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それぞれの今 その2 

今回は主に、ヨーデルに残ってるラバァルの部下たちの

今を書いています。 

                その79




次の日の早朝、アレック大将は慌ただしく王宮内を動き回っていた。昨夜、カイ・バーン先王から密かに命じられた任務…フォビオ王子の妃候補として急遽白羽の矢が立った、ビショップ伯爵家の令嬢ナターシャを迎えに行き、今は彼女を伴ってカイ・バーンの私室へと向かっている最中だった。

その途中、王宮内を巡回警備中の近衛兵の一団とすれ違ったのだ。率いているのは、副長のケーニッヒだ。

「これはこれは、アレック大将閣下。このようなお早い時間に、お急ぎのご様子。何かございましたかな? それに、そちらのご令嬢は……確か、ビショップ伯爵家のご息女、ナターシャ様では?」

ケーニッヒは、慇懃(いんぎん)ながらも探るような視線を向けてくる。

「うむ、近衛のケーニッヒか。いや、こちらは少々立て込んでいるだけだ、気にするな。それよりも、昨夜騒ぎを起こした貴族共の様子はどうなった? 鎮圧は完了したのか?」

アレック大将は、内心の焦りを悟られまいと、努めて冷静に問い返す。

「はっ。ご心配には及びません。今はすっかり大人しくなりました。二度と陛下や我々に逆らえぬよう、厳しく処断いたしましたので」

ケーニッヒは、不気味なほど落ち着いた口調で答える。その言葉の裏にある残虐さを、アレックはまだ知らない。

「そうか。ならば良い。引き続き、王宮内の警戒を怠るなよ。儂は、カイ・バーン様がお呼びゆえ、急がねばならん。それではな」

アレック大将は、早口にそう言うと、ナターシャの手を取り、足早にその場を去っていった。

その慌てた様子と、美しい令嬢を連れている姿を見ていた近衛兵の一人が、ケーニッヒに囁いた。

「……副長。今のアレック大将、何か様子がおかしくありませんでしたか? 何をあんなに慌てて……。それに、朝っぱらから、なぜビショップ伯の令嬢を連れていたのでしょう?」

他の兵士達も、訝しげな表情で囁き合っている。

ケーニッヒは、一瞬、何かを考えるように目を細めた。そして、昨夜のモーブ王の憔悴しきった様子、カイ・バーン先王の最近の不可解な動き、そして今のアレック大将の慌てぶり……それらの断片が繋がり、ある推測に至った。

(……ははーん、なるほどな。あの老獪な古狸め、この国を見捨てて、フォビオと大事な宝石でも抱えて、高飛びするつもりか……!)

ケーニッヒの口元に、残忍な笑みが浮かぶ。だが、彼は部下達にはその内心を悟られぬよう、無表情を装って答えた。

「さあな。大将閣下や先王陛下のお考えなど、我々下々の者には計り知れんことよ」

しかし、その瞳の奥には、新たな獲物を見つけたかのような、暗い光が宿っていた。



【場面転換:秘密の通路へ】

それから約二時間が経過した頃。亡命の準備を整えたカイ・バーン一行は、王宮の地下深くに隠された秘密の通路へと向かっていた。この通路は、古くからの重臣の中でも、ごく一部の者しか知らない、王家の最後の逃げ道である。

一行は、カイ・バーン、次男フォビオ、そして未来の妃となるナターシャ。それに、アレック大将と、厳選されたメイド3名。彼らは、薄暗い螺旋階段を、慎重に下っていた。

「皆様、お足元にお気をつけを。この螺旋階段は、長年使われておりませぬゆえ、滑りやすくなっております。明かりも、この松明一つしかございませんので」

先頭に立ち、松明を掲げて進むアレック大将が、後ろを振り返り、注意を促す。

ゆっくりと階段を下っていくと、下の階層で、複数の人影が待ち構えているのが見えた。最初、アレック大将は、地上でスノードラゴンと共に待機しているはずの護衛騎士達が、迎えに来てくれたのだろうと思った。松明の頼りない明かりだけでは、暗くて人影の詳細はよく見えない。彼は、そのまま警戒を解かずに下へと降りて行った。

しかし、階段を下りきり、松明の光が人影を照らし出した時、アレック大将は息を呑んだ。そこにいたのは、護衛騎士達ではなかったのだ。彼らが身に着けていたのは、紛れもなく、王宮近衛兵が着用するプレートアーマーだった。その数、7名。

