表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/170

惨劇の大集会

死の直前まで追い込まれたラバァルは、寸前の所でルーレシアに救われる事に、

しかしその頃《夜明(アウロラエ)けの(トゥッリス)》西側の広場で行われていた

セティア教徒たちを集めた大集会の方では、予想した通りの事が起こり・・・ 

   

                その54




ふと、ラバァルは意識を取り戻した。見慣れた天井が目に入る。体を起こそうとすると、微かな倦怠感と共に、自分がいつものベッドで寝ていることに気づいた。

「ここは…? あの激闘は…夢だったのか?」

周囲を見渡せば、そこはヨーデルで借りているアジトの、薄暗く埃っぽい倉庫の中だった。間違いなく、自分がいつも使っている粗末なベッドだ。

ラバァルは恐る恐る自分の腹部に手を当ててみた。アビトに抉られたはずの傷は、跡形もなく塞がっている。斬り落とされたはずの左腕も、何事もなかったかのように肩から生えていた。

(どうなっている…?)

しかし、傍らに脱ぎ捨てられていた憲兵隊員の服には、生々しい証拠が残っていた。腹部には大きな穴が開き、左の肩から先は無残に引き裂かれている。

「やはり、あれは夢ではなかった。…ルーは、どこへ行った?」

朦朧とした意識の中で、自分を治療するルーレシアの姿が、断片的な記憶として蘇る。そして、それと同時に、全く面識のないはずの存在――【ドラウグ】と名乗る何者かとの奇妙な対話の記憶が、まるで植え付けられたかのように脳裏に浮かび上がってきた。

(ラバァルの脳裏に浮かぶ記憶)

漆黒の空間。目の前に、巨大な、しかし輪郭の曖昧な存在が立っている。

『…目覚めたか、ベルディとやらの魂を持つ者よ。儂の名はドラウグじゃ。アンラ・マンユとの繋がりで、お主のことは聞き及んでおる。』

「ドラウグ…? 俺に何の用だ?」

『うむ。単刀直入に言おう。小僧、お前に折り入って頼みがある。ほんの少しの間で良い、お主のその体を、ワシに貸せ。』

「…は? 急に現れて、いきなり体を貸せだと? 正気か? 全く素性の知れんお前なんぞに、体を貸す理由が見当たらんが?」

『ふむ…まあ、そう言うだろうな。では、こう言えばどうじゃ? 今、お主らがいるヨーデルの地で、忌々しいグラティア神の眷属どもが現れ、暴れ回っておる。』

「…それは本当か?」

『儂が嘘を言うてどうする。奴らには、儂も少なからぬ借りがあってのう。一矢報いてやりたいところじゃが、ちとエネルギーを使い過ぎてしまってのぉ…。今の儂では、お主らの物質界に干渉するだけの力が残っておらんのじゃ。』

「…つまり、その借りを返すために、俺の体を使わせろ、と?」

『察しが良いな。その通りじゃ。』

「断る。第一、俺がその眷属とやらと戦う義理はない。それに、体を貸すことによるデメリットは想像がつくが、メリットが思いつかん。」

『メリットならあるじゃろう? お主の部下ども…エルトンとか言ったか? あの者たちも、今、その騒ぎの近くにおるはずじゃ。あの巨人どもを放っておけば、それこそ虫けらのように踏み潰され、無残に殺されることになるぞ?』

「……!」

「…それを、防げるというのか?」

『無論じゃ。お主はただ、儂にちょこっと体を貸すだけで良い。実に楽な仕事じゃろう?』

ドラウグと名乗る存在は、そう言って不気味に笑ったような気配を見せた。ラバァルはしばし思案する。確かに、エルトンたちの安否は気がかりだ。この得体の知れない存在の力を借りれば、彼らを助けられるかもしれない…。

「…もう少し、詳しい話を聞かせろ。」

『ほう、乗り気になったか。良いじゃろう。これは儂の個人的な鬱憤晴らしのための取引じゃ。だから、お主の方に有利になるよう、メリットはいくつか付けてやろう。具体的に望むものがなければ、とりあえず【貸し】一つ、という形でも構わんぞ?』

