『グラティア教』の脅威 その1
今回から暫く、ラバァルが生まれた時からの因縁ある『グラティア教』が絡んだ暗殺計画の話になります。
その34
ラガン王国の北東に位置するその地は、十二年前までは栄華を誇ったタートス王国の首都、『ルカナン』と呼ばれていた。しかし今では、ラガン王国の王、【ラ・ムーンIV世】の次男であるエスカバリー殿下が派遣され、統治を任されていた。だが、このエスカバリー殿下という人物は、親の権威を笠に着て育ったためか、戦争に勝利し併合してから十年強しか経っていない不安定な地域を統治するだけの能力に著しく欠けていた。
その隙を見過ごさず、ロマノス帝国からやって来た『グラティア教』のエミル司祭らによって、熱心な布教活動が繰り広げられ、今ではルカナンに巨大な聖堂が堂々と建てられるまでに発展している。地域の民衆はおろか、駐屯しているラガン兵にまで、その信者は着実に増え続けていたのだ。この事態が、ラガン王国の実力者たちの耳に入ると、【ラ・ムーンIV世】に対し、その責任を問う激しい非難の声が噴出。評議会委員らラガン王国の実力者たちの怒りを鎮めるため、ラ・ムーンIV世は遂に退位を決意し、長男を【ラ・ムーンV世】として新たな王に即位させることになっていた。そして、長年にわたりグラティア教の布教活動を放置し、結果として国を危うくさせたエスカバリー殿下には、その放置罪が適用され、死をもって償わせるという厳しい決定が下された。
そんな中、ラガン王国の実力者たちは、『ルカナン』で勢力を拡大し始めていたグラティア教とその信徒たちを、何としてでも崩壊させるべく動き出した。彼らは、グラティア教の先兵であるエミル司祭の暗殺を秘密裏に依頼、可能であれば、建てられたばかりのグラティア聖堂を破壊するよう求めて来たのだ。依頼先として選ばれたのは、近年ラガン王国内でその存在が知られ始め、新興勢力として注目を集めていた暗殺集団【エシトン・ブルケリィ】だ。今回、ラガン王国と古くからの付き合いがある他の暗殺組織を使うと、何らかの不都合が生じるらしく、新興勢力である【エシトン・ブルケリィ】に白羽の矢が立ったというわけだ。それゆえ、エシトン・ブルケリィにとって、この依頼を成功させることは、ラガン王国の実力者たちにその実力を強烈に印象づけ、認知してもらうための絶好の機会と捉えられた。ほぼ全ての暗殺者が稼働中であったにも関わらず、組織は特に熟練した暗殺者六名を選出し、ルカナンへと派遣した。
暗殺集団エシトン・ブルケリィの熟練暗殺者たちは、目立たない庶民の姿に身をやつし、聖堂の中へと潜入、内部の構造や警備体制などを慎重に調査していた。聖堂の内部は、敗戦後のルカナン民衆から得られた貢物だけでは到底賄えないほど贅沢な造りとなっており、豪華絢爛な装飾が随所に施されていた。おそらく、建設資材の多くは、遠く離れたロマノス帝国から運び込まれ、高度な技術を持つ職人たちが建造に携わったのだろう。このルカナンを足掛かりに、ラガン王国内へと本格的に進攻しようと企むグラティア教の並々ならぬ本気度が、その壮麗な聖堂の姿からひしひしと伝わってくるようだった。
熟練暗殺者たちは、聖堂内部の様子を大まかに把握すると、計画に従い順次外へと撤退し始めた。しかし、中に入った五名は、不運にも一人、二人と 目を付けられてしまったため、外へ出た者から順番に、待ち伏せていた敵に襲われるという最悪の事態に陥ってしまった。最初に外へ出た熟練暗殺者は、事前に仲間と落ち合う予定だった酒場へと急いでいたのだが、背後からすぐに複数の気配が近づいてくることに気づいた。「……。」追手を撒くため、彼は人通りの少ない裏路地へと足早に向かったのだが、背後からは同じような速さで三名の人間が執拗に追尾してきていた。追ってくる人数を正確に把握した熟練暗殺者は、適当な場所で反撃に転じるつもりで、周囲の状況を警戒しながら歩いていた。その時、彼の前方からも、鎧を身につけた屈強な兵士が現れた。熟練暗殺者は前後を振り返り、自分が嵌められた事に気づく。
