魑魅魍魎の渦から。
今回からラガン王国編になります、今回の主役はラバァルです、彼が強く成長して行く様子を
書いて行く事になります。
その27
これは、ロスコフ・ワーレン侯爵が、まだ幼い五つの時、遠い異国で起こっていた、血生臭い陰謀と狂信の物語だ。
ロマノス帝国の首都スタンハーペン。帝国の北西に位置するこの都市には、皇帝が住まう壮麗なミトラ宮殿がそびえ立っていた。その宮殿の一室で、今まさに激しい女の争いが繰り広げられていた。
皇帝の正妻グランジェ(29歳)と、第二夫人エテルナ(25歳)。二人の間に横たわるのは、皇帝の世継ぎを巡る深い憎しみと、それを巧妙に利用する影の存在だった。
皇帝の世継ぎとなるはずだった、正妻グランジェの愛しい我が子ルーベルトは、ある日、突如として病で失われた。その悲しみに暮れる彼女の心を、悪意を持った者たちが巧みに利用し、自分たちの利益になるように、陰湿な罠へと誘導していたのだ。その黒幕たちは、皇帝の第一子として生まれたグランジェの息子ルーベルトを、病に見せかけて毒殺し、その罪を第二夫人エテルナが犯したのだと、グランジェの耳に入るよう、宮廷侍女たちに巧妙に囁きかけ、噂を広めた。
案の定その噂を耳にした彼女は、悲しみを怒りへと増幅させたのだ、そして遂には狂気の淵へと突き落としていた。
エテルナは、自身の愛する息子【ヴェルディ】(五歳)を、皇帝の世継ぎにしたいという強い願望を抱いている。そのため、邪魔となる第一王子ルーベルト(十二歳)を、エテルナが邪悪な呪いをかけ殺害したという、全くの濡れ衣を着せ、復讐を煽ることで、グランジェを操り、実行犯たちを雇い入れさせ、うまく利用。調べられても自分たちの所へまでは被害が及ばないように企んだのだ。
その者たちの真の目的は、もちろんのこと、『リッテンハイマー皇帝』の強大な力を弱体化させ、帝国を自分たちの都合の良いように動かそうと企む、恐るべき陰謀だった。
その者たちとは、神の名の元に、自らを神の子と高らかに唱え、帝国の各都市に存在する聖堂を拠点とし、帝国民衆の実に三分の一もの人々を狂信的なまでに導く、『グラティア教』の信者たちだった。この者たちの表向きの目的は、神によるノース大陸全土の統一と、虐げられた者たちの解放を謳っていたが、その実態は、『グラティア教』を陰から操る狡猾な者たちの、単なる権力闘争の道具に過ぎず、表向きの尊き思想とは正反対の事をしていた。
だが、純粋な信者たちは、狂ったようにグラティア神を信じ、教団の教えであればいかなる非道な悪行も、神の御心と盲信し、躊躇なく実行に移した。その歪んだ行いにエクスタシーを感じる者たちは、益々過激化の一途を辿り、その行いに僅かでも疑問を持った者たちは、恐怖に駆られてその場を離れるか、あるいはその疑問を口に出してしまい、周囲に知られたことで、自身も異端者として厳しい懲罰を受ける立場に追い込まれたりと、信者たちにとっても、決して良い状態とは言えない、息苦しい状況となっていたのだ。
信仰という名の甘美な美酒に酔った心は、人から物事の善悪を見極める冷静さを奪い、自分たちの行いこそが絶対的な善行なのだと固く信じ込み、全ては至高のグラティア神の御心であるなどと、都合の良い言い訳を弄して、その狂信的な信仰を正当化していた。
今回も、もし普通の理性を持つ者ならば、幼い子供を殺すなどという、良心に悖る悪行に手を貸すことなど決してなかっただろう。だが、狂信的な信者たちは、己の信じる神の御心だと、頑なに信じ込んでいたため、同じく狂った信者を助け、忌まわしい犯行に手を貸したのだ。そして今、彼らは第二王子ヴェルディまでも亡き者にしようと企んでいる。ミトラ宮殿内に潜む信者たちに手助けさせ、ヴェルディが眠る寝室へと忍び寄っていた。
15分前
「エテルナ様、ヴェルディ様のお命を狙うグラティア教の信者たちが近づいています!早くヴェルディ様をお隠ししなければ!」
侍女の悲痛な叫びが、エテルナの耳に突き刺さった。彼女は涙に濡れた瞳で、抱きしめる我が子ヴェルディを見つめた。これが今生の別れになるだろうと、既に覚悟している。
