生贄の迷宮 その2
転移紋を見つけたラバァルたちは、その先に進んだ、そこは今までの迷宮内とは違い
モンスターが全く姿を現さなかった、だが高い壁が見えて来て・・・
その62
しかし、地下5階の探索は困難を極めた。次の階層へ続く道は容易には見つからず、一行は広大なフロアを隅々まで調べざるを得なくなり、その過程で数多くの魔物との戦闘を強いられた。
だが、苦労に見合うだけの発見もあった。この階層から、ようやく魔物たちが収集したと思われる遺物が見つかり始めたのだ。それらは、かつてこの迷宮に挑み、力及ばず倒れた冒険者たちが装備していたであろう武具や、携帯していたアイテムだった。
一行はそれらの中から状態の良い武器を選び出し、自身の武器が破損・消耗していた者たちの装備と交換していく。完璧とはいかないまでも、十分に戦闘を継続できる状態まで立て直すことができた。そして、改めて6階への階段、あるいは何らかの移動手段を探すことに集中する。
だが、かなりの時間をかけて地下5階を探索し尽くしても、それらしきものは見つからない。その間に、地上へ水を汲みに戻っていた部隊が帰還してきた。
それでもなお、地下6階への道筋は杳として知れなかった。古書を読んだマルティーナに尋ねても、「迷宮の謎を解くための知識や手順は理解していますが、古書には具体的な場所までは記されていませんでした」と言うばかりで、結局は自力で探し出すしかない。
しかし、一行は既に地下5階を隅々まで探索し尽くしたはずだった。どうしたものかと思案しているところに、ちょうど水汲み部隊が十分な水を持ち帰ってきたこともあり、ラバァルは一旦休憩を取ることを決定した。
「みんな、疲れているだろう。一旦ここで休憩する。疲労と焦りは判断を鈍らせ、見落としを招きやすいからな。新しい水も届いた。これで少しは回復できるだろう」
ラバァルは、学者のノベルに向き直る。
「ノベル、何か見落としがあるはずだ。地図をもう一度確認し、怪しい箇所を洗い出してくれ」
ノベルは頷くと、肉体労働から解放されたことを喜ぶかのように、これまでの移動経路を記した手書きの地図を広げ、隠された通路や空間が存在しそうな箇所がないか、細心の注意を払って 調査を開始した。
1時間ほどの休憩と調査の時間が過ぎた。ノベルはいくつかの候補地を絞り込み、小さな探索チームを複数編成して、それらの箇所を同時に調査することを提案した。
ラバァルが含まれたチームが向かった箇所では、残念ながら何も見つからなかった。だが、他のチームが調査していた方向から、遠く、隠し通路を見つけた際の合図である「ラーーー♪」という歌声が、微かに木霊してきたのだ。
「! どこかのチームが見つけたようね」
ラバァルと同じチームにいたロゼッタが、その微かな声にいち早く気づき、伝えた。
一行はすぐに声がした方へと急行する。現場に到着すると、他のチームのメンバーたちも既に集まり始めていた。彼らの視線の先には、先ほどまでは何もなかったはずの空間――床から5~7センチメートルほど浮かんだ位置に、淡い橙色に光る巨大な秘術紋が浮かび上がっていた。直径は3メートルほどもあり、暗い迷宮の中で幻想的な光を放っている。
「これは……?」
ラバァルの問いに、この紋章を発見したノベルが答えた。
「おそらく、どこか別の場所へ転移するための秘術紋かと思われます。以前、これとよく似た紋章を古い文献で見たことがあります」
「転移……」
その言葉に、皆がざわめく。ここにいる者たちのほとんどは、転移魔法など経験したことがない。勿論、ラバァルにもそのような記憶はなかった。
「すると、これはどこに繋がっているのか見当もつかんが……入ってみる以外に、確かめる方法はない、というわけか」
ラバァルが結論付ける。
「はい。この先に何があるのか、どのような効果があるのか、私にも分かりません」
ノベルは慎重に答えた。
そんな話をしているところに、マルティーナたちも駆けつけてきた。
「ラバァル様♪ 見つけられたのですね!」
マルティーナが現れると、不思議と場の雰囲気がふわりと明るくなるように感じられる。実際には迷宮の深部で薄暗いのだが、彼女の存在そのものが、希望の光のように感じられるのだ。まるで女神が降臨したかのようなその雰囲気に、ラバァルは思わず尋ねた。
「マルティーナ王女、これが何か分かりますか?」
「はい。この紋章、古書に記載がありました。ノベル様のおっしゃる通り、おそらく転移のために使われる秘術紋かと存じます」
「では、使い方も分かるのか?」ラバァルが期待を込めて尋ねる。
「はい。古書に記されていた通りに、試してみましょう」
マルティーナはそう言うと、ラバァルに向き直り、提案した。
「では、まず最初に転移される方を、お決めになられてはいかがでしょうか?」
ラバァルは頷く。
「そうだな。最初は実験だ。何が起こるか分からんし、危険かもしれん。それでも、俺が最初に行く。他に、行ってみたいと思う奴は手を上げてくれ」
