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ヨーデルの厄災  

覚悟を決めたマルティーナは、大規模な集会を開き、

セティア神の信仰者たちを集め、グラティア教徒たちの横暴に

怒りを吐き出していた、一方、ラバァルの方には、灰色影(グレイシャドウ)

思われる者達が現れたと言う情報が齎され・・      

                その52




用事を済ませてアジトの古びた倉庫に戻って来たラバァルに、エルトンが声をかけた。

「王女の方はどうなりました、ラバァル。」

「ああ、話はつけた。彼女はやる気だ。王女の目的と俺たちの任務の利害が一致したからな。これが成功すれば、ヨーデルにおけるグラティア教の勢力を大幅に削ることができる。同時に、俺たちの狙いである『混乱の創出』にも繋がる。まあ、結果的にマーブル王家、特に王女派の力が増すことになるだろうが、それは俺たちの関知するところではない。」 ラバァルは淡々と、しかし確信に満ちた口調で答えた。

「ずるいぃ、ラバァルはずる過ぎるよぉ~!」

突然、甲高い声が響いた。ニコルだ。彼女はソファから身を起こし、頬を膨らませてラバァルを指差した。あの気高く美しい王女を、まるで駒のように作戦に組み込んだラバァルに対して、純粋な不満を隠せない様子だった。

「いや、それは違うぞ、ニコル。俺は彼女を利用したわけじゃない。たまたま、互いの利害と進むべき道が一致しただけだ。一方的に嫌なことをさせるように誘導したわけではない。彼女自身の強い意志があってのことだ。」 ラバァルは肩をすくめ、ニコルをなだめるように言った。

「でもぉ~、なんだか後味が悪いっていうか、しっくり来ないんだもん…」 ニコルは唇を尖らせたまま、視線を落とす。

「ケチだな、ニコルは。そのくらい大目に見ろよ。世の中にはもっと悪どい連中が、それこそ掃いて捨てるほどいるんだからさ。」 エルトンが苦笑しながら割って入った。

「……分かったよ。でも、ラバァルのそういう『ずる賢さ』には、今後もよーく注意しておくからね!」 ニコルはまだ少し不満そうだったが、ひとまず矛を収める。

「ははは、それでこそニコルだ。頼りにしてるぞ。」 ラバァルは楽しそうに笑った。

一方、グラティア教内部では、シュツルムとデサイヤが信者として潜入し、内情を探っていた。二人と外部との連絡役は、ラーバンナーがアジト周辺から慎重に行っている。

その日、二人はヨーデル郊外で開かれたグラティア教信者の集会に参加していた。会場は異様な熱気に包まれ、説教師がセティア教徒の「非道さ」を声高に糾弾し、信者たちは憎悪に満ちた声でそれに呼応していた。グラティア神の偉大さを称える言葉と共に、いかにしてセティア教徒に「痛い目」を見せるかという物騒な話し合いも公然と行われている。

そして、集会の終盤、近々行われるセティア教徒の大規模な集会を襲撃する計画が持ち上がったのだ。この襲撃に参加した者は、無条件で教団内でのランクが上がり、正式な修道者としての待遇が約束されるという。

「これは参加しておくべきだろうな。」 シュツルムはデサイヤに目配せし、共に参加を申し出た。

しかし、デサイヤはあっさりと参加を却下されてしまったのだ。理由は、彼女の「襲撃には不向きそうな虚弱な体つき」だった。青白い顔、病的に細い体躯では、重いメイスを振り回して戦うなど到底無理だと判断されたのだ。彼女には、後方での負傷者の介抱といった役割が与えられ、シュツルム一人が襲撃部隊に加わることになった。デサイヤは内心悔しさを滲ませたが、今は従うしかなかった。

数日後、シュツルムは他の狂信的な信者たちと共に、セティア教徒の集会場へと向かった。襲撃が始まると、シュツルムは狂乱する信者たちに紛れ、直接的な暴行は避けつつも、物を破壊するなどして積極的に参加しているように見せかけた。無関係なセティア教徒を無差別に殴りつけるわけにはいかない、という最低限の分別は働いていた。