「おいっ、お前は何をしにここへ来た。」兵士は、鋭い眼光を向けながらそう問いかけてきた。熟練暗殺者は、背後に三名、前方に一名の敵がいる状況を分析、当然、まずは目の前の兵士を始末して脱出を試みることにした。懐から二本の鋭い短剣を取り出すと、前から迫る鎧の兵士に素早く近づき、「ふんっ。」と小さく息を吐きながら、渾身の力で短剣を突き出す。「ガキンッ!」「カシャンッ!」しかし、短剣の刃は、兵士が身につけている堅牢な鎧を貫くことはできず、無残にも弾き返されてしまった。さらに三発目、四発目と立て続けに短剣を投げ入れたが、それらも全て鎧に阻まれてしまった。「グラティア神からの加護を受けた、聖なる鎧に、お前のような卑しい暗殺者の短剣など用いたところで、何の効果も果たせはしません。大人しく降伏して、我らの指示に従いなさい。」兵士は、自信に満ちた表情でそう言い放った。短剣では全く効果がないことはすぐに理解できたが、それでもほんの少しの時間稼ぎにはなるだろう。熟練暗殺者は、心の中でそう呟くと、「仕方ない、あれを使わせてもらう。」と覚悟を決めた。彼は短剣で二度、兵士の鎧の隙間を狙って攻撃すると、素早く懐から小さな毒玉を取り出し、それを鎧を着た兵士の顔面に向けて投げつけた。「パンッ!」という軽い破裂音と共に、毒玉は弾け、紫色の毒煙が鎧をつけた兵士の顔面を覆った。熟練暗殺者は、これで鎧を着けた兵士の処理は終わったと判断、既に戦闘態勢に入っているであろう、背後から迫る追っ手たちの相手をするため、そちらの方へと注意を向けた。その瞬間、彼の胸に突然、焼け付くような熱さが走った。「なっ!」思わず驚愕の声を上げた彼の口から、鮮血がドバっと溢れ出し、さらに激しい痛みが胸全体を襲った。「なんだと……」先ほど、毒玉を用いて倒れてるはずの、全身を白銀のプレートアーマーで覆った兵士が、背後から彼の心臓をロングソードで深々と突き刺していたのだ。「悠長に後ろを向いているから、こうなるのです。」兵士は、冷酷な声でそう言い放った。……毒が効かない?熟練暗殺者は、信じられない思いを抱きながら、そのまま意識を失い、絶命してしまった。足で死体を蹴り、完全に息絶えたことを確認した鎧の男は、周囲に控えていた部下たちに冷たい声で指示を出した。「一人を残し、後の者は全員始末してください。」鎧の男の指示を受けた者たちは、無言で聖堂方面へと戻っていった。その男も、まるで何事もなかったかのように、悠然と歩き始めた。
一方、別の場所では、三名の熟練暗殺者が、複数の追っ手に完全に取り囲まれていた。その中から、この場には明らかに不釣り合いな、全身を白銀の鎧で覆った男がゆっくりと前へ進み出てきた。「くくく……お前たちのような悪事を働く者に、神の裁きを下す者の名を教えてやろう。我が名は【ミケロス】。グラティア教【死刑執行人エクゼキューショナーズ】、神人の一人だ。」
