生贄の迷宮 その4
ノベルの知識の中にあった伝説級の怪物〖ヨトォン〗は人間とは思えない赤黒いオーラを纏うラバァルに
任せるしか打つ手が無かった、そんな王国兵を含む冒険者PTは大精霊を探す為先へと進む事に・・・。
その64
水色に輝く流星と、赤黒く禍々しい光を放つ流星。二つの閃光が、常人には捉えきれない凄まじい速度で空間を飛び交い、激しく衝突し、弾け合っていた。互いがぶつかり合うたびに巻き起こる衝撃波は空気を震わせ、地面を揺るがす。一方が相手を地面や壁に叩きつければ、岩石の破片が弾丸のように飛び散り、濃い土煙が視界を覆い隠す。まるで、強力な爆薬が連続して炸裂しているかのような、圧倒的な破壊の嵐。
その凄まじい戦闘の余波は、周囲にいる者たちにとって直接的な脅威となっていた。とてもではないが、人間ごときが割って入り、共に戦うなどという余地は微塵もない。ただ、飛来する破片や衝撃波から身を守り、回避するだけで精一杯だった。
このままでは戦闘に巻き込まれ、全員が命を落としかねない。そう判断したマルティーナは、恐怖を押し殺し、必死に声を張り上げた。
「皆さん! この場はラバァル様にお任せして、私たちは一旦ここから離れましょう!」
マルティーナの声が届いたのか、あるいは誰もが同じ考えに至ったのか。この異常事態の中にあっても規律を保っていた王国兵たちも、ようやくその場を離れ、安全な距離を取ろうと動き始めた。他の冒険者たちも、負傷者を助けながら後退していく。
二つの超常的な力の激突は、なおも続いていた。だが、伝説級と謳われる怪物との壮絶な戦闘の最中、ラバァルの中で何かが覚醒し始めていた。
(……そうか、こうすれば……こう動けばいいのか……!)
以前の体を貸した、破壊神ドラウグの意識がその身に宿った際の記憶が、断片的に蘇り始めていたのかもしれない。神の領域に属する者の戦い方など知る由もなかったラバァルだったが、死闘の中で本能が研ぎ澄まされ、無意識のうちにドラウグの動きをトレースし始めていたのだ。
さらに、その動きにラバァル自身の思考と戦闘経験が追いつき始めると、動きはより洗練され、予測不能なものへと進化していく。ドラウグの神速の動きに、ラバァル独自の狡猾さや予測能力が加わる。数手先を読み、相手の動きを誘導、逃げ場のない状況へと追い込んでいく。そして、相手が完全にこちらの術中にはまったと確信した瞬間――!
ラバァルは全身を独楽のように高速回転させ、赤黒い闘気を螺旋状に纏いながら、必殺のスピンアタックをヨトゥンに叩き込んだ!
「グギャアアアアアアッ!!」
渾身の一撃は、ヨトゥンの巨体に凄まじいダメージを与える。強靭な肉体を貫く激痛と、死の予感。伝説級の怪物といえども、その本能が警鐘を鳴らしたのだろう。ヨトゥンは、ラバァルの大技の直後、生まれた僅かな隙を突いて、プライドも何もかも捨て去り、一目散に迷宮の奥へと逃走を開始したのだ!
