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神を狙う邪神。    

眷属同士の戦いに思わぬ者が参戦して・・ 

 

               その56



  

 遥か高高度、雲をも見下ろす成層圏に近い空から、ラバァルはその身を隠し、地上で繰り広げられる二体の眷属による熾烈な戦いを静かに観察していた。先程までの戦いで消耗しているであろうホーバットの様子を窺いつつ、交代の時を待っていたのだ。

「(…潮時か)」

心の中でラバァルが呟くと、内なる声が応える。

「ほれ、わしと交代じゃ。もう油断はせん」

「もうあんな小細工に掴るなよ」

「勿論じゃ、二度も同じ轍を踏めばただの間抜けじゃ。任せて置け」

「分かった。約束は果たそう」

ラバァルは全身の力を抜き、意識を内へと沈める。待ってましたとばかりに、その体の主導権は古えの破壊神――ドラウグへと移った。

スルリ、と意識が入れ替わると、ラバァルの瞳孔が一瞬、不気味な深紅に煌めき、その纏う雰囲気が一変。荒々しく、禍々しいオーラが立ち昇る。

「ようやくじゃな。わしとしたことが、あの様な小技で目的を達せられなんだ。面倒を掛けさせたこと、後悔させてやるわい!」

ドラウグはそう言い放つと、天上の高みから地上へ向けて全力で急降下を開始した。一時的とはいえ、地上で活動するための『器』を得たドラウグ。一度目の不完全な介入とは異なり、今回はかなりの【力】が引き出されつつあった。もちろん体を壊してしまわぬ程度の力しか出せはしない、だが、流石はアンラ・マンユが選んだ片割れ、この物質界では奇跡のようなシンクロ率の高さだとドラウグも直ぐに気付いた。この世界の尺度では測り知れない【絶対的な力】が、今まさに振り下ろされようとしていたのだ。

その一撃は、ただ一点――ホーバットへと寸分の狂いもなく集中された。流星の如き急降下は、戦いに気を取られていたホーバットの意識の完全に外から迫る。

ホーバットは、その存在に気付く間さえ与えられなかった。閃光が走り、衝撃が空間を揺るがす。次の瞬間、ホーバットの存在そのものが急速に希薄化し、消滅ロストを開始した。ホーバットを形成していた意識は瞬時に霧散し、ラバァルの魂に取り込まれて行く...。後に残ったのは、膨大なエネルギーの塊――〖魂力ウィス・アニマエ1320万〗。それは純粋な力となり、ラバァルと、その内に潜むアンラ・マンユの魂力ウィス・アニマエへと加えられた。

ホーバットを文字通り一撃で消滅させた瞬間、彼を閉じ込めていた縮みゆく≪デウム幽閉クラウデレ≫もまた、その効力を失い消滅した。壁に破壊され、圧し潰される寸前だったゼビウスは、突如として壁が消え去ったことに困惑する。

「なんだ…? 何が起こった?」

先程まで死闘を繰り広げていた相手ホーバットが忽然と消え、辺りを見回すゼビウス。だが、そこに新たな、そして遥かに強大な存在を認識する。それは人間の若者の姿をしていたが、放つ波動は尋常ではない。

「何者だ?」

ゼビウスは神の言語で問いかける。すると、ラバァルの体を借りたドラウグが、邪悪な笑みを浮かべて応じる。

「グラティア神の眷属は、わしが貰い受けた。お前たちは黙って見ておれ。きゃつらには、ちと『貸し』があるからのぉ!」

あれほど手こずっていた相手を、瞬く間に屠ってみせた存在。ゼビウスはその信じられない光景と、目の前の若者から放たれる禍々しい波動に戦慄する。

「その禍々しい波動…邪神、なのか?」

「わしの名はドラウグ」

「その人間の体は?」

「少しの間、借りておるだけじゃ」

ゼビウスは、目の前の若者の姿をした存在から発せられる、底知れない【力】を肌で感じていた。それは自身のような眷属神をも遥かに凌駕する、途方もない力だ。

「馬鹿な…! 神が降臨を維持できるほどの『器』は限られておる。ましてや、その中からそれ程までの力を引き出せる肉体など…ありえん!」

「くっくっくっ…お主が信じられようと信じられまいと、現にわしはこうしてここにおるではないか。まあ良い、お主はそこで黙って見ておれ。もし邪魔立てするようなら、遠慮せず打ち滅ぼしてくれる」

