アローウェン男爵邸の調査
今回は、初めての暗殺依頼書を受けたラバァルが、男爵邸に引きこもっている男爵の護衛の
情報を得るため、時間を掛け工夫する箇所になります。
その32
アローウェン男爵が居を構えるラガン王国南部の小さな町、『ボナヘイム』を目指し始めてから、早くも五日が過ぎている。街道をひたすら歩き続け、いよいよ目的の町が視界に入ろうとしていた。ラバァルにとって最初の難関は、街の堅牢な門を潜り抜けることだ。門兵の目を欺き、あるいは堂々と通行料を支払って侵入するにしても、まずは門を通らなければならない。そこでラバァルは、町に入るための通行税がいくらなのかを事前に把握するため、街から出てきたばかりの旅人に声をかけることにした。
街道脇で休憩している壮年の男を見つけると、ラバァルは近づき、丁寧に声をかけた。「すみません、少しお伺いしてもよろしいでしょうか?」男は訝しげな表情で振り返ったが、ラバァルの幼い顔を見て警戒を解いた。「なんだい、坊や?」ラバァルは、少し遠慮がちに尋ねる。「あの……この町の通行税のことなのですが、だいたい幾らくらいが相場になっていますか?」すると、男は親切に教えてくれた。「通行税は、持ち運ぶ品物の量や種類によって多少の違いはあるが、手に持てる程度のわずかな品物しかないなら、一律で銅貨三枚だよ。それと、町から外へ出る場合は、簡単な手続きだけで無料になっているよ。」
貴重な情報を得たラバァルは、深々と頭を下げてお礼を言った。「ありがとうございます、叔父さん。」そして、感謝の気持ちとして銅貨一枚を男に手渡すと、男は少し驚いた表情を見せながらも、それを受け取った。ラバァルは、教えてもらった情報を胸に、堂々とボナヘイムの門へと向かった。
門兵に銅貨三枚を支払い、無事に門を通過できたラバァルは、まず最初に町で一番大きそうな宿屋を探し当て、そこへ向かった。宿屋の主人に声をかけ、部屋を借りると、まずは情報収集を行う間の拠点となる場所を確保した。前金として二日分の宿泊費、銅貨二枚を支払い、案内された部屋へと入った。簡素ながらも清潔な部屋で、ラバァルはしばらくの間、旅の疲れを癒す事に。
しばらくして、ラバァルは宿屋の主人に声をかけた。「ちょっと外へ出てきます。」主人の女将は、心配そうな表情で答えた。「あいよ。外には悪さをする奴も多いから、人通りの少ないような物騒な場所へは行かないようにね。」ラバァルは、幼い頃からなぜか年配の女性に優しくしてもらえるという不思議な運を持っており、その効果は今も健在のようだ。女将の温かい言葉に、ラバァルは小さく頷いた。
ラバァルは、小さなボナヘイムの街にそびえ立つ、ひときわ大きな屋敷の外に立っていた。荘厳な石造りの壁、手入れの行き届いた庭園。ここがアローウェン男爵の屋敷であることはすぐに分かった。小さな街には不釣り合いなほど異様に目立つ立派な屋敷だったからだ。この街の富を独占でもしていなければ、このような豪邸に住むことはできないだろう。多くの恨みを買い、暗殺のターゲットに指名されたのも、無理からぬことかもしれない。
ラバァルは一度屋敷の前を通り過ぎてから、今度は物陰に身を潜め、門の様子を注意深く観察し始めた。すると、先にこの町に到着していたであろう同じ暗殺者のタロットが、既に屋敷の見張りを始めていた。ラバァルは、タロットの動きにも注意を払いながら、夜中まで門への出入りを丹念にチェックする。
