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試験の結果は

アローウェン男爵を始末する試験も今回で終わりとなります。

                その33 




「アローウェン男爵という男は、正真正銘の悪党だ。俺たちのような、その日暮らしの小悪党とは格が違う」

酒場の薄汚れたテーブルで、男が酔いに任せてぽつりと語り始めた。その淀んだ瞳には、恐怖と侮蔑が混じり合った奇妙な光が浮かんでいる。ラバァルが「どう悪党なのだ?」と静かに促すと、男は待っていたとばかりに身を乗り出し、声を潜めて続けた。


「奴は、この辺りの精肉業を根こそぎ奪うために、元々この町で最も力を持っていたゴーウォン家を罠に嵌めたんだ。まず跡取り息子と娘を攫って監禁し、怒り狂った当主が全財産をはたいて傭兵を雇うように仕向けた。だが、その計画は初めから筒抜けだったのさ。ゴーウォン家の執事が裏切っていて、雇った傭兵のほとんども、とっくの昔に男爵に買収されていた連中だった」


その結末は悲惨の一言に尽きた。ゴーウォン家の反撃はあっけなく鎮圧され、当主は反逆者として処刑された。そして、男爵はそれを口実に、残された家族を奴隷として売り払い、一族の財産を合法的にすべて収奪したのだという。男はまるで見てきたかのように、唾を飛ばしながらその非道な成り上がりの経緯を語った。ラバァルは表情を変えずに耳を傾けていたが、その心の内では、男爵が暗殺の標的となるに足る理由を改めて確信していた。


翌日、ラバァルは捕らえた侍女と人夫の見張りをゴロツキたちに厳命し、自身はパシリットを連れてアローウェン男爵の屋敷へと向かった。


その頃、ラバァルが地道な情報収集に時間を費やしている間に、タロットとクラッカーの二人は既に大胆な作戦を決行し、見事に屋敷の内部へと侵入していた。彼らは物音一つ立てずに調理場まで辿り着くと、慌ただしく働く料理人たちの目を盗み、食卓へ運ばれる寸前の料理、特に大人数に行き渡るであろうスープの大鍋に、致死性の毒を混入させた。仕事を終えた二人は音もなく食事室の天井裏に潜み、これから始まる惨劇を、息を殺して待ち受けていた。


タロットの作戦は、冷徹な計算に基づいていた。事前の情報に反して屋敷の警備は厚く、傭兵の数は当初の報告を遥かに上回っていた。正面からの暗殺は極めて困難と判断した彼は、毒殺という非情な手段を選んだのだ。それは標的である男爵だけでなく、食事を共にするであろう罪のない家族まで巻き込む可能性があったが、タロットはそれを任務遂行のための許容範囲と割り切った。目的の人物一人を殺すより、毒によって無差別に複数を殺害した方が、むしろ「やむを得なかった」という言い訳が成立するとさえ考えていた。

今、彼はその冷酷な筋書きが現実となる瞬間を、神の視点で見下ろしている。


やがて、豪華な装いの男爵一家が食事室に現れ、華やかな晩餐が始まろうとしていた。だが、アローウェン男爵はタロットの想像以上に用心深い男だった。万が一に備え、彼は毒見役を用意していたのだ。毒見役の男が、運ばれてきた料理を一つ一つゆっくりと口にしていく。そして、スープを口に含んでから一分も経たないうちに、事態は急変した。男は突如として苦悶の表情を浮かべると、喉から奇妙な音を発し、大量の血を吐き出してその場に倒れ伏した。


