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前座。

戦いながら通路を進んでいたマルティーナたち一行は、

突然、岩や砂、石ころしかない荒野に放り出されてしまった、

そこは夜の神テネブレス配下、半神の【ヴァンデッタ】が作り出した世界だったのだ。

  



  

                その74




「おやおやおや、こんな状況なのにいいご身分だねぇ、

自分たちの状況を全然理解してない、

アチキがもっと役立つ木偶にしてあげないといけないみたいね。」

カナンは、再び一行を見下ろし、嘲るような言葉を投げかける。

「婆! よくも俺達を! この借りは必ず返してやる!」

オクターブは、自分や仲間達が操られた怒りと、マルティーナやシャナの前で醜態を晒した恥を晴らすべく、カナンを睨みつけ、意気込んで叫んだ。彼の中では、この混乱の元凶は全て、宙に浮くこの怪しい老婆魔術師にあると結論づけられていた。

「ほぉう? 威勢のいいこわっぱじゃないの。大口を叩くじゃないか。それじゃあ、アチキもとっておきを見せてあげるとしようかねぇ!」

カナンはオクターブの挑発に乗るように、不気味な笑みを浮かべ、再び何かを口ずさみ始めた。

すると、先ほどと同じように、あちこちの地面から黒いタールが湧き出し、カナンを模したタール魔術師の姿へと次々と変貌していく。それを見て、オクターブは苛立ちを隠せない。

「またタールの人形か! もう飽き飽きなんだよ、こんなもの! いつまでも黙って増やさせると思うな!」

オクターブは叫びながら、生成されたばかりのタール魔術師の一体に駆け寄り、剣を突き刺す。タール魔術師は液状に戻るが、すぐに再生を始める。やはり、物理的な攻撃だけでは決定打にならない。

その時、国家魔術師のラージンが叫んだ。

「オクターブ! そこから離れなさい!」


声を聞いたオクターブは、自分で決着をつけたい気持ちはあったが、剣との相性が悪いことを認め、ラージンの指示に従って素早く後退する。

ラージンは、後退したオクターブを確認すると、今度は通路での戦闘とは違い、周囲を気にすることなく、強力な攻撃魔法の詠唱を開始した。

「【フレイム・スフィア】!」(炎球!)

再生しようとしているタール魔術師目掛けて、灼熱の炎の球を放つ。だだっ広い荒野であれば、延焼を気にする必要はないと判断したのだ。

炎の球は正確にタール魔術師に着弾し、ボッと音を立てて激しく燃え上がらせた。炎に包まれたタール魔術師は、熱に苦しむかのようにふらふらとした動きを見せる。

だが、その光景を見ていたカナンの口元は、なぜか奇妙に歪んでいた。まるで、この状況を楽しんでいるかのように。オクターブはその表情に気づき、嫌な予感を覚える。

「……あの婆ぁ、自分の泥人形が燃やされてるんだぞ? なぜ笑っていやがる……?」

「くけけけけけ【笑】! だから言っただろう? 『とっておき』だって。さあ、お前さん達、見せておやり!」

カナンは、何かを確信したように叫んだ。

「【コアレスケ・ギガス!】」(汝ら、合体し巨人となれ!)

カナンの詠唱が終わると、驚くべきことが起こった。ラージンの魔法で燃え上がっていたタール魔術師やタール兵士達が、まるで磁石に引き寄せられるかのように、互いに集まり始めたのだ! 燃えている者も、燃えていない者も、区別なく融合していく。5体、10体、20体と、近くにいた者同士が次々と合体し、みるみるうちに巨大な人型を形成し始めた!

「なっ……! 合体を始めたぞ!」

オクターブが驚愕の声を上げる。その異様な光景は、マルティーナ達全員の目に焼き付いていた。

合体は止まらない。さらにカナンが呪文を重ねる!

「【ポテンティア・イグニス! ギガス・クレスカント!】」(火の力よ、巨人を成長させよ!)

カナンがそう唱えると、合体したタールの巨人達は、自らが纏う炎をエネルギーとするかのように、さらに力を増大させ、急速に成長を始めた! 体から噴き出す炎は勢いを増し、その巨躯をさらに巨大化させていく。

やがて、そこには、体長5メートル級の燃え盛る巨人が3体、10メートル級が2体、そしてひときわ巨大な20メートル級の火の巨人が1体、合計6体の、まさに『炎の巨人』と呼ぶべき存在が出現していた。それらの巨人は、マルティーナ達王国兵士の一団に向けて、地響きを立てながらゆっくりと歩みを進めてきた。

