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魔女カナンとの闘い。

何もない荒野に放り出されたマルティーナ一行は、魔女のカナンが

召喚した火の巨人と戦っていた、だが、自分の取って置きを出して尚、

不利な状況に後がなくなったカナンは、切り札を使う事に・・ 

                その75





「《グラキエス・ランケアエ! エクス・ディウェルシス・ディレクティオーニブス、インペトゥム・ホスティウム・フランガン!》」

(訳:氷の槍よ、様々な方向より現れ、敵の猛攻を打ち砕け!)

ラージンは再び魔法を詠唱した。これはカテゴリー3に分類される【アイスランス】の複数同時発動版であり、本来のカテゴリーを超えた、カテゴリー5級の魔力を消費する大技【マルチプル・アイスランス】、通称【アイスランスS】だ。

シャナが火の巨人の攻撃を巧みにかわし、タゲを引きつけ続けてくれたおかげで、ラージンの詠唱は無事に完了した。空中に無数の鋭利な氷のランスが出現し、それらが四方八方から火の巨人目掛けて一斉に射出される!

氷のランスは、炎でできた巨人の体を貫通し、突き抜けた箇所に黒い空洞を開け、その部分の炎を強制的に消滅させた。火の巨人の動きが明らかに鈍り、攻撃が止まる。アイスランスの魔法が効果を発揮したのだ。

シャナは、巨人の攻撃が止んだのを見て、素早く後退しつつ状態を確認する。確かに、ランスが貫通したと思われる箇所は黒く変色し、炎が消えている。

「……今ね!」

シャナは好機と判断し、再び攻撃に移る。得意の【真槍五連突き】を、今度は弱点となった黒い空洞部分目掛けて、連発して叩き込む!

一方、アイスランスSの詠唱を終えたラージンは、シャナが優位に立ったのを確認すると、すぐさま次の行動に移った。先ほどから槍衾で5メートル級の火の巨人達の進行を必死に食い止めている王国兵士達の援護に向かうため、再度【アイスランスS】の詠唱を開始したのだ。

この魔法は、一般的な魔術師が常用するには魔力消費が激しすぎる。ラージンとて、一日に放てる回数は限られており、通常は3回が限度だ。それを超えれば、魔力が枯渇し、下位の魔法すら使えなくなってしまう。

しかし、状況は切迫している。先ほどの戦闘で、火の巨人に対して有効な攻撃手段が、現状これしかないと判断したラージンは、魔力残量を考慮しつつも、迷わず同じ魔法を選択した。

「《グラキエス・ランケアエ! エクス・ディウェルシス・ディレクティオーニブス……》」

その頃、王国兵士達は、まさに限界だった。5メートル級とはいえ、燃え盛る巨人を相手に、槍でツンツンと突きながらマルティーナ達の元へ行かせまいと、必死に足止めをしている。彼らが手にしている槍は、幸いにも迷宮内で拾った未知の金属でできており、通常の鉄製の衛兵槍であればとっくに溶解していただろう高熱にも、驚くべき強度で耐えていた。埃に埋もれていたとは思えない、素晴らしい性能だ。

だが、いくら槍が頑丈でも、兵士達自身の体力と気力は消耗していく。ただ踏ん張るだけで精一杯であり、早く援護が来ることを祈るばかりだった。

そこへ、ラージンが放った氷の槍が飛来し、彼らが対峙していた火の巨人を次々と貫いた!

ズコン! ズコン! ズコン!

ズコン! ズコン! ズコン!

「おおっ!」

「ラージン様だ!」

「氷の槍が効いてるぞ! しかも、でかいやつだ!」

ようやく待ち望んだ援護が来たことを知り、兵士達の顔から不安の色が消え、一気に士気が高まる。彼らは勢いづき、槍による連携攻撃で、弱った火の巨人を確実に仕留めにかかった。

マルティーナが展開した神聖なる聖域の結界内での戦いは、明らかにマルティーナ達に有利に傾き、決着の時が近づいていた。



【場面転換:少し前の時間 - ノベル達の通路】

その少し前、可変通路を進んでいたノベル達は、あることに気づいていた。あれほど執拗に出現していたタール兵やタール魔術師が、ぱったりと姿を見せなくなったのだ。

(追跡を諦めたのか? それとも、何か別の罠が……?)