宿屋に戻り、静かに眠りについていると、突然、部屋のドアが開き、タロットが低い声でラバァルに話しかけてきた。「起きているか、ラバァル。」ラバァルは、警戒しながらも答えた。「何をしに来たんだ?」タロットは、低い声で事情を説明した。「うむ。俺は一昨日ここに到着してからずっと、あの屋敷を見張っていた。アローウェン男爵には、十四名もの屈強な傭兵が屋敷を厳重に警護している。事前に与えられた情報では六名のボディガードとあったが、実際はその倍以上の者たちに守られていたのだ。そこでだ、俺は一人ではこの状況を打開するのは難しいと判断して、お前と協力しようと思い、ここに来たんだ。どうだ、俺と手を組む気はあるか?」
ラバァルは、少し考え込むように目を伏せてから答える。「俺はまだ半日も様子を見ていない。もう少し詳しく観察してから返事をしても良いだろうか?」そう言って、返事を保留にした。
タロットは、少し不満そうな表情を浮かべながらも言った。「もっともな返事だ。しかし、なるべく早く返事をしてくれ。クラッカーかハセスが到着したら、彼らにも同じ提案をしようと思っている。早く返事をくれた者と組み、さっさとこの任務を終わらせたいんだ。」ラバァルは、実際に自分の目で現状をしっかりと確認しておきたかったので、「問題ない。もし先に返事をもらえたら、そうするべきだね」と、タロットの考えを冷静に指摘した。そこで二人の会話は終わり、タロットはラバァルの返答を聞くと、静かに部屋から姿を消した。
あの晩から三日が過ぎた。タロットが話していた十四名という傭兵の数は、ラバァルの綿密な調査では十五名に増えていた。やはり、他者の情報を鵜呑みにせず、自分の目でしっかりと確認することの重要性を改めて感じた。ラバァルが四日間にわたる調査で得た情報は他にもあった。三名の侍女らしき女性と、二名の手伝いの人夫、料理人らしき男とその助手と思われる男が一人。外から窺える情報は、これが限界だろうと思われた。そのため、ラバァルは彼らが屋敷から出てきた隙を狙って捕まえ、屋敷内部の様子を詳しく聞き出す計画を立てた。
まずは、隠れ家として利用できる空き家を探すことにした。どんなにボロボロの建物でも構わない。安全に潜伏できそうな物件を見つけるため、ラバァルはボナヘイムの街中を歩き回っていた。すると、突然、背後から数人の男たちが現れ、ラバァルを取り囲むように近づいてきた。ラバァルは、確か宿屋のおばさんが、人通りの少ない場所では特に気をつけるようにと言っていたことを思い出し、彼らがゴロツキの類だろうかと警戒。躊躇することなく、腰の後ろに隠し持っていた短剣を素早く手に取ると、正面の男に向けて投げ放つ。「シュピンッ。」鋭い音を立てて飛んだ短剣は、男の肩口に深々と突き刺さった。男は、けたたましい悲鳴を上げ。「痛ぇ!」
悲鳴を上げる男に向かって、ラバァルは迷うことなく走り出した。そして、男が体勢を立て直す間もなく、渾身の力を込めたジャンプ蹴りをその顔面に叩き込んだ。衝撃で男は後ろへ吹き飛び、そのまま意識を失って倒れ伏した。正面の男が倒されたのを見て、周囲を取り囲んでいた男たちは慌てて棒切れのようなものを手に取り、ラバァルに向かってきたのだが。
ラバァルは、棒切れを振り回すだけの粗雑な攻撃を紙一重で躱すと、鍛えられた脚で的確に男のみぞおちに強烈な一撃を叩き込む。すると男は、胃の内容物を激しく吐き出し、腹部を抱えて苦悶の表情で地面にうずくまった。最後の男には、嘔吐した男が落とした棒を拾い上げ、喉元に軽く突き刺してやった。男は苦しそうに血反吐を吐き、白目を剥いて失神。流れるような一連の動作で、三人のゴロツキは戦闘不能に陥り、地面でのたうち回っている。
