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眷属vs 眷属

突然巨人が2体も現れ、暴れ始めていた、最初慌てたマーブル軍も、

ガウェイン将軍の長槍兵が駆けつけてくれると、

また情勢はマーブル軍へと傾き始める。    

                その55




「…やっぱり、逃げて正解だったな。あんな化け物どもに真正面から関わっていたら、命がいくつあっても足りやしねぇ。ケルビン、さっさとずらかるぞ!」 シュツルムは、広場から聞こえてくる断末魔のような悲鳴に背を向け、生き残った部下に声をかけた。

「ひぃぃ! あの巨人に踏み潰されて死ぬなんて、絶対嫌だ!」 ケルビンも恐怖に顔を引きつらせながら頷く。

二人が急いでその場を離れようとした、まさにその時だった。行く手を塞ぐように、七名のマーブル兵が立ちはだかったのだ。逃げ道を完全に塞がれ、しかも兵士たちは躊躇なく腰の手槍を抜き放ち、こちらへ投げつけてきた!

「うおっ!」

シュツルムは反射的に身を捻って回避したが、すぐ隣にいたケルビンは避けきれなかった。**グシャッ!**という鈍い音と共に、手槍がケルビンの頭部に深々と突き刺さり、その勢いで頭蓋骨を貫通、反対側から穂先が覗いていた。ケルビンは声もなく崩れ落ち、ピクリとも動かない。言うまでもなく、即死だった。

「くそっ…! おいおい、これで部下は全滅かよ! これじゃあ、俺はただの『間抜けなリーダー』ってレッテルを貼られちまうじゃねぇか!」

シュツルムは悪態をついたが、その愚痴を聞いてくれる者はもう誰もいない。彼はたった一人で、七名の武装したマーブル兵と対峙することになってしまったのだ。

(…やるしかないか)

シュツルムは覚悟を決めると、地面に突き刺さっていた、先ほど自分が避けた手槍を素早く引き抜いた。そして、こちらへ駆け寄ってくる兵士の一人に向かって、その手槍を正確に投げ返す! 同時に、懐から愛用の短剣――猛毒が塗り込められた暗殺用の短剣――を引き抜き、敵陣へと突進した。

狙いは、ショートソードとバックラー(小型の盾)を構えた兵士。スピードで勝るシュツルムは、短期決戦を狙い、積極的に攻撃を仕掛けた。毒の効果を考えれば、かすり傷一つでも与えれば致命傷になりうる。

シュツルムの俊敏な動きに、マーブル兵たちは翻弄される。毒が塗られた短剣が、兵士の一人の腕を浅く切り裂いた。

「ぐはっぁ!」

ほんのかすり傷。しかし、その兵士は突如、苦悶の表情を浮かべ、口から泡を吹きながら地面に倒れ込み、激しく痙攣し始めた。傷を受けてから、わずか十数秒。猛毒が既に全身に回り始めているのだ。シュツルムは既に二人目の兵士にも傷を負わせていた。その兵士も、よろめきながら地面に崩れ落ちていく。

「気をつけろ! そいつの短剣には毒が塗られているぞ!」

ようやく一人の兵士が警告を発したが、時すでに遅し。その声で、シュツルムはその兵士が部隊のリーダー格だと判断した。彼は即座にターゲットを変更し、声を発した兵士に向かって猛然と襲い掛かった。

五分後、戦いの趨勢は完全に決していた。リーダーを失い、未知の毒への恐怖に駆られたマーブル兵たちは、完全に統制を失い、もはやシュツルムの敵ではなかった。残った三名は戦意を喪失し、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。シュツルムは深追いせず、最後に抵抗していた一人を確実に仕留めると、死体から金目の物を素早く漁り、足早にその場を離れた。

(…カスティガトルのアジトに戻るのは危険だな。しばらくは身を隠し、この混乱の成り行きを見守ることにしよう…) シュツルムは、誰にも知られずに闇へと紛れていった。

一方、広場では、天から降臨した二体の巨人――グラティア神の眷属――に対し、マーブル兵たちは恐怖に駆られ、逃げ惑うことしかできていなかった。しかし、そこにマーブル三将の一人、ガウェイン将軍率いる精鋭部隊、長槍隊500名が駆けつけたことで、戦況に変化が訪れたのだ。

「よぉし! 全員、長槍を構えぇい!」

ガウェイン将軍の号令一下、兵士たちは全長5メートル近くにもなる長大な槍を一斉に構え、整然と前進を開始する。その槍衾は、まるで鋼鉄の森のようだ。

「突撃ぃぃぃ!!」

号令と共に、500名の兵士が雄叫びを上げながら、巨人たちに向かって一斉に突進した!

