番外編 冒険者タンガ誕生 その5
今回は、島の船着き場がある小さな街での戦闘になります。
その17
「何を仕込んだ、何の毒だ!」
剣士はそう叫びながら、マスターに斬りかかる。
それを見た誰もがマスターが切り裂かれると思った。
しかし、斬りかかったはずの剣士の首が切り落とされ、宙を舞い、
地面に転がったのだ。
この異常な事態に、エイゼンアライアンスPTはようやく戦闘モードへと移行した。
「マスターは悪魔の正体を晒した」
「馬鹿共め、私の名は悪魔イオシス。お前たちは自ら我らのエサとなりに来たのだよ」
イオシスは残忍な笑みを浮かべ上がらせている。
「ここは狭すぎて不利だ。外で戦うぞ。倒れた奴に構うな。パットン、行くぞ!」
「分かった!」
エイゼンの掛け声を聞くと、皆、素早く外に移動し始めた。ロウ爺さんは一瞬レザリアと目を合わせる。{ロスコフ様は任せて}レザリアが目で告げるのを見て、ロウ爺さんはタンガたちと共に外へと出た。
そんな人間たちの行動を見て、悪魔イオシスは、
「くくく、逃がしはせん」
そう呟くと、秘密の印章【クム メティム】と素早く詠唱。
すると、先ほど酒場で倒れてた冒険者たちが、今度は素早く起き上がり始めた。
彼らはむくりと起き上がると、人間ではない異常な動きを見せ始め、まだ外に出ていなかった冒険者たちの方を振り向き、剣を抜き迫って来る。皆、目が白目に変わり、
異様な姿を見せてだ。その者たちがこちらを攻撃してくる事は明らかだ。
彼らは、先ほどまで生きていたはずなのに、毒の効果で死んでしまったのか?
酒場の中に居る生きてる冒険者たちに襲い掛かり始めた。
「うぉ、こいつ等、何しやがる!」
襲ってくる冒険者たちに反撃しながら、出遅れた冒険者たちは外への扉に近づいていく。
そこに今度は悪魔イオシスが、秘密の印章
【ティル ケサミム】を素早く詠唱。
一番最初に外へと飛び出したエイゼンたちは、何かが近づいてくるのを感じた。
すぐにその正体を確認すると、それは冒険者風の身なりをしていて、
体の一部が欠けていたり、頭が吹き飛ばされて体だけだったりと、
とても生きている人間ではないと分かる者たちだった。
かなりまともな状態を維持している者もいるが、
彼らも顔が青白く、目を凝らすと白目をしている。
「エイゼン、こいつら、昨日先に出航した冒険者たちだぞ!」
ガイヤがエイゼンに告げた。
「なんてこった。もうやられてたのかよ。相手を弱めるどころか、
逆に手先になってやがるとは…ついてねぇ」
エイゼンは舌打ちをした。
「仕方ねぇ。まずはこいつらを片付けるぞ!」
エイゼンの指示に従い、エイゼンPTの者とタンガとロウ爺さんは、
敵に操られている冒険者たちとの戦闘を開始した。
他の冒険者と違い、ほぼ一般人のロスコフは、非常に反応が遅く、動きも鈍い。
そんなロスコフもようやく行動しはじめると、
やはり皆と同じくまずは外へのドアを目指すことにした。
レザリアは、そんなロスコフに魔法防御系のシギルを張る。
"sigil"【レプルシオ マジカII】
そして、ロスコフを庇いながら入口へと移動し始めた。
間もなく、悪魔イオシスが発動した魔法ミサイル系の攻撃が、
無数に飛来してきた。
ドガン、ドガン、ドガン、ドガン、ドガン、ドガン、ドガン、ドガン、ドガン、ドガン、ドガン、ドガン、ドガン、ドガン、ドガン…