ノベルは訝しみながらも、足を止めるわけにはいかなかった。変化する迷路のような通路を、一刻も早く脱出すべく、先へと進み続ける。

しかし、いくら進んでも、壁と天井のある通路は終わらず、外に出る気配はない。彼らは、ただただ真っ直ぐ続く通路を進んでいた。

すると突然、目の前の景色が一変した!

先頭を歩いていたロゼッタは、急に周囲の状況が変わったことに驚き、咄嗟に後ろを振り返る。しかし、そこには先ほどまで歩いていたはずのヒカリゴケがびっしりだった石造りの通路はなく、ただ赤茶けた荒野が広がっているだけだった。

その何もないはずの荒野に、すぐ後ろを歩いていたはずの吟遊詩人ヒューイが、パッと、まるで空間から湧き出るように姿を現した。ロゼッタは驚きながらヒューイに声をかける。

「ヒューイ! あなた、今、突然現れたわよ!」

ヒューイもまた、突然の変化に目を丸くし、見える光景をそのまま口にした。

「うわっ! なんだここ!? すごく広い外に出たのか! しかも、遠くまで見える! あの暗い建物から、ようやく抜け出せたってことか? でも……ここ、俺たちがいた場所とまったく違うじゃないか! どこだかさっぱり分からんけど……見渡す限り、荒野のど真ん中って感じだな!」

ヒューイが状況をまくし立てている間にも、彼の後ろから、ノベルと、テリアルを担いだリバックが、同じようにパッと荒野に出現した。彼らもまた、通路とは全く異なる景色に目を見張り、

「なぬっ!?」

「これは……一体……?」

と、驚きの声を上げた。

それらの声を聞いていたロゼッタは、ひとつため息をつきながら言葉を発した。


「さあ、ここがどこなのかは分からないけど……また転移させられたってことだけは、私にも分かるわ」

「……そのようですね」

ノベルは頷いた。これで三度目の転移だ。最初の時ほどの混乱はなく、彼らは比較的落ち着いて、まずは周囲の状況把握を始めた。

周囲の明るさは、夕暮れ時のような、あるいは赤いフィルターを通したような、奇妙な明るさだった。暗闇に慣れた目には十分な明るさであり、かなり遠くまで見通せる。見渡す限り、赤茶けた大地が広がり、大小の岩や砂が転がっている。少し先には大きな丘が見えるが、草木は一本も見当たらない。鳥や動物の姿もなく、まるで生命の気配がしない、寂寥(せきしょう)とした無人の荒野だ。周囲の岩や大地が赤みを帯びているのは、鉄分が酸化したためだろうか、それとも……。

一行が周囲を見渡していると、不意にロゼッタが声を上げた。

「ねえ、見て! あっちの方……何かしら、火の玉みたいなものが動いてるように見えるんだけど……。それに、あの辺りだけ、赤い雨でも降っているのかしら? 広範囲にわたって、こっちよりもずっと赤く見えるわ」

「火が動く……?」

ノベル達は、ロゼッタが指さした方向へと視線を集中させた。目を凝らして見ると、確かに、かなり遠方ではあるが、複数の燃えるような光点が、ゆらゆらと動いているように見える。そして、ロゼッタが言うように、その一帯だけ、まるで濃い赤い靄か、あるいは血の雨が降っているかのように、周囲よりもひときわ赤みがかって見えた。

「……遠いですね。しかし、火のようなものが動いているのは確かに確認できます。これだけ離れていても視認できるということは……あの火は、相当な大きさを持っていると考えられます」

ノベルが分析する。

「あそこまで行ってみましょう。他に手がかりもなさそうだし、何かあるとすれば、あの火が動いている方向だと、私は思うわ」

ロゼッタが提案する。

「うーん……まだこの場所のことも、あの光の正体も分かりません。危険な存在である可能性も否定できませんが……。かといって、他に何の当てもないのも事実。……分かりました。ロゼッタさんの意見に従いましょう」

