魅惑の【ヴァンデッタ】その2
ほんの僅かだ、ほんの僅か、それは感じられた、しかしそれまで数えられない程の
戦いを経て、今の地位にまで登ったヴァンデッタだったからこそ
そのごく僅かな危険を察知出来たのだ、
知らなければあっさり片が付いてただろう、だが知ってしまった
ヴァンデッタは、自分自身が作り出す圧倒的存在の影に怯え、
最高の獲物を奪い取られると錯覚、焦り始める。
その77
ヴァンデッタは、マルティーナの内なる存在に一瞬怯んだものの、すぐに表情を引き締め、覚悟を決めた。半神である彼女にとって、人間など本来、自らが直接手を下す価値もない、ノミのような存在に過ぎない。だからこそ、シャナのような『人形』を作り出し、それを操って人間達をいたぶり、目的の『写し身』を手に入れる…そんなお遊びを楽しむつもりだったのだ。
しかし、予期せぬ邪魔(マルティーナの内なる存在)と、新たな邪魔者(ゲオリクの出現)によって、もはや遊んでいる場合ではないと判断した。ヴェンデッタは、お遊び気分をピタッと切り捨て、本気モードへと移行した。
その瞬間、シャナの精神と繋がっていた『魅惑の赤糸』が、プツリと断ち切られた。ベラクレスに止めを刺そうと魔槍を振り上げていたシャナは、操り糸が切れた人形のように全身を硬直させ、そのままバタリと地面に倒れ伏す。倒れたシャナは、完全に意識を失っていた。
ヴェンデッタは、もはやシャナには一瞥もくれず、ジロリとマルティーナを睨みつけ。マルティーナの内から感じる、あの得体の知れない巨大な存在からのプレッシャーに、僅かな焦りの色を見せながらも、彼女の瞳は獲物を捉えた捕食者のようにギラついていた。
(……厄介な気配が混じってはいるけど、所詮はまだ孵化前のヒヨコ。あの邪魔な闘神が現れた今、ぐずぐずしている暇はないわ!)
ヴァンデッタは、目標物であるマルティーナを一刻も早く手に入れ、喰らってしまおうと、ついに自ら動き始めた……。
【場面転換:少し前の時間 - ノベル達の状況】
その頃、ノベル達は、遠方に見える不気味な赤い領域…ヴェンデッタが展開した『魅了の空間』の境界線付近まで到達していた。
遠くから見た時は、血の雨でも降っているのかと思ったが、近づいてみると、空間そのものが明確に色分けされていることが分かった。境界線の内側は、毒々しいまでの深紅色に染まり、外側の荒野とは明らかに異質な空気を放っている。得体の知れない、禍々しい気配に、一行は足を止め、躊躇していた。
「……この境界線の向こう側……何かがおかしい。空気が、重い……」
ノベルは、境界線から漏れ出してくる微かなオーラを感じ取り、警戒心を露わにする。
「確かにな。なんだか、吸い込まれそうな……嫌な感じがするぜ」
リバックも同意。
「あの赤い空間、入るべきかな? それとも、避けて通るべきかな?」
ロゼッタが問いかける。
一行が、境界線の前で立ち止まり、どうすべきか話し合っていた、まさにその時だった。
進行方向の後方…彼らが歩いてきた空から、凄まじい光を放つ『何か』が、猛スピードで落下してくるのが見えた!
「……隕石かっ!?」
ノベルとリバックが、ほぼ同時に空を見上げ、そう叫んだ。しかし、次の瞬間にはもう遅かった。
それは、まさに一瞬の出来事だった。光の塊は、彼らが立っている場所からそう遠くない地点の地面に激突した! その瞬間、
ドゴォォォォーーーーーーーン!!!
鼓膜を破るかのような、強烈な爆音が轟き渡る!
「キャアアッ!! な、何なの!?」
ロゼッタが悲鳴を上げる。
「伏せろ! 岩陰に!!」
ノベルは、咄嗟に近くにあった大きな岩陰を指差し、叫んだ!