狂気に染まったグランジェの指示を受けたグラティア教の信者たちが、もう間もなくこの部屋に押し入ってくる。その危険な情報を知らせてくれたのは、最も信頼する兄であり、帝国最強と謳われる、第一軍を率いるサーヴアント将軍だった。
「うう……お兄様、ヴェルディをお願いします!どうか、この子の命を守ってやってください!」
エテルナは声を震わせ、兄に懇願した。
サーヴアント将軍は、力強く頷いた。「任せろ。何としても甥の命は守ってみせる。すまん、エテルナ。そなたを残していく兄を許してくれ。」
「何を言うのです、お兄様。ヴェルディの命だけで十分に感謝しております。どうか、ご無事で。」
エテルナの言葉に、サーヴアント将軍は再び固く頷くと、もう一刻の猶予もないと悟り、ヴェルディを抱き上げた。母から引き離されたヴェルディは、不安げな目でサーヴアントを見上げたが、その腕の力強さに、ただじっと身を委ねた。将軍は足早に部屋の外へと消えていった。
宮殿の隠し通路を抜け、サーヴアント将軍はヴェルディを抱きかかえ、急ぎ足で地下一階へと降りて行った。冷たい石の階段を駆け下り、ようやく外に通じる小さな入口に辿り着く。
「将軍、お待ちしておりました。」
低い声が響き、将軍の前に屈強な騎士たちが姿を現した。皆、将軍が率いる帝国第一軍の精鋭たち、その数、十名。彼らはサーヴアントの甥であり、皇帝の第二王子であるヴェルディの危機を知り、将軍の帝国領からの逃亡計画に自ら志願した忠義の士たちだった。
当初は、もっと多くの者が志願を申し出た。しかし、サーヴアント将軍は、この逃亡に手を貸せば、彼らの家族にも危険が及ぶ可能性を考慮し、妻子を持つ者たちの参加を固く禁じた。その結果、残ったのは、妻子を持たない独身の騎士たちだけだったという経緯があった。彼らは、自身の身を顧みず、将軍への忠誠心とグラティア教への懐疑心から、この危険な任務に志願したのだ。
「うむ、諸君、よくぞ来てくれた。」
サーヴアント将軍は、静かに、しかし力強く言った。騎士たちは一斉に胸に手を当て敬礼し、言葉なくとも「当然です」という強い意志を示した。
「我々は皆、サーヴアント様のために命を捧げる覚悟でおります。」
一人が代表してそう言うと、一行は物音を立てぬよう慎重にミトラ宮殿を抜け出し、夜の闇に紛れて街の外れにある馬小屋へと急ぎ足で向かった。そこには、彼らの逃亡を助けるための馬たちが用意されてある。
その頃、ヴェルディの部屋の外では、不穏な空気が渦巻いていた。
帝国首都憲兵副長ゲルニカが、冷酷な表情で立っていた。彼の背後には、異様な雰囲気を纏った八名の帝国兵が控えている。彼らは皆、『グラティア教』の狂信的な信者たちだ。
宮殿に所属する他の帝国兵たちも、彼らの異様な様子には気づいていたが、『グラティア教』の信者たちに関わることは火種を抱えるようなものだと理解していたため、見て見ぬ振りを決め込んでいる。彼らにとっては、保身こそが最優先だったのだ。
ヴェルディの部屋の重厚な扉が、信者たちが用意した巨大な鉄槌によって、無残にも打ち砕かれ始めた。
ドスン! ドスン! ドスン! ドスン! ドスン!
扉が叩きつけられる度に、室内に閉じ込められた第二夫人エテルナと侍女サーシャ(43歳)は、悲鳴を押し殺し、身を寄せ合って震えていた。衝撃が伝わる度に、彼女たちの体はビクン、ビクンと痙攣し、恐怖の色を濃くしていった。そしてついに、重い扉は音を立てて内側に倒れ込んだ。
扉が開き、信者兵士たちが冷たい目をぎらつかせながら部屋に侵入してきた。
「これは、これはエテルナ様、何時もながらお美しい、さてさて、」ゲルニカは辺りを見回しながら、「ヴェルディ様を、おとなしくこちらに引き渡しなさい。」
兵士の言葉は、仮にも皇帝の第二夫人に対するものとは思えないほど粗野で、敬意を欠いたものだった。その口調からは、エテルナに対する明らかな侮蔑の念が感じられる。
その態度に、エテルナの侍女サーシャが勇気を振り絞って立ち向かった。
「あなた達は仮にも帝国兵でしょう!皇帝の第二夫人に対して、何という口の利き方をするのですか!」
サーシャが毅然とした態度で叱責すると、次の瞬間、信者兵士は信じられない行動に出た。
パシッ!
