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暗殺者

盗賊団(イニークゥス)での生活にも慣れ、ようやくラバァルにも自分の居場所が出来た 

かに思えたのだが・・・ 

               その31 



オズワルドが率いた悲惨な襲撃から半年ほどの月日が流れていた。焼け落ちた村の跡には雑草が生い茂り、静けさが戻っていたが、イニークゥスの盗賊団員たちの心には、まだ深い傷跡が残っていた。そんな中、オズワルドの襲撃から辛くも逃げ延びた者の中に、レイブンという狡猾な男がいた。彼は、オズワルドが隠し持っていた盗賊団の運営資金のありかを何故か知っていたのだ。


レイブンは、しばらくの間、身を潜めて潜伏していたが、頃合いを見計らい、密かに動き出した。誰にも見つけられない様に、埋められていた資金を掘り返して手に入れると、彼は冷酷な復讐計画を実行に移す。ラガン王国内でもその名を知られ始めていた、冷酷無比な暗殺団エシトン・ブルケリィ(毒アリの名)に、ラナの暗殺を依頼したのだ。報酬と引き換えに、その暗殺者たちは、一人、また一人と巧妙に盗賊団イニークゥスのアジトへと潜入し、構成員として紛れ込んでいった。


オズワルドたちを壊滅させたことで、盗賊団イニークゥスは勢力拡大を図っており、警戒心も薄れていた。新しい仲間を積極的に受け入れていたため、新参者の数は多かったのだ。

そのため、巧妙に身分を偽り潜入してきた暗殺者たちに、不審な目を向ける者はいなかった。ライバルを打ち倒したという油断が、アジト全体に緩慢な空気を作り出していたのだ。


そして、八人目の暗殺団(エシトン・ブルケリィ)の幹部がアジトに加わったその日の深夜、それは起こった。静寂に包まれた真夜中、ラナとラバァルは、固い絆で結ばれたように同じ部屋で眠っていた。その静寂を破るように、部屋の扉が微かに開く音がした。鋭敏な感覚を持つラナは、瞬時に危険を察知し、枕元に用意していた短剣を素早く手に握ると、眠るラバァルを静かにベッドの脇へと転がし落とした。「誰だい、夜這いでもしにきたのかい?私を狙うなんて、なかなか良い度胸じゃないか。」低い声でそう挑発すると、ラナは天井から吊り下げられている紐を勢いよく引っ張った。すると、アジト全体に設置された警報の鐘がけたたましく鳴り響き始める。


カラン、カラン、カラン……


その音は、侵入者の存在を知らせる緊急警報として、アジトの隅々まで響き渡った。眠っていた仲間たちは、けたたましい鐘の音で飛び起き、襲撃が始まったことを瞬時に理解した。彼らは、寝ぼけ眼をこすりながらも素早く武器を手に取り、警戒しながら敵を探し始める。


暗殺団(エシトン・ブルケリィ)の冷酷なメンバーたちは、警報が鳴り響く前に、油断して眠っていた六名もの盗賊団(イニークゥス)のメンバーを既に静かに始末していた。しかし、警報によってアジト全体が騒然となると、ようやく姿を現した暗殺者たちの掃討作戦が始まった。「おい、そこの奴!」鋭い叫び声が闇を切り裂いた。「そいつ、手に隠し持ってるのはアサシンブレードだ!気をつけろ!」「こっちの奴は、ダガーにまだ生乾きの血が付いてやがる!」あちこちで激しい斬り合いが始まり、静かだったアジトは一瞬にして血と怒号が飛び交う戦場へと変貌した。


暗殺者たちは、長年の訓練を積んだ手練ればかりだったが、盗賊団((イニークゥス)もまた、腕利きの武闘派揃いの集団だ。数の有利を生かし、一人の暗殺者に三人がかりで襲い掛かるような状況になると、背後からの致命的な一撃を浴びせることができた。さすがの暗殺者も、不意を突かれたクリティカルヒットには耐えられず、次々と命を落としていった。