「【死刑執行人エクゼキューショナーズ】……」熟練暗殺者の一人は、【死刑執行人エクゼキューショナーズ】の名を知っていた。それは、グラティア教の中でも特に高い権力を持ち、ロマノス帝国の貴族たちでさえ、彼らに狙われれば狩られる立場になると言われる、グラティア教に逆らった高位の者たちを狩る、恐るべき正義の執行者たちだと言われている。そのミケロスが、三名の熟練暗殺者たちの前に悠然と進み出ると、手に持った神々しい光を放つ聖なる槍をゆっくりと構え、突き刺し始めた。熟練暗殺者たちは、三人で力を合わせ、この強大な敵、ミケロスを迎え撃つことにした!この男を始末しなければ、ここから逃げ延びることは絶対に不可能だと悟り、三人は覚悟を決め、それぞれが得意とする暗殺術を駆使して戦い始めた。熟練暗殺者たちも並みの腕を持つ者たちではない。常人から見れば、まるで残像が見えるほどの異様な速さで移動し、あらゆる角度からミケロスに襲い掛かり、鋭い攻撃を繰り出してきた!だが、ミケロスはその全ての動きを冷静に読み切り、恐るべき速さで聖なる槍を突き入れる。
「ブシュ~ッ!」顔面に突き入れられた槍の穂先は、一瞬後には既に引き抜かれていたが、穂先を突き入れられた熟練暗殺者の頭部は、まるで爆発を起こしたかのように破裂し、脳漿が飛び散った。既に後方へと飛び退いていたミケロスを攻撃するため、残りの熟練暗殺者二人が同時に動いた。ミケロスは、冷静に彼らを迎え撃ち、アサシンブレードによる攻撃を槍で軽くいなすと、同時に投げ込まれてきた短剣を、槍をクルっと一回転させて叩き落としてしまった。さらに、その回転力を維持したまま、熟練暗殺者の顎を下から強烈に打ち上げ、粉々に砕き破壊した。顎を失った熟練暗殺者は、口の周りが無くなり、自分の手でその状態を確かめようとしたが、その瞬間、さらなる攻撃が彼を襲った。聖なる槍の穂先が彼の胸を深々と貫くと、彼はそのまま後ろへと倒れて、絶命。最後の一人も、ミケロスの繰り出した槍によって足を斬り飛ばされ、動けなくなったところへ、ゆっくりと近づいたミケロスによって、心臓を貫かれ刺殺された。全ての暗殺者を浄化し終えたミケロスは、清々しい笑顔を見せながら、周囲のグラティア教信者たちに向かって高らかに言う。「皆さん、安心してください。ご覧の通り、悪人どもは全て滅びました。」すると、周囲のグラティア教信者たちは、歓喜の声を上げ、ミケロスに向けて盛大な拍手を送った。「パチパチパチパチパチ……」離れた場所からその様子をひっそりと確認していた、何か異変があればすぐに逃げ延びて報告するという重要な役割を担っていた最後の熟練暗殺者は、仲間たちの作戦が完全に失敗したことを悟り、密かにその場から撤退することを決意した。一方、聖堂の中では、最後に外へ出るはずだったもう一人の熟練暗殺者も、グラティア教の兵士たちに捕らえられ、聖堂の地下深くに作られた秘密の部屋へと連行され、【死刑執行人エクゼキューショナーズ】による厳しい尋問を受ける事に...。
ラガン王国の南東地帯は、険しい山岳地帯が大部分を占めており、さらに東に進むと、断崖絶壁が続く海岸線が広がっている。砂浜などはほとんどなく、崖の先端がそのまま海に落ち込んでいるという地形のため、高度な港湾技術を持たない当時のラガン王国では、まともな船着き場を築くことができなかった。その結果、東部沿岸地帯には人が住めるような港町は存在せず、手つかずの大自然が残る山岳地帯及び、ノース大陸最大の面積を誇る大森林地帯が延々と続いているだけだ。そのため、人がそこで生きていくには、非常に厳しい環境となっていた。
その理由は、先に述べたように山岳地帯や大森林地帯が大部分を占め、作物を育てるための平地が極めて限られているという点が最も大きい、しかしそれ以外にも、リベルグリズリー、ツーヘッドタイガー、ジャイアントコングなどの危険度A+を超える獰猛な獣類が多数生息、そいつらだけでなく、空からは人を襲う大鳥類、さらに言い伝えによれば、危険度A++を超える巨大な怪獣類までもが生息しているとされており、この地域が極めて危険な場所であることの理由として挙げられる。そんな危険な地域だったのだが、皮肉なことに、ラガン王国各地で行き場を失った人間たちが、最後の希望を託してこの地に足を踏み入れていた。