ラバァルはそう宣言すると、自ら率先して、地面からわずかに浮遊する秘術紋の中へと足を踏み入れた。
皆が固唾を飲んで見守る中、特に何も起こらないことを確認すると、ラバァルの後に続こうと決めた者たちが、次々と紋章の中へと入っていく。
最終的に、最初に転移を試みることになったのは、ラバァル、学者のノベル、ラーバンナー、そしてB級冒険者のソドンの四名だった。ラバァルが行くと聞いて、マルティーナも共に行きたかったのだが、この秘術紋を起動できるのは、今のところ古書の知識を持つ自分だけであるため、見送る側に回らざるを得なかった。
「ラバァル様、私が転移を起動させます。ご準備はよろしいでしょうか?」
マルティーナが確認する。
「ああ、いつでもいい。やってくれ」
ラバァルの返事を受けて、マルティーナは頷いた。
「それでは、始めます」
マルティーナは、古書の記述に従い、転移紋の近くにあるはずの、起動用の小さな補助紋を探し出した。そして、そこに魔力を込め、詠唱する。
「【転移】!」
その言葉と共に、紋章の中にいたラバァルたち四名の姿が、眩い光と共に一瞬で掻き消えた。彼らは別の場所へと転送されたのだ。
転移したラバァルたちにとっては、周囲にいた仲間たちが一瞬で消え去ったように見え、自分たちが別の場所へ移動したのだと気づくまでには、しばしの時間が必要だった。
「……あれ? ここは……似ているが、先ほどまでいた場所ではないな。さっきの場所には、あんなものはなかったはずだ」
ラバァルが指さしたのは、驚くべきものだった。迷宮の奥深くとは思えない、まるでどこかの庭園にあるような、優美な装飾が施された立派な噴水が、静かに水を湧き上がらせていたのだ。
「なんですかな、これは……。なぜ迷宮のこんな場所に噴水が?」
ノベルにも、この不可解な光景の理由は見当がつかなかった。しかし、現実的なラーバンナーは、すぐにその噴水の水が飲めるものかどうか、早速手ですくって試している。
「おい、ラーバンナー、気をつけろ! ここは迷宮の深部だぞ。何が仕掛けられているか分からんのだからな!」
ラバァルが注意するが、ラーバンナーは水を飲んだ後、平然と答えた。
「冷たくて美味い、ただの水ですよ。おそらく、外の雪解け水か何かでしょう」
それを聞いて、ノベルとソドンも恐る恐る噴水に近づき、水を飲んでみる。すると二人は、ラバァルに向かって親指を立てる仕草を送り、安全で美味しい水であることを伝えた。
「そ、そうか。ただの水か……。なら、いいんだが……」
ラバァルはまだ少し腑に落ちない様子だったが、安堵の色も見せた。ともあれ、これで安全な水源が確保できたことになる。これがあれば、いちいち地上まで水を汲みに戻る必要もなくなるだろう。まるで、ここを拠点として利用しろと、暗に示されているかのような配置だった。
しかし、待てど暮らせど、後続の仲間たちが転移してくる気配はない。待ちくたびれたラバァルたちは、噴水の先がどうなっているのか、好奇心を抑えきれなくなり、「ちょっとだけだ」と言いつつ、周囲の探索を始めていた。
噴水の先には通路が続いており、その両脇には、大理石で作られたと思われる精巧な彫刻や、勇ましい戦士の石像、奇妙な模様が刻まれたトーテムポールのような柱など、様々な装飾品が並んでいた。まるで、地下に築かれた古代の王宮か、あるいは博物館のような荘厳な造りをしている。
もっと奥まで進んでみたいという誘惑に駆られたが、たった4名で勝手に行動し、後から転移してくる仲間たちを無用な心配をさせてしまう可能性を考え、ラバァルは探索を中断し、転移紋のある噴水の場所へ戻るよう命じたのだった。
転移紋の傍らにある冷たい石の上に腰を下ろし、ラバァルたちはひたすら待っていた。噴水から湧き出る水の音だけが響く空間で、体感では既に丸一日近い時間が過ぎている。苛立ちが募り始めた頃、ようやく転移紋が再び淡い光を放ち、仲間たちの姿が現れ始めた。
「遅いぞ! 一体何をしていたんだ!」
待ちくたびれたラバァルは、転移してきたばかりで状況が掴めていない一行に向かって、思わず声を荒らげた。
「俺たちはここで丸一日以上、貴様らを待っていたんだぞ! たかが転移ごときに、そんなに時間をかけるほど恐ろしいことなのか!」
その剣幕に、アスタリオンとロゼッタが困惑した表情で反論する。
「何を言っているんだ、ラバァル? 俺たちはあんたたちが転移した直後、ほんの数分もしないうちに後を追って転移したはずだぞ!」
「そうよ。せいぜい遅れたとしても、3分といったところだわ」
「なんだと……?」ラバァルは眉をひそめる。「そんなはずはない。貴様らがなかなか来ないから、俺たちは一度周囲を軽く探索したんだ。だが、あまり遠くまで行くのは危険だと判断してここに戻り……それからでも、ほぼ丸一日は待っていた計算になる」
