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それぞれの今。

赤い光の球と、真っ白な光を放つ球、それぞれがぶつかり合い

激しく爆発、戦闘地帯は恐ろしいほど広範囲に広がっていた、 

次は何処に現れるのか分からぬ、そんな神々の衝突を見るノベルたちだったが・・・ 

                その78





巨人騎士ゲオリクの挑発を受け、ヴァンデッタは怒りで顔を真っ赤に染め上げた。

「きぃぃぃぃっ! よくも、この私を……!」

半神たるプライドを傷つけられた彼女は、もはや優雅さをかなぐり捨て、燃えるような赤い流星と化してゲオリクへと突撃した!

迎え撃つゲオリクもまた、地上に降り立った時と同様、全身を眩い光の球へと変じさせ、ヴァンデッタの突撃を正面から受け止める!

ドォォォォーーーーーン!!!

二つの超常的なエネルギー体が激突し、再び凄まじい大爆発が赤い荒野に轟いた! 衝撃波が周囲の大気を激しく揺さぶり、極端な気圧の変化を引き起こす。強風が吹き荒れ、何もないはずの空に、黒い雷雲が急速に発生し、大粒の雨…いや、それはもはや雨ではなく、エネルギーの奔流そのものが降り注ぎ始めた。

本来の姿であるエネルギー体へと戻ったゲオリクとヴァンデッタの戦いは、もはや特定の場所に留まるものではなかった。

ボォォォン! ボォォォン!

マルティーナ達がいた場所で激突したかと思えば、次の瞬間には数十キロメートルも離れた地平線で閃光が走り、また次の瞬間には、遥か上空、高度6000メートルを超える成層圏付近で、二つの光がぶつかり合い、爆発を繰り返す。

それは、もはや人間達が知る『戦闘』とは全く異なる、神話の世界のような、次元の違う戦いだった。



【場面転換:ノベル達の状況】

1000年以上の歴史を持つとされるマーブル王国の人々の中で、神々の戦いを目の当たりにするという経験は、恐らく過去に例がないだろう。ノベル達は、期せずして、その最初の目撃者となっていた。

ノベルは、意識のないテリアルを傍らで見守りながら、遠くで断続的に発生する巨大な爆発音と閃光に気づき、立ち上がってその方向を見つめていた。(今度は、一体何が始まったんです……?)

一方、ロゼッタ、リバック、ヒューイの三人は、重傷を負い意識のないベラクレスを運んでいた。巨漢のリバックとヒューイが両側から肩を貸し、半ば引きずるような形で、ノベル達の元へと向かっている。そんな彼らの耳にも、断続的に轟く大爆発の音が届いていた。

「……まただ」リバックが呟く。

一度ならず、何度も繰り返される轟音に、彼らは足を止め、音のする方向…空と地平線に神経を集中させる。何が起きているのか、その正体を知ろうとしていた。

「今度は、一体何が始まったっていうんだ……?」ヒューイが不安げに尋ねる。

「分からないわ……。ただ、何かが何度も、ものすごい規模で爆発してる……としか」ロゼッタも、その異常な現象に眉をひそめる。

「……ここで立ち止まっていても仕方がない。ノベル達はもうすぐそこだ。急ぐぞ」リバックは、得体のしれない状況に長居は無用と判断し、再び歩き出すよう促す。

「……そうね」ロゼッタも頷き、三人はノベル達の元へと急いだ。


ノベル、テリアルと合流し、ベラクレスを地面に慎重に寝かせると、リバック達も改めて、遠方で繰り返される爆発に意識を向けた。注意深く観察すると、爆発は遥か上空で起きていることもあれば、地平線に近い低い位置で起きていることもあるようだ。ここからでは、その爆発の正体までは分からない。ただ、とてつもないエネルギーの衝突が起きていることだけは確かだった。

そんな状況の中、ノベルが周囲を見渡し、ある変化に気づくと声を上げた。

「……皆さん、見てください! 境界が……消えています!」

その声に反応し、他の者達も周囲を見回す。確かに、先ほどまで明確に存在していた、赤い空間との境界線が、いつの間にか消え失せていたのだ。荒野全体が、均一な、不気味な赤い色に染まっている。もはや、境界線は無く、どちらに居ても同じ様にノベルには映っていた。

