番外編 冒険者タンガ誕生 その9
番外編 冒険者タンガ誕生も今回で終わりです。
その21
元の大きさに戻った【悪魔】は、小型化した分、スピードは向上したが、パワーは低下していた。しかし、必死の形相は、その低下を補って余りあるものだった。
最初の様な手抜きは一切なく、ドミネートは最初からフルパワーでタンガに襲い掛かって来ている。
タンガを最大の敵と認め、全力をぶつけ合う肉弾戦。速度で劣ると悟った【悪魔】は、力比べを仕掛けて来る、タンガに接近すると、両手同士で組み合い、タンガを捻り潰そうとして来た。
「ぐぬぬ…」
「……」
【悪魔】と眩しく発光するタンガとの力比べは、互角の様だ。
「ぐぬぬぬぬぬ…」
「………………」
「くっ、小僧、これほどの力を…!」
輝くタンガが、スピードだけでなくパワーでも自分と同等だと悟ると、悪魔は蹴りを放った。
しかし、その蹴りも輝くタンガには届かず、空を切る。
輝くタンガは、常人の反応速度を遥かに超え、その蹴りをジャンプして回避すると、ドミネートの背後に着地。間髪入れずに、ドミネートを背負うとそのまま投げ飛ばす。
投げられたドミネートも、なんとか足を踏ん張り着地し、再びパワー比べが始まった。
「くっ、このままでは負ける…!」
焦りを感じていたのは、ドミネートの方だ。
タンガのパワーは尋常ではなく、ドミネートは先ほど気づいたのだが、
タンガは全く疲れていない。
「こいつ、疲れないのか…?」
「これだけの力を使っていれば、疲労が蓄積するはずだ。現に、自分はかなり消耗している。だが、タンガは全く変わらない表情で、最初と変わらぬ力で押し返してくるのだ。」
スピードで劣り、力でも互角。このままでは、持久戦でも負ける。
じわじわと追い詰められていることに焦り始めたドミネートは、再び動き出した。
今度は、タンガを自分の方へ引き寄せると、頭突きを繰り出した。
「ズゴン!」
頭突き同士の激しいぶつかり合い。
二人は同時に、一瞬よろめいた。
「くっ…!」
「…」
ドミネートは、自分がよろめくほどのダメージを受けたことに気づいた。
「しかし、【悪魔】は、なおも頭突き攻撃を続けた。
もはや、他に手段は残されていなかったのだろう。追い詰められたドミネートは、頭突き攻撃を最後の賭けと決め、全身全霊を込めて、何度も何度も、頭突きを繰り返した!
ズゴォン!ズゴォン!ズゴォン!
鈍く重い衝撃音が、戦場に何度も何度も響き渡る。その様子を視認しようとするが、眩い光を放つタンガのせいで、ロウ爺さんやパトリックたちは目を凝らすことしかできない。満身創痍の冒険者たちもまた、【悪魔】とタンガの激闘を、光と衝撃音だけを頼りに想像するしかなかった。」
「激しい衝撃音が、十度、二十度と続き、そしてついに、三十三度目の衝突で
【悪魔】の頭蓋が砕け散りると、ドミネートは力尽きてタンガの方へと崩れ落ちる。
タンガは、倒れて来たドミネートを優しく受け止めると、そっと地面に横たえたのだ。
頭部を砕かれたドミネートは、もはや微動だにせず沈黙している。
激闘を制したタンガもまた、力を使い果たしたのだろう、