豪華な食事室は、一瞬にして悲鳴と混乱が渦巻く地獄へと変わった。「者ども、暗殺者だ!屋敷内に侵入者がおるぞ!」男爵は震える声で叫び、傭兵たちを呼び集めた。

天井裏でその光景を見ていたタロットは、即座に計画の失敗を悟った。この機を逃せば、男爵の命を奪う機会は二度と訪れないかもしれない。


彼は躊躇なく天井を蹴破って食事室へと飛び降りると、泣き叫ぶ家族には目もくれず、一直線に男爵を目がけて腰のナイフを三本、続け様に投げ放った。ナイフは正確に男爵の体に命中したが、致命傷には至らない。その直後、男爵の叫び声を聞きつけた屈強な傭兵たちが次々と部屋になだれ込み、タロットとの激しい戦闘が始まった。深手を負った男爵は傭兵たちに守られながら部屋を脱出しようとしている。タロットは次々と襲い来る傭兵たちの猛攻に阻まれ、男爵に止めを刺すことができない。彼はまだ天井裏にいるはずの相棒、クラッカーに望みを託し、眼前の敵の排除に全力を注ぐことにした。


一方、クラッカーは天井裏を伝って逃げる男爵を追い、階下へ降り立つと、護衛の傭兵三人に背後から音もなく襲いかかった。しかし、傭兵の一人が左手の小盾で辛うじてその一撃を防ぐ。その男がクラッカーの足止めをしている間に、残る二人は男爵を連れて執務室へと急いだ。新たな増援が来る前に、目の前の敵を倒さねばならない。クラッカーは得意の変則的な動きで相手を翻弄し、その腕を切り裂くと、傭兵が苦痛に顔を歪めた一瞬の隙を突いて、容赦なくその首筋にアサシンブレードを突き立てた。


すぐに男爵の後を追う。幼い子供を連れているため、一行の足取りは遅い。クラッカーが背後から迫ると、護衛の一人が向き直り、ロングソードを構えた。「また来たか!お前は奴を止めろ!」クラッカーは最初の斬撃を軽々と躱し、すれ違い様に傭兵の手を切りつける。相手の意識が傷に向いたほんの一瞬、背後からその首にナイフを突き刺し、二人目を絶命させた。


最後の護衛に向かおうとした、まさにその瞬間だった。クラッカーは突如、胸に焼け付くような熱さを感じて手をやった。指先に触れたのは、体に突き刺さった矢の感触だった。「何だと!?」背後から別の傭兵が忍び寄り、ハンドボウガンを放ったのだ。そして、思考が追い付かぬうちに放たれた第二の矢が、彼の頭を正確に貫き、クラッカーの命はそこで終わりを告げた。



その頃、食事室で戦っていたタロットは、既に四人の傭兵を倒していたが、残る六人に完全に包囲され、絶体絶命の窮地に立たされていた。それでも彼は冷静さを失わず、迫り来る攻撃を紙一重で避け、反撃に転じるという離れ業を繰り返していたが、数の上での劣勢は明らかだった。最早これまでと悟ったタロットは、必死の形相で食事室から飛び出し、裏口から屋外へと脱出した。追手の数はいつの間にか十名近くにまで増えている。その数を見て、彼はクラッカーの失敗を確信したが、今は自分が生き延びることで精一杯だった。


ラバァルとパシリットが屋敷の外に到着した時、まさにその激しい騒動が起こっていた。ラバァルは塀の上へと駆け上がると、眼下で繰り広げられる光景を瞬時に把握した。十名近い傭兵に追われ、必死に逃げるタロットの姿。彼は塀の下で待つパシリットに「隠れていろ」と短く命じると、自らは傭兵たちの注意が逸れている好機を逃さず、男爵がいるであろう屋敷の奥へと走り出した。


侍女から聞き出した情報を頼りに男爵の執務室へ向かうと、案の定、三名の屈強な傭兵が扉を守っており、その足元には矢が突き刺さったクラッカーの亡骸が転がっていた。ラバァルは素早く周囲を見渡し、他に誰もいないことを確認すると、腰のナイフを三本抜き放ち、それぞれの傭兵目掛けて投げつけた。投げナイフは致命傷にはならなかったが、相手の注意を引き、一瞬の隙を生み出すには十分だった。ラバァルはその隙を見逃さず、二本の短剣を手に突進すると、三人の傭兵を瞬く間に仕留めた。