一体の巨人――四つ目の【ホーバット】は、迎え撃つように巨大な戦斧を振りかぶる。しかし、先ほどのように一方的な蹂躙とはいかない。戦斧の一撃で数名の兵士が薙ぎ払われるものの、それを掻い潜った無数の長槍が、ホーバットの分厚い皮膚を貫き、足や翼に深々と突き刺さる!

「グオオオオォォッ!?」

ホーバットが苦痛の叫びを上げる。だが、攻撃はそれだけでは終わらない。

「続けぇぇぇ! 怯むな! 押し込めぇ!」

「「「おおおおおおっ!」」」

500名の兵士が一丸となり、巨大な敵を倒すべく、決死の覚悟で連携する。無数の人間が、まるで蟻が巨象に群がるようにホーバットに纏わりつき、次々と長槍を突き立てていく。

「ぐおおぉぉぉ…!」

流石の神の眷属も、この数の暴力と決死の突撃には対処しきれない。ホーバットは傷ついた体を庇うように、慌てて巨大な翼を広げ、長槍の届かない上空へと緊急避難した。

しかし、マーブル軍の攻撃はそれだけではなかった。上空へ逃れたホーバットに向け、ガウェイン将軍が合図を送る。隠されていた5基の大型弩砲――バリスタが、一斉に火を噴いた!

シュバンッ! シュバンッ! シュバンッ! シュバンッ! シュバンッ!

巨大な矢――ボルトが、唸りを上げて空を切り裂き、ホーバット目掛けて飛翔する。数発はホーバットの巨体を掠めていくが、ついにその内の一発が、ホーバットの胴体、翼の付け根あたりに深々と命中した!

「グギャアアアアァァァッ!!」

凄まじい悲鳴を上げ、ホーバットはバランスを失い、きりもみ状態になりながら地面へと墜落していく。

ドッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!

墜落地点には巨大なクレーターが穿たれ、土煙がもうもうと立ち込める。まるで隕石が落下したかのような衝撃だった。

それを見ていたもう一体の巨人――一つ目の【ノスタルジン】が、天を衝くような咆哮を上げた!

「「「「「ファアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」

その咆哮は、単なる威嚇ではなかった。3ミリ厚の鋼鉄すらも共振させ、破壊するほどの超振動エネルギーを伴っていたのだ! 咆哮の直撃を受けた兵士たちは、鎧こそ辛うじて形を保ったものの、内部の肉体は衝撃波によって完全に破壊され、液状化して即死。フルフェイスの兜を着けていない者は、眼球が破裂し、脳が頭蓋内でシェイクされ、鼻や耳、口など、あらゆる穴から血を噴き出して絶命した。

この恐るべき一撃によって、マーブル軍が掴みかけた流れは、再び巨人たちの方へと引き戻されてしまう。ノスタルジンは、自身の攻撃の有効性を確信すると、すぐさま次の標的に狙いを定めた。先ほどホーバットを撃ち落としたバリスタ隊だ。彼らが次のボルトを装填している隙を突き、ノスタルジンは再び、破壊の咆哮を放つ!

「「「「「ファアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」

超高周波の振動波が、木製のバリスタを塵へと変え、それを操作していた兵士たち、そしてその場で指揮を執っていたガウェイン将軍をも巻き込み、一瞬にして粉砕してしまったのだ。マーブル三将の一角が、こうして呆気なく戦場に散った。

その衝撃的な光景を目の当たりにしたマルティーナ王女は、悲鳴を上げた。

「いやああああああああああっ!! ガウェイン将軍!!」

しかし、感傷に浸っている暇はなかった。ノスタルジンは、王女の存在に気づくと、その一つ目をギラリと光らせ、新たな標的としてマルティーナに狙いを定めたのだ。そして、まるで人間のような、嘲るような声色で呟いた。

