生贄の迷宮 その11
巨人騎士ゲオリクによる特訓が始まった矢先、伝令の鷲がもたらした報せにより、それは突如中断された。別行動を取っていたマルティーナの仲間達が、危険な区域『闇の離宮』で何らかの騒ぎに巻き込まれた可能性が高いというのだ。
ゲオリクから『闇の離宮』の恐ろしさと、そこに潜む特に危険な存在──妖艶なる赤毛の魔女【ヴァンデッタ】についての警告を受けながらも、マルティーナは仲間を見捨てられないと、危険を承知でそちらへ向かう決意を固める。巨人達への感謝を胸に、一行はバルモント宮を後にし、新たな通路へと足を踏み入れる.....。
その71
「なんだ、餌でもねだっているのか?」
ベラクレスは、ゲオリクの肩に止まった勇壮な鷲を見て、初めは単純に主人に懐いているだけなのかと思った。
しかし、ゲオリクは鷲が鋭い鳴き声を上げるのを、まるで重要な報告を聞くかのように静かに待ち、やがて鳴き止むと、厳しい表情でベラクレスの方に向き直ると、ベラクレスも何事か起きたのか?と...。するとやはり、「始めたばかりで悪いが、修練は一旦中断する。マルティーナに急ぎ確認せねばならぬ事ができた」
ゲオリクはそれだけ言うと、ベラクレスを伴い、先ほど見せた神速とは違い、最初に見せ薄く消えていく感じで、その場を後にした、 すると今度は離れた場所にいたマルティーナ達の元に 薄く忽然と現れ、実体化し始めたのだ。その登場の仕方をまじまと見ていたマルティーナたちは、先ほど見た移動の仕方の移動後の様子を見る事と成っていた。「ううそうなのか、こう移動してたんだな。」オクターブはそんな声をあげていた。
そして移動が終わると「食事は十分にとれたか」
ゲオリクは、戻ってくるなりマルティーナに尋ねた。先ほどの厳しい表情は少し和らいでいる。
「はい、ゲオリク様。大変結構なお食事、心ゆくまで頂戴いたしました。温かいおもてなしに感謝いたします」
マルティーナは丁寧に礼を述べる。
「うむ、口に合ったのなら何よりだ。……さて、本題だ。そなた達に尋ねるが、この迷宮に入った一行は、ここにいる者達だけか? それとも、別行動を取り、他の区画を探索している仲間がいるのか?」
突然の問いに、マルティーナは少し驚きながらも、正直に答えた。
「はい。この区域…バルモント宮のあるこの場所へ転移してくる前に、迷宮の最初の転移地点手前の区画に、かなりの数の仲間を残してきております。そして、次の転移の際にも、ラヴァル様という方とはぐれてしまいました。さらに、この区域に到着してからも、状況を把握するため、私達王国兵の一団とは別に、冒険者の方々が別の通路を探索することになりました。私達はその後にゲオリク様達とお会いし、今に至っております」
「ふむ……。やはりそうか。すると、この区域に入ってから別行動を取った者達がいるのだな」
ゲオリクは何かを確信したように頷く。
「はい、その通りでございますが……何かございましたか?」
「うむ。先ほどの鷲は、このバルモント宮の領域外を監視する我が眷属からの伝令だ。『闇の離宮』と呼ばれる区画で、何やら騒ぎが起きている、と。ここしばらくは何事もなかったその場所で、そなた達が現れたのとほぼ同時に騒ぎが起こった。十中八九、そなた達の仲間が関わっている可能性が高い」
「『闇の離宮』……? 騒ぎ……!?」
マルティーナの顔に不安の色が浮かぶ。アスタリオン達のことだろうか、あるいはロゼッタ達かもしれない。
「ゲオリク様、その『闇の離宮』へは、どのように向かえばよろしいのでしょうか? 私達は、仲間と合流するため、そこへ向かわねばなりません!」
マルティーナは決意を込めて尋ねた。
「……『闇の離宮』は、このバルモント宮とは比較にならぬほど危険な場所だ。今のそなた達の実力では、足を踏み入れれば生きては戻れまい。そうなれば、本来の目的であるニフルヘイムの封印どころではなくなるぞ。それでも、向かうと言うのか?」
ゲオリクは試すような目でマルティーナを見据える。
「はい。この迷宮に共に降り立った仲間達は、皆、運命共同体なのです。彼らが危機にあるかもしれないのに、私達だけがここで安穏と訓練を受けているわけにはまいりません。仲間を見捨ててしまっては、たとえニフルヘイムの元へ辿り着けたとしても、私達に大精霊を封印する資格などないでしょう」
マルティーナの瞳には、迷いのない強い意志が宿っていた。