ドラウグは、まるで子供を諭すかのようにゼビウスを牽制すると、もう一体のグラティア神眷属――ノスタルジンとロルローシュが戦う方角へ意識を向け、再び空へと飛び立っていった。

一方、【ノスタルジン】と〖ロルローシュ〗の戦いは、周囲の地形を溶かし、大地を抉るほどの激しい力と力の応酬が続いていた。

ノスタルジンが振るう〖波動の剣〗が、ロルローシュの背中に輝く光輪を断ち切る。しかし、ロルローシュは即座にその光輪の残骸を巨大なバスタードソードへと変形させ反撃。ノスタルジンの右腕を、〖波動の剣〗ごと肩から粉砕した。

地面に落ちた〖波動の剣〗をロルローシュが拾い上げ、返す刀でノスタルジンの腹部へと深々と突き刺す。ノスタルジンの体は一瞬、陽炎のように揺らぎ、消滅したかに見えた。

だが、直後。ノスタルジンはロルローシュの背後に音もなく再出現していた。先程突き刺されたはずの〖波動の剣〗を、今度は自身が握りしめ、神の鎧を纏ったロルローシュの背中に突き立てる。

「ぐ…ぅ!」

ノスタルジンは更に〖力〗を〖波動の剣〗に注ぎ込み、その破壊力を増大させる。剣を抉り込みながら上方へ持ち上げると、ロルローシュの上半身が内部から破裂するように弾け飛んだ。焦げた肉塊と、焼け焦げた大司教の衣服の残骸が周囲に飛び散り、強風に煽られて霧散していく。

「…ふぅ。久々に骨のある相手だった」

激闘を終え、ノスタルジンは一息つく。そして、ホーバットが戦っていた方角へと意識を向けた。あの邪神によるダメージで多くのエネルギーを失っていたホーバットでは、同格の眷属相手は荷が重いかもしれない。支援に向かうべきかと考え、動き出そうとした、その時――。

「! ホーバットの気配がない…まさか、負けたのか?」

神としての直感が警鐘を鳴らす。脳裏に、先程遭遇した邪神――ドラウグの禍々しい気配が蘇った。

「…不味い!」

それ以上思考する猶予はないと判断したノスタルジンは、次の瞬間、その場から自身の存在を完全に消し去り、元の世界へと撤退した。後に残されたのは、ロルローシュが使っていた人間の肉体だけだった。

ノスタルジンが消えた直後、ドラウグがその場に降り立った。

「…ふむ、勘づかれたか」

「(どうした? 追わんのか)」ラバァルの意識が問う。

「ダメじゃ。奴は肉体を捨て、自分たちの世界へ逃げよったわ」

「(残った肉体は?)」

「はっ! あのような残りカス、相手にする価値もないわ!」

「(まあ、お前が良いなら別に構わんが。それじゃ、さっさと体を返せ)」

ラバァルの言葉を受け、ドラウグは不満げに体の主導権を返す。ラバァルの瞳から深紅の光が消え、元の落ち着いた雰囲気に戻った。

「なんだ、事が終われば礼もなしか」ラバァルが小さく呟く。

「そう怒るな、ラバァルよ」ドラウグの声が意識に響く。「二体とも捻り潰すつもりじゃったが、またしても取り逃がすことになり、ちと落胆しておるのじゃ」

「そうか。神でもがっかりするんだな」

「そのあたりの感情は、人間とさほど変わらんよ」

「分かった。それじゃ、また奴らが現れた時に交代、ということになるのか?」

「うむ、そうしてくれ」

それだけを告げると、ドラウグの気配はラバァルの内から完全に去っていった。一人残されたラバァルもまた、目的を果たした(あるいは果たせなかった)この場に長居は無用と判断し、すぐにその場を後にした。

一方、ロルローシュが無理やり融合を引き剥がして去った後、その『器』となったミケロスは、魂と肉体の両方に深いダメージを負い、意識を失っていた。荒れ果てた戦場跡に横たわる彼のもとに、どこからともなく一体の存在が現れる。

その者は、グラティア神を模したかのような流麗な漆黒の鎧を身に纏い、全身から妖艶とも言えるオーラを漂わせていた。静かにミケロスに近づくと、彼がまだ生きていることを確認し、自身の力を注ぎ込み始める。