「くくく…これはこれは、上等な獲物を見つけた。」

「「「「「ファアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」

破壊の波動が、マルティーナ目掛けて照射される! シャナとオクターブが、咄嗟に王女の前に立ちはだかり、己の身を盾にしようとする。その瞬間、マルティーナが必死に行っていた祈りが完成した。それは、女神セティアの加護を求める神聖魔法だった。

「〖聖サクラ障壁バルリウム〗!!」

マルティーナの叫びに応え、淡い桜色の光を放つ神聖な障壁が出現! 障壁はシャナとオクターブと共にマルティーナを包み込み、ノスタルジンが放った超高周波の波動を、眩い光と共に弾き返したのだ!

「…む!?」 ノスタルジンがわずかに驚きの声を漏らす。

そして、その刹那、マルティーナたちの前に、まるで空間から滲み出るように、二人の人影が忽然と現れた!

彼らは、マルティーナが張った聖なる障壁によって高周波攻撃が防がれているにも関わらず、なおも攻撃を続けようとするノスタルジンに向かい、同様の、しかしより強力な超高周波の波動――女神セティアの〖恩寵〗――を広範囲に展開!敵の破壊波動と干渉させ、完全に打ち消し、無効化してしまったのだ。

もし彼らの出現が遅れていれば、障壁の外にいた逃げ遅れた者たちは、体が分子レベルで分解されていたかもしれない。彼らは、まさに女神セティアの眷属によって救われたのだ。

マルティーナが、現れた二人の姿を改めて確認する。その顔には見覚えがあった。

「トロント枢機卿! ロレンツォ大司教!」

二人の高位聖職者の背後には、淡く輝く光輪のようなものが見え、その瞳は神々しい黄金色に輝いていた。もはや、彼らがただの人間ではないことは明らかだった。彼らこそ、女神セティアが遣わした眷属――ゼビウスとロルローシュが、人間の姿を借りて顕現した姿だったのだ。

自身の高周波攻撃を〖恩寵〗によって打ち消されたノスタルジンは、黄金の瞳を持つ二人を睨みつけた。

「ほぅ…貴様らがセティアの眷属か。か弱い主の代わりに、わざわざ殺されに降りてきたというわけか。」 その声は、人間の耳には聞き取れない特殊な周波数で発せられていたが、同じ眷属であるゼビウスとロルローシュには明確に届いていた。

「能書きは結構。口先だけでなく、その実力で示したらどうだ? グラティアの走狗よ。」 ロルローシュが冷たく応じる。

人間たちには、彼らの間でそのような言葉の応酬があったことなど知る由もない。ほんの一瞬の静寂の後、神の眷属同士による、次元の異なる戦いが始まったかに見えた。

その僅かな間に、バリスタの一撃で墜落していたホーバットも、驚異的な回復力で体勢を立て直し、戦線に復帰している。二対二。グラティア神の眷属と、セティア神の眷属による、壮絶な戦いの火蓋が切って落とされたのだ。

人間相手には、その圧倒的な体躯と破壊力を見せつけていたノスタルジンとホーバットだったが、同格の神の眷属を相手にするとなると、話は別だった。彼らは巨大化した体を瞬時に収縮させ、本来の敏捷性を重視した戦闘形態へと移行させた。

ロルローシュ(ロレンツォ大司教)が、無数の光の輪をノスタルジンに向けて放つ! しかし、ノスタルジンは人間の目では到底捉えられない超高速でそれを回避しながら、手に持つ〖波動の剣〗を突き出し、ロルローシュへと突進する!

ロルローシュもまた、神速の動きでそれに対応。突き出された〖波動の剣〗に対し、体重を乗せた右フックを叩き込み、剣ごとノスタルジンの体勢を横に崩す! その勢いのまま、がら空きになったノスタルジンの顎に、強烈な膝蹴りを叩き込んだ! ゴキャッ、と骨が砕ける鈍い音が響く。さらにロルローシュは、空中で素早く回転すると、のけぞったノスタルジンが地面に着く寸前を狙い、上空から急降下して渾身の飛び蹴りを叩き込んだのだ!

ズゥゥゥゥン!!!

