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魔導アーマー その5

今回で取り合えずリバンティン公国編は終わりになります。        

                  その26




ロスコフ、アンナ夫人、アルフレンドIII世、そしてルクトベルク公爵は、先ほどの二連勝の興奮冷めやらぬまま、和やかな雰囲気で言葉を交わしていた。王は上機嫌でロスコフの功績を称え、ルクトベルク公爵も満足げに頷いている。しかし、その歓談の輪から少し離れた闘技場の方では、予期せぬ問題が発生していた。


何が起こったかと言うと、次の第三試合に登場するはずだった、巨大なジャイアントスネークが、なんと最後に控えていたコングチャンピオンによって、無残にも殺されてしまったのだ。先ほどから、闘技場の一角で賓客たちが騒がしくしていたのは、どうやらこの予期せぬ事態が原因だったらしい。屈強な檻に閉じ込められていたコングチャンピオンが、何らかの手段で本来開くはずのないゲートを強引に開けてしまい、隣の区画にいたジャイアントスネークの方へと侵入してしまったのだ。自身に向かって来た巨大な影に対し、コングチャンピオンが即座に反応、攻撃を仕掛けたてしまい、ジャイアントスネークは、為す術もなく引き裂かれてしまったという。


第三試合に臨むはずだった騎士マルコは、控室でこの衝撃的な知らせを受けると、見るからに意気消沈して魔導アーマーの肩を落としているのが見られた。装着中の魔導アーマーの中、誰にも、何も言えない行き場のない怒りと悔しさをどこにぶつければ良いのか分からず、ただ茫然自失とするばかりになっていた。


先ほど、見事な勝利を収めたばかりのクーガーは、その様子を遠巻きに見ながら、どこか他人事のように呟いた。「こりゃあ、仕方ねぇよ。トリは最初から隊長って決まってたんだからさぁ。」第一試合で見事勝利を飾ったケルギギスも、「本当についてねぇな、マルコの奴。まあ、ほっときゃあすぐに立ち直るって。」と、既に満足した戦いを終えた自分には関係ないとばかりに、同情の色も見せず、運に見放された男をあっさりと切り捨てている。


そして、隊長のゲーリックも、マルコの落胆した様子を一瞥すると、「悪いな、マルコ。今回は、俺にとって新たな門出となる、非常に重要な一戦なんだ。この戦いは、誰にも譲ることはできない。」そう呟くと、今はマルコに気を取られている暇はないとばかりに、早々に試合前の最終準備を行う隔離場所へと、向かったのだ。そして、静かに戦いの準備が整うのを待つことに……ゲーリックは、固く目を閉じ、闘技場のゲートが開く、その瞬間を待ちわびていた。


マスターナイトのゲーリックが装着する、漆黒の魔導アーマーの対戦相手は、先ほど、屈強なA⁺ランクのジャイアントスネークを、いとも容易く引き千切り、惨殺した、恐るべきコングチャンピオンだ。この猛獣は、他の獣とは一線を画す、非常に高い知能を持ち、そしてその力もまた、桁違いに強いという。巨木のような太い腕と強靭な牙を持ち、立ち上がるとその体長はゆうに5メートルを超え、体重も2トンにまで達すると言われている。圧倒的な力と、獲物を狩るための狡猾な知能、その二つを併せ持つコングチャンピオンは、これまで闘技場に現れたどの猛獣よりも、はるかに高い危険度を持つ、まさに最強の猛獣だと言えよう。


今回、あのコングチャンピオンが、一体どういう経緯で捕らえられ、この闘技場へと運ばれてきたのかと言うと、遥か北方、強大なロマノス帝国に本拠を置く、悪名高き総合奴隷商フェドゥスサンギニスから、リバンティン公国の王の名において、特別に高額で買い取られたモンスターだったのだ。


(この総合奴隷商フェドゥスサンギニスが取り扱う奴隷は、知られている限りでは、人間、動物、猛獣、魔獣、そしてなんと下級や中級の悪魔にまで及び、その範囲は驚くほど広い。強力な個体まで取り扱う、まさに得体の知れない巨大な奴隷商となっている。)