守りを失った執務室の中には、怯えた表情のアローウェン男爵とその家族がいた。ラバァルを見るなり、男爵は脂汗を浮かべながら懇願してきた。


「待ってくれ!金貨ならいくらでもやる!だから命だけは助けてくれないか!」男爵は隠していた金庫から大量の金貨を掴み出すと、ラバァルに見せつけた。しかし、ラバァルは金貨を見せようと振り返った男爵に向かって、躊躇なくナイフを投げ放った。鋭い刃は男爵の後頭部に深々と突き刺さり、彼は悲鳴を上げる間もなく、その場に崩れ落ちた。手からこぼれた金貨が、床に虚しい音を立てて散らばる。

家族の悲鳴が部屋に響く中、ラバァルは冷たい声で命じた。


「黙るんだ。その金貨をこの袋に入れろ。お前たちは殺さない。だが、もし追っ手を差し向けたりすれば、今度は家族全員を皆殺しにすることになる。平和に暮らしたいのであれば、何もするな」そう言い残し、ラバァルは金貨の詰まった巾着袋を手に執務室を後にした。

屋敷を抜け出したラバァルは、待っていたパシリットと合流し、宿屋へと戻った。女主人に金貨を一枚渡すと、冷たい視線で言い放つ。「ここには誰も泊まらなかった。いいね?」女主人は突然の金貨に目を丸くしたが、ラバァルの鋭い眼光に全てを察し、黙って頷いた。


その帰り道、ラバァルは傭兵たちに完全に包囲され、絶体絶命の状況に陥っているタロットを見かけた。一瞬、見捨てるべきかとも考えたが、ここまで見事に敵を引きつけてくれた彼の戦いぶりを惜しいと感じ、ここで恩を売っておくのも悪くないと判断した。ラバァルはパシリットを先に行かせると、傭兵たちの注意が逸れた隙を突き、まず飛び道具を持つ後方の傭兵を始末した。そして、その傭兵が持っていたボウガンを拾い上げると、タロットを取り囲む傭兵たちに向けて次々と矢を放ち始めた。


背後からの攻撃に傭兵たちが混乱する中、ラバァルは着実にその数を減らしていく。やがて、数人の傭兵がラバァルの方へと向かってきたが、過酷な状況で鍛えられてきた彼の敵ではなかった。ラバァルはまるでスローモーションのように見える彼らの動きを軽々と躱し、急所を正確に突いて、あっという間に二人を仕留めてみせた。


ラバァルが手早く人数を減らしたおかげで、負傷していたタロットも、なんとか残りの傭兵を始末することができたようだ。彼はよろめきながらラバァルのもとへ近づくと、息を切らしながら言った。「助かったぜ、ラバァル。君の勝ちだな。こちらは見事に失敗してしまったよ。クラッカーも……」

「クラッカーは男爵の執務室の前で死んでいた」ラバァルが静かに答えると、タロットは驚愕の表情を浮かべた。「なんだって……どうして君がそんな場所に……」ラバァルは淡々と事実を告げる。「結論から言うと、アローウェン男爵は俺が始末した。君たちが騒ぎを起こしている間に、手薄になった執務室へ向かっただけだ」


タロットは言葉を失い、しばらく天を仰いでから、諦めたように言った。「ふむ……まあ、君の勝ちは間違いない。さっさとここを引き揚げよう」勝負に敗れたタロットは、痛む体を引きずりながら、一人アジトへと戻っていった。


ラバァルはパシリットと共にゴロツキのアジトへ戻ると、それぞれに金貨を一枚ずつ渡した。「良くやった。これは褒美だ」生まれて初めて見る金貨に、ゴロツキたちは狂喜の声を上げた。彼らの感謝と興奮の声を背に、ラバァルは少し呆れたように呟いた。「たったこれっぽっちで大袈裟なんだよ。俺はもう行くが、お前たちもいつまでもゴロツキなんかやってんじゃないぞ」そう言い残すと、ラバァルは三人に別れを告げる、背後では、彼らの感謝と興奮の声が、いつまでも響いていた。



















最後まで読んで下さりありがとう、また続きを見かけたら宜しく。

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