凄まじい衝撃が広場を揺るがし、大量の土埃が舞い上がる。まるで爆撃を受けたかのような光景だ。

やがて土埃が晴れてくると、地面には巨大なクレーターができていた。しかし、そこにノスタルジンの姿はない。見上げると、彼は何事もなかったかのように上空に浮遊していた。

「…避けたか。」 ロルローシュが呟く。

「はっ! 中々の攻撃だったぞ、セティアの眷属。正直、ここまでやるとは思わなかったわ。」 ノスタルジンは、先ほど砕かれたはずの顎をさすりながら、余裕の表情で言った。その顔は、既に完全に元通りに修復されている。

「ほう…? そんな軽口を叩く余裕は、つい先ほどまではなかったように見えたがな。」

「グラティア神の眷属を甘く見るなよ、弱小女神の眷属風情が!」

ノスタルジンはそう言い放つと、体中から凄まじいまでの闘気を放出! その圧倒的なプレッシャーは、半径300メートル以内にいた、まだ辛うじて意識を保っていたマーブル兵たちを襲い、彼らの精神を根こそぎ刈り取り、昏倒させてしまった。比較的屈強な兵士たちですら、その闘気に耐えられた者はほんの僅かに居ただけだ。

その闘気の範囲ギリギリの位置にいたマルティーナたちも、その影響を免れなかった。〖聖サクラ障壁バルリウム〗は魔法や邪悪な波動は防げても、純粋な闘気までは遮断しきれない。シャナは白目を剥いてその場に倒れ込み、オクターブも膝をつき、剣を杖代わりに地面に突き立てて、かろうじて意識を保っているのがやっとだった。

不思議なことに、マルティーナ王女だけは、その強烈な闘気を受けても全く影響を受けていないように見えた。なぜ自分は平気で、すぐ傍にいたシャナが倒れたのか、彼女には理解できていなかった。

しかし、ついにオクターブまでもが力尽き、地面に崩れ落ちるのを見ると、マルティーナはシャナが既に息絶えていることに気づき、愕然とした。彼女はオクターブの元へ駆け寄り、必死に回復の祈りを捧げ始める。

「〖活力ウィレス の回復レスティトゥオ〗!」

マルティーナは、オクターブの症状が単なる怪我ではなく、生命エネルギーそのものが著しく消耗しているのだと直感し、活力を回復させる祈りを選んだのだ。

祈りを終えても、オクターブの容体は予断を許さない。このどうしようもない惨状を前に、マルティーナはか細い声で呟いた。「…これは…一体、なんなのですか…ラバァル様…。」

まるでその祈りに応えるかのように、絶望的な戦場の中、見覚えのある二人の修道女が駆けつけてきた。ルーレシアとマリィだ。

「あなたたちは…!」

「はい、ルーレシアとマリィです。マルティーナ王女様、ここは危険です! そちらの男性は私が運びます。マリィと王女様は、そちらの女性の方をお願いします!」

ルーレシアは、この極限状況にあっても驚くほど落ち着いた声で指示を出した。その冷静さに、マルティーナも我に返り、素直に頷くと、倒れたシャナの亡骸をマリィと共に引きずるようにして、比較的安全な修道院へと運び始めた。

地上では、僅かに生き残った者たちが、息を潜めて蠢いていた。

ノスタルジンとロルローシュは、互いに戦闘形態をさらに変化させ、神の力を解放した神々しい鎧のようなものを身に纏うと、戦いの場所を上空へと移し、人間には認識できないほどの超高速戦闘を開始した。閃光と衝撃波が、空で激しく交錯する。

一方、もう一組の戦い――ホーバットとゼビウス(トロント枢機卿)は、いつの間にかヨーデルの街から遠く離れた、北部の険しい山岳地帯にまで場所を移していた。

《夜明けの塔》西の広場は、言葉を絶する惨状を呈していた。夥しい数のグラティア教信者の亡骸。それに加えて、勇敢に戦ったマーブル兵の亡骸、そして犠牲となったセティア教徒の市民たちの亡骸…。大雑把に見積もっても、3000を超える死体が広場一面に転がり、血の海が広がっている。中にはまだ息があり、呻き声を上げながらのそのそと動いている者も散見される、まさに地獄絵図だった。

そんな死と絶望に満ちた広場に、杖を突きながら、ふらふらとおぼつかない足取りで歩みを進める一人の男がいた。ラバァルだ。他の生存者たちが必死に逃げ出すのとは逆に、彼は惨劇の中心へと向かっていた。