徐々に輝きを失うと崩れるようにその場に倒れてしまった。
静寂が訪れ、ようやく周囲の状況を視認できるようになったロウ爺さんは、倒れ伏したタンガとドミネートの姿を捉えた。彼は急ぎタンガのもとへ駆け寄り、その安否を確認すると、声を震わせながらパトリックを呼ぶために大声を挙げた。
「パトリック!急いで上級回復魔法を頼む!」
大声に反応したパトリックは、よろめきながらもタンガのもとへ駆け寄り、
祈りを捧げ始めた。
『サンティオ プロヴェクタ』進歩した癒し
タンガの全身が癒しの光に包まれ、傷が急速に再生されていく。しかし、何度も上級回復魔法を使用したパトリックもまた、力尽きて倒れてしまった。
「パトリック!」
今度は、ファミリアがパトリックに駆け寄る。
「呪文の使いすぎです。休ませないと。」
「そうじゃな。幾度となく上級回復魔法に頼っておったからのう。無理もない。」
ファミリアは、少しでも回復させようと祈祷魔法を唱え始める。
『ウィレス レパロ』活力の再生
パトリックに活力の再生が施されると、わずかに活力が戻り、彼は目を覚ます。
「あれ、私は…?」
ファミリアが答えた。
「パトリック、あなたは回復呪文の使いすぎで倒れてしまったのよ。」
「そうか。ごめん、少し無理をしすぎたようだね。」
パトリックはそう言い、起き上がろうとする。ファミリアは彼に手を差し伸べる。
その時、生き残った冒険者たちが集まってきた。
彼らは頭部のない【悪魔】の倒れた体を見て、驚きの声を上げる。
「信じられない…本当に、あの【悪魔を倒したのか、この子が…」
「しかも、タイマンで…悪魔ドミネートを一人で倒してしまうなんて、
一体、タンガという男は…ロウさん?」
ロウ爺さんは、困惑した表情で首を振った。
「儂にも皆目見当がつかんよ。どうして光り輝いたのかも、さっぱりじゃ。」
そんな会話をしていると、ドミネートの体が溶け出し、地面に吸い込まれていった。
そして、何かが空へと昇っていくのが見えたのだ。
「魂ですね。数多くの魂が天へと昇っています。」
パトリックの言葉に、皆も手を合わせ始めた。
「こやつほどの悪魔なら、さぞ多くの魂を喰らっていたのでしょう。」
誰かがそう呟いた。タンガの無事を確認したロウ爺さんは、ロスコフたちがいた場所へと急いだ。
冒険者たちが昇っていく魂に祈りを捧げている頃、遥か上空、雲の上では、その魂を回収する者がいたのだ。すべてを回収すると、その者は何事もなかった様に姿を消したのだ。
ロウ爺さんは、ドミネートの赤色覇光で大きく抉られた場所に辿り着くと、ロスコフとレザリアが消えた跡を見つめていた。絶望的な状況に、フォルクスの元へ戻り、すべてを報告してから、責任を取って自害するしかないと考えていた。
その瞬間、目の前の空間が引き裂かれたように歪み、ドサリという鈍い衝撃音と共に何かが落下してきた。ロウ爺さんが反射的に音のした方を見ると、それは何も身に着けていない若い女性に見えたのだ、ロウ爺さんは何事か確かめる為、そちらに動き出した、その矢先、今度は頭上から、先ほどと同じように何かが落下してきた、それを察知したロウ爺さんは!
ドサッ!