乾いた音が部屋に響き、サーシャの頬が赤く腫れ上がった。「キャッ!」という短い悲鳴が漏れた。
エテルナは、咄嗟にサーシャの前に両手を広げて庇おうとした。「何をなさるのですか、あなた達!」
「うるせぇ!おい、さっさとガキを探し出せ!」
ゲルニカ副長が、背後の兵士たちに冷酷な声で命じた。兵士たちはその命令に従い、部屋の中を荒らし始めた。布団をめくり上げ、ベッドの下を覗き込み、家具を倒し、部屋は見るも無残な状態へと変貌していった。
「お辞めください!こんなことをして、皇帝陛下が黙っているはずがありません!」
エテルナは必死の形相で訴えたが、兵士たちの耳には届かない。
「五月蠅い!雌豚が!皇帝がなんだってぇ?あんなものはお飾りなんだよ、ああん!」
信者兵士は嘲笑うように言い放ち、エテルナに掴みかかった。「キャ~!」
次の瞬間、エテルナの衣服は引き裂かれ、無残にも裸にされてしまった。
「くくく……いいものを見せてくれて感謝しますよ、エテルナ様。」
ゲルニカ副長は下卑た笑みを浮かべ、他の兵士たちもそれに続いた。「わははは!」「ひゅ~、皇帝夫人のあそこはどんな閉まり具合なんだぁ?」「入れてみれば分かるさ!」「ははは!」
彼らはもはや、エテルナを皇帝の第二夫人などとは微塵も思っておらず、ただただ辱め、弄ぼうとしていた。
ここで辱めを受けることを悟ったエテルナは、密かに覚悟を決めていた。手に隠し持っていた小さな毒薬の瓶を取り出し、躊躇うことなく口に含み、飲み込んだ。
そして、隣に立つ侍女サーシャに、かすれた声で囁いた。「ごめんなさい、サーシャ……。」
その直後、エテルナは口から黒い血を吐き出し、床に崩れ落ちた。
「くっ!こいつ、毒を飲みやがった!」ゲルニカ副長は忌々しそうに吐き捨てた。
「ガキはまだ見つからねぇのか!」
兵士たちは、部屋の中を破壊しながらヴェルディを探し続けたが、結局その姿は見当たらなかった。
「何処にもいません、ゲルニカ様!」
「くっ!先に逃がしたのか!」ゲルニカ副長は、足で死んだエテルナの遺体を汚れた靴で踏みつけながら、怒りを露わにした。「糞女!やってくれたな!おいっ、その侍女はお前にくれてやる。好きにしろ!ただし分かってるな、よく躾けるんだぞ!」
ゲルニカ副長の言葉は、残されたサーシャにとって、絶望の淵に突き落とされる宣告だった。
兵士は、下卑た笑みを浮かべながら、ゆっくりと侍女サーシャの方へと近づいた。「へへへ……たっぷり、たっぷり躾けてやりますよ、ゲルニカ様。」
ゲルニカ副長は、頷くと、「おい、他の者は私に付いて来い!」と部下たちに命じ、ヴェルディの部屋から出て行った。後に残されたのは、恐怖に震えるサーシャと、邪悪な笑みを浮かべる兵士だけだった。
暫くして。
ゲルニカは、第一夫人グランジェの私室へと足を踏み入れていた。室内は、豪華絢爛な装飾が施されているものの、どこか冷たい雰囲気が漂っていた。
「それで、首尾は如何でしたのかしら?」グランジェは、優雅な椅子に深く腰掛け、冷たい眼差しでゲルニカを見下ろした。
「それがですね、エテルナ様は毒を隠し持っていたようで、自害なされました。」ゲルニカは、頭を低く垂れ、申し訳なさそうな口調で報告した。
「くっ、自害ですって!私は辱めろと注文したでしょう!」グランジェは、美しい顔を歪ませ、怒りを露わにする。
「それが、我々が到着した時には、既にお亡くなりになっておりまして……。」ゲルニカは、言い訳するように答えた。
「それで、肝心のヴェルディの方は?」グランジェは、苛立ちを隠せない声で問い詰める。
「居ませんでした。何者かが事前に逃がしたようです。」ゲルニカの言葉に、グランジェの眉が険しく吊り上がり、怒りの声を挙げた。
「何をなさっていたのですか、あなたは!」
「いえ、これは決して私のせいでは……グランジェ様。」ゲルニカは、慌てて弁解した。
「それなら、どうして子供一人、どうにかすることができないのですか!」グランジェの声は、次第に鋭さを増している。
ゲルニカは、初めから問い詰められることを予想しており、用意していた言い訳を口にした。「情報が洩れていたのですよ、グランジェ様。」
「情報を漏らした者がいると言うのですか、ゲルニカ。」グランジェは、疑いの目を向けた。
「はい。既にヴェルディ様はどこかに……恐らく帝国とは違う第三国へ亡命するつもりかと。」
それを聞いたグランジェは、顔を蒼白にして。「ダメじゃ!それでは私の怒りは収まらぬ!絶対にヴェルディの命を取るのじゃ、ゲルニカ!そなたには、それだけの大枚を渡しておるじゃろう!地の果てまでも追い詰め、しっかり働いてきぃや! 次、失敗して戻れば、【ヘーゼル】殿に、そなた等は役立たずじゃったと伝えおく!」
ヘーゼルという名が出ると、途端にゲルニカの顔色は変わり、グランジェに対して露骨に媚びるような態度に変わった。「それはお許しください、グランジェ様!直ぐに、追跡者を募り、私自らヴェルディを捕え、首を持ち帰ります!」
