海賊
大型船に乗り出発出来たサーヴアントたちだったが、運に見放されたかのように
次から次へと困難が襲い掛かって来て・・・
その28
船が出航してから五日が過ぎ、見慣れない海域を進んでいた。しかしその日は朝から空模様が怪しく、やがて船は激しい嵐に見舞われた。巨大な波が容赦なく船体を叩きつけ、船は大きく揺れ、まるで木の葉のように翻弄されている。ラバァル(ヴェルディ)は、激しい揺れと潮の匂いに耐えきれず、何度も胃の中のものを吐き出し、顔面蒼白でぐったりとしていた。
サーヴアントは、憔悴しきった甥の背をさすりながら、「すまん、ラバァル。これは天の御業なので、どうすることもできん。耐えてくれ。」と声をかけたが、彼自身も荒れ狂う海に為す術がなかった。
嵐は二日間続き、ようやく揺れも収まり始めた。しかし、酷い船酔いに苦しんでいたラバァルは、揺れが収まったことにも気づかないほど衰弱していた。目は虚ろに宙を舞い、まるで大波の揺れがまだ続いているかのように、時折小さく呻いている。
サーヴアントの部下たちも、船酔いでぐったりとしている者が大半を占め、普段は屈強な彼らも、船上生活の過酷さを痛感していた。
そして、嵐が過ぎ去った翌日のことだった。朝から船員たちが騒がしい様子で走り回っている。
何事かと、サーヴァントやラジェットたちも甲板へと上がり、船員に何が起こったのか尋ねた。「どうした?何かあったのか?」
すると、顔面蒼白になった船員の一人が、震える声で。「海賊ですよ!船が追われているんです!」
「何だと!」サーヴァントは、思わず声を上げた。
船員の話によると、現在、二隻の海賊船に追われているらしく、その距離は次第に縮まっているという。かなり危険な状態だと知り、サーヴアントの顔色も険しくなった。
「皆にも知らせろ!武器を装備し、戦闘準備だ!何としてもラバァルは守らねばならん!」
「分かってますよ、サーヴアント様!」ラジェットは、力強く頷くと、すぐに部下たちの元へと駆け出した。
サーヴァントは、いてもたってもいられず、再び甲板に上がり、追ってくる船の様子を注視した。最初は豆粒のように小さく見えていた海賊船が、時間の経過と共に、じわじわと、確実に近づいてくるのが分かった。「不味い……あっちの船の方が速い!」
それが分かると、サーヴアントは戦闘は避けられないと覚悟を決め、部下たちに指示を出した。「我々はここで無駄死にするわけにはいかん!俺達は船室に籠り、少数を相手に徹底的に戦う。甲板の上は、船員たちに任せよう。」
サーヴアントたちは、ラバァルを抱え、船の奥にある比較的広い客室へと避難した。他の乗客たちも、恐怖に顔を歪ませながら、部屋の隅に身を潜めている。その時、突然、船全体を揺るがすような大きな衝撃が走った。
ドガ~~ン!
その衝撃で、客室にいた人々は悲鳴を上げながら床に倒れ込む。それほどの衝撃を受けたのだ。おそらく、追ってきた海賊船が体当たりを仕掛けてきたのだろう。じきに、この客室にも海賊たちが乗り込んでくる。白兵戦は避けられないだろう。
サーヴアントの予想通り、甲板ではすでに激しい白兵戦が始まっていた。剣戟の音、怒号、そして時折聞こえる悲鳴が、客室まで響いてくる。そしてついに、扉が激しく打ち破られ、武装した海賊たちが客室へと乗り込んできた。
「良し!二人一組で一人の相手をするんだ!」サーヴアントは、冷静な声で部下たちに指示を飛ばす。
通路を通り、次々と大部屋へと侵入してくる海賊たちを、サーヴアントたちは迎え撃った。鍛え上げられた彼らの剣技は冴え渡り、次から次へと海賊たちを血祭りに上げていく。激しい攻防の末、しばらくの間、海賊たちは客室へ侵入してこなくなった、諦めたのか? と皆も期待した。
しかし、一時間ほど何事もなかった後、今度は、先ほどの数倍もの海賊たちが、新たな武器を手に戻ってきたのだ。サーヴアントたちは、交代しながら応戦したが、やはり圧倒的な数には抗えず、次第に部下たちが一人、また一人と倒されてしまう。
ついに、残ったのは副長のラジェットと、リッツ、そしてサーヴアントの三人だけとなってしまった。ここでサーヴアントは、苦渋の表情で言った。「剣を降ろせ。早く!」
「待ってくれ、降参する!」
降伏する意思を示した。サーヴアントがそうしたので、ラジェットとリッツも従い、剣を床に置き、両膝をついて戦う意思がないことを示した。周囲の海賊たちは、警戒しながらも彼らを取り囲む。
しばらくして、いかつい顔をした海賊のリーダー格と思われる男が、血まみれの剣を手に現れた。「こいつらか?仲間を殺しまくったという戦士は?」
「はい、船長!こいつらは、三十名以上もの仲間を殺しやがったんですぜ!」生き残った海賊の一人が、憎々しげにサーヴアントたちを指さして言う。
海賊の船長は、サーヴアントたちを冷たい目で一瞥し、「なんて奴らだ……だが、これは高く売れる...。」と不気味な笑みを浮かべた。そして、部下たちに命令を下す。「マーフル大陸へ行く方の船へ連れて行き、鎖に繋げ!そして、こいつらを水夫としてこき使ってやれ!」彼らの運命は、この一言で決まってしまった。
そう指示を出すと、海賊たちは手慣れた様子で乗客たちの所持品を奪い始めた。悲鳴や啜り泣きが聞こえる中、抵抗する者は容赦なく殴りつけられた。そして、捕らえられた乗客たちは、二つの船に分けられ、男は新大陸行きの船に乗せられ水夫奴隷として、残りはもう一隻の船に乗せられ、奪った金品や物資と共に一旦海賊基地へと運ばれる。
その中には、まだ幼い五歳のラバァル(ヴェルディ)も含まれていた。ラバァルは、一体何が起こったのか、まだよく理解できていなかった。しかし、叔父のサーヴアントたちが海賊に叩きのめされ、鎖に繋がれて連れて行かれる光景を見て怖いというよりも、ただただ混乱していた。
部下の一人が、ガキを連れ、海賊の船長ファラマに問いかけた、「このガキはどうしやす?」
「連れて行け。少しの間育てれば、いくらかは高く売れるだろう。」ファラマは、そう言い
ラバァルを連れていかせる。
こうして、ラバァルは海賊の基地へと向かう海賊船へ、サーヴアントたちはマーフル大陸へと向かう別の海賊船へと、別れ別れになり、それぞれの過酷な運命へと引きずられていった。
ラバァルはその後、ノース大陸の最南端から船で六日ほど南下した場所に点在する群島に作られた、海賊たちのアジトへと連れて行かれる。その短い航海の間にさえ、ラバァルにとっては過酷な試練が待ち受けていた。
ラバァルは、まだ五歳になったばかりの子供だ。しかも、これまでロマノス帝国の王子として、何不自由のない生活を送ってきた。一般常識とはかけ離れた暮らしの中で育ち、掃除など自分でやったことなど一度もない。一人で衣服を着替えることさえできなかった。
そんなラバァルに、見知らぬ大柄な海賊が、「この部屋を掃除しておけ。」と命令し、何の指示も与えずにどこかへ行ってしまったのだ。ラバァルは、一体何をどうしたら良いのか全く分からず、ただ言われた部屋の中で、途方に暮れて立ち尽くしていた。
それから六時間ほどの時が流れていた。ようやく戻ってきた男は、扉を開けると、別の女を連れて部屋へと入ってきた。部屋の中を一瞥しすると部屋で何もせずに突っ立っていたラバァルの姿を見た男は、顔をしかめた。そして、近くにあった木の棒に動物の毛がついた粗末な箒を手に持つと、突然ラバァルに向け、それを力任せに振り下ろし、叩き始めたのだ。
バシッ!バシッ!男は、相手が幼い子供だからといって手加減する様子は全くなく、力の限りラバァルを何度も叩きつけ、小さな体をたちまち血だらけにしてしまった。倒れ込んだラバァルは、激しい痛みに意識を失い、全く動かなくなってしまう。
あまりにも酷い有様に、一緒にいた女がたまらず、「もう良いでしょう、子供なのよ!」と叫び、男を制止する。男は舌打ちをすると、意識のないラバァルをまるでゴミのように部屋の外へと放り出し、冷たく扉を閉めてしまった。
船の薄暗い通路に放り出されたラバァルは、完全に気を失っていたため、朝まで冷たい床に倒れ込んだままになっていた。
朝になり、通りかかった船夫の一人が、通路に倒れているラバァルを見つけた。彼は、小さな子供がこんな場所に倒れているのを不憫に思い、船底にある荷物置きの薄暗い部屋へと連れて行き、適当な場所に寝かせた。しかし、誰もラバァルの手当てなどしてくれなかった。
それから十日間ほど、ラバァルは高熱にうなされ続け、まるで魂が抜けたように沈黙していた、立ち上がることすらできなかったのだ。まともに食事も与えられず、わずかに残っていた幼い体は、みるみるうちに骨と皮ばかりになり、元々華奢だった体躯は、見る影もなく痩せ細ってしまった。
そんな辛い日々を過ごしていたが、ようやく海賊のアジトがある島へと船は到着。港には、海賊船が何隻も停泊しており、物々しい雰囲気が漂っていた。
荷物と一緒に、ラバァルもアジトの港に降ろされた。「ロナウド、こっちをお願いします!」港では、運び込まれた荷物を手際よく振り分け、部下に指示を出して配置を決めている人物がいた。ロナウドと呼ばれているその男の所に、他の海賊に引きずられるようにしてラバァルも連れて来られたのだ。
ロナウドは、運び込まれた様々な品々をざっと見回した後、痩せ細った小さな体と、殴られた跡がくっきりと残る青あざだらけの姿をしたラバァルに、ふと目を留めた。その瞬間、ロナウドの顔には、明らかに不快感が浮かんだ。
「ダメだな、これでは売り物にならん。一体誰がこんな目に遭わせた?そいつを見つけ出して、この落とし前を銀で支払わせろ!」ロナウドは、そばにいた部下の一人に低い声でそう告げると、別の者に命じた。「こいつを治療してやれ。それと、まともな食事もだ。少しでも育ててから売り払う。マーヤにこいつの面倒を見させろ。」
そう言い残すと、ロナウドは他の荷物の仕分けに戻り、部下の一人が、ぐったりとしたラバァルを抱き上げ、アジトの奥へと連れて行った。
連れて行かれた先には、マーヤと呼ばれる女がいた。海賊の一人がラバァルを担いで部屋に入ると、年の頃は二十代後半くらいだろうか、髪は短く刈り込まれ、いかにも戦士と思わせる精悍な顔つきの女が、部屋の中央に置かれた粗末な椅子に座っていた。海賊のアジトにいるはずなのに、腰には二本のショートソードがしっかりと佩かれ、背中にはボウガンまで背負っている。まるで今すぐにでも戦場に出るような、異様な雰囲気を纏った女だった。その女が、部屋へ入ってきた海賊の一人に、低い声で問いかけた。
「何だい、そのズタボロにされた子は?」マーヤは、部屋に入ってきた海賊を一瞥し、興味なさそうに尋ねた。
「マーヤ、ロナウドの命令だ。この子の面倒を見ろだってさ。それと、生きがいい精悍なガキに育ててやれとのご命令だ。」その海賊は、ロナウドが言った「手当をして食い物を食わせてやれ。そのままでは売り物にならん」という言葉を、大袈裟な表現に勝手に変えてマーヤに伝えた。するとマーヤは、露骨に嫌な顔をした。
「ちっ、私は乳母じゃないんだよ。全く、ガキの面倒なんてまっぴらごめんだね。」連れてきた海賊にそう文句を言ったが、海賊は、この件に深入りしない方が賢明だと判断したのか、曖昧な笑みを浮かべると、そそくさと部屋を出て行こうとする。そして行く間際、「マーヤ、すまねぇな。俺はロナウドの指示でここに連れてきただけだから。」そう言い残して、彼は扉を閉めた。
「ロナウドの奴、本当にあたしにガキの面倒を見させる気なのかい?犬や猫とは違うんだがねぇ……」そうぶつぶつ言いながらも、どうしてここまで酷い目に遭わされたのか知らないがと、マーヤはガリガリにやせ細り青あざだらけで、今にも倒れて死にそうなラバァルを一瞥した。その小さな体には、痛々しいほどの疲労と絶望の色が滲み出ている。「あんたもついてないねぇ……ちょっと待ってな。なんか食わせてやるから。」マーヤの言葉には、先ほどの嫌悪感は薄れ、わずかな同情の色が混じっていた。
ラバァルが海賊のアジトに来てから、一ヶ月が経っていた。マーヤが毎日しっかりと食事を与え、手厚く介抱してくれたおかげで、ラバァルは驚くほど元気を取り戻していた。一度は骨と皮ばかりになった体にも、少しずつ肉が付き始め、顔色も良くなり、見た目にも元気そうな子供へと変化していた。
ひと月も一緒に暮らすと、初めは露骨に嫌がっていたマーヤも、次第にラバァルの存在に慣れてきた。嫌々ながら世話を焼くという態度はなくなり、ごく自然に接してくれるようになっている。マーヤはまだ独り身であり、ラバァルは彼女にとって初めて一つの部屋で一緒に暮らす者となった。もちろん、どちらかと言えば犬や猫を飼っているような、そんな感覚だったのかもしれない。それでも、自分が用意した食事を美味しそうに食べ、目に見えて成長していくラバァルの姿を見るのは、マーヤにとってささやかな喜びとなり始めていた。
さらに三ヶ月が過ぎた。子供の成長は早いもので、この頃になるとラバァルの食べる量も倍以上に増えた。しかしマーヤは、それを惜しむことなく与え、時間を見つけては簡単な体術や剣術の基礎を教え始めた。自分が教えることを、無心で真剣に取り組むラバァルの姿を見ていると、マーヤは理由の分からない温かい気持ちになり、無性に嬉しかった。いつの頃からか、地べたで寝かせていたラバァルを自分のベッドに寝かせ、小さな体を優しく包み込んで一緒に眠るようになっていた。
六ヶ月が経った頃だ。突然、荒々しいノックの音が部屋に響き、ロナウドがドアを開けて中へと入ってきた。「マーヤ、いるか?ガキはどうだ?」
部屋の中へと入ってきたロナウドは、以前の痩せっぽちの子供とは見違えるほど精悍になったラバァルの姿を見ると、目を丸くした。「ほ~……よく育てたな!いいぞぉ、これなら高く売れる!よし、ガキは連れて行く。よく育ててくれたな、これは報酬だ。」ロナウドは、そう言いながら、銀貨が数枚入った小さな財布をそのままマーヤに投げつけた。マーヤは反射的にそれを受け取ったが、すぐに険しい表情になり。
「ちょっと待って!私がここまで育ててきたんだよ!勝手に売るって、どういう了見だい!」
「何を言ってるんだ?俺は預かってくれと頼んだが、育ててくれとは一言も言ってないぞ。」ロナウドは、涼しい顔で言い返した。
「嘘をお言い!あんたは『生きがいい精悍なガキに育ててやれ』って私に言ったよ!」マーヤは、必死の形相でロナウドに詰め寄った。
マーヤの真剣な顔を見て、ロナウドは一瞬言葉に詰まり、最初にラバァルを連れて行かせた海賊の顔を見た。するとその海賊は、慌てた様子で言い訳を始めた。「えっと……すまねぇ、ちょっと言い方が違ってたかも……でも、ガキは良く育ったんだし、まぁいいじゃねぇか。」
ロナウドは、その海賊の言葉を聞き流し、冷たい目でマーヤを見据えた。「確かにマーヤの言う通りかもしれんな。しかし、それがどうだと言うんだ?このガキは初めから売り物なんだ。」そう言うと、ロナウドは手下の海賊にラバァルを連れて行くように指示を出した。
マーヤは唇を噛み締め、抵抗することもできず、ラバァルが連れて行かれるのをただ黙って見ているしかなかった。最後にラバァルは、寂しそうな目でマーヤを見つめ、「マーヤ、ありがとう。」と小さな声で言い、海賊に手を引かれて部屋を出て行った。
マーヤは一人残された部屋で、堪えていた感情が爆発したように、大声でラバァルの名を叫んだ。「ラバァル~~!」
ドスン!
激しい怒りに駆られたマーヤは、近くにあった木製の椅子を蹴り飛ばし、さらに扉に足蹴を見舞った。扉は大きな音を立てて歪んだが、ラバァルを連れ戻すことはできなかった。
ラバァルは、連れて行かれたまま船に乗せられ、海賊の基地がある群島を出発した。これから自分がどこへ行くのかも知らされないまま、小さな体はただ船の揺れに身を任せるしかなかった。
最後まで読んでくれありがとう、また続きをみかけたら宜しくです。