凄まじい量の魔法ミサイルが飛来し、そのうちの一発がロスコフに向かって放たれた。「うわぁ!」ロスコフは、すぐ近くで光が炸裂したことに驚き、反射的に後ろへ飛びのいた。その拍子に体勢を崩したロスコフを、レザリアが素早く受け止め、優しく抱きかかえるように庇った。
ロスコフの周囲には、先ほどレザリアがかけた【レプルシオ マジカII】の魔法障壁が展開されていた。魔法ミサイルが障壁に触れると、強烈な爆発を起こしたが、その爆発力は魔法障壁によって完全に吸収され、衝撃波はロスコフの体に届くことなく、見事に遮断された。
ロスコフの無事を確認したレザリアは、魔法ミサイルでロスコフを狙った悪魔イオシスに怒りを覚え、攻撃しようと顔を上げた。しかし、イオシスはすでにその場から姿を消していた。
「素早いわね…」
悪魔イオシスは、無力と判断したロスコフには目もくれず、先に外へ飛び出した反応の良い冒険者たちを追った。その目的は、生き生きとした活力に満ちた魂を貪り食らうことだった。
悪魔が外へ出た後も、酒場の中は地獄絵図と化していた。
毒で命を落とした冒険者や、悪魔が放った魔法ミサイルの攻撃で
倒れた冒険者たちが、次々とアンデッドとして蘇り、ドアから脱出しようとする生きた冒険者たちに襲い掛かっている。
レザリアは、
"sigil" 【コルスカティオ×III】 雷光を唱え、雷光を放った。
カキン、バン!
必死に戦う冒険者は、先ほどまで一緒に酒を酌み交わしてた筈の仲間と剣を交えていた。
その片方は、白目を剥いた異様な姿をしている。しかし、死人とは思えないほどの機敏な動きで、元仲間に容赦のない連続攻撃を浴びせていた。必死に剣で受け止めるものの、
完全に押されていてジリジリ後ろに後退している。その時、
ヒュン!
ズボッ!ビリビリビリ、ビリヒヒヒヒビリビリ!
ボアアアア!
突然、棒状の雷光がアンデッド化した冒険者の胴体を貫いた。凄まじい雷エネルギーが放出され、アンデッドの体は一瞬で電流に包まれた。そして、ボワッと燃え上がり、瞬く間に黒焦げになりそのまま倒れた。
アンデッド化した冒険者に剣戟で押し切られそうになっていた冒険者は、
「一体…魔法なのか」
と呟き、何とか助かったことを神に感謝した。
しかし、レザリアの雷光は一発では終わらなかった。同じシギルから三発の雷光が時間差で発射され、アンデッド化した冒険者へと突き刺さる。次の1体、次の1体と、瞬く間に三体を黒焦げにしてしまった。
「シギルなのか。すごい。あっという間に三体のアンデッドを倒したぞ」
レザリアが一気に三体を倒すと、生きている冒険者の方が数が多くなり、
形勢が逆転し始めた。
「これで、後は任せても大丈夫ね」
レザリアがそう声を上げると、生き残った冒険者たちが応えた。
「はい、助かった。もうここは大丈夫だ。残りは俺達に任せて、外の者を応援してくれ」
レザリアは頷き、ロスコフと共にドアを抜け、外へ出た。
「さあ、ロスコフ様。」
「うん、レザリアさん」
その頃、エイゼンのアライアンスと、タンガたちよりも遅れて酒場に到着した冒険者たちは、突如現れたアンデッド化したハイメッシュ島の住民や、昨日殺されたと思われるアンデッド化した冒険者たちと、死闘を繰り広げていた。これらのアンデッドは、悪魔ドミネートによって無残に殺され、魂を吸い取られた者たちだろう。抜け殻となった死体を、悪魔イオシスが私的にアンデッドとして蘇らせ、操っていたのだ。
