物に見える。
「……ふむ。確かに、王の署名と印璽に間違いはないようだ」
「これで、アンドレアス殿のお疑いは晴れましたかな?」
ジュピターは、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「……分かった。命令書は本物と認めよう。だが、現状を理解しているのか? 我ら第一軍は、ヨーデル方面で発生している、原因不明の猛吹雪のために、進軍を完全に停止させられている状態だ。このような状況で、第二軍がこの地に加わったところで、ただでさえ逼迫している物資を食い潰すだけだ。吹雪が止み、雪が溶けるまで、我々は動けんのだぞ。どうするつもりだ?」
アンドレアスは、現実的な問題を突きつける。
「はっはっは、そのような些末なこと、我々は一切考慮しておりません。第二軍は、陛下の特命により、急遽この地へ派遣されたのです。そして、兵達の食料については、第一軍の備蓄から融通せよ、とのご指示も受けております。……お分かりですか? 分けていただけなければ、我々も困るのですよ」
ジュピターは、悪びれる様子もなく言い放つ。
その言葉に、黙って控えていた参謀ブレネフが、思わず口を挟んだ。
「お待ちください、ジュピター将軍閣下! それはあまりにも横暴ではございませんか! そのようなことをすれば、いざ進軍となった際に、我が第一軍は食料不足のまま、ヨーデルへ攻め込むことになりかねません!」
だが、ジュピターはブレネフの抗議など、全く意に介さない様子だった。
「ほぅ、文句がおありかな、参謀殿? 何か言いたいことがあるのなら、陛下に直接お願いすることですな。……さて、アンドレアス殿、我々の要求はお伝えしました。ヨーデルへの出兵準備が整い次第、お知らせください。それでは、これで失礼いたします」
ジュピターは、一方的にそう言い残すと、踵を返し、ルカナン庁舎から出て行ってしまった。
後に残されたアンドレアス達は、重い沈黙に包まれた。
「……困りましたな、アンドレアス将軍。この大雪で、マーブル王国は疲弊しきっているはず。我ら第一軍の兵力だけでも、ヨーデル攻略には十分すぎるほどだというのに……なぜ、この時期に第二軍を……」
それまで黙っていたハイル副司令が、抑えていた疑問を口にする。
アンドレアスは、苦々しげに顔を歪めた。
「……ふん。大方、第一軍だけの手柄にさせまいとする、宮廷の誰か…おそらくは、あのアルメドラあたりの差し金だろう。……ハイル、ブレネフ、気を引き締めよ。奴のことだ、ただ単に手柄を横取りに来ただけではあるまい。何か良からぬことを企んでいるはずだ。……場合によっては、我々はヨーデルではなく、内…この第二軍から撃たれる可能性すら、想定しておかねばならん」
ラガン王国の宮廷内では、アンドレアス将軍の力の増大を快く思わない勢力も多く、政争が絶えなかったのだ。
「本国の政争を、このような占領地にまで持ち込むとは……実に厄介なことですな。……それに、将軍。私の元には、ジュピター将軍が、あの【ブラッド・レイン】なる忌まわしい部隊まで、このルカナンに連れてきている、との報告が上がってきております」
ブレネフが、さらに憂慮すべき情報を付け加えた。
「ブラッド・レイン……? それは、何だ?」
アンドレアスは聞き返す。
「はっ。表向きは特殊工作部隊ですが、その実態は、敵国への挑発と恐怖心の植え付けを目的とし、占領地などで残虐行為を専門に行う、いわば『汚れ仕事』専門の部隊です。略奪、暴行、虐殺……その残忍な手口は、とても口にするのも憚られるほど。主な任務は、敵国を内部から混乱させることであり、その存在は、我がラガン軍内部においてすら、恐怖の対象として知られております」