「……やはり、あの『隕石』が落ちた方へ行ってみましょう」

ノベルは、考えをまとめ、提案を声に出した。

「なんだって!? ノベル、本気か!? あんなヤバいもんが落ちた場所へ行くなんて、危険すぎるだろ!」

ヒューイは、先ほどの恐怖体験が蘇り、ノベルの提案に驚愕し、強く反論している。


「確かに危険は伴うでしょう。ですが、私は、あの『隕石』の正体を知りたいのです。あれほどのエネルギーを持つものが、ただの自然現象とは思えません。そして何より……ベラクレス隊長が、あの方向から飛ばされてきたように見えたということは……」

ノベルは、自らの推測を口にする。

「……もしかしたら、マルティーナ様達も、あの爆心地の近くに……あるいは、あの『隕石』の落下に関わっているのかもしれない、と」

「……ノベル、お前……マルティーナ様達が、あの爆発があった場所にいると考えているのか?」

リバックが、ノベルの意図を汲み取り、真剣な表情で問い返す。

「えっ!?」

「なんだって!?」

ロゼッタとヒューイも、その可能性に気づき、驚きの声を上げる。

「ええ。勿論、確証は何一つありません。あくまで、状況から考えられる可能性の一つです。ですが……もし、万が一、マルティーナ様があちらにいらっしゃって、ご無事であるならば……テリアルを救える唯一の希望になるかもしれません」

ノベルは、か細い望みに賭けるように言った。

「あああああ……! そっか! マルティーナ様なら……!」

その可能性に気づいたヒューイは、先ほどまで半ば諦めていたテリアルの容態を思い、思わず声を上げた。マルティーナの持つ回復の力ならば、瀕死のテリアルを救えるかもしれない。

「だが……どうする? テリアルとベラクレス隊長、二人とも重傷で意識がない。同時に運ぶのは不可能だ。誰かがここに残って、二人を見ていなければならん」

リバックが現実的な問題を提起する。

「……私は行くわ。マルティーナ様がいるかもしれないなら」

ロゼッタは、即座に行くことを表明した。

「私も行きます。どうしても、あの爆発の正体と、マルティーナ様達の安否を確かめたい」

ノベルも、強い意志を示した。

「……お前はどうする、ヒューイ?」リバックが尋ねる。

「……俺は……今回は、ここで待ってるよ。テリアルとベラクレス隊長の二人を、俺が見ておく」

ヒューイは、少し迷った後、後方支援の役割を選んだ。

ヒューイの返事を聞き、リバックは頷いた。

「分かった。なら、俺が行こう。二人を頼んだぞ、ヒューイ」

「ああ、任せとけ!」

こうして役割分担が決まると、ロゼッタを先頭に、ノベル、リバックの三人は、先ほど巨大な光…ゲオリクが落下したと思われる方向へと、再び歩き始めた。



【場面転換:マーブル新皇国 - ヨーデル王宮】

マルティーナ達が、異世界とも呼べる場所で必死に活路を見出そうとしている頃、彼らの故郷であるマーブル新皇国では、事態は深刻さを増していた。

マルティーナ達がヨーデルを出発してから、既に18日が経過していた。首都ヨーデルほどの都市でさえ、備蓄されていた食料や暖を取るための燃料は底をつき始め、飢えや寒さで命を落とす民が出始めている。終わりなき吹雪は、人々の体力だけでなく、希望をも奪い去ろうとしていたのだ。

そんな中、王宮では、ついに貴族達が自らの保身のために動き出した。自分たちの分の食料や燃料の配給を求め、徒党を組んで王宮に押しかけ、王直属の近衛騎士団と衝突する事態にまで発展していた。

現在、ベラクレス隊長に代わって近衛騎士団を率いる副長ケーニッヒは、この状況に苛立ちを募らせていた。彼は、暴力的な手段で要求を通そうとする貴族達を武力で鎮圧し、一室に閉じ込めていたのだ。