「……近衛兵が、なぜこのような場所に……? 何をしている?」

アレック大将は、この秘密の通路を知るはずのない近衛兵が、なぜここに待ち構えているのか、強い警戒心を抱きながら問い詰めた。

すると、近衛兵の中から、一人の男がゆっくりと前に進み出てきた。その顔には、不遜な笑みが浮かんでいる。

「おやおや? アレック大将閣下こそ、このようなコソコソとした秘密の抜け穴で、一体何をなさっておられるのでございますかな?」

その声と口調で、アレック大将はその男が誰であるかを知った。

「……ケーニッヒ……! 貴様か!」

「はい、左様でございます、アレック大将。……いえ、もはや『元』大将、と言うべきでしょうか?」

ケーニッヒは、嘲るように言った。

「……何を言っている。そこをどけ、ケーニッヒ! 我々は急いでいるのだ!」

アレック大将は、威厳をもって命じる。

「いえいえ、どくわけにはまいりませんなぁ。私は、このマーブル新皇国の近衛兵長代理として、国を捨てて逃げ出そうという『国賊』どもを、ここで処断する義務がございますので」

ケーニッヒは、平然と言い放った。

「なっ……!? き、貴様……! カイ・バーン様に向かって、なんという無礼な口を……! 近衛兵! この男は狂っている! 今すぐ、この逆賊ケーニッヒを捕らえよ!」

アレック大将は、怒りに声を震わせ、周囲の近衛兵達に命令を下した。

だが――そこにいた近衛兵達は、誰一人として動こうとはしない。彼らは皆、ケーニッヒの側についているのだ。

「なっ……!? なぜだ! マーブル軍総司令たる、このアレックの命令が聞けぬと申すか!」

アレック大将は愕然とする。

「はーいはいはい、残念でしたねぇ、大将。国と民を見捨てて、コソコソと逃げ出そうとした時点で、あんたはもう、ただの裏切り者の爺さんに成り下がっちまったんですよぉ。それに、そっちの、あーあ、なんて名前でしたっけねぇ? ああ、そうだ、かつて名君なんて呼ばれてた、元国王様でしたっけ? あんたらは、国を捨てた大罪人! よって、この場で死刑、確定でーす!」

ケーニッヒは、下卑た笑いを浮かべながら言い放つ。

「……馬鹿なことを言うな、ケーニッヒ! このような暴挙、モーブ陛下がお許しになるはずがない!」

カイ・バーンが、威厳を保ちながらも、怒りを込めて言う。

「あ~~ん? 決めたのは、この俺様ですよぉ? もう、モーブなんて弱虫、関係ありませーん。あんたらが逃げ出した時点で、あいつも王失格! これからは、この俺様が、この国の全てを決めることにしたんでね!」

ケーニッヒは、完全に理性を失い、狂気に満ちた目で一行を睨みつけて来る。

(……もはや、これまでか)

アレック大将は、狂人と化したケーニッヒとその部下達を見て、対話は不可能と悟った。彼は、静かに剣の柄に手を当てると、まだケーニッヒに完全には与していないかもしれない近衛兵達に向けて、最後の言葉を投げかける。

「……お前達、よく聞け! この男は狂っている! こんな狂人の命令に従ったところで、お前達に未来などないぞ! 今からでも遅くはない、目を覚ませ!」

アレックの言葉に、何名かの近衛兵が、僅かに動揺する様子を見せた。だが、彼らは昨夜、ケーニッヒが逆らう者を容赦なく処刑するのを目撃している。迂闊にケーニッヒに逆らえば、自分達も同じ運命を辿るかもしれない。その恐怖が、彼らの行動を縛っていた。

兵士達が躊躇している、その一瞬の隙を、ケーニッヒは見逃さなかった!

「うっとおしいんだよ、爺!」

ケーニッヒは、罵声と共にアレック大将へと斬りかかった!

アレック大将も、即座に剣を抜き、その一撃を受け流す! キィン!

だが、攻撃が始まったのを合図に、周囲の近衛兵達も一斉にアレック大将へと襲いかかっって来る!

この場にいる戦闘要員は、アレック大将ただ一人。多勢に無勢、しかも狭い通路では、歴戦の名将といえども、なすすべはなかった。数合打ち合った後、アレック大将は、数本の剣に体を貫かれ、崩れ落ちてしまう。


「アレック!!」


カイ・バーンは、長年自分に仕えてくれた忠臣の、無残な最期を見て、悲痛な叫びを上げた。

近衛兵達は、倒れたアレック大将に、さらに無慈悲に剣を突き立てる。やがて、アレック大将は完全に動きを止めた。

アレック大将が殺されると、ケーニッヒは、次にカイ・バーンへと向き直った。

「さあて、次は元国王様、あんたの番ですよぉ?」

彼は、カイ・バーンに近づくと、その首を乱暴に掴み上げ、剣を一閃させた。

ザンッ!