彼らは力を合わせ、アンデッドの群れに応戦していた。アンデッドと化した元冒険者たちは、まるで生きていた頃の記憶を呼び起こすかのように、熟練の動きで攻撃を繰り出してきた。その動きは、昨日命を落としたばかりで、まだ肉体に生前の記憶が色濃く残っているからだろうか。生き残った冒険者たちは、まるでかつての仲間たちと剣を交わしているかのような錯覚に陥りながらも、必死に攻撃を防ぎ、反撃の機会を窺っていた。
「タンガ、壁を背にして戦ってみるのじゃ」
ロウ爺さんは、タンガの側で戦いながら指示を出した。
「分かった、ロウ爺」
タンガは、白目の戦士と戦っていた。盾を持ったその戦士は、昨日朝にちらりと見かけた程度で、ほとんど何も知らなかったが、タンガにも戦士だと分かる動きをしていた。
「ぬおっ!」
戦士の振るう魔法を帯びたシミターを、昨日買ったばかりのアームシールドで受け止め、トンギを振るって反撃した。しかし、相手も盾を使ってタンガが振りかぶり繰り出したトンギによる攻撃を軽くいなして
次の攻撃に移っていた。
泳がされてしまったタンガは、慌てて踏ん張りをきかせ体制を立て直している。
「てめぇ、アンデッドのくせに生意気だぞ!」
タンガはそう叫び、またしても渾身の大振りで攻撃を仕掛けた。
しかし、その隙だらけの攻撃は、アンデッド化した戦士に容易く見切られている。
「こら、タンガ。最初は小さく、こまめに攻撃せぇ。大振りはだめじゃ」
タンガの危なっかしい戦いぶりに、ロウ爺さんが叱咤する。
「わかった!」
その時、ロウ爺さんが【プロテクターIII】をかけてくれた。タンガの装備の表面に、レベル3の魔法プロテクターが展開され、物理攻撃の防御力が格段に上がった。
「おお、なんだかすごく硬くなった気がする」
「魔法を過信するな、タンガ。それはお守りだと思って戦うのじゃ」
「分かった、サンキュー、ロウ爺」
俄然、元気が出たタンガは、アンデッド冒険者の脳天にトンギを叩き込む。
グジョ!
トンギが脳天に振り下ろされると、頭蓋骨を叩き割り、頭が破裂した。新品だったタンガの装備に、アンデッド冒険者の脳みそが飛び散り、タンガは吐き気を催してしまった。
タンガは、飛び散った脳漿を見て、
「うげぇ、汚ねぇなぁ…」
顔をしかめる。
「これ、タンガ。そんなこと言ってる場合ではないぞ。もう次の敵が沸いてきておる」
ロウ爺さんが叱咤する。
「うう、分かった」
こうして、タンガの冒険者としての初戦闘が始まった。
その頃、エイゼンたちは、熟練の動きでアンデッドの群れを狭い場所へと誘導していた。そこは、ガイアとパトリックが待ち構える、数体ずつしか侵入できない隘路だった。後方に僧侶のパトリックを配置し、ショートソード二刀流のガイアと共に、鉄壁の陣形を敷いたエイゼンは、侵入してくるアンデッドたちを、電光石火の短剣捌きで次々と葬り、死体の山を築き上げていた。
ロウ爺さんが話しかけたのが縁で仲間になった魔術師のモニカ・サンタフェスタ(23)は、後方から魔法で冒険者たちを援護していた。もし彼女がいなければ、戦線はとっくに崩壊していただろう。
