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切り捨てられた者達 その1   

今回の主役はタロット班の者達です、やっと暗殺団(エシトン・ブルケリィ)本部がある基地の側まで

辿り着いたのだが、タロットは手前にある森の中でラバァルたちを待つ事に、 

すると思わぬ襲撃に遭い、次々に仲間達が殺され始め・・・

     

               その42   



 翌朝。

 約束通り、ラバァルは再びレクシアの病室を訪れた。

 部屋には朝の柔らかな光が差し込み、白いシーツを眩しく照らしている。微かに漂う消毒液の刺激臭と、窓の外から聞こえる鳥のさえずり。静かな病棟には、時折遠くの話し声や、金属製のワゴンがぶつかる硬質な音が響いていた。

 昨夜の地獄が嘘のような、穏やかな朝だった。


 ラバァルはベッドの脇に立ち、自分がラガン王国南東地帯にある暗殺団エシトン・ブルケリィ本部に戻らなければならないことを告げた。

 そして静かに、今後のことについて話し合った。

 レクシアは少し痩せた頬に微笑みを浮かべ、ゆっくりと口を開いた。

「ごめんなさい、ラバァル。私、ルカナンを離れることはもうしたくないの」

 彼女の瞳は、これまでにないほど澄んでいた。

「ここが私の故郷なのよ。グラティア教に騙され、多くの民が死にました。……でも、それでもまだ、生き残った者たちもいるのです。私はその民の力になり、ここで生きていきたい」

 それは、ただの感傷ではなかった。

 病室のベッドの上で、窓から見える焼け野原のような広場を見つめ、死んでいったローリーの最期の言葉を反芻し、長い時間をかけて導き出した結論だった。

 王女として、一人の人間としての、揺るぎない覚悟。

 その言葉を受け止めたラバァルは、少し寂しそうに、けれど満足げに微笑んだ。

「残念だけど……その考えは悪くない」

「そう言ってくれて嬉しいわ、ラバァル」

 レクシアが安堵の表情を浮かべる。

「何か相談したいことがあれば、今いる執政官庁舎を訪ねろ。アンドレアス将軍に話を通してある」

「えっ、将軍に?」

 驚く彼女に、ラバァルは頷いた。その言葉の裏には、彼なりの不器用な優しさが滲んでいた。

「色々ありがとう、ラバァル。あなたに救われた命、大切にするわ」

 レクシアは感謝を込め、彼の手を握った。


 別れを済ませたラバァルは、アンドレアス将軍の個室へと向かった。

 病室の空気は前日よりも幾分和らいでいる。

 そこでラバァルは、「お前の要求を何でも一つ飲んでやる」という契約の権利を行使した。

「レクシアの力になって欲しいのです」

 その申し出を、将軍は快く、いや、どこか嬉しそうに了承した。

「分かった。ハイル副指令にも話を通しておく。何かあればハイルに相談するように伝えてくれ」

 将軍の言葉には、ラバァルへの信頼と、レクシアへの配慮が感じられた。


 すべての後始末を終え、ラバァルはルカナンを後にした。

 懐には、エミル司祭の死を証明する血濡れの首飾り。

 城門の外で待っていたラーバンナーたち八名と合流し、彼らは本部へと戻る長い旅路についた。

 背後に遠ざかるルカナンの街並みを見ても、ラバァルは一度も振り返らなかった。


 


 それから七日後。

 ラガン王国南東部、険しい山岳地帯に潜む暗殺団エシトン・ブルケリィ本部。

 その総帥室に、重苦しい空気が立ち込めていた。

 ラガン王国【アルメドラ】宰相からの使いの者が、般若のような形相で乗り込んできたのだ。

「お前達は、なんてことをしでかしてくれたんだッ!!」

 宰相の激情がそのまま乗り移ったような怒鳴り声。

 もたらされた書状には、総帥【ル・モーン】に対し、ラガン王国首都『ロット・ノット』へ直ちに出頭せよという、事実上の召喚命令が記されていた。

 理由は、ルカナンで起こった「惨劇」。詳しくは書かれていないが、万単位の民が死んだという報告があったのだ。

 これには、歴戦の暗殺団総帥であるル・モーンも、額に冷や汗を滲ませざるを得なかった。

「なんてことだ……ラバァルの奴、万単位の信者殺害に関わったようだな」

 ル・モーンは低い唸り声を上げた。部屋の空気が鉛のように重くなる。

 近くに控えていた影の相談役の一人、メディチは、静かに、しかし重い口調で言った。

「途方もない化け物を育ててしまったな、モーン」

 同じく影の相談役であるジッポーは、紫煙を燻らせながら天井を見上げた。

「それで、どうする、モーン?」

 ル・モーンは苦渋の表情を浮かべた。

 彼の胸中には、ある比喩が渦巻いていた。

 今の自分は、嵐の海を行く巨大な船の船長だ。船が沈めば、すべての乗組員が死ぬ。船を存続させるためには、たとえ貴重な積荷であっても、愛する乗組員であっても、自ら海へ投げ捨てねばならない時がある。