後から転移してきた者たちは、ラバァルの言葉と自分たちの体感時間との齟齬に、ざわざわと騒めき始めた。
やがて、最後のグループが転移を完了し、その中にはマルティーナ王女たちの姿もあった。
「ご苦労だったな、マルティーナ王女」
ラバァルは、ここ最近、目覚ましい活躍を見せるマルティーナに対し、少しだけ口調を和らげて労いの言葉をかけた。
そして、先ほどの時間感覚のズレについての話題に戻ると、学者のノベルが考察を口にする。
「どうやら転移魔法、あるいはこの迷宮の特性なのか……転移元と転移先で、時間の流れにズレが生じる場合があるようだね。一定ではない、不安定な現象なのかもだけど、転移の性質状起こりうる事象だよ」
ノベルの説明に、皆は改めて顔を見合わせる。最後に転移してきたマルティーナたちにとって、ラバァルたちが最初に転移してから、まだ10分と経っていない感覚なのだ。しかし、ラバァルたちの話では丸一日以上が経過しているという。その奇妙な事実に、一同は何とも言えない違和感を覚えていた。
転移という便利な移動手段には、このような予測不能な危険性――時間そのものの歪みというリスクが伴うのだと、彼らは身をもって学ぶことになった。下手をすれば、一日程度のズレでは済まない可能性すらあるのだから。
しかし、そんな深刻な議論が交わされている間も、マルティーナの心は別の場所にあった。転移による時間のズレなど上の空で、先ほどのラバァルとの短いやり取りを何度も頭の中で反芻し、甘い夢見心地に浸っていたのだ。
(ラバァル様が、私を労ってくださった……)
先ほど、ラバァルの方から珍しくかけられた優しい言葉。
「ラバァル様、お待たせしてしまい申し訳ありません」
そう謝罪したマルティーナに、ラバァルは少し照れたように、しかし確かに穏やかな声で応えたのだ。
「いや、全員が無事に転移できたのなら、それでいい。大きな功績だ」
その言葉だけで、マルティーナの頬はポッと赤く染まり、胸が高鳴った。ラバァルが僅かにマルティーナに歩み寄り、二人の間にふわりと柔らかな空気が流れ始める。
だが、その様子を苦々しい表情で見つめる者たちがいた。従者のオクターブとシャナだ。二人は主君とラバァルの関係が進展することを快く思っておらず、その感情を隠そうともしない。
とはいえ、かつてラバァルに完膚なきまでに打ちのめされ、力で捩じ伏せられた経験を持つ二人には、今の状況を黙って見守ることしかできなかった。
しかし、そんな従者たちにとって思わぬ助け舟が現れた。
良い雰囲気になりかけていた二人のすぐ傍らに、小さな影がすっと近寄り、何やら熱心に手元の羊皮紙にメモを取り始めたのだ。その奇妙な行動に、ラバァルがいち早く気づいた。
「なるほどね……時に厳しく、時に優しく褒める、と……ふむふむ」
振り向くと、そこには真剣な表情でメモを取るニコルの姿があった。
「何をやっている、ニコル?」
ラバァルが訝しげに尋ねると、ニコルは顔を上げ、悪びれもせずに言う。
「気にしないで続けてよ。僕も将来、綺麗なお姉さんとお付き合いしたいから、ラバァルを参考に、モテる秘訣を研究してるんだ」
「なっ……! 馬鹿か、お前は!」
予想外の返答と、子供の純粋(?)すぎる探求心に、ラバァルはどう対応すれば良いのか完全に戸惑ってしまった。気まずさと照れ臭さが一気に込み上げ、これ以上ここにいるのは得策ではないと判断したのだろう。彼はあっさりとマルティーナの傍らを離れ、そそくさと他の冒険者たちの輪の中へと姿を消したのだ。
マルティーナはといえば、ラバァルに褒められた嬉しさで完全に自分の世界に入り込んでおり、ラバァルが去ってしまったことにも、ニコルの珍妙な行動にも気づいていない様子だ。
一方、いとも容易くラバァルをマルティーナの元から遠ざけたニコルの手腕(?)に、従者の二人は目を丸くしていた。
「な、なんだ、あの子は……?」
オクターブとシャナは顔を見合わせ、深く頷き合う。まるで女神セティアがあの子を使わし、不埒な男を追い払ってくれたのだとでも言うように、二人揃って胸の前で手を組み、ニコルの方を向いて静かに感謝の祈りを捧げ始めた。そして、この小さな救世主の顔と名前を決して忘れまいと、その姿を脳裏に焼き付けようと真剣な眼差しで見つめていたのだ。
こうしてニコルは、本人のあずかり知らぬところで王女の従者二人に深く覚えられ、パーティー内での存在感を(奇妙な形で)高めることになっていた。
そんなニコルだったが、すぐにエルトンに見つかり、声をかけられると。
「ニコル、何遊んでるんだ! 置いていくぞ!」
「えっ、ちょっと待ってよ、エルトン~!」
ニコルは慌ててメモをしまい、エルトンの後を追いかけていった。
ニコルから逃げるように離れたラバァルは、すぐに気を取り直すと、全員に向けて出発の号令をかける。
「よし、全員揃ったな! そろそろ出発するぞ! ここからはさらに気を引き締めていけ!」