「…ふむ。では、ひとまず【貸し】一つ、ということにしておこう。それで、俺が体を貸している間、俺自身はどうなる?」

『儂が体を使っている間、お主の意識は保たれ、外の様子も儂の視界を通して見ることができる。じゃが、体の主導権は完全に儂に移る故、動かすことはできん。』

「…そんなに長期間は貸せんぞ。」

『分かっておるわい。お主が目覚めたら、まずはグラティア神の眷属どもが暴れておる場所まで移動するのじゃ。そこで儂と交代すればよい。後のことは、全てワシが片付けてやる。』

そんな奇妙な記憶が、頭の中に確かに存在している。しかし、ラバァル自身には、そのようなやり取りをした覚えは全くなかった。

(一体、何がどうなっている…?)

混乱しつつも、ラバァルはルーレシアの行方を探そうと周囲を見渡した。しかし、倉庫の中に彼女の姿はない。…後に知ることになるが、ルーレシアはラバァルの治療を終えた後、すぐさま修道女たちが避難している建物へと戻っていた。理由は、その修道院の中にもグラティア教徒の襲撃者が侵入したという情報を察知したからだ。

その頃、《夜明(アウロラエ)(トッリス)》西側の広場では、マルティーナ王女が仕掛けた罠が発動し、凄惨な戦闘が繰り広げられていた。

セティア教徒の大規模集会を装った場に、予想通りグラティア教の狂信的な武闘派集団――カスティガトルたちが、獲物を求めて雪崩れ込んできたのだ。広場は瞬く間に混乱に陥り、悲鳴と怒号、剣戟の音が交錯する地獄絵図と化していた。

そして、その混乱は東側にある修道院エリアにまで波及していた。一部のカスティガトルが、女性ばかりが暮らす修道院に目を付け、侵入を図ったという情報が駆け巡っていた。修道院の扉には頑丈な(かんぬき)が掛けられ、中にいる修道女たちは、ただ身を寄せ合い、恐怖に震えながら嵐が過ぎ去るのを待つしかなかった。

しかし、無法者と化したカスティガトルたちは、そんな非力な獲物を見逃すはずもなかった。屈強な男たちが扉を蹴破り、涎を垂らしながら修道女たちの隠れ家へと押し入ってきたのだ。彼らにとって、抵抗できない修道女たちは、まさに「非常に美味しい獲物」だったのだろう。

「へっへっへ…こんな所に隠れてやがったか、子羊ちゃんたちがよぉ!」

「うっひょ~! 見ろよ、兄貴! 上玉がゴロゴロいやがるぜ!」

「くっくっく…大当たりだ。こいつらを担いでアジトに持ち帰りゃあ、今夜はやりたい放題だぜ!」

「えへへへ…こいつは役得だなぁ…!」

獣のような目をぎらつかせ、暴漢と化したカスティガトルたちが、怯える修道女たちにじりじりと迫る。

その時、一人の修道女が毅然と立ち塞がった。マリィだ。彼女は、部屋の隅にあった掃除用のほうきを武器代わりに構え、無頼漢たちを睨みつけた。

「舐めるんじゃないわよ、この変態ども! あんたたちなんかに、誰がやられてたまるもんですか!」

マリィは、先頭で下卑た笑いを浮かべていた男の顔面に、ほうきの柄を渾身の力で突き入れた! 不意を突かれた男は、呻き声を上げてその場に倒れ込む。

「っ…! このアマァ! よくもやりやがったな!」

他のカスティガトルたちが色めき立つ。多勢に無勢。ここでまともに戦えるのはマリィ一人だけだ。他の修道女たちは、恐怖で声も出せず、ただ「きゃあ!」と短い悲鳴を上げて地面に伏せるのが精一杯だった。

(私が…私が、なんとかしなきゃ…!)