ロゼッタとヒューイは、ノベルの声に反応し、慌てて岩陰へと飛び込む!
だが、テリアルを担いでいたリバックは、すぐには動けなかった。彼は、即座にその場に低くかがみ込み、大盾スパイクシールドを、落下地点の方向へ、頭上を守るように大きく傾斜させ、来るであろう衝撃波に備えた!
直後――
「うおおおおぉぉぉぉっ!!」
凄まじい衝撃波の第一波が、リバックたちを襲った!
ゴォォォォォォォォォォーーーーーッ!!!
周囲の大地が揺れ、地面にあった砂や石ころ、大きな岩までもが、まるで木の葉のように吹き飛ばされる! 轟音と地響き、そして凄まじい風圧! 岩陰に隠れたノベル達も、必死にしがみつき、目を固く閉じて耐えるしかなかった。
僅か数秒。しかし、長く感じられるほどの時間が過ぎ、衝撃波の第一波が通り過ぎると、ロゼッタは恐る恐る顔を上げた。
「……い、今の……一体、何だったの……?」
声が震えている。
だが、ノベルは即座に警告した。まだ終わっていない、と彼は予測して。
「油断しないでください! まだ来ます!」
ノベルが怒鳴るように叫んだ、その直後!
第二波が襲来した。それは、爆心地から巻き上げられた大量の砂、石、岩の破片、そして粉塵の津波だった! 猛烈な勢いで飛来する礫の嵐が、ロゼッタ達が隠れる岩陰を叩き、周囲の全てを飲み込んでいく!
スパイクシールドだけでは全身を守りきれないと判断したリバックは、咄嗟に意識のないテリアルの上に覆いかぶさるようにして庇い、傾斜させ被せたシールドをさらに傾斜させて防御姿勢を取った。凄まじい速度で飛来する砂利や岩片が、彼の銀製のフルプレートアーマー…その内側に刻まれた防御ルーンが輝きを放つ鎧に、ガガガガガッと激しくぶつかり、火花を散らす! リバックは歯を食いしばり、その衝撃に耐え続けた。
やがて、粉塵の嵐も通り過ぎ、辺りには再び静寂が(轟音の後の耳鳴りを除けば)戻りつつあった。
岩陰で爆風と粉塵を耐え抜いたノベル達は、互いの無事を確認し、すぐにリバック達の安否を確かめようと動き出す。
しかし、周囲はまだ舞い上がった粉塵で視界が悪く、衝撃波が来る直前までリバックがいたはずの場所も、砂利や土砂に埋もれてしまっているのか、すぐには見つけられない。
「ノベル! ヒューイ! 無事なの!?」
ロゼッタが、まず近くにいたはずの二人に呼びかける。
「ああ、なんとか無事だよ、ロゼッタ! しかし、とんでもない目に遭ったな!」
ヒューイの声が、咳き込みながらも返ってきた。
「私も無事です! 二人とも、お怪我はありませんか?」
ノベルも無事を確認する。
「俺はない!」
「私も大丈夫よ!」
「この岩陰がなければ、危なかったですね……。ですが、リバックさんとテリアルが……あの爆風に巻き込まれてしまった……!」
ノベルの顔に、再び不安の色が浮かぶ。
「ええ……私も最後にちらっと見えたわ。あの辺りで、屈んでいたはず……!」
「掘り起こしましょう! 急いで!」
三人は、リバック達がいたと思われる場所へ駆け寄り、砂や砂利に埋もれているかもしれない二人を助け出すため、手やナイフで必死に掘り起こし始めた。
「ごほっ、ごほっ……!」