そう言い残し、ゲルニカは慌てて部屋を出て行った。
残されたグランジェは、美しい顔を憎悪に歪ませ、「うぬぅぅぅ……役立たずめが!」と低い唸り声を上げた。彼女の怒りは、ますます助長され、激しく燃え広がっていた。
翌日
宮殿内で起こった騒ぎを聞き付けた『リッテンハイマー皇帝』は、事の真相を究明するため、信頼のおける家臣たちを自室に呼び寄せ、詳細な調査を行うよう命じた。その場には、宮廷司祭にして、今や帝国の実権を陰で握る「帝国総大司教」【ヘーゼル】も姿を見せていた。
皇帝が家臣たちに指示を与え、事件の真相を明らかにしようと動き出す中、ヘーゼルは静かに口を開いた。「陛下、皆様。この事件の真相は、既にほぼ明らかになっております。」
そう言うと、ヘーゼルは控えていた衛兵に目配せをした。衛兵たちは、鎖に繋がれた二人の人物を部屋の中へと連れてきた。一人は、昨夜のヴェルディの部屋への襲撃に関わったと思われる帝国兵。そしてもう一人は、息絶えたエテルナの侍女をしていたサーシャだった。サーシャは、憔悴しきった様子で、足元を見つめていた。
「エテルナ様が不慮の死を遂げ、ヴェルディ王子が行方知れずとなった痛ましい事件は、この者達が一部始終を知っております。」
ヘーゼルは、居並ぶ家臣たちの前で、静かに、しかし確信に満ちた声でそう語り始めた。その言葉を聞きつけ、皇帝リッテンハイマーも険しい表情でその場に現れた。
「早くその者達に話させるんだ!」皇帝は、焦燥の色を滲ませた声で命じた。
宮廷司祭ヘーゼルは、恭しく皇帝に頭を下げ、「畏まりました。では、その者達をこちらへ。」と衛兵に合図を送った。
衛兵に促され、鎖に繋がれた兵士一名と侍女サーシャが、皆の前に引き出された。サーシャは、見るからに粗末で、まるで娼婦のようなけばけばしい身なりをしており、とても皇妃の侍女だったとは思えないほどだった。その姿は、居並ぶ廷臣たちの間で囁きと訝しみの視線を集めた。
皇帝は、その異様な姿に眉をひそめ、「何故、侍女があのようなふしだらな格好をしておるのだ?」と不快感を露わにした。
ヘーゼルは、落ち着いた口調で答えた。「はい、皇帝陛下。それは、この者達の口から直接お聞きいただくのがよろしいかと存じます。」
皇帝は、繋がれた二人に鋭い視線を向け、「お前達は、亡き第二夫人エテルナが何故あのように悲惨な死を遂げたのか、そしてヴェルディ王子がどこへ消えたのかを知っておると聞いておる。余に詳しく話してみせよ。」と厳かに命じた。
すると、先に口を開いたのは兵士の方だった。彼は、怯えたような目で皇帝を見上げながら言った。「は、はい、皇帝陛下。実はずいぶん前に、エテルナ第二夫人様にお呼び出しを受け、あの部屋へ参りました。」
「それで、一体何をしに行ったのだ?」皇帝は、苛立ちを隠せない声で問い詰めた。
「は、はい……実は、私はエテルナ様と、こちらにおられる侍女……お二人と、その……乱交をしておりました。」兵士は、顔を赤らめ、言葉を濁しながら衝撃的な証言をした。
「何だと!何を言っておるのだ、この男は!」皇帝は、驚愕の表情を露わにし、言葉を失ってしまった。居並ぶ廷臣たちも、信じられないといった様子でざわめき始めた。宮廷司祭ヘーゼルは、事態を掌握するように、今度は侍女サーシャに話をするよう促した。
サーシャは、目に涙を浮かべ、震える声で言った。「皇帝陛下……この兵士様の仰ることは、全て真実なのです。実はエテルナ様は、人並み外れたsex好きで、毎日のようにそのような行為をされておりました。それはご自身お一人では飽き足らず、私たち侍女にも無理やり加わるよう要求なされ、お断りすると、皇帝陛下に告げ口すると脅されました。私には幼い子供がおります。エテルナ様は、その子供たちに危害を加えるとまで仰せになったのです。ですから、私は逆らうことができず、嫌々ながらもエテルナ様のお相手をせざるを得ませんでした。」
驚くべき内容の話と共に、タイミングを見計らったように、複数の衛兵が運び込んできたのは、見るからに異様な形状をした大人の玩具の数々だった。それらは皆の前に晒され、嫌悪感と驚愕の表情が広がった。
皇帝は、それらを見るなり顔をしかめ、「もう良い!そのような話は聞くに堪えぬわ!女は許そう。ただし、二度と宮殿に入れるな!男は殺せ!仮にも皇帝の妃に手を付けたのだからな!」と激昂し、怒りの形相で足早に私室へと戻って行った。皇帝は、ヘーゼルの提供する情報と信仰に深く依存しており、その判断力を完全に奪われていたのだ。
後に残された廷臣たちは、皇帝の突然の裁定に戸惑いながらも、三つほどの派閥に分かれ、互いに顔を見合わせ、あれこれと話し合っていた。
