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Today・Interactive  作者: 摩訶不思議
2/124

アンナ夫人 

まだ 序章の続きのようなものです。



主な登場人物


アンナ。ワーレン侯爵夫人


【ベロニカ】 魔界からの召喚者。  


他 ワーレン侯爵家の人達。   

     その2



おそれを知らぬラガン王国の王、「ラ・ムーンⅤ世」の冷酷な命令を受けたラガンン軍。その中でも悪名高い将校ジュピターは、周到に仕組まれた策略を実行に移そうとしていた。それは、偶発的な衝突などではない、国家間の全面戦争を引き起こすための、意図的な軍事侵攻であった。


その先鋒として選ばれたのは、屈強な兵士が集うラガン軍の中でも、選りすぐりの荒くれ者、否、人外魔境じんがいまきょうとさえ囁かれる最悪の戦闘集団――【ブラッド・レイン】だった。彼らは、その名の通り血の雨を降らせるかのように、戦場を恐怖と絶望で塗り潰す存在として知られていた。ジュピターは、この狂暴な集団をリバンティン公国東部へと差し向け、公然と非道な作戦を開始させたのだ。


その規模は、わずか200名に満たない。しかし、【ブラッド・レイン】が過去の大戦において繰り広げた数々の蛮行は、誇張された噂となって人々の口から口へと伝播し、リバンティン公国全土に深く浸透していた。 「ブラッド・レインが現れた」――その噂が広まるや否や、平和だった村々は瞬く間に生気を失った。人々は、長年かけて耕し、丹精込めて育ててきた大切な作物を、泣く泣く見捨てるしかなかった。愛着のある家、思い出が詰まった故郷を後に、明日をも知れぬ逃避行へと人々は駆り立てられた。


この地獄絵図は、一つや二つの村で終わらなかった。リバンティン公国東部の至る所で、同じような悲劇が連鎖的に発生していたのだ。


家を、畑を、そして生活の全てを奪われた村人たちは、失意と絶望の中、一縷いちるの望みを託し、リバンティン公国の国政を担う、【ホフラン・ルクトベルク公爵】(50歳)が政務を執り行う宮殿、「サン・ビレッジ宮」へと押し寄せた。宮殿の正門前は、怒号と悲鳴、そして泣き叫ぶ声が入り混じり、騒然とした空気に包まれていた。


「お願いです、騎士様!どうか村を救ってください!」


「夫が村に残っているのです!一刻も早く救出隊を派遣してくださいまし!」


「収穫期を迎えた作物は、今すぐ手を打たなければ全滅です!どうか兵を出して、村を、私たちの生活を取り戻してください!」


群衆の喧騒けんそうは、悲痛な叫びとなって、サン・ビレッジ宮の堅牢けんろうな壁に木霊こだましていた。


リバンティン公国の首都、アンヘイム。


この都市を中心に、東西南北へと、まるで血管のように整備された街道が伸びている。


西へ延びる街道を進むと、豊かなワーレン侯爵領が広がり、その先には、交易で賑わう唯一の港町ホエッチャが控えている。


東の街道は、険しい山岳地帯を縫うように走り、雪深い山道を越えると、神聖モナーク王国の都「キバリ」へと繋がる。さらに東へ山岳地帯を越えれば、光の女神を信仰するマーブル新皇国の領が待ち受けている。


南の街道をどこまでも進むと、屈強な兵士と強力な軍事力を持つ、ノース大陸でも一、二を争う戦闘国家、ラガン王国へと至る。


そして、北へはるか遠くまで街道を進むと、広大なロマノス帝国の領土へと続いている。


東西南北、四方へと伸びる道は、それぞれの都市、それぞれの国へと、人々の希望や野心、そして時には絶望を乗せて、今日も繋がっていた。




ノース大陸に名を轟かす4大都市の一つ、「アンヘイム」。その発展度たるや、大陸随一とうたわれ、大陸を旅する者ならば誰もがその名を知る、まさに憧憬しょうけいの都であった。


公式発表された人口は約130万。しかし、それはあくまで表向きの数字に過ぎない。 アンヘイムの影の部分、すなわち、統計に決して組み込まれることのない、大量の不法移民の存在こそが、この都市の真の姿を物語っていた。 古くからこの地に根を下ろす者たちは、彼らを「人」としてすら認めず、冷酷な差別を繰り返してきたという。 真実の人口は、130万という数字を遥かに凌駕りょうがする、底知れぬ膨大さであったのだ。