その時、シュツルムは鋭い視線を感じたが見ないようにしながら位置を確かめた。すると

少し離れた場所から、襲撃に参加している信者たちの様子を窺っている者がいる事に気付いた。服装は他の信者と同じだが、その目つきは明らかに異質だ。「監視役か…? それとも別の何かか…?」

シュツルムは内心で呟いた。「なぜ殺さない…なぜ加担しない…」 その監視役は、シュツルムが直接的な暴行に加わらないことに疑問を抱いているように見えた。


シュツルムは物陰に隠れるように移動し、ステルス能力で気配を消すと、監視役の背後に音もなく忍び寄った。相手がシュツルムの接近に気づいた瞬間、シュツルムは躊躇なく動いた。素早く懐から短剣を抜き放ち、監視役の首筋、頸動脈に深々と突き立てる。男は声もなく崩れ落ちた。

シュツルムは何事もなかったかのようにその場を離れ、再びセティア教徒の物資を破壊する輪に加わり、物を破壊し始める、参加信者を監視する不審分子を排除しつつ、セティア教徒に損害を与えているという「実績」を作ることに、彼は成功したのだ。

襲撃から無事にアジトへ戻ると、その「活躍」はすぐに教団幹部の耳に入った。特にシュツルムの働きは目立っていたらしく、アジトのリーダー格であるラングレイ神父が直々に声をかけてきた。

「シュツルム君だったね。いやはや、実に素晴らしい働きだったと聞いているよ。その調子で、偉大なるグラティア教のためにますます励んでくれたまえ。…それで、折り入って君に頼みたいことがあるのだが、今夜、少し時間をもらえるかね?」

「はい、神父様。いつでもお伺いいたします。」 シュツルムは恭しく頭を下げた。

「良い返事だ。では、今夜9時に私の執務室へ来てくれたまえ。番兵には君が来ることを伝えておくから、名を名乗りなさい。」

「承知いたしました。必ず参ります。」

「うむ、待っているよ。」 ラングレイ神父は満足げに頷き、その場を去った。

その夜、シュツルムがラングレイ神父の執務室を訪れると、既に数名の男女が集まっており、神父と何やら話し込んでいる最中だった。皆、昼間の襲撃で目立った働きを見せた者たちのようだ。

「おお、よく来てくれた、シュツルム君。待っていたよ。」 神父はシュツルムに気づくと、手招きした。

「お招きいただき光栄です、神父様。…それで、これは何の集まりでしょうか?」

「うむ、まあ、そこへ掛けて少し待っていてくれたまえ。ご覧の通り、声をかけたのは君だけではないのだ。全員が揃ってから、本題を話そう。」

シュツルムは促されるままにソファに腰を下ろし、他の者たちと共に待った。15分ほど経ち、最後の人物が現れると、ラングレイ神父は満足そうに頷き、改めて全員に向き直る。

「さて、待たせたね諸君。今夜集まってもらったのは他でもない。…まずは、昼間の襲撃、ご苦労だった。君たちは実に素晴らしい働きを見せてくれた。まさに選ばれし者たちだ。そう、君たちは厳選されたのだよ。その素晴らしい活躍に相応しい地位を授けるためにね。」

「相応しい地位…でございますか?」 集まった者の一人が訝しげに問い返す。他の者たちも、期待と不安が入り混じった表情で神父の次の言葉を待っている。

「うむ。君たちに問いたい。カスティガトルに成る気はないかね?」 神父は重々しく告げた。「カスティガトルとなれば、君たちには更なる活躍の場が与えられる。報酬も大幅に増え、個室も用意されるだろう。何より、グラティア教徒の中で『カスティガトル』という特別な地位が与えられるのだ。知っていると思うが、カスティガトルは単なる修道者ではない。神官戦士ミレス・サケルの直属の部下となり、直接的な指示を受けることになるのだ。」

ラングレイ神父は、集まった者たちの反応を窺うように続けた。

「そしてだね、次のセティア教徒への襲撃は、これまでにない大規模なものになるだろう。君たちには、新生カスティガトルとして、その大襲撃の先鋒を務めて欲しいのだ。無論、成功の暁には、破格のボーナスが支給される。さあ、どうだね? カスティガトルとなり、この栄誉ある任務に参加してくれたまえ。」