この場所が、迷宮の地下6階なのか、それとも全く別の異空間なのか、誰にも確信は持てなかった。古書を読んだマルティーナでさえ、この特異な空間についての記述は覚えていないという。
誰もが気づいていたのは、この空間の天井が自然の鍾乳洞のように、極めて複雑な高低差を持っていることだった。鍾乳石のような石筍や石柱が無数に垂れ下がり、あるいは地面から突き出している。天井の高さは、低い所でも6メートルほど、高い場所では軽く20メートルを超えているようだ。
地下深くであることは間違いないだろうが、これまでの人工的に掘削されたような通路とは明らかに造りが異なっていた。壁の代わりに大理石の石像が並び、まるで古代の宮殿へ続く参道のような、荘厳でありながらもどこか人為的な道が続いていたのだ。ここは間違いなく、特別な場所だろう。そして、特別な場所には、相応の危険が潜んでいるものだ。誰もがそう感じ、一層気を引き締める事にした。
ラバァルは、未知のエリアでの不測の事態に備え、今回はパーティーを分けずに全員で進むことを選択した。どのような魔物が現れるか全く予測がつかない以上、戦力を集中させるのが最善だと判断したのだ。これまでの階層とは比較にならない、強力なモンスターが出現することを覚悟しなければならない。
出発してから30分ほど、一行は慎重に歩を進めた。しかし、予想に反して、一体の魔物にも遭遇しない。静寂が支配する空間。だが、その静けさが逆にラバァルの警戒心を煽った。何か、とてつもなく大きなものが潜んでいる予感がする。
それはノベルも同様だったようだ。彼は仲間のリバックとジュリアンを呼び止め、おもむろに自身の左腕の袖をまくり上げて見せた。
「ラバァル、これは俺たちにしか分からないサインなんだが…」
ジュリアンがラバァルに説明する。「ノベルは、極度に大きな危険を感じると、体に特殊な発疹が出るんだ。その発疹の広がり方で、危険の度合いがある程度分かる」
「それで、具合はどうなんだ?」
ラバァルがノベルの腕に視線を落としながら尋ねる。そこには、普段のノベルの肌にはない、赤黒い斑点がびっしりと浮き出ていた。
ノベルは厳しい表情で答える。「危険度マックスだ。これほど酷い出方は、初めて見る」
ノベルの言葉に、ラバァルも自身が感じていた得体の知れないプレッシャーの正体を確信する。ここで最悪の事態――全滅のリスクを避けるため、ラバァルは苦渋の決断を下した。
「全員、止まってくれ! ストップだ!」
ラバァルの鋭い声に、一行は足を止める。彼は即座にパーティーを二手に分ける指示を出すことにした。
「国家魔術師のラージン殿を除く、水汲み部隊のメンバーは、先ほどの噴水があった場所まで後退してくれ」
疑問の声を上げようとする者たちに、ラバァルは理由を説明する。
「この先で何が起こるか分からない。万が一、多数の負傷者が出た場合に備え、あそこを後方支援及び中継基地とする」
そして、さらに付け加える。「ラーバンナー、ニコル、エルトン、ソドン。お前たちも後退組に加わり、彼らを護衛してくれ」
その指示に、実力に自信を持つラーバンナーやエルトンが強い不満を示した。
「待ってください、ラバァル! どうして俺たちまで下がらなければならないんですか!」
彼らの反発に対し、ラバァルは厳しい表情で言い放つ。
「はっきり言おう。お前たちの実力は確かだ。ここにいるAランク冒険者たちと比べても、個々の技量では劣らないかもしれん。だが、これまでの戦闘を見ていて分かった。魔物との実戦経験、特に格上の相手との死線を超えた経験が、決定的に不足している。Aランクの連中の動きと比べ、どうしても反応がワンテンポ遅れる瞬間がある。これからの戦いでは、その僅かな遅れが命取りになる。理解できるはずだ」
ラバァルは言葉を続ける。「お前たちには未来がある。こんな所で無駄死にさせるわけにはいかんのだ」
「そんな……俺たちが、足手まといだと……?」
ソドンが悔しそうに呟く。
「そうだ。ここから先は、実力以上に経験の差が大きく響いてくる。技量は認める。だが、経験が足りん。お前たちには、後方を守り、万が一の際に残りの者たちを確実に脱出させるという重要な役割がある。それを全うしてくれ」
ラバァルは一同を見回し、さらに声を低くする。「そして、噴水まで下がっても決して気を抜くな。何が出てくるか分からん。いいか、もし俺たちが一定時間戻らなければ……お前たちだけで地上に戻り、この国を出ろ。転移の起動方法は、マルティーナ様が何度もやって見せたから覚えているはずだ。最悪の場合、お前たちだけでこの迷宮から脱出し、ヨーデルの街まで戻らなくてはならない。この先にいる『何か』は、これまでの魔物とは次元が違う。おそらく、化け物という言葉すら生温い、存在そのものが脅威となるような相手だ」
「それなら尚のこと、全員で力を合わせるべきでは!」
ソドンが食い下がるが、ラバァルは首を横に振った。