しかし、ラバァルの怒りはそれだけでは収まらなかった。地べたに這いつくばり、苦痛に顔を歪める彼らに対し、容赦なく拾い上げた棒で何度も殴りつけた。「お前ら、この落とし前は、その体でしっかりと払ってもらうぞ!」冷たい声でそう脅すと、三人のゴロツキは恐怖に震え上がる。この世界は弱肉強食。弱い者が強い者に刃を向けたのだから、敗北した時の代償を身をもって教えなければならない。奴隷のような扱いを受けても当然だろう。それでも、命を奪われなかっただけ、彼らはまだ幸運だったと言えるのだ。
数時間後、ラバァルは先ほど叩きのめした者たちの、薄汚れたアジトに足を踏み入れていた。「お前たち、今から俺が言うことをよく聞けよ。」三人のゴロツキは、床に正座し、震える声で返事をする。「へい……」「はい……」「分かりました……」ラバァルは、満足そうに頷いた。「よし。今日からここは俺のアジトだ。おめでとう、お前たちは俺の手下になれたんだぞ。」
三名のゴロツキは、先ほどの痛烈な洗礼に加え、その後も生意気な口をきくたびに棒で容赦なく小突かれ、散々な目に遭わされたため、いまやラバァルに逆らう気力など微塵も残っていなかった。三人はお互いに顔を見合わせ、諦めたように頷き。「はい、分かりました。それで……親分とお呼びすればよろしいでしょうか?」ラバァルは、呆れたように言った。
「アホなのかお前。そんな呼び方をされると、周りに変な奴だと思われるだろう。ラバァルと普通に呼んでくれ。」ゴロツキたちは、恐る恐る尋ねた。「では、ラバァルさん、これからどうすればよろしいでしょうか?」ラバァルは、冷たい声で命じる。「取りあえず俺にはやるべきことがある。明日、ここに人を連れてくるが、余計な詮索は一切するな。次俺を怒らせたら命の保証はしてやれん。」ドスの利いた低い声で、有無を言わさぬ脅し文句を突きつけられたゴロツキたちは、ただ黙って頷くしかなかった。本気で殺されるかもしれないという恐怖が、彼らの背筋を凍らせたのだ。
一方、ラバァルは、予期せぬハプニングに見舞われながらも、当初の計画通り、アローウェン男爵邸の侍女か人夫を捕まえ、屋敷内部の情報を聞き出すための準備を進めていた。しかし、他の新米暗殺者たちは、既にそれぞれの方法で行動を開始していた。タロットは、三番目に町へ到着したクラッカーに、共同で任務を遂行しようと持ちかけたのだ。クラッカーは、タロットの提案を即、受け入れた。さらに仲間を増やすことも検討したが、これはあくまで昇級試験であるため、人数が増えれば増えるほど、自分が合格できる可能性が低くなるという結論に至った。そのため、タロットとクラッカーの二人だけで実行することに決め、早速その日の夜に決行に移したようだ。
次の日、ラバァルはクラッカーも到着しており、タロットと一緒に街を歩いているのを確認した。二人が手を組んだことを知ったが、ラバァルは自身の計画を一切変更するつもりはなかった。その日の午後、屋敷から侍女と人夫の二人が出てきた。ラバァルは、昨日部下にしたばかりのパシリットに、あの二人を誰にも気づかれないように尾行するよう命じ、自身も少し遅れて後を追った。ラバァルの行動を知ってか知らずか、タロットとクラッカーの二人は、今が好機とばかりに、大胆にも男爵邸の中へと侵入を開始した。
一方、ラバァルは、昨日手に入れたゴロツキのアジトへと向かいながら、自分たちの方へ歩いてくる屋敷の侍女と人夫に目を凝らした。頃合いを見計らい、ラバァルはパシリットを手招きで呼び寄せ、低い声で指示を与える。「パシリット。」「はい。」「手下二名と共に、あの二人を囲い込み、抵抗するようなら力ずくでアジトへ拉致しろ。」