咄嗟に掴み受け止めたそれは、何も身に着けていないロスコフ様だった。
ロウ爺さんは、あまりの事態に言葉を失いつつ、ロスコフ様の顔をじっと見つめなおすが、
間違いではなかった。それは、紛れもなくロスコフ様の顔だったのだ。
驚いたロウ爺さんは、大声でパトリックとファミリアを呼んだ。
「おーい、パトリック!ファミリア!ここじゃ、こっちじゃ。」
「パトリックらが駆け寄ると、ロウ爺さんは裸の男の子を抱きかかえていた。パトリックは状況を察し、慌てて駆け寄る。その後ろから、シャーマンのファミリアも来てくれた。
「すまん、疲れておることは承知で頼む。ロスコフ様を助けてくれ、パトリック。どうか頼む。」ロウ爺さんは、懇願するように言った。
パトリックは、当然だという顔で神に祈りを捧げ始め治療魔法の詠唱が開始されたのだ。
「ファミリア、この先に倒れている女性は、おそらくレザリアじゃろう。」
ロウ爺さんはそう告げると、ファミリアは何かを察してレザリアのもとへ急いだ。
生き残った者たちは、崩壊した総督府庁舎内で仲間たちの遺体を集め始めた。破壊された府庁の前で、集めた遺体を薪の上に寝かせ、火をつける。ゾンビ化を防ぐためだ。
夜になり、焚火の音だけが響く静寂の中、ボロボロになったエイゼンが目を覚ました。近くにいたパトリックに話しかける。
「パトリック、戦いはどうなったんだ?」
「うん、なんとか勝てたよ。」
「そ、そうか。よく勝てたな、あんな化け物に。」
「うん、不思議なことが起こったんだ。おそらく、神の御業だろうね。」
「神の御業?」
そんな話をしていると、エイゼンが何かに気づいた。
「パトリック。」
「何だい?」
「何か聞こえないか?」
「うん、焚火の音はするね。」
「違う、庁舎の方からだ。」
エイゼンはそう言うと、立ち上がろうとした。
「エイゼン、無理をするな。君は足を破壊され、大量の血を失ったんだ。私の回復魔法では、失った血までは元に戻せない。」
「ああ、わかってる。でも、音が気になる。」
エイゼンはよろめきながら、総督府庁舎の方へ入っていく。パトリックも仕方なく後に続いてサボートする。
ロウ爺さんは、その様子を訝しげに見つめていた。しかし、もうロスコフから離れる事はしなかったのだ。
「グリボール、すまんが、あいつらの護衛を頼む。まだ何があるかわからん。
油断はできん。」
「そう指示を出すと、グリボールが『わかった俺も行こう』と立ち上がった。それに続き、アシタガとモニカも立ち上がり、『私も行ってきます、ロウさん』と告げた。ロウ爺さんは、無言で頷く。
死体を焼いた焚火とは別に、小さな焚火が熾っている。その周りには、まだ意識を取り戻さないロスコフ、レザリア、そしてタンガが横たわっており、ファミリアとロウ爺さんが付き添っていた。
瓦礫の山と化した総督府の中へ、まだ足元のおぼつかないエイゼンとパトリックが足を踏み入れた。エイゼンは何かを探るように、物音のする方へとゆっくりと進んでいる。そこへ、ガチャガチャと装備の音を立てながら、グリボール、アシタガ、モニカが追いつき。
『何かあったのか?』アシタガがエイゼンに尋ねたが、エイゼンは人差し指を口元に当て、静かにするようジェスチャーで示した。
三人は息を潜め、物音を立てないようにして。
『向こうだ』エイゼンはそう呟き、ゆっくりと歩き始めた。
彼らが辿り着いたのは、地下へと続く階段だった。瓦礫が大量に降り積もり、足場は非常に不安定だ。
『待って、瓦礫を吹き飛ばせばいいのよね?』モニカがそう聞くと、皆が頷いた。
『少し下がってて。崩れてきたら危ないから』モニカはそう言い、魔法の詠唱を始めた。
【ラディウス マギクスII】魔法の光線
モニカはレーザー光線を放ち、邪魔な瓦礫を消し飛ばし始めた。五発ほどの光線を放つと、人が通れるだけの空間が作られていた。
『さあ、これでどう?』
エイゼンは無言で頷くと、地下へと降りていく。
地下は犯罪者の留置所だった所だ。檻の中では、男女が裸で絡み合っていた。しかも、一組だけではない。その異様な光景に、エイゼンは眉をひそめて。
『こいつら、何かおかしいぞ』
そう皆に告げた直後、禍々しい気配が漂い始めた。
『まだいたのか!』
現れたのは三体の悪魔だ。しかし、【悪魔ドミネート】に比べれば、取るに足らない存在に見えたのだ。おそらく、下級悪魔だろう。
『貴様ら、何者だ?ここで何をしている?』グリボールが現れた悪魔に尋ねる。
『人間風情が我らに何を言うか!』
悪魔はそう言い放ち、襲い掛かってきた。瞬時に、アシタガとグリボールが応戦を開始する。」
「悪魔の巨大な斧が振り下ろされたが、グリボールの戦斧がそれを弾き返し、勢いそのままに下級悪魔の首筋へと戦斧を叩き込む。
先の戦いで刃こぼれだらけになったグリボールの戦斧は、もはや斬るというより、粉砕するといった方が正確だろう。下級悪魔の肉と骨をボロ戦斧で砕き、首の骨をへし折ると、悪魔はそのまま地面に崩れ落ち、二度と立ち上がることはなかった。
その様子を見たエイゼンは、『思ったより弱いな、こいつら』とアシタガとグリボールに呟いた。敵に攻撃が通用するとわかると、彼らの動きは俄然軽快になった。黒衣の剣士アシタガは、ロングソードを振るい、もう一体も素早く血祭りに上げる。」
そして、最後の一体には、モニカがファイアーボールを放とうとしていた。
『二人とも、下がって!』モニカはそう叫ぶと、少し緊張した面持ちで悪魔に向けてファイアーボールを放った。バーーーン!悪魔は爆発と共に四散し、モニカは安堵の息を漏らした。
『ひょ~、近くで見るとすげえな、ファイアーボール』
アシタガがモニカにそう言うと、モニカは微笑みを浮かべ、
『ありがとう、アシタガさん』
そう答える。
四人は奥へと進み、様子を伺った。そこには、若い男女が裸で檻に閉じ込められ、強制的に交尾させられている異様な光景が広がっていたのだ。
『ひでえな。こいつら、子供を産ませるために悪魔に飼われてたんだぜ』
モニカも目を覆い、
『そうね…』 呟く。
しかし、生きているだけでも良かったと、彼らは牢の鍵を探し出し、扉を開けた。
そして。
「お前たち、ここを出てもいいぞ、もう悪魔はいないだろう。」
エイゼンはそう囚われ者たちに教える。
すると、牢屋に入れられていた者たちが。
『助けてくれたのか?』
『私たちを助けに来てくれたのね!』
『わ~、助かったぞ!』『助けが来てくれたんだわ!』
男女は一斉に歓声を上げた。
『お前たち、もう悪魔はいないと思うが、油断はするな。絶対はないからな』
『この建物から出るんだ』
こうして、エイゼンアライアンスは島民の生存者たちを救出、その五日後、ようやく迎えに来た大型船に乗り、『ホエッチャ』へと無事に帰還した。
冒険者の酒場へ戻り、冒険者協会に報告すると、その日のうちに、執政官バンフォーレン子爵
が駆けつけ、約束の懸賞金を持ってきてくれたのだ、それを受け取り、生存者たちと分け合い、彼らは生き残った喜びと、失われた仲間たちへの哀悼を胸に、酒場で夜通し語り合う。
酒宴の最中、タンガはエイゼンから何度もパーティへの誘いを受けていた。
熟考の末、タンガは十分な強さと名声を得たらロスコフの元へ戻ることを条件に、
エイゼンの誘いを受けることを決めたようだ。
タンガが冒険者たちと共に行くことになり、リバイン村への帰り道は、ロウ爺さんとレザリアさんの三人となった。ロスコフは、大きな喪失感を覚え、胸にぽっかりと穴が開いたような寂しさを感じた。それでも、タンガの決意を尊重し、彼の旅立ちを静かに見送った事に後悔はなかった。
同じくエイゼンパーティに加わった斧戦士グリボール、チェスを失い孤独となった黒衣の剣士アシタガ、そして魔術師モニカを加えた新たなエイゼンパーティは、それぞれの想いを胸に、新たな冒険へと旅立ったのだ。
こうして、ハイメッシュ島の悪魔討伐という困難な任務は、多くの犠牲を払いながらも、ついに終わりを告げた。
最後まで読んで下さりありがとう、また続きを見かけたら宜しくです。