「……相手はアルメドラ宰相だ。呼び出しには応じるしかないだろう」

 影の相談役オルフィスは、薄い笑みを浮かべて言った。

「手土産が必要じゃろうな」

 ル・モーンの口から、重い言葉が漏れた。

「……ラバァルの首ですか」

 メディチは冷酷な眼差しで頷いた。

「当然じゃろう。アルメドラ宰相のお怒りは、それに連なる評議会委員たち全員の怒りだということなのじゃからな。組織を守るためには、生贄が必要じゃ」

 沈黙が落ちた。

 ル・モーンは目を閉じ、覚悟を決めたように深く頷いた。

「……やむを得ん。そろそろアビトの部隊が任務を片付け、戻ってくるはずだ。【灰色影グレイシャドウ】を使って、ラバァルの首を持ち帰らせよう」


 暗殺団エシトン・ブルケリィ総帥ル・モーンは、決断を下した。

 組織存続のため、今回の依頼者たちを激怒させたラバァルの首、及び任務に関わった【深淵山羊アビスゴート】全員の命を差し出す。それは、船長が自らの手足をもぎ取るような、苦渋の選択だった。


 


 その頃。

 ラバァルたちより一日早く基地へ戻るため先行していたタロットたちは、本部がある山岳地帯へ入る手前の、鬱蒼とした「最後の森」に身を潜めていた。

 森の中は、昼でもなお暗く、湿った空気が肌にまとわりつく。時折、頭上で木の葉が擦れる音や、正体不明の鳥の鳴き声が聞こえてくる。

「ここらでキャンプを張り、ラバァルたちを待つ事にする」

 タロットは低い声で部下たちに指示を出した。

 部下たちは文句一つ言わず、手慣れた様子で準備に入った。

 この辺りは、本来ならキャンプになど適さない危険地帯だ。山から降りてくる猛獣、吸血蝙蝠、毒虫。常に半数が警戒に当たらねばならない極限状態。

 しかし、あえてここを選んだのには理由があった。一つはラバァルが必ずここを通るから。そしてもう一つは、「ここなら人からは襲われない」と見込んでのことだ。

 タロットたちにとって、訓練された「人間(同業者)」から襲われることほど、恐ろしいものはなかった。

 だが皮肉にも、その読みはこの時ばかりは致命的に外れることになる。


 キャンプを張ってから一日と四時間が経過した頃。

 時刻はまだ明け方。森は深い藍色の闇に包まれている。冷たい夜露が草木を濡らし、静寂の中、時折焚き火がはぜる音だけが響く。


 警戒にあたっていた四名の【深淵山羊】たちは、東西南北に分かれ、神経を針のように研ぎ澄ませていた。

 東の担当、マーガレットは高い木の枝の上に身を潜めていた。

(異常なし……)

 そう思った瞬間だった。

 漆黒の闇の中から、音もなく「死」が飛来した。

 ヒュッ。

 風を切る音さえ立てず、一本の矢が彼女の太腿に突き刺さった。

「っ!?」

 痛みを感じた時には遅かった。やじりには、サシハリアリの猛毒が塗られていたのだ。

 ドクンッ!

 心臓が早鐘を打ち、激痛が全身を駆け巡る。視界がグニャリと歪む。

 マーガレットは声にならない悲鳴を上げ、木の上から転落した。

 ドサッ。

 地面に叩きつけられた衝撃と、毒による神経麻痺で体が海老のように痙攣する。口から泡が噴き出す。

 そこへ、闇が凝縮したような黒い影が音もなく忍び寄った。

 冷酷な瞳をした暗殺者が、無造作に短剣を振り下ろす。

 ブシャッ!

 止めの一撃。マーガレットの瞳から光が消え、彼女は森の露と消えた。


 異常な静寂。

 高い感知能力を持つタロットは、東の気配が「プツリ」と不自然に途絶えたことに即座に気づいた。

 背筋に氷をねじ込まれたような悪寒が走る。

(……やられた!)