「……まったく。国がこのような危機にあるというのに、己の欲ばかりか。貴族の端くれでありながら、国のために命を捧げる気概すらないとは……!」

ケーニッヒは、床に唾を吐き捨てると、怒りを露わにし、貴族達の身勝手な振る舞いに強い嫌悪感を示していた。そして、彼は傍らに控える部下に、冷酷な命令を下す。

「……構わん。見せしめだ。要求を主導した者を何名か、ここで処刑しろ。モーブ王の許可は、後で私が取り付ける」

その非情な命令に、部下の近衛兵の中から、数名が異を唱えようと前に出て来た。

「副長! それは、いくらなんでもやりすぎです! もし、ベラクレス隊長がご帰還なされた後、このようなことをしたと知られたら、どうなるとお思いですか!」

彼らは、まだベラクレスへの忠誠心を失っていなかった。

だが、ケーニッヒは、その忠告を鼻で笑うと、躊躇なく腰の剣を抜き放ち、意見具申した兵士達の喉元を正確に貫いて見せたのだ!

「ぐふっ……! な……!」

突然の凶行に、周囲の兵士達は凍りつく。反撃しようとした者もいたが、ケーニッヒの剣はさらに速く、的確に命を奪っていく。グサッ! ブシュッ!

副長に意見を述べた三名の近衛兵は、その場で即座に処刑されたのだ。

ケーニッヒは、血振るいしながら、残りの部下達を睨みつけ。

「……この者達は反逆者だ。この非常事態において、甘っちょろい感傷に浸り、敵を見過ごせば、我々自身が殺されることになる。それを忘れるな!」

彼は、さらに続けた。

「ベラクレス隊長は、もう18日も戻ってこない。生きて戻る可能性は低いだろう。あるいは、我々を見捨てて逃げ出したのかもしれん。もはや、当てにはできんのだ! 我々は、今、この場で、できる最善を尽くさねばならん! 甘い考えは、自らの破滅を招くだけだ! 死にたくなければ、俺の命令に黙って従え!」

ケーニッヒは、恐怖と、僅かな報酬の匂わせで部下達を掌握しようとする。

「ここで俺の命令通りに働き、功績を挙げた者は、モーブ王陛下に私が直接、その名を奏上してやろう。後々、必ずや感謝されることになるぞ。……分かったら、さっさと事を済ませろ!」

ケーニッヒの威圧と説得(あるいは脅迫)に、残りの近衛兵達は逆らうことができず、彼の命令に従い始めた。彼らは、貴族達が閉じ込められている部屋へと押し入り、武装解除されていた貴族達を次々と殺害していった。当初は首謀者数名だけの処刑のはずだったが、抵抗する者が出たことで事態はエスカレートし、最終的に20名近い貴族が、「反逆者」として殺害され、その亡骸は見せしめとして王宮内に晒されることになっていた。

その惨状を目の当たりにした、まだ無事だった貴族の一人は、絶望に打ちひしがれながら呟いた。

「……もう終わりだ……。この国は、終わった……。モーブ王は……狂ってしまわれたのだ……」



【場面転換:モーブ王とカイ・バーン】

このような王宮内での惨劇を知らない国王モーブは、数名の重臣だけを引き連れ、父である先王カイ・バーンの部屋を訪れていた。食料は尽きかけ、民だけでなく貴族までもが不満を爆発させている。もはや、打つ手がないと感じたモーブは、父に助言を、あるいは慰めを求めてやって来たのだ。

「父上……。もう、時間がございません。マルティーナ達は一向に戻らず、貴族達までが王宮に詰めかけ、怒りの声を上げております……。一体、私は……私はどうすればよろしいのですか……」

モーブは、王としての威厳もなく、弱々しく父に訴えた。

カイ・バーンは、そんな息子を静かに見つめると、厳しい現実を突きつけた。

「……モーブよ。この吹雪が止んだとしても、弱体化したマーブルに、隣国のラガン王国が攻め寄せてくるのは時間の問題であろう。そして、このまま吹雪がやまねば、我々は餓死するか、凍死するかのどちらかしかない」