それは、事実上、断ることのできない一方的な勧誘だった。実際、集まった者の中の一人が「申し訳ありませんが、私には荷が重すぎます」と辞退し、部屋を出て行こうとした。しかし、その男が扉に手をかけるかかけないかのうちに、どこからともなく屈強なカスティガトルたちが5名現れ、有無を言わさず男を両脇から抱え上げ、部屋の外へと連れ出して行った。扉が閉まる瞬間、短い悲鳴が聞こえた気がした。何が行われたのかは、想像に難くない。

部屋には重い沈黙が流れた。しかし、シュツルムはその光景を見ても表情一つ変えず、すっと立ち上がった。

「謹んでお受けいたします、神父様。カスティガトルとして、グラティア教に我が身を捧げましょう。」

シュツルムの決断を見て、他の者たちも覚悟を決めたのか、次々と立ち上がり、参加の意思を表明した。

ラングレイ神父は、最初に立ち上がったシュツルムを見て、満面の笑みを浮かべた。

「素晴らしい! シュツルム君だったね。一番に名乗り出てくれるとは、実に嬉しい限りだ。君には最初から見所があると思っていたよ。…よし、決めた。君には、ここにいる者たちのリーダーを任せよう。」

「私が…リーダー、ですか?」 シュツルムはわずかに驚きを見せた。

「そうだとも。君がこの5名のリーダーだ。彼らを率いて、次の大襲撃で目覚ましい活躍を見せてくれたまえ、シュツルム君。」

こうして、シュツルムは予期せずリーダーの地位を得て、新生カスティガトルとして5名の部下を率い、セティア教徒の大集会を襲撃するという、さらに危険な任務に就くことになったのだった。

それから7日後。王女マルティーナがマーブル三将と共に立案した、凶悪なグラティア教徒を一網打尽にするための罠が、ついに発動された。おびき寄せるための「餌」となるのは、5000名を超えるセティア教徒のマーブル市民たちだ。

集会の場所は、セティア教の聖地とされる《夜明けのアウロラエの塔トゥッリス》の西側に広がる広場。既に5000人を超える人々が集まり、その数は刻一刻と増え続けている。広場に急遽設けられた祭壇の上で、マルティーナ王女が民衆に向かって語りかけていた。その内容は、非道なグラティア教徒への怒り、そして民を見捨てて顧みない現王モーブへの痛烈な批判だった。

「王は動かない! だが、我々はこれ以上、黙って蹂躙されるわけにはいかない! グラティア教の奴隷となるのを、ただ待つだけなのか!? 我々自身の力で、我々の信仰と生活を守るのだ! 今こそ、立ち上がる時だ!」

マルティーナの悲痛な叫びと決意に満ちた姿は、集まった信者たちの心を激しく揺さぶった。一部の信者たちは、彼女の姿をまるで女神の降臨のように捉え、「マルティーナ! マルティーナ!」と、その名を連呼し始めた。熱狂は伝播し、やがて大きな合唱となって広場に響き渡った。

この大集会の呼びかけ人は、もちろんマルティーナ王女本人だ。表向きは、グラティア教の圧政に対する決起集会であり、無為無策の王に頼らず、自分たちの手で身を守ろうという呼びかけである。しかし、その実態は、襲撃してくるであろうグラティア教徒を迎え撃つための巨大な罠だった。

集まった5000名を超える民衆の中には、市民の服を着た屈強な兵士たちが多数紛れ込んでいる。さらに、広場を取り囲むように、三方向の物陰にそれぞれ100名前後の伏兵が配置され、息を潜めていた。マーブルの主要基地にいる第三軍も、いつでも増援として駆けつけられるよう、臨戦態勢で待機している。まさに鉄壁の布陣だ。襲撃してきたグラティア教徒を一人残らず殲滅し、マーブル国内におけるグラティア教の活動に壊滅的な打撃を与える。これが、ラバァルの助言を取り入れ、マルティーナが決断した作戦の全容だった。伏兵の配置は、二日前から人目を忍んで少しずつ行われ、周到に準備が進められていた。

その様子を、王宮の一室から、前王カイ・バーンと現王モーブ、ハウゼン宰相、そしてデバッグ元帥が苦々しい表情で見つめていた。

「マルティーナめ…! なんという勝手な真似を…!」 現王モーブは、窓の外で民衆の熱狂を一身に集める妹の姿を、忌々しげに睨みつけた。

「モーブよ。お主はこれからどうするつもりだ? あれだけの規模になってしまっては、もはや抑え込むのは容易ではない。現に、三将もお主ではなく、マルティーナの指示に従っている始末だ。」 カイ・バーンが冷ややかに息子に問うた。

「…はい、父上。もはや止めることは不可能でしょう。こうなれば、対ラガン王国だけでなく、背後にいるロマノス帝国をも完全に敵に回す覚悟で、戦わねばなりません。」

「そんなことは分かりきっておる。お前が見据えねばならぬのは、その先だ。ラガンはおそらく間もなく動き出すだろう。早期にラガン軍を撃退できたとしても、いずれはロマノス帝国と和睦を結ばねば、国が持たん。その時…交渉を有利に進めるために、マルティーナの首が必要になるかもしれんのだ。どうする、モーブ? お前は、実の妹を手にかけられるか?」 カイ・バーンの言葉は、非情な響きを帯びていた。

モーブは一瞬言葉に詰まり、顔を蒼白にしたが、やがて唇を噛み締め、絞り出すように答えた。「父上…それが、王国のために必要なことであれば…私は…覚悟を決めます。」

「…良く言った。ならば今は、ただ見ておれ。そして、来るべき時のために、心の準備をしておくのだ。」

「…はい、父上。」

二人の冷徹な会話を聞いていたデバッグ元帥は、内心で激しい悪寒に襲われていた。幼い頃から目をかけ、その成長を見守ってきたマルティーナ王女が、実の父と兄によって、政争の具として命を奪われる可能性を示唆されている。その残酷な現実に、彼は言葉を失い、ただ俯くしかなかった。

そんな緊迫した状況がマーブルで展開される中、遠くルカナンで【深淵山羊アビスゴート】の情報を追っていた暗殺団エシトン・ブルケリィの一派、灰色影グレイシャドウは、ついにラバァルたちの行き先を突き止めた。ルカナンで得た断片的な情報が繋がり、ラバァル一行がマーブル新皇国へ向かったという確信を得たのだ。灰色影グレイシャドウを率いるのは、暗殺団最強と謳われる男、アビトである。

アビトは、情報収集と連絡のために二名をルカナンに残し、残りの手練れの暗殺者全員を引き連れてヨーデル国境へと急行した。

しかし、彼らが到着したヨーデルへの関所は、予想を遥かに超える厳戒態勢が敷かれていた。完全武装の兵士が200名以上も配置され、通行人一人一人に対し、鋭い視線で厳重な取り調べを行っている。まるで戦時下のような物々しさだった。

これは、ラバァルが事前に王女を通じて憲兵隊司令官ヨーゼフにもたらした「危険な暗殺集団がヨーデルに接近している」という情報に基づき、ヨーゼフが警戒レベルを引き上げ、兵力を増強した結果だった。

「なんだ、この物々しさは…! まるで戦争でも始まるかのようだ。」 アビトの側近の一人が、忌々しげに呟いた。

「これでは、まともに通過するのは困難ですね、アビト様。下手をすれば、ここで足止めを食らうか、正体が露見しかねません。少人数に分散し、時間をかけて少しずつ潜入するしか…」

「…仕方あるまい。時間をかけるのは不本意だが、今はそれしか手がなさそうだ。順番を決め、数名ずつ時間差で入れ。目立つなよ。」 アビトは苦渋の表情で指示を出した。薄く小雪が舞い降りる寒空の下、彼は焦りを募らせていた。一刻も早くヨーデルに潜入し、ラバァルの首を獲らねばならない。彼らの主である【ル・モーン】は、現在、ラガン王国の政治犯収容施設サイオンに拘束され、死刑執行の日が迫っているのだ。おそらく来月中には刑が執行されるだろう。残された時間は少ない。

ラバァルの首を手土産にしなければ、ル・モーンの解放はおろか、暗殺団エシトン・ブルケリィそのものが、ラガン王国と繋がりの深い他の暗殺組織から狙われ、潰されかねない。まさに、組織の存亡がかかっていた。

そして、そのアビトたちの動きは、既にラバァルの耳に入っていた。ラバァルが予め小遣いを渡して手懐けておいた、関所の門近くで遊んでいる子供たちが、それとなく情報を運んできたのだ。

「ラバァル兄ちゃん! この前言ってた、なんか怖い顔した人たちに似た大人たちが、さっき門から入って行ったよ。何人か、『木の葉』っていう宿屋に入ってくの見た!」

アジトであるボロ倉庫に駆け込んできたエミリィとケリーに、ニコルが笑顔で果物ジュースを差し出した。ラバァルは二人の労をねぎらい、用意していた胴貨を渡し、「よく知らせてくれたな。偉いぞ」と、優しく頭を撫でる。

「…奴ら、とうとうここまで嗅ぎつけてきたか。」 ラバァルは呟き、鋭い光を目に宿した。「エルトン、行くぞ。ニコルは子供たちを安全な場所まで送ったら、すぐにラーバンナーにこの事を伝え、合流してくれ。ラーバンナーには、引き続きデサイヤとの連絡を密にするよう、念を押しておいてくれ。」

「分かったよ、ラバァル。二人とも、本当に気を付けてね!」 ニコルの心配そうな声に見送られ、ラバァルとエルトンは静かに頷き、武器を手に取ると、闇に紛れて倉庫を出て行った。

二人は『木の葉』の宿屋近くまで来ると、完全に気配を消して慎重に接近した。裏口から音もなく建物内に忍び込み、暗殺者が好みそうな、人目につきにくく逃走しやすい部屋を、経験則から絞り込み、内部の気配を探り始めた。

ラバァルがエルトンに手で合図を送る。指で部屋の中の敵の配置を示す。「俺が右。お前は左だ。」 短く指示し、ラバァルは扉を蹴破ると同時に、内部へ二本のナイフを投げ入れた。即座に右側の敵に短剣を構えて突撃する。投げたナイフの一本は、敵が咄嗟に腕で防御したらしく、左腕に深々と突き刺さっていた。なかなかの反応速度だが、そこまでだ。ラバァルの踏み込みはそれを上回り、既に攻撃が届く間合いに入っていた。短剣を閃かせ、邪魔な負傷した腕を切り払い、がら空きになった顔面に強烈な蹴りを見舞う。敵が怯んだ一瞬の隙を突き、ラバァルは飛び込みざまに、短剣を相手の胸の中心に突き立てた。

グサリ、と肉を抉る鈍い音と共に、鮮血が噴き出した。

ラバァルは仕留めた敵には目もくれず、即座にもう一人の敵がいる方へと振り向いた。そちらはエルトンが対応している。不意を突いた初撃は相手にかわされたようだが、続く素早い斬撃がヒットし、敵に手傷を負わせているのが見えた。

そこから、エルトンが得意とする二刀流による嵐のような連続攻撃が始まった。一撃一撃の威力はさほど重くないが、その手数と速度は凄まじく、相手を防御一方に追い込み、徐々に傷を増やしていく。相手も必死に短剣でエルトンの刃を弾こうとするが、左右から繰り出される変幻自在の斬撃を捌ききることはできない。ついにエルトンの短剣が相手の首筋を浅く、しかし確実に切り裂いた。それが致命傷となり、相手は崩れ落ち、エルトンの方も決着がついた。

「よし、次だ。」 ラバァルは当然だというように、息一つ乱さずに次の部屋へと向かう。

エルトンは激しい戦闘の後で、さすがに「ふぅ…」と一度深く息を吐き、すぐに気を取り直してラバァルの後を追った。

結局、この宿に潜んでいた灰色影グレイシャドウのメンバーは全部で4名だった。ラバァルとエルトンは、連携して残らず始末した。

「さて、エルトン。これから外にいるであろう残りの灰色影(グレイシャドウ)を、今夜中に残らず殲滅する。」 ラバァルは事もなげに言う。

「ちょ、ちょっと待ってください、ラバァル! 俺たち二人だけでですか? それはいくらなんでも無茶ですよ! 相手はあの、暗殺団最強と言われる、あのアビトも来ているはずなんですから!?」 エルトンは思わず声を上げた。

「問題ない。手は既に打ってある。」 ラバァルは自信に満ちた表情で答える。「ここで奴らを完全に叩き潰しておかねば、今後の作戦に必ず支障が出る。…アビトは、絶対にここで始末する。」

暗殺団エシトン・ブルケリィ最強のアビトを「始末する」と平然と言いきるラバァルの様子に、エルトンは、彼が何かとてつもない策を用意していることを感じ取った。

「そんなに…何か、確実な手立てがあるんですか?」

「ああ。先日、マルティーナ王女に紹介してもらった、憲兵隊のヨーゼフ司令官に協力を仰ぐ。」

「えっ!? 憲兵隊が俺たちを助けてくれるんですか!?」 エルトンは驚いた。

「直接『助けてくれる』わけではない。だが、彼らは職務として『危険人物を捕らえる』ことには協力してくれるだろう。特に、それが『憲兵隊員を襲う不届き者』であれば、なおさらな。」 ラバァルは不敵な笑みを浮かべた。

そう言うと、ラバァルはエルトンを伴い、関所の門のすぐ横にある憲兵隊の詰所へと足を運んだ。

「すまないが、司令官のヨーゼフ殿に取り次いでいただきたい。『ラバァルが来た』と伝えてくれ。」 ラバァルは入り口に立つ憲兵に、堂々とした態度で告げる。

憲兵は訝しげな顔で二人をジロジロと見たが、ラバァルの纏う異様な圧力に気圧されたのか、渋々といった様子で奥へと向かった。

しばらくして、ヨーゼフ司令官本人が、先ほどの憲兵を伴って現れた。

「どうも、ラバァルです。先日はご紹介いただき、ありがとうございました。早速で恐縮なのですが、例の者たちがどうやら関所の外に潜んでいるようです。つきましては、先日お話しした件で、お力をお貸し頂きたいのです。」

「お待ちしておりました、ラバァル殿。お話は伺っております。ご指示の通り、憲兵の数は増員し、現在、総勢217名を、危険人物の取り締まり強化のため、この関門周辺に配置しております。それで、具体的には、我々はどう動けばよろしいでしょうか?」 ヨーゼフ司令官は真剣な表情で応じてくれている。

「ありがとうございます。まず、私とこちらの者、計2名分の憲兵隊員の制服と装備一式をお貸し願えないでしょうか。我々はその姿で、関所の外を巡回します。あなた方には、その様子を離れた場所から監視していただきたいのです。」

「ふむ…つまり、貴殿らお二人が憲兵隊員の恰好で囮となり、外を巡回しているところを、我々が隠れて見張る…と、そういうことですね?」

「その通りです。そして、もし敵が我々を襲ってきたならば、それはすなわち『マーブルの憲兵隊員を襲撃した』ということになります。そうなれば、あなた方が彼らを『公務執行妨害および傷害の現行犯』として捕らえても、何ら問題はないはずです。」

「なるほど…あえてご自身らを囮にして、敵をおびき出し、我々に捕縛の口実を与えると…。大胆な策ですが、理に適っている。分かりました、その作戦に協力しましょう。部下たちには事情を説明し、万全の態勢で貴殿らの援護と、敵の捕縛にあたらせます。」

「感謝します、司令官殿。」

ラバァルとエルトンは、ヨーゼフ司令官から憲兵隊の制服とヘルメット、槍などの装備一式を借り受け、手早く着替えた。そして、本物の憲兵隊員のような足取りで関所の門をくぐり、外の街道へと出て、巡回を開始。

その様子を、少し離れた物陰や監視塔から、本物の憲兵隊員たちが固唾を飲んで見守り、神経を研ぎ澄ませていた。

ラバァルとエルトンは、わざと街道から少し外れた坂道を下ったり、見張り台の死角になりそうな茂みの奥を覗き込んだりと、怪しい動きをしながらも、あくまで「通常の巡回」に見えるように振る舞い、敵が姿を現すのを待った。雪はいつの間にか止んでいたが、空気は凍えるように冷たい。

「ラバァル…あそこの岩陰、妙な気配がします。…いますね、間違いなく。」 エルトンが小声で囁いた。

「ああ、ようやく釣れたか。」 ラバァルは冷静に頷いた。「いいか、エルトン。先制攻撃はこちらからは仕掛けない。あくまで相手に『憲兵を襲わせる』んだ。うまく受け流せよ。」

「了解だ。」

二人は、気づかないふりをしながら、ゆっくりとその岩陰へと近づいていった。張り詰めた空気が、二人の周囲を支配していた。


 





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