「うわっ……! 炎の巨人になりやがった……! あ、あんな化け物と、どう戦えって言うんだよ……!」

オクターブは、その圧倒的な威容を前に、恐怖で声が上ずる。

「オクターブ、しっかりなさい! 泣き言を言っている場合ではありません! マルティーナ様をお守りするのです!」

シャナの厳しい叱咤が飛ぶ。その声にハッとしたオクターブは、恐怖を振り払い、マルティーナの前に立ちはだかるように剣を構え直し、迫り来る炎の巨人を睨み返した。


「……その意気だ、オクターブ」

ベラクレスは、オクターブの肩を力強くポンと叩くと、彼らを通り過ぎ、自ら炎の巨人達の方へと向かって歩き出した。いや、歩き出したのではない、迷いなく駆け出したのだ。

ベラクレスは、ごく短い時間ではあったが、巨人騎士ゲオリクの常軌を逸した戦闘訓練を目の当たりにし、その際にゲオリクが放っていた尋常ならざる『闘気』を肌で感じ取っていた。初めは、そのあまりにも次元の違う戦闘力にただ圧倒されるばかりだった。しかし、ゲオリクが言葉ではなく、その姿を通して何か重要なことを伝えようとしている…その気遣いに気づいてからは、必死にその一挙手一投足を目に焼き付け、何かを掴もうとしていた。

その甲斐あってか、今のベラクレスには、目の前の炎の巨人に対する恐怖や迷いは微塵も感じられなかった。すぅーっと、ごく自然に、彼は最も近くにいた10メートル級の炎の巨人へと向かって駆けていたのだ。

そして、手に持つ大剣…自ら【パイログレード】と名付けた、未知のルーンが刻まれた灼熱の大剣を、炎の巨人の足首目掛けて振り抜いた!

炎の巨人に対して、熱系の武器で攻撃する――それは、常識的に考えれば相性が悪い、あるいは効果が薄い選択のはずだ。ベラクレス自身も、その理屈は理解していた。だが、今の彼には、そんなことは些細な問題だった。この剣でなければ、ヴェンデッタの魅了に対抗できない。そして何より――

(そんなものは、関係ない!)

今のベラクレスの心にあるのは、ただ目の前の敵を斬り伏せる、それだけだった。


大剣【パイログレード】に刻まれたルーン文字が、炎の巨人の熱気に呼応するように、赤々と輝きを増す! ベラクレスが大剣を振り抜くと、それはまるでバターを切るかのように、10メートル級の炎の巨人の足を容易く切断した!

バランスを崩した炎の巨人が、切断された足の方へとゆっくりと傾き、やがて轟音と共に地面へと倒れ込む。

ドォォォォン!!

凄まじい地響きと共に、荒野に砂埃が舞い上がる。

「う、うぉぉぉぉっ! すげぇ……!」

「隊長が……巨人を……!」

その圧倒的な光景を目の当たりにした王国兵士達は、それまで感じていた恐怖を忘れ、士気を取り戻していく。

「よーし! 俺達も続け! 槍を構えろ!」

先ほどシャナに叩きのめされた兵士の一人が、まるでそのことを忘れたかのように叫び、槍を構える。他の兵士達もそれに倣い、迫り来る5メートル級の炎の巨人達を迎撃する態勢を整えた。

その様子を見て、マルティーナは兵士達が立ち直ったことに安堵し、静かに戦況を見守ることにした。オクターブとシャナは、引き続きマルティーナの傍らを固め、油断なく周囲を警戒している。

一方、10メートル級の巨人を仕留めたベラクレスは、休むことなく、次の標的…最も巨大な20メートル級の炎の巨人へと狙いを定め、再び駆け出していた。

そのベラクレスの突進に気づいた20メートル級の炎の巨人は、巨大な口を開き、まるでドラゴンのブレスのように、猛烈な炎をベラクレス目掛けて吐き出した!

ゴオォォォォォォッ!!

灼熱の奔流がベラクレスを飲み込む!

「ベラクレス隊長!!」

マルティーナは思わず悲鳴に近い声を上げた。

だが――

「ぬおおぉぉぉぉぉっ!! この程度の炎が、なんだぁぁぁぁっ!!」

炎の中から、ベラクレスの咆哮が響き渡る! 彼は、知らず知らずのうちに、巨人騎士ゲオリクが纏っていたのと同じような、力強い『闘気』のオーラに全身を包まれていたのだ。そのオーラは、炎の巨人が吐き出した摂氏2000度を超えるであろう灼熱の炎から、ベラクレスの体を確かに守り、彼の前進を可能にしていた。

「どっせぇぇぇぇい!!」

炎を突き破り、ベラクレスは一気に20メートル級の巨人の懐へと飛び込む! さすがにこれほど巨大な相手の前では、ベラクレス自身も、その手に持つ大剣【パイログレード】も、針のように小さく見える。

しかし、その大剣は、今や最大限に引き出されたルーンの力と、ベラクレス自身もまだ完全に自覚していない強大な闘気によって、本来の能力を超えた輝きを放っていた。3000度に達する剣身に加え、闘気が凝縮され、目には見えにくいが、本来の剣身よりも遥かに巨大なオーラの刃…『オーラブレード』が形成されていたのだ!