「……そうか。覚悟は決まっているようだな。ならば、もはや止めはすまい。来た道を戻り、先ほどそなた達が言っていた、冒険者達が進んだという通路を探し、そちらへ進むがよい。その先が『闇の離宮』へと繋がっているはずだ」
「道をお教えいただき、感謝いたします、ゲオリク様」
マルティーナが深く頭を下げると、ゲオリクは何かを少し考え込むような仕草を見せ、再び口を開いた。
「……いや、待て。もう一つ、伝えておかねばならぬことがある」
ゲオリクの声のトーンが、一段と真剣みを帯びる。
「これは、儂からの個人的な忠告だ。『闇の離宮』を支配する夜の神【テネブレス】……その配下には、特に危険な存在がいる。そやつについて、最低限の特徴だけでも教えておこう。心して聞け」
ゲオリクはマルティーナ達一人一人の顔を見渡し、重々しく続けた。
「一言で表すならば……『妖艶なる赤毛の魔女』。奴の名は【ヴァンデッタ】。半神でありながら、その力は下位の神々にも匹敵する。奴の周囲には常に恐るべき妖気が渦巻いており、その影響下に足を踏み入れた者は、抗う術もなく精神を蝕まれる。特に人間の男は理性を奪われ、完全に奴の意のままに操られる人形と化す。女は……狂気に陥り、見境なく周囲の者全てに襲いかかるだろう。結果、味方同士で殺し合うという、惨たらしい状況を引き起こすのだ」
「奴は常に宙に浮遊し、特徴的な…人の神経を逆撫でするような甲高い笑い声を上げている。もし、その笑い声が聞こえたならば、迷うな。考えるな。ただ、全力でその場から離れるのだ。決して姿を見ようなどと思うな。今のそなた達が、どうこうできる相手では断じてない」
「……ヴァンデッタ……。恐ろしい魔女……。承知いたしました。その名、決して忘れませぬ。重要な情報、そして忠告、誠にありがとうございました。バルモント翁にも、私達からの心からの感謝をお伝えください」
マルティーナは再び深く頭を下げた。
ゲオリクは静かに頷くと、それ以上の言葉はなく、ただ一行の出発を見送る姿勢をとった。マルティーナ達は、束の間の休息と貴重な助言を与えてくれた巨人達に礼を尽くし、バルモント宮を後にした。そして、元来た通路を引き返し、先ほど冒険者達が進んでいった分岐点を探し、その暗い通路へと改めて足を踏み入れたのだ。
【場面転換:アスタリオンとテリアル - 絶望の淵】
マルティーナ達が新たな道へと進んでいた頃、アスタリオンとテリアルは、文字通り絶望の淵に立たされていた。
暗闇の通路を進んだ先、半楕円状に窪んだ広大な空間。その最奥で禍々しい魔力を放つ大杖を振るっていたタール魔術師こそが、無数のタール兵士を操る元凶だと判断した二人は、決死の覚悟で突撃した。押し寄せるタール兵士の波を蹴散らし、あるいはすり抜け、緩やかな坂を駆け下りる。そして、テリアルが後方の兵士を食い止める間に、アスタリオンがその勢いのままロングソードをタール魔術師に突き立てた。
剣に封じられた【爆発】のルーンが炸裂し、魔術師の体は黒い飛沫となって四散する。
「やったか……!?」
アスタリオンが息を弾ませて叫ぶ。
だが、その希望は一瞬で打ち砕かれた。周囲のタール兵士達は、動きを止めるどころか、ますます勢いを増して二人に迫ってくる。まるで、主を傷つけられた怒りに燃えているかのようだ。爆発で吹き飛んだはずの魔術師の頭部が、地面で蠢いているのが見える。
切羽詰まった状況。考える時間など、もはやない。
「くそっ、なんでだ! 頭だけになってもまだ生きてるのか、こいつは!」
テリアルは、押し寄せる兵士の波に背を向け、最後の望みを託して、地面に転がる魔術師の頭部を滅多刺しにし始めた。これを完全に破壊すれば、あるいは……!
「テリアル、駄目だ! そいつに構ってる余裕はねぇ! 一人じゃこいつらを止めきれんぞ!」
アスタリオンは、押し寄せるタール兵士の波をロングソードで必死に薙ぎ払い、蹴り飛ばしながら叫ぶ。しかし、多勢に無勢。じわじわと後退を余儀なくされている。
「分かってる! だが、こいつを何とかしなけりゃ、どのみち袋の鼠だ! 入ってきた通路まで戻るなんて不可能だ!」
テリアルは半ば自棄になりながら、ありったけの力を込めて双剣を振るう。
「いい加減……消え失せろぉぉぉぉっ!!」
その狂乱の斬撃の中、偶然にも、テリアルの右手のショートソードが、魔術師が落とした大杖に激しく打ち付けられた。
ガシンッ!!