今日、不法移民の多くは、辛うじて都市の片隅に身を寄せ、目立たぬように暮らしている。 彼らの多くは、低賃金労働者として都市の経済を支える、不可欠な存在となっていた。 だが、社会の底辺に押し込められた彼らの中には、鬱積うっせきした不満を抱え、暗い道へと堕ちていく者も少なくなかった。 盗賊やゴロツキといった反社会勢力に身をやつす者、あるいは、悪魔や闇の女神といった異質な存在を崇拝するカルト教団に救いを求める者… 彼らの行動は、常軌を逸し、混沌こんとんとした闇に包まれていた。


そんな光と影が交錯する巨大都市「アンヘイム」。その喧騒けんそうから隔絶かくぜつされた外れに、ひっそりと、しかし圧倒的な存在感を放つ侯爵の邸宅が建っていた。


広大な敷地は、まるで一つの独立した領地さながら。 邸宅の巨大さは、まるで壮麗そうれいな美術館を思わせるほどであった。 正門から邸宅の玄関まで、馬車を走らせても優に5分はかかるだろう。 信じられないほどの広大な敷地が、首都の一等地を占めているのだ。


これほどの広大な土地を首都に構え、豪奢ごうしゃな邸宅で暮らすのには、もちろん理由がある。 それは、何世代も前の古き王が制定した、時代を超えて今なお絶対的な効力を持つ、ある特殊な法令が存在するからに他ならない。


{リバンティン公国に所属する伯爵位以上の貴族は、例外なく首都に邸宅を所有し、そこに居住しなければならない}


この苛烈かれつな法令は、現国王アルフレンドI世よりも、さらに古い時代の王によって制定され、脈々と今日まで受け継がれてきたという。


その目的は、貴族たちが地方の領地で力を蓄え、王権にきばくような反乱を未然に防ぐため。 有力な公爵や侯爵たちの動向を、常に王の監視下に置き、容易に把握できるようにするための、狡猾こうかつな政治的措置であったのだ。 もちろん、懐柔策かいじゅうさくも用意されていた。 彼らは、領内で収穫された作物の収穫時期に限り、一時的に領地への帰郷を許され、収穫した農作物をもって、その年の税を納めることが義務付けられていた。 一年のうち、わずかな収穫時期だけが、束縛そくばくから解放される、自由時間だったのである。


絶対的な王権を維持するために、おのれの力を凌駕りょうがしかねない爵位持ちは、いかなる者であろうと、王にとって最も警戒すべき、厄介な存在と見做みなされていたのだ。


王の絶対的な支配下にある首都に、広大な侯爵級の土地を「貸し与えられ」、そこに居を構えているのは、「ロスコフ・ワーレン侯爵」(33歳)とその夫人「アンナ・ワーレン侯爵夫人」(34歳)。 そして、彼らに仕える 数多くの従者や、お付きの者たちもまた、この広大な邸宅で共に生活を送っているのだ。


ワーレン侯爵家の主な使用人たちは以下の通りである。


使用人一覧


執事:シークレット エスター・グレインモルツ(56歳)

書記:クレリク ジョナサン・ヒックス(51歳・男性)

騎士長:マスターナイト ゲーリック・サリバン(33歳・男性)

騎士:ナイト マルコ(30歳・男性)

騎士:ナイト クーガー(26歳・男性)

騎士:ナイト ケルギギス(19歳・男性)

医師:ドクター ドクター・ミゲル(60歳・男性)

料理長:コック メッローニ料理長(44歳・男性)

料理見習い:アンバサ(18歳・男性)

音楽家兼軽業師:ミスティーヌ 楽器:リュート(26歳・女性)

召使い(ヴァレット):サーモン(52歳・男性)、ソシアン(39歳・男性)、シーメンス(27歳・男性)、ソクラノ(25歳・男性)、モーター(17歳・男性)

侍女長:モーレイヌ(48歳・女性)

侍女:ミバリー(24歳・女性)、トレビア(17歳・女性)、アメリア(16歳・女性)(トレビアとアメリアは姉妹)

そして、上記以外にも、約50名もの人々がそれぞれの持ち場でワーレン侯爵家を支えていた。


いつもの日課として、侍女長のモーレイヌは、侯爵夫人のために淹れたての紅茶を手に、静かに階段を上り始めた。優雅な足取りで二階へと向かう彼女の視界に、階段の上からゆっくりと降りてくる執事エスターの姿が捉えられた。二人は階段の途中で優雅にすれ違う。その刹那、エスターは、まるでモーレイヌの心を見透かしたかのように、落ち着いた声色で言葉を発した。