大技を放った直後だったラバァルは、体勢を立て直し次の攻撃に移るまでに、コンマ数秒の間が生じてしまった。その僅かな時間で、ヨトゥンとの距離は大きく開いてしまう。
「くっ……! 逃げる気か、こいつ! こら、待てぇ!」
ラバァルは悪態をつきながら、すぐさま逃げるヨトゥンの後を追って、闇の中へと消えていった。
それまで大気を震わせ、轟音を響かせ、地面を揺るがし続けた激しい戦闘。その主役であった水色のオーラと赤黒いオーラが共にその場を去ると、今度はまるで嘘のように静寂が訪れたのだ。
しーーーーーーん……
先ほどの激震が嘘のように、何の音も聞こえてこない。だが、戦闘によって舞い上がった砂埃は未だ辺りに立ち込めており、視界は悪いままだった。周囲の状況を正確に把握するには、まだ時間がかかりそうだ。
ヨトゥンが逃げ去り、ラバァルがそれを追ってから、およそ30分近くの時間が経過していた。
ようやく砂埃も収まり始め、ラージンが維持している魔法の光球によって、半径50メートル程度の範囲は見渡せるようになっていた。
門をくぐったメンバーは、改めてその場に集結。ヨトゥンによって無残に命を奪われたA級冒険者トランベルを除き、他の者たちは皆、幸いにも生きていた。重傷を負った者もいたが、マルティーナの回復魔法により、命に別状はなく、戦闘にも復帰できる状態にはなっていた。
一行は念のため、入ってきた門から戻れないか試したが、どれだけ力を込めても門は開かず、破壊しようとしても傷一つ付かなかった。ラージンが攻撃魔法【六連火炎弾】を撃ち込んでみたが、結果は同じだった。どうやらこの門は、一度入ってしまえば後戻りはできない仕組みになっているらしい。進むしかないのだと、誰もが理解する。
現状、ラバァルはヨトゥンを追って迷宮のさらに奥へと進み、残されたマルティーナたち13名は、巨大な門のすぐ内側の広間に取り残されている形だ。先ほどまでヨトゥンがいたこの空間には、他に敵の気配はないように思えるが、油断はできない。
マルティーナと王家直属の従者たち、そして一部のA級冒険者たちは、ラージンの魔法で作られた小さな焚き火を囲み、今後の行動について話し合っていた。
マルティーナは、ラバァルを一人で追わせるわけにはいかないと、彼を探しに行くことを提案した。しかし、その提案に賛同する者は一人もいなかった。あれほどの超常的な戦いを目の当たりにした後では、当然の反応かもしれない。忠実な従者であるはずのオクターブとシャナでさえ、反対こそしなかったものの、黙って俯くだけで、首を縦に振ることはなかった。
そして、学者であるノベルが、皆の意見を代弁するように、静かに、しかしはっきりと言った。
「マルティーナ様、お気持ちは痛いほどお察しいたします。ですが、あのヨトゥンは、我々の力が及ぶ相手ではありません。下手に追えば、無駄に命を散らすことになるでしょう。あの伝説級の怪物は、ラバァル殿に一任するしかありません。我々は、本来の目的である大精霊の探索に集中すべきかと存じます」
「ですが……あのような強大な怪物を、ラバァル様お一人だけに背負わせてしまうなど……」
マルティーナは暗い表情で反論しようとしたが、言葉が続かなかった。彼女自身も理解していたのだ。ヨトゥンが見せた圧倒的な力、その破壊力を知ってしまった今、以前のような自信や、知恵でどうにかなるという考えは通用しない。恐怖心が先に立ち、足がすくんでしまう。無理に自分の意見を押し通しても、誰もついてこないだろう。マルティーナは唇を噛みしめ、悔しさと無力感に包まれながら、沈黙するしかなかった。重い空気がその場を支配する……。
そんな時、少し離れた場所で話し込んでいた他の冒険者たちの声が聞こえてきた。
「いつまでも、こんな所でのんびりしている場合じゃないだろう」
「だからと言って、どこへ向かうというんだ? この先は全くの未知の領域だぞ」
「だったら、いつも通りだろう。探索して、進める道を探すしかないじゃないか」
その会話に、ジュリアンが反応した。
「……そうね。彼らの言う通りかもしれないわ。今はここで立ち止まっていても仕方ない。探索しながら、行動範囲を広げていくしかないわね」
ジュリアンの言葉に、リバックやアスタリオンも同意の意を示した。明確に反対する者もいなかったため、一行はこの未知のエリアを探索することで意見がまとまった。