ブレネフは、忌々しげに説明した。
「……ふんっ。ジュピターの奴め、そのような外道共を、手駒として使っているというのか……。いよいよ、きな臭くなってきたな」
アンドレアスは、腕を組み、深く考え込む。
「それで……将軍。食料は、要求通りに分けてやるので?」
ハイル副司令が、現実的な問題について尋ねる。
「……やむを得まい。だが、要求の全てを呑む必要はない。備蓄の3分の1まで、と制限しておけ。奴らが文句を言ってきたとしても、無視して構わん。……おそらく、我々の物資を意図的に減らし、第一軍の力を削ごうという魂胆だろう。油断はできんぞ」
「はっ、承知いたしました。そのように手配いたします」
【場面転換:ルカナン市街 - ブラッド・レインの暴虐】
アンドレアスの懸念は、数日後に現実のものとなった。ルカナンに駐留する第一軍と第二軍の間で、深刻ないさかいが発生したのだ。その原因は、やはり【ブラッド・レイン】の暴虐にあった。
ブラッド・レインの兵士達が、ルカナンの一般市民の家に押し入り、そこにいた住民を惨殺。さらに、家にいた女性達を暴行し、事が終わると、その女性達をも容赦なく殺害したのだ。その残虐行為を目撃し、助けに入ろうとしたルカナンの市民達も、返り討ちに遭い、15名が惨殺された。ブラッド・レインは、殺害した市民達の首を切り落とし、見せしめとして、その建物の入り口にぶら下げるという凶行にまで及んだ。
この事件は、すぐに第一軍の憲兵隊に報告された。報告を受けた憲兵隊は、直ちに現場へ急行し、調査を開始。建物の外に出てきたブラッド・レインの兵士に事情聴取を試みた。だが、その最中に、ブラッド・レインは突然憲兵隊に襲いかかり、12名の隊員を率いていた憲兵隊長の首を、その場で刎ねてしまったのだ。
隊長を殺され、相手の凶暴さを目の当たりにした憲兵隊員達は、恐怖に駆られて撤退。この忌むべき事件は、すぐにルカナン庁舎のアンドレアス将軍の元へと報告された。
「……なにぃ!? 我が第一軍の憲兵に、手を出しおっただと!?」
報告を聞いたアンドレアスは、激しい怒りに体を震わせた。
「は、はい! ブラッド・レインによって、隊長の首が……!」
報告する兵士の声も震えている。
「……うぅぅぅん……!」アンドレアスは、怒りを抑えるように唸り声を上げると、重々しい、ドスの利いた声で命じた。
「……やってくれたな。……ハイル! ジュピターを呼び出せ! 直ちにだ!」
アンドレアス将軍の命令を受け、ハイル副司令は、さっと敬礼すると、自ら第二軍の司令部へと足を運んだ。
ハイル副司令は、第二軍司令官ジュピター将軍の執務室へ通されると、厳しい口調で用件を伝えた。
「ジュピター将軍。貴官の指揮下にある【ブラッド・レイン】が、ルカナンの民を多数虐殺し、その首を晒し者にした挙句、我が第一軍の憲兵隊にまで手を出し、隊長の首を刎ねた、との報告が上がっております。アンドレアス将軍がお呼びです。直ちにご同行願います」
ハイルの厳しい追及に対し、ジュピター将軍は、ふっ、と不敵な笑みを浮かべただけで、特に動揺する様子も見せずに答えた。
「……ほう。それは、穏やかではありませんな。……よかろう。ご案内願おうか、ハイル殿」
ジュピターは、まるで他人事のように言うと、ハイル副司令と共に執政官庁へと向かった。
【場面転換:執政官庁 - 対決】
ジュピター将軍を伴って執務室に戻ると、ハイル副司令は黙って自らの定位置へと戻った。部屋の中には、アンドレアス将軍の抑えきれない怒気が満ち満ちていた。
バシンッ!!
アンドレアスは、ジュピターが入室するなり、座っている机を拳で強く叩きつけ、地響きのような声で怒鳴りつけた!