元々ボナヘイムの街全体の人の数は少なかったが、さらに人通りの少ない裏路地へとやってきたその時、事前に打ち合わせをしていた通り、ゴロツキ三名が昨日のラバァルに行ったのと同じように、侍女と人夫を囲い込むように近づいていった。怪我を負っているパシリットは、動きが少し頼りなかったが、相手は武装していない侍女と人夫だったため、特に問題はなかったようだ。三人は見事に二人を囲い込むことに成功した。ラバァルもすぐに合流し、四人で侍女と人夫をゴロツキのアジトへと連行した。「一体、私達に何をするつもりなのですか!?」侍女は、恐怖に顔を歪めながら叫んだ。「わ、儂らはアローウェン男爵家に仕える者だぞ!こんなことをすれば、この町で男爵の怒りを買って、生きていけなくなるぞ!」人夫も必死の形相で凄みを利かせようとしたが、ラバァルの冷たい眼差しには全く効果がなかった。
ラバァルは、ゴロツキたちに命じて、侍女と人夫をそれぞれ椅子に縛り付けさせた。「いいか、お前たちが生きてここから出たければ、大人しく聞かれたことに答えるんだ。」ラバァルは、幼い頃にマーヤから教えられた人心掌握術、ラナから叩き込まれたサバイバルの知恵、そして暗殺団エシトン・ブルケリィで徹底的に教育された情報収集のテクニックを駆使し、他人から自分が得たい情報を効率的に引き出す方法を試す。今回は、その知識と技術を実行に移す時が来たのだ。
まずラバァルが手をつけたのは、男の方だった。肉体的な苦痛を与えることは、相手の精神を最も早く崩壊させるための、手っ取り早く、そして優しい方法だと彼は考えていた。手に持っていた太い棒で、容赦なく男の体を叩き始める。「バシン!」「バシン!」まだ何も質問していないのに、いきなり暴行を加えるラバァルの様子を見て、周りにいたゴロツキの三人は戸惑いを隠せない。「ラバァルさん、質問してやらないと、答えることができないんじゃないでしょうか……?」一人が、遠慮がちにそう疑問を口にした。「くくく……何を言っているんだ、お前たちは。どうせこいつらは、後で奴隷商に売り飛ばされる運命だぞ。今のうちに痛めつけて、うっぷんを晴らしておかないと、後でやりたくなってもできなくなるんだ。」ラバァルが、わざと二人に聞こえるようにそう言うと、人夫の方がみるみる顔を青ざめさせ、今にも泣き出しそうな声で懇願してきた。「な、何が聞きたいんだ!?言、言ってくれ!わかることなら、何でも話しますから!」もう完全に恐怖で心が折れてしまったようだ。しかし、隣に座る侍女の方は、唇を固く結び、依然として黙ったままだった。「では、聞いてやろう。どうせ大したことは知らないだろうが、一応は聞いてやる。もしその情報が価値を持っていたら、奴隷商送りは見送ってやっても良い。ただし、逃がしてやるのは明後日になる。」ラバァルの言葉に、人夫は藁にも縋る思いで叫んだ。「知ってることなら何でも話しますよ!何でも!」彼はよほど怖かったのだろう、まるで堰を切ったように、饒舌に話し始めた。
ラバァルは、人夫の縄を解かせ、椅子から立ち上がらせると、別室へと連れて行き、そこで改めて質問を始めた。「アローウェン男爵邸の中にいる、戦闘のプロの数は何名だ?」人夫は、怯えた声で答えた。「はぁ……あっしが知る限りでは、屋敷の外にいつも六名、入れ替わりながら屋敷の周りを巡回しておりやす。」「それで、中には?」ラバァルがさらに問い詰めると、人夫は困ったような表情を浮かべた。「はい……中は移動が厳しく制限されておりやすんで、あっしのようなただの人夫だと、倉庫とか、限られた場所にしか入れません。ですから、正確な人数は分かりません。ですが……侍女ならもっとよく知っていると思います。」それから色々質問してみたものの、これといった重要な情報は得られなかった。どうやら、人夫は屋敷の中の事情についてはほとんど何も知らないようだ。ラバァルは、苛立ちを隠せず、持っていた棒で人夫の背中をバシッと叩いた。突然の痛みに、人夫は悲鳴を上げた。「ひゃあ!」隣の部屋から聞こえた人夫の悲鳴に、侍女はビクッと体を震わせ、警戒するように身構える。ラバァルは、人夫を連れてきたドアとは違う、裏口のようなドアを使って別の場所へと連れて行き、そこで再び拘束。