部屋の外では、圧倒的な数の有利で盗賊団(イニークゥス)側が優勢となっていた。しかし、首領であるラナを直接狙ってきた暗殺者の幹部は、その実力も抜きん出ていた。鋭い刃が幾度もラナの体を切り裂き、既に彼女は精神的にも肉体的にも追い詰められ、満身創痍の状態だ。出血も酷く、立っているのがやっとという重傷を負っていた。暗殺者幹部は、焦る様子もなく、淡々と、そして確実に、ラナにとどめの一撃を放とうと、研ぎ澄まされた刃を振り上げたのだ。


その時だった。ベッドの脇に身を潜めていたラバァルが、ラナの絶体絶命の危機を悟り、まるで矢のように飛び出し向かったのだ。「……!」幼い体には、恐怖よりも先に、ラナを守りたいという強い衝動が湧き上がっていた。


ラナの心臓を貫こうと突き出された暗殺者の必殺の一撃を、ラバァルは迷うことなく、自分の腹部で受け止めたのだ。鋭い痛みが全身を駆け巡る中、ラバァルは必死の力で暗殺者にしがみつき、ラナを逃がそうと体を張った。「外…!」ラバァルの痛みに歪んだ声を聞いたラナは、咄嗟に状況を理解した。


ラナは、応援を呼ぶため、よろめきながら部屋の通路へと飛び出し、仲間に向かって必死の叫び声を上げる。「誰か!誰か来てくれ!ラバァルが……!」しかし、ラナ自身の体も限界だ。

三か所も深く斬られた傷からは大量の血が流れ出し、意識が朦朧としてきた。軽く斬られた箇所も合わせると、全身に七カ所もの傷を負っていた。出血多量で意識が遠のき、ラナはその場に崩れ落ち、意識を失ってしまう。


ラナの悲痛な叫びを聞きつけた盗賊団(イニークゥス)の者たちが、武器を構えながらラナの部屋へと押し寄せた。彼らが目にしたのは、腹部から血を流し、必死に暗殺者にしがみついて動きを封じようとしているラバァルの姿だった。


「もう逃げられんぞ!大人しく武器を捨てろ!」屈強な盗賊が、鋭い眼光で暗殺者を睨みつけ、そう怒鳴った。すると暗殺者は、冷酷な笑みを浮かべながら、ラバァルをさらに強く抱き寄せた。「このガキの命はどうなっても良いのか?」くっついたままのラバァルの頭を掴み、研ぎ澄まされた短剣の刃をその幼い咽喉にピタリと当て、部屋の前からゆっくりと外へ出ようと動き始めた。


その間にも、他の暗殺者たちを始末した盗賊団(イニークゥス)のメンバーたちが次々と集まってきて、最後の一人となった暗殺者を取り囲み、逃がすまいと包囲網を狭めていった。「そこをどけ!これ以上近づけば、このガキの咽を躊躇なく突き刺すぞ!」暗殺者の脅しに、盗賊団イニークゥスの者たちは動きを止めた。

彼らは、ラバァルの小さな腹部から大量の血が流れ出ていることに気づき、顔を歪めた。「ラバァルはもう助からない!見ろ、腹から夥しい量の血が出ているぞ!」「やっちまえ!ここでこいつを逃がせば、我らが舐められることになる!」焦燥の色を浮かべた盗賊たちがそう叫ぶ中、暗殺者はさらに力を込め、ラバァルの咽に短剣の切っ先を深く突き刺し始めた。幼い首筋から鮮血が噴き出し、床を赤く染めていく。


その時、気を失っていたはずのラナが、かすかに呻き声を上げた。「ラバァルを……見捨てちゃ……ダメ……。」最後の力を振り絞るようにそう呟くと、再び意識を手放した。床に広がる多量の血を見て、盗賊たちはラナが息絶えたと勘違いした。「ラナの……最後の命令だ……行かせてやれ……。」盗賊団イニークゥスの古参のメンバーの中から、絞り出すような声が上がると、皆は重苦しい沈黙の中、ゆっくりと道を空け、暗殺者を行かせてしまった。もちろん、ラバァルもそのまま人質として連れ去られてしまった。


ようやく手に入れた、穏やかで安定した日々。ラナという、自分を優しく守ってくれるかけがえのない保護者を得て、これから幸せに暮らしていけるはずだったのに、ラバァルはまたしてもその希望を打ち砕かれ、見知らぬ地へと連れ去られてしまった。