やがて、ミケロスはうめき声を上げ、ゆっくりと目を開けた。目の前に立つ、漆黒の鎧の人物を認識すると、驚愕と畏敬の念を込めて声を絞り出す。

「【【ネバ】】様…!」

「…何も言う必要はない、ミケロス」

漆黒の鎧の者――ネバは静かにそう告げると、衰弱したミケロスを抱え上げ、音もなくその場から姿を消した。

先程まで神々の眷属による激しい戦いが繰り広げられていた場所は、周囲の丘陵に生々しい爪痕を残しながらも、主役たちが去ったことで再び静寂を取り戻しつつあった。戦いの余波を恐れた鳥や動物たちは遠くへ逃げ去り、辺りに生命の気配はない。ただ、吹き抜ける冷たい風の音だけが、変わらず丘陵を渡っていた。

【ヨーデル地方:惨劇から三カ月後】

ヨーデルの街を襲ったグラティア教による襲撃事件――3000名を超える死傷者を出した惨劇から、早くも三カ月が経過していた。多くのカスティガトル(信徒兵)を失ったグラティア教ヨーデル支部は、目立った活動を控え、鳴りを潜めている。表面的には、ヨーデルの民に束の間の平穏が訪れたかのように見えた。

しかし、人々を苦しめていたのは、別の脅威だった。もう二カ月以上もの間、猛烈な寒波と吹雪がヨーデル地方を覆い尽くし、人々は家から出ることもままならない。いつ終わるとも知れない冬に、ただただ神に祈るしかない状況が続いていた。

この異常気象の元凶は、皮肉にもグラティア教にあった。ヨーデル攻略の責任者であるレニー大司教は、先の襲撃失敗による損失を取り戻すべく、新たな策を巡らせていた。密偵を通じてマーブル王家が秘蔵する「王家の秘宝」の情報を掴んだ彼は、その中の一つ、〖永劫の冬〗と呼ばれるアミュレットに目を付けた。それが単なる装飾品ではなく、何らかの【力】を秘めていると知ったのだ。

更なる調査で、〖永劫の冬〗が強大な冷気の力を封じ込めていることを突き止めたレニーは、「これは利用できる」とほくそ笑んだ。彼は直属の部下であるモントスに、王宮の地下宝物庫から〖永劫の冬〗を奪取するよう命じた。

モントスらは潜入と奪取には成功したものの、脱出の際に王宮守備隊に追い詰められてしまう。絶体絶命の中、モントスは苦肉の策として、あるいは自暴自棄にか、アミュレットをその場で破壊。その結果、〖永劫の冬〗に封印されていた大精霊〖フロストキング〗が解き放たれてしまったのだ。

長きにわたり人間に封じ込められていたフロストキングの怒りは凄まじかった。解放されるや否や、周囲の精霊たちに「この地に冬以外の季節をもたらすな」と厳命。さらに、自身の大精霊としての権能〖大寒波〗を発動させ、一年中続く終わらない吹雪を引き起こすと、どこかへと姿をくらましてしまった。

以来、ヨーデル地方は絶え間ない吹雪に見舞われ、現在に至るのである。

この事態を引き起こした張本人であるレニー大司教は、思わぬ形でヨーデル地方全体を苦境に陥れたことに内心ほくそ笑んでいた。教団の規模縮小を余儀なくされながらも、彼はこの終わらない冬への不満を利用し、セティア教徒たちを少しずつグラティア教へと取り込み始めていた。

【マーブル王宮:対策会議】

一方、マーブル王家は、王家の秘宝〖永劫の冬〗が破壊され、国が未曽有の危機に瀕していることに大きな衝撃を受けていた。国王モーブは主要な臣下を集め、この異常気象を収めるための対策を連日協議していたのだ。

しかし様々な案が検討されたが、決定的な解決策は見いだせずにいた。そんな中、ようやく具体的な計画が形になり始める。それは、失われた〖永劫の冬〗の代わりとなる、第二の〖永劫の冬〗を作り出す、というものだった。

行方不明となったフロストキングを探し出して再封印するよりも、彼に匹敵する別の大精霊を新たに封印し、その力でフロストキングが引き起こした大寒波を打ち消し、季節の巡りを正常に戻す。この大胆な案が採用されたのだ。

その対象として白羽の矢が立ったのが、ヨーデルから北東に約370km離れた地点にあるという【生贄の迷宮】、その最下層に棲むとされる大精霊〖ニフルヘイム〗だった。王家の書庫に残る古文書に、その存在と、かつて王家の争いに敗れた者たちをニフルヘイムへの生贄として捧げていたという伝承が記されていたのだ。