ノベルは、情報不足の中での決断を下す。

「おい、ノベル。テリアルの容態を考えると、寄り道している時間はねぇはずだ。本当に大丈夫なのか?」

リバックが、担いでいるテリアルの状態を案じて尋ねる。

「……申し訳ありません、リバック。ですが、この見知らぬ荒野の只中で、唯一の手がかりかもしれないものを無視するわけにもいかないからね。今は、少しでも情報を得るために、あそこへ向かってみるしか……。今の私には、それ以上の判断材料がないんだよ」

ノベルは苦渋の表情で答える。

「……そうだな。分かった。俺も異論はない。行くとしよう」

リバックも、この状況では他に選択肢がないことを理解し、同意した。

一行は、目標となる、遠方で揺らめく赤い光と、その周辺の不気味な赤い領域を目指し、再び歩き始めた。見たところ、少なくとも1.5キロメートル以上は離れているように思われた。


【場面転換:マルティーナ達の戦場 - カナンの逆襲】

その頃、マルティーナ達と炎の巨人達の戦いは、佳境を迎えていた。

王国兵士達は、ラージンの魔法による援護を受け、最後の5メートル級の火の巨人を連携攻撃で討ち取ることに成功していた。

そして、残るは一体、ベラクレスが相手取っていた10メートル級の火の巨人だけとなっていたが、それも既にベラクレスの猛攻によって深手を負い、倒れる寸前の状態となっていた。

その状況を、岩の上から忌々しげに見下ろしていた魔女カナンは、わなわなと体を震わせていた。自分のとっておきである火の巨人達が、こうも容易く打ち破られていく。その怒りと屈辱は、特に目覚ましい活躍を見せたベラクレスへと向けられていた。

(あの忌々しい剣士め……! あやつさえいなければ……!)

カナンは、憎しみを込めてベラクレスを睨みつける。もはや後がないと悟った彼女は、最後の切り札を切ることを決意した。

【邪眼】――自らの呪いの力を3~5倍の高さにまで増幅させる、禁断の能力。

「くぃ~~~~っ! 悔しい、悔しいよぉぉぉ! あのクソ生意気な剣士め! よくも、よくも、アチキのとっておきをぉぉぉぉ!」

カナンは金切り声を上げながら、【邪眼】を発動させる。彼女の左目の前に、エクトプラズマで形成された、カナン自身の頭ほどもある巨大な緑色の目が、禍々しい光を放ちながら出現した!

その巨大な邪眼が、カッと見開かれ、一直線にベラクレスを睨みつけたのだ!

瞬間、それまで闘気を纏い、人間離れした動きで巨人と渡り合っていたベラクレスの動きが、突然、著しく鈍化した!

(……!? なんだ、これは……!?)

ベラクレスは、体にゾクッとした悪寒と共に、今まで感じたことのない強烈な倦怠感に襲われた。体全体が鉛のように重くなり、手足を動かすにも、意識して力を込めなければならない。先ほどまでの高揚感が嘘のように消え去り、不快な感覚だけが残る。さらに、強烈な吐き気まで催し、思わずその場に嘔吐してしまった。

「……ごふっ……ごほっ、ごほっ……!」

「……気持ち悪い……。これは……一体……?」

「くけけけけけ! ようやく効いたようじゃないか! よくもアチキのとっておきを壊してくれたねぇ! でもね、その威勢も、もうおしまいさ! あんたには、このカナン様の【邪眼】の呪いをたっぷりとかけてやったわ! 苦しんで、もがきながら、惨めに死ぬがいいわ!」

カナンが高笑いする。

今度は、目から涙が溢れ出すような感覚に襲われる。だが、それは悲しみの涙ではない。

「……フンッ!」

ベラクレスは、体調の異変に意識を向けまいと、歯を食いしばる。そして、残る力を振り絞り、倒れかけていた最後の10メートル級火の巨人へと向かう。止めを刺す――ただそれだけを考え、重い体を無理やり引きずるように動かす。