「……そこでじゃ。儂は、フォビオを連れて、この国を離れようと考えておる」

「なっ……! 父上!? この国を……見捨てると、おっしゃるのですか!?」

モーブは信じられないといった表情で父を見つめる。

「見捨てるのではない。……これも、バーン家の血を、そしてマーブル再興の可能性を未来へ繋ぐための、苦渋の決断なのだ」

「……一体、どのようにお考えなのですか!」

「説明しよう。まず、現王であるお前がこの国を出るという選択肢はない。王が国を捨てれば、この国は即座に瓦解し、一人も助からぬだろう。それは、最も悲惨な結末じゃ」

「……うぅぅ……」

「それに、以前話したロマノス帝国との交渉だが、もはや手土産が国の秘宝一つ程度では、到底成立せまい。マルティーナの首を差し出すという案も、吹雪によってマーブルがこれほど弱体化した今となっては、ロマノス帝国にとって何の価値もないものになってしまった」

「……それでは、我々はもう、打つ手なく滅びるしかないと……?」

モーブの声に、絶望の色が濃くなる。

「……いや、まだ希望はある。……フォビオがおる」

「フォビオが……? あの子が、何の役に立つと?」

「分からぬか、モーブ。フォビオは、お前とマルティーナという、二人の優れた兄姉の影に隠れ、これまで世間にほとんど知られずに育ってきた。……その『影の薄さ』が、今回は役に立つのだ。フォビオを密かに国外へ逃がし、王家の血脈を他国で存続させる。そして、いつの日か、マーブル再興の旗頭とするのだ」

「……国外へ……。一体、どこへ亡命させようと、父上はお考えなのですか?」

「……それは、お前には言えぬ。……モーブよ。そなたは、このマーブル新皇国の王として、最後までこの地に残り、民と共に戦い、そして……その名を歴史に刻むのじゃ。ラガンに屈することなく、最後まで国と民を守ろうとした王として……な。さすれば、いつかマーブルが再興された暁には、そなたの名は『英雄王モーブ』として、永遠に語り継がれることになるであろう」

「な……! 名前を……歴史に……」

モーブは、父の言葉の意味を理解し、息を呑んだ。

「左様。それ以外の道を選べば……例えば、お前が国外へ逃亡すれば、そなたは『民を見捨てて逃げ出した臆病者の王』として、未来永劫、汚名を着ることになる。……それで、良いのか、モーブ王?」

「……うぅぅ……。……な、ならば、なぜ父上は、フォビオと共に……?」

「……フォビオは、まだ若い。王としての教育も、経験も、全く足りておらぬ。儂がそばに付き、一から教え育てねば、到底、将来、国を再興できる器にはなれぬであろう。王としての帝王学は、王を経験した者でなければ、真に教えることはできぬ」

「それでは、せめて、重臣達を付けてくだされば……!」

「……それもならぬ。フォビオを育てるには、儂だけでなく、信頼できる側近達の力も必要じゃ。国を再興するには、政治、軍事、外交……あらゆる分野に通じた者が必要となる。……モーブよ。お前の傍らにも、信頼できる者は残そう。だが、未来のため、何名かの重臣は、儂と共に連れて行く。……これも、苦渋の決断じゃ」

「……父上だけでなく、重臣達までも……私から取り上げる、と……」

モーブの声は、力なく震えていた。

「……ふっ。何を怖れておる、モーブ。そなたは、これから英雄となる道を歩むのじゃぞ。もっと堂々とせよ! その雄々しい姿を、残る家臣達に、そして民に見せてやれ!」

父、カイ・バーンの冷徹なまでの計画と、自らに課せられた運命を知り、モーブは最初、父に対する殺意にも似た激しい怒りを覚えた。だが、冷静に考えれば、父の言う通りなのかもしれない、とも思った。自分がもし逃げ出した場合、その末路はあまりにも惨めで、不名誉なものになるだろう。他国に亡命できたとしても、国を見捨てた王として蔑まれ、孤独な余生を送ることになる。あるいは、道半ばで捕らえられ、晒し者にされるかもしれない。そんな汚名を着るくらいなら……最後まで王として、この国と運命を共にする方が……。いや、そうするしかないのだ。モーブの中で、徐々に覚悟が固まっていった。怒りは諦念へと変わり、そして、わずかながら、英雄として名を残すという未来に、心が動かされ始めていた。