しかしやはりその大半は、直ぐに猛獣たちに襲われ、エサとなり二度と姿を見せなくなる。
それでもなぜ、これほどまでに危険な場所に人が集まるのかというと、当時のラガン王国では、王国の直轄地である豊かな農村部を除き、その他の小さな村や畑などは、ほぼ百パーセントの確率で盗賊に襲われ、略奪されるほど治安が悪かったためだ。それでは、王国にきちんと税を納め、その見返りとして守ってもらえば良いではないか、と考えるかもしれない。しかし、当時のラガン王国の税率は極めて高く、収穫の七割もの支払いを農民に求めていた。そのため、よほど大規模な農園を経営している者でなければ、残りのわずかな食料だけで家族を養い、生きていくことは困難であり、小さな農村では到底支払うことができなかったのだ。
そのような状況であったため、ラガン王国の苛酷な税の取り立てから逃れ、自分たちが食べるだけの作物を細々と育てて暮らす貧しい村民も少なくなかった。しかし、そのような弱者たちを狙い、生活に困窮した野党や盗賊、あるいはその日暮らしの寄せ集めのゴロツキなどが頻繁に襲い掛かり、僅かな食料や家財を略奪するという悪質な循環が形成されていた。そんな絶望的な毎日から逃げ出した人々が、この見渡す限りの険しい山岳地帯へと身を隠し、ひっそりと暮らしているというのが、この地域の現状だ。
そんな人里離れた山岳地帯に、ひっそりと拠点を構える謎の集団も存在していた。彼らは、この地の険しい地形が外部からの侵入を防ぎやすく、発見されにくいと考え、山岳地帯の高所の岩盤をくり抜き、まるで巨大なアリ塚のような複雑な地下基地を築き上げていた。そして、その隠れ家の中で、密かに暗殺者を育成し、独自の暗殺集団を作り上げていたのだ。その集団の名は――暗殺団【エシトン・ブルケリィ】。『エシトン・ブルケリィ』とは、この地に生息する毒アリの名前に由来するという。その名が示す通り、彼らは獲物を確実に仕留める冷酷さと、集団で行動する組織力を武器としていた。
基地内の奥深く、厳重に警備された一室では、重苦しい空気が漂う中、重要な会議が開かれていた。その会議は【重鎮会議】と名付けられ、参加できるのは組織の中でも最高幹部に限られていた。会議に参加していたのは、暗殺団【エシトン・ブルケリィ】の総帥【ル・モーン】、その影の相談役である三名の古参幹部、そして各隊の隊長たちだった。各隊の隊長は以下の通りである。
灰色影グレイシャドウ隊 隊長:アビト
月影ムーンシャドー隊 隊長:フォールマン
致命的な一突き(デッドリー・スラスト)隊 隊長:イノセント
会議は、イノセント隊長の厳しい声から始まった。「総帥、あなたは先日、我々が誇るべき熟練者を三人も失い、さらに二名が敵に捉えられたと思われる不名誉な任務の後始末を、創設されて間もないばかりか、実績も未知数な【深闇山羊アビスゴート】に任せようというのですか!」
イノセントの言葉に対し、総帥ル・モーンは落ち着いた声で答える。「イノセントよ、そう言うな。現状、どの部隊も重要な任務を抱えており、今回の件に人員を割く余裕がないのだ。現にお前の率いる部隊も、王国軍第二軍を指揮するジュピター将軍からの依頼を受けており、その任務は部隊を分割して対応できるほど容易なものではないだろう。」
イノセントは、不満の色を持ちながらもその通りだと認め。「確かにジュピター将軍からの依頼は、我々の部隊を分散させて達成できるほど甘くはありませんね。」