金属的な打撃音と共に、ショートソードに刻まれたルーン文字が激しく明滅! まばゆい電光が迸り、稲妻のようなエネルギーがタールでできた大杖へと流れ込む!
瞬間、大杖はボワッと音を立てて発火し、禍々しい紫の炎を上げて燃え始めた。
すると、それは連鎖反応を引き起こした。まるで主の苦痛に共鳴するかのように、アスタリオン達に迫っていたタール兵士達までもが、次々と紫の炎に包まれて燃え上がり始めたのだ!
統制を失った兵士達は、阿鼻叫喚の如く(声はないが)燃えながら通路を逆走したり、仲間同士でぶつかり合って倒れたり、あるいはその場で苦悶するように身悶えたりと、完全な混乱状態に陥っている。炎は燃え移り、瞬く間にその場にいた全てのタール兵士を飲み込んでいく。
一部の兵士は、燃えながらも本能的にアスタリオン達に突進してきたが、もはや脅威ではなかった。
燃え盛る兵士達は、やがてその形を保てなくなり、ドロリ、とその場で溶けて崩れ落ちていく。床に広がったタール溜まりもまた、紫の炎を上げて燃え盛り、エリア全体が灼熱地獄へと変貌していく。 次々に形を崩しタールに戻って行くタール兵を見て、やった、助かったのか...と思ったのも束の間、二人は新たな恐怖に直面している事に気付いたのだ。広場は緩やかな坂になっており、溶けて燃え盛る大量のタールが、ゆっくりと、しかし確実に、坂の下にいる二人の方へと流れ下り始めていた。
「おい、嘘だろ……!?」 アスタリオンが呻く。
「こっちに来るぞ!」 テリアルが叫ぶ。
一体や二体の量ではない。数十体のタール兵士が溶けた、燃えるタールの奔流が、大きくなって二人へと迫ってくる。凄まじい熱波が容赦なく襲いかかり、呼吸するだけで肺が焼けるようだ。
「あちぃぃぃっ!もっと下がれ、 このままじゃ焼け死んじまう!」
「何言ってるもう端まで来てるだろ、どこにも逃げ場がねぇ! 出口はあの炎の向こうだぞ!」
後退するにも限界がある。二人は壁際まで追い詰められ、なすすべもなく迫りくる灼熱の死を見つめるしかなかった。
「ちくしょう……! やっぱり、俺たちの運もここまでだったのか……!」
アスタリオンの悲痛な声が、燃え盛る炎の音にかき消されそうになる。
「……本当かよ。あれだけの数の化け物を倒したってのに……最後はこんな、炎に巻かれて終わりだっていうのか……!」
テリアルの声も、絶望に打ちひしがれ、涙声になっていた。
灼熱の空気が容赦なく襲いかかる。口元を布で覆っていても、もはや意味はない。限界を超えた高熱の空気を吸い込んだ瞬間、二人の意識は急速に遠のき、力なくその場に崩れ落ちた。燃え盛るタールの波が、すぐそこまで迫って来ていた。
【場面転換:ロゼッタ達 - 炎上する通路へ】
その頃、アスタリオン達を追って暗い通路を進んでいたロゼッタ、ノベル、リバック、ヒューイの一行は、異変に気づいていた。先ほど遭遇したタール兵士の出現地点を、今度は戦闘を避け、走り抜けて先へと進んでいたのだが、通路の奥から、明らかに異常な量の煙が流れ込んできていたのだ。ヒカリゴケの弱々しい光が煙に遮られ、視界はますます悪化し、焦げ臭い匂いと息苦しさが一行を襲う。
「ごほっ、ごほっ……! なに、この煙……! ひどすぎるわ……! これじゃ、息もできないし、前にも進めない!」
先頭を行くロゼッタが、激しく咳き込みながら足を止め、後続に待ったをかける。
「これは……凄まじい煙ですね。通路の奥で、大規模な火災でも発生しているようです」
ノベルも顔を顰め、布で口元を強く押さえる。
「どうする、ノベル? このまま突っ込むのか? 下手すりゃ、俺たちまで燻製になるぞ」
最後尾から追いついたリバックが、煙の充満ぶりに顔をしかめて尋ねる。
「……危険なのは承知の上です。ですが……私の直感が、この先に進めと告げています。アスタリオン達の身に、何か重大な事態が起こっているのかもしれません」
ノベルは己の勘を信じ、覚悟を決めた表情を見せる。その言葉を聞いたロゼッタは、迷いを振り払った。