モニカは、敵の数が多く、皆が散開して戦っているため、強力な範囲魔法が使えない状況に焦燥感を募らせていた。そこで、彼女は基本魔法のレベルを上げ、小範囲の魔法を連発することで、戦況を打開しようと試みようしていたのだ。
【ラディウス マギクスII】魔法の光線
その魔法が、冒険者に襲い掛かるアンデッドに放たれると、まるで熱した鉄にバターが溶けるかのように、頭部が一瞬で蒸発し、アンデッドは音を立てて崩れ落ちた。
戦っていた冒険者は、一瞬で頭部を蒸発させられたアンデッドの残骸を見て、
「ひゃ、魔法か。ありがてぇ。助かったぜ」
と、驚きと感謝の入り混じった声を上げ、モニカに手を上げて感謝の意を示し、再び別の敵へと向き直る、その表情には、安堵と同時に、モニカへの信頼感が滲み出ていた。
モニカは、次々と現れるアンデッドに対し、魔法の光線を主軸に、まるで精密機械のように正確に魔法を放ち続ける。彼女の魔法は、戦場における僅かなだが確かな光となり、冒険者たちの士気を辛うじて維持していた。
そこへ、戦場の空気を切り裂くように、悪魔イオシスが姿を現したのだ。
「虫けらが、よくもここまで…だが、貴様らの抵抗もここまでだ」
イオシスは、冷酷な笑みを浮かべながらそう言い放ち、モニカたちへの容赦ない攻撃を開始した。
秘密の印章【ティル ケサミム】
ドガン、ドガン、ドガン、ドガン、ドガン、ドガン、ドガン、ドガン、ドガン、ドガン、ドガン、ドガン、ドガン、ドガン、ドガン…
イオシスは、アンデッドと戦う冒険者たちはおろか、アンデッドさえも区別なく、無差別に魔法ミサイルを放ってきた。それは、まるで空から降り注ぐ隕石の雨のようだ。
大量の魔法ミサイルがランダムに飛来し、当たった者を跡形もなく破壊していく。
戦場は、一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。
モニカは、迫りくる死の雨を必死に走り、回避する。しかし、その数はあまりにも多く、
回避するだけで精一杯となってしまった。
「こんなの、どうしろっていうの…誰か、あいつの攻撃を引きつけて…こっちに攻撃してこないようにしてよ…」
回避だけで全ての力を使い果たし、モニカは魔法を放つ余裕すら失っていた。
彼女の顔には、恐怖と疲れの色が濃く浮かんでいたのだ。
すると、そこへロウ爺さんとタンガが駆けつけて来てくれたのだ。
「モニカさん、大丈夫ですか?」
「タンガ君、無事だったのね」
「わはは、タンガはそう簡単にはやられはせん!」
ロウ爺さんの元気な声に、モニカは安堵の息を吐く。
「流石ですね、ロウさん。こんな状況なのに笑っていられるなんて」
「戦いはこれからじゃよ。それではワシも、ちょっと運動してこようかのぉ。と、その前に」
ロウ爺さんは【ムルス マギクムII】魔法の壁を二度唱え、モニカにその壁を有効活用するように促した。
「ほれ、これで魔法系の攻撃は防御できるじゃろ」
モニカの前方左右に、半透明な魔法の壁が構築されたのだ。
これで、敵の魔法攻撃をある程度防ぐことができる。
「有難うございます。これで詠唱に集中できます」
モニカはそう言うと、再び【ラディウス マギクスII】魔法の光線を
アンデッドに向けて放ち始めた。
ボン!