そのうちの一つの派閥では、第二夫人エテルナのことをよく知る者が、信じられないといった表情で言った。「ありえん!エテルナ様に限って、そんな馬鹿なことをするはずがない!恐らく、これはヘーゼルの陰謀だろう!このままでは、皇帝の権力もグラティア教に奪われてしまうぞ!何とか手を打たねば!」
別の派閥の者は、深刻な表情で頷いた。「そんなことは皆、薄々気づいている。知らぬのは、あの御方だけだ。それよりも、皇帝陛下の一番の親友だったエテルナ様の兄、帝国第一軍を率いるサーヴアント将軍も行方不明になったそうだぞ。」
「不味いぞ!サーヴアント将軍がいなくなれば、皇帝陛下を支えていた強力な軍事力も大きく低下してしまう。ヘーゼルがその空白を利用して勢力を拡大するのは目に見えている。」
さらに別の派閥からは、焦りの声が上がった。「益々、グラティア教の地位が向上してしまい、我々だけではもう抑えきれなくなってしまうぞ!」
宮廷内には、不安と焦燥感が渦巻き、それぞれの思惑が交錯していた。
その頃、ヴェルディを連れた馬に乗る一行は、夜の闇に紛れ、帝国首都『スタンハーペン』を後にしていた。馬蹄の音だけが静寂を破り、彼らはひたすら南西へと駆けていた。幼いヴェルディは、叔父であるサーヴアントの背中にしがみつき、馬の揺れと暗闇に耐えていた。時折聞こえる獣の鳴き声にびくりと体を震わせるが、サーヴアントの背中の温もりだけが、彼の唯一の心の支えだった。
目指すは、千キロ以上離れた場所にある小国ロナ。帝国西側の海岸線を延々と南下した先に位置するこの国は、小さいながらも未だ帝国の支配下にはなく、グラティア教の布教も許可していないと聞いていた。サーヴアントは、わずかな希望を託し、ロナを目指していたのだ。疲労の色が見え始めた兵士たちと、不安げな表情を隠せないヴェルディを気遣いながら、サーヴアントは静かに馬を進めてた。
そんな行軍の最中、夜が明け、一行が短い休憩を取っていた時だった。兵士の一人、屈強な体格のスタリオンが、サーヴアントに疑問を投げかけた。「サーヴアント様、何故、帝国第二の都市パルナスに寄らないのですか?あそこにいる第一軍の者たちなら、きっと手助けしてくれるはずです?」
サーヴアントは、険しい表情で首を横に振った。「ダメだ、スタリオン。あそこは既に見張られている可能性が高い。それに、第一軍の者たちを巻き込めば、その家族の身も危険に晒される。今は、お前たちだけが頼りなのだ。」
スタリオンは、サーヴアントの言葉に深く頷いた。独り身である自分たちが、こうして将軍の逃亡に加わることを許されたのは、家族への危険を考慮してのことだったのだと思い出した。「そうでしたね、私達全員が独り身でした。勿論、サーヴアント様も含めて。」スタリオンの言葉に、他の兵士たちも静かに頷き、覚悟を新たにする。
それから三日、七日と、一行は順調に南下を続けてきた。昼は人目を避け、夜は星明かりを頼りに進む過酷な行軍だったが、皆、ヴェルディを守るという強い意志で耐え忍んでいた。
しかし、9日目の夜、野営をしている時にそれは起こった。川の畔で焚火を囲み、束の間の休息を取っていたサーヴアントの兵士たちを、背後から忍び寄る影が捉えた。十六名、いずれも旅慣れた冒険者のような風貌の者たちが、静かに、しかし着実に包囲を狭めてきていたのだ。
サーヴアントの部隊で副長を務めるラジェットが、いち早く迫り来る者の存在に気づき、低い声でサーヴアントに知らせた。「サーヴアント様、敵です!」
サーヴアントは、静かに、しかし鋭い眼光で周囲を警戒しながら、「皆、起きろ。敵さんが来たようだ。」と命じた。その声は大きくはなかったが、長年の訓練を受けた兵士たちは、瞬時に飛び起き、手慣れた様子で剣と盾を装備した。彼らの動きは無駄がなく、高い練度を示していた。
サーヴアントは、不安げな表情を浮かべるヴェルディに優しく語りかけ。「ヴェルディ様、何があっても決して声を出してはいけません。」そう言い聞かせると、人差し指を立てて口元に当て、「し~」と静かにするよう促した。ヴェルディは、恐怖で体を震わせながらも、サーヴァントの言葉に従い、小さく頷く。サーヴアントは、ヴェルディを近くの茂みにそっと隠し。そして自身も、静かに剣を抜き、臨戦態勢に入った。
「いっちょやってやるか。」サーヴアントは、覚悟を決めたように呟き、迫り来る者たちに鋭い視線を向けた。そして、先手を取るべく、躊躇なく剣を抜き、最初に近づいてきた者たちに斬りかかる。
三名を斬り伏せたところで、追っ手のリーダーと思われる男が、片手を上げて「待て!」と叫んだ。その男は、見覚えのある顔だ。その男は帝国首都憲兵副長ゲルニカだったのだ。「話がしたい」とゲルニカは言ってきたが、サーヴアントは冷酷に部下たちに命じる。「全員殺せ!」
「ここで一人でも生かせば、後々我らはそいつらに殺されることになる。慈悲は無用だ!一人も生かすな!」サーヴアントの命令は、冷徹だった。
その命令を聞くと、ゲルニカは薄気味悪い笑みを浮かべ、サーヴアントに対して信じられない言葉を吐き出した。「くくく……お前の妹は、良い体をしてた。」
サーヴアントは、怒りを押し殺し、低い声で問い返した。「なにを言いたい?」
ゲルニカは、さらに下劣な言葉を続けた。「お前の妹は売女だ。たっぷり可愛がってやると、泣きながらおねだりしてきやがったんだぜ。『俺のを入れて下さい』ってなぁ!」
その言葉を聞いた瞬間、サーヴアントの怒りは頂点に達した。彼は、吠えるように叫びながらゲルニカに飛びかかり、一瞬の内にその首を刎ね、落ちた首を蹴とばした。
鮮やかな太刀筋で、ゲルニカは抵抗する間もなく、倒れ、頭は何処かへ飛ばされてしまった。
「しまった……奴を生かしておけば、情報を引き出せたはずなのに……」サーヴアントは、冷静さを取り戻し、自分の衝動的な行動を悔やんだ。
しかし、副長のラジェットは、サーヴアントの肩に手を置き、静かに言った。「仕方ありませんよ、サーヴアント様。エテルナ様のことをあんな風に言われては、私だって首を刎ねたくなりましたよ。」
サーヴアントは、深くため息をつき、「くっ……まんまと奴の策に乗せられたな。」と自嘲気味に呟いた。ゲルニカは、わざと挑発的な言葉を吐き、サーヴアントの冷静さを失わせようとしたのだ。
暫くして、追っ手を一人残らず斬り倒したサーヴアントたちが、ヴェルディの隠れていた茂みの元へと戻ってきた。ヴェルディは、恐怖で顔を青ざめさせていたが、無事だ。
「チクショウ……ダナンの奴が死んだ。」兵士の一人が、肩を落とし、仲間の死を悼んでいる。
サーヴアントは、悲しそうな表情で言う。「ダナンはよくやってくれた。こんな逃亡の途中で、こんな形で死なせてしまったことを、心から詫びよう。」サーヴアントは、部下の死を悼み、せめてもの弔いとして、その場で簡単な墓しか作ってやれないことを詫び、残った部下たちにもう一度問いかけた。
「皆も分かっただろう。第一軍の兵士として戦い、死ねば、名誉も与えられただろう。だが、お前たちはこの逃亡を選び、こんな形で命を落とすことになってしまった。ちゃんとした墓すら作ってやれないかもしれない。こんな危険な逃亡に、お前たちを付き合わせて、本当にすまないと思っている。これから先は、もっと悲惨なことが待っているかもしれない。それでもお前たち、私についてきてくれるか?もし嫌だと言う奴がいたら、構わない。今のうちに抜けても良いと思う。」サーヴアントの言葉は、重く、そして優しかった。彼は、部下たちの忠誠心に感謝しつつも、これからの過酷な道のりを案じていたのだ。
そうサーヴアントが言葉に出したが、皆は顔を見合わせ、すぐに力強く頷いた。「何を言ってんですか、サーヴアント様。俺達はあの時、命の限りあなたに付いて行く事を誓ったんですぜ。」皆、一様にコクリと頷いたのだ。その表情には、迷いは微塵も感じられなかった。
「すまん、恩にきる。」サーヴアントは、一人ひとりの顔を見ながら感謝の言葉を述べ、深々と頭を下げた。皆もまた、静かに頷き返す。彼らは、言葉などなくとも、互いの固い絆を感じていたのだ。
一行は、ダナンを丁寧に埋葬し、敵の死体を茂みに隠すと、再びロナを目指して移動を再開した。夜の闇に紛れ、星明かりだけを頼りに、彼らはひたすら南へと馬を進めている。
それからは、出来るだけ人に会わないよう、人里離れた道を選び、村があれば大きく迂回した。自分たちの通った痕跡を残さないよう、細心の注意を払いながらの行軍だ。その甲斐あってか、敵の襲撃を受けることもなく、一行は小国ロナの国境付近まで辿り着くことができた。しかし、ロナとの国境に築かれた砦は、予想以上に多くの兵士が配置されていた。重厚な石造りの砦は、堅牢そのもので、わずか十名そこらの人数で戦って突破するのは、到底不可能だろうと思われた。さりとて、このままの人数で堂々と砦を通ろうとすれば、不審に思われ、厳しい取り調べを受けることはまず間違いないだろう。
「どうしますか、サーヴアント様。」ラジェットが、不安げな表情で問いかけた。
サーヴアントは、しばらく沈黙し、周囲の状況を慎重に観察した後、決意を固めたように口を開いた。「やむを得ん。私とヴェルディ様、二人だけでまずあの砦を通り抜ける。その後、リッツとブライトの二人が続いて通ってくれ。後の者は、一週間待ってから、二名ずつ時間をずらして通り抜けるんだ。日数はかかるが、他に方法はない。先に通った者は、ロナの港町『ホークテイル』に向かい、毎日、日が暮れたら酒場に行くから、そこで落ち合おう。」
そう取り決め、サーヴアントはヴェルディと共に、身なりを粗末な旅人のように変え、冒険者を装って関門を通ることにした。
先ずはサーヴアントとヴェルディの二人が、馬に乗って砦の門へと近づいた。「ヴェルディ様、あなたの名前は今から『ラバァル』です。良いですか?私はあなたの父だと思ってください。私が父で、名前は『ラバァル』。良いですね?」サーヴアントは、優しく甥に言い聞かせた。ヴェルディは、少し緊張した面持ちで頷く。
