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フォルクス・ワーレン伯爵

今回は、主役級の一人ロスコフの祖父と暮らす時代の話です。 

                    その3




その日の夕刻、ワーレン侯爵家の邸宅、隠された地下研究室では、侯爵が魔道アーマーの精密な部品を調整する、神経質な金属音が絶え間なく響き、従者たちは息を詰めてその作業を見守っていた。


「ゴゴゴ…」と、魔道アーマーの駆動音が微かに唸る。ロスコフは、額に滲む汗を拭い、呟いた。


「もしこの試作機が失敗すれば、侯爵家が築き上げた富と名声が危うくなる…これは、祖父が追い求めた夢、そして侯爵家の秘密そのものだ。」


彼は魔晶石を搭載した増幅炉に触れる。その瞬間、彼の脳裏に侯爵家の歴史が蘇った。


何故ワーレン侯爵がこのようなものを作っていたのか?その理由は、現ワーレン侯爵の祖父の時代まで遡る。


過去を振り返るロスコフは、古い書物のページをめくっていた。


ワーレン侯爵の祖父の時代、ワーレン伯爵家が治める領地では、鉱山開発が盛んに行われていた。当時は主に石炭を採掘していたが、稀に産出される高価な宝石の原石が、ワーレン伯爵家に莫大な富をもたらしていた。


鉱山で鉱石を採掘する重機の音が、坑道の奥深くから響く。


そんな折、地下深くまで掘り進んだ坑道の奥。重機が止まった先に、マナが結晶化した巨大な石が、まるで地底の太陽のように幻想的な光を放ち、坑夫たちは驚嘆の吐息を漏らした。


調査の結果、その魔晶石の埋蔵量は膨大であり、純度も極めて高いことが判明。鑑定士の興奮した声が響く。「これは…!」「信じられない…!」


当時のワーレン伯爵は、すぐに危機感を覚えた。この事実が公になれば、魔晶石を巡る争いが勃発することを恐れたのだ。伯爵は苦悩の表情を浮かべ、この事実を秘密裏に処理することを決意。数個の魔晶石を回収した後、重い扉を閉じて鉱山を封鎖し、何事もなかったかのように振る舞おうとした。


だが、リバンティン公国の密偵たちは、獲物を狙う獣のように、ワーレン伯爵領内を忍び足で駆け回っていた。彼らの暗闇に光る眼が、この価値ある鉱物の秘密を見過ごすはずはなかった。価値ある鉱物が発見されたという情報は、瞬く間にリバンティン公国の国王の耳に届き、国王は近衛騎士団を派遣し、「余に献上せよ!」と、威厳ある声で鉱山の詳細な報告と産出物の献上を命じてきたのだ。


王の横柄な態度に、ワーレン伯爵は焦りの表情を浮かべ、額に浮かぶ汗を絹のハンカチで拭った。そこで、同じ南部を領地とする親交の深いアンドリュー公爵とリッツ侯爵に相談、三名で王に謁見し、交渉することにした。三名は決意に満ちた表情で固い握手を交わした。


交渉の場で、アンドリュー公爵は毅然とした態度で王に問いかけた。「王よ、この富を王室が一存で奪えば、他の諸侯が黙っていると?彼らはこの国の統治のあり方に疑念を抱き、南部の同盟が武器を取ることも辞さないでしょう。」


内戦を匂わせる具体的な言葉が飛び交う中、三名の堂々とした態度は王に揺さぶりをかけた。緊迫した交渉の末、王側が折れ、鉱山から産出される魔晶石の六割を税として納めること、他の税の免除、そしてワーレン伯爵への侯爵位の授与で合意に至った。交渉成立の歓声が上がり、フォルクス・ワーレンは安堵の吐息を吐いた。


こうして、ワーレン侯爵家は魔晶石の富を守り抜き、更なる発展を遂げることとなる。


閉鎖の危機に瀕していた鉱山は、再びその槌音を響かせることとなった。ただし、以前のような無秩序な採掘は許されない。採掘されるのは、魔晶石と呼ばれる、人の目玉ほどの大きさにまで成長した結晶のみ。それは、自然への敬意と、資源の持続可能性を考慮した、苦渋の決断であった。