渾身の力を込めて【パイログレード】を叩き込み、そのオーラブレードが、火の巨人の核を完全に破壊した。巨人は、断末魔の叫びも上げることなく、その場で霧散するように消滅していく。

最後の火の巨人が消えるのを見届けたベラクレスは、「ふぅー……っ」と大きく息を吐くと、ついに限界が来たのか、片膝を地面につき、大剣【パイログレード】を杖代わりにして、かろうじて体を支えた。もはや、立っていることすら困難な状態に陥っていたのだ。

その様子を見ていたマルティーナ達は、即座に反応した。

「いけません! ベラクレス隊長が!」

「シャナ! オクターブ! ベラクレス隊長を助けて!」

マルティーナが叫ぶ。

「もちろんです!」

「行くぞ、シャナ!」

二人は、マルティーナの指示を受けるまでもなく、ベラクレスの元へと一直線に駆け出した。当然、聖域の中心であるマルティーナも、二人が聖域の効果範囲から外れないよう、彼らに続いて移動を開始する。残りの王国兵士達も、王女を守るように後に続いた。

一方、切り札の【邪眼】を行使し、ベラクレスを追い詰めたカナンだったが、彼女にとっても誤算があった。とっておきの火の巨人達を全て倒されてしまった今、倒れかけとはいえ、あの強力な剣士に止めを刺せるだけの攻撃的な呪術が、もはや残っていなかったのだ。

こちらに向かってくる兵士達の足を止める程度の、妨害系の呪術を使うのが精一杯だった。

「【ウィンキオ・スピナ!】」(棘よ、絡みつけ!)

「【クレッシェ、スピナ、クレッシェ!】」(伸びよ、棘よ、伸びよ!)

カナンは、再び地面から無数の棘付きの蔦を召喚し、マルティーナ達の足止めを試みる。

蔦が足元に絡みつく!

「くっ!」

シャナは即座に高く跳躍し、空中で槍を振るい、地面から伸びてくる蔦を薙ぎ払いながら、着地点を確保する。オクターブは、先ほど兵士から借りたショートソード(こちらも迷宮で拾った業物だったようだ)で、足元の蔦を次々と斬り払っていく。

しかし、マルティーナは咄嗟に対応できず、足に鋭い棘を持つ蔦が絡みついてしまった。白い脚絆の上からでも、棘が皮膚に食い込み、血が滲み、痛みが走る。

「いっ……!」

兵士達は、幸いにも頑丈な甲冑を着けていたため、怪我はなかったが、蔦に絡まれて動きが鈍くなっていた。

無事に着地したシャナは、マルティーナの様子を見て駆け寄る。

「マルティーナ様!」

マルティーナは、痛みを感じさせまいと気丈に振る舞う。

「私のことは大丈夫です! それよりも、早くベラクレス隊長の元へ!」

シャナは一瞬迷ったが、マルティーナの足を傷つける蔦を見て、彼女の安全確保を優先することにした。

「……申し訳ありません」

シャナはマルティーナの傍らに跪くと、持っていたナイフで、マルティーナの足を傷つけないよう、一本一本、慎重に蔦を切り始めた。そして、自分はここを動けないと判断し、オクターブに全てを託すことにした。

「オクターブ! お願い! ベラクレス殿を助けて!」

「……っ! 任せろ!」

オクターブは、マルティーナ様の聖域から離れることに一瞬躊躇したが、今は自分が行くしかないと覚悟を決め、ベラクレスの元へと再び駆け出した。ダッダッダッダッ!

そのオクターブの行動に気づいたカナンは、執拗に妨害を試みる。

「くけけけけ! そうはさせるか!」

【ウィンキオ・スピナ!】

再び地面から蔦が伸びてくるが、オクターブはショートソードでそれらを薙ぎ払いながら、突き進む!