魔法の光線が再開されたことに、戦っていた冒険者たちは安堵の息を漏らし、
再びアンデッドとの戦いに集中する。
モニカがアンデッドへの攻撃を再開した頃、ロウ爺さんとタンガは、アンデッドには目もくれず、悪魔イオシスへと突撃していた。
先陣を切ったのはロウ爺さんだ。普段はゆっくりとした動きのロウ爺さんだが、戦闘となれば電光石火の如く素早く、タンガを置き去りにして悪魔イオシスへ先制攻撃を叩き込む。
「ぬぉぉぉぉ!」
ロウ爺さんは、走りながら跳躍すると、ジャンピング正拳突きをイオシスに叩き込み、吹き飛ばした。もちろんその拳には、たっぷりと気が練り込まれていた。
まさか自分を攻撃してくる輩がいるとは思っていなかったイオシスは、
強烈な拳を受けた事で、驚き、態勢を立て直そうと身構える。
悪魔イオシスは、横から突然強烈な一撃を加えられ、横へ吹き飛び、地面を転がって立ち上がった。周囲への体面を気にするイオシスは、激しい怒りを露わにしながら攻撃して来た者を
探そうとしていたのだ。
「誰だ、私に手を出す愚か者は!」
人間の言葉で、やった者を見つけ出そうと問うた。
すると、ロウ爺さんが。
「儂じゃ」
その言葉がイオシスの耳に届くよりも早く、ロウ爺さんの二度目の攻撃が炸裂した。
跳躍からの不意を突いた蹴りがイオシスの頭部に叩き込まれたのだ。
直前に蹴りを伸ばすことで最大限の攻撃力を加えた、
ロウ爺さんの会心の一撃が炸裂したのだ。
ロウ爺さんの強烈な蹴りが、悪魔イオシスの右上頭部を見事に破壊している。
悪魔といえど、相当なダメージを受けた様だ。
「ぐぉぉぉ…」
イオシスは頭部を手で押さえ、苦悶の声を漏らす。
「きさま…許さん!貴様の魂を食らってくれる!」
激昂したイオシスは、凄まじい咆哮を放つと同時に、【悪魔の気】を周囲に放出。近くでアンデッドと戦っていた冒険者二人が、その瘴気に巻き込まれ、
バタリと倒れてしまう。
その時、ロウ爺さんだけでなく、タンガも【悪魔の気】を浴びた。
しかし、タンガの気は普通ではなく、大量の気を無駄に放出していた事で
その気が瘴気を弾き、緩和したのだ。さらに、ミスリル製の鎖帷子が、
悪の気を遮断する防御力を発揮している。
【悪魔の気】を振り払い、タンガはトンギを手に、
イオシスの横から攻撃を仕掛ける。
咆哮の後、イオシスは硬直していた。そこにタンガのトンギが突き刺さる。
タンガはトンギを引き抜き、さらに攻撃を加えた。
「おりゃぁ!死にやがれ!」
次の攻撃も命中。タンガが調子に乗って五発目を入れようとした時、
再びイオシスの咆哮と【悪魔の気】が放たれる。
「うおぉぉ、ビックリした!」
タンガは衝撃波で吹き飛び、尻もちをつく。そして、イオシスを見た。
イオシスの体に、ヒビが入り始めているのが見える。
それを見たロウ爺さんが叫んだ。
「いかん、タンガ!そやつから離れるんじゃ!」
「えっ?」
「早く離れい!」
「なんでだよ、せっかくいいところなのに」
「わしの言う事に従わんか! 早く!!」
ロウ爺さんのただ事ではない怒声に、タンガもようやく動き出した。
「ぐぉぉぉぉぉぉぉ、虫けらがぁぁぁぁぁ!」
先ほどよりも数段強い咆哮と共に、さらに強烈な【悪魔の気】が
周辺に放出される。肌を刺すような、ビリビリとした悪魔の気の瘴気に、
さすがのロウ爺さんでさえ魔法を使わざるを得なかった。
【ルーメン デフェンソリウム マギクム×III】
魔法詠唱のため、若干の時間を要した事で、強烈な悪魔の気を浴びてしまい、
かなりのダメージを受けてしまった。しかし、ロウ爺さんの巨大な気は
それを弾き弱めていたため、致命傷には至らずとりあえずは無事だ。
詠唱が終わると、魔法のエナジーバリアがロウ、タンガ、モニカの3名の周囲を覆い、
強烈な悪魔の気の瘴気から3名を守った。
この【悪魔の気】は、かなり遠くで戦っていたアンデッドや冒険者たちにまで影響を及ぼし、かなりのアンデッドが塵に返り、まだ生きていた冒険者たちは体だけでなく魂までも消耗してしまい、極度の疲労感に襲われ倒れる者や、ふらふらと建物の方へと逃げていくのがやっとという状況に陥っている。
「これは堪らん、皆やられてしまいおったわい」
「ロウ爺、助かった」
「おお、タンガ何とか間に合ったか」
「ロウさん、助かりました」
後ろからも、モニカが駆けつけ、防御魔法をかけてくれたロウに礼を述べた。
3名がそんなことをしている間に、悪魔イオシスは形態を変え、より大きく、
より力強く変身していた。
巨大化した体は優に4メートルを超え、まるでそびえ立つ壁のようだ。
巨大な蝙蝠のような翼を広げ、羊のような角を誇示するその姿は、
まさに悪魔そのものだ。
その手には握られた、魔法の水晶が赤い雲のような光を放ちながら浮かびあがり、
悪魔の力を増幅させているようにみられる。
「いかん、奴は上級悪魔じゃ。しかも完全体になりおった!」
ロウ爺さんの声は、いつもの自信に満ちたものではなかった。
ヒヨッ子のタンガを守りながら、この強大な敵に勝てるのか?