マリィは、今はどこにいるか分からないルーレシアのことは一旦忘れ、手にしたほうき一本と、服の下に隠し持っていた二本のナイフだけで、残る三名のカスティガトルに立ち向かう覚悟を決めた。

「掛かってきなさいよ、このボケどもがぁ!」

「あ~ん? 可愛い顔して、随分と汚ねぇ口をきくじゃねぇか。そういう生意気な女はよぉ、たっぷりとお仕置きしてやらねぇとなぁ!」

「へへへへ…うまそうだなぁ…じゅるり…」

「くっ…この変態野郎! こっち見んじゃないわよ!」

マリィは、中でも一番いやらしい目つきをしていた、ひょろりとした男に狙いを定め、ほうきの先端を突き出そうと踏み込んだ。

ところが、そのひょろ男は見た目に反して異様に俊敏だった。軽やかなステップでマリィの突きをかわすと、逆にほうきの柄を蹴り折り、さらにマリィの胸を突き飛ばして転倒させたのだ!

「ぎゃっ!」

マリィは、後ろでしゃがみ込んでいた修道女たちの塊の中に転がり込んだ。彼女たちは、慌ててマリィを支え、助け起こそうとする。

「マリィさん!」「しっかり、マリィさん!」「頑張って、マリィさん!」

仲間たちの悲痛な励ましの声に背中を押され、マリィはふらつきながらも立ち上がり、自分を突き飛ばしたひょろ男を睨みつけた。すると、その男は気味の悪い笑みを浮かべて言った。

「えへへへへ…可愛いねぇ、君。僕のお嫁さんにしてあげるよぉ。」

その言葉と表情に、マリィは全身に鳥肌が立つほどの嫌悪感を覚え。

「きっしょい…! こっち来んな、変態野郎!」


すると今度はマリィに近寄ろうとするひょろ男に、別のカスティガトルが割り込んできて。

「おい、ちょっと待てや、ヘンタイ! こんな極上の女を、誰がお前なんぞに先にくれてやるかよ! まずは俺様がじっくり楽しんでからだ!」

すると、ひょろ男は割り込んできた男の顔面に、いきなり拳を叩き込んだ! それに激昂した乱入男も殴り返し、あろうことか、カスティガトル同士でマリィを巡る殴り合いの喧嘩が始まってしまったのだ。さらに、残りの二人も「俺にもよこせ!」「抜け駆けは許さん!」と参戦し、部屋の中は仲間割れによる乱闘騒ぎとなっている。


その醜い争いを、マリィは呆然と見つめていた。

「…なんなのよ、こいつら…。」

その混乱の最中、いつの間にかルーレシアが部屋に戻ってきていた。彼女の手には、なぜかラバァルが使っていたはずの憲兵隊の伸縮式警棒が握られている。おそらく、ラバァルをアジトに運び込んだ後、どこかで拾ってきたのだろう。

ルーレシアは、修道女そっちのけで醜い仲間割れを繰り広げるカスティガトルたちに、容赦なく警棒を叩き込み始めた。

ドカッ! ゴスッ! バキッ!

ボコスカ! ボコスカ!

武器を持った男たち相手に、ルーレシアは一切怯むことなく、的確かつ強烈な打撃を次々と叩き込んでいく。応戦しようと向かってきたカスティガトルも、その勢いの前に為す術なく、あっさりと打ちのめされていく。

まるで嵐が過ぎ去ったかのように、ものの数分で、ルーレシアは四人のカスティガトル全員を完全に沈黙させてしまった。

「ちょ…ちょっと、ルー! あんた、一体どこ行ってたのよ!」 マリィが呆気に取られながらも問い詰める。

「ごめんなさい、急な用事ができちゃって…。詳しいことは後で説明するわ。」 ルーレシアは事もなげに答える。

「…しかし、あんた、いつの間にそんなに強くなったの…?」 マリィは、先ほどのルーレシアの戦いぶりに強い違和感を覚えていた。武器を持っているとはいえ、屈強な男四人をあれほど一方的に叩きのめすなど、以前の彼女からは考えられない強さだったからだ。確か、素の戦闘能力は自分と大差なかったはずなのに…。

「…運が良かっただけよ。それより、みんな、怪我はない?」 ルーレシアは話を逸らすように、他の修道女たちに声をかけた。

「ルーレシアさん、ありがとう! 本当に助かりました!」「でも、凄いわ…! あなた、棒術の心得があったのね!」

仲間たちから安堵と称賛の声が上がる。しかし、ルーレシアはそれらの言葉をどこか上の空で受け流すと、すぐに次の行動に移った。修道女たちの無事を確認すると、カスティガトルたちが侵入してきた扉の方へと向かい、外の様子を窺おうとしたのだ。