「……そう。なら、ぐずぐずしてられないわね!」
ロゼッタは再び移動し始める。濃密な煙が渦巻く、通路の更に奥へと。
「ちょ、ロゼッタさん!? 無茶だ!」
ヒューイは、明らかに危険な煙と熱気が増していくのを感じて本能的に 躊躇する。だが、ロゼッタが迷いなく進んでいく姿を見て、そして背後からのノベルたちの無言の圧力(リバックのど突き)を感じ、覚悟を決めて後に続いた。
一行が進むにつれて、煙の濃度と通路の温度は急激に上昇していく。壁のヒカリゴケも熱で変色しているようだ。そして、通路の先の空間が、ゆらゆらと揺らめく赤い光で照らし出されているのが見えてきた。間違いなく、大規模な火災が起きている。
「どうやら、奥の広間で火事が起きているようです! 何が待ち受けているか分かりません、皆さん、最大限の警戒を!」
ノベルが叫ぶ。
「警戒ったってよぉ! もう熱いわ煙いわで死にそうなんですけど!」
ヒューイが悲鳴に近い声を上げる。実際、呼吸は苦しく、肌は熱気でじりじりと焼けるようだ。あの燃え盛る炎の中に飛び込めと言うのか。内心で無茶だ、と思ったが、先を行くロゼッタは既に炎が見える通路の出口付近まで到達しようとしていた。
「ロゼッタさん、危険です! 一人で突出するのはやめなさい!」
ノベルも、さすがにロゼッタの単独先行に声を荒らげた。
通路の出口まで辿り着いたロゼッタだったが、そこで足を止めざるを得なかった。目の前の広間は、床一面が紫色の炎を上げて燃え盛るタールで覆われ、凄まじい熱波と黒煙が通路に逆流してきている。炎の勢いが激しすぎて、これ以上は一歩も進めない。
「ダメ……! 炎が激しすぎて、これじゃ……!」
その時、ロゼッタの脳裏に閃きが走った。
(そうだ……! あの剣なら……あるいは!)
彼女は、倉庫で新たに入手した、風の力を秘めた湾曲剣を思い出した。その剣には、風を操るルーン文字が刻まれていることを、魔法剣士である彼女は理解していた。
「試してみる価値はあるわ……!」
ロゼッタは利き手にその湾曲剣…自ら【烈風剣】と密かに名付けた剣を握りしめると、集中力を高め、風の魔法詠唱を開始する。
「《ウェントゥス フォルティス! フラーンマム アルデンテム エクスティンゲンス!》」
(訳:強き風よ! 燃え盛る炎を消し去れ!)
詠唱と共に、ロゼッタは自身の魔力を剣に注ぎ込み、ルーンの力と融合させる。そして、完成した技を解き放った!
「【烈風剣】!!」
ロゼッタが振り抜いた湾曲剣から、凄まじい暴風が竜巻のように迸る! それは単なる風ではない。魔力によって形成された鋭い風の刃となり、燃え盛る紫の炎と、床にこびりついたタールを根こそぎ吹き飛ばし、灼熱地獄の広間に一本の道を切り開く!
風が薙ぎ払った道の先――ロゼッタの目に、信じられない光景が飛び込んできた。広間の最奥、炎から辛うじて守られた壁際に、二つの人影が倒れている。アスタリオンと、テリアルだ!
「アスタリオン! テリアル!」
ロゼッタは瞬間的にダッシュし、切り開かれた道を猛然と駆け下りていく。
「なっ……! なんて威力だ……!」
「道ができてる……!」
後方から追いついたノベル、リバック、ヒューイは、目の前で起きた奇跡のような光景と、ロゼッタが放った魔法剣の威力に絶句した。人間業とは思えない、まさに切り札と呼ぶにふさわしい一撃だった。
だが、驚嘆している暇はない。ロゼッタが駆け寄っていく先に、二人が倒れているのがはっきりと見えたからだ。
「あっ! アスタリオン達だ! 二人とも倒れてるぞ!」
ヒューイが叫ぶ。
「これは……! 急がねば! 我々も早く、あそこまで行きましょう!」
ノベルが指示を飛ばす。三人もまた、ロゼッタの後を追い、燃え盛る炎の間を駆け抜け、倒れた仲間達の元へと急いで降りて行く。
最後まで読んでくださりありがとうございます、引き続きつづきを見掛けたら
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