「……来たか、ジュピター! 貴様、この儂に、本気で喧嘩を売りに来たと見えるな!?」
その威圧感は凄まじく、部屋の空気がビリビリと震えるようだ。
だが、それに対して、ジュピター将軍は、まるで柳に風と受け流すかのように、飄々とした態度で答えた。
「まあ、まあ、アンドレアス殿。そう熱くならないでください。件の部隊…ブラッド・レインの者共には、私から、今後このようなことがないよう、よーく言い聞かせておきますから」
彼は、あくまで事を穏便に済ませようと、引き気味の態度を見せた。
しかし、アンドレアス将軍の怒りは、そんなことで収まるはずもなかった。
「……何を甘っちょろい戯言を抜かすか! 我が第一軍の、それも憲兵隊長が殺されたのだぞ! しかも、その亡骸は胴体のみで、首級は未だに戻ってきておらん! この始末、どうつけるつもりだ、ジュピター!」
「……うーむ、それは、確かに遺憾なことですな。……よろしいでしょう。それでは、ブラッド・レインの中から、憲兵隊長を実際に殺害した者を特定し、その者の首を、貴殿に引き渡すということで、いかがかな?」
ジュピターは、あっさりと部下の首を差し出す提案をした。まるで、消耗品でも交換するかのように。
「……よかろう。だが、それだけでは足りん。さらに二名、追加だ。合計三名の首を差し出せ。こちらは、貴様らの尻拭いのために、ルカナンの民の信頼を取り戻し、治安を安定させるのに、多大な労力と資源を割かねばならんのだ。その分の代償も、きっちりと払ってもらうぞ」
アンドレアスは、一切妥協しない姿勢を見せる。
「なっ……! ブラッド・レインの兵士を、三名も、ですか!? それは……少々、困りましたな。実を言うと、奴らを私の第二軍に編入するよう命じたのは、アルメドラ様なのです。そのアルメドラ様が寄越した兵の首を、三つも差し出せというのは……いささか要求が厳しすぎるとは思いませんか?」
ジュピターは、宮廷の有力者の名を出し、牽制しようとする。
「……ふんっ! そのような事情、儂の知ったことではない! 儂の要求を呑むのか、呑まぬのか! やらねばどうなるか、貴様にも分かっておるな、ジュピター!」
アンドレアスは、最後の通告のように言い放つ。その瞳には、本気の殺意が宿っていた。
(……くっ! この男、本気だ……!)
ジュピターは、アンドレアスの気迫に押され、内心で舌打ちした。この世界では、一度でも相手に舐められたら終わりだ。どんどん押し込まれ、不利な状況へと追い込まれてしまう。ましてや、相手は『戦鬼』と恐れられるアンドレアス将軍。彼ならば、もし要求を拒否すれば、即座に全軍をもって第二軍に襲いかかってきてもおかしくない。そうなれば、地の利も士気も劣る第二軍に、勝ち目はないだろう。過去、アンドレアスの怒りに触れて破滅した者達の末路を、ジュピターはよく知っていた。
ジュピターの額に、じっとりと冷や汗が浮かぶ。ふーっ、と深く息を吐き、彼は不本意ながらも、譲歩するしかなかった。
「……分かりました。アンドレアス殿。……貴殿の提案、謹んでお受けいたしましょう」
ジュピターは、それだけ言うと、もはやアンドレアスと目を合わせることもなく、悔しさを滲ませながら部屋から出て行った。
ジュピター将軍が、明らかに不機嫌な様子で出て行くと、ブレネフ参謀が、恐る恐るアンドレアスに尋ねる。
「……将軍。……まさか、本気で第二軍と事を構えるおつもりだったのですか?」
ブレネフもまた、アンドレアスの本気の威嚇に、内心肝を冷やしていたのだ。
アンドレアスは、ふっと息を吐き、先ほどの激しい怒気は消え、いつもの冷静な表情に戻っていた。
「……ふっ。さあな。儂にも分からんよ」
彼は、そう言ってブレネフの問いをはぐらかし、中庭が見える窓の外に降る吹雪を見つめた。
【場面転換:ブラッド・レインの粛清】
アンドレアスからの厳しい要求を受け入れざるを得なかったジュピター将軍は、苦虫を噛み潰したような表情で、ブラッド・レインが拠点としている施設へと向かった。彼は、護衛として1000名規模の兵を率いていた。これは、ブラッド・レインへの示威行為であると同時に、万が一、彼らが命令に従わず反抗してきた場合に備えての措置でもあった。