長年の経験を持つ熟練の【守護】でさえ、確信が持てないでいる。
「どひゅゅゅゅゅゅ~~~!」
咆哮が轟き、悪魔は【ティル ケサミム】を唱えた。
ドガン、ドガン、ドガン、ドガン、ドガン、ドガン…(無数の爆発音)
凄まじい数の魔法ミサイルが、タンガたち3人に降り注いだ。ランダムミサイルとはいえ、その数は圧倒的で、まるで嵐のごとく飛来してくる。
「こりゃたまらん!」
【守護】でさえ、この怒涛の攻撃にあらがう事を辞め
新たな魔法障壁を作り出す。
【ムルス マギクムII】魔法の壁
【ムルス マギクムII】魔法の壁
と、二重に魔法障壁を展開し、防御に徹する。
作ったばかりの魔法障壁に次々と魔法ミサイルが激突し、爆発が轟く。
しかし、ロウ爺さんの魔法障壁は壊れる事無く、完全に攻撃を防ぎきったのだ。
「ロウさんの魔法障壁、見事にダメージを遮断していますわ。流石です」
「モニカ、褒めてくれるのは嬉しいのじゃが、そろそろ攻撃してはくれんかの?」
「あっ、はい、そうでした!」
ロウ爺さんの指摘で、モニカは我に返った。ようやく高威力の範囲魔法を詠唱できる状態になったのだ。モニカは、自身の持つ攻撃魔法の中で最大の攻撃力を誇る、範囲魔法アイスストームの詠唱を開始した。
【テンペスタス グラキアリス ラタ】
詠唱が完了すると、上級悪魔グレーターデーモンを含む周囲一帯を、
凍てつく嵐が覆い尽くした。それは、無数の氷の刃が吹き荒れる、
まさに氷の嵐だ。その凍てつく冷気が、グレーターデーモンを容赦なく襲いかかる。
無数の鋭い氷の攻撃がグレーターデーモンを襲い、その羽に穴が開き始めた。
しかし、グレーターデーモンの周囲に展開された魔法障壁が邪魔をして、
本体に決定的なダメージを与えられてはいないようにロウ爺さんには見えたのだ。
それでも、モニカの攻撃は十分にグレーターデーモンを怒らせるだけの威力を持っていた。
怒り狂ったグレーターデーモンは、モニカに向かって進んで来ている。
「これはいかん、モニカに、タゲが来てしまったようじゃ」
ロウ爺さんはそう呟き、さらにレベルを上げた魔法障壁を展開する。
【ムルス マギクムIII】魔法の壁
巨大な魔法の壁が立ち上がり、グレーターデーモンの進路を遮る。
しかし、狂暴化したグレーターデーモンは、
ロウ爺さんの魔法の壁に容赦なく突進、何度もぶつかり壁を破壊しようとしている。
ドスン、ドスン、ドスン、ドスン
立て続けに何度も衝撃が加わると、魔法の壁にはひびが入り始めた。
「こりゃあ、長くは持たん」
「畜生、こんな化け物、どうやって戦えばいいんだ!」
タンガは、自身の無力感に怒りを覚えた。
その時、酒場から出てきてタンガたちを探していたロスコフとレザリアが、
危機的状況に陥っているタンガたちを発見。
この状況を認識したのだがレザリアは、ロスコフを守ることを最優先に考えていたため、
手助けすべきか一瞬躊躇する。
すると、それを見たロスコフがこう言ったのだ。
「レザリアさん、今動かないでいつ動くんですか?