 彼は一番近くで仮眠していたルーレシアを乱暴に揺さぶり起こした。

「起きろ! 敵かもしれん!」

 タロットの声には、隠しきれない焦燥が滲んでいた。

「どうしました、タロット?」

 寝ぼけ眼のルーレシアも、タロットの只ならぬ様子に瞬時に覚醒する。

 バッシュとコルネットも起こす。

 その間にも、南の気配が……ウィリアムの気配が、蝋燭の火を指で摘んで消したように、忽然と消滅した。

「不味い……ウィリアムも消えた……間違いなく強襲だ!」

「助けに行きますか?」

 不安げに問うルーレシアに、タロットは首を振った。

「ダメだ! 敵の数が分からん! このまま北へ逃げる!」

 背後からは、微かにだが、草を踏みしめる音や、小枝が折れる音が忍び寄ってくる。死神の足音だ。


 その間にも、西のモークもまた、抵抗する間もなく始末されていた。

 刃が肉を裂く、湿った音が闇に吸い込まれていく。


 北へ逃げ始めたタロットたちは、北の警戒担当マックと合流した。

「一緒に来い! 敵の強襲だ!」

 息を切らして走る。

「敵は……相当な手練れだ! 気配が読めん、数も分からん!」

 彼らの背後には、見えない恐怖がぴったりと張り付いていた。


 その頃。

 タロットたちが慌てて放棄したキャンプ跡地に、音もなく姿を現した影があった。

 【灰色影グレイシャドウ】の一団だ。

 七名の手練れを率いるのは、特務部隊キラーズのナム。

 ――「キラーズ」とは、暗殺団エシトン・ブルケリィに所属する数多の暗殺者の中でも、特に殺人数の多い上位三名にのみ許された、畏怖と血にまみれた通名である。

 ナムはその冷酷な眼差しで、まだ僅かに温もりが残る焚き火跡を見下ろした。

「ナム、一足早く逃げたようです」

 背後から部下が低く報告する。

「ちぃ……鼻の利く奴がいたようだねぇ」

 ナムは不快げに舌打ちをした。獲物が罠にかかる寸前ですり抜けた苛立ちが、その場の空気をピリつかせる。

「おそらくタロットでしょう。追いますか?」

 ナムは即答した。

「斥候部隊、四名! 志願しな!」

 女指揮官の鋭い声が響くと、闇の中から、まるで影が溶け出すように熟練の暗殺者が一人、また一人と現れた。四名の精鋭が、ナムの前へと静かに進み出る。彼らは呼吸音さえ立てていない。

「追いな! ラバァルは、あたしの獲物だということを忘れるんじゃないよ!」

 ナムの冷たい声が、夜の静寂に響いた。

 指示を受けた四名は、獲物の血の匂いを追う獣のように、音もなく森の奥へと吸い込まれていった。残りの本隊もまた、ナムと共にその後を追う。死の行進が始まった。


 


 一方、タロットたちは必死に走り続けていた。

 かなりの時間が経過していた。肺は焼け付くように痛み、限界を超えた筋肉が鉛のように重くのしかかる。冷たい空気を吸い込むたびに、喉の奥から鉄の味がした。

 タロットは走りながら、何度も後方を「サーチ(気配察知)」した。

 かなり遅れている反応がある。おそらく、経験の浅いコルネットだ。

 だが、ここで足を止めるわけにはいかない。立ち止まれば全滅だ。彼らは速足で、暗い森の中を進み続けた。

 タロットの脳内で鳴り響く警報は、けたたましいサイレンのように止むことなく、ウィン、ウィンと危険を告げ続けている。

 森の奥深く、時折聞こえるフクロウの低い鳴き声や、風に揺れる枝葉の擦れる音が、追っ手の足音のように聞こえて神経を削る。


 すぐ後ろに続いていたルーレシアが、荒い息を吐きながら声をかけてきた。

「タロット、コルネットが遅れているようです。何故待たないんですか?」

 ラバァルたちの後の世代でトップの成績を収め、若くしてアサシンの称号を得た天才少女ルーレシア(通称ルー)。だが、今の彼女の瞳には、隠しきれない不安と焦りが揺れていた。