カイ・バーンの首が、胴体から離れ、床に転がる。辺りは、あっという間に血の海と化した。

「はっはっはっはっはっはっはっはっ!! 見ろ! 見ろ、この顔を! この間抜け面が、かの偉大なるカイ・バーン元国王陛下様だぁ! やったぞ! やってやったぞ、この国賊めがぁ! はーはっはっはっはっはっはっはっはっ!!」

ケーニッヒは、刈り取ったカイ・バーンの首を高々と掲げ、狂ったように笑い続けた。まるで、自分がこの国の頂点に立ち、全てを手に入れたかのように、恍惚とした表情で、万悦の喜びに浸っていたのだ。

……だが、その狂気の時間は、長くは続かなかった。

突然、ケーニッヒの視界がぐるりと反転し、自分の体が崩れ落ちていくような奇妙な感覚に襲われる事に!

(……あれ? なんだ……?)

それが、彼の最後の意識だった。ケーニッヒは、自分が何者かに首を切り落とされたことに気づかぬまま、意識を失ったのだ。

彼の首を刎ねたのは、それまでケーニッヒの暴挙に黙って耐えていた近衛兵の一人、シューマッハだった。彼は、かつてカイ・バーン王から、すれ違いざまに名前で声をかけてもらったことがあり、その恩義と忠誠心を密かに抱いていた。そのカイ・バーンを、あろうことかケーニッヒが殺害し、その首を弄び、晒し者にしたことで、彼の我慢は限界を超え、怒りが爆発したのだ。

他の近衛兵達の中にも、カイ・バーンに恩義を感じていた者は少なくなかった。そのため、シューマッハがケーニッヒに斬りかかった時、誰もそれを止めようとはせず、むしろ黙認したのだ。

ケーニッヒの首が床に転がると、シューマッハは、はぁはぁと荒い息をつきながら、自らがしでかしたことと、目の前の血塗れの惨状を改めて認識し、興奮が冷めていくのを感じた。

(……俺は……何てことを……。これから、どうすれば……?)

彼は、残った5名の近衛兵達と顔を見合わせ、この後の処置について話し合いを始めた。

「……なあ、アレック大将達は……このまま、予定通りに逃げたってことに、できないか?」

一人が提案する。

「……そうだな。それが、俺達にとって一番都合がいいかもしれん。誰にも気づかれなければ……」

別の者が同意する。

「しかし……それでは、俺達は、元国王陛下と軍の総司令官を闇討ちにした、大罪人ということになるじゃないか!」

良心の呵責を感じる者もいる。

「何を言う! 実際に手を下したのは、ケーニッヒ一人だ! 俺達は、何も知らされずに、ここで待ち伏せさせられていただけじゃないか!」

責任を逃れようとする者もいる。

「それは事実かもしれんが……そんなこと、誰が証明してくれるって言うんだ!」

「……じゃあ、どうしろって言うんだ!? 他に、何かいい考えがあるやつはいるのか!?」

しばらくの間、重苦しい沈黙が続いた。誰も、この状況を打開する妙案は思いつかなかった。

やがて、最初に提案した兵士、ダニエルと呼ばれた男が再び口を開いた。

「……だろ? 他に良い案なんて、ありっこないんだ。よく考えてみろ。アレック大将達は、もともと、誰にも知られずに、どこかへ亡命するはずだったんだ。だったら、俺達がここを綺麗に片付けて、何も見なかった、何も知らなかったことにすれば……誰にも迷惑はかからん。……そうだろ?」

その言葉に、他の者達も、不本意ながらも頷くしかなかった。

「……分かった。ダニエルの言う通りにしよう。ここを片付けて、俺達は王宮内の見回りに戻る。……ケーニッヒの野郎は……任務中に逃亡した、ということにでもしておくか」

シューマッハが、苦々しげに言った。

「……そりゃあいい! 無茶苦茶しやがって、あの野郎にはいい気味だ!」

他の者達も、口々にケーニッヒへの不満を漏らしながら、その案に賛成を示す。

近衛兵達は、口裏を合わせ、この陰惨な事件を完全に隠蔽することを決めた。彼らは、カイ・バーン達の亡骸と、ケーニッヒの亡骸を密かに処理し、血痕を洗い流し、何事もなかったかのように、その場を後にした。