彼の目には、常人には見えないものが映っていた。死んだばかりの体から抜け出し、あてもなく宙を漂う無数の青白い光――魂。ラバァルは、それらに手を伸ばし、まるで霧を掴むかのように、一つ、また一つと吸い込み始めた。

魂を吸収するたびに、失われていた生命力――魂力ウィス・アニマエが急速に回復していくのが実感できた。ラバァルは、飢えた獣のように、夢中で周囲に浮遊する魂を吸い取り、自身の魂の糧として取り込んでいく。

「ふぅ…! 先程までの、あの 衰弱しきった脱力感が嘘のように消えていく…。それどころか、逆に、経験したことのないような力が内から湧き上がってくるようだ…。魂の力とは、一体…?」

その時、再び頭の中にドラウグの声が響いた。

『くっくっく…どうじゃ、小僧。魂とは、なかなかに美味であろう?』

「むっ…ドラウグか。」

『そうじゃ。さて、その辺に浮いておる雑魚の魂は、もう全て吸い尽くしたかえ? ラバァルよ。』

「いや、まだだ。まだたくさん浮いている。」

『ぐずぐずするな! もっと“生きの良い”大物が、まだ二匹も残っておるのじゃぞ! そちらを優先せい!』

「大物だと…?」

『そうじゃ、儂の頼みを覚えておろう? グラティアの眷属ども…奴らのことじゃ。本来ならば、儂の本体が直々に、奴らを八つ裂きにしてやらねば気が収まらぬのじゃが、残念ながら今の儂にはそれができん。故に、お主の体を借りるという依頼をしたのじゃ。良いか、ラバァル。グラティア神の眷属を殺し、その魂を丸ごと、お主自身の魂に取り込むのじゃ!』

「なっ…!?」

『奴らの持つ〖魂力〗は、そこらの人間の魂とは比較にならんぞ。奴らもまた、神の一柱なのだからな。まあ、地上に降りておる影響で、力はかなり制限されておるだろうが、それでも一体あたり、魂力にして1000万は下るまい。そいつを、根こそぎ奪い取るのじゃ、ラバァル!』

「おいおい…その言い方は、まるで俺が悪魔か何かのように聞こえるんだが。」 ラバァルは眉をひそめた。

『くっくっく! お前は無知なだけじゃ、小僧。そもそも、善だの悪だのという区別は、お前たち人間が、己の都合の良いように物事を判断するために作り出した、実に些細な価値観に過ぎんわい。馬鹿な頭で難しく考えすぎるな。万物はただ“在る”。そして、在るものを有効に活用する。ただそれだけを考えて行動せい。それが、この世界の理じゃ。』

「…随分と上から目線の物言いじゃないか。頼み事をしている相手に対する態度とは思えんな。」 ラバァルは、この尊大な存在に少し灸を据えてやりたい衝動に駆られた。

『ぐわっはっはっは! 小さなことを気にするでないわ、小僧! さっさと残りの雑魚魂を片付け、大物の“収穫”に向かうのじゃ!』

「…ちっ、仕方ねぇな。まるで無理やり仕事させられてる気分だが…。まあ、実際、さっきまでの脱力感は尋常じゃなかった。あれが消えただけでも、良しとするか…。」

ラバァルは内心で毒づきながらも、今はドラウグの言う通りにするのが得策だと判断した。彼は意識を集中させると、残りの魂を一つ一つ吸収するのではなく、自身の魂力を解放し、周囲に浮遊する全ての魂を、巨大な渦で一気に吸い尽くしてしまった!