「ダメだ。先ほども言ったが、この先から感じられるプレッシャーは尋常じゃない。地下5階までにいたような、食料にできるレベルの魔物とは全くの別物だ。もし無理についてくれば……悪いが、お前たちが一番最初に『生肉』になるだろう。それでも良いというなら、好きにしろ。これ以上は何も言わん」
「生肉……」ソドンの顔から血の気が引いた。「……分かった。あんたの言う通りにするよ」
ソドンたちが引き下がると、ラバァルは前進するメンバーの方へと向き直った。その顔には、覚悟を決めた者の厳しさが浮かんでいる。
「ここから先、どうなるか全く分からん。死ぬかもしれん。それでも進む覚悟は出来ているか!」
ラバァルの問いに、真っ先にマルティーナが凛とした声で応えた。
「勿論です、ラバァル様。どこまでも、お供いたします」
その隣で、オクターブとシャナも力強く頷く。他のAランク冒険者たちも、表情を引き締め、無言で覚悟を示した。
二手に分かれたパーティーのうち、後退するグループがまず噴水方面へと出発していった。
残された前進組は、ここまで来て引き下がるという選択肢はないと、改めて決意を固める。
再び歩き始めると、やがて視界が開け、高い壁に囲まれた広大な空間が現れた。そして、その空間の奥に、巨大な門がそびえ立っているのが見えた。
「こんな場所に、隔離されたような空間と……巨大な門。いかにもボスモンスターへの入り口って感じね」
ロゼッタの指摘は、誰もが感じていたことだった。この門の先には、間違いなくこの階層、あるいはこの迷宮の核心に迫る存在が待ち構えているのだろう。門の外にいるにも関わらず、内側から放たれる強烈なプレッシャーが肌を刺すように感じられた。
「これほどの覇気を隠そうともしないとは……随分前から俺たちの接近に気づいていた、ということか」
ラバァルが低く呟く。
「『我に挑む資格があるならば、入ってこい』と、挑発しているようね」
ロゼッタが応じる。
「ああ。このプレッシャーで、弱い挑戦者を振るい落とし、強者だけを選別しているんだろうな」
「でも、この覇気の質……魔法系の存在ではない気がするわ。どちらかというと、圧倒的な力で全てを蹂躙するような、猛獣に近い感じ……?」
ロゼッタの鋭い感覚が、門の向こうの存在の性質を探る。
「それじゃあ、目的の『大精霊』ではない、ということか?」
アスタリオンの疑問に、ノベルが答えた。
「その可能性が高いでしょうね。おそらく、最下層へ至るための試練として配置された『守護者』のような存在かと」
「試練のための守護者で、これほどのプレッシャーを放つのか……。それじゃあ、本命の大精霊は、この守護者よりもさらに格上だというのか?」
リバックが信じられないといった様子で呟く。
「まあ、理屈の上では、そういうことになりますね」
ノベルは冷静に答えた。
そんな彼らの会話を聞いていたラバァルが、少しだけ口元を緩めて。
「大精霊の心配はまだ早い。そこまで辿り着けたなら、その時は例の【炎帝ガーベラン】とやらに任せればいいだけの話だ」
ガーベランの名前に、皆は一応納得したような顔を見せた。しかし、内心では半信半疑だった。そのガーベランが、噂通りの実力者であるという保証はどこにもない。噂話というものは、大抵、尾ひれがついて大袈裟に語られるものだと、ここにいる誰もが経験上知っていたからだ。人の噂だけで物事を鵜呑みにするほど、彼らは甘くはなかった。
「……そうだったな」
誰かが気を取り直すように言った。
「さて、準備はいいか? そろそろ、この門を開けるぞ」
ラバァルの声に、緊張が走る。
「どうぞ」「やるしかないな」
短い返答に、覚悟が滲む。
そして、この迷宮に入って以来、初めてとなる本格的な試練の幕が開かれようとしていた。
この試練に挑むのは、ラバァル、マルティーナ、オクターブ、シャナ、ベラクレス、国家魔術師ラージン、そしてAランク冒険者9名、合計15名の精鋭たちだ。
ラバァルが重々しい門に手をかけ、力を込めて押し開く。
ギィィィ……という軋む音と共に門が開き、その先に待ち構えていた存在の姿が露わになった瞬間、誰もが息を呑み、その異様なまでの美しさと威圧感に魅入られたように動きを止めた。
そこにいたのは、全身を眩い白銀の毛皮で覆われ、体からは淡い魔法のオーラが立ち上る、巨大な類人猿――コングだった。見たところ、その体長は4.5メートルを優に超えている。隆々と盛り上がった筋肉は、その姿からだけでも恐ろしいほどの怪力を秘めていることを雄弁に物語っていた。
その白銀のコングは、左右にゆっくりと体を揺らしながら、他の一行には目もくれず、ただ一点だけを――門を開いたラバァルだけを、射抜くような鋭い視線で見据えていた。
門が開かれた瞬間から、その視線はラバァルに固定され、微動だにしない。他の冒険者たちもすぐにその事実に気づいた。
ターゲットが自分たちに向けられていないと分かると、彼らは恐怖を押し殺し、少しずつ距離を取りながら、白銀のコングへと慎重に接近を開始する。