そのため、国王モーブは、父と忠臣達が、腹心の部下によって暗殺されたという事実を知ることは、ついに無かったのである。



【場面転換:夜明けの塔 - 祈りの間】

ここは、光の女神【セティア】を信仰する者達の総本山であり、マーブル新皇国の民にとって心の拠り所でもある、『夜明けのアウロラエ・トゥッリス』内部にある『祈りの間』。

広大なホールの中央には、慈愛に満ちた表情を浮かべる巨大な女神セティアの像が屹立し、その少し手前には、女神を守護するかのように、二体の勇壮な闘神の像が配置されている。ホールの中心には大きな祭壇があり、そこに設置された聖なるかまの中では、信仰の証である聖火が、ゴォーッという音を立てながら、絶えることなく燃え続けている。

だが、その聖火を燃やし続けるための燃料も、この未曾有の危機の中、残りわずかとなっていた。あと7日分も、持つかどうか……。

現在、この祈りの間には、法王フェニックスの決定により、避難してきた多くの信者達が身を寄せ合っており、大ホールは人で溢れかえっていた。

避難民への炊き出しは、塔に仕える修道女達の仕事となっている。その中には、ラバァルの部下であるマリィとルーレシアの姿もあった。二人は、持ち前の明るさと手際の良さで、すっかり他の修道女達からの信頼を得ており、彼女達の上司にあたるロメール修道長からも、非常に頼りにされていた。

しかし、食料事情は日に日に悪化していて、備蓄は底をつき、外部からの物資供給も完全に途絶えた状況となっていた。今日も、ルーレシアはロメール修道長に、厳しい現状を報告しに来ている所だった。

「修道長。以前からお話ししている通り、もう皆に分け与えられる食料は、ほとんど残っておりません。私達は……これから、どうすれば良いのでしょうか?」

「……分かっているわ、ルーレシアさん。でも……もう、どこも食料を分けてはくれないのよ。王宮ですら、自分達の分で手一杯だと……。噂では、貴族の方々でさえ、飢えに苦しんでいるとか……。ああ……女神セティアよ……。どうか、私達をお救いください……」

ロメール修道長も、心労と食糧不足からか、以前のふくよかな体型は見る影もなく、痩せ細ってしまっていた。おそらく、自分はほとんど食べずに、信者達を優先していたのだろう。もはや打つ手がなく、ただ女神に祈りを捧げることしかできない、そんな絶望的な状況になっている。

このまま話し合っていても埒が明かない、と感じたルーレシアは、衝動的に祈りの間を飛び出していった。

「ちょっと、ルー! どこへ行くのよ!」

マリィは慌てて後を追おうとしたが、一歩外へ出ただけで、骨身に染みる猛吹雪と極寒に阻まれ、追跡を諦めざるを得なかった。外よりも多少はマシとはいえ、修道女達が暖を取るための薪もとうに尽きており、彼女達が寝起きする部屋の温度も、氷点下10度を下回っている。料理用の燃料を節約するため、暖房の火はもう何日も焚かれていないのだ。黙っていれば凍死してしまうほどの寒さの中、修道女達は皆、互いに身を寄せ合い、かろうじて体温を保っていた。



【場面転換:グラティア教施設跡 - シュツルムとデサイア】

ルーレシアが向かった先は、ヨーデル市内に残る、グラティア教の施設跡の一つだった。そこには、同じくラバァルの部下であるシュツルムとデサイアが、少数の残留信者と共に潜伏していた。

かつてヨーデルでの布教活動を指揮していたグラティア教のレニー大司教は、王家の秘宝【永劫の冬】の強奪作戦が失敗し(彼は部下が破壊したとは知らず、単に失敗して死亡したと報告を受けていた)、さらに原因不明の猛吹雪が始まったことで、状況がおかしいと判断。マーブル王国での活動に見切りをつけ、密かに本国(ロマノス帝国)へと撤退していた。その際、ほとんどの信者を連れて行ったが、この地に残り、状況を監視するよう命じられたのが、ラングレイ神父だ。

その為現在、ラングレイ神父は表向きの責任者として残り、実質的な信者の管理と情報収集は、彼が一番信頼している、シュツルムに権限が与えられていた、その為デサイアに施設管理や物資の管理を委ね、二人で切り盛りしていた。彼らは、残った僅かな信者(現在26名)と共に、放棄された施設に隠れ住んでいた。

そこへ、ルーレシアが突然現れた。シュツルムとデサイアは、他の信者達を下がらせると、ルーレシアを奥の隠し部屋へと招き入れ、話を聞くことにした。

ルーレシアは、まずラバァル達が吹雪を止めるために『生贄の迷宮』へ向かったことを伝えた。そして、夜明けの塔の食料が底をつき、多くの人々が飢えに瀕している危機的な状況を説明し、食料確保の助けを求めたのだ。