ジュピター一行が施設に近づくと、その異様な光景に、慣れているはずの兵士達ですら顔を顰めた。建物の前には、先日殺害されたルカナン市民達の生首が、まるで戦利品のように無残に吊り下げられ、デコレーションとして飾られていたのだ。
「……何という、悍ましい光景だ……。アルメドラ殿も、よくもこのような外道共を、私の軍へと送り込んできたものだ。……全く、酔狂が過ぎる」
ジュピターは、吐き捨てるように呟いた。
「狙撃兵を配置させろ! あそこの屋根の上、それから、向かいの建物の窓にもだ!」
ジュピターの命令を受け、千人隊長のオベールが、部下達に指示を飛ばす。兵士達は、無言のまま、しかし迅速かつ的確に動き、施設の周囲を完全に包囲していく。絶対に、一人たりとも逃がさない、という鉄壁の布陣だ。
「閣下、配置、完了いたしました」
オベールが報告する。
「……よろしい。ブラッド・レインの者共、全員を、表へ引きずり出せ」
ジュピターの冷徹な命令が下る。オベールは、部下に命じ、施設内にいるブラッド・レインの兵士達に対し、司令官からの出頭命令を伝達させた。
ジュピターは、自ら交渉(という名の最後通牒)を行うため、施設の正面まで進み出て行く。なかなか出てこないブラッド・レインに対し、彼は拡声器を使って呼びかけた。
「ブラッド・レインの者共、聞こえるか! ラガン王国第二軍司令官、ジュピターである! 全員、武器を捨て、無条件で外へ出てこい! もし、この命令に従わぬ場合は、この建物を、貴様らごと焼き払い、灰燼に帰せしめるものと知れ!」
その警告が効いたのか、しばらくして、施設の扉が開き、中からブラッド・レインの兵士達が、のそのそと姿を現し始めた。その数は20名を超え、誰もが粗野で、残忍そうな目をしている。
そして、その一般兵達の後から、明らかに異質な雰囲気を纏った者達が現れた。彼らは、ブラッド・レインの中でも幹部クラスなのだろう。その姿は、異様としか言いようがなかった。
顔の半分を黒く、もう半分を白く塗りたくり、目の周りに黒い円を描いた、まるで古代の蛮族のような出で立ちの男。
身長2メートルを超え、筋骨隆々、人間とは思えないほどの巨躯を持つ大男。
猿のように身軽で、手足が異常に長く、まさしく人間離れした容貌の男。
他の者達も、それぞれが独特の、そして不気味な装飾や刺青を施しており、軍の兵士というよりは、盗賊か、あるいは何かの狂信者の集団のように見えた。
さらに、その異様な幹部達の後ろから、四人の者達が現れた。彼らは、先の白黒男や猿男、大男達とは、明らかに格が違う存在であることが、その佇まいだけで分かった。彼らが放つオーラは、もはや人間のそれではなく、まさしく『化け物』と呼ぶにふさわしい、禍々しいものだった。
その四人の化け物が、恭しく片膝をつき、出迎える姿勢を取ると、最後に、一人の男が、ゆっくりと、そして堂々とした様子で姿を現した。
「これはこれは、ジュピター将軍閣下。第二軍の司令官様が、わざわざ我々のような下賤の者の『豚小屋』にまでお越しくださるとは。いったい、どのようなご用件でございましょうかな?」
その男は、他の者達とは違い、比較的整った身なりをしていたが、その右手と右腕は、異様なまでに太く、長く、そして、人間のそれではなく、まるで巨大な蟹のハサミのような、硬質な濃灰色の甲殻 に覆われていた。
初めて見るブラッド・レインの首領。ジュピターは、その異形と、底知れぬ邪気を感じ取りながら、問いかけ。
「……貴様が、ブラッド・レインを率いているという、『ブラー』か」
「はい、左様でございますよ、閣下」
ブラーは、甲殻の腕をゆっくりと動かしながら、にこやかに(しかし目は笑っていない)答えた。
「……ブラー。貴様、自分が何をしているか、分かってやっているのか? ここは、我々ラガン王国が併合した土地だ。無用な殺戮は、占領政策の妨げになる。住民への虐殺行為は、即刻中止せよ。これは、私からの厳命である」
ジュピターは、司令官としての威厳をもって命じる。
「わっはっはっはっはっはっ! これはこれは、怖い、怖い! ご命令、確かに承りましたぁ!」
ブラーは、大げさに笑いながら、おどけたように答える。その態度には、ジュピターへの敬意など、微塵も感じられない。
ジュピターは、その不遜な態度に、額に青筋を立てながらも、冷静さを保って言った。