この事態の収拾に尽力したのは、アンドリュー公爵家とリッツ侯爵家であった。彼らの迅速かつ的確な対応がなければ、事態は更なる混乱を極めていただろう。この出来事を機に、三家の絆はより一層強固なものとなり、今後、互いに助け合い、支え合う、かけがえのない関係を築き上げていくことになる。


そして、この騒動は、一人の男の生き方をも大きく変えることとなる。当時の領主であったロスコフの祖父は、この一件を機に、長年心に秘めていた想いを実現することを決意したのだ。授かったばかりの爵位を息子、つまりロスコフの父に譲り、自らはワーレン侯爵領内の一角に領地を与えられ、そこで生涯をかけて研究に没頭することを選んだのである。


「長年の夢が、ようやく叶う時が来たか…」


そう呟いた祖父の瞳は、少年のように輝いていたという。彼は、領主としての責務から解放され、研究者としての新たな人生を歩み始めたのだ。彼の研究テーマは、魔力増幅を動力源として利用するアイデア、その応用の一つに、人間が着用し、戦闘力を飛躍的に向上させる「魔道アーマー」の構想があった。


それから二十年の歳月が流れ、ロスコフも十歳の誕生日を迎えた。その祝いの宴の余韻も冷めやらぬ翌朝、ロスコフは突然馬車に乗せられ、見知らぬ場所へと連れ去られた。行き先も告げられぬまま、首都の侯爵邸で両親と別れたロスコフは、不安に震えていた。しかし、祖父の領地に辿り着き、機械と魔晶石に囲まれた研究室を見た瞬間、その戸惑いは純粋な探究心へと変わった。この地で教育を受け、成長することが、ずっと以前から父とお爺さんとで話し合われ合意されていたのだ。


幼い頃から、機械仕掛けの魅力に取り憑かれていたロスコフは、祖父の影響を強く受けていた。祖父が足繁く通う鉱山にも、よくついて行った。そこでロスコフは、採掘されたばかりの魔晶石を等級ごとに選別し、祖父の研究室へと運ぶ手伝いをしていた。破損しても惜しくない等級の魔晶石を、目を輝かせながら選ぶロスコフの姿は、まるで小さな研究者のようだった。やがて、実験そのものにも興味を持つようになり、祖父の研究を手伝うようになっていく。


運動能力は決して高くはなかったが、学力は飛び抜けており、集中力も驚くほど高かった。じっくりと腰を据えて取り組む研究において、ロスコフはその才能を遺憾なく発揮、周囲にもその実力が見え始めていた。


飽きることなく、コツコツと研究を続けるロスコフの才能を、祖父は高く評価していて。愛らしい孫を溺愛し、自身の研究を惜しみなく教え、次期当主となるロスコフに全てを託そうと考えていたのだ。


祖父の研究テーマは、魔晶石を用いた魔力増幅が主だ。その着想は、魔術師が使う杖、特に高位の魔術師が求める上質な魔晶石が組み込まれた銘付きの杖から得たものだった。それらの杖は、魔術師のマナ消費を抑えたり、魔力を増幅させたりすることで、より高度な魔法の発動を助ける役割を担っている。


さらに、魔晶石には、術者のマナを消費せずに魔法を発動させる力があることも分かっていて、一定以上の魔力を持つ者が杖を振るうだけで、封じ込められた魔法が発動するのだ。


祖父は、この現象のメカニズムを科学的に解明し、人工的に再現することを目指していた。魔力増幅の技術が確立されれば、その応用範囲は無限に広がると考えている。増幅された魔力を動力源として利用するアイデアは、思いつく限りでも枚挙にいとまがない。


壮大な研究テーマは、祖父一代で完結するものではない。そこに現れたのが、孫のロスコフだ。祖父は、研究室での作業をロスコフに見せ、その反応を注意深く観察した。そして、期待通り、ロスコフが研究に強い興味を示し始めたのを見て、本格的に研究の指導を始めたのだ。


そんなある日、ロスコフがいつものように研究室を訪れると、見慣れない二人の老人が祖父と話していた。


「おじい様、何かお手伝いすることはありますか?」


ロスコフはそう言いかけ、二人の老人に気づき、慌てて挨拶をした。


「おじ様、おば様、はじめまして。私はワーレン侯爵家の長男、ロスコフです。お会いできて光栄です。」


丁寧に一礼するロスコフに、祖父と同年代と思われる高齢の女性が、凛とした表情で上品な挨拶を返して来た。


「ロスコフ卿、はじめまして。私はエクレアと申します。」


そして、祖父に似た格好をしたもう一人の老人が、豪快に笑いながら名乗る。


「わっはっは、ロスコフ卿、儂の名はロウじゃ。」


「立派な跡継ぎでございますな、フォルクス様。」


二人の老人は、優しい眼差しをロスコフに向け、祖父に話しかける。


「良い跡継ぎができましたな、フォルクス様。」


「本当に、フォルクス様の子供の頃にそっくりですわね。」


「そうかい、エクレア。そんな昔のことを覚えておったのか?」


話を聞いていると、どうやら二人は祖父の幼馴染らしい。ロスコフが黙って立っていると、祖父が言った。


「すまんな、ロスコフ。今日はこの二人に実験を頼んだのだ。ここは狭いから、今日は外で好きなように遊んでおいで。」


今日は二人の老人が実験に立ち会うようだ。邪魔をしてはいけないと思い、ロスコフは言った。


「おじい様、承知いたしました。実験の結果を楽しみにしています。」


そう言うと、(ロスコフ)は研究室を後にした。


「さて、今日は何をしようかな。」


私は、研究室を後にし、ぶらぶらと歩きながら、そんなことを考えていた。その時、前方から見慣れた二人の姿が近づいてくるのが見えたのだ。鉱山で知り合った、タンガとスペアーだ。二人の足取りからして、どうやらあの鉱山へ向かっているようだ。


あの鉱山とは、三日前、これまでの常識を覆すような、巨大な魔晶石が発見された場所だ。これまで採掘されてきた高品質の魔晶石は、大きくても人の拳大ほどの大きさだった。それでも、マナ結晶石としては十分に大きく、魔晶石と呼ぶにふさわしい存在感を放っている。


しかし、今回発見された魔晶石は、子供の頭ほどの大きさにまで成長していたのだ。それはもはや、【大魔晶石】と呼ぶに相応しい、圧倒的な存在感を放っていた。透き通るような透明度からも、それが最高品質の代物であることが一目で分かった。


今日、祖父の研究室を訪れていた二人の老人は、ロスコフの推測では、その大魔晶石を使って魔力を増幅する実験を行うために、祖父が招いたのだろう。


そして、今、目の前にいるタンガとスペアーが向かっているのも、その大魔晶石が採掘された鉱山だ。ロスコフはそう確信し、慌てて二人に声をかけながら走り出した。


「おーい!タンガ~!スペアーッ!」

向こうから何やら叫びながら走ってくる人影に、タンガが気づく。


「ん?なんだありゃ」

「……ロスコフ様、じゃないか?」

「あっ、本当だ。こんな時間にどうしたんでしょう、ロスコフ様?」

息を切らして二人の前にたどり着いた私に、タンガが尋ねた。


「はぁ、はぁ……やあ、二人とも」

「今日の実験は、祖父とそのご友人たちでやるらしくてね。僕は追い出されてしまったんだ」

「へぇ、そうだったのかい。じゃあ、今から俺たちと鉱山に行くかい?」

待ってました、と言わんばかりの誘いの言葉!


「うん!そうじゃないかと思って、追いかけてきたんだよ!」

「なんだそりゃ!♪」

「ははっ、じゃあ一緒に行こうぜ!」

「うん!」


こうして、私とタンガ、スペアーの三人組は、まだ見ぬ大魔晶石が眠る鉱山へと、心を弾ませながら向かうことになったのだった。



最後まで読んでくれた方、ありがとう、また続きが出たら読んでみてください。 

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