そんな中、学者のノベルは、盾役のリバックの後ろに身を隠しながら、小声で呟いた。
「コングの習性ですね……奴はラバァルを、自身の縄張りを侵犯した最も危険な敵と認識しているようです」
白銀の毛皮に覆われた巨大なコングに睨まれ続けたまま、ラバァルは肩をすくめるような仕草を見せた。
「やれやれ、人気者なのは困るな。……それで、こいつは何だ? 白銀のジャイアントコングとでも呼べばいいのか?」
その問いに答えたのは、やはりノベルだった。
「いえ、おそらくあれは、通常のコングの上位種、あるいは原種に近い存在……古書に記されていた、伝説級に連なる神獣の一種、〖ヨトゥン〗だと思われます。ランクはA+++……限りなくSランクに近い、極めて危険な存在です」
「伝説級……だと!? おいおい、そんなバケモノが、こんな中層(?)に出てきていいのかよ!」
アスタリオンが思わず悪態をつく。一方で、盾役のリバックは悔しそうに歯噛みした。
「くそっ……残念だが、ラバァル、あんたが狙われている! 気をつけろ!」
本来ならば自分が引き受けるべきターゲットが、ラバァルに向いていることに、アーマーナイトとしてのプライドが傷つけられたのだろう。それでも彼は、ラバァルに最大限の注意を促した。
「任せろ。全力で回避に専念する」
ラバァルは短く応え、迫りくる脅威に備えて神経を研ぎ澄ませる。
左右にゆっくりと移動しながら、射殺さんばかりの視線をラバァルに注ぎ続ける〖ヨトゥン〗。
ラバァルは、その一瞬の間に、周囲の状況を素早く把握しようと視線を走らせた。門の中は、外から見た印象よりもさらに広大な空間だった。入ってきた門のある壁以外、少なくとも視界に入る範囲には他の壁はなく、見通しは良い。地面からは、鍾乳洞でみられるような石筍や石柱が林立している。天井はやはり高く、場所によっては20メートルを優に超え、低い所でも10メートルはありそうだ。障害物を利用した回避行動は可能だろう。
これだけの情報を瞬時にインプットし、再び意識をヨトゥンに戻そうとした、ほんの僅かな瞬間――
ゴォン!
ラバァルが入ってきた門が、自動的に重々しい音を立てて閉じた。
退路が断たれたことを認識した瞬間、その場にいた全員の緊張が極限まで高まる。もはや言葉を交わす余裕はない。
そして、門が完全に閉じたのと同時だった。
先ほどまで左右に揺れていた〖ヨトゥン〗の巨体が、ふっと掻き消えた。
『――ぐぎゃぉぉぉぉぉ!!』
ラバァルがその消失に気づいた瞬間、既にヨトゥンは目の前にいた。瞬間移動と見紛うほどの速度で接近し、巨大な拳が、回避する間もなくラバァルの顔面に迫っていた。
「なんだと――!?」
ラバァルの驚愕の声と、肉を打つ鈍い衝撃音が重なる。
ドゴォォォン!!
ヨトゥンの拳は、ラバァルを凄まじい勢いで殴り飛ばした。まるでボールのように宙を舞ったラバァルの体は、遠くの門側の壁に激突し、跳ね返り、さらに地面に叩きつけられると、土煙を上げながら何度も激しくバウンドし、やがて瓦礫の向こうへと見えなくなった。
ヨトゥンは、ラバァルを殴り飛ばした拳を掲げると、自身の胸をドラミングするように力強く叩きながら、勝利を誇示するかのように天に向かって咆哮する。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ~~~~~~!!」
凄まじい衝撃音と、ラバァルの姿が消えたことに、マルティーナが悲鳴を上げた。
「ラバァル様~~~っ!!」
だが、感傷に浸る暇はない。ラバァルへの一撃は、戦いの開始を告げる号砲に過ぎなかったのだ。
ヨトゥンは咆哮を終えると、すぐさま次の標的――周囲に散開しようとしていたAランク冒険者たちへと向き直り、再びその巨体を躍らせた。
その超高速の動きに、即座に反応できた者はわずかだった。
反応速度に優れた戦士ジュリアン、魔法剣士ロゼッタ、剣士兼吟遊詩人のヒューイ、双剣使いのテリアル。彼らは辛うじてヨトゥンの次の攻撃を予測し、回避行動に移る。
わずかに反応が遅れた者たち。
ラバァルが吹っ飛ばされたのを見ていたリバックは、咄嗟に前へ出てタワーシールドを構える。ノベルは素早くそのリバックの背後へ避難する。
マルティーナたちは、オクターブとシャナが主君を守るために前に立ち、マルティーナ自身は防御結界を展開すべく祈りの言葉を紡ぎ始めた。
しかし、その防御態勢が整うよりも早く、ヨトゥンの次なる一撃が放たれた。狙われたのは、反応が他の者たちより一瞬遅れてしまったA級冒険者の騎士、トランベルだった。久方ぶりの侵入者、あるいは『獲物』に興奮しているのか、ヨトゥンは喜々としてトランベルの頭上へと跳躍し、その巨大な拳を振り下ろす。
ラバァルを殴り飛ばした時のような横薙ぎの打撃ではない。体重の全てを乗せた、垂直の叩き潰し。
トランベルは迫りくる死の拳を前に、なすすべもなく立ち尽くすしかなかった。
グシャァッ!!