その見えざる巨大な刃が、20メートル級の炎の巨人の足を、一閃のもとに切断する! 切断された足は、地面に落ちる間もなく、高熱と闘気の力によって瞬時に消滅した。

バランスを失った巨人が、ベラクレスの方へと倒れ込んでくる。だが、ベラクレスは止まらない。ゲオリクの動きから、彼は無意識のうちに学んでいたのだ。『戦いとは、流れを止めないこと』だと。

ベラクレスは、倒れ込んでくる巨人の燃え盛る体を足場にして、一気に肩口まで駆け上がる! そして、渾身の力を込めて、オーラブレードを巨人の首筋へと叩き込んだ!

ズバンッ!

巨人の首が、胴体から断ち切られる。刎ねられた首もまた、地面に落ちることなく、その場で跡形もなく消滅した。

「うぉぉ……! またやった……! どうなってんだ、隊長は……!?」

「あんなの……人間の技じゃねぇだろ……」

それを見ていたオクターブは、ベラクレスの人間離れした戦闘力に、畏怖の念すら覚えていた。かつて自分たちが全く歯が立たなかったラバァルを、今の隊長は超えているのではないか、とすら感じていた。


その問いに、マルティーナが静かに答える。

「なぜかは私にも分かりません。ですが、巨人騎士様の戦闘訓練を必死に追いかけていたベラクレス隊長は、あの短い時間で、何か……私達には計り知れないものを掴み取られたのでしょう。それが、隊長の内に眠っていた潜在能力を、今、覚醒させているのかもしれません」

「覚醒……ですって……?」

シャナもまた、信じられないものを見るような目で、圧倒的な力を見せるベラクレスの姿を見つめていた。

そうこうしている間にも、残っていた5メートル級の火の巨人の一体が、マルティーナ達に襲い掛かって来る。

「……話している場合じゃないわね!」

オクターブは、ベラクレスの活躍に刺激され、高揚した気分のまま、火の巨人へと斬りかかる! 襲い来る炎の拳を紙一重でかいくぐり、その胴体目掛けて剣を振るう!

しかし――彼が今手にしているのは、かつて王より下賜された名剣【マルキス】ではない。それはラバァルとの戦いで砕け散ってしまった。今使っているのは、兵士から借り受けた、ただの鉄の剣だ。彼は、倉庫で埃をかぶっていた魔法の武具に関心を示さず、マルティーナの護衛を優先して、装備を更新していなかったのだ。炎の精霊のような存在と戦うことになるとは想定しておらず、その選択が仇となった。

鉄の剣は、炎の巨人の高熱に耐えきれず、斬りつけた瞬間、ぐにゃりと飴のように融解し始めてしまったのだ。

「なっ……!? しまった……! あの時、俺も魔法の剣を拾っておけば……!」

オクターブの脳裏に、後悔の念がよぎる。だが、敵は待ってはくれない。武器を失ったオクターブに、火の巨人の巨大な拳が振り下ろされる!

「ぐあっ!」

オクターブは、5メートルを超える巨人の一撃を受け、木の葉のように10メートル以上も吹き飛ばされてしまった。

「オクターブ!」

シャナは、吹き飛ばされたオクターブを心配したが、彼女は誇りを持った護衛だ。マルティーナを置き去りにして駆けつけるわけにはいかない。心を鬼にし、迫り来る火の巨人へと槍を構え、奥義を繰り出す!

「【真槍五連突き】!」

ヒュン!ヒュン!ヒュン!ヒュン!ヒュン!

目にも留まらぬ速さで繰り出される五連の突きが、火の巨人の体の各所を正確に捉え、部分的に炎を吹き消す! しかし、それは一瞬のこと。消えた箇所もすぐに元通りに燃え上がり、巨人は何事もなかったかのように、シャナへと攻撃を仕掛けてくる。

「シャナ、離れなさい!」

後方から、ラージンの声が飛ぶ。彼は新たな魔法の詠唱を開始していた。

シャナは、巨人の注意をラージンに向けさせないよう、巧みに立ち回りながら距離を取る。

「《氷槍、各方面より、敵の攻撃を打ち破れ!》」

ラージンが詠唱を終えると、火の巨人の周囲に、無数の鋭い氷の槍が出現! それらが一斉に、様々な角度から巨人へと突き刺さった!

「【マルチプル・アイスランス】!!」


最後までよんでくださりありがとう、またつづきを見掛けたら読んでみてください。

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