「……そうか。この訳の分からん吹雪を止める手立てが見つかって、ラバァルがそれに向かった、と。……だが、いくらラバァルでも、『大精霊』なんて代物を、本当にどうにかできるのか……?」

シュツルムは、ラバァルへの信頼はありつつも、相手が神話級の存在であることに、不安を隠せない。

「……多分、大丈夫でしょ。あの人は、いつだって何とかする人だから」

ルーレシアは、根拠はないながらも、ラバァルへの信頼からか、あっけらかんとした態度で答える。

「おいおい、ルー。ラバァルを信用しすぎなんじゃないか? いくらあの人でも、人間なんだぞ。『精霊』、それも『大精霊』なんて代物、そう簡単にどうにかできるわけ……」

シュツルムが言いかけた時、ルーレシアはふふっと薄く笑って遮った。


「……そうね。でも、私達がここで心配したって、どうにもならないでしょ? それよりも、今は、目の前の問題よ。明日の食料を、どう確保するかが大事なのよ」

すると、それまで黙って話を聞いていたデサイアが、静かに口を開いた。

「……それなら、心配いらないわ、ルー」

「え?」

「食料なら、まだ大量に残っているのよ」

「そ、それ、本当なの、デサイア!?」

ルーレシアは目を輝かせる。

「ええ。グラティア教団は、大半の信者を連れて急いで撤退していったけど……彼らがこの地に長年蓄えていた大量の物資は、この吹雪の中、とても全ては運び出せなかったみたい。特に食料は、来るべき『聖戦』のためとかで、しこたま貯め込まれていたの。それが、街のあちこちにある隠し施設に、分散して貯蔵されたままになっているわ。その場所と量は、撤退前にラングレイ神父から管理を引き継いだ、私だけが全てを把握しているの」