サーヴアントは、ヴェルディを馬の後ろに乗せ、砦の門の前に到着すると、馬から降り、門番に向かって開門して欲しいと大声で叫んだ。「頼む!息子と二人、ロナに入れて欲しい!通行料は支払う!」
そう叫ぶと、門の上の弓矢塔から、武装した兵士が顔を出し、警戒した声で問いかけてきた。「お前達は何処から来た?何者だ?」
サーヴアントは、落ち着いた声で答えた。「見ての通り、息子と二人で旅をしている者だ。この子の母が 病気で 亡くなったため、二人で旅をして、悲しみを忘れようとしている。」
そんなやり取りをしていると、重い門がゆっくりと開き始めた。門が開くと、門番の兵士がぶっきらぼうに言った。「良し、お前、通行料を支払ってから、子供とその馬を通せ。」
許可が下りたので、サーヴアントは門の中へと入り、一人分の通行料を支払った。ヴェルディを乗せた馬も、無事に門を通り抜け、ロナ王国へと入国することができた。振り返ると、砦の兵士たちは、彼らに興味を示すことなく、持ち場に戻っていくのが見えた。
砦を通り抜けてしまえば、後は何事もなく、二人は3日間かけて港町ホークテイルに到着した。そこで、先に決めた通り、仲間たちを待つことになった。
日数をかけたためだろう、何とか無事に残りの九名の仲間たちも、数週間かけてロナ国境を通り抜けることに成功し、逃亡してから一ヶ月が経った頃、ようやく港町ホークテイルの、とある寂れた酒場に全員が再会することができた。酒場の隅の席に集まった彼らの顔には、長旅の疲れと、ようやく辿り着いた安堵の色が浮かんでいた。
今のところ、追っ手は現れていない。しかし、いつこの地に嗅ぎ付けてくるかは分からない。サーヴアントは、常に警戒を怠らず、厳しい状況にあることを自覚していた。
唯一の救いは、ロナ王国内ではグラティア教が布教されていないことだった。もし信者がいれば、すぐに情報が漏れ、見つかるのも時間の問題だったはずだ。その点において、サーヴアントはロナ王国に深く感謝していた。
酒場に最後に到着した二人の仲間を、先に着いていた者たちは温かく迎え入れた。全員が無事にこの地に辿り着けたことを祝い、彼らは静かにグラスを掲げ、乾杯した。
「サーヴアント様、これからどうするのですか?」一人の兵士が、今後の計画を尋ねる。
サーヴアントは、皆の顔を見回し、ゆっくりと口を開く。「その事だが、ここから船に乗り、新天地へ向かおうと思っている。」
「新天地と言うのは、噂に聞くマーフル大陸のことですか?」スタリオンが、期待と不安の入り混じった表情で尋ねた。
「そうだ。」サーヴアントは頷いた。「ノース大陸にいては、どこへ行ってもグラティア教の信者共の目を気にしなくてはならない。我々のような十名前後で移動していたら、すぐに居場所を突き止められてしまうだろう。」
「分かりました。それで、旅費はあるのですか?」
「うむ、銀はいくらか持ってきている。それに、船には乗せられないだろうから、馬を売るつもりだ。明日にでも、我々を乗せてくれる船を探しに行こう。今夜はここの酒場でゆっくり休み、ついでに情報も仕入れるんだ。」サーヴアントはそう言うと、皆に銀貨を数枚ずつ配った。
翌日
サーヴアントは、前夜に仕入れた情報を元に、港に停泊している大型船『オーシャンズ号』の船長と航海の交渉を行った。前払いで銀貨を渡し、五日後に出発するその船に、彼らを乗せてもらえることが決まった。
新大陸への切符を手に入れたのだ。それまでは、大人しく目立たずに過ごすことに徹していたのだが、それから三日目のことだった。港の喧騒の中に、明らかにただの旅人ではない、鋭い眼光を放つ者たちが現れたのだ。彼らの腰には、見慣れない形状の武器が携えられており、その様子から、賞金稼ぎではないかと、サーヴアントは警戒心を募らせた。
副長のラジェットが、息を切らせた様子でリッツと共にサーヴアントの部屋へ駆け込んできた。「サーヴアント様、怪しい一団がホークテイルに近づいて来ています!」
リッツ、ジム、ヒュンベルの三名は、ホークテイルへと繋がる主要な道沿いに身を潜め、警戒に当たっていたのだ。追っ手が現れる可能性が最も高い場所に配置されていたリッツからの早急な報告を受け、ラジェットはすぐにサーヴアントに知らせに来た。
「来たか……で、どのような集団だ?」サーヴアントは、身を起こし、鋭い眼光で二人を見据えた。
偵察任務についていたリッツが、息を潜めながら報告する。「賞金稼ぎだと思います。見たところ、黒っぽい革の鎧を身につけた、荒くれ者といった風体の集団です。」
その身なりを聞いたサーヴアントは、確信を持って頷いた。「おそらく、帝国総大司教【ヘーゼル】あたりに雇われたのだろう。」
「どうしますか?」ラジェットが、緊張した面持ちで尋ねた。