しかし、まだ周囲には粉塵が立ち込めており、スカーフや布で口鼻を覆っていても息苦しい。視界も悪く、正確な場所を特定するのは困難だった。
「リバック! おい、リバック! 大丈夫か、リバック!」
ノベルが呼びかける。
「生きてるわよね、リバック!? 生きてたら返事しなさい!」
ロゼッタも叫ぶ。
「おーい、リバック! あんたのことは、正直よく知らないけどさ……! いつも俺達の前に立って、攻撃を引き受けてくれてたことには、感謝してたんだ! こんな所で、くたばったりしないでくれよな!」
ヒューイも、彼なりの言葉でリバックの無事を祈る。
三者三様ではあるが、パーティの盾役として、常に最前線で体を張っていたリバックの存在が、いかに重要であったか、そして彼を頼りにしていたかを、改めて感じていた。
そうこうして、必死に砂利を掻き分けていると、見覚えのある巨大な盾の一部が、ロゼッタの目に留まった。
「あった! これ、リバックの盾よ! ここだわ!」
その声を聞き、ノベルとヒューイも駆け寄り、三人がかりで盾の周りを掘り進めていく。
【場面転換:逃亡者ダクソン】
一方、こちらは、マルティーナ達の戦場から遠く離れた場所。魔女カナンが火の巨人達を召喚したのを見て、戦わずしてその場から逃げ出していたハンターのダクソンの姿があった。
A級冒険者としての実力は確かにあるはずの彼だが、かつて遭遇した神獣ヨトォンの圧倒的な力と、目の前で仲間が惨殺された光景が、彼の心に深い傷…PTSD(心的外傷後ストレス障害)を残していた。その恐怖から、彼は危険な存在から逃げることしか考えられなくなっていたのだ。パーティ内でもともと影が薄かったこともあり、混乱の最中、彼が戦線離脱したことに気づく者はいなかった。
(怖い……怖い……! あんな化け物、相手にできるはずがない……!)
彼はただひたすら、マルティーナ達が戦っていた場所から遠ざかろうと走り続けていた。既に2キロメートル近く離れていたが、心の恐怖は消えず、足を止めることができない。
やがて、体力が尽き、走るのをやめて歩き始めた、まさにその時だった。
ドゴォォォォーーーーーーーン!!!
後方から、とてつもなく大きな爆発音が、大地を揺るがす振動と共に彼の元へと届いた。そして、間髪入れずに、凄まじい衝撃波と、砂、砂利、粉塵の津波が彼を飲み込んだ。
「ぐわぁっ!」
ダクソンは爆風に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。何が起きたのか、全く理解できない。
(……ば、罰が当たったんだ……。仲間を見捨てて、一人で逃げた……罰が……)
彼は朦朧とする意識の中で、そう思った。もう、どうでもいい。このまま、ここで死んでしまおう。そう諦めかけた。
粉塵に埋もれ、息ができなくなりかける。だが、死の恐怖が、再び彼を襲った。
(……し、死にたくない……! 助かりたい……!)
本能的な生存欲求が、彼を突き動かす。ダクソンは必死にもがき、粉塵の中から這い出そうとした。
その時、彼の手に、砂の中に埋まっていた何か硬い棒のようなものが触れた。何だろう、と思い、掴んで引き抜いてみる。それは、穂先が血のように赤い金属でできた、見慣れない形状の槍だった。
(……槍? なぜ、こんなところに……?)