「す、すご……! すごいじゃない、デサイア! よくやったわ!」

ルーレシアは思わずデサイアの手を握る。

「……それじゃあ、問題は、それをどうやって、あの塔まで運ぶか、ね……」

「……そうね。隠し場所の地図は描けるし、施設への入り方も教えられるけど……運ぶとなると、人手と、この雪の中を移動する手段が必要になるわね……」

デサイアは、地図を描きながらそんな話をしていた。

こうして、食料のありかという大きな希望を得たルーレシアは、デサイアから地図と隠し施設の情報をしっかりと教わると、再び猛吹雪の中を、夜明けの塔へと戻っていった。



【場面転換:夜明けの塔 - 協力者探し】

修道院に戻ったルーレシアは、心配して待っていたマリィに、事の経緯を話した。

「ちょっと、ルー! こんな吹雪の中、一人でどこ行ってたのよ! 心配したじゃない!」

半ば怒りながら詰め寄るマリィに、ルーレシアは得意げに答えた。

「ふふん。シュツルム達のところよ」

「えっ、マジで!? あいつら、無事だったの!? どうしてた!?」

「デサイアと一緒に、元気にやってたわよ。なんか、あっちじゃシュツルムが残った信者達のリーダーみたいになってた」

「へぇー、あのシュツルムがねぇ……。で、何か分かったの?」

「うん。こっちの食料事情を話したら……なんと、グラティア教団が逃げ出す時に置いていった大量の食料が、市内のあちこちに隠してあるんだって!」

「……ええっ!? ルー、それ本当なの!?」

マリィは信じられないといった表情で聞き返す。

「本当よ! デサイアが全部管理してるって、地図も貰ってきたんだから!」

「デサイアが……! あ、あの子……いつも青白い顔して、病弱そうに見えてたけど……案外、すごい仕事するんじゃない!」

「そうみたいね。そういう事務管理とか、情報整理とかの才能があったのよ、きっと」

食料のありかという朗報に、マリィも興奮を隠せない。

「……でも、問題はどうやってそれを運ぶか、でしょ? この塔には800人以上いるのよ。相当な量になるはずだし、この雪じゃ……」

「そこなのよ、マリィ。誰か、強力な助っ人を探さないと、私達だけじゃとても無理ね」

二人は、他の修道女達にも相談し、大量の荷物をこの吹雪の中、安全に運ぶための協力者を探すことにした。

「……でも、どうやって? この雪じゃ、馬車も使えないし……」

「手で運ぶにしても、量が多すぎるし、往復してたら凍え死んじゃうわ……」

修道女達が途方に暮れていると、エリーという若い修道女が、おずおずと手を挙げた。

「……あの、私、昨日、知り合いの貴族の方にお会いしたんですけど……その方、スノードラゴンっていうのに乗ってらっしゃいました」

「スノードラゴン? 何それ、ドラゴンなの?」

「はい。雪の上でも沈まずに、速く走れる、特別なドラゴンなんだそうです」

「へぇー! そんな便利なドラゴンがいるのね!」

「もし……その騎士様にお願いすれば、荷物を運んでくださるかもしれません……」

「それよ! エリーさん、その騎士様のところへ、今から一緒に行ってお願いしてみましょう!」

ルーレシアが提案する。

「で、でも……その方が王宮内のどちらにいらっしゃるかまでは……」

「大丈夫よ! 王宮へ行って、名前を伝えれば、きっと会えるわ! その騎士様のお名前は、ご存じなんでしょ?」

「は、はい! ルンベール子爵様、とおっしゃいます」

「あらあら、子爵様ですって? エリーさんったら、隅に置けないわねぇ~」

他の修道女達が、囃し立てる。

「ち、違います! そんなんじゃありませんってば!」

エリーは顔を真っ赤にして否定する。話が脱線しかけたが、マリィが咳払いをして場を仕切り直した。

「ちょっと、あなた達! からかってる場合じゃないでしょ! 大勢の命がかかってるのよ!」

その一喝で、皆、真面目な顔に戻る。

「……分かればいいわ。じゃあ、エリーさん、ルー、私達三人で、今すぐ王宮へ向かいましょう!」

マリィの号令一下、三人の修道女は、厚手の外套を羽織り、猛吹雪の中、王宮へと向かった。



【場面転換:王宮 - ルンベール子爵との交渉】

ルー達三人が、王宮へと続く第一の城門まで辿り着くと、この極寒の中、外を出歩く修道女の姿に気づいた門番の衛兵が、訝しげな表情で出てきた。

「……何者だ、お前達は。ここは王宮へ続く門であるぞ。何の用だ?」

「私達は、女神セティアにお仕えする修道女にございます。王宮内にいらっしゃるルンベール子爵様に、ご相談したい儀があり、参上いたしました。どうか、お取次ぎ願えませんでしょうか」

ルーレシアが、代表して丁寧な口調で願い出た。

「……ルンベール子爵様に? ……ふむ。……少々待て。上官に確認してくる」

衛兵は、訝しげな表情を崩さぬまま、門の内側へと戻っていった。

外で待たされること、約5分。たった5分ではあったが、現在のヨーデルの外気温はマイナス20度を下回り、凍てつく風が容赦なく吹き付けている。その5分は、彼女達にとって非常に長く、辛い時間に感じられた。

やがて、門の内側から声がかかり、中へ入るよう促された。

「……よし、入れ」

「……ついて来い」

衛兵に案内され、三人は門の脇にある詰所へと通された。中では、焚き火がパチパチと音を立てて燃えており、その暖かさに、三人は心底から生き返るような心地がした。

詰所の奥に座っていた、衛兵長らしき男が、鋭い視線で彼女達を見据え、尋ねてきた。

「……それで? 修道女の方々が、このような猛吹雪の中、わざわざ貴族であるルンベール子爵に、一体どのようなご用件かな?」

エリーが答えようとしたが、それを遮るように、ルーレシアが前に出て、はっきりと告げた。

「それは、直接ルンベール子爵様にお話しする内容にございます。……私達は、法王フェニックス様のご命令により、ここへ参りました」

ルーレシアは、とっさに「法王」の名を騙った。この状況では、それが最も効果的だと判断したのだ。

その言葉を聞いた途端、衛兵長の態度が劇的に変わった。

「なっ……! ほ、法王猊下げいかの……ご命令、と!? こ、これは、大変失礼をいたしました! どうか、こちらへ! 暖まってください! ただちに、ルンベール子爵をお呼びいたします!」

それまでの疑念に満ちた態度は消え失せ、衛兵長は恐縮しきった様子で、部下に子爵を呼びに行かせた。

(……ふふん、やっぱり効いたわね)

ルーレシアは内心でほくそ笑む。一方、エリーとマリィは、ルーレシアの大胆な嘘に驚き、心配そうな視線を送るが、ルーレシアは平然とした態度を崩さなかった。

態度が急変した衛兵達は、それまで自分達が座っていた火に一番近い場所を修道女達に譲り、作り笑顔を浮かべている。三人は、久しぶりに触れる火の暖かさに感謝しながら、エリーは自然と女神への祈りを捧げ、マリィとルーレシアも、それに倣って神妙な顔で祈りのポーズをとった。