三名のゴロツキの部下たちを呼びつけ、人夫を見張らせるように指示すると、ラバァルは冷たい視線を侍女に向け、彼女のもとへと歩み寄った。「どうやら、屋敷の中の事情はお前がよく知っているそうだな。屋敷の中には、何名の武装した者がいる?全て正確に答えるんだ。」侍女は、恐怖に顔を歪ませながらも、頑なに口を開こうとはしなかった。これほどまでに恐怖を与えても尚、喋らないとはどういうことなのか。ラバァルは、ようやく事態を理解し始めた。この侍女は、並大抵の脅しには屈しない覚悟を持っているらしい。ならば、こちらも容赦する必要はない。ラバァルは、冷酷な笑みを浮かべながら言った。「ほう……喋らなければ、痛い目に遭うことは理解しているな?」そう言うと、ラバァルは躊躇なく侍女の衣服に手をかけ、引き剥がし始めた。抵抗する間もなく、侍女は裸にされ、その羞恥心を利用して精神的に追い詰めることにした。
「さて、お前がアローウェン男爵の妾か、それに近い存在だと言う事は、その口ぶりで分かった。勿論、屋敷の内部の事情も色々知っているだろうから、今からお前が自分から全てを話したがるようにしてやろう。」ラバァルはそう冷酷に言い放つと、椅子に縛り付けていた縄を解き、抵抗する間もなく乱暴に床へ引き倒した。そして、辱めるように強引に侍女を抱き寄せ、彼女の羞恥心をさらに深く抉っていった。「さぁて、アローウェン男爵を裏切った女には、どんな罰が与えられるのかなぁ……」などと、わざとらしく独り言のように呟き、まるで今すぐ男爵にこの状況を告げ口してやろうかのように脅し始めた。だが、それでも侍女は頑なに口を閉ざしたままだった。
「そんなにアローウェン男爵が怖いのか?」ラバァルが低い声でそう問いかけると、侍女は震える声で答えた。「怖くはない……ただ、彼を愛しているだけよ……」ラバァルには、愛という感情が一体何なのか、よく理解できなかった。しかし、標的であるアローウェン男爵の正確な位置取りと、屋敷内の武装した者の数は、何としても知らなければならない情報なのだ。そのため、ラバァルは躊躇なく侍女を再び吊り下げ、先ほど人夫を叩いたのと同程度の力で、容赦なく棒で殴り始めた。「バシッ!」「バシッ!」「バシッ!」侍女の口からは、悲痛な叫び声が漏れ出した。「きゃあ!」「きゃあ!」「ぎゃっ!」ラバァルは、冷酷な表情で言い放った。「どうだ?早く全てを話せば話すほど、無駄な傷を負わずに済むぞ。」だが、侍女は依然として何も語ろうとしない。
さらに激しく叩き始めたが、これ以上続ければ本当に死んでしまうかもしれないと感じたラバァルは、作戦を変更することにした。「ふむ……お前が相当な強情者だということはよく分かった。だが、お前のその強情のせいで、先ほどの人夫が死ぬことになるが、それでも構わないのだな?」口を割らせるための第三段階として、ラバァルは人質である人夫を犠牲にするという脅しに出たのだ。かなり強く叩いたためか、侍女はぐったりと首を垂れ、意識が朦朧とした状態だった。ラバァルは、その侍女の髪を掴んで無理やり顔を上げさせると、隣の部屋に拘束している人夫を殺すと脅しをかけた。そして、人夫がいる部屋に向かって、わざと大きな声で叫んだ。「よ~し、お前たち!その男はもう殺して構わん!犬のエサにしてしまえ!」人夫が縛られている部屋にいる三名のゴロツキの部下たちは、突然ラバァルが犬に食わせてしまえなどと言い出したため、顔を見合わせた。「おい、ここに犬なんていねぇぞ?」「どうする、パシリット?」パシリットは、肩をすくめて「さあ?」というジェスチャーをした。