ようやくベラクレスの元まで辿り着いたオクターブは、その顔を見て愕然とした。

「ベラクレス殿!」

ベラクレスの顔の右半分が、まるで墨を塗ったかのように真っ黒く変色していたのだ。そして、本来は薄いブルーであるはずの右の瞳までもが、不気味な漆黒に染まり、そこからは血の涙が止めどなく流れ落ちていた。

「ベラクレス殿、そのお顔は……一体……!?」

「はぁ……はぁ……。……俺の顔が、どうした……?」

ベラクレスは、荒い息をつきながら尋ねる。

「顔の……左半分が……まるで痣のように真っ黒に……。それに、赤い……血の涙が……」

オクターブは、恐ろしさで声が震える。

「……ぬぅぅ……。やはり、あの婆か……。『呪い』を……掛けられたらしい……」

「呪い……ですって!?」

「うむ……。よくは分からんが……あの婆が、『邪眼』とか何とか……言っておった……」

「邪眼……? 申し訳ありません、私にはそれが何のことか……」

「ああ……分かっている。俺も、呪術のことなど、全く知らん……」

ベラクレスはそう言うと、ゴホゴホと激しく咳き込み、再び口から血を吐き出した。

「うわっ! ベラクレス殿、しっかり! 大変だ、早くマルティーナ様にお診せしないと!」

オクターブは、自分よりも遥かに巨躯のベラクレスを必死で支え起こすと、肩を貸し、マルティーナ達がいる方へとゆっくりと歩き始めた。

「まだ邪魔をするか!」

三度、カナンが【ウィンキオ・スピナ】を発動し、二人の足元に蔦を絡ませる。ぞわぞわぞわ……。

「くそっ! しつこい婆だ!」

オクターブは、絡みつく蔦にいら立ち、動けないまま上空のカナンを睨みつけた。

その時――

「……焼けるような光よ、あの魔女を撃て」

後方から、ラージンの凛とした声が響いた。

【ルクス・ウーレンス!】(灼熱の光線!)

二人が蔦で足止めされている隙を突き、上空で見下ろしていたカナンに向けて、一条の眩い熱線…レーザービームが射出された! レーザーは正確にカナンの肩を貫き、彼女は悲鳴を上げる間もなく、バランスを崩して地面へと落下した。

ズドンッ!

地面に叩きつけられたカナンは、何が起こったのか理解できないまま、激痛に呻いた。

「あうぅぅ……い、痛い……痛いよぉ……! なんで、なんであちきが、こんな目に遭わなきゃならないのよぉぉぉ……!」

彼女は大きなダメージを負い、もはや立ち上がることもできないようだ。

カナンが打ち倒されたことで、足元の蔦の呪術も完全に解け、地中へと消えていく。

ようやく自由になったマルティーナ達と、ベラクレスを支えるオクターブは、互いの方へと歩み寄り、合流することができた。

マルティーナは、すぐさまベラクレスの傍らに寄り、その顔色の悪さと血の涙を見て、心配そうに声をかける。

「ベラクレス隊長、しっかり! 今、お診せしますから!」

マルティーナ自身は気づいていなかったが、彼女が展開した聖域【サンクタム・ディーウィヌム】は、強力な浄化作用を持っていた。ベラクレスがその聖域の中に入った瞬間から、カナンが掛けた【邪眼】の呪いの効果は徐々に薄れ、浄化が進んでいたのだ。そのため、マルティーナが診察しようと近づいた時には、ベラクレスはまだ顔色の悪さや倦怠感は残るものの、普通に会話ができる程度には回復していた。

「……マルティーナ様。……私は、もう大丈夫です。マルティーナ様が、この聖域を展開してくださったお陰で……随分と楽になりました」

「あら? 私、まだ何もしておりませんのに?」

「いえ……しておりますとも。本当に……楽になったのです」

ベラクレスは、偽りなくそう感じていた。

「ふふ♪ それならよかったです。ベラクレス隊長、念のため、このまま私の傍らを離れないでくださいね」

「はっ……。有り難く、そうさせていただきます」

横でそのやり取りを聞いていたシャナは、マルティーナの聖域が、魅了だけでなく、呪いに対しても高い効果を発揮することを理解し、改めてその力の偉大さに感嘆していた。









最後まで読んで下さりありがとう、またつづきを見掛けたら読んでみて下さい。

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