マリィは慌ててその後を追う。

「ちょっと、ルー! 何、一人で勝手に行動しようとしてるのよ! ラバァルに言われたこと、忘れたの!?」

「…そうね、ごめんなさい。一緒に行きましょう、マリィ。」 ルーレシアは少し反省したように振り返った。

その頃、塔の西側に広がる広場では、マルティーナ王女の作戦が佳境を迎えていた。

集会に紛れ込ませていた兵士たちが一斉に反撃を開始し、奇襲を受けて混乱していたカスティガトルたちを逆に追い詰めていたのだ。指揮を執るのは、祭壇の上に立つマルティーナ王女本人だ。

「これ以上、セティアの民を傷つけさせるわけにはいきません! グラティアの狂信者どもを一掃なさい!」

「おおっ! マルティーナ様の仰せの通りだ! グラティア教徒どもを一人残らず討ち取れ! ここで奴らの息の根を止めるのだ!」

マルティーナの忠実な従者であるオクターブが、剣を抜き放ち、大声で兵士たちを鼓舞している。もう一人の従者シャナは、冷静にマルティーナの背後を守り、不測の事態に備えていた。

最初は勢いづいていたカスティガトルたちも、統制の取れた兵士たちの反撃と、周囲から次々と現れる伏兵によって、徐々に劣勢に追い込まれていった。元々、烏合の衆である彼らは、状況が悪化すると見るや、蜘蛛の子を散らすように逃げ出し始めている。

カスティガトルのリーダーの一人として、5名の部下を率いてこの襲撃に参加していたシュツルムも、早々に状況の不利を悟っていた。

「おい、お前ら! こりゃあ不味いぞ、完全に罠だ! 死にたくなけりゃ、今のうちに逃げるんだ! まだ間に合う!」

シュツルムは部下たちに撤退を促した。しかし、一部の者は納得しなかった。

「冗談じゃねぇ、リーダー! まだ何の成果も上げてねぇんだぞ! このまま手ぶらで戻ったら、俺たちがどんな目に遭わされるか…! 俺は残る! 逃げたきゃ、あんた一人で逃げろ!」

「馬鹿か、お前! 残れば確実に死ぬぞ!」

「へっ、うまく立ち回れば、生き残って手柄も立てられるかもしれねぇだろ!」

「…くっ、勝手にしろ! 他の奴らはどうする? 俺と一緒に来るか?」 シュツルムは残りの部下に問うた。

「…俺も残ります。どうしても成果が必要なんです。」

「俺はリーダーと逃げます! こんな所で死ぬのはごめんだ!」

「俺もリーダーについて行きます!」

「私も…こんな所でくたばりたくないわ。」

結局、二名がその場に残り、シュツルムを含む三名が撤退を決めた。シュツルムは、ついて来ると言った二人の部下と共に、迫りくるマーブル兵の追撃を掻い潜りながら、元来た道を辿って逃走を開始した。

一方、広場に残った二名のカスティガトルは、手柄を立てようと躍起になってセティア教徒を襲い続けた。しかし、運悪く、市民に扮していた屈強な兵士に手を出してしまい、あっけなく返り討ちに遭い、命を落としてしまう。

マルティーナの作戦は、大きな犠牲を払いながらも、着実に成果を上げていた。逃げ惑うセティア教徒を保護しつつ、襲撃してきたカスティガトルたちを包囲網の中に追い込み、殲滅していく。広場は、夥しい量の血で赤黒く染まり、まさに血の海と化していた。そのほとんどが、侵略者であるカスティガトルたちが流した血だった。

マルティーナは、その凄惨な光景から目を逸らさなかった。自分が下した決断の結果として起きたこの惨劇を、唇を強く噛みしめながら、その目に焼き付けていた。王族として、指導者として、この重責を背負う覚悟を決めたのだ。