すると、月影隊の隊長フォールマンが冷静な声でイノセントに言い放った。「イノセント、それではお前が文句を言える立場にはないな。」
灰色影の隊長アビトもフォールマンに同意し、続けた。「フォールマンの言うとおりだ。無益な不満を漏らすよりも、現在の依頼を迅速に済ませ、失敗する可能性が高いと思われる【深闇山羊アビスゴート】の穴をいち早く埋められるよう、準備しておくことの方が重要だぞ。」
アビトの言葉に対し、イノセントは鋭く指摘した。「ちょっと待てアビト。お主は深闇山羊アビスゴートが失敗することを前提として話をしているのか?」
イノセントからの厳しい指摘を受け、灰色影隊長アビトは、少しばかり語気を強めて答えた。「熟練の手練れが六名も投入されて失敗した任務だ。そう考えるのは当然だろう。それに、今回の相手はあの忌まわしい『グラティア教』なのだ。メンバーの大半が実践経験の少ない、ひよっ子揃いの深闇山羊アビスゴートが太刀打ちできる相手ではない。」
月影隊長フォールマンもアビトの意見に同意するように、総帥に訴えかけた。「アビトもこう言っていますよ、総帥。ここまで手間をかけて育ててきた新人たちを、むざむざと死地へ送るのは、やはり間違っているのではないでしょうか。」
総帥ル・モーンは、皆の意見を聞きながら、重々しく口を開く。「仕方なかろう、今は他に動かせる隊がないのだ。今回の任務がお前たち熟練の隊が行うべき案件であるということは、私も重々承知している。しかし、今回の依頼者たちは、我々に時間的な猶予を与えてはくれないのだ。早急に隊を動かしておかなければ、依頼をキャンセルするとさえ言ってきている。」
イノセントは、皮肉な笑みを浮かべながら言った。「ただの時間稼ぎに、新人たちを使い捨てにするというのですか?」
総帥ル・モーンは、イノセントの言葉を否定するように首を横に振った。「いや、彼らは意外なほどにやり遂げるかもしれん。現に、ここ数回のミッションでは、目を見張るほどの成果を上げているしな。そして、私はラバァルには特に期待している。深闇山羊アビスゴートは、お前たち熟練者とは異なる、予測不可能な戦術を用いる。特にラバァルは、常人にはない特殊な隠密能力と状況判断力に長けている。力でねじ伏せるのがお前たちのやり方なら、彼らは影となって敵の懐に忍び込むだろう。それこそが、あの『聖なる鎧』を纏った敵を打ち破る鍵となるかもしれん。」
イノセントは、鼻で笑うように言った。「総帥がずいぶんと贔屓にしている小僧ですね。確か、ラバァルと言いましたか。しかし、いくら才能があると言っても、まだ十七歳ですよ。実践での経験があまりにも少なすぎるのではないでしょうか?」
総帥ル・モーンは、力強い眼差しで答えた。「いや、あの小僧は幼い頃から、数々の危険な状況を潜り抜け、生き延びてきた特別な才能を持っている。他の者たちが戻らなかったとしても、奴だけは今回も目的を果たして戻ってくると私は信じているよ。」
しかし、イノセントは依然として納得していない様子で、反論した。「総帥が肩入れするラバァルといえども、今回の相手はあまりにも悪すぎます。私の部隊には、『グラティア教』の殺戮部隊である【死刑執行人エグゼキューショナーズ】のメンバーが数名、既にルカナンに入ったという情報も入ってきているのですよ。」
「何だと!?【死刑執行人エグゼキューショナーズ】まで来ているのか!」イノセントは、今にも自分がルカナンへ行くべきだと訴えかけたい衝動を抑えながら、総帥の顔を見た。だが、ジュピター将軍からの重要な依頼を途中で放棄するわけにもいかず、彼は苦悶の表情を浮かべた。