ラバァルは、全て演技だと分かっていながら、さらに追い打ちをかけるように言った。すると、その言葉を聞いた侍女の口から、絞り出すような声が漏れ出した。「ま……待って……ください……」そのかすれた声を聞いたラバァルは、部下たちに声をかけた。「お前たち、ちょっと待て!」ゴロツキたちは、言われた意味が分からず、顔を見合わせている。「あっ、ちょっと待てだって言ってるよ」「待てと言われても、別に何もしてないけど?」「馬鹿!これは話を聞いてればいいんだよ!」ようやくパシリットが状況を理解し、仲間にそう囁いた。
一方、こちらの部屋では、今にも一緒に出た人夫が犬に食い殺されてしまうかもしれないと思い込んだ侍女が、目から鼻から涙を流し、ぐしゃぐしゃになった顔で懇願してきた。
「ウォーエンを……殺さないで……」その言葉を聞いたラバァルは、冷笑を浮かべた。「ほ~……やっと喋る気になったのかな?」そう聞くと、侍女は泣きじゃくりながら、震える声で答えた。「は、話しますから……知っていることは全て話しますから……」ついに、侍女から「話す」という言葉を引き出すことに成功したのだ。それからというもの、侍女は堰を切ったように、屋敷内の情報を次々と語り始めた。傭兵の数は十八名、アローウェン男爵夫妻と子供が三人、料理人が一名と手伝いが二名、侍女が三人、人夫が二人。武装集団の食事の時間は二手に分けられており、朝は七時からと八時から、昼は十二時と十三時、夜は十九時と二十時。これらの貴重な情報を、ラバァルは全て聞き出すことができた。
結局、屋敷内にいる武装した者の数は十八名で、タロットが言っていた十四名よりも四名も多かった。もしあの時、タロットの言葉を鵜呑みにして計画を実行していたら、かなり危険な状況に陥っていただろう。ラバァルは、確実な情報を入手することを最優先とした自分の判断が、決して間違っていなかったことを改めて確信した。
得たい情報を全て手に入れたラバァルは、吊り下げていた侍女をゆっくりと降ろし、ゴロツキたちの寝床に連れて行くと、そこに寝かせた。「お前たちは明後日までここにいてもらう。それ以後は、好きにすると良い。」そう淡々と言い残すと、ラバァルはゴロツキ二名に、侍女の傷の手当てをするように命じた。それが終わると、残りのゴロツキを連れ、ボナヘイムの町の酒場へと繰り出す事にした。資金は、拉致した侍女と人夫が買い出しのために持っていた銀貨二枚を使用する事に... よし、今日はよくやってくれた。好きな物を遠慮なく注文して良いぞ。」ラバァルの言葉に、ゴロツキたちは目を輝かせた。「へい!」「ごっつぁんです、ラバァルさん!」「ごちになります!」
酒場に入ると、ラバァルは店内にいた他の客たちに気前よく酒を奢り始めた。そして、さりげなくアローウェン男爵に関する情報を集め始めたのだ。ゴロツキたちを連れてきたのは、よそ者である自分が不用意なトラブルに巻き込まれるのを防ぐためだ、それと他の客に話しかけやすくするためでもあった。酒場にいる、同じような裏社会の人間たちも、ラバァルがゴロツキの仲間だと分かると警戒心を解き、酒が進むにつれて口も軽くなっていった。彼らは、ラバァルが奢ってくれる酒を飲み干しながら、それぞれの知る限りのアローウェン男爵に関する噂や評判を語り始めてくれたのだ。
最後まで読んでくださりありがとう、次回も宜しく。