その惨劇を、王宮の窓から冷静に眺めていた前王カイ・バーンは、傍らに立つ息子、現王モーブに聞こえるように、しかしどこか満足げに呟いた。

「…マルティーナ、とうとう覚悟を決めたようだな。これほどの血を流すとは…流石は儂の娘よ。」

「ち、父上…何を仰るのですか…。」 モーブは困惑した。つい先ほど、政争のためにマルティーナの首が必要になるかもしれない、と冷酷に語っていた父が、今度はその行為を褒めている。その真意が読めず、モーブは戸惑いを隠せない。

「マルティーナの指導者としての覚悟、その器を見せてもらった。それを評価したまでのことよ。他意はない。」 カイ・バーンは、息子の動揺を意にも介さず、平然と言い放つ。

「………。」 その言葉にモーブは黙り込むしかなかった。

広場では、三方向から投入された伏兵たちが完全にカスティガトルたちを包囲し、殲滅作戦は最終段階に入ろうとしていた。ほぼ全てのカスティガトルが討ち取られるか、捕縛されるのも時間の問題かと思われた、その時だった。

空が、突如として割れたかのように、巨大な影が二つ、天から舞い降りてきたのだ!

ゴオォォォォッ!!

凄まじい衝撃波と共に広場に着地したのは、体長6メートルはあろうかという巨人だった。一つ目の顔には鋭い角が一本生え、背中には巨大な純白の翼が広がり、神々しくも恐ろしい威容を放っている。手には身の丈ほどもある巨大なロングソードとカイトシールドを構えている。

そして、やや遅れてもう一体。こちらも同じく6メートルを超える巨体で、顔には四つの目が爛々と輝き、頭部には二本の捻じれた角。背には同じく巨大な白い翼。その手には、両手で抱えるほどの巨大な両刃の戦斧が握られていた。

彼らこそ、グラティア神の眷属――神の使い、あるいは天使と呼ばれる存在だった。

「「「グオオオオオオオオ!!!!」」」

巨人たちは、着地と同時に雄叫びを上げ、マーブル兵の群れに向かってその巨大な武器を振るい始めた!

ドッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!

ロングソードの一薙ぎが、盾ごと兵士たちを薙ぎ払い、両刃斧の一撃が、地面ごと数名の兵士を吹き飛ばす! まるで、大人が子供の玩具を蹴散らすかのように、マーブル兵はなすすべもなく蹂躙されていく。一撃で3人、5人とまとめて吹き飛ばされ、即死していく。

その圧倒的な破壊力、人知を超えた存在を目の当たりにし、先程まで勇猛に戦っていた兵士たちの戦意は、一瞬にして砕け散った。

「うわあああああっ!」「ば、化け物だぁーっ!」「に、逃げろぉぉぉ! 殺されるぅぅぅ!」

広場は再び大混乱に陥った。今度は、先程までの戦闘の混乱とは比較にならない、絶対的な恐怖によるパニックだった。兵士も市民も、我先にと逃げ惑い、将棋倒しになる者も出る始末だ。

祭壇の上にいたマルティーナも、その信じられない光景に言葉を失っていた。

「シャナ…! あれは…あれは、一体何なのですか!?」

「…分かりません! しかし、マルティーナ様、我々もここから避難しなければ!」 シャナは王女を庇いながら叫んだ。

わあああ! わあああ! わあああ!

わあああ! わあああ! わあああ!

広場は、阿鼻叫喚の地獄と化していた。

王宮からその様子を見ていたカイ・バーンたちも、息を飲んだ。

「くっ…! あれが…グラティア神の眷属か…!」 カイ・バーンは苦々しく呟いた。

「眷属…? 父上! あのような化け物と、我々に戦う術などありませぬぞ!」 モーブは恐怖に顔を引き攣らせる。

「…心配するな、モーブよ。この事態は、女神セティアも予見しておられた。…ハウゼン宰相!」

「はっ!」

「直ちに、トロント枢機卿とロレンツォ大司教に、眷属の襲来を知らせよ! 女神の加護を願う時が来たと!」

「ははっ! ただちに!」 ハウゼン宰相は一礼し、急いで部屋を後にした。

一方、アジトの倉庫で目覚めたラバァルは、ベッドから起き上がろうとしていた。しかし、体に全く力が入らない。まるで病み上がりの老人のように、手足が思うように動かず、立ち上がることすらままならない。