彼は、その奇妙な槍を杖代わりにして、よろよろと立ち上がった。そして、再び恐怖に駆られるように、呟いた。
「……だめだ。まだ、足りない……。もっと、もっと遠くへ逃げないと……」
ダクソンは、手に入れた赤い槍を引きずりながら、再び当てもなく荒野を歩き始めた。
【場面転換:ノベル達 - 生存者の発見】
ノベル達は、懸命な救出作業の末、砂と砂利の中から、リバックと、彼に庇われていたテリアルを無事に掘り出すことに成功した。リバックは全身打撲と擦り傷を負ってはいたが、幸いにも致命傷はなく、意識もしっかりしていた。テリアルも、リバックが身を挺して守ったおかげで、新たな怪我は負わずに済んだようだ。
一行は、ひとまずその場でリバックの体力が回復するのを待つことにした。その間に、空を舞っていた粉塵もかなり地面に落ち、視界は随分と開けてきていた。
待っている間、ロゼッタとヒューイは、再び周囲の警戒と、何か手がかりがないかの探索を始めた。その数分後、テリアルの傍らでリバックの様子を見ていたノベルの元へ、ヒューイが再び慌てた様子で駆け戻ってきたのだ。
「大変だ、ノベルさん!」
その声に、ノベルと、ようやく体を起こせるようになったリバックが反応する。
「どうしたんですか、ヒューイ!」
「今度は何が大変なんだ?」
「べ、ベラクレス隊長を知ってるだろ!?」
「もちろんです! マーブル王国最強の剣士と謳われた方でしょう!?」ノベルが答える。
「ああ、俺も名前くらいは知っている」リバックも頷く。
「そのベラクレス隊長が……! あっちで……横っ腹と肩から血を流して、倒れてるんだ!」
ヒューイは、息を切らしながら報告した。
「なんだって!? ベラクレス隊長が、なぜこんな所に!? では、マルティーナ様はご無事なのか!?」
ノベルは驚愕し、マルティーナの安否を気遣う。
「マルティーナ様の姿は見えなかった……。俺が見つけたのは、ベラクレス隊長と……それから……」
ヒューイは言葉を詰まらせる。
「ベラクレス隊長と? あと誰がいたんです?」
「……それが……角が生えてて、翼のある……真っ赤な髪の女なんだ……」
「……! では、その女がベラクレス隊長を!? まさか……悪魔か何か……!?」
ノベルは最悪の事態を想像する。
「そこまでは……分からん。ただ、二人とも倒れてたんだ」
「……まあ、そうですね。状況が全く分かりません。……分かりました、私も行ってみましょう」
ノベルは立ち上がる。
「待て、ノベル。お前さんじゃ、あんなデカい男は運べんだろう」
リバックが制止する。
「それは……そうですが……」
「お前はテリアルを見ていてくれ。……ヒューイ、案内を頼む」
「わ、分かった! こっちだよ!」
ヒューイに案内され、リバックがベラクレスが倒れている場所へ向かうと、既にロゼッタが先に到着しており、心配そうに様子を窺っていた。リバックが近づくと、「こっち、こっち」と手招きする。
リバックは、倒れているベラクレスの状態を素早く確認した。頑丈なプレートアーマーを装着しているにも関わらず、左肩と右の脇腹に、槍で貫かれたような深い穴が開いており、そこから今も夥しい量の血が流れ出ていた。
「……これは酷い。かなり重傷だぞ……! くそっ、早く止血しないと! 布だ! 血を抑えるための布がいる! 何かないか!?」
リバックは叫ぶが、一行が持っている布といえば、せいぜいマスク代わりに口鼻に巻いていたスカーフか、あるいは着ているシャツくらいしかない。これほどの重傷の止血には、明らかに足りない。
リバックは、自分のシャツを使おうと、重いプレートアーマーを脱ごうとし始めた。
「待って! 私のを使って!」
重装備のリバックが鎧を脱ぐのには時間がかかる。それを見て、比較的軽装だったロゼッタが、素早く自分の上衣を脱ぎ始めた。
「……! ちょっと、見ないでよ!」
つい見とれてしまっていたリバックとヒューイは、慌てて顔を伏せる。