連れ去られたラバァルは、腹部に深々と短剣を突き刺され、喉にも刃先を押し当てられた重傷を負っていた。しかし、驚くべきことに、その暗殺者はそんな瀕死のラバァルを見捨てなかった。彼は、ラバァルを抱え、急ぎ足で暗殺団エシトン・ブルケリィのアジトまで連れ戻ると、冷酷な表情で部下たちに命じた。「こいつには、並外れた根性がある。必ず回復させ、一流のアサシンに育て上げるのだ。」そう言い残し、彼はラバァルの治療を最優先で行わせた。


ラバァルが盗賊団イニークゥスから連れ去られてから、実に七年の歳月が流れていた。十四歳になったラバァルは、過酷な訓練と日々の鍛錬によって、体格的にも見事な青年に成長していた。その動きは俊敏で、隠密行動や戦闘術においても、既に一人前の暗殺者として十分な実力を身につけていた。そんなラバァルに、ついに初となる暗殺指令書が届けられたのだ。

標的は、ラガン王国南部に住む、アローウェン男爵(五十三歳)という男だ。


依頼は男爵ただ一人だが、男爵には六人の屈強な従者が常に付き従っているらしい。今回の任務は、ラバァルを含む四人の新米暗殺者に、それぞれ個別に与えられ、最初にアローウェン男爵を仕留めた者には、次世代のリーダー候補として、さらなる高みを目指すための昇級試験のような機会が与えられるという。一方、任務を達成できなかった者たちは、一般の暗殺者として、上層部の駒として利用されることになる。このことから、新米の四人はそれぞれ、熟練の暗殺者によって密かに監視され、その能力を厳しく評価されることが窺えた。


四人の新米暗殺者たちは、それぞれアローウェン男爵に関する詳細な情報を受け取ると、別れを告げ、個別にアジトを後にした。彼らは、それぞれの足で、ラガン王国南部に位置する男爵の広大な邸を目指した。現在のラガン王国は、内乱や盗賊の横行によって、どこもかしこも殺伐とした雰囲気に包まれている。隙あらば人を襲い、金品を奪い取るという行為が日常茶飯事と化しており、一人で行動する者などほとんどいなかった。しかし、暗殺者たちは、その危険を承知の上で単独行動を選ばざるを得なかった。目立たぬよう、ひっそりと目的地へと向かうしかなかったのだ。


だが、やはり彼らはまだ新米だ。四人のうちの一人は、アローウェン男爵の邸に辿り着く前に、凶悪な盗賊団に包囲されてしまった。彼は果敢に応戦したものの、多勢に無勢、為す術もなく命を落としてしまい彼の生涯はそこで終わった。その新米を監視していた熟練の暗殺者は、遠くからその様子をただ静かに見守っているだけだった。この程度のことで命を落とすような者に、生き残る資格はない。それが、この冷酷な暗殺者たちの世界の掟だったのだ。



そんな事になった者がいた事を知らないラバァルは、人通りの少ない脇道を慎重に進んでいた。周囲の木々や岩陰に目を凝らし、野党などが潜んでいそうな場所を見つけると、たとえ時間がかかっても大きく迂回し、安全を確保してからアローウェン男爵邸のある小さな町『ボナヘイム』方面へと足を進めた。それは、幼い頃に叔父の従僕たちが追っ手の目を欺きながら移動していた方法を、無意識のうちに真似たものだった。当時わずか五歳だったラバァルの記憶は曖昧だったが、危険を回避するための本能的な行動として、その経験が今、活かされている。警戒しながら進むうち、案の定、隠れていた野党の影を捉えた。


ラバァルは、鬱蒼とした木々の枝の上に身を潜め、獲物を待ち構えているであろう者たちの様子を窺った。怪しい男が一人、周囲を警戒しながら現れる。ラバァルは、その男以外に近くに誰もいないことを確認するため、息を潜めて注意深く観察を続けた。やがて、男が完全に一人だと確信すると、音もなく背後へと忍び寄り。