「……父上。……それでは、いつ、ご出立なさいますか?」

モーブは、感情を押し殺し、静かに尋ねる。

「……覚悟を決めたか、モーブ。……それでこそ、バーン家の王だ。……信じておったぞ」

カイ・バーンは、息子の変化を見て、満足げに頷いた。

「……そうだな。準備が整い次第……明日にも出立する。ぐずぐずしておれば、この最後の希望すら、失うことになりかねん」

「……バーン家の未来を……フォビオに、託すことに……なるとは……」

モーブは、まだ割り切れない思いを抱えながら、呟いた。

「……すまぬ、モーブ。儂なりに、あらゆる手を考えた。だが、これしか道は残されておらんかったのだ……」

「……分かりました、父上。……私は、残された僅かな時間を、この国の王として、私自身の誇りのために使いたいと思います。……これにて、失礼いたします。……おそらく、これが、今生の別れとなりましょう」

「……うむ。……頼んだぞ、モーブ」

モーブ王は、最早これまで、という諦めと、わずかな決意を胸に、カイ・バーンの部屋を後にした。そして、誰にも見送られることなく、自らの部屋へと戻っていく。

そのモーブ王の後を、一人だけ、静かについていく人物がいた。宰相のハウゼンである。

「モーブ陛下。お待ちください」

「……何だ、ハウゼン。今の私には、感傷に浸る時間すら残されておらぬのだ。邪魔をしないでくれ」

「決して、お邪魔はいたしません。ただ、ほんの少しだけ、私の言葉をお聞き届けくださいませぬか」

そう言われ、モーブ王は足を止めずに言った。

「……少しだけだぞ」

歩きながら、ハウゼンは静かに、しかし強い意志を込めて言った。

「……陛下。私も、陛下と共に、この地に残ります。どうか、最後まで、陛下のお側にお仕えする栄誉をお許しください」

その言葉に、モーブは初めて足を止め、ハウゼンの顔を見た。

「……許可しよう。好きにするがよい。……共に、死ぬことになるのだがな」

モーブはそれだけ言うと、再び歩き出し、王の私室へと消えていった。

ハウゼンは、もう老齢だった。この極寒の中、若者達と共に逃亡の旅に出たとしても、足手まといになるだけだろう。彼は、自らの役割は終わったことを自覚していた。ならば、最後まで王に仕え、このマーブルの地で、己の生涯を終えよう。そう考えていたのだ。



【場面転換:カイ・バーンの部屋 - 亡命計画】

一方、カイ・バーンの部屋には、まだ二人の重臣が残っていた。デバッグ元帥とアレック大将である。彼らは、かねてより練っていた計画…フォビオ王子を国外へ逃がすための具体的な段取りについて、カイ・バーンに最終報告と確認を行っていた。

「……して、計画は?」カイ・バーンが問う。

アレック大将が、地図を広げながら説明を始めた。

「はっ。まず、フォビオ様に同行する兵士ですが、特に信頼厚く、腕の立つ貴族の子弟6名を選抜いたしました。いずれも剣の腕はA級、知略にも長け、数カ国の言語にも通じております」

「次に、亡命先ですが、ノース大陸の最北東に位置する【アイアンイースト共和国】に決定いたしました」

「アイアンイースト……。なぜ、そこを選んだ?」

「はっ。密偵からの情報によりますと、アイアンイースト共和国は、グラティア教の布教を頑なに拒んでおり、ロマノス帝国の影響力を未だに跳ね除けている、数少ない独立国家の一つとのことです。我々が身を寄せるには、最も安全な場所と考えられます」

「……その情報は、いつのものだ?」カイ・バーンは慎重に尋ねる。

「……7ヶ月ほど前の報告になります」

「では、その報告をもたらした密偵が、実際にその情報を得たのは、いつ頃だと考える?」

「……さようでございますな。アイアンイーストは最北東の辺境。密偵の足でも、かの地からヨーデルまで戻るには、早くとも3ヶ月から4ヶ月は要したかと……」

「……ならば、その情報は、実質、1年近く前のものということになるな。今も、状況が変わっていないと、確信できるか?」

「……カイ・バーン様。申し訳ございませんが、それは……私にも分かりかねます。ですが、現状で得られる情報の中では、最も確実性の高い選択かと……」

「……まあ、よかろう。分かる範囲でよい。続けよ」

「はっ。……本来であれば、我々と同じく光の神々を信仰する【神聖モナーク王国】への亡命が、最も受け入れられやすく、距離的にも近いと考えられます。陛下が王であられた頃より、かの国には最も多くの密偵を派遣し、情報収集に努めてまいりました。中には、農民や町民として現地に溶け込み、定期的に情報を送ってくる者もおります」