「うわっ、今度はコングチャンピオンを出して来たぞ!先ほど、あの恐ろしいジャイアントスネークを引き千切りやがった、あの化け物だ!あれは、冒険者ギルドでもランクA⁺⁺に指定されている、正真正銘の“災獣級”の猛獣で、バランスの取れた熟練の18名からなるアライアンスを組んだAランクパーティーですら、辛勝するかどうかの相手だぞ!魔導アーマーを装備しているからと言って、本当にたった一人で戦わせるつもりなのか!」


観客席からは、不安と驚愕が入り混じった囁きが漏れ聞こえてきた。それを聞いたロスコフは、眉をひそめ、何かを決意したように声を上げた。「あ~、ちょっと待ってください!その試合!」突然、ロスコフが進行を制止したのだ。「どうしたのだ、ロスコフ侯爵?」アルフレンドIII世は、予期せぬ中断に、訝しげな表情で理由を尋ねた。「はい陛下。コングチャンピオンは、今までの対戦相手とは全く違い、通常ならば15名ものAランク冒険者が、万全のアライアンスを組み、死力を尽くしてようやく倒せるかどうか、というほどの強敵だと言っております。そこで、実は、先ほどの騒動で、予定していた対戦相手だったジャイアントスネークを殺されてしまい、出番を失ってしまった、少々暇を持て余している者が一人いるのですが。」


「それで?」「陛下ならば、必死で戦う仲間がいるのに、その横で、まるで他人事のように暇そうにしている者がいれば、どうなさいますか?」「そんなもの、お前も共に戦えと言うに決まっておろう!」王は、即座に答えた。「その通りです。ですので、私も、今、暇そうにしているマルコの魔導アーマーを、この戦いに参戦させようと思うのですが。」ロスコフは、にやりと笑って言った。「なるほど、まあ、余は構わんと思うが、賓客たちは何と言うだろうか?」陛下がそう言うと、ロスコフは観客席に向き直り、手を広げて言った。


「皆さん!陛下の許可も下りました!相手を殺され、不運にも出番を失ってしまった、哀れな、あの魔導アーマーの使い手にも、せめて見せ場を作ってやりたいと思うのです!コングチャンピオンとの闘いに、彼を参戦させてやっても良いと思いませんか!?」ロスコフの言葉に、観客席からは様々な声が上がった。「わしは構わんぞ!」「私も良いと思います!自分の相手を殺されてしまったんだから、仇を討ちたい気持ちはよく分かる!」「これまで、この日のために必死に準備してきたのだろう。出番が欲しいという気持ちは、痛いほど分かるわ!」等々、マルコの参戦を是とする意見が多数寄せられ、彼は多くの観客に後押しされる形となった。それを涙目でずっと聞いていたマルコは、感動に声を震わせながら呟く。


「うう……皆さん!このマルコ、精一杯、あのコングチャンピオンと戦ってご覧に入れましょう!」そんなイメージになる様、魔導アーマーで泣いてる素振りを作り出し観客にアピール。


バチバチッ!パチパチパチ……パチパチパチ……闘技場の観覧席からは、割れんばかりの拍手が沸き起こり、賓客たちもマルコの参戦を全面的に許可したとみなされた。ロスコフは、その熱気に乗じて、すかさず叫んだ。「よし!行け、マルコ!」ロスコフの指示が飛ぶと、マルコはまるで背中に翼が生えたかのように、感激しながら、既に闘技場入り口の個室で待機しているゲーリックの元へと、急ぎ足で向かった。ゲーリックが待つ、ゲート前の薄暗い個室にマルコの魔導アーマーが飛び込んで来ると、ゲーリックは、静かに、腕を上げ、魔導アーマーの目で睨みつけた。