しかし、その伝承の真偽も、大精霊が今もそこに存在するのかも定かではない。まさに藁にもすがるような計画であったが、他に有効な手立てもなく、この案を進めるしか道はなかったのだ。


当初は、まず冒険者を雇い、迷宮最下層の調査を行わせるという案が提出された。これに対し、マルティーナ王女を除くほとんどの者が賛成する。

「お待ちください! 国の命運が掛かった作戦を、素性の知れぬ冒険者に任せて良いのですか!」

マルティーナ王女が強い口調で異を唱える。側近のオクターブとシャナが彼女をなだめようとする。(シャナは先の事件で一度命を落としたが、マルティーナの機転で《夜明アウロラエけのトゥッリス》に運ばれ、法王フェニックスの〖再生のフェニクス・イグニス〗によって奇跡的に蘇生していた。)

マルティーナの熱意ある言葉に、マーブル三将軍の一人、ヘルナンデスが進み出た。

「マルティーナ様、僭越ながらご提案よろしいでしょうか?」

「ごめんなさい、ヘルナンデス将軍。取り乱しました。どうぞ、意見をお聞かせください」

「では、個人の戦闘能力において我が国最強と謳われるベラクレスに、迷宮攻略部隊の指揮を任せては如何かと存じます」

「ベラクレスを? しかし、彼は王の親衛隊長として陛下を守護する責務があります。そちらの方が優先されるべきでは?」

これまで黙って議論を聞いていた国王モーブが口を開き。


「構わん。ヘルナンデスの言う通りにしよう。ベラクレスは一時的に親衛隊長の任を解く。代わりは副長のケーニッヒに任せる」

「ですが陛下、いくらベラクレスが我が国最強とはいえ、それは個人の武勇。迷宮攻略には知略、技術、精神力、そして信頼できる仲間との連携が不可欠と聞きます。彼一人に全てを背負わせるのは…」

「マルティーナ、そなたの懸念も理解できる。だが、他に誰を向かわせるというのだ?」

「…わたくしが、参加いたします」

王女の決意に満ちた言葉に、場が静まり返る。オクターブとシャナが慌てて制止しようとする。

「マルティーナ様、お待ちください! そのような危険な場所に王女自ら赴かれるなど…! 我々がお供いたします故、どうか王城にてご指示を!」

ハウゼン宰相とアレック大将も強く反対した。

「なりませぬ、マルティーナ様! 我が国の王女が、曰く付きの『生贄の迷宮』へ入ることなど、断じて容認できませぬ!」

「何を仰るのですか、あなた方は! 我が国は今、未曽有の危機に直面しているのですよ! グラティア教との争いの折、我々王家は民を守りきれなかった。これ以上、王家の者が安全な場所から見ているだけでは、国民への示しがつきません!」

マルティーナは、先のグラティア教との対立で王家が十分な対応を取れなかったことへの自責の念と、王族としての責任感を訴えた。その強い意志に、兄であるモーブ王も頷く。

「…よかろう、マルティーナ。お前がそこまで言うのであれば、参加を認めよう。ベラクレスには、お前の身を護るよう、くれぐれも言い含めておく」

「陛下! どうかお考え直しを!」ハウゼン宰相、アレック大将、そしてデバッグ元帥までもが一斉に再考を促す。「生贄の迷宮は、王位争いに敗れた者を捧げる場と伝えられておりますぞ! これではまるで、マルティーナ様が…!」

「王位争いに敗れたとでも言いたいのか?」モーブ王が厳しい声で遮る。「これは、危機に瀕した我が国を救うため、王族であるマルティーナが自ら名乗り出たのだ! その崇高な行いを、お前たちは阻むというのか!」

兄王の後押しを受け、マルティーナは改めて一同を見据えた。

「兄王のお言葉通りです。これは王族としての責務であり、民に王家も共に戦う姿勢を示すための行動でもあります。どうか、反対なさらず、お力をお貸しください」

この一連の流れにより、マルティーナ王女の迷宮攻略部隊への参加が正式に決定された。

しかし、まだ最大の問題が残っていた。それは、大精霊〖ニフルヘイム〗を封印できるほどの強力な魔術師が、マーブル新皇国には存在しないという事実である。協議の結果、マーブル国と契約している国家魔術師たちを《夜明けの塔》へ招集し、その中から適任者を探す、あるいは心当たりを尋ねることになった。

