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魔導アーマー その3

前回の続きです。 

              その24




「一体何をしとるのだ、ワーレン侯爵は!」王都アンヘイムの王宮、広大な謁見の間の一室で、焦燥の色を隠せない男が苛立ちを露わにしていた。この男こそ、長きに渡り、国王ルマン・アルフレッドIII世と、風変わりな発明侯爵ロスコフ・ワーレンの間で、微妙な調整役を務めてきた、リバンティン公国の行政の頂点に立つ『公』、ホフラン・ルクトベルク公爵、齢五十である。


「来ない……一体どうしたというのだ?まさか今になって、あの自信たっぷりの様子は一体何だったのだ?本当に完成できていないなどと言うのではあるまいな?」ルクトベルク公爵は、不安げな表情で、何度も扉の方を見やった。


『公』の右腕であり、冷静沈着な評議会副委員長のアルフレンドは、心配の色を濃くするルクトベルク公爵に対し、落ち着いた声で言った。「先程、念のため、使いの者をワーレン侯爵邸へ走らせてございます。もう暫くお待ちください。間もなく、結果が判明するはずです。」


「うむ……しかし、あれほどの自信を見せていたのだがなぁ……。」ルクトベルク公爵は、顎鬚を撫でながら、依然として不安を拭えない様子だ。「取り合えず、今は時間を稼ぐしかないか……。」彼は、重い溜息をついた。


ルクトベルグ公爵は、王への対応のため、王のいる場所へと向かった。豪華絢爛な玉座の間では、やはり国王ルマン・アルフレッドIII世も、まだ姿を見せぬワーレン侯爵に対し、苛立ちを募らせていた。「え~~~い、けしからん!一体どういうことだ!何故、ワーレン侯爵はまだ来ていないのだ!それに、あの期待の魔導アーマーとやらは、一体どこにあるというのだ!?」王は、玉座の肘掛けを強く叩き、怒りを露わにした。


傍に控えていた老練な廷臣が、王の怒りを鎮めるように、控えめに言った。「王よ、ワーレン侯爵は、まだ到着しておりませぬ。しかし、既にお時間でございます。先ほどから、王がお呼びになられた、遠方からの賓客たちが、謁見の間でお待ちになっております。」


「くっ~~……!このルマン・アルフレッドIII世に、世に恥をかかせるつもりなのか、ワーレンめ!」王は、憤慨のあまり、歯噛みした。


謁見の間に到着したルクトベルグ公爵は、既に怒り心頭といった様子の王の姿を見て、声をかけることを躊躇してしまい、結局、適切な言葉を見つけられぬまま、声を掛けそびれてしまった。


その間にも、王宮の大広間では、招待された貴族や高官たちが、固唾を飲んで待っていた。三段高く作られた豪華なステージの中央に、この国の王、『ルマン・アルフレッドIII世』、齢五十六歳が、威厳に満ちた表情でゆっくりと歩み出た。


「皆、本日は、余が主催するこの特別な装備のお披露目会へ、遠方よりよくぞ参集してくれた!」王は、堂々とした声で、集まった者たちを見渡しながら言った。


王の言葉が終わると同時に、会場全体から盛大な拍手が湧き起こった。「パチパチパチパチパチ……パチパチパチパチパチ……」


「うむ、皆、感謝する。それでは、先ず、皆が最も不安に思っておるであろう、南方の大国ラガン王国への対抗策の話から始めようと思う。」王は、力強く頷き、重々しい口調で切り出した。


「おお、素晴らしい!流石は国王陛下!そのお言葉、頼もしい限りですな!きっと、我々が安心できるような、素晴らしい対抗策をお作りになられたのでしょうな!」そう大きな声で期待を表明したのは、最前列の中央に陣取っていた、リバンティン公国に四人しかいない公爵の一人、南部に広大な領地を持つ【トルーマン公爵】だ。彼の領地は、まさにラガン王国と国境を接しており、その脅威を誰よりも肌で感じている。


{リバンティン公国には、王都アンヘイムを中心に、東西南北の四方にそれぞれ広大な領地を持ち、力を持つ公爵が存在している。彼らは、それぞれの領地を統治し、強大な私兵を有しており、王国の重要な決定にも大きな影響力を持っている。}


北部には、古くからの伝統と格式を重んじる【ルクトベルグ公爵】(現在ルクトベルグは『公』の職に就いているためホフランがその領地を守っている)。西部には、温暖な気候と肥沃な大地が広がり、豊かな農産物を産出する【アンドリュー公爵】(同じ西部に領地を持つワーレン家とは、古くからの親交があり、非常に懇意にしている)。東部には、広大な森林地帯と起伏の激しい丘陵地帯を多く抱える【バンクシー公爵】。そして南部には、強大なラガン王国と国境を接し、度重なる侵攻や略奪によって、領民たちが常に危機に晒されている【トルーマン公爵】。


これら四人の強大な公爵の中から、国王の絶対的な信任を得た者が、王国における最高位の官位である『公』の地位に任命され、平時には国王の最も重要な相談役として国政を補佐し、ひとたび戦乱の世となれば、国王の命を受け、全軍の指揮を執る最高司令官、すなわち将軍として軍を率いて戦うという、非常に重要な役割を担うことになる。


「素晴らしい!私も、それを大いに期待して、今日この場にやって来たのですよ、トルーマン公爵!」王の言葉を受け、トルーマン公爵は、さらに声を大きくして応じた。彼の言葉には、ラガン王国の脅威に対する切実な願いと、国王ルマン・アルフレッドIII世への強い期待が、ひしひしと込められていた。


パチパチパチパチパチ ブラボー、 ブラボー♫ 会場のあちこちから、期待と興奮が入り混じった拍手と歓声が上がった。


ステージの中央で、王ルマン・アルフレッドIII世は、内心で冷や汗を流し始めていた。「くっ……トルーマンの奴、余計なことを!」彼は、南方国境の守りの要であるトルーマン公爵の、自信に満ちた言葉に、内心で舌打ちをした。まだ肝心の切り札である魔導アーマーがお目見えしていない現状で、観客の期待だけが先行していくことに、焦りを感じ始めていたのだ。


「まぁ、皆、落ち着いてくれ。」王は、平静を装い、手を軽く上げて観客を静めた。「先ずは、今回開発された各種の装備について説明するとしよう。プレゼンテーションは、こちらの者が務める。」そう言うと、王は、舞台袖へと素早く降り、人目を避けるように後方へと向かった。


王がステージを降りると、入れ替わるように、新しく設計され、丹念に作り上げられた装備品が、次々と会場へと運び込まれ始めた。一つ一つの装備品には、専門の担当者が付き、その特徴や性能を詳細に解説していく。王は、それらのプレゼンテーションを見守るため、後方二階に設けられた貴賓席、ロイヤルボックスへと移動していた。その後ろには、『公』ホフラン・ルクトベルク公爵が、付き従うように控えている。


アルフレンドIII世は、苛立ちを隠せない表情で、『公』に目を留めると、低い声で、しかし抑えきれない怒りを込めて話しかけてきた。「一体どうなっているのだ!何故、ワーレン侯爵はまだ来ない!」


「お待ちください、陛下。」ルクトベルク公爵は、冷や汗を拭いながら、必死に王を宥めようとした。「今、既に使いの者をワーレン侯爵邸へ派遣しております。間もなく、必ずやここにお連れいたしますので、どうか、今しばらくお待ちください。」


「何を今頃言っておるのだ!貴公は今まで、一体何をしていたというのだ!」王は、ルクトベルク公爵の言葉に、さらに語気を強めた。


「ですから、陛下……どうか、今しばらくお待ちいただければ、必ずやワーレン侯爵を、この場にお連れいたしますので……。」ルクトベルク公爵は、頭を下げ、繰り返した。


ロイヤルボックスで、国王と『公』の間でそのようなやり取りが行われているとは露知らず、招待された賓客たちは、取り合えず始まった新型の武器や武具のプレゼンテーションに、興味深そうな視線を送っていた。


最初に披露された装備は、一振りの美しいロングソードだった。プレゼンターの説明によると、そのロングソードは、熟練の鍛冶師が長年の経験と最新の技術を駆使して鍛え上げたもので、従来のロングソードと比較して、凡そ300グラム軽量化され、全長1.0メートル、重さ1.5キログラムに調整されているという。騎士や熟練した戦士であれば、そのわずかな軽量化が、長時間の戦闘においてどれほどの負担軽減に繋がり、結果として戦闘能力の維持に貢献するかを理解できるだろう。しかし、ここに呼ばれた賓客たちの多くは、爵位を持つ貴族ばかりであり、実戦経験のない彼らにとっては、300グラム軽いロングソードが、強大なラガン王国との戦争において、どれほどの決定的な価値を示すのか、今一つピンと来ていない様子だった。


パチパチパチパチパチ……。会場からは、取り合えず及第点といった程度の、控えめな拍手が送られた。


そうして、次々と新しい装備品が紹介されていく。そのほとんどが、国王が密かに諜報機関を使って探し出させ、来るべき対ラガン王国戦に備えるために、ロスコフの魔導アーマー開発と同様に、大くのバックアップ資金を投入して作らせた、秘蔵の品々だった。


そして、次に運び込まれてきた武器は、敵の城壁などを攻略する際に設置して使用する、大型の弩砲バリスタだった。この兵器の最大の特徴は、長さ30センチメートル、幅4センチメートル、重さ150グラムという、巨大な鏃を持つ矢を、なんと8本同時に射出することができるという驚異的な性能だった。


プレゼンターによる興奮気味の説明が終わると、会場のどこからか一人、拍手が起こり始めた。すると、それに釣られるように、あちこちから拍手が沸き起こり、その音は次第に大きくなっていった。「パチパチパチパチパチ……パチパチパチパチパチ……パチパチパチパチパチ……」


「素晴らしい!8本同時に射出するなどとは!これは、まさに対ラガン戦において、非常に頼りになる逸品をお作りになられましたわね!特に攻城戦においては、相当な活躍が期待できそうですわ!」そんな感嘆の言葉を口にしたのは、ワーレン侯爵領と同じく西部地区に広大な領土を持つ、名門アンドリュー公爵家のリズボン当主だった。彼女の言葉は、他の貴族たちの心にも強く響いたようで、観客たちは皆、リズボン・アンドリュー公爵の一言に大きく頷き、惜しみない拍手を送っている。


そんな状況の中、次々と装備品の紹介は進んでいたのだが、プレゼンテーションが開始されてから既に30分以上が経過すると、そろそろと、賓客たちの間から、今回の目玉として事前に情報が流れていた、とっておきの秘密兵器の登場を求める声が上がり始めた。ここでもやはり、南部地区の重鎮である【トルーマン公爵】が、先頭に立って音頭を取ってきた。


「ここまで、様々な装備を見せていただきましたが、いやはや、どれもそれなりには役に立つでしょう。しかし、この程度の備えで、あの強大なラガン王国と戦争をしようなどと考えるのは、少々甘すぎるのではないでしょうか、陛下?」トルーマン公爵は、王ルマン・アルフレッドIII世に向かって、遠慮のない言葉を投げかけた。


彼は、意図的に事前に流された、秘密裏に開発された取って置きの品の話を持ち出したのだ。王室側は、ラガン王国との本格的な戦争が近づきつつあることに不安を抱く、多くの諸侯たちに対し、王室にはその不安を払拭するだけの特別な兵器があると匂わせ、このお披露目会へと誘い込んだ経緯があった。にもかかわらず、実際に披露されたものが、期待していたような驚くべき代物ばかりではないことに、他の諸侯たちも内心で苛立ちを感じ始めていた。トルーマン公爵は、その空気を感じ取り、先手を打って王にプレッシャーをかけたのだろう。「どういうことだ、陛下は臣下に対して過度な期待だけを抱かせ、実際には頼りになるものが何もないとおっしゃるのか?」と、言わんばかりの鋭い視線を王に突き刺した。


「な、何を言っとるんだ、あの男は!」リバンティン公国国王ルマン・アルフレッドIII世は、トルーマン公爵の予想外の言葉に、内心で激しく動揺していた。王としての威厳を保ちながらも、冷や汗が背中を伝うのを感じていた。これは、彼が生涯で初めて経験するかもしれない、大きな政治的危機だった。


その頃、ようやく、アルフレッド王宮の壮麗な建物が、ロスコフたちの乗る馬車の窓から見えてきた。先導しているのは、『公』ホフラン・ルクトベルク公爵の手の者が派遣した、リバンティン公国正騎士【バラン・エスタック男爵】だった。バランは、約束の時間を大幅に過ぎて到着したワーレン侯爵家の一行を見つけると、すぐに合流し、王宮までの道を先導してきたのだ。ロスコフは、揺れる馬車の中で、小さな窓から顔を出し、「悪いね。」と、護衛の騎士たちに軽く詫びを入れると、そのまま王宮へと急いでいた。


そして、いよいよロスコフたちを乗せた馬車の御者が、緊張した面持ちで声を上げた。「侯爵様、まもなく王宮に到着いたします!」


「おお、ようやく着いたか。」ロスコフは、安堵の表情を浮かべると、隣に座るアンナに向かって言った。「アンナ、準備は良いかい?」


「はい、ロスコフ様、いつでも。」アンナは、落ち着いた笑顔で答える。


一方、雰囲気が険悪になりつつある大広間では、出席していた各諸侯たちの間から、不安や不満の声が、小さな波紋のように広がり始めていた。「これでは到底、あの強大なラガン王国に勝つことなど、夢のまた夢だろうな……。」


「そもそも無理な話なのだ。あちらの戦力は、我々の五倍以上はあるというではないか。しかもラガン王国は、戦争をしていない時期の方が珍しいほどの、生粋の戦闘国家なのだ。対してこちらは、本格的な戦争など、五十年以上も行っておらず、戦争経験の乏しい兵士しかいない。負けると分かっている戦争を始めるなど、愚か者のすることだ。」


「このままでは、本当に領地を捨て、家族を守るために他国へ亡命するしか、道は残されていないのか……!」


などなど、悲観的な声は、まるで堰を切ったように溢れ出し、留まることを知らなかった。そして、その怒りの矛先は、期待を持たせながらも、実際には頼りになるものを示せていないアルフレッドIII世へと、徐々に向けられ始めていた。その空気の変化を敏感に察知したアルフレッドIII世は、これ以上の状況悪化を防ぐため、『公』ホフラン・ルクトベルク公爵にこの場を任せ、自身は一旦、この場から退避しようと、密かに動き出し始めていた。


『公』ホフラン・ルクトベルク公爵は、脂汗を滲ませながら、今にも逃げ出さんとする国王陛下に、必死の形相で再び懇願した。「お待ちください、陛下!どうか、私に今一度だけお任せください!私が、必ずやこの場を何とか取り繕ってみせます!」そう言うと、彼は慌てて階段を駆け下り、ステージの方へと全速力で向かった。


ステージに上がった『公』は、集まった各諸侯に向かって、やや息を切らせながら、しかし威厳を保つように努めて言った。「お集まりの皆様、長らくお待たせしており申し訳ございません。皆様が心待ちにしておられる、とっておきの件なのですが……実は、手違いがありまして、到着が少々遅れております。」彼は、冷や汗を拭いながら、言葉を選んで続けた。「取り合えず、それがどのような代物なのかだけ、私からご説明させていただきますので、どうか今しばらくお待ちいただけないでしょうか?皆様、どうか、今暫くだけ、私にお時間をください!」


そう皆に述べると、『公』は、今まで自分が見てきた、まだ全貌は理解しきれていない魔導アーマーのことを、思いつく限りの言葉で話し始めた。「魔導アーマーという、それは驚くべき代物がございます。それは、騎士が普段身につけている甲冑を脱ぎ捨て、まるで巨大な鋼鉄のプレートアーマーの中へと入り込むような、そのような姿をしております。その鋼鉄の鎧は、見た目にも非常に重たいのですが、かの天才、ワーレン侯爵の手によって、中の者が信じられないほど軽く、そして素早く動かせるように作られているのです。」


『公』の説明が終わるか否かのうちに、最前列のトルーマン公爵が、鋭い眼光を『公』に向けながら、容赦なく質問を投げかけた。「『公』がおっしゃるように、見た目にも重そうなアーマーが、果たして本当に、言葉で言うほど軽く動かせるものなのですかな?そのような奇妙な話、到底信じられませんが。」


『公』は、少し言葉に詰まりながらも、知っている限りの情報を伝えようとした。「それはだな……実は、その驚くべき軽さの秘密は、特殊な魔昌石にあると聞いております。」


「魔昌石だって!」トルーマン公爵は、訝しむように眉をひそめた。「一体、魔昌石にどのような力があるというのですかな?」


「うむ、そうだ。」『公』は、自信なさげに頷いた。


『公』の説明に全く納得がいかないトルーマン公爵は、さらに追及の手を緩めなかった。「話になりませんな、『ルクトベルク公爵』。魔昌石で一体何ができるというのですかな?第一、仮に魔昌石で何らかの力が発揮できるとしましょう。しかし、それはマナを自在に操れる魔導士の場合にのみ、その可能性があるのではありませんか?魔術の才能を持たない、我々のような普通の騎士が、その魔導アーマーとやらを着けたとして、果たして本当に軽く動かせるものなのでしょうか?」


そのように、核心を突かない空虚な議論が展開され、【トルーマン公爵】の鋭い指摘に、『公』は完全に防戦一方となり始めた。おかしな矛盾点を次々と追及され、その度に言葉に詰まり、上手く説明できない状態へと追い込まれてしまったのだ。詳しい原理や仕組みを完全に理解していなかった『公』は、もはや言葉が見つからず、完全に沈黙してしまった。


「ほうら、ごらんなさい、諸侯の皆様。」トルーマン公爵は、勝ち誇ったように周囲を見渡しながら言った。「『公』でさえ、その仕組みをまともに説明できないではありませんか。言葉だけの説明では、到底信じることはできませんな。」会場には、重苦しい沈黙が広がった。


その時、待ちに待った声が、広間に響き渡った。「『公』!大変です!ロスコフ・ワーレン侯爵様が、ただ今、お越しになられました!」


「なにっ!やっと来てくれたか!」絶体絶命のピンチを脱した『公』は、安堵の表情を浮かべ、ようやく息を吹き返す。


「ロスコフ・ワーレンだと!」トルーマン公爵は、その名を聞き、初めてその姿を見ようと、入り口の方へと視線を向けた。そして、ロスコフのすぐ隣を歩く、一人の美しい女性の姿に、目を奪われたのだ!


ロスコフと、その妻であるアンナ夫人は、周囲の喧騒とは無関係であるかのように、ゆったりとした足取りで、『公』の方へと歩いてくる。その様子を間近で見たトルーマン公爵は、思わず息を呑んだ。「何と……美しい……。」彼は、まるで幻を見たかのように、その美貌に見惚れていた。


トルーマン公爵は、近くに控えていた従者に、あれは一体誰なのかと、小声で尋ねた。一番近くにいた、小柄なバイエルン子爵が、にこやかに答える。「トルーマン公爵はご存知なかったのですか?あれは、ロスコフ・ワーレン侯爵の奥方、アンナ夫人ですよ。」


「アンナ……。」トルーマン公爵は、その美しい響きの名前を、まるで味わうように呟いた。


「アンナ夫人にご興味をお持ちになられたのでございますか?」バイエルン子爵は、トルーマン公爵の様子を面白そうに観察しながら、問いかけた。


「ああ、実に美しい女だ。」トルーマン公爵は、率直に認め、その美貌を称賛した。


「ええ、しかし……実は、アンナ夫人には、魔性の女との噂もございますよ。」バイエルン子爵は、少し声を潜めて、そう囁いた。


「魔性の女とな?」トルーマン公爵は、興味深そうに眉を上げた。


「はい、まだ侯爵がお若く、お二人がご結婚される前の話でのことですが……。」バイエルン子爵は、意味深な笑みを浮かべながら、過去の噂話を語り始めた。


「神聖モナーク王国の現国王『パットン王』や、当時はまだそれほど世に知られていなかった、『剣聖ミカエル』とアンナ夫人を競い合い、見事勝利を収められたと聞いております。」バイエルン子爵は、さらに詳しくアンナ夫人の過去について語り始めた。「そして、ハルマッタン伯爵家のご令嬢であったアンナ夫人を、その才知で魅了し、ご自身の夫人となさったとの事です。」


バイエルン子爵は、声を潜めて続けた。「そして、その勝負に敗れた剣聖ミカエル殿は、大勢の前でアンナ夫人のことを『悪魔のような女だ』とまで言い放ったとか……しかし、ロスコフ侯爵は、その剣聖ミカエルに対し、一歩も引くことなく堂々と反論し、言葉だけで打ち負かしてしまったそうでございます。見た目によらず、あの御方は只者ではありませんぞ。」


「ふ~む、それほどの男なのか、ロスコフ・ワーレン。」トルーマン公爵は、バイエルン子爵の話に耳を傾けながら、顎鬚を撫でた。しかし、あまりにも美しいアンナのような夫人を得たロスコフに対し、無意識の嫌悪感を抱き始めていた。「あの男は、どうにも気に食わぬ。」理由は定かではなかったが、生理的に受け付けないと感じたようだ。こうして、ロスコフは知らぬ間に、有力な貴族を一人、敵に回してしまっていた。


その時、広間の入り口から、落ち着いた声が響いた。「『公』、大変お待たせして申し訳ございませんでした。」


「今はそんなことはどうでも良い!それより、よくぞ来てくれた!さあ、早速あれを皆に紹介してくれんか!」『公』は、安堵の表情を浮かべ、逸る気持ちを抑えきれない様子でロスコフに言った。


「そうですね。」ロスコフは、軽く頷くと、予め入り口で待機させていた侍女トレビアを見て、手を振り合図を送る。


その合図を受けたトレビアは、外で待機していた四体の魔道アーマーを操縦する者たちへと、的確かつ素早いジェスチャーで指示を出した。王宮の中では、武器の持ち込みが厳しく制限されているため、ロスコフの従者たちは全て外で待機していた。プレゼンテーションで使用する魔導アーマーも同様で、許可が下りるまで、王宮の外で静かに待機していたのだ。


トレビアの、大きく手を振る「GO」のジェスチャーを受け取った四体の魔導アーマーは、ゆっくりと、しかし力強く動き出した。先頭はもちろん、熟練のマスターナイトであるゲーリックが操縦する魔導アーマーだ。続いて、騎士マルコ、騎士クーガー、そして騎士ケルギギスの魔導アーマーが、重厚な足音を響かせながら、王宮の中へと入っていく。


魔導アーマーの体長は、操縦者の体格に合わせて特別に作られている。身長182センチメートルのゲーリックが搭乗する魔道アーマーは、その巨体にさらに50センチメートル高い、全高232センチメートルにも達し、重量は驚異の222キログラムだ。それに加えて、装着者の体重も加わるため、平均すると300キログラム近い重量となる。通常のフルプレートアーマーの重量が、わずか20~30キログラムであることを知る者からすれば、この金属の塊を、並の人間が装着したとしても、到底動かすことなどできないことは容易に想像できるだろう。


その大きなな体を、軽々と動かしながら、呼ばれた魔導アーマーは、ゆっくりと、しかし確実に宮殿の中へと入ってきた。その異様な姿を目にした者たちからは、次々に驚きの歓声が上がり始めた。「お~……何だ、あれは!」「うぉぉ……鉄人だ!」「鎧の化け物が入ってきたぞ!」「おおお……何なんだこれは?何故、何故あんなものが動いているんだ?」


大きな金属の鎧は、ごく普通のプレートアーマーを着た騎士のように、堂々と歩き、ロスコフの元へとやって来ると、重々しく膝をつき、深々と敬礼したのだ。しかも、その動きは信じられないほど滑らかで、どこか優雅ささえ感じさせるほどだった。「へへへ……ちと、やり過ぎたかな?」魔導アーマーを操縦していたクーガーは、隣のマルコに対し、小声でそんなことを言っている。


「これで良いのだ。ロスコフ様からは、『できるだけ派手に魅せつけるように』との指示が出ている。」マルコは、冷静に答えた。


「そっか、それなら……。」クーガーは、納得したように頷いた。


ロスコフは、長らく待たせた聴衆の期待に応えるべく、満を持して派手な紹介を始めた。「え~、皆さん、大変お待たせいたしました!今、皆さんの目の前に現れたこの大きな鎧こそが、長らくお待たせいたしました、ワーレン侯爵家が誇る最新兵器、魔導アーマーでございます!どうぞ、その驚くべき姿と動きを、じっくりとご覧ください!」


ようやく、一連の騒動が収まり始め、一安心といった表情を浮かべた王ルマン・アルフレッドIII世も、安堵の溜息をつき、自身も初めて目にする魔導アーマーの威容に、ようやく落ち着きを取り戻し始めたのだ。


「おお、あの様な重そうな代物が、あんな風に動いておる!本当に動いておるぞ!」今まで静観していた貴族たちからも、抑えきれない興奮と喜びの声が上がり始めた。魔導アーマーの予想外の動きに、彼らの目は釘付けになっていた。


だが、頑固な【トルーマン公爵】は、依然として納得がいかない様子で、再び難癖をつけてきた。「その鎧の巨人が動くのは素晴らしい。だが、果たして実戦でどの程度の役に立つというのだろうか?まだ、その真価はよく分からぬではないか!それに、一体どうやって動いておるのだ?その秘密を、ワーレン侯爵だけのものにしておくのは、とても危険なことだと私は思う。ここで、そのカラクリを皆に教えていただこう、ロスコフ・ワーレン侯爵!」トルーマン公爵は、強い口調で詰め寄った。


トルーマン公爵の指摘に、彼の後ろに控えていたバイエルン子爵も、同意するように進み出た。「その通りでございます。このような革新的な技術は、一つの侯爵家だけで抱え込むべきものではございません。我々皆にも、その知識を知る権利があると、私は強く思います。」


【トルーマン公爵】は、まだ魔導アーマーがどのような戦果を上げられるのか定かではないと言い放ち、さらに、長年の歳月と莫大な資金を投じて得た研究成果を、公衆の面前で簡単に公開するよう求めてきたのだ。この行為は、研究者としての誇りを持つロスコフの心に、静かに、しかし確実に怒りの炎を灯した。


「おやおや、トルーマン公爵でしたか。」ロスコフは、冷静さを装いながらも、皮肉を込めた笑みを浮かべた。「あなたは、私が長年の研究の末に得た成果を、このような公の場で、何の留保もなく大っぴらにせよと、仰るのですか?」


「そうだ。こんなにも危険な代物を、一人の者に独占させるわけにはいかん。」トルーマン公爵は、譲らない姿勢を見せた。


「ほっほ~。すると、トルーマン公爵は、王陛下が国家と国民をお守りになるために、国家予算の三年分もの巨額な資金を惜しみなくお出しになり、私に作らせた研究成果を、無料で皆さんに公開しろと、そう仰るのですね?」ロスコフは、あえて大きな声で、会場の隅々まで聞こえるようにそう言った。


すると、その言葉をはっきりと聞いていたアルフレンドIII世は、王としての威厳を示すように堂々と胸を張り、ここにいる全ての賓客たちに向かって言った。「その通りじゃ!ワーレン侯爵が開発した魔導アーマーへの資金援助は、余が惜しみなく行った!全ては、このリバンティン公国の国家と、愛する国民のためである!」王は、力強くそう宣言した。


王自らが魔導アーマーの出資者であり、しかもその額が国家予算の三年分にも及ぶ私財を投じているという事実を知ると、会場の賓客たちの王に対する態度は一変した。先ほどまでの不安や不満は影を潜め、流れは一気に王とロスコフたちの方へと巻き戻ってきた。「おお、流石は陛下であらせられます!早くから先を見越され、このような素晴らしい物をお作りになっていたとは!」「陛下も、なかなかやりますな!」などと、王を称賛する声が、あちこちから囁かれ始めた。


形勢が不利になった【トルーマン公爵】だったが、ロスコフの追撃はまだ止まらなかった。「トルーマン公爵、あなたほどの聡明な方ならば、お分かりになるでしょう。そのようなことをすれば、これから戦うことになるであろう相手国、ラガン王国にまで、その貴重な情報が漏洩する可能性も出てくるということを。それとも、わざと、その情報を敵国に流そうとでもしているのですか?」少しばかりわざとらしかったが、あたかもトルーマン公爵が、情報漏洩を企む敵方に内通しているのではないか、という疑念を抱かせるような言い方をしたのだ。ロイヤルボックスにいる王は、その様子を見て、内心でほくそ笑んでいた。「うっしゃあ~~、ざまぁみろ、トルーマンめ!」王は、誰も見ていないのを良いことに、ロイヤルボックスの陰から、トルーマンをやり込めるロスコフを見て、溜飲を下げていた。


「うっ……うう……くそっ!」今度は、【トルーマン公爵】の方が完全に言葉に詰まってしまった。顔はみるみるうちに赤くなり、屈辱と怒りに震えている。「私は、失礼するよ。こんな茶番に付き合ってはいられない。」そう吐き捨てると、トルーマン公爵は、踵を返し、足早に出口の方へ向かい出した。


「あっれぇ~帰っちゃうんですかぁ? トルーマン公爵。せっかくですから、魔導アーマーの試験試合を見ていかれませんか~?」ロスコフは、わざとらしく、しかし挑発的な口調でそう言った。トルーマン公爵は、その言葉に一瞬、肩をピクッと反応させたのだが、ここで引き返しても、さらに恥をかくことになると思ったのか、そのまま振り返ることなく、怒りを露わにして会場を後にしたのだ。


トルールンが去った後の大ホールは、ロスコフワーレンへの羨望の眼差しで一杯となっていた。





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