悪魔が残れば、次は私たちの番になるだけですよ」
ロスコフの的確な指摘にレザリアは。
レザリアは頷き、シギルを生成した。
"sigil" 【コルスカティオ×III】雷光
生成された秘術紋から、稲妻が閃光を伴い、時間差で三度、解き放たれる。
ヒュン!バン!ヒュン!バン!ヒュン!バン!
レザリアが放った雷光は、稲妻と化し、グレーターデーモンの背後からその巨体を貫き、
黒煙を噴き上げさせた。
グハッ、グホッ、グボボ!
黒煙を噴き上げながらも、グレーターデーモンは、
雷光を放ったレザリアたちへとゆっくりと向き直る。
シュウウウ…、ジュウウウ…、ジュウウウ…
その巨体から、まるで蒸気が立ち上るかのように、
焦げた肉体が驚異的な速度で再生していく。
そして、完全な再生を遂げた瞬間、
グレーターデーモンは轟音のような咆哮とともに、
【悪魔の気】をレザリアたちに向けて解き放つ。
「ぐふぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~!」
轟音と共に放たれた瘴気が、ロスコフとレザリアを飲み込む。
レザリアは、一瞬ロスコフへと視線を向けた。ロスコフの周囲には、
先ほど彼女が施した【レプルシオ マジカII】の魔法障壁がまだ揺らめいており、
瘴気を完全に遮断していた。レザリア自身も、常に身に纏っている魔法の衣によって瘴気の侵食を大幅に軽減していた。しかし、その強烈な瘴気は、レザリアの魂を確実に蝕み、彼女は片膝をついてしまった。それでも、レザリアは決して諦めず、苦悶の表情を浮かべながらも、反撃のためのシギルを生成し続けていたのだ。
瘴気を押し返し、レザリアは決死の覚悟でシギルを詠唱を続ける。
"sigil" 【レプルシオ マジカII】 【イアクルム イオウィス】
再びあの瘴気を浴びれば、レザリアとて無事では済まない。彼女は、ここで奥の手を二つ同時に使うことを決断した。
まず、自身に魔法攻撃を防御するシギルを重ねがけし、万全の防御体制を整えた。
そして、ユピテルの雷を宿したシギルを、さらに別のシギルで覆い隠し、
相手に察知されることなく発射したのだ。
それは、レザリアが持つ最大の切り札となる光だった。
{ユピテルの雷とは、自然界に発生する雷の中でも、特に高エネルギーな1億V~12億Vの雷エネルギーを指す。}
その雷エネルギーが、魔法防御用の秘術紋の背後に隠された、もう一枚の秘術紋から解き放たれると、光速で悪魔の体を貫通、莫大な雷エネルギーを受け、
さすがの悪魔も黒焦げになり... 吹っ飛んだ。
地面を這うイオシス、黒焦げになりながらもまだ生きてはいたのだ。
「くぐはっ…」
「……」
言葉を失うと、そのまま立ち上がることなく煙のように消え去ってしまった。
その光景を目にした者たちは、悪魔が消滅したのかと、秘術師レザリアを驚愕の眼差しで見つめる.....。
しかし、レザリアは涼しