生贄の迷宮 その9
軽い興味心から、PTを離れテリアルと二人、向かいの建物へと向かったのだが
最初に目撃したと言う影は見つからず、建物内へと閉じ込められると言う罠にはまってしまった
アスタリオン、 突然二人が向かった建物方面が暗くなった事で、なにか罠が発動したのでは?
と二人の後を追う事にしたノベルたち冒険者たちは、書物にも載ってない怪物と遭遇する事に・・・
その69
「またアスタリオンが良いところを見せようとして……!」
抜け駆けした挙句、何かの罠に掛かったのだろう。何度も共に死線を潜り抜けてきたロゼッタは、アスタリオン達の身を案じ、暗闇の中を急ぎ足で進んでいた。一行の中で最も早く、問題の建物の壁際まで辿り着く。
振り返れば、すぐ後ろにノベル達の息遣いも感じられた。今しがたまで居た中庭の中央付近はまだ昼間のように明るく、こちらから見ると光り輝いて見える。しかし、自分たちが踏み込んだ建物周辺だけが、まるで夜の帳にすっぽりと覆われたかのように、深い闇に沈んでいた。
「こちら側だけ、まるで夜になってしまったみたいね」
ロゼッタが呟く。
「ええ。しかし奇妙です。先ほどまで二人が向かっていた中庭と続いてたテラスが見当たりません。確かにこの辺りだったはずですが……まるで幻だったかのように消え去っています」
周囲は三日月が頼りなく空に浮かぶ夜のように、物がぼんやりとしか見えない。ノベルは目を凝らし、中庭へと続くテラスがあったはずの場所を注意深く観察するが、そこにはただ冷たい石壁が続いているだけだった。中庭へと続くテラスが存在した痕跡すら見当たらない。
これでは、二人を追って建物内に入るどころか、入り口すら見つけられない。
「このままこの中庭と続いてたテラスを探しても埒が明きません。手分けして、建物内へ入れる場所を探しましょう」
ノベルは早々に判断を下し、壁沿いに移動を開始する。
その時、壁に耳を寄せていたロゼッタが声を挙げ。
「待って。微かに中から話し声が聞こえるわ」
「本当ですか、ロゼッタさん。だとしたら、呼びかけてみてください。応答があるかもしれません」
ノベルの提案に、ロゼッタは頷き、壁をギュッと握った手で二度叩いた。
「ドン、ドン! アスタリオン、中にいるの?」
高く澄んだ声が、壁の向こうへ届くように響く。
「……」
応答はない。ロゼッタはもう一度、今度は三度、強く叩く。
「ドン、ドン、ドン! ねぇ、アスタリオン! テリアル! 聞こえているんでしょ!」
【場面転換:建物内部 - アスタリオンとテリアル】
一方、建物の通路を進んでいたアスタリオンとテリアルは、壁から響くノック音に気づいた。彼らの周囲では、壁や床、天井に埋め込まれたヒカリゴケのようなものが、青緑色の弱々しい光を放ち、まるで生きているかのように明滅し、ゆっくりと蠢いていた。
「気色悪いな、この光……。生き物みたいにウネウネ動きやがって。光のくせに、どうしてこんな動きをするんだ? 俺たちを狙ってるのか?」
アスタリオンが悪態をつきながら、警戒しつつも先へ進もうとした時、テリアルが鋭く制した。
「待て、アスタリオン。止まれ! それと、静かにしろ!」
「なんだよテリアル、歩き出したばっかりだろうが。早く進まないと出口が見つからねぇ」
「しーっ! 壁から音がする。耳を澄ませ」
二人はピタリと動きを止め、壁に意識を集中させる。
……ドン、ドン、ドン。
そして、微かに、壁越しに声が聞こえた。
「……ねぇ、ア……オン……るんでしょ?」
自分の名前の一部を聞き取ったアスタリオンは、ハッとして壁に駆け寄り、さっきまで気味悪がっていた光る壁にピタリと耳を当てた。そして、聞こえてきたノックに応えるように、壁を二度叩き返す。
「ドン、ドン! ロゼッタか? ロゼッタなんだろ!」
【場面転換:建物外部 - ロゼッタ達】
壁に耳を当てていたロゼッタの表情が、微かに和らぐ。
「中にいるわ! 声ははっきり聞こえないけど、ノックに反応して返してきた!」
確信を得て、彼女はもう一度、今度は三度壁を叩く。ドン、ドン、ドン。
【場面転換:建物内部 - アスタリオンとテリアル】
三度のノック音を聞いたアスタリオンは、テリアルに向かって「やったぞ」と言わんばかりに、口の端を歪めてニンマリと笑う。それは安堵と、少しばかりの悪戯心が混じったような、奇妙な表情だった。彼もまた、壁を三度叩き返した。ドン、ドン、ドン。
【場面転換:建物外部 - ロゼッタ達】
「やっぱり中にいるわ。ちゃんと反応がある」
ロゼッタは皆に告げる。リバックが壁の厚みを確かめるように叩きながら尋ねた。
「どうする、ノベル? この外壁、相当厚そうだぞ。叩き壊すのは無理だろう」
「ええ、爆薬でもなければ、この壁を破壊するのは不可能でしょう。二人が無事なのは確認できましたが、ここからは入れません。別の進入路を探すのが賢明ですね」
ノベルは冷静に状況を分析し、次の行動を促す。ロゼッタも頷き、最後に一度だけ、合図のようにドンドンドンと壁を叩いてから、別の入り口を探すために動き出した。
【場面転換:建物内部 - アスタリオンとテリアル】
壁に耳を当て、次の音を待っていたアスタリオンだったが、やがて音が途絶えたことに気づく。まるで飼い主にボール遊びをねだって、急に無視された子犬のような、少し残念そうな表情を浮かべている。
「向こうは別の入り口を探しに動き出したんだろう。ここで壁を叩き合っていても仕方がない。俺たちも出口を探して動くぞ」
テリアルが現実を突きつける。
「……そうだな」
アスタリオンは壁から離れ、再び前を向く。その様子を見て、テリアルは内心で「やれやれ、世話が焼ける」とため息をついた。二人は、蠢く光が照らす薄暗い通路を、出口を求めて再び歩き始めた。
【場面転換:建物外部 - ロゼッタ達】
ノベル達は建物の周囲を手分けして探索した。10分ほど経った頃、リバックの大きな声が響いた。
「見つけたぞ! ここから中へ入れる!」
声に導かれ、ノベル、ロゼッタ、ヒューイがリバックの元へ集まる。皆の顔には安堵と緊張が入り混じっていた。互いに頷き合い、リバックが見つけた開口部へと向かう。
開いた場所を覗き込むと、内部はぼんやりとした青緑色の光で満たされていた。床、壁、天井に埋め込まれた何かが、弱々しい光を放ち、強弱をつけながらゆっくりと点滅し、移動しているように見える。
「これは……ヒカリゴケの類を建築材料に混ぜ込んでいるのかもしれませんね。暗くなると自然発光するように設計されているのでしょう」
ノベルが観察しながら推測する。
「へぇ、小さな光でも、これだけ集まると結構明るいもんだな。でも、なんで全体が動いてるみたいに見えるんだ?」
リバックが不思議そうに尋ねる。
「おそらく、これらの発光体一つ一つが生命活動をしているのでしょう。鳥の群れのように、何らかの共有意識で繋がり、集団として動いている…『群行動』とでも呼ぶべき現象かもしれません。確かなことは、この光もまた『生きている』可能性が高いということです」
「この光が、生きてる……?」
ヒューイが息を呑む。そんな会話を交わしながらも、一行は警戒しつつ開口部から中へと足を踏み入れた。
全員が通路内に入り終え、最後に詩人剣士のヒューイの体が内部に入った、その瞬間。
音もなく、背後の開口部だった空間に、突如として分厚い壁が出現。外への道は完全に断たれてしまった。
「えっ!? ちょっと、私たちまで閉じ込められたっていうの!?」
ロゼッタが驚愕の声をあげる。
「そのようですね。我々全員が内部に入ったのを感知して、閉じられたのでしょう」
「誰かが見ていたってことか、ノベル?」
リバックが周囲を警戒しながら問う。
「断定はできませんが、何らかの魔法的な仕掛けが作動したと考えるのが自然でしょう」
「ふむ……。もう開かないのか? どうやって外に出るんだ?」
ヒューイが不安げに壁を叩く。
「今は脱出方法を探るより、アスタリオン達との合流を優先しましょう。彼らもこの建物内にいるはずです」
「そうね……。勝手な行動をした罰は、後でたっぷり受けてもらわないと」
ロゼッタは、閉じ込められた怒りの矛先をアスタリオン達に向け、少し尖った口調で言いながら、コンパスで方角を確認し、先ほど声が聞こえた方向へと進み始めた。
【場面転換:通路内部 - ロゼッタ達】
一行は、生き物のように蠢く光が照らす薄暗い通路を進む。突き当たりを左に折れ、さらに進んでいく。しかし、知らず知らずのうちに、周囲に霧のようなものが立ち込めていることに気づいた。闇に紛れて、その発生に気づくのが遅れたのだ。
「待ってください。暗くて分かりませんでしたが、濃いスモッグが発生しています。これは……まずいですね。気づくのが遅すぎました。既にかなりの量を吸い込んでしまっているはずです」
ノベルが険しい表情で警告する。
「何がまずいんだ、ノベル?」
リバックが怪訝そうに聞く。
「未知の有毒な胞子やガスであった場合、我々は無事では済みません!」
「だが、誰も倒れてはいないぞ」
これまで口数の少なかった詩人のヒューイが、やや楽観的に反論する。既に吸ってしまった後で、今更騒いでも仕方がないという思いもあるのだろう。
「うーん、まあな。『○○かもしれない』なんて言い出したらキリがない。この状況で不確かな心配事を口にするのはよそうぜ」
リバックも同意する。
「……そうですね。少し動揺しました」
ノベルは冷静さを取り戻そうと努める事にした。
「分かればいいんだ、ノベル。次からは、何か起きる前にもっと早く気づいてくれよな」
「ははは……善処しますよ」
ノベルは苦笑しながら、持っていた布切れで口元を覆う。それを見て、ロゼッタとヒューイもスカーフなどで口鼻を覆い、再び歩き始めた。辺りに充満するスモッグを吸い込んでいることに変わりはないが、今のところ体に異常をきたす者はいなかった。
不安を抱えながらも、アスタリオン達との合流を急ぐ一行。その時、突然、突き刺すような悪寒が全員の背筋を走り抜ける。冒険者たちの体が瞬間的に硬直する。体力、気力ともに並外れたリバックを除き、ノベル、ロゼッタ、ヒューイの額や背中には、じっとりと冷や汗が噴き出していた。
「今のは……何?」ロゼッタが額の汗を拭いながら呟く。
「私も感じたわ。何か、すごく嫌な感じ……」
「僕もだ。ゾクッときた……。とんでもない奴が近くにいる気配がする」ヒューイの声も震えている。
「まだ姿は見えませんが、これは……相当に厄介な存在が近づいているのかもしれません」
ノベルは言いながら、咄嗟に自分の腕を捲り上げた。予感は的中していた。腕全体に、びっしりと赤い発疹が浮き出ていたのだ。ノベルの危険感知システムである発疹が大きく反応を示していた。
それから間もなく、前方の薄く光る壁の僅かな隙間から、黒く粘質なタール状の液体が、ドロリ、ドロリと音を立てて通路へと流れ落ちてくるのが見えたのだ。それは床に落ちると、黒い水溜まりのように広がり、壁からの流入が止まるのを待っているかのようだった。
やがて、壁から流れ出るものが尽きると、黒いタール溜まりから、ぬぅっと異形の腕が突き出された。さらに注意を凝らすと、もう片方の腕も伸び、床にその粘つく手を掛けて、自らの体をタール溜まりから引き摺り出そうとしているのが分かった。
「おい、見ろ! あのタール溜まりから、何かが這い上がろうとしてるぞ!」
リバックが叫ぶ。ノベル達は、目の前で起きている異様な光景を、まだ理解できずに見守るしかなかった。
「な、なんだ、こいつは……? 黒いタール人間か? それともスライムの仲間か何かか?」
リバックが、いつもの豪胆さとは違う、僅かに上擦った声でノベルに問う。
「私にも分かりません。私の知識にはない、未知の怪物です」
「あんだけ書物を読み漁ってるお前が知らないなんて、どんだけレアな化け物なんだよ」
「王家の書庫にある書物でさえ、世界の全ての怪物を網羅しているわけではありませんからね。もし、この冒険から生きてヨーデルに戻れたなら、この怪物のことを私が書き記し、後世に伝えなければなりません。初発見であれば、命名権と私の名が書物に記載される名誉も得られますし」
ノベルは学者としての性を見せるが、その口調には緊張が滲んでいた。
「おいおい、こんな時にヨーデルに帰る話かよ?」
「学者には、未知の発見を記録し、次世代に伝えるという責務があります。特にこのような未知の迷宮では、新たな知見に遭遇する機会が多いですから。無事に戻れたら、必ずや書物にまとめ上げます」
その間にも、タール溜まりから完全に這い出した存在は、残りのタールを自身の体へと吸い上げ、ニュルニュルと形を変えていった。やがて、それは黒いタールを全身に纏った、まるで人間の兵士のような姿へと変貌を遂げた。手にはタールで形成された歪な剣を握り、敵意を剥き出しにしてこちらへ向け、戦闘態勢を取る。そして、何の前触れもなく、一番近くにいたロゼッタ目掛けて、その黒いタール剣を振り下ろしてきたのだ。
すると、その動きを予測していたリバックが即座に反応。倉庫で手に入れたばかりの、無数の棘がある大きな盾を前面に突き出し、タール兵士の突進を受け止めると、そのまま壁際まで押し込み、盾と壁の間に挟み込んで、力任せに圧し潰した!
ビチャッ!!
鈍い音と共に、黒いタールがトマトのように潰れ、周囲に飛び散る。
「やったか!?」
ノベルが暗闇の中で目を凝らす。だが――
タール人間は、スライムのようにニュルリと形を変え、盾の棘と壁の隙間から左右に分かれてすり抜けると、床に落ちて再び一つに融合し始めたのだ。リバックの渾身の一撃によるダメージは、まるでなかったかのように。
何事もなかったかのように、先程と同じ兵士の姿へと再生する。
「こいつ、ダメージが通じないのか!?」
リバックも流石に驚愕の声を上げる。
「おい、向こうの壁からもだ!」
ヒューイが叫び、指さす。別の壁の隙間からも、同じような黒いタールが滲み出し、新たな兵士を生み出そうとしていたのだ。戦闘の気配を嗅ぎつけたのか、次々と増殖していく。
「続々と湧いてくるわね……!」ロゼッタが顔を顰める。
「厄介だな。圧し潰しても復活するんじゃ、キリがない」リバックが盾を構え直す。
「こんな化け物を相手にしている時間はありません! リバックさん、道を切り開いてください! ここは突破して逃げましょう!」
ロゼッタの判断は早かった。厄介な敵ではあるが、動き自体はそれほど速くない。これなら逃げ切れるかもしれない。ノベルも即座に同意する。
「ロゼッタさんの言う通りです。今は戦うよりも、アスタリオン達との合流を急ぎましょう!」
リバックが再生したタール兵士を再び大盾で押し倒し、一時的に動きを封じる。その隙に、ノベル達は足早にその場を駆け抜け、通路の先へと急いだ。
【場面転換:別のエリア - アスタリオンとテリアル】
その頃、剣士アスタリオンと双剣使いのテリアルは、まさにそのタール兵士の群れと死闘を繰り広げていた。倒しても倒しても即座に再生する黒い敵にじわじわと押され、いつの間にか逃げ場のない袋小路のようなエリアへと追い詰められていたのだ。そして、そこには更に多くのタール兵士が待ち構えていた。二人は、これが巧妙に仕組まれた罠であったことを悟る。
「……やばい。これは……本気で死ぬかもしれん」
アスタリオンが、絶望的な状況を前にして掠れた声を漏らす。
「呑気なこと言ってる場合か、アスタリオン! 後ろから追ってきたのが6体! 前には……くそっ、多すぎて数えられん! 少なくとも10体以上はいるぞ! それに、あの奥にいる奴……なんだかヤバそうな気配の大杖持ちが見える!」
テリアルが周囲の敵を警戒しながら叫ぶ。
「だってよぉ、こんな数、想定外だろ! どうすりゃいいってんだ!」
「落ち着け! あの杖持ちを見ろ! ただの勘だが、おそらく奴がこいつらを操ってる親玉だ!」
「……それがどうした? あいつが親玉っぽいことぐらい、俺にだって分かるぞ」
「馬鹿かお前は! 奴を倒せば、他の兵士共の動きも止まるかもしれんということだ!」
「へっ……! なるほど、なら奴を叩けばいいんだな!」
「そういうことだ! 雑魚は無視しろ! あいつだけを狙うぞ!」
作戦は一瞬で決まった。二人は、タール兵士を操っているであろう杖持ちのタール魔術師目掛けて、敵の群れの中へと突撃を開始した。
その魔術師は、他の兵士とは異なり、フードを目深にかぶった魔法使いのような姿をタールで形成していた。両手には、その体躯に見合った巨大な魔法の大杖を握りしめ、ゆっくりと振り上げている。杖全体からは、禍々しい紫色の魔力がオーラのように滲み出ており、一目で強力な魔法が放たれるであろうことが見て取れた。
(まずい、あの大杖……尋常じゃない魔力量だ! あのオーラ……まともに食らったらひとたまりもない!)
テリアルは接近しながら、魔術師の杖に込められた力に戦慄する。杖を使われる前に、何としても仕留めなければならない。
だが、当然タール兵士達がそれを黙って見過ごすはずもなく。アスタリオンとテリアルに、波のように群がり襲いかかってくる。行く手を阻むように覆いかぶさってきたタール兵士を、アスタリオンが倉庫で手に入れたばかりのロングソードで薙ぎ払う。彼は、その剣に刻まれたルーン文字が持つ特別な力については、まだ理解していなかった。ただ、いつも通りに剣を振るった、その瞬間。
ボンッ!!
剣がタール兵士の体に触れたか触れないかの刹那、小規模な爆発が起こり、タール兵士の体を吹き飛ばした。
「うわっ!?」
予期せぬ爆発の衝撃と閃光に驚いたアスタリオンは、思わず手にしていたロングソードを取り落としてしまう。カキン、と硬い音が響く。
「な、なんだ今のは!? くそっ、何やってるアスタリオン! 剣を拾え! さっさと杖持ちに向かうぞ!」
テリアルは状況を即座に把握し、アスタリオンに檄を飛ばす。同時に、左右から迫ってきたタール兵士2体に対し、これも新たに手に入れたルーン文字が刻まれたショートソード二刀を振るい、素早く斬りつける。だが、斬られたタール兵士は一瞬動きを止めるものの、すぐに体勢を立て直し、再び襲い掛かってくる。テリアルの剣に込められた魔法力は、この敵には効果がないのか、あるいは発動条件を満たしていないのか。
「くそっ、効果なしか、こいつらには!」
テリアルは悪態をつきながらも、巧みな剣捌きでタール兵士達の攻撃をいなし、アスタリオンの後を追って魔術師へと突き進む。
アスタリオンは、落とした剣を拾い上げると、再び道を塞ぐタール兵士達を、今度は爆発を警戒しながらも、力任せに薙ぎ払い、あるいは突き飛ばしながら突破していく。数度の爆発を起こしながらも、ようやく大杖を持つタール魔術師の懐へと躍り出る。そして、渾身の力を込めて、ロングソードをそのタールでできた胸部へと突き刺したのだ!
「だっりゃぁぁ~!」
ボンッ!!
再び、先ほどよりも大きな爆発が起こる。
「ぐわっ!」 自分の剣が起こした爆発に巻き込まれそうになりアスタリオンが変な声を挙げた。
タール魔術師の胸部が爆発、黒い飛沫となって周囲に散乱する。アスタリオンの体にも、べっとりとタールの破片が飛び散り、受けた、魔術師の頭部と四肢は、胴体から千切れ飛び、力なく地面に転がっている。
「……やった、のか?」
息を切らせながら、アスタリオンが呟く。後から追いついたテリアルも、バラバラになった魔術師の残骸を見て、同じ疑問を口にした。
しかし――周囲のタール兵士達は、動きを止めるどころか、依然として二人に向かってじりじりと距離を詰めてくる。状況は改善されるどころか、悪化していた。今や20体近いタール兵士が、逃げ場のない二人を取り囲むように迫ってきていたのだ。
テリアルは、もはや引き返すことは不可能だと判断し、地面に転がったタール魔術師の頭部目掛けて、止めを刺そうと剣を突き立てる。だが、何度突き刺しても、タール兵士たちの動きは一向に止まる気配がなかった。
「くそっ……! なんでだ! こいつ、これでもまだ死なないのか!?」
焦りがテリアルの声を震わせる。そんな絶望的な状況の中、バラバラになったはずのタール魔術師の残骸が、まるで意思を持っているかのように蠢き、再び一つに集まって再生を始めているのが、二人の目に入ってきた。
「……だめだ。俺たちじゃ……こいつらは倒せないのかもしれない」
アスタリオンの力ない声が、テリアルの耳に届いた。
【場面転換:少し時間を遡り、王国兵士達の通路】
一方、冒険者パーティと別れ、中央の通路を進み始めた王国兵士の一団は、慎重に歩を進めていた。彼らは歴戦の兵士ではあるが、未知の状況に即応する能力においては、経験豊富な冒険者達に一歩譲る。兵士とは、基本的に指揮官の命令と練られた作戦の下で動く組織であり、個々の判断で予期せぬ脅威に臨機応変に対応することは、必ずしも得意ではなかった。
ノベルは、その点を考慮し、兵士達と行動を共にすることになったハンターのダクソンに、斥候と警戒の役目を託していた。ハンターが持つ、周囲の変化を素早く察知し、先手を取るための鋭い感覚と経験は、この状況下で不可欠だと判断したからだ。多くの修羅場を経験することで磨かれた第六感、いわゆる『勘』の鋭さは、パーティの生死を分けることもある重要な能力である。
今回、その重要な役割を担うことになったダクソンだったが、彼の内心は複雑だった。これまでは、ジュリアンやロゼッタといった、自分以上に状況認識能力の高い仲間が常に前にいたため、ある意味で楽をしていた側面がある。しかし、今回組むことになったのは、ダクソンから見ても探知能力や危機対応能力が格段に劣る王国兵士達だ。ノベルからの依頼は、彼にとって重責だった。
(まるで、飢えた獣が潜む迷宮に、羊の群れを連れて行くようなものだ……)
ダクソンは全神経を研ぎ澄ませて周囲を警戒していたが、先の戦いで目にした異形の巨人ヨトォンへの恐怖が、まだ心の奥底に影を落としていた。その精神的な枷が、彼本来の能力を僅かに鈍らせ、前へ出ることを躊躇させていたのかもしれない。
そして、その僅かな遅れが、命取りになりかねない状況を招く。
ダクソンが前方に異様な気配を感知し、戦闘態勢への移行を指示しようとした、まさにその時。通路の奥から、地響きのような足音と共に、これまで聞いたことのないような威圧的な声が響き渡った。
「ここから先は、バルモント翁の領域である! 招待されて無い者の立ち入りは許されぬ! 速やかに立ち去れい!」
「ま、また巨人だ!」
ベラクレス隊長を先頭に進んでいた兵士の一人が、甲高い悲鳴に近い声を上げ、反射的に武器を構える。一瞬にして、PT全体に緊張が走った。
後方を進んでいたマルティーナは、左右にオクターブとシャナを従え、声がした前方へと視線を向ける。そこには、屈強なベラクレス隊長ですら子供のように見えるほどの、巨大な騎士が通路を塞ぐように仁王立ちしていた。
その巨人は、目映いばかりに輝くミスリル製のプレートアーマーを身に纏い、背には鮮やかな紫赤のマントを翻している。両手には厳ついガントレットを装着し、上半身、特に肩の辺りからは、ゆらゆらと蒼いオーラが立ち昇っていた。そして手には、これまた白くまばゆい光のオーラを纏った、明らかに魔法の力を帯びた巨大な両手剣を構え、ベラクレスを射抜くように凝視している。
一触即発。ベラクレスと巨人騎士が、互いに殺気を放ちながら対峙する。
ベラクレスもまた、新たなる【力】のルーン文字が刻まれ、抑えきれない魔法力がほとばしる大剣を両手で構え、一歩も引かずに巨人騎士を睨み据えていた。最近まで見せていた腑抜けた姿は微塵もなく、かつてマーブル最強と謳われた頃以上の闘志をその身に纏い、まさに鬼神の如き気迫を放っていた。
「ベラクレス隊長!」
状況を察し、駆けつけたオクターブが声を掛けるが、ベラクレスは巨人騎士から一瞬たりとも視線を逸らさない。
「ほう……。人の子にしては、なかなかの気骨。良い面構えをしておる。だが、相手が悪かったな」
人の言葉でそう語ると、巨人騎士は攻撃に移るべく、その巨大な両手剣を迅速に振り上げた。
「来る!」
ベラクレスも全身全霊で気を高め、その一撃を受け止めんとする。
まさにその時、マルティーナがベラクレスの傍らに進み出て、巨人騎士の視界に入った。すると、驚くべきことに、振り上げられた剣がピタリと止まったのだ。戦いの最中に、このような油断を見せたことなど一度もないであろう巨人騎士が、なぜかマルティーナの姿を捉えた途端、明確にその動きを止めたのである。
その理由は――巨人騎士が、マルティーナの内に存在する、同質の『光』の存在に気付いたからだ。彼自身もまた光の眷属であるため、マルティーナを敵ではないと、本能的に、あるいはシステム的に判断したのだろう。
マルティーナは、その威圧感と、全身から放たれる魔法のオーラに圧倒されながらも、巨人騎士の姿を注意深く観察した。すると、巨人騎士の背後に、巨大な円形の光輪が淡く輝いているのが見えたのだ。それは、かつてトロント枢機卿やロレンツォ大司教に降臨した神の眷属が見せたものと同じものだった。その事実に気づいたマルティーナは、慌てて声を張り上げた。
「お待ちください、巨人騎士様! ベラクレス隊長も、剣を収めてください!」
マルティーナの声を聞くまでもなく、動きを止めていた巨人騎士は、言葉ではなく、直接マルティーナの意識に語りかけてきた。
《……これは珍しい。セティアの写し身か》
「写し身……? あなた様は、セティア様をご存知なのですか?」マルティーナも心の中で問い返す。
《無論だ。セティアの光は、今や天界においても一際眩しく輝きを増しておる。あの方は、次代の大神候補として、我ら神々の間でも広く認識されておる》
「大神……候補?」マルティーナはその言葉の意味を測りかねる。
《うむ。その存在力の強大さは、既に通常の神の位階を超え、更なる上位の次元へと飛翔しつつある。そう言っても過言ではあるまい》
「あなたが巨人であるように、セティア様も神ですが……それよりも、もっと偉大な、大きな神様になられるということでしょうか?」
《左様。そのように理解して良い》
「素晴らしい……! セティア様が、そのような偉大なご存在であったとは……! 教えていただき、感激しております!」
《ふむ。見たところ、そなたはセティアの写し身でありながら、主のことについて多くを知らぬようだな。……よかろう。そなたを、このバルモント宮の主、〖バルモント翁〗に引き合わせてやろう》
「えっ? 巨人騎士様の、主君でいらっしゃるお方に……?」
《そうだ。詳しい話を聞くのであれば、私よりもバルモント翁が適任であろう。翁も、久しく外界の者と語らう機会がなかったゆえ、そなたの来訪を喜ばれるに違いない。……ついてまいれ》
巨人騎士はそれだけ伝えると、くるりと背を向け、宮殿の奥へと歩き始めた。マルティーナは、戸惑いながらも、その巨躯の後を追う。先ほどまで鬼神の形相だったベラクレスも、マルティーナの様子を見て、ひとまず戦闘態勢を解き、警戒しつつ後に続く。他の兵士達も、状況を飲み込めないまま、隊長とマルティーナに従った。
【場面転換:バルモント宮 - メインホール】
しばらく巨人騎士の後について歩くと、一行は広大な宮殿のメインホールへと辿り着いた。その空間に足を踏み入れた瞬間――それまで全く何の気配も感じさせなかったはずの場所に、突如として現れたかのように、凄まじいまでの『存在』が、ホール全体を圧した。
「ぐっ……! なんだ、この圧倒的な存在力は……!?」
まるで自分にだけ、風速100メートルを超える暴風が叩きつけられたかのような感覚。ベラクレスは、気づいた時には片膝を床に突き、その圧力に耐えていた。しかし、実際に風が吹いているわけでも、殺気が放たれているわけでもない。ただ、ホールの奥にある玉座に座る『何か』に、意識が釘付けにされているのだ。今、ようやくその事実に気づいたベラクレスは、玉座に鎮座する老人らしき人物に視線を向けた。およそ、これまで出会ったどんな存在とも比較にならない、完全に次元の違う存在であることだけは、ベラクレスにも理解できた。
他の兵士達は、その存在の威光に耐えきれず、ほとんどの者が玉座の主の姿を見ることすらできずに、地面に顔を伏せていた。まるで、未知なる力によって強制的に平伏させられているかのようだ。
その中で、顔を上げ、玉座の主の姿を正面から見ることが許されたのは、マルティーナとベラクレスの二人だけだった。他の者たちは、その資格がないと見なされたのか、あるいはその存在の光に目が眩んでしまうのか、顔を上げることすら叶わない。
マルティーナの目に映った玉座の主もまた、案内してきた騎士と同じく、巨人であった。彼女は、恐れることなくゆっくりと玉座へと近づき、その姿をまじまじと観察する。目を固く閉じ、微動だにしないその姿を見て、(この方、眠っていらっしゃるのかしら?)と内心で思った。
巨人騎士が「バルモント翁」と呼んだことから、マルティーナは当初、年老いた姿を想像していた。しかし、目の前にいる巨人は、髪こそ雪のように白いものの、その肉体は老いを感じさせないほどに精悍で、まるで鍛え上げられた鋼のように引き締まっていた。一目で、強大な『力』を秘めた剛の者であることが伺えたのだ。
マルティーナは、声を掛けずにしばらく様子を見ていた。しかし、一分近く経っても、巨人は全く動く気配を見せず、瞼も閉じたままだ。
(巨人騎士様が連れてきてくださったのに、私達に気づいていないのかしら……?)
時間が経つにつれ、マルティーナと、顔を伏せたままの兵士達の間に、戸惑いと不安が広がっていく。この奇妙な沈黙は何なのか。一体、どうすれば良いのか。
助けを求めるように、マルティーナは案内役の巨人騎士の方をちらりと見た。しかし、巨人騎士は、いつの間にかバルモント翁の玉座の左後方へと移動しており、その巨大な剣を杖のように前につき立て、両手を柄に添えたまま、まるで石像のように微動だにせず佇んでいた。何の反応も示さず、ただそこに立っているだけだ。
さらに1分ほどが経過した頃、マルティーナは意を決し、さらにバルモント翁に歩み寄ると、丁寧な口調で挨拶を始めた。
「初めまして、バルモント翁。私は、マーブル新皇国より参りましたマルティーナと申します。後ろにおりますのは、我が国の兵士達です」
マルティーナの言葉を受けて、バルモント翁の片方の瞼が、ゆっくりと、本当にゆっくりと持ち上がった。そして、間近まで来ていたマルティーナの姿を、その深淵のような瞳で捉える。翁の視線が、マルティーナの内に宿る光の存在をはっきりと認識した。
「ほう……。これは、実に珍しい。セティアの……写し身か」
深く、古の響きを持つ声が、ホールに厳かに響き渡る。
「それで、セティアの写し身よ。このような辺境の地に、何の用があって参った?」
最後までご覧いただき感謝します、また引き続きみかけたら読んでみてください。