「……貴様。この私を、舐めているのか?」
「いえいえ、滅相もございません、閣下」
ブラーは、なおもへらへらと笑っている。
「……貴様らの、指揮管理能力の欠如、そして目に余る蛮行により、我々第二軍全体が、無用の危険に晒されているのだ。……よって、アンドレアス将軍との取り決めに従い、直ちに、貴様らが先日殺害した憲兵隊長の首、及び、それと同等の地位にある者の首を三つ、計4つの首をここに差し出すのだ!」
ジュピターは、ブラッド・レインに、アンドレアスとの取引の代償を支払わせることを、はっきりと告げた。これは命令であり、交渉の余地はない。そんなリスクを負うよりも、ブラッド・レインの首を差し出す方が、遥かに安上がりだと、ジュピターは考えていた。彼は、冷徹な計算の上で、本気でこの要求を通すつもりだ。
そのジュピターの本気と、周囲を取り囲む兵士達の殺気を感じ取ったブラーは、さすがにこれ以上ふざけてはいられないと悟ったようだ。彼は、一瞬だけ表情を消すと、後ろに控える部下達に向かって、低い声で命じた。
「……おい。先日『お持ち帰り』した、憲兵隊長の首を持ってこい。……それから、パラム」
ブラーは、幹部の一人である、身軽そうな男に声をかける。
「……こいつらの中から、適当に、三つ、首を持ってこい。今すぐだ」
「……御意」
パラムと呼ばれた男は、無感情に頷くと、まず一人が建物の中へと走り、デコレーションとして飾られていた憲兵隊長の首を取りに行った。そして、パラム自身は、おもむろに腰のシャムシール(湾曲した刀)を抜き放つと、まず、何の躊躇もなく、隣に立っていた白黒塗りの男の首を刎ねた!
次に、猿のような男にも斬りかかる。その男は抵抗しようとしたが、パラムの動きはそれを遥かに凌駕していた。シャムシールが閃き、猿男の首も宙を舞う。
他の兵士達が、恐怖と怒りで反撃に出ようとするが、パラムはまるで舞うように、アクロバティックな動きでそれらを躱し、あるいはシャムシールで受け流す。そして、恐るべき速度で、さらに三人の兵士の首を、立て続けに斬り落とした!
プシャーッ! と、夥しい血飛沫が上がり、ドサッ、ドサッと、首を失った胴体が地面に倒れる。
だが、その惨状を目の当たりにしても、生き残った他のブラッド・レインの兵士達は、恐怖するどころか、むしろ薄ら笑いを浮かべ、楽しんでいるかのように見えた。彼らにとって、仲間の死など、日常茶飯事、あるいは娯楽の一つでしかないかのようだ。
首を斬り終えたパラムは、まるでゴミでも拾うかのように、淡々と五つの生首を拾い集め、ブラーの元へと差し出した。
ブラーは、その首を受け取ると、再び邪悪な笑みを浮かべ、ジュピターに向かって言ったのだ。
「へへへ……閣下。手違いで、五つになっちまいました。……まあ、これだけありゃあ、アンドレアス将軍閣下も、十分にご満足いただけるでしょう?」
ジュピターは、目の前で繰り広げられた狂気の粛清と、笑いながら部下の首を差し出すブラーの、底知れぬ不気味さに、もはや嫌悪感しか抱かなかった。彼は、一刻も早くこの場を立ち去りたい一心で、部下に命じ、六つの生首(憲兵隊長のものを含む)をそれぞれ布に包ませ、運ばせた。
「……よかろう。……だが、ブラー、よく聞け。今後、ラガン国内での、許可なき殺戮は一切禁ずる。もし、今度、我々正規軍に、このような面倒をかけるようなことがあれば……その時は、容赦なく、貴様ら全員を叩き潰す。……良いな?」
ジュピターは、最後の警告を発すると、兵と共にその場を後にした。
ジュピター達の姿が見えなくなると、ブラーは、それまでの作り笑いを消し、冷たい目で部下達を見渡した。
「……まったく、甘っちょろい、つまらん奴らだぜ……」
彼は、吐き捨てるように言うと、近くにいた部下に命じた。
「おい。そこの死体を、いつものように、【アエーシュマ】様の祭壇へ運んでおけ。……新鮮な贄は、お喜びになるだろうからな」
部下は、畏敬の念を込めて頷くと、仲間達と共に、転がっている首のない死体を手際よく片付け始めた。ブラーは、そんな部下達を一瞥すると、何も言わずに施設の中へと戻っていった。その甲殻の腕が、不気味な光沢を放っていた。
最後まで読んで下さりありがとう、引きつづき次の話を見掛けたら読んでみて下さい。