「モーレイヌ、奥様は只今、交信中でございます。」


「まぁ、 このような時刻にでございますか!」


モーレイヌは、エスターの言葉に一瞬戸惑い、思わず 何時ものお茶の時間か確認する、 

しかし、これまで一度もお茶の時間を間違えた事はないモーレイヌは

長年の習慣として身体に染み付いている時間感覚を彼女は信じている。


「エスター様、差し支えなければお伺いしても?交信は、どのくらいお時間がかかりそうで?」


「そうだな、半刻はみておいた方がよさそうだと思うよ。」


「承知いたしました、エスター様の忠告、謹んで尊重いたします。」


モーレイヌはそう囁くと、エスターとは逆に一階へときびすを返し、再び厨房へと戻って行った。


その頃、厨房では、料理見習いのアンバサが忙しく立ち働く傍らで、侍女トレビアが静かに控えていた。ふと、先程まで二階へとお茶を運んで行った侍女長が、 もう戻って来たことに気づき、訝しげにその様子を観察していたのだ。


「あれ…侍女長様、お茶はそのままお持ち帰りになられたのですね?」


トレビアの問いかけに、モーレイヌは穏やかに頷いた。


「ええ、トレビア。奥様は今は少々、手が離せないご様子なの。 そうだわ、トレビア、お願いがあるのだけれど… 今から30分ほど待ってから、お茶を 新しく入れ直して、奥様の部屋へ届けてくれるかしら? 実は私、これからジョナサン様と買い出しに行かなければならないのよ。」


そう言いながら、モーレイヌは手にしていたお茶セットを 作業台にそっと置いたのだ。


「畏まりました、 粗相そそうのないよう、 大切にお持ちいたします。」


「助かるわ、では後は任せたわよ。」


侍女長はそう一言告げると、足早にワーレン侯爵家の金庫番、書記(レリク)のジョナサンの部屋へと向かい始めた。


その頃、ワーレン侯爵夫人の 寝室ーーー。 ひっそりと静まり返った部屋の中央、床に描かれた複雑な儀式魔法陣の中心に、異様な存在がその姿を現していた。それは人の常識を遥かに逸脱した、まさしく巨人とも呼ぶべき威容を誇る女だった。 背中からは、その巨躯きょくを容易に空へと運ぶであろう巨大な翼が生え、まるで彫刻のように完成された肢体は、挑発的なまでに 僅かな布 ばかりを纏うのみ。 その肌は、月光を浴びた クリームのように 白く、妖艶ようえんな美貌は、見る者の魂を 容易く囚えてしまうだろう。 周囲には、未知なる怪しい波動が 絶えず展開され、微かに 空気を震わせている。 それは、本能を目覚めさせる 淫靡いんびなフェロモンなのだろうか? 普通の人間が 無作為に近づけば、精神は容易く崩壊し、狂気に堕ちてしまうに違いない。


しかし、その巨人は我々の世界の住人ではないらしい。 その姿は半透明で、輪郭線だけが朧気おぼろげに浮かび上がって見える。 丈はゆうに4メートルを超え、 前頭部には二本の角が生え、口元からは、獲物を嚙み殺す為の 鋭い牙が覗いていたのだ。 理解不能な 言語を発し、侯爵夫人と何やら言い争っている様子だが、それは 人間的な論理や感情を超越した、異質な会話のように聞こえていたのだ。


「…… …………」


「…… ………… ………… ……」


「…… ……」


対する侯爵夫人も、目の前に出現した異形の巨人を前にしても、 微塵も臆することなく、冷静に相対あいたいしていた。 まるで、旧知の友人と談笑するかのように。 やはり、夫人の口から発せられる言葉もまた理解を超えた異質な言語であり、常人には解読不能だろう。


そんな異様な光景が繰り広げられている 部屋の前まで、侍女長からの指示通り、30分という 時が経過するのを待って、侍女トレビアはお茶を 新しく用意し、慎重に運んでくる。


そして、静かにドアの前で立ち止まった瞬間、トレビアの耳に、中 から おかしな声が聞こえて来たのだ、それはこれまで一度も耳にしたことのない、異質な発音の音だと言えるモノだった。



「何かしら?」


トレビアは、聞き慣れない不思議な音が部屋の中から漏れ聞こえてくるのに気づき、思わず扉に近づいた。好奇心に駆られ、それが一体何なのか確かめようとしたのだ。


扉に耳を押し当て、息を潜めて聞き耳を立てると、確かにそれは人の声のように聞こえた。しかし、聞き慣れない言語で、まるで秘密の会話が交わされているようだ。トレビアは、その奇妙な音にすっかり心を奪われていた。


その時、部屋の中から声が響いた。


「扉の外にいらっしゃるのはどなた?」


突然の問いかけに、トレビアは手にしていたお茶のセットを危うく落としそうになった。


「きゃっ!」


必死で体勢を立て直し、なんとかお茶のセットを床に落とさずに済んだ。


「ふう……危なかった」


胸を撫で下ろすトレビアに、再び声が追い打ちをかける。


「扉の外の方、何をなさっているのですか?早く中へお入りなさい」


有無を言わせぬ口調に、トレビアは反射的に「はい!」と返事をし、扉を開けて中へ入った。


しかし、部屋の中には侯爵夫人が一人いるだけで、先ほどまで聞こえていた会話のような音は跡形もない。


(一体、何だったのかしら?)


トレビアは戸惑いながらも、周囲を警戒するように見回したが、やはり侯爵夫人以外の人影は見当たらない。


「侯爵夫人、お茶をお持ちいたしました」


平静を装い、トレビアはそう声をかけた。侯爵夫人は頷き、手でテーブルに置くように促した。


トレビアは言われた通りにテーブルへお茶のセットを置き、カップにお茶を注ぎ始めた。その間、侯爵夫人は腕組みをして、じっとトレビアの様子を観察していた。


(まさか、気づかれてしまったのかしら?)


トレビアは背中に冷たい汗が伝うのを感じた。


お茶を注ぎ終えたトレビアは、平静を装い、いつものように声をかけた。


「侯爵夫人、どうぞお召し上がりください」


促された侯爵夫人は、ゆっくりと口を開いた。


「ええ、ご苦労様。ところで、扉の外で何をしていたのか、説明していただきたいのだけれど」


やはり、聞かれた。トレビアは覚悟を決めた。


「あの、その……」


トレビアは言葉に詰まりながらも、正直に答えるしかなかった。


「聞き慣れない言葉が聞こえてきたので、つい気になって……どんなことを話しているのか、少しだけ聞いてみようと……」


侯爵夫人の鋭い眼光が、トレビアを射抜いた。全身に浴びせられるような視線に、トレビアはゾクリとする感覚を覚えた。全身から冷や汗が噴き出し、喉がカラカラに渇いく。


「ご、ごくり……」


生唾を飲み込む音さえ、やけに大きく聞こえる。


「あら、どうなさったの、トレビア?」


侯爵夫人は、まるで獲物を追い詰める猫のように、ゆっくりと近づいてきた。


「い、いえ……申し訳ございません、侯爵夫人。つい、出来心で……中の音に耳を傾けてしまいました」


トレビアは震える声で謝罪する。



「いいのよ、トレビア。怒っているわけではないの。むしろ、あなたにちょうどいい仕事があるのだけれど、お願いしてもいいかしら?」


先ほどの尋問のようなやり取りから一転、侯爵夫人は穏やかな口調でそう言った。しかし、その裏に隠された意図を察知したトレビアは、反射的に承諾の言葉を口にする。


「もちろんです、侯爵夫人。何なりとお申し付けください」


その言葉を聞いた侯爵夫人は、薄く微笑む。


「では、そこの床に描かれた儀式門は見えるかしら?」


「はい、円形の模様に何かが描かれているのが見えます」


先ほどまで侯爵夫人と話していた何者かの気配は消え、今は床に描かれた儀式門だけがそこにあった。


「そう、その中心に立ってみて」


「わかりました」


トレビアは何が起こるのかわからなかったが、言われるがままに儀式門の中心へと歩みを進めた。そして、中心に立つ。


「これでよろしいでしょうか?」


「ええ、そのままでいてちょうだい」


侯爵夫人は椅子に腰を下ろし、優雅にケーキを一口食べ、トレビアが淹れたお茶を口にした。その声は、まるで美しい調べのように澄み渡り、機嫌が良いことを示していた。トレビアは、先ほどの不安が嘘のように消え去り、これから何が起こるのかも考えることなく、ただ指示に従っていた。


やがて、侯爵夫人はゆっくりと立ち上がり、何かを唱え始めた。


秘密(ホタム)印章(ソーディ)


それは、先ほど聞こえた奇妙な言葉と同じ響きを持っていた。


「……」


侯爵夫人の顔の前には、秘術の紋章が浮かび上がり、青い光を放ち始めた。


「……」


同時に、トレビアが立っている儀式門も赤く光り始めた。


「……」


トレビアは何が起こっているのか理解できなかったが、言われた通りに儀式門の中心に立ったまま、身動きせずに耐えていた。


その時、突然、トレビアの体だけが時間が止まったかのように、ピタリと動きを止めた。まるで人形のように。


床に描かれた儀式門は、輝きを増して光を放ち続けている。トレビアの体は硬直したままだったが、その魂と密接に繋がっているアストラル体は、強烈な力によって肉体から引き剥がされてしまった。


トレビアは、アストラル体に意識を移し、自分の体を外から見つめている。


「……」


肉体から離れたトレビアは、もはや以前のような思考はできなかったが、自分の体を興味深そうに見つめていた。何かを感じ取ろうとしているのだろうか。


しかし、乗り手を失った体には、すでに何者かが入り込んでいた。そして、外に追い出したトレビアのアストラル体に対し、さらなる攻撃を仕掛けてきたのだ。


「へえ、これが物質界の肉体(ボディ)なのね」


新たな住人は、軽く体をチェックすると、アストラル体のトレビアを見つめた。


「さて、トレビアさん。かわいそうだけど、私の代わりにあちらへ行ってもらわなければならないの。悪く思わないでね」


そう言うと、新たな住人は、トレビアの体を通して、アストラル体のトレビアに向かって赤いレーザーを照射。

宙に浮かび、細い糸で肉体と繋がっていたアストラル体のトレビアは、レーザーを受けると何処かへ転送されてしまったのだ、トレビアが居た場所は、ただの空間となり完全に消えていた。



「しかし、なんとも脆そうな肉体ですわね」


異世界の言葉を操り、この世界に降り立ったばかりのベロニカは、早々に不満を漏らした。


「何を贅沢なことを。その肉体のおかげで、こちらの世界に足を踏み入れることができたのでしょう?感謝なさい、ベロニカ。それと、これからは異世界の言葉は極力使わないでちょうだい」


侯爵夫人は、ベロニカをたしなめた。


あまりに突然の出来事に、トレビアだった存在は、自分がどうなってしまったのか理解する間もなく、ベロニカによって魔界へと送られてしまった。ベロニカによれば、それは魔界から抜け出した分の穴埋めであり、両世界のバランスを保つための措置らしい。


もちろん、トレビアはアストラル体のまま送られた。思考もままならない状態で、トレビアのアストラル体は魔界を漂い始めていたのだ。


ふわふわふわ……ふわふわわわ……


「それで、どう?ベロニカ。生身の肉体を持った感触は?」


侯爵夫人が尋ねる。


「悪くはないわね。ただ、こちらの次元に来たばかりだから、慣れるまでしばらく時間がかかりそうね」


トレビアだった肉体から発せられた声は、侯爵夫人に対するものとは思えないほど、ぞんざいなものだった。


「これからは、話し方にも気をつけなさい、ベロニカ。ここでは、私に従ってもらわないと」


「先にこちらに来ているからといって、同格の私に差をつけるつもり?」


ベロニカは、トレビアの顔で怒りを露わにし、侯爵夫人を睨みつけた。


「待ち なさい。あなたに機会を与えたのは私よ。その程度のことで文句があるなら、元の場所へ戻してあげる」


ベロニカは、まだ儀式門の中にいた。そのことを思考に入れていた侯爵夫人は、呪文のような言葉を唱え始める。


「待ち なさい!わかったわ、アンナ」


元の場所へ戻りたくなかったのか、この世界に興味があったのか。いずれにせよ、ベロニカは侯爵夫人に向かって叫び許しを請う。


「ちょっと待った!」


その叫びを聞いた侯爵夫人は、普段は見せない満面の笑みを浮かべている。


「では、従ってもらうわね。今の言葉で契約は成立したわ」


「ええ、言葉遣いに気をつけることは承諾する。だけど、決してあなたに従属したわけではないのよ」


そう言葉にした瞬間、空間にその言葉が文字となり浮かび上がった。


「もちろんよ。従属なんて望んでいないわ。だけど、その体の持ち主だった娘は侯爵家の侍女なの。だから、あなたには侍女トレビアとして振る舞ってもらわないと。変な言葉遣いをしていたら、周りに勘繰られてしまうわ」


「仕方ないわね。契約は絶対だから。わかりました、侯爵夫人。こんな感じでよろしいですか?」


ベロニカは、トレビアの体に残された記憶から、必要な知識や言葉遣いを引き出し始めた。


「ええ、その調子でお願いするわね」


こうして、トレビアという娘は消え、ベロニカという存在が取って代わった。そして、彼女は侯爵家の侍女として生きていくことになったのだ。




最後まで読んで下さった方、ありがとう。 

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