サーヴアントは、即座に決断を下した。「すぐにここを嗅ぎ付けるだろう。奴らに先手を打つ。こちらから奴らを襲おう。」
「では、皆に知らせてきます。」ラジェットはそう言うと、リッツと共にサーヴアントの部屋を後にした。
部屋に残されたサーヴアントは、素早く身支度を始めると、ヴェルディを連れて、前夜に情報を仕入れた娼婦の元へと向かった。「良いか、この子を匿っていてくれ。ほら、これは礼だ。」そう言って銀貨を一枚渡すと、「戻ってきたら、また銀貨を一枚渡そう。」と付け加えた。娼婦は、今夜はもう十分な稼ぎを得たと判断して、ヴェルディの手を引き、自分の質素な住処へと連れて行った。ヴェルディは、不安そうな表情でサーヴアントの服の裾を強く握りしめたが、叔父の静かな眼差しに促され、小さな手を離した。
夜の帳が完全に下りた頃、身を隠していたサーヴアントたちは、偵察を続けていたジムとヒュンベルとも無事に合流。彼らは、賞金稼ぎたちが寝ぐらにしていると思われる、街外れの寂れた納屋へと静かに近づいていた。
先導していたリッツが、低い声で囁いた。「サーヴアント様、奴らは中で酒を飲み、女と騒いでいるようです。」
サーヴアントは、冷たい笑みを浮かべた。「うむ、娼婦から情報を得ようとしているな。我々がここにいることも、時間の問題でバレるだろう。出入り口を完全に封鎖する。やるぞ。」皆は、サーヴアントの言葉に無言で頷き、戦闘の準備に入った。
賞金稼ぎたちが酒盛りをしている場所は、古びた空き納屋だった。サーヴアントは、大胆にも酒樽を担ぎ上げ、正面の入口から堂々と足を踏み入れたのだ。
突然の訪問者だったが酒樽を担いでいるのが分かると、警備に回された居た者は、「入れ」と通し、問題なく中に入れた、中に入ると、酒盛りをしていた賞金稼ぎの一人も酒樽を見て、「良し、そこに置いておけ。」と声をかける。サーヴアントは、言われた通りに酒樽を地面に置くと、油断している賞金稼ぎのリーダー格と思われる男に素早く近づき、隠し持っていたショートソードの切っ先を、躊躇なくその首筋に突き刺した。
「きゃ~~!」悲鳴が上がり、同時に周囲の賞金稼ぎたちが状況を理解し、騒ぎ始めた。「何しやがる!」
「きゃ~~~!」女たちは、恐怖に駆られ、納屋の外へと我先にと逃げ出した。その混乱に乗じて、サーヴアントは手際よく賞金稼ぎの体に剣を突き刺して回る。
突然の出来事に、賞金稼ぎたちは慌てて武器を手に取り、反撃しようとしたが、その時すでに、外で待機していたサーヴアントの部下たちが納屋に突入し、四方から襲い掛かっていた。抵抗むなしく、男たちは次々と倒れていった。瞬く間の出来事だ。勢いがあった十八名の賞金稼ぎの一団は、酒盛りを襲われ、一人残らず命を落とした。
激しい戦闘の後、静寂が戻った納屋の中で、ラジェットが心配そうにサーヴアントに問いかけた。「しかし、どうしますか、サーヴアント様。これほどの騒ぎになれば、ロナ王国の衛兵たちがすぐにやって来ますよ。この情報が帝国側に伝わるのも時間の問題です。」
サーヴアントは、冷静に答える。「だからこそ急ぐのだ。取り合えず、死体を片付けよう。見つからないように、奥の物置にでも隠すんだ。」
「逃げた女たちはどうしますか?」
サーヴアントは、一瞬考えたが、「放っておけ。ただの娼婦たちだ。わざわざ厄介ごとに巻き込まれるようなことはしないだろう。」そう言い、手際よく死体を隠すと、一行は元の宿へと静かに戻った。
翌日
サーヴアントは、約束通り娼婦の元へヴェルディを迎えに行った。ヴェルディは、サーヴァントの姿を見るなり、駆け寄ってその足に強く抱きついた。少し疲れた様子だったが、無事に叔父の元に戻れたことに心から安堵した表情を見せた。
ようやく、船の出航の日がやって来たのだ。サーヴアントたちは、全員で荷物をまとめ、予約していた大型船『オーシャンズ号』へと乗り込む。
出航予定時刻から一時間後、無事に船は港を離れた。ゆっくりと動き出す船を見送りながら、サーヴアントたちは、ようやく一安心することができ。久しぶりに、揺れる船室で深い眠りにつけたのだ。
サーヴアントは、ヴェルディと二人部屋だった。寝台に横になったヴェルディに、「今はかなり安全だ。ゆっくり寝ていなさい。」と優しく声をかけた。ヴェルディは、昨夜はほとんど眠れなかったのだろう、安心したように目を閉じ、すぐに寝息をかき始めた。サーヴアントは、そんな甥の寝顔をしばらく見つめていた。
(新大陸に着いたとて、グラティア教の影から完全に逃れられる保証はない。ヘーゼルのような男がいる限り、追手はどこまでもやってくるだろう。だが、それでも……今はただ、この子の未来を守らねばならぬ。)
サーヴアントは静かに決意を固め、ゆっくりと目を閉じた。果てしない海原の先にある、まだ見ぬ新天地での戦いを予感しながら。
最後まで読んでくれありがとう、またつづきを見かけたら宜しく。