 タロットは足を緩めず、低い声で問い返した。

「ルー、自身の体に、どこか違和感を感じないか?」

「え……?」

「よく探ってみろ」

「う~ん……そう言われると、微かに耳鳴りが……」

 ルーは首を傾げ、自分の感覚に意識を集中させた。

 キーン……。

 意識しなければ聞き逃してしまうほどの、細く、高い金属音のような耳鳴り。

「そうか。覚えておけ。それが強敵に狙われた時、お前の体が教えてくれるメッセージだ」

 タロットの声には、幾多の死線を潜り抜けてきた者だけが持つ重みがあった。

「それに気付ける感覚が身に着くと、もっと分かりやすく危機を知らせてくれるようになる」

「……」

 ルーは半信半疑ながらも、自分の内耳で鳴り響く警告音に意識を向けた。逃げ始めた頃からずっと続いていた不快な音。

 それが「死の接近」を知らせるアラームだと認識した瞬間、彼女の背筋に冷たいものが走った。


 


 その頃、最後尾を走っていたコルネットは、疲労と焦りで精神の均衡を崩しかけていた。

 斥候に志願した熟練暗殺者たちの動きは速い。いつ追いつかれるか分からない恐怖。

 だが、それ以上に彼の心を支配していたのは、理不尽な命令への反発だった。

(そもそも、敵の数も分からないのに逃げる必要なんてあるのか? 戦ってやっつけた方が楽なんじゃあ……)

 邪推が頭をもたげる。

(タロットの奴、相手を調べもせずに仲間を見捨てて逃げるとは……なんて臆病者だ!)

 心の中でリーダーへ悪態をつくことで、自分の恐怖をごまかそうとしていた。

 反発心からか、彼は速足で歩くことすらせず、だらだらと歩き始めてしまった。


 それが命取りだった。

 背後の闇が、ふわりと動いた。

 音もなく忍び寄ってきた熟練暗殺者の一人が、仲間の斥候二名に目配せを送る。

 三方向からの包囲。

 とぼとぼと歩くコルネットの周囲を、死の影が完全に取り囲んだ。

 彼が異変に気づいた時には、すべてが終わっていた。

 ヒュンッ!

 風切り音と共に、銀色の閃光が走る。

「あ……?」

 コルネットが声を上げようとした瞬間、彼の両腕が肘から先へ舞い飛んだ。

 ズボスッ!

 続けざまに、胴体に鋭い剣が深々と突き刺さる。

 激痛を感じる暇さえなかった。

 最後の一撃が、彼の首を鮮やかに跳ね飛ばした。

 ゴロリと地面に転がったコルネットの頭部。その虚ろな瞳には、「あああ……」という断末魔の叫びと共に、自身の体跨いで先へと進んでいく暗殺者たちの、冷酷な後ろ姿が映っていた。


 


 遥か前方。

 タロットは、後方にあった微弱な気配が「フッ」と完全に消滅したのを感じ取った。

(……やられたか)

 コルネットが殺されたのか、捕らえられたのかは分からない。だが、生きていないことは確実だ。

 彼は決断した。コルネットのことは諦める。

 速足のまま後ろを振り返り、険しい表情でルーとバッシュに告げた。

「コルネットが始末された。追っ手が迫っている」

 突然の宣告。

 スピードを上げたタロットに、二人は一瞬疑問を抱いたが、リーダーの鬼気迫る表情に事態を悟った。

 危機感が爆発的に高まる。三人は再び足に力を込め、暗い森の中を疾走した。

 ザッ、ザッ、ザッ……。

 彼らの足音だけが、不気味な静寂を破っていた。


 それから六時間。

 三人は休むことなく進み続けた。月明かりが木々の隙間から差し込み、疲れ切った彼らの顔を青白く照らす。

 さすがのタロットも、限界が見え始めた二人を見て、休憩を決断した。

「……休憩だ。一時間だけな」

 その言葉に、ルーとバッシュはその場に崩れ落ちるように座り込んだ。

 タロットは僅かな食料と水を分け与える。二人は飢えた獣のように干し肉に噛みつき、水を喉に流し込んだ。

「それだけ食欲があれば大丈夫だな。俺が見張りをする。しっかりと休め」

 タロットは焚き火に僅かな薪をくべた。

 パチパチとはぜる火の粉。その明るさと温もりが、張り詰めた神経を少しだけ緩めてくれる。


 つかの間の仮眠を取ったルーが目を覚ますと、タロットはまだ炎を見つめて警戒を続けていた。

「タロットは、寝なくて良かったんですか?」

 遠慮がちに尋ねる。

「俺にはまだ余力がある。本当に余裕がなくなれば寝るから心配するな」

 静かに夜空を見上げて答える横顔は、頼もしくもあった。

「そう……タフなんですね」

「経験があるからな」

 タロットの目が、遠い過去を見るように細められた。

「どんな?」

 ルーが身を乗り出す。彼女にとって、先輩たちの武勇伝は最高の教科書だ。

「そうだな……ラバァルと二人でやったミッションでのことだ」

 タロットの声のトーンが一段低くなった。焚き火の炎が揺れる。

「俺達は敵に見つかり、十五名もの完全武装した傭兵に囲まれてしまった。絶体絶命の包囲網だ」

 ルーがごくりと唾を飲む。

「相手は投降を促してきた。だが、ラバァルと俺は無視して戦闘を開始したんだ。……地獄のような時間だった。相手は用意周到に待ち構えていたからな。俺達の短い短剣では、分厚い鎧に致命傷を与えられない。俺は疲労困憊し、負傷した。正直、ここで死ぬと覚悟したよ」