「マルコ、コングチャンピオンは、今までの相手とは比較にならんほど手強い相手だ。決して油断するな。」マルコには隊長の思いがこんな風に伝わっていた。


「はい、隊長!」マルコは、そう決意、魔導アーマーの頭を縦に動かす。


そして、最後の最も激しいだろう戦いが始まる。ガラン……重々しい鉄製の扉が開くと同時に、漆黒の魔導アーマーに身を包んだゲーリックが、闘技場へと飛び出した。遅れることなく、マルコの装着した魔導アーマーも、後に続いて飛び出した。二体の魔導アーマーは、ゆっくりと闘技場の中央付近まで移動すると、そこで静かに立ち止まった。ゲーリックの魔導アーマーは、背中に装備されている巨大な両手剣にゆっくりと手を掛け、刃先を正面に向け、戦闘態勢に入った。「来るぞ、マルコ。」ゲーリックは、静かに呟く。マルコも、しっかりと前を見据え、闘志を燃やしていた。それまで、その巨体を揺らしながら、のそのそと二体に接近してきていたコングチャンピオンが、突然、その動きを大きく変えた!信じられないほどの俊敏さで、トリッキーなフットワークを効かせながら横に動き、次の瞬間には、狙いを定めたように、マルコに向かって猛然とアタックを仕掛けてきた!


その巨体を、信じられないほどの俊敏さで翻し、マルコの魔導アーマー目掛けて、渾身の力を込めたジャンピングパンチを繰り出して来たのだ!風を切るような音と共に迫る拳を、マルコは辛うじて回避する。その勢いのまま、コングチャンピオンの太い腕を掴むと、体勢を崩しながらも、鍛えられた技術で一本背負いの形に持ち込み、巨体を地面に叩きつけようと力を込めた。「おりゃあ~ッ!」上手く体を入れると、コングチャンピオンの巨体がマルコの背に乗る状態へと移行、マルコは、捕らえたコングチャンピオンの腕を、渾身の力を込めて引っ張り上げ、一気に投げ飛ばそうとした。「良しっ!」完全に一本背負いが決まったかに見えたその瞬間、コングチャンピオンは、空中で信じられないほどの柔軟性で身体に強烈なひねりを加えた!すると、魔導アーマーの両手でしっかりと掴んでいたはずのコングチャンピオンの腕が、けた外れの力技と巧妙な捻りのコンビネーションによって、マルコの拘束から容易く外れてしまった。


「なっ!」マルコが驚愕の声を上げる間もなく、コングチャンピオンは、さらに空中で一回転しながら、まるで猫のようにスタッと身軽に着地する。ズドンッ!と、地面を揺るがすような重い着地音。だが、今回は一人で戦っているわけではなかった!間髪入れずに、ゲーリックの操縦する魔導アーマーが、コングチャンピオンの着地地点目掛けて、巨大な両手剣を容赦なく振り下ろしたのだ。「ぬぉぉぉ……ッ!」ゲーリックは魔導アーマーの中で吠えた。


「マルコ、次ッ!」ゲーリックは、着地の体勢を立て直す間もなく、マルコに指示しようとする。しかし、この魔導アーマーには通信手段がなく、ただ願うだけとなる。だが、その祈りは不要だった。ゲーリックが剣を振り下ろした後の、あの独特の踏み込み。それは幾度となく繰り返した模擬戦で、マルコに叩き込まれた追撃開始の無言の合図!二人の間には、言葉を超える信頼と練度が確かに存在した。


間髪入れずに振り下ろされた、巨大な両手剣の斬撃。しかし、コングチャンピオンは、常人には到底不可能な、恐るべき反応速度を見せ、前面に滑るように一回転する動きで、振り下ろされた大きな両手剣の攻撃を、寸前のところで鮮やかに躱してしまった!その信じられない光景を見ていたロスコフも、思わず声を上げた。「嘘だろ!?あれを回避するのか!」だが、辛うじて回避したかに見えたコングチャンピオンの、巨大な尻から、どろりとした多量の鮮血が、流れ落ち始めたのだ。「あっ、血が流れてるぞ!」観客席の中から、コングチャンピオンの尻から流れ出る多量の血を見つけた者が、そう叫ぶと、会場中の視線が一斉に、その一点へと向けられた……尻から流れ出る血の量は、かなりの量でていた、「少しは、かすっていたか……。」そう呟くゲーリックは、冷静だった。しかし、マスターナイトのゲーリックは、これで終わりにするほど甘くはなかった。


彼は、既に次の攻撃を仕掛けていたのだ!それも、マルコにもいつの間にか手振りで指示を出しており、二体同時に、怒涛の追撃を仕掛けたのだ。(見ていろ、クーガー、ケルギギス…!そしてロスコフ様、この好機、必ずものにしてみせます!)一本背負いを失敗したマルコは、今度はゲーリックと同じく、背中に装備していた大きな両手剣を抜き放ち、切っ先を前に突き出すと、尻から鮮血を滴らせているコングチャンピオン目掛けて、一直線に突撃していった!ゲーリックの巨大な両手剣の攻撃を、辛うじて身を翻してかわし、体勢を立て直そうと回転して立ったその瞬間、今度は、マルコが巨大な両手剣を、まるで巨大な槍のように前に突き出し、猛スピードで突っ込んできた!休む間もない怒涛の連続攻撃に、流石のコングチャンピオンも、今度は完全に回避することができなかった!


「おりゃぁぁ~ッ!」マルコの突き出した大きな両手剣が、コングチャンピオンの巨大な横腹に深々と突き刺さると、まるで熱いナイフでバターを切るかのように、一気に腹をブチ破り、反対側から、血に濡れた大両手剣の鋭い剣先が、グロテスクな音と共に顔を出したのだ!さらに、マルコが渾身の力を込めて手を捻ると、大両手剣は、内臓を掻き回すように、無慈悲な角度へと向きを変えた。横っ腹を深々と突き刺され、さらに抉られたコングチャンピオンは、激痛に耐えかね、その大きな目からも血の涙を流し、怒りのパワーを全開にして、この耐え難い苦痛を消し去ろうとする。


「ごあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」鼓膜が破れるのではないかというほどの、凄まじい咆哮を放つと、次の瞬間、コングチャンピオンは、マルコの魔導アーマーに、まるで子供のおもちゃを掴むかのように、太い腕を回して掴み上げた!そして、信じられないほどの怪力を用い、全長2.3メートル、重量300キログラム近い魔導アーマーを、腹部に突き刺さった大両手剣から強引に引き剥がし、まるでゴミを投げ捨てるかのように、空中に放り投げたのだ。「うぉぉぉ……ッ!」片手で体を掴まれたマルコは、強烈な力で大両手剣から一瞬にして引き剥がされ、そのまま勢いよく投げ飛ばされてしまった!辛うじて受け身を取り、なんとか着地しようと試みたものの、あまりの衝撃と回転の勢いに翻弄され、数度激しく回転してから、ようやく地面に激突寸前で体勢を立て直したのだ。(これで終わりか…?違う!)脳裏に、自分を切り捨てた仲間たちの顔と、再び舞台に上げてくれたロスコフの叫び、そして観客の喝采が蘇る。(まだだ…まだ終われない!この意地、ここで見せなくてどうする!)


その間にも、投げ飛ばされたマルコのことは一瞥もくれず、ゲーリックは、既にコングチャンピオンへの止めの一撃を用意していた。彼の意識は、ただひたすら、巨獣の太く逞しい首に集中していた。


ズドンッ!その瞬間、指定ランクA⁺⁺の猛獣、コングチャンピオンの首が、ゲーリックの振るう巨大な両手剣によって叩き切られ、重い胴体から完全に切り離されたのだ。しかし、ゲーリックの動きはここで終わらない。彼は、力強く地面を蹴り上げ、空高くジャンプすると、首を刎ねられ、よろめきながらもまだ立っていたコングチャンピオンの巨体を、上段から真っ二つに斬り伏せんと、さらに動き出した。空中で体勢を安定させ、落下する勢いを乗せて、大くな両手剣が上段から振り下ろされたのだ!コングチャンピオンの巨体は、縦に綺麗に真っ二つに分裂すると、そのまま重い音を立てて、左右に分かれて地面へと倒れ伏した。「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!」闘技場を揺るがすような、観客たちの雄叫びが上がった。「真っ二つだ……!」「あの、恐るべきコングチャンピオンを、本当に真っ二つにしてしまったぞぉ……!」その衝撃的な光景を目の当たりにしたマルコは、悔しそうに呟いた。「う~……その役、俺がやりたかったんです、隊長……。」ゲーリックは、マルコの気持ちを汲み取り、振り返ると。「ははは♫ すまんな、マルコ!絶好のチャンスだったんでな!」そんなことを匂わす素振りを見せた。