「な…んだ、これは…? なぜ、こんなに力が…?」

壁に手をつき、よろよろとしながら、ようやくベッドから降り立つ。しかし、ただ立っているだけでも眩暈がし、何かに掴まっていなければ倒れてしまいそうだ。そのあまりの虚弱ぶりに、ラバァルは愕然とした。

「どうする…? この状態では、まともに動くことすら…。しばらく寝ている方がマシか…?」

そう思った瞬間、再び頭の中に、あのドラウグと名乗る存在の声が響いた。

『…小僧、その衰弱は、お主が死ぬ寸前まで追い詰められたことによる後遺症じゃ。あの使徒の娘が治癒を施したが、失われた生命力を補うには、莫大な魂力エネルギーが必要じゃったのじゃろう。』

「魂力エネルギー…?」

『うむ。分かりやすく言えば、魂を集めたエネルギーのことじゃ。…ふむ、幸いなことに、小僧、お主のすぐ近くには、今、大量の“それ”が浮遊しておるわい。』

「魂が…浮遊している?」

『そうじゃ。広場で多くの者が死んだからのう。外に出てみろ。さすれば分かる。それを吸収し、お主の失われた力を回復させるのじゃ。』

「魂を…吸収しろ、だと? しかし、どこに…?」

『外に出れば、お主にも見えるはずじゃ。さあ、行くのじゃ。』

ドラウグの声に促されるように、ラバァルは、見つけた手頃な木の棒を杖代わりにして、おぼつかない足取りで倉庫の外へと向かった。

「ふぅ…外に出るだけで、これほど骨が折れるとは…。これでは、戦うどころの話ではないな…。」

しかし、倉庫の外に出て、広場の方角に目を向けた瞬間、ラバァルは息を飲んだ。ドラウグが言った通り、無数の青白い光――人間の魂と思われるものが、ゆらゆらと宙を漂っているのが、彼の目にはっきりと見えたのだ。

(あれが…魂か。…そういえば、マルティーナが集会を開いていたんだったな。この様子だと…作戦は、ある程度成功した、ということか。)

夥しい数の魂は、そのほとんどが敵であるカスティガトルたちのものだろう。もちろん、中にはセティア教徒の市民たちの魂も混じっているかもしれないが、それでも、計画通り、グラティア教の戦力を大幅に削ぐことには成功したのだろうと、ラバァルは推測した。

(…仕方ない。このままでは、どうにもならん。)

ラバァルは覚悟を決めると、杖を頼りに、ふらつきながらも、魂が漂う塔の見える方角へと、一歩、また一歩と足を進め始めた。失われた力を取り戻すために。

その頃、広場から逃げ出したシュツルムは、残った部下ケルビンと共に、追撃してくるマーブル兵の攻撃を必死に掻い潜りながら、元来た道を辿って撤退を続けていた。ふと後ろを振り返ると、一緒についてきたはずのもう一人の部下の姿が見えないことに気づく。

「ケルビン、もう一人はどうした?」

ケルビンは、乱戦の中での出来事を思い出しながら答えた。「…味方と敵、それに市民が入り乱れて、もう無茶苦茶な状況でした。あいつは…確か、市民のふりをしたマーブル兵に不意を突かれて、剣で…やられたのを見ました。残念ですが…。」

「…そうか。」 シュツルムは短く応え、表情にはわずかな苦渋の色が浮かんだ。

そんな話をしている最中、二人は信じられないものを目撃した。広場のある方角の空から、巨大な白い翼を持つ巨人が舞い降りてくるのを。

「…な、なんだ、ありゃあ…?」 シュツルムは呆然と呟いた。

その突拍子もないシュツルムの声に、ケルビンも弾かれたように後ろを振り返り、その異様な光景を目にした。

「…ば、化け物…!」

そして、その巨人たちの出現が引き金となったのだろう。元々騒がしかった広場の方角から、先ほどまでとは比較にならない、絶望的な悲鳴の波が、地響きのように聞こえてきたのだ。




最後まで読んでくれありがとう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