 当時の絶望感が、声の端々に滲み出ている。

「でも、ラバァルは違ってた」

 タロットの瞳に、畏敬の色が浮かぶ。

「時間が経つほど、奴の動きが良くなっているように見えたんだ。……いや、それは錯覚だった。敵の動きが悪くなっていたんだよ。傭兵たちは重装備で動き回ったせいでスタミナを削られ、ラバァルの衰えないスピードについてこれなくなっていた」

「そして、敵が疲弊しきった瞬間、ラバァルは逆にギアを上げた。動きを加速し、的確に鎧の隙間――急所だけを突き始めたんだ。一体、また一体……確実に、機械のように片付けていった」

「それから、さらに二十名ほどの増援が現れた」

「えっ、まだ敵が……!?」

 ルーが驚きの声を上げる。

「ああ。俺は絶望して、死んだふりをするしかなかった。だが、やはりラバァルは違っていた。奴は、その二十名にたった一人で向かっていったんだ」

「一人でって……うちのリーダーって、そんなに強かったんですか!? 何回か一緒に作戦しましたけど、いつも遠くから見ているだけだったので、参謀タイプなのかと……」

 ルーは目を丸くする。

「奴が動くのは、余程の時だけだ。そうしないと、部下が育たないだろう?」

 タロットは苦笑した。

「見てるだけって、そういう理由があったのね……。それで、その後は?」

「時間はかかったけど、ラバァルは増援も殲滅して生還したんだ」

 誇らしげな響き。

「じゃあ、三十五名もの傭兵を……?」

「そうだ。俺は六名しか倒せなかったがな」

 タロットは自嘲気味に笑った。

「あの時、一時間以上も休まず戦い続けたラバァルの、底知れないスタミナと精神力を目の当たりにしたよ。奴は敵を意図的に疲れさせ、消耗させ、最後に狩る。俺なんて全力で動いてやっと避けていたのに……。あの時、俺はラバァルを心底恐ろしいと思った。そして、持久力の大切さを痛感したんだ」

 焚き火の炎が消えかける。

「今は副長も十分凄いです」

 ルーが微笑む。

「それはどうも。……だが、これ以上休んでいると追いつかれる。ここまでの苦労も水の泡だ。行こうか」

 タロットが立ち上がる。休息の終わりだ。


 三人は再び闇の中を移動し始めた。

 外は完全に夜。足元もおぼつかない暗闇。頼りない月明かりだけを道しるべに進む。

 だが、それから一時間も経たないうちに、タロットの背筋に悪寒が走った。

 来た。

 斥候部隊についに追いつかれたのだ。

 一人が本隊のナムへ報告に戻り、残る三名の熟練暗殺者が、音もなく忍び寄ってくる。

 森の木々の間を縫うように近づく気配。足音はない。だが、空気が肌を刺すような緊張感となって、彼らの接近を告げている。


 タロットの感知センサーが警告音を上げる。

 熟練者たちはその感知能力の隙間を縫うように、半径三十メートル圏内――「キルゾーン」まで侵入していた。

 ようやくはっきりと彼らを捉えた瞬間、タロットが叫んだ。

「不味い! 敵はすぐ近くまで接近した!」

 その警告と、ほぼ同時だった。

 ヒュンッ!

 闇を裂いて何かが飛来した。

 ズスッ!

「うわっ!」

 背後を走っていたバッシュが苦悶の声を上げる。肩に短剣が深々と突き刺さっていた。

 タロットの脳裏に「見捨てる」という選択肢が一瞬よぎった。だが、彼は即座にそれを否定した。もう逃げ切れない。

 彼は鋭い眼光で振り返り、両手の短剣を構える。

 ルーも続き、傷ついたバッシュを庇うように前に躍り出る。

 森の静寂が、殺気によって破られた。

 もはや逃走ではない。死闘の幕が、静かに切って落とされた。




最後まで読んでくれ感謝してます、また見かけたら読んで見て下さい宜しく~。 

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