全ての魂を取り込み終えたラバァルは、自身の変化に驚愕していた。

「…信じられん。体が羽のように軽い。このまま、どこへでも飛んでいけそうだ…。それに、あれほど遠くにいたはずの眷属たちの戦いが、まるで、すぐ目の前で行われているかのように、はっきりと感じられる…!」

『うむ、まずまずじゃな。それだけの魂力を取り込めば、儂が本格的にお主の体に降りても、お主の魂が壊れる心配もなかろう。…さあ、ラバァルよ。約束通り、奴らの元へ向かうのじゃ! そして、儂と代われ!』

「…分かった。」 ラバァルは力強く頷き、眷属たちが戦っているであろう方向を見据えた。

その頃、ヨーデル北部山岳地帯では、女神セティアの眷属ゼビウスと、グラティア神の眷属ホーバットの戦いが続いていた。戦況は、終始ゼビウスが優勢に進め、ホーバットを追い詰めていた。

しかし、ゼビウスもまた、同格の神の眷属を完全に消滅させるほどの決定的な力は持っていなかった。優勢でありながらも、詰めの一手を欠き、仕留めきれずにいたのだ。一方、ホーバットの方は、かつてドラウグとの戦いで負った傷――力の大部分を消失させられた影響が大きく、本来の力を発揮できずにいた。ゼビウスの猛攻に対し、防戦一方で、ひたすら逃げ回るのが精一杯だった。

「くぬぅぅっ! この腑抜けがぁ! 逃げてばかりで、それでも神の眷属か! 勝負にならんわ!」

ゼビウスは、逃げ腰のホーバットを激しく罵る。しかし、ホーバットは意に介さず、ひたすら逃げ回る。おそらく、もう一方の戦場でノスタルジンが勝利し、応援に駆けつけるのを待っているのだろう。

業を煮やしたゼビウスは、ついに奥の手の一つを繰り出した。彼は自身の体を、純粋な雷のエネルギー体へと変化させると、光速に達する稲妻となってホーバットに襲い掛かったのだ! 目にも止まらぬ猛スピードの稲妻が、幾度となくホーバットの巨体を打ち据え、その神聖な力を削ぎ落としていく!

ほんの僅かな時間の間に、数百万回とも思える途方もない回数の電撃アタックを受け、さしものホーバットもついに逃げるのを諦めたのか、その場に立ち止まり、神の言語による詠唱を開始した。

(デウム)幽閉(クラウデレ)≫!!

詠唱が完了した瞬間、稲妻となってホーバットに突撃しようとしていたゼビウスの目の前に、突如として不可視の壁が出現した! 猛スピードで突っ込んだ稲妻は、その壁に激突して激しく弾き返される。しかし、後ろにも同様の壁が出現しており、さらに弾き返される。まるで、合わせ鏡の中で光が無限に反射するように、稲妻となったゼビウスは、自身の速度によって、見えない壁の間を何度も何度も、制御不能な状態で弾かれ続けた!

壁は徐々に狭まり始め、やがて完全な檻の形を成していく。稲妻のままでは、この無限反射地獄から抜け出せないと悟ったゼビウスは、不本意ながら元の姿――トロント枢機卿の姿――に戻ることで、ようやくその動きを止めることができた。そして、自分が完全に「神の檻」に囚われてしまったことを悟った。

「むぐぅ…! なんと卑劣な! 神聖なる神々の戦いにおいて、このような破廉恥極まる術を使うとは! 恥という概念を持たぬのか、貴様らグラティアの眷属は!」 ゼビウスは怒りに声を震わせた。

「ふん、ぬかせ、間抜けめ。何を喚こうが、敗者に次はないのだよ。」 ホーバットは冷酷に言い放つと、囚われたゼビウスを完全に消滅させるべく、檻を収縮させるための言霊を発した。

「〖コントラーヘレ〗(収縮せよ)!!」

「ぐぬぅぅぅぅっ!!」

見えない壁が、八方向からゼビウスを圧迫し始める! ゼビウスは残された全パワーを振り絞り、壁に向かって渾身の攻撃を叩きつけるが、壁には傷一つ付けることすらできない!

(くっ…! このままでは、この物質世界に留まるための“器”が…トロント枢機卿の体が、破壊されてしまう…!)

それは、単にこの世界での活動体を失うだけではない。一時的とはいえ、魂が融合した状態にある片割れ(トロント枢機卿)を失うことは、ゼビウス自身の存在にも深刻な影響を及ぼしかねない。最悪の場合、神としての存在そのものが消滅ロストしてしまう可能性すらあった。その確率は、決して低くない(55~88%)。神といえども、一度完全に消滅してしまえば、復活は不可能だ。

焦るゼビウスは、絶望的な状況の中、必死で見えない壁を打ち破ろうと、最後の抵抗を試みていた。




最後まで読んでくれありがとう。

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