観覧席から、一連の激闘を見守っていたロスコフは、満足そうに頷いた。「うむ、二人共、よくやってくれた。これだけの実力を見せれば、魔導アーマーの性能にも、皆納得してくれるだろう。」その声を聞いていたアルフレンドIII世も、満面の笑みで答えた。「もちろんだ、ワーレン侯爵!これからも、存分に研究を続けてくれ!」そして、隣に座る『公』ことルクトベルク公爵も、深く頷いた。


大成功となった魔導アーマーのお披露目会だったが、あまりにも強烈な力を持つ魔導アーマーの性能を目の当たりにした賓客たちの中には、これからその価値が倍々ゲームで高まることを瞬時に予見した者たちが、素早く動き出し始めていた。早速、ワーレン侯爵ロスコフの元へと駆け寄り、「どうか、我が家にも魔導アーマーを仕入れさせてほしい!一体、どうすれば手に入れることができるのですか!?」と、一人言い出すと、あっという間にロスコフの周りは、同じような要望を持つ貴族たちに取り囲まれ、「うちにも!」「うちにもぜひ!」と、口々に懇願してきた。「ちょっとお待ちください、皆さん。」ロスコフは、穏やかな口調で彼らを制した。「魔導アーマーは、対ラガン王国軍への、我がリバンティン公国の切り札となる兵器です。当然、最前線に出向き、敵の攻撃を一身に受けるという、重要な役目を果たすことになります。あなた方の兵の中に、その最前線で、命を懸けて戦うという勇気ある騎士がいるのならば、その分の魔導アーマーを手配いたしましょう。」ロスコフがそう言うと、「最前線の兵士用か……」「それならば、『公』が率いる王国軍が最優先だな。」「それなら、仕方ないな。各諸侯の分は、後回しになっても……。」優先順位が明確に示されると、先ほどまで熱心に要望していた貴族たちは、潮が引くように、あっという間にその場を離れていった。


それでも、その場に残っていたのは、西部のリズボン、カール・リッツ、東部のボルドー・バンクシー、そして北部のルシアンといった、各地域を代表する有力な貴族たちだった。


まずは、同じ西部地域に領地を持ち、ワーレン侯爵家と長年にわたり親交の深い、アンドリュー公爵家の現当主、リズボンが歩み寄った。「ロスコフ殿、お久しゅうございます。」彼女は、ロスコフより九歳年上の四十二歳で、女性ながらも、亡き父の後を継ぎ、当主という重責を担っている。「リズボン姉様も、お久しぶりでございます。」ロスコフも、親しみを込めて応じた。「うむ、しかし、この大事な時に、よくぞ完成させてくれた。リバンティン公国公爵家の者として、心より感謝申し上げます。」リズボンは、深々と頭を下げた。


続いて、同じく西部の盟友、リッツ侯爵家の現当主、カール・リッツ侯爵(三十九歳)が力強く握手を求めてきた。「ロスコフ・ワーレン侯爵、見事な手並みでしたな!しかし、魔導アーマーとは、大変な代物をお作りになられた。」「これはカール様、ご無沙汰しております。」長年の盟友との再会に、ロスコフも自然と笑みがこぼれる。


そして、東部地域の有力貴族、バンクシー公爵家の現当主、ボルドー・バンクシー公爵が丁寧に挨拶してきた。「お初にお目にかかります、ワーレン侯爵。素晴らしい戦闘能力を有した大きな鎧をお作りになられましたな。」ロスコフも、その申し出に応じ、握手を交わした。バンクシー公爵家といえば、かつてアンナを巡り、当時三男だったチャールズという男が騒動を起こしたことを思い出す。「ありがとうございます、ボルドー・バンクシー公爵。バンクシー家といえば、チャールズ様は今はどうされておりますか?」「奴なら、もうバンクシー家から勘当されました。今は、どこで何をしているのかさえ、私も分かりません。」その言葉に、ロスコフは頷いた。「そうですか。ならば、過去の遺恨はもはや存在しない。東部地域の安定のため、今後ともよろしく頼みます。」「こちらこそ、ワーレン侯爵。」この短いやり取りで、ロスコフは東部の有力者との新たな関係の礎を築いた。


この後、ロスコフは、アルフレンドIII世やルクトベルク公爵とは別に、残った各諸侯たちと個別に話をし、細部にわたる外交交渉を行った。各諸侯も、この革新的な兵器を他諸侯に先駆けて手に入れたいという強い思いがあり、ロスコフに対する態度は急速に軟化していった。そして、ラガン王国との本格的な戦争が始まった際には、自らの領地の兵を、最前線での戦いに参加する王国軍に所属させるという同意書を書かせ、それに署名した人数分の魔導アーマーを、完成次第融通するという契約を、諸侯たちと個別に交わしたのだ。


こうして、ロスコフは公的な交渉を全て成功裏に終えた。会場の喧騒が落ち着き始めた頃、彼は妻のアンナと、まだその場に残っていた義弟のルシアン・ハルマッタン伯爵(二十六歳)の元へと向かった。


「良く来てくれた、ルシアン殿。ハルマッタンご夫妻は、息災であられますか?」ロスコフは、温かい笑顔で問いかけた。「はい、おかげさまで、お二人とも元気にしております。」ルシアンは、安堵した表情で答えた。「そうか、それは良かったなぁ、アンナ。」ロスコフは、隣に立つ妻に優しく語りかけた。「そうですね、ロスコフ様。ルシアン、よく来てくれましたね。」アンナも、嬉しそうに微笑んだ。「姉上、こんなにも凄いものをお作りになっていたのですね!」ルシアンは、魔導アーマーに目を輝かせた。「ふふ♫ だって、私の夫なんですよ。」アンナは、屈託のない笑顔でそう答えた。義姉の、人前では見せないような親密な様子に、ルシアンは少し驚いた。「アンナお姉さま、なんだか人が変わられたようですね。」


「えっ、どうして?」アンナは、首を傾げた。「だって、人前でそんなことを言うなんて、まるでリーゼ姉様のよう……」ルシアンが、亡くなった姉の名を口にした瞬間、ロスコフは、ハッとした表情で反応した。「そういえば、リーゼさんはお元気ですか?」ロスコフの問いに、ルシアンは目を丸くした。「えっ、ロスコフ様は、ご存じなかったのですか?」


「知らなかったとは、一体何が?」「リーゼ姉さまは、とっくの昔に亡くなられましたが……?」ルシアンの言葉に、ロスコフは言葉を失った。「な……何だって!?リーゼさんが、亡くなっただと!?」外交での大成功の直後に突きつけられた、全く知らされていなかった私的な悲劇に、彼は愕然とした。そして、隣に立つアンナに、問い詰めるように聞いた。「アンナ、アンナは知っていたのか?」


「はい……。」アンナは、小さく俯き、絞り出すようにそう答えた。


「どうして……なぜ、私に知らせなかったのだ!?ハルマッタン伯爵は、なぜ使いの者を寄越さなかったんだ!」怒りを滲ませた口調で問うロスコフに、アンナは目に涙を浮かべながら答えた。「ごめんなさい、ロスコフ様……あなたにお知らせしなかったのは、私なんです……ロスコフ様を、悲しませたくなかったから……リーゼからも、生前に、ロスコフ様には知らせないでほしいと、頼まれていたので……。」


衝撃的な告白に、ロスコフはしばらくの間、言葉を失っていた。公的な大勝利の日に、彼は最も個人的で、深い悲しみと裏切りを知ることになったのだ。


こうして、アルフレンドIII世主催の魔導アーマーお披露目会は、表向きには大成功のうちに幕を閉じ、これからもロスコフの研究に対する資金提供が、王によって約束されることとなった。しかし、ロスコフの心には、新たな、そして重い影が落とされたのであった。



次回からはラガン王国編になります、また見かけたら宜しくです。  

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