しばらくして、ルンベール子爵が慌てた様子で詰所にやって来た。

「ルンベール子爵様、ご到着です!」

カツカツカツ、と速足で入ってきたルンベール子爵は、エリーの姿を見つけるなり、駆け寄ってきた。

「エリー!? どうしたんだ、一体!? 何かあったのか!?」

彼は、エリーのことを幼馴染として、心から心配しているようだった。

「……ごめんなさい、ルンベール様……。突然、押しかけてしまって……」

エリーは申し訳なさそうに俯く。

「何を言っているんだ、エリー。君とは幼い頃からの付き合いじゃないか。困ったことがあれば、遠慮なく言ってくれて構わないんだぞ」

その親密そうな会話を聞いていたルーレシアは、周りの衛兵達の視線を感じながら、再び口を開いた。

「えっと……法王様からのお話ですので、ここでは少々……」

法王の威光が絶大であることを確信したルーレシアは、再びその名を利用した。

「な、何ですと!? あの法王フェニックス様が、この私ごときに……!?」

ルンベール子爵は、驚きと困惑を隠せない。

「ですから、ここでは……。どうか、私達を、子爵様のお部屋へお連れいただけませんでしょうか?」

ルーレシアは、単刀直入に頼み込んだ。エリーとマリィは、そのあまりの図々しさに、ただただ驚くばかりとなっていた。

ルンベール子爵は、周囲の衛兵達からの好奇と期待の入り混じった熱い視線を感じ、もはや断ることはできないと悟った。彼は、ため息をつきながらも、三人の修道女を、王宮内にある自分達(アレック大将が呼び寄せた護衛騎士6名)が寝泊まりしている部屋へと案内することにした。

部屋には、ルンベール子爵と相部屋である騎士、セバスティアンがいた。彼は、突然現れた美しい(少なくとも彼にはそう見えた)修道女三人に驚きながら、ルンベールに尋ねた。

「おいおい、ルンベール。どうしたんだ? こんな綺麗な修道女さん達を、三人まとめて連れてきちゃって?」

「ははは……いや、セバス。俺にもよく分からんのだ。なんというか……そういう流れになってしまってな」

「なんだよ、『そういう流れ』って? さっぱり分からんぞ」

「ち、違うんです! ルンベール様は悪くないんです! 私達が……その……本当は、お願いしたいことがあって、参ったのです!」

たまらず、エリーが真実を話し始めた。ルンベールは、話が全く見えず、困惑する。

「『本当は』? ……お願いしたいこと?」

そこで、ルーレシアが改めて説明を始めた。

「……実は、先ほどは嘘をつきました。私達は、法王フェニックス様の使いではございません。子爵様が、雪の上でも走れるというドラゴンに乗っていらっしゃると、エリーから聞きまして……その力をお借りしたく、お願いに上がった次第です」

「……法王猊下の使いではない……? ドラゴン……ああ、スノードラゴンのことだな。エリー、あのスノードラゴンに、何か用があったのかい?」

ルンベール子爵は、ようやく事情が見えてきたようで、エリーに優しく問いかけた。

それに、エリーが切実な表情で説明を始めた。

「はい、ルンベール様。……実は今、夜明けの塔には、避難してきた多くの信者の方々が身を寄せており、満員の状態でございます」

「そうらしいな。フェニックス法王猊下は、このような厳しい状況下でも、信者達を見捨てず受け入れておられると聞く。実に、尊敬すべきお方だ」

「はい……。しかし……その方々のための食料が、もう完全に尽きかけておりまして……。もう、明日の食事の分すら、残ってはいないのです……」

「……なんだって!? それは、大変なことだ……! いったい、何食分、必要なんだ?」

「……一回の食事だけで、およそ800食分にございます……」

「は、800食!? な、なんという量を……! そんな大量の食料、いくら王宮でも、今すぐには……」

「……それが、ある場所を知っているのです」

ルーレシアが、きっぱりと言った。

「……なんだって? どこにあるというのだ、そんな大量の食料が?」

「……グラティア教の、隠し施設にございます」

「……馬鹿な! 奴らのところに、物乞いに行くというのか!? それは……!」

ルンベールは眉をひそめる。

「いえ、グラティア教徒達は、もうそこにはおりません。大半が、本国へ撤退したそうです」

「……どうして、そんなことを知っている?」

「……私の友人が、教えてくれました」

「その友人というのは……まさか……」

「はい。グラティア教に入信しております」

「……君は……グラティア教徒を、信用するというのか?」

ルンベールは、厳しい表情でルーレシアを見据える。

だが、ルーレシアは、臆することなく、真っ直ぐに子爵の目を見返して答えた。

「いいえ。私は、グラティア教徒を信用したのではありません。……ただ、『友人』を信用しているのです」

その瞳には、強い自信と覚悟が宿っていた。その力強い眼差しに、ルンベール子爵は、思わず圧倒される。彼は、ルーレシアの言葉の裏にある、何か確かなものを感じ取り、次の言葉を選んだ。