「しかし、その者達からの最新の情報によりますと、近年、モナーク国内でもグラティア教の布教活動が急速に勢いを増しており、国内情勢は不安定化しているとのこと。残念ながら、安全な亡命先とは言えなくなり、候補から外さざるを得ませんでした」

「また、マーブルとアイアンイーストの中間付近に位置する、小国連合国家【プレアデス】についても検討いたしましたが……」

「プレアデス……あそこは、なぜ外した?」

「はっ。プレアデスは、極めて排他的な気質を持つ国であるとの報告が多数寄せられております。他国からの来訪者を強く拒絶する傾向があり、単独で潜入した密偵ですら、数日以上の滞在は困難であったとのこと。そのような場所に、我々のような亡命者の一団が、身を寄せることは不可能と判断いたしました」

「ふむ……。では、アイアンイーストならば、確実に受け入れられると?」

「はい。アイアンイーストの現国王は、無類の宝石好きとして知られております。そこで、我が国に残された最後の国宝【蒼龍のそうりゅうのしずく】…これを手土産として交渉すれば、必ずやフォビオ様達を受け入れてくださるものと、確信しております」

【蒼龍の雫】――それは、握り拳ほどもある巨大なブルーダイヤモンドであり、内部に強大な魔力を秘めているとされる。遥か昔、我が子を失った蒼龍が流した悲しみの涙が、長い年月を経て結晶化したもの、という伝説が残されている。

「……なるほど。【蒼龍の雫】か……。よかろう。それで、アイアンイーストまでの道のりはどうする? この吹雪の中、徒歩では到底辿り着けまい」

「はっ。その点も抜かりはございません。耐寒能力に優れたスノードラゴンが引くソリを3台、用意いたしました。また、護衛の騎士達にも、それぞれ専用のスノードラゴンを用意しております。ソリ1台につき4名は乗れますが、長旅に必要な物資を運ぶため、1台は荷運び用といたします」

「うむ。……では、フォビオと儂はソリに乗るとして……護衛の騎士6名は、それぞれの騎乗用ドラゴンでソリを引くことになるのか?」

「いえ、ソリを引くのは、専用の牽引用スノードラゴン3頭でございます。騎士達は、護衛に専念いたします。ソリには、まだ5名分の空きがございますが、いかがいたしましょう?」

「……そうじゃな。フォビオの妃候補として、以前目をつけていた伯爵家の令嬢がおったな。あの娘を連れて行こう。それから、身の回りの世話をさせるメイドも、信頼できる者を数名、厳選しておけ」

「はっ、承知いたしました。……それで、アレック大将。あなたは最後までお供するとのことですが……デバッグ元帥は、ヨーデルに残るとおっしゃっておられますが……」

アレック大将が、隣に立つデバッグ元帥に視線を送る。

デバッグ元帥は、静かに頷いた。

「うむ。儂は、ここに残る。モーブ陛下をお支えし、最後までマーブルの兵として戦うつもりでおりますカイバーン様」

「……そうか、デバッグ。……残るのか。……モーブのこと、頼んだぞ。……それから……今更かもしれんが……もし、マルティーナが生きて戻ってきたら……儂が、すまなかったと……そう、伝えてはくれまいか……」

カイ・バーンは、珍しく、弱々しい声で言った。

「……はっ。必ずや、お伝えいたします」

デバッグ元帥は、厳粛な面持ちで答える。

「……すまん、デバッグ。……後のことは、頼む」

明日の早朝を出立の刻と定め、フォビオ亡命計画に関する最後の打ち合わせは終わった。マーブル新皇国の未来は、もはや風前の灯火となっていた



最後まで読んで下さりありがとう、またつづきを見掛けたら読んでみて下さい。

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