嫌な音が響き渡る。ラバァルの時のように吹っ飛ばされることもなく、トランベルはヨトゥンの巨大な拳と硬い地面との間で、文字通り、原型を留めない肉塊へと変えられてしまった。
ヨトゥンがゆっくりと左拳を持ち上げると、その下にはもはや人であったものとは思えない、赤黒い染みと、飛び散った武具の破片だけが残されていた。拳からは、滴り落ちる血が生々しい。
つい先ほどまで、共に迷宮を探索していた仲間が、一瞬にして無残な肉片と化した光景。そのあまりにも圧倒的な力の差と、理不尽な死を目の当たりにしてしまった者の中から、ついに精神の均衡を失う者が出た。
「うわぁぁぁぁ! こんなバケモノに勝てるわけねぇぇぇぇぇ!」
A級冒険者の一人、狩人のダクソンだった。彼は伝説級と称される怪物の、文字通り桁違いの力を前にして完全に恐怖に支配され、我を忘れて閉ざされた門の方へと走り出した。
ドスン! ドスン! と固く閉ざされた巨大な門を必死に叩き、外へ出ようと試みる。
その錯乱した行動を見て、リバックが怒鳴りつける。
「馬鹿野郎! 何やってるんだ! 今さら逃げられるわけないだろうが!」
しかし、リバックの罵声も、パニックに陥ったダクソンの耳には届かない。そして、その目立つ行動は、最悪な形でヨトゥンの注意を引いてしまった。ヨトゥンは、門を叩き続けるダクソンに狙いを定め、ゆっくりとそちらへ向き直る。
「嫌だ! 死にたくねぇ! 開けろォ! 開けてくれぇぇぇ!」
自身の死がすぐそこまで迫っていることにも気づかず、ダクソンはひたすら門を叩き続ける。その絶望的な光景に、誰もがダクソンの死を確信した、その時だった。
「大地の鼓動、岩石の咆哮、地面より突き出し敵を貫け!」
鋭い詠唱の声と共に、国家魔術師ラージンが杖を突き出した。
「【大地・突起】!」
ダクソンに飛びかかろうとしていたヨトゥンの足元から、巨大な鋭い岩の穂先が、地面を突き破って瞬時に出現した! それはヨトゥンの巨体を貫かんとばかりの勢いで突き上がる!
しかし、ヨトゥンは信じられないほどの反応速度を見せた。突き上げられる岩の穂先を、常人には捉えられない速度で見切り、瞬間的に身を捻って回避行動を取る。完全に避けることはできず、岩の穂先がヨトゥンの脇腹あたりを掠め、肉を抉ったが、致命傷には至らない。ヨトゥンは傷口から青い血を流しながらも、空中で体勢を立て直し、軽やかに地面に着地した。
ドスン……。
傷を負わされたことに、ヨトゥンは激しい怒りを露わにする。
『ウォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ~~~~~~~~~~~~!!』
天を衝くような、凄まじい怒りの咆哮。それは、先ほどまで狙っていたダクソンに向けられた。開かない門に背をもたせ、恐怖に震えていたダクソンは、その至近距離で放たれた音波の暴力と、体が内側からバラバラになりそうなほどの強烈な振動に耐えきれず、目や鼻、耳から血を流しながら意識を失い、ぐったりと地面に崩れ落ちた。生死は不明だが、もはや戦闘不能であることは明らかだった。
ラージンの魔法攻撃によって、初めてヨトゥンに手傷を負わせることができた。その事実に、他の者たちも僅かな希望を見出す。中でも、ジュリアンとロゼッタは、この好機を逃さなかった。
ヨトゥンがラージンの方へ意識を向け、怒りの咆哮を上げている隙を突き、二人は音もなくその背後へと回り込んでいたのだ。
最初に攻撃範囲に入ったのはジュリアンだった。彼女は助走の勢いを乗せ、自身の得物である、非常に硬く希少な素材『黒檀』から作られたエピック級の手斧を、回転させながらヨトゥンの足首めがけて投げつけた!