「……わ、悪い。……しかし、今はそんな場合じゃないな」リバックが言う。
「……本音を言うと、もっと見たいが……まあ、今は我慢だな」ヒューイは正直な感想を漏らした。
ロゼッタは、手早く上衣の下に着ていた丈夫なシャツを脱ぎ、再び上衣を着けると、そのシャツをリバックに差し出した。
「これを!」
「よし! これで脇腹の傷口は圧迫できる! あとは……肩だな」
リバックは、次にヒューイの方を見た。
ヒューイは、「……今度は俺の番か」と観念したように、自分のシャツを脱ぎ始めた。
「……ちょっと汗臭いかもしれんが、我慢してくれよ」
「ははは、大丈夫だ。彼は気を失っている」
リバックは苦笑しながら、ヒューイのシャツを受け取ると、それできつくベラクレスの肩の傷口を縛り上げた。
応急処置の止血を終えると、リバックは周囲を見渡し、尋ねる。
「それで……ヒューイが見たという、その『化け物』とやらは、どこにいるんだ?」
ヒューイは、ロゼッタが立っている場所から少し離れた地面を指差した。
「……あそこだ。あそこで、倒れてる」
カツ、カツ、カツ……。リバックは、重い足音を立てて近づき、地面に倒れている存在を見た。それは、気を失っているのか、ぴくりとも動かない。確かに額には角が生え、背中には蝙蝠のような翼が生えている。髪は燃えるような赤。
「……確かに、翼と角があるな。悪魔の一種か……?」
「それは分からないわ。でも、見てて気づいたんだけど……この人、いつもマルティーナ様の傍にいた、あの護衛の女性に、すごく似ているのよ」
ロゼッタは、先ほどから観察していて気づいたことをリバックに伝えた。
「なんだって!? まさか……シャナと呼ばれていた、あの槍使いの護衛か!?」
「そう、シャナさんよ! 髪の色も長さも全然違うし、角や翼もあるけど……顔立ちは、瓜二つだわ」
「……だとしたら、今のうちに止めを刺しておくのは、止めておいた方が良さそうだな……」
リバックは、先ほどとは違う判断を下す。
「……ちょっと、リバック。何の情報もないのに、殺す気だったの?」
ロゼッタが、少し呆れたように尋ねる。
「当然だ。正体不明の化け物は、それだけで危険だ。何をしてくるか分からん以上、リスクは可能な限り排除する。それが、生き残るための基本だ」
リバックは、こともなげに答える。
「じゃあ……もし、本当にあのシャナさんだったら、どうするつもり?」
「……分からん。なぜこんな姿になっているのかも、ベラクレス隊長がなぜあのような重傷を負っているのかも、今の俺達には何も分からん。……だが、これだけは確かだ。ベラクレス隊長の肩と脇腹に開いた穴は……槍で貫かれた傷跡だ。俺の目には、そう見えた」
リバックは、断定的な口調で言う。
シャナがラバァルとの戦いで見せた、恐るべき槍の技を思い出し、ロゼッタは息を呑んだ。
「……それじゃあ、まさか……彼女が、ベラクレス隊長を……!?」
「……あくまで推測だがな。だが、状況から見て、その可能性はかなり高いだろう」
変わり果てたシャナ(と思われる存在)と、重傷を負ったベラクレス。この異常な状況を前に、ロゼッタとリバックはどうすべきか考えあぐねていた。
ひとまず、今は、倒れたまま動かないシャナ(?)はそのままにしておき、ベラクレスをノベル達の元へ連れて行くことを優先することにした。
【場面転換:ゲオリクとヴェンデッタの対峙】
一方、マルティーナ達がいた場所では、冒険者達が到着する少し前、別の次元の戦いが始まろうとしていた。
大きな隕石が落下したかのような衝撃と共に降臨した巨人騎士ゲオリク。彼は、自らが降り立った衝撃でできたクレーターの中心でゆっくりと立ち上がり、その背に広がる純白の翼を二度はためかせた。周囲には、彼が張った防御結界によって守られた、気を失った王国兵士達が横たわっている。
ゲオリクは、彼らの安全を確認すると、その鋭い視線をただ一点…宙に浮遊する【ヴァンデッタ】へと向けた。その瞳には、揺るぎない決意と、抑えきれない怒りの炎が宿っている。