「……それで? スノードラゴンを使って、その食料を、夜明けの塔まで運びたいと……そう言いたいのだね?」

ルンベールの言葉に、黙って聞いていたセバスティアンが、快活に口を挟んだ。

「へぇ、察しが良いじゃないか、ルンベール! なるほどな、そういう事情があるなら、俺も手伝うぜ! なあ、ルンベール、仲間達にも話して、皆で手伝ってやろうじゃないか!」

「……そうだな、セバス。……そうしてくれると、助かる」

ルンベール子爵は、トントン拍子で事が進んでいくことに、まだ少し戸惑いを感じながらも、困っている人々を助けるため、そして目の前の意志の強い修道女達の願いを叶えるため、一肌脱ぐことを決意した。

セバスティアンは、すぐさま隣の部屋の扉を叩き、仲間達を呼び集めた。彼らは、アレック大将からの連絡を待ちながら、長時間スノードラゴンの世話をしていたが、一向に連絡が来ないため、部屋に戻って寛いでいたのだ。セバスティアンは、集まった仲間達に事情を説明し、修道女達を助けるための協力を要請した。

「……というわけなんだが。皆、協力してくれるよな?」

セバスティアンが問いかけると、騎士の一人、トーヤと呼ばれた男が、少し渋い顔で言った。

「……しかし、セバス。もし、俺達が食料運びに出ている間に、アレック大将閣下からの呼び出しが来たら、どうするつもりだ?」

「何言ってんだ、トーヤ。俺達をあれだけ待たせておいて、何の連絡も寄越さないんだぞ? まだ待つつもりかよ?」

別の騎士が反論する。

「いや、待ちはしないが……。それにしても、やはり変だ。あの謹厳実直なアレック大将が、待ち合わせの時間に遅れるどころか、何の連絡もないなんて……」

「……もしかしたら、俺達はもう必要なくなったのかもしれんぞ。あるいは、ご自分達だけで、先に出立されたとか……」

「そうだ、そうだ。そうでなきゃ、必ず誰かが呼びに来るはずだろ」

「……お前達。……じゃあ、協力してくれるんだな?」

セバスティアンが、改めて確認する。

騎士達は顔を見合わせ、やがて一人が頷いた。

「……そうだな。ここで待っていても仕方がない。それに、物資を運ぶためのスノードラゴンもソリも、ここには揃っている。……ここは一つ、善行を積んで、女神様の信者の方々のために、一肌脱ぐとしますか」

「ははは! そうだな! 少しは、運も向いてくるかもしれん!」

他の騎士達も、次々と賛同の意を示した。

こうして、ルンベール子爵を含め、6名の騎士全員が協力してくれることが決まった。セバスティアンは、残りの仲間達を呼びに、再び部屋を出て行った。

残った騎士達は、ルーレシアが広げた、デサイアが描いた地図を覗き込み、具体的な計画を練り始めた。

騎士の一人、ランパードが地図を見て提案する。

「これだけ場所が分かっているなら、手分けして、複数の施設を同時に回った方が効率が良いのではないか?」

だが、それに対して、ルーレシアはきっぱりと反論する。

「いいえ。一箇所に貯蔵されている量が多いと聞いています。この猛吹雪の中、戦力を分散させるリスクを冒す必要はありません。まずは、最も近い施設に全員で向かい、そこから確実に食料を運び出すべきです」

騎士に対して、臆することなく、はっきりと意見を述べるルーレシアの態度に、ランパードは一瞬驚いたが、同時に感心した。

(……なんという……理知的で、物怖じしない女性だ。貴族の令嬢達とは、全く違う……)

彼は、素直に感心し、自らの提案を撤回した。

「……なるほど。君の言う通りだ。全員で、一緒に行動しよう」

計画がまとまると、一行はスノードラゴンとソリが待機している王宮の裏手へと移動した。そして、早速、デサイアが示した最初の食料貯蔵施設へと向けて、猛吹雪の中を出発したのだった。







最後まで読んで下さりありがとう、引き続き、つづきを見掛けたらまた読んでみて下さい。 

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