黒檀の手斧は、唸りを上げてヨトゥンの足に命中する。
しかし――キィン! という甲高い音と共に、手斧はヨトゥンの白銀の毛皮に弾かれ、火花を散らして地面に落下し、深く突き刺さった。傷一つ、ついていない。
「冗談でしょ……!? 私の黒檀の手斧が、傷一つ付けられないなんて……!」
信じられない、といった表情でジュリアンが立ち止まる。そのジュリアンの横を、ロゼッタが風のように駆け抜けた。
「どいて!」
ロゼッタはジュリアンを追い抜きざまに叫ぶと、愛用の魔法剣を構え、魔力を注ぎ込む。
「我が剣に業火の力を与えよ!」
ロゼッタの詠唱に応え、魔法剣の刀身が瞬時に赤熱し、燃え盛る炎を纏った。急激に温度を上げた魔法剣を、ロゼッタはヨトゥンの太腿めがけて横薙ぎに振るう!
バチバチバチッ!!
高熱の剣が白銀の毛皮に触れた瞬間、激しい音と共に、炎と毛皮に宿る魔法オーラが激しく反発し合った。強大な魔法力は、ヨトゥンの毛皮に完全に弾き返され、周囲に火花となって飛散し、近くの地面や石柱を燃え上がらせる。自身の放った炎で、逆に自分が焼かれかねない。ロゼッタは咄嗟に後方へ跳躍し、距離を取った。
ロゼッタは離れた位置から、先ほどのジュリアンと同様に、自身の全力の攻撃が全くダメージを与えられていないという事実に愕然とする。
「そんな……! 私の魔法剣でも、全く効果がないなんて……!」
ヨォトンは、ダメージこそ負わなかったものの、背後から続けざまに攻撃を仕掛けてきた者たちの存在に気づき、ゆっくりと振り返った。失神して倒れているダクソンにはもはや興味を失い、新たに敵意を向けてきたジュリアンとロゼッタの方へと、その巨大な体を向けた。
ジュリアンは、相手の動きを警戒していたため、わずかに早く回避行動に移ることができたのだ。
しかし、魔法剣による大技を放った直後だったロゼッタは、反応が一瞬遅れた。ヨトゥンの次の攻撃を避けるには、あまりにも時間がなさすぎた。
ヨトゥンは、魔法剣で攻撃してきたロゼッタの方に狙いを定めると、その双眸に怒りの光を宿し、鋭く睨みつけた。
その視線が交わった瞬間、ロゼッタは〖ヨトゥン〗の【睨み】による強烈な精神的威圧を受け、体が金縛りにあったように硬直してしまった。全身から冷や汗が噴き出し、恐怖のあまり、足元にじわりと染みが広がっていく――失禁。もはや、避けることも、防御することもできない。ロゼッタに向け、ヨトゥンの巨大な拳が振り上げられた!
絶体絶命。誰もがロゼッタの死を覚悟した、その刹那。
「ロゼッタァァァッ!!」
仲間の窮地を察知し、接近していたリバックが動いた!
彼は身動きできないロゼッタの前に飛び出すと、自身の身の丈ほどもあるタワーシールドを両手で力強く構え、迫りくるヨトゥンの拳に向けて突き出したのだ!
それは、攻撃を防ぐというより、衝突を受け止め、押し返すかのような、決死の突進だった。
振り下ろされるヨトゥンの巨大な拳と、全身全霊でタワーシールドを支えるリバックが、真正面から激突する!
ガッッッッッッッ!!!
凄まじい衝撃音と振動が、空間全体を揺るがす。
だが、圧倒的なパワーの差は歴然だった。リバックは衝突の瞬間、後ろにいたロゼッタもろとも、まるで木の葉のように後方へと弾き飛ばされた。
それでもリバックは、弾き飛ばされる一瞬、咄嗟にロゼッタの体を掴んで引き寄せると、自身の頑強な体で彼女を包み込むように抱きしめた。着地時の衝撃から、仲間を守るために。
二人の体は、凄まじい勢いで地面を転がり、何度も石筍や石柱に激しく叩きつけられながら、ようやく勢いを失って停止した。
「ぐほっ……! ぐぅぅ……っ」
夥しい量の血が、リバックの口から溢れ出す。全身を強打し、特に足はありえない方向に折れ曲がっている。最早、生きているのかどうかすら疑わしいほどのダメージを受け、リバックは完全に意識を失っていた。
抱きかばわれていたロゼッタもまた、想像を絶する衝撃と恐怖により、思考能力を奪われ、虚ろな目で宙を見つめたまま放心状態に陥っていた。完全に戦力外だ。
すぐに、ジュリアンとノベルが駆けつけ、無残な姿となったリバックの傍らに膝をついた。
「リバック! おい、しっかりしろ! 生きてるか!」
ノベルが呼びかけるが、反応はない。
「ジュリアン! 回復魔法を頼む!」
「酷すぎる……! リバック、死なないで!」
ジュリアンは震える手でリバックに触れ、祈りの言葉を紡ぐ。「ここまで酷いと、どの程度効果があるか分からないけど……やれるだけやってみる!」
ジュリアンは必死に『ヒール』を唱えた。
淡い緑の光がリバックを包む。小さな癒やしの力がもたらされ、夥しい外傷の一部が僅かに塞がる様子が見られた。だが、それは焼け石に水。致命的なダメージを覆すには、あまりにも微力な効果しか得られなかった。
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