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少年達と鉱山 その2

前回の続きとなり、ロスコフの少年時代の話です。

坑道を進むロスコフ達は、化け物と遭遇しました、

果たしてタンガ、スペアー、ロスコフの3名はどうなってしまうのか!   

 
















                 その5




その頃、遠く離れた研究室では、そんな血腥い悲劇が起きていることなど知る由もなかった。そこにあるのは、オイルと金属が混じり合った独特の匂いと、張り詰めた静寂だけ。フォルクスたちの動きには一切の無駄がなく、まるで精密機械のようだ。実験台に固定された巨大な魔晶石が、鈍い光を吸い込んでいる。これから行われるのは、レーザーがこの石の内部でどれほど変質するかを観測する、ただそれだけの作業だった。


「よし、エクレアよ。準備ができたら頼む」


「威力は?」

エクレアの短い問いかけは、かつて暗部を率いていた秘術師の顔を覗かせる。彼女の指先が印を結ぶその動きは、祈りというより、確実に何かを仕留めるための手順に見えた。普段の穏やかな顔の裏に隠された、底知れない実力の一端がそこにある。


「最弱で」


「あいよ」


フォルクスが頷いた、その瞬間だった。ロウ爺さんのしゃがれた声が、研究室の静寂にひびを入れた。


「待った待った! 儂の準備がまだじゃて!」


「おいおい、ロウ。【守護ガーディアン・ロウ】の御大層な名も、伊達になったか?」エクレアが、唇の端を少し上げて軽口を叩く。


「わっはっは! 儂の守りは生涯現役よ。少し待て、すぐ済む」

ロウ・ケンブリッジ。伯爵時代のフォルクスの「切り札」と呼ばれたウィザード。彼の本領は、その名の通り鉄壁の防御魔法にある。仲間を包む光の壁は、いかなる脅威も退けてきた。


「よっしゃ、お待たせ!」


ロウ爺さんの声と共に、空気が震えた。【スクトゥム・マジクム×II】【プロテクター・マジクム】。二重のシールドがフォルクスとエクレアを包み、ロウ自身も魔法の鎧を纏う。これで準備は万端だ。


エクレアはシールドの輝きを一瞥すると、再び印を結んだ。今度は迷いがない。


"sigil"


【パーナス・ルクス・インシネランス】


一筋の光が、音もなく空間を穿った。


ジュッ!


レーザーは魔晶石を吸い込まれるように貫通し、背後の鋼板に小さな焦げ跡を残す。あまりに静かで、あっけない幕切れだった。


「なんじゃ、もう終わりか?」

ロウ爺さんは、もっと派手な現象を期待していたのか、肩をすくめてみせた。


エクレアでさえ、これで終わりかと体の力を抜こうとした。だが、フォルクスの鋭い声がそれを許さない。


「待て、エクレア。動くな。そこにいろ」


彼女は黙って頷く。


「結果はこれからだ、ロウ。…エクレア、もう一度頼む。今度は石を外して、鋼板に直接。威力も角度も、寸分違わずにな」


フォルクスの指示は、常にそうだ。正確で、冷徹。エクレアは言われた通りに、再び同じ呪文を紡いだ。


"sigil"


【パーナス・ルクス・インシネランス】


ジュッ!


鋼板に、先ほどと全く同じ場所に、同じ大きさの穴が開いた。


「よし、ご苦労だった。休憩してくれ」


二人を下がらせると、フォルクスはまるで恋人に触れるかのように、そっと鋼板に近づいた。指先で二つの穴の縁をなぞり、その溶け具合、深さ、僅かな歪みを確かめる。彼の息遣いだけが、研究室の静寂をかき乱していた。


その完璧な静寂を嘲笑うかのように、地の底では、絶叫が木霊していた。


……


カンテラの最後の灯りが、頼りなく揺れている。タンガが持つ、たった一つの希望。それが消えれば、完全な闇が彼らを飲み込むだろう。湿った土とカビの匂いが鼻をつき、どこからか獣の生臭い息が漂ってくる。


暗闇に潜む三匹の怪物。それに立ち向かうのは、タンガとスペアー。子供の手に余るピッケルが、今や彼らの命綱だった。


「オラァ!」

タンガの叫びが湿った空気を震わせ、ピッケルの先端が一匹の腹を抉る。だが、すぐに別の怪物が牙を剥いて襲いかかり、彼は防御するだけで手一杯になった。汗で滑る柄を握りしめ、荒い息を繰り返す。


「ちっ、スペアー、待ってろ! 絶対に、助けてやるから…!」


その願いが、悲痛な叫びに変わるまで、時間はかからなかった。


一番年下で、一番身軽だったスペアー。彼は必死に時間を稼いでくれていた。ロスコフとタンガの、命の恩人だった。その彼が、暗闇に隠れた岩に足を取られた。


「いでぇ!」


短い悲鳴。


「あっ!」

ロスコフが息を呑んだ、その世界が、スローモーションになった。


怪物の巨大な顎が、まるで熟れた果実を喰らうかのように、スペアーの柔らかい腹に食い込んだ。肉が引き裂かれる鈍い音。噴き出す生温かい血飛沫。


「あ……ぁ……」


ロスコフの世界から、音が消えた。心臓が氷の塊になったように冷たくなり、呼吸の仕方を忘れた。目の前で繰り広げられる惨劇。ちぎれた内臓、無残に分かたれた親友の体。脳が理解を拒絶する。それでも、目は逸らせなかった。


下半身を咥えた怪物は、満足げに闇の奥へ消えていく。残された上半身。その瞳から、もう光は永遠に失われていた。


ほんの数秒が、永遠に感じられた。

凍り付いていた思考が、ゆっくりと溶け始める。そして、ロスコフは理解してしまった。目の前にあるものが、紛れもない現実なのだと。


「うぅぅぅわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


それは、魂そのものが引き裂かれるような慟哭だった。


「待ってろぉ! すぐ片付ける!」

タンガもまた、獣のように叫んだ。友の叫びが、彼の最後の理性を焼き切ろうとしていた。だが、焦りが彼の動きを殺す。疲労で重くなった腕では、ピッケルは虚しく空を切るばかりだ。


その隙を、怪物は見逃さなかった。体勢を崩したタンガの喉元へ、墓石のように並んだ牙が迫る。


(…ああ、ダメだ)


思考が、死を認めた。体が、動かない。固く目を閉じた、その刹那――


世界が、変わった。


ロスコフの慟哭は、ただの悲鳴ではなかった。彼の精神は限界を超えて焼き切れ、知覚する全てが真っ白な光に塗りつぶされた。痛みも、悲しみも、恐怖さえも消え去った無の境地で、何かが生まれた。


彼の体から、淡い光が溢れ出す。


その光に呼応するかのように、坑道の闇が内側から輝き始めた。塵の中に埋もれていたマナの結晶が星のように瞬き、宙を舞う。壁や地面が悲鳴を上げて裂け、その奥から、巨大な魔晶石が七色の光を放ちながら姿を現す。絶望の闇に閉ざされていた坑道が、巨大な万華鏡へと姿を変えたのだ。


そして、タンガに迫っていた怪物の足元から、無数の鋭い岩が、死そのものとなって突き出した。


「ギえぇぇぇぇぇ!」


断末魔の絶叫。足を貫かれた怪物は、もがき、のたうち回る。


タンガは、何が起きたのか分からなかった。ただ、目の前の怪物が無力化されたことだけを理解し、視線を彷徨わせた。


そこで、彼は見た。


「なんだ……あれは…?」


人型の光が、静かに宙に浮かんでいる。それが、ロスコフだと気づくのに、数秒かかった。


「ロスコフ様…?」


呼びかけても、返事はない。意識がないようだった。その非現実的な光景に呆然としながらも、タンガの思考は、もう一人の友へと向かう。


スペアーは? あの無残な姿が、脳裏に焼き付いて離れないのだ。彼は、震える足で、親友の亡骸を探し始めた。


最後まで読まれた方、ありがとうございます、また続きを見かけたら読んでみて下さい。

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