ただ、先ほどのヨトゥンとの遭遇を踏まえ、このエリアにはまだ他の危険な怪物が潜んでいる可能性が高い。ノベルは、隊を分けずに全員で慎重に行動すべきだと進言した。王国騎士のベラクレスは、効率を重視して二手に分けるべきだと主張したが、経験豊富な冒険者たちはノベルの意見を支持し、全員で行動することが決定された。
短い休憩を終え、一行は再び周囲の探索を開始した。しばらく進むと、不意にあちこちから複数の魔物らしき気配が感じられるようになり、冒険者たちは即座に警戒レベルを引き上げ、武器を構えながら慎重に進む。
案の定、数分もしないうちに、暗闇の中からぬらりとした影が現れた。数匹の異形の化け物が、爛々と光る鋭い瞳でこちらを睨みつけている。一行が敵の存在に気づくと、その後ろからも次々と同種の化け物が現れ、瞬く間にその数を増やしていく。彼らは唸り声を上げながら、じりじりと距離を詰め、冒険者たちを包囲しようという陣形を取り始めた。
ノベルは素早くリバックとジュリアンに視線で合図を送る。それを受けたリバックは、巨大なタワーシールドを両手で構え、隊列の最前線へと進み出た。その後ろを、ジュリアンが手斧を構えて続く。
このエリアの支配者であったヨトゥンが一時的にいなくなったことで、これまで息を潜めていた他の強力な魔物たちが、ここぞとばかりに動き出したのだろう。見えないプレッシャーが一行を包み、誰もが自身の心臓がドクドクと早鐘を打つのを感じていた。それぞれが武器を握る手に力を込め、迫りくる脅威に身構える。
『グォォォォォォォォォォォォォ!!』
一体の化け物が咆哮を上げたのを合図に、戦闘が始まった!
バコーーーーン!!
最初に飛びかかってきた一体の攻撃を、リバックがタワーシールドで受け止めた。凄まじい衝撃音が響き渡る。
国家魔術師ラージンは、敵の正確な数と位置を把握するため、複数の光球を円陣状に再配置し、展開させた。これにより、半径10メートル四方の視界が確保され、接近してくる敵に対処しやすくなる。光に照らし出された敵の数は、12体。対するこちらは13名。数ではわずかに有利だ。
よほどのことがない限り、負ける相手ではない。そう判断した冒険者たちの纏う雰囲気が変わった。先ほどまでの警戒心は、獰猛な闘争心へと変貌する。
「あれは……グラント! だが、色が違う……見たことのない、黒いグラントだ!」
敵の姿を視認したアスタリオンが叫んだ。彼は以前、同種の怪物と遭遇した経験があるのだろう、力強く断言している。
グラントと呼ばれる怪物は、通常、緑がかった体色をしている。大きさは人間よりも一回り大きく、全長は2メートルから2.5メートルほど。イモリに似た姿の両生類型モンスターで、一体あたりの戦闘能力はBランク相当とされている。
しかし、今、目の前にいる個体は、艶のある黒曜石のような体色をしていた。ラージンが生み出した光球の光を浴び、その滑らかな体表がぬらりと光を反射している。
「皆さん、気をつけてください! あの光沢は、おそらく水系の防御膜を纏っている証拠です!」
ラージンが警告を発する。
アスタリオンも付け加える。
「そうだ! それに、奴らの本当に厄介な点は、人間のように連携して、統率された動きで獲物に襲いかかってくるところだ! 油断するな!」
単体の強さもさることながら、集団で統率された狩りを行う知能の高さこそが、グラントの真の恐ろしさなのだ。4足歩行による素早い動き、人間並みの知性、そして何でも食らう貪欲さ。危険な相手であることは間違いない。
「かなり危険な相手ですが、数ではこちらが有利です。これ以上増援が現れなければ、倒せない相手ではありません。ですが、奴らが仲間を呼ぶ前に、迅速に殲滅する必要があります!」
ノベルの冷静な分析と檄を聞き、冒険者たちは一斉に行動を開始した。
できる限り素早く、目の前のブラックグラントどもを仕留めなければならない。その共通認識の下、パーティーの中でも特に反応速度の速い魔法剣士ロゼッタが真っ先に飛び出し、それに僅かに遅れて戦士ジュリアンが続いた。剣士アスタリオンと双剣使いのテリアルも、すぐさま後を追う。
他の冒険者たちは、前衛との距離を保ちながら左右に展開し、支援と警戒の態勢を取る。やはり実戦経験の差か、王国兵たちは動きが一歩遅れ、マルティーナの周囲を固める防御陣形を取った。オクターブとシャナも、主君の前後を固め、守りに徹する。
先陣を切ったロゼッタの魔法剣が、一体のブラックグラントの頭部へと鋭く突き込まれた! しかし――
バチッ!
甲高い音と共に、剣先はグラントの水系防御膜に弾かれ、ロゼッタの手には痺れるような衝撃が走った。一瞬、次の攻撃に移ることができない。
そのロゼッタに遅れること、わずかコンマ数秒。ジュリアンが渾身の力を込めて黒檀の手斧を叩きつけた! 強靭な防御膜は手斧の衝撃を吸収し、深くめり込ませるまでには至らなかったが、それでも僅かな亀裂を生み、そこから赤い血が薄っすらと滲み出る!
「ちぃっ! 会心の一撃だと思ったのに、硬い奴だねぇ!」
ジュリアンは吐き捨てつつも、手応えを感じた。防御は固いが、決してダメージが通らない相手ではない。同じ箇所を狙えば、確実に倒せるはずだ。
だが、ジュリアンが次の攻撃に移るよりも早く、ブラックグラントたちの反撃が始まった。群れの後方にいた一匹が、「ゴァァ」と奇妙な顎の音を鳴らすと、それを合図に、8体ものグラントが一斉に口を開き、粘り気の強い黒い唾液をジュリアン目掛けて吐き出してきたのだ!
最初に仲間を傷つけたジュリアンを、最も危険な敵と認識したのだろう。他の冒険者には目もくれず、集中攻撃を仕掛けてきた!
ジュリアンは咄嗟に身を躱し、最初の唾液攻撃は回避した。しかし、避けた先にも次々と別のグラントから唾液が飛来し、ついに避けきれず、その粘液をまともに浴びてしまう!
「ぎゃあっ!」
悲鳴と共に地面に倒れたジュリアン。その黒い唾液は、恐ろしく強力な粘着性を持っていた。地面に倒れた彼女の体を、まるで強力な接着剤のように固定し、身動きを完全に封じてしまったのだ。さらに、身動きが取れなくなったジュリアンに対し、容赦なく次の唾液が何発も浴びせかけられる。あっという間に、彼女の全身は黒いネバネバとした粘液で覆い尽くされてしまった。
粘液は気道をも塞ぎ、ジュリアンは息ができず、必死にもがき苦しむ。だが、強固な粘液に動きを封じられ、なすすべもない。やがて、その動きは弱々しくなり、完全に沈黙してしまった。黒い粘液の塊と化した彼女がどうなったのか、外からは全く分からない。
「いけません! ジュリアンが! 誰か、ジュリアンを助けてください!」
ノベルが、仲間の危機に悲痛な叫び声を上げた。だが、あのような未知の攻撃に対し、どうすれば良いのか見当もつかず、回復魔法を使える者に助けを求めるしかなかった。
一番近くにいたロゼッタが、必死にジュリアンにかけられた黒い粘液を剥がそうと手を伸ばす。しかし、その手がジュリアンの顔を覆う粘液に触れた途端、今度はロゼッタの手が粘液に貼り付いてしまい、彼女までもがジュリアンから離れられなくなってしまったのだ!
「まずい! 迂闊にあの黒いネバネバに触れるな! 俺たちまでくっ付いちまうぞ!」
アスタリオンが叫び、他の者たちの軽率な行動を制止する。
先陣を切った前衛二人が、敵を一体も倒せないまま、危機的な状況に陥ってしまった。
その様子を見ていたマルティーナが決断を下した。
「皆さん! 私の護衛はシャナ一人で十分です! オクターブ、ベラクレス、兵士の皆さんも、冒険者の方々の援護に向かってください! ここで彼らを失えば、私たちもすぐに後を追うことになるでしょう!」
マルティーナの指示を受け、オクターブがすぐさま兵士たちに檄を飛ばす。
「皆、マルティーナ様のお言葉通りだ! 彼らと我々は運命共同体! あの黒い液体には細心の注意を払い、奴らを仕留めるぞ!」
「「「おおおおおっ!」」」
兵士たちは雄叫びを上げ、オクターブに続いてグラントへと突撃していく。
しかし、マーブル兵最強と謳われていたはずのベラクレスだけは、その場から動こうとしなかった。
マルティーナは、そんな彼の様子に気づき、問いかける。
「どうしたのですか、ベラクレス?」
ベラクレスは俯いたまま、力なく答え。
「……王女様。私の剣は、先ほどのヨトゥンとの戦いで折れてしまいました。そして、剣と共に、私のこれまでの自信も……完全に砕け散ってしまったのです。思えば、この任務のためにラバァル殿に会いに行った時から、私は彼に容易く打ちのめされ、彼の指示を仰ぐ立場に成り下がってしまった……。あの時から、マーブル兵最強という称号に、誇りを持てなくなっていたのかもしれません。最強などと……ただ、己の知る世界が狭かっただけの、井の中の蛙に過ぎなかったのです。そして今、私の誇りであった剣までもが、こうもあっさりと……。私は……これからどう戦えば良いのか……もう、分からなくなってしまいました……」
「何を弱気なことを言っているのですか!」マルティーナは厳しく叱咤する。「現状を見てください! あなたよりも弱いかもしれない者たちが、今、必死に戦っているのですよ! 最強と謳われたあなたが、このような状況で迷っている場合ではないでしょう!」
「私が……強い……? いいえ、王女様。今の私は……ただの弱者なのです……」
ベラクレスは、完全に自信を喪失してしまっていたのだ。
こんな時に…。マルティーナも、彼の状態を何とかしてやりたかったが、今はそれどころではない。黒い粘液に覆われたジュリアンを、一刻も早く助けなければならない。
「今は感傷に浸っている場合ではありません! 皆を救うために、体を動かしてください! 私たちも行きますよ、シャナ!」
「はい、マルティーナ様!」
マルティーナはベラクレスをその場に残し、シャナと共にジュリアンたちがいる場所へと駆けていった。
一方、戦闘は続いていた。
「くそっ! 厄介なゲロを吐きやがる! 迂闊に近づけん!」
双剣使いのテリアルが、グラントの唾液攻撃を警戒し、距離を取らざるを得ない状況に悪態をつく。
だが、その後方から、思わぬ援護射撃が入った。ヨトゥンとの戦いで恐怖に駆られ逃げようとし、意識を失っていた狩人のダクソンが、いつの間にか戦線に復帰していたのだ! 彼が放ったハンドボウガンの鏃が、立て続けに3本、ブラックグラントの体を覆う硬い防御膜を貫き、深々と突き刺さった! しかも、その鏃には強力な毒が塗られていたらしい。鏃を受けたグラントは、苦悶の声を上げ、激しくのたうち回り始めた。
「おおっ! ナイス援護だ、ダクソン!」
テリアルは叫びながら、この好機を逃さなかった。毒でのたうち回るグラントに向かい、今度は斬りつけるのではなく、双剣の切っ先を突き立てる!
ズブッ!!
確かな手応え。剣先は防御膜を貫通し、グラントの肉体に深く突き刺さった。傷口からは、粘度の高い赤い血が噴き出す。
「やったぞ! 刺さる! 皆、斬るな! 突き刺せ!」
テリアルは、有効な攻撃方法を発見したことを、即座に仲間たちへと伝達した。
その情報を得た冒険者たちと王国兵たちは、戦術を切り替える。グラントに向かって突進し、剣や槍を突き立てていく。
初めはどうなることかと思われた戦いだったが、弱点である『突き』攻撃が有効であること、そして王国兵たちが加勢したことで、戦況は一気にこちらへと傾き始めた。
一体、また一体と、ブラックグラントが確実に仕留められていく。数が減るごとに、こちらの優位性はさらに増していき、残りのグラントも間もなく全て撃破することに成功した。
戦闘が終結すると、皆はすぐに黒い粘液に覆われたままのジュリアンの元へと集まった。駆けつけたマルティーナも、その痛ましい姿を見て、どうすればこの状態から救えるかを懸命に考えた。(祝福された清浄な水で、この穢れた粘液を洗い流す……!)祈りのイメージが頭に浮かんだ。彼女はすぐさまそれを実行に移すことにした。
「〖アクア・サクラ〗!」(※聖水生成)
マルティーナが祈りを唱えると、彼女の手のひらから清らかな水が溢れ出し、ジュリアンを覆う黒い粘液へと降り注いでいく。
しばらく聖水がかけ続けられたが、見た目には大きな変化はなく、効果がないのかと、誰もが不安に思い始めた時だった。ジュリアンの顔の横で、手が粘液に貼り付いて身動きが取れなくなっていたロゼッタが声を上げた。
「待って! そのまま続けてください! 手が……剥がれそうです!」
ロゼッタが言うと同時、先ほどまでジュリアンの顔部分に固く貼り付いていた彼女の手が、スポッと音を立てて外れた! 自由になった手で、ロゼッタはさらに粘液を剥がしていく。やがて、ジュリアンの髪が見え始め、顔の輪郭が現れてきた。
すぐにノベルとリバックが駆け寄り、ジュリアンの状態を確認する。ノベルがジュリアンの鼻口に耳を寄せ、リバックが脈を確認するが…。
「……くっ、息がない……!」
ノベルが絶望的な声を上げる。
「人工呼吸と心臓マッサージを!」
誰かが叫び、二人は必死に蘇生を試みる。だが、いくら続けても、ジュリアンが目を開ける気配はない。
マルティーナは、最後の望みを託し、先ほどリバックを瀕死の状態から救った奇跡の魔法を、再び唱えた。消耗は激しいが、今はそんなことを言っていられない。
「〖大回復〗!」
再び、温かな光がジュリアンを包み込む。彼女の体はふわりと僅かに宙に浮き、神聖な光の中で癒やされているかのように見えた。だが、光が収まり、ジュリアンの体が静かに地面に着地しても、彼女が目を開けることはなかった。
ノベルが再びジュリアンの胸に耳を当て、脈を確認するが、結果は変わらなかった。彼は力なく首を横に振る。
「……ダメです。心臓は……動いていません……」
「そんな……ジュリアン……! 嘘だろ……こんな所で……!」
リバックは信じられない、とでも言うように、それでも必死に心臓マッサージを続けようとする。
だが、しばらくして、三人のリーダー格であるノベルが、静かに立ち上がった。彼は見守っていた他のメンバーたちに向き直り、悲しみを押し殺した、しかし毅然とした声で告げた。
「……私とリバックは、ジュリアンをここに埋葬し、弔ってから後を追います。皆さんは……どうか、立ち止まらず、目的である大精霊の元へ向かってください」
しかし、その言葉に、ここ数日、共に死線を潜り抜け、仲間としての絆を深めていたアスタリオンとロゼッタが反論した。
「待ってくれ、ノベル。俺も、ジュリアンを弔わせてほしい」
「私も……ジュリアンには何度も助けられたわ。私も、ちゃんとお別れをしたい」
二人の真摯な申し出に、ノベルは一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに静かに頷いた。
「……分かりました。アスタリオン殿、ロゼッタ殿。感謝します。……では、一緒に弔ってやってください」
こうして、ノベル、リバック、アスタリオン、ロゼッタの4名をその場に残し、マルティーナを含む他の者たちは、悲しみを胸に、迷宮のさらに奥へと進み始めることになった。
最後まで読んでくれありがとうございます、また続きを見掛けたら読んで見て下さい。