「……貴様などに、マルティーナは渡さん」
ゲオリクの静かな、しかし絶対的な拒絶の意思が、空間に響く。
「キヒヒヒヒヒ♪ あら、あらあらあら? これはこれは……とんだ『おじゃま虫』が湧いたものねぇ。……ゲオリク。よりにもよって、あなたがどうして、私の邪魔をするのかしら?」
ヴァンデッタは、余裕の笑みを崩さずに問いかける。
「……白々しい。お前が『写し身』のことに気づいたのは、バルモント宮での我々の話を聞いていたからであろう」
ゲオリクは断定する。
「あら? バレちゃってたのね♡」
ヴァンデッタは、あっさりと認めた。
「無論だ。それ以外に、お前がマルティーナを狙う理由など、ありはしない」
「あら、そうなの? 聞かれてたって、気づいてたわけじゃなかったのねぇ。ふふ、余計なおしゃべり、しちゃったかしら?」
ヴァンデッタは、わざとらしく舌を出す。
「……そんな戯言は、どうでもよい。繰り返す。貴様などに、マルティーナは渡さん」
ゲオリクの意思は揺るがない。
「あらあら、ずいぶんと、やる気になっちゃって。……でも、ダメよぉ、ゲオリク? 今回ばかりは、私も本気なの。何があろうと、あの『写し身』は……私が貰うわ」
そう宣言すると、ヴァンデッタの全身から放たれる魅惑のオーラが、それまでの比ではないほどに増大した! 周囲の赤い空間が、さらに濃く、深く、粘性を帯びたかのように変化し、凄まじいプレッシャーがゲオリクを襲う。
それに対し、ゲオリクもまた、その手に持つ巨大な剣…かつて【天砕】と呼ばれ、今は【スカイブレイカー】と名を変えた神剣を構え、全身から黄金色の、純粋な闘気を迸らせる!
半神の放つ禍々しい魅惑のオーラと、元・光芒天軍団長の放つ神聖な闘気が、空間で激しく衝突し、せめぎ合う! バチバチと火花が散るかのような、壮絶な気の応酬が始まった。
「きぃぃぃぃっ! それが……! かつて、神々が引き起こした大戦のおり、大神ラーナより光の一軍を率いた団長たる証として授けられたという……『天をも砕く』と言われる剣ね……! まさか、そんなあなたと戦う事に成るなんてね……!」
ヴァンデッタは、ゲオリクが持つ剣の正体を知っていた、何処かで調べていたのだろう、そして僅かな嫉妬の色を見せている。
「ほう……。随分と、よく調べたものだな。……今は、スカイブレイカーと名を変えているがな」
ゲオリクは淡々と答える。
「キヒヒヒヒヒ♪ あなたが、かつては大神に仕え、その中の一軍を率いたほどの存在だったということは、我らが主、夜の神テネブレス様から、よぉーく聞かされていたわ。『ゲオリクには、決して手を出すな』ともね。……でもねぇ、ゲオリク? それも、もう過去の話よ!」
ヴァンデッタの声に、侮蔑と自信が混じり始める。
「今のあなたは、ただの落ち目の元・軍団長。それに引き換え、私は! 半神という屈辱的な地位から、自らの力だけで、夜の神の懐刀…実質ナンバー3のヴァンガードにまで登り詰めたのよ! その間、あんたは一体何をしていたっていうの? バルモント宮なんていう辺境に引きこもって、ただ平和な日々を貪っていただけでしょ!」
「そんな、牙の抜け落ちた老兵に、この私が負けるはずがないわ! 覚悟なさい、ゲオリク! あんたの神聖なエネルギーも残らず吸いつくして、私は、夜の神をも凌ぐ、新たな時代の支配者になってみせるんだから!!」
ヴァンデッタは、自らの野心を剥き出しにして、狂ったように高らかに宣言する。
「……ふんっ。鼻息だけは、随分と荒いようだな」
ゲオリクは、ヴァンデッタの挑発にも動じず、静かに神剣スカイブレイカーを構え直した。
「きぃーーーーっ!!」
侮辱されたと感じたヴァンデッタの怒りが、頂点に達しようとしていた。半神と元・神の軍団長による、次元の違う戦いの火蓋が、今、まさに切られようとしていた。
最後まで読んで下さりありがとう、引き続きつづきを見掛けたらまた読んでみて下さい。