腰に巻かれた革製のナイフケースから二本の短剣を静かに抜き取ると、まず一本目を狙いを定めて木の上にいる男へと投げ放った。鋭い刃は正確に男の背中を捉え、悲鳴を上げる間もなく、男は枝から落下。「ドタッ!」という鈍い音と共に地面に倒れた男に近づくと、ラバァルは足で体を転がして生死を確認した。既に絶命していることを確かめると、背中に突き刺さった短剣を慎重に引き抜き、男の粗末な上着で刃に付着した血を丁寧に拭い取ると、再び腰のナイフケースへと戻ししまう。どうやら、この男は偵察のための斥候だったようで、周囲には他に誰も配置されていなかった。ラバァルは、念のため男の所持品を調べると、上着の内ポケットから小さな革製の財布を見つけた。中にはわずかな銅貨が入っていたので、礼儀としてそれを頂戴しておくことにした。死体を抱え上げ、人目につかない草むらの中へと運び込み、隠してから、再び目的地へと歩き始める。恐らくこの先に、野党の本隊が待ち伏せしているはずだ。ラバァルは、警戒を怠らず、慎重に足を進めた。


最初の斥候がいた場所から約五百メートルほど進んだ地点に、その一団は潜んでいた。ひぃ、ふぅ、みぃ……六名の野党が、人気のない道端で、獲物が現れるのを退屈そうに待ち構えていた。よっぽど暇なのか、他に稼ぎ口がないのか。ラバァルから見ると、彼らはあまりにも警戒心が薄く、あくびをしたり、誰にでも見えるような開けた場所で所在なさげに座り込んでいたりする者もいた。まるで素人の寄せ集めのような連中に見える。ラバァルは、その様子を冷静に観察し、瞬時に行動を決断した。


ラバァルは、物陰に身を潜めながら片側から静かに接近すると、両手に短剣を二本ずつ構えた。息を殺してゆっくりと距離を詰め、油断していた一人目の喉元を素早く切り裂いた。声を出させる間もなく、男は絶命。さらに、すぐ近くにいた二人目に襲い掛かり、こちらも首筋に短剣を深々と突き刺し、絶命させた。さっと身をかがめ、草むらを音もなく移動し、先ほど確認した位置にいるはずの三人目に接近。やはり警戒していなかったのか、男は無防備に座っていた。

ラバァルは、躊躇なく首筋を狙い、短剣を突き入れる。確実に仕留めるため、即死させる急所を正確に捉えたのだ。


三人目を仕留めた時点で、反対側で警戒していた残りの三名にもようやく気づかれたが、ラバァルは手に持っていた短剣をその場に落とし、素早く腰のナイフケースから二本の投げナイフを抜き取ると、敵に向けて投げ放った。一本目、二本目。一本目は、驚愕の表情を浮かべた野党の額に吸い込まれるように命中し、即死させた。二本目は、別の野党の胸に深く突き刺さったが、まだ息があった。ラバァルは、素早く地面に落ちた短剣を拾い上げると、胸にナイフが刺さったまま苦悶している男のもとへ駆け寄り、容赦なく襲い掛かった。目にも止まらぬ速さで男に近づくと、首筋を切り裂く。ざばっという音と共に、切り裂かれた喉から鮮血が噴き出し、男は地面に崩れ落ちた。


それを見ていた最後の野党は、「ヒィ!」という悲鳴を上げると、我先へと後ろへ逃げ始めた。ラバァルは、落ち着いた動作で倒れた野党の胸に刺さっていた投げナイフを引き抜くと、逃げる野党の後ろに向かって投げ放った。放たれたナイフは、逃げる男の背中を捉え、首の後ろに深々と突き刺ささる。男は、よろめきながら数歩前へ進んだが、両手で首の後ろに刺さったナイフを取ろうともがく。しかし、抜けなかったのか、そのままバタリと地面に倒れ伏した。


全員を倒すと、ラバァルは自分の投げナイフを回収してまわりながら、倒れている野党たちの懐を探り、財布の中身も回収しておく。わずかな銅貨しか持っていなかったが、他の物には一切手を付けず、銅貨だけを集めて自分の財布にしまった。死体を見つかりにくい茂みの奥へと運び込み、隠し終えると、ラバァルは再び『ボナヘイム』を目指して歩き始める。


途中、小さな村があったが、村を迂回しながら先に進んだ。人が集まる場所によそ者が入ると、大抵は何かしらの揉め事が起こると教えられていた。

その為、現時点では村に入る必要性がないと判断し、ラバァルは村をやり過ごすことに決めたのだ。




最後まで読んでくれありがとう、また続きを見かけたら宜しく。

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