会議が終わり、帰り際、マルティーナはデバッグ元帥に近づき、国家魔術師について尋ねた。

「デバッグ元帥、我が国にも魔術師の方がいらっしゃったのですね?」

「はい、マルティーナ様。マーブル領の東端、ナール連峰と呼ばれる山脈地帯に、ラージンという魔術師が隠棲し、魔法の研究に勤しんでおります」

「そのような遠方の方に、この吹雪の中、どうやって連絡を取るのですか?」

「ご心配には及びません。彼は国家魔術師として我が国と契約を結んでおりますので、ヨーデルに駐在している連絡係の魔術師を通じて連絡が可能です。バグナットという者ですが、彼に指示を出しましょう」

「ヨーデルにも魔術師が? でしたら、そのバグナットという方に攻略部隊への参加をお願いすることはできないのでしょうか?」

「それは難しいかと。バグナットは戦闘向きの魔術師ではなく、もっぱら遠距離通信などの補助的な魔術に長けた者です。王国参謀本部に所属し、連絡調整役を担っております」

「所属…ということは、軍の方なのですか?」

「いえ、彼は元々我が国の人間ではなく、民間人です。戦闘能力もありません。ただ、その稀有な遠話能力に目を付けたガウェイン将軍(当時)の推薦により、特別に協力をお願いしている立場なのです」

「そうなのですね。協力していただいている民間人の方に、危険な任務は頼めませんね」

「左様でございます。魔術を扱える者は極めて少なく、各国で取り合いになっているのが実情です。戦闘に向かない貴重な人材を危険に晒すわけにはまいりません」

「分かりました。では、ラージン殿に連絡が取れ次第、知らせてください」

「承知いたしました、マルティーナ様」

デバッグ元帥はマルティーナと別れると、直ちに軍司令部の王国参謀室へ向かい、バグナットに命じて国家魔術師ラージンとの遠話通信を繋いだ。大精霊を封印し、異常気象を収めるという計画の概要を聞いたラージンは、深刻な面持ちで答える。

「デバッグ元帥、大精霊の封印など、私のような一介の魔術師の手に余る偉業です。到底、力が及びません。…ですが、あるいはそれを成し遂げる可能性を秘めた人物に、心当たりがございます。その人物に接触してみましょう」

「おお、本当か、ラージン殿!」

「ただし、元帥。生贄の迷宮の最下層に赴き、大精霊を封印するという途方もない任務です。その人物が依頼を引き受けてくれる可能性は極めて低いとお考えください。説得は、そちらで行っていただく必要があります」

「分かった。ラージン殿、その人物と連絡がつき次第、すぐにワシと話せる機会を設けてくれ。一刻を争う、この国の存亡が掛かった問題なのだ」

「承知いたしました。早速、行動に移りましょう」

「頼むぞ、ラージン!」

通信を切ったラージンは、すぐさま行動を開始した。彼の心当たりの人物とは、最近この地方に現れた強力な魔術の使い手だった。実際に会ったことはないが、熟練した魔術師は、周囲のマナの微細な流れから、他の強力な魔術師の存在を感知できる。武術家が相手の「気」の大きさで実力を測るのに似ているが、魔術師の場合はマナの質や流れで、その系統まで推測できるのだ。通常、上位の魔術師は自身のマナを制御し気配を隠すことも可能だが、常に意識している者はおらず、ラージンほどの術者であれば、その知覚範囲内に現れればすぐに気づく。

ラージンは、その感知したマナの特異な性質から、相手が通常の魔術体系とは異なる「秘術」の使い手である可能性が高いと判断。最近になって秘術師に関する古い文献を調べていた彼は、この地方に現れた秘術師と思われる人物の情報を集め、候補を二人に絞り込んでいた。

更なる特定のため、ラージンはそれぞれの候補者が目撃された場所周辺で、どの系統の精霊が異常な活性化を示しているかを注意深く観測した。すると、ある特定の地域で、尋常ではない規模の火の精霊の活発化が確認されたのだ。それは自然現象では説明がつかないレベルであり、強力な火の秘術師の存在を示唆していた。

「…間違いない。このマナの揺らぎ、火の精霊たちの異常なまでの活性化…かの【炎帝ガーベラン】が、この地に来ている」

ラージンは、その秘術師の正体を特定し、急ぎ接触を試みるべく、ナール連峰の庵を後にしたのだった。

 


       

   


最後までよんでくださりありがとう。

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