月影隊長フォールマンも、イノセントに同意するように、総帥に進言した。「それならば、なおさら新人を死地に送るのは止めた方が賢明かと……」
総帥ル・モーンは、皆の意見を聞き終えると、静かに言った。「お前たちの言い分はよく分かった。ここは採決をとろう。」そして、重鎮会議のメンバーによる採決が始まった。「色々な事情はあるが、組織全体のことを考慮して、慎重に採決に臨んでくれ。」総帥の言葉に、一同は静かに頷き、それぞれが胸に秘めた思いを小さな紙片に託した。賛成か反対か、ただ二文字を書くだけの簡単な採決だった。集められた紙片は、皆が見守る中で開封され、賛成と反対に分けられた。その結果は、賛成五票、反対二票となり、【深闇山羊アビスゴート】のルカナン派遣が正式に決定した。
同じ頃、基地内の別の場所では、ラバァルとタロットの二人に、総帥が開いた会議に出席するようにという呼び出しがかかっていた。先に行われた重鎮会議が終わると、その会議の議題となっていた【深闇山羊アビスゴート】を率いる隊長ラバァルと副長タロットの二人に、すぐに来るようにと、迎えの者が遣わされたのだ。基地内にいた一人の若者のもとにやってきた使者は、身長百七十八センチメートル、体重七十三キログラムと、見た目にも逞しく成長したラバァルに対し、総帥たちが開いている重要な会議に、副長のタロットと共に来るようにと告げた。今では暗殺団【エシトン・ブルケリィ】に新設された部隊、【深闇山羊アビスゴート】の隊長に昇格し、十六名の部下を任される身となっていたラバァルにとって、団の幹部たちしか出席しない会議に初めて呼び出されるという事に、「遂に来たか。」そう思わせる出来事となった。
深闇山羊アビスゴートのメンバーのほとんどは、新人として採用された者たちだったが、ここ数回の任務で見事な働きぶりを示し、十分に中堅クラスの仕事をこなせることを証明してみせ、組織内での評価を高めていた。そのためだろう、今回はさらに難しい任務の依頼が舞い込んできたようで、その内容の説明を受けるため、突然やってきた連絡員に導かれ、暗殺団【エシトン・ブルケリィ】の幹部たちが集まる会議へと連れて来られたのだ。「ターゲットは、十二年前にラガン王国に吸収された、元タートス王国の首都『ルカナン』で布教活動を行っている『グラティア教』のエミル司祭だ。」会議の場で、幹部の一人が二人に簡潔に説明を始めた。「詳しい経緯は今回の暗殺任務には直接関係がないので省略するが、大まかに説明しよう。『ロマノス帝国』で強大な力を持つ『グラティア教』は、他の地域においても同様に、布教という名の洗脳活動を積極的に展開している。その国の民衆を自分たちの意のままに操るため、エミル司祭を先兵としてルカナンに送り込んでいたのだ。ルカナンでは、ラガン王国による支配に不満を抱いていた元タートス王国の国民たちの多くを信者に加え、巨大な聖堂まで建てていた。ようやく事態を重く見たラガン王国の実力者たちは、慌てて対策を講じることにしたのだ。
それが、我々暗殺団【エシトン・ブルケリィ】を使ってのエミル司祭暗殺計画というわけだ。
ラガン王国の中枢にいる実力者たちは、『グラティア教』を明確な敵だと認識している。しかし、表立って司祭を殺害すれば、『ロマノス帝国』の中枢を牛耳っているのは『グラティア教』であるため、間違いなく大国間の戦争が勃発することになるだろう。
「そういうわけで、ラガン王国の実力者たちは、我々暗殺団【エシトン・ブルケリィ】を使ってエミル司祭を暗殺しようとしているのだ。」と幹部は続けた。「ラガン王国の中枢にいる彼らは、『グラティア教』を明確な敵と認識している。しかし、表立って司祭を殺害すれば、『ロマノス帝国』の中枢を牛耳る『グラティア教』と正面から敵対することになり、戦争は避けられないだろう。ラガン王国としては、現在まだロマノス帝国との全面戦争は避けたいと考えており、今回の暗殺を、誰が実行したのかを曖昧にした形で済ませたいのだ。もし失敗し、ラガン王国が関与している証拠を掴まれれば、間違いなく大国間の戦争が勃発するだろう。そのため、軍との関わりの歴史が長い他の暗殺集団よりも、関係が浅い我々【エシトン・ブルケリィ】に、この依頼が舞い込んだというわけだ。」
「それでは、その司祭一人を殺害して聖堂を破壊すれば、今回の目的は達成されるということですね?」ラバァルが確認するように尋ねると、総帥は頷いた。「そうだ。しかし、『グラティア教』を甘く見てはならない。先に送り込んだ六名もの熟練暗殺者が暗殺に失敗し、そのうち三名が死亡したことが確認されている。さらに二名は生死不明、所在も不明となっている。恐らく敵の手に落ち、監禁、拷問され、重要な情報を取り調べられているはずだ。これらの情報は、辛くも逃げ延びた一名の者から報告されたものだ。今回の作戦は、過去に例を見ない、我々暗殺団【エシトン・ブルケリィ】にとって恥辱に等しい失敗だ。二度目の失敗は決して許されないぞ、ラバァル。」総帥ル・モーンは、厳しい表情でラバァルを睨みつける。
総帥ル・モーンは、ラバァルを真っ直ぐに見つめ、全てを打ち明けることにした。
「ラバァルよ。お前には全てを話しておく。生き残った者の報告によれば、敵は我々の刃を通さぬ**『聖なる鎧』を纏い、毒さえも効かぬ肉体を持つという。さらに、その中には【死刑執行人エクゼキューショナーズ】**と呼ばれる、教団最強の殺戮部隊が紛れている。熟練者たちは、真正面から戦いを挑み、その力の前に砕け散った。」
総帥は一度言葉を切り、続けた。
「この絶望的な任務を、なぜお前たちに託すのか。それは、お前の特別な才能、その影に潜む能力こそが、あの聖なる鎧や死刑執行人を打ち破る唯一の鍵だと信じているからだ。力で敵わぬのなら、敵に気づかれぬまま心臓を抉れ。それこそが、お前たち深闇山羊アビスゴートの戦い方のはずだ。」
総帥の瞳には、単なる贔屓ではない、組織の運命を賭けた信頼の光が宿っていた。
「この重要な作戦を、新人から上がって間もないお前たちに任せなければならないのは極めて遺憾だが、ここ最近のお前たちの目覚ましい働きぶりを考慮に入れ、先日の重鎮会議で、【深闇山羊アビスゴート】にこの任務を託すことが決定されたのだ。」総帥はそう言うと、ラバァルに一枚の封書を差し出した。「これを持って行くと良い。もしルカナンで何らかの困った事態が発生したら、その封書をルカナン執政官庁にいる士官級の者に見せ、話を通してみるのだ。」何だろうか、ラバァルは訝しみながらも封筒を受け取り、素直にポケットにしまうと、「分かりました。」と返事をした。難しい任務であることは間違いないが、現在、暗殺団【エシトン・ブルケリィ】の熟練者たちは、別の極めて重要な任務で手一杯となっており、多くの人員を再度ルカナンに向かわせることはできないという事情がある。恐らく、お前たちの部隊の中から多くの死者が出るだろう。それでも、この任務は必ずやり遂げなければならない。そして、もし成功の暁には、ラバァル、お前を【深闇山羊アビスゴート】の代表として、重鎮会議のメンバーとして迎え入れることになるだろう。暗殺団【エシトン・ブルケリィ】の名誉がかかっているのだ。分かったら、行け、ラバァル。失敗は決して許されない。」総帥ル・モーンは、低い声でそう言い放った。
最後まで読んでくれありがとう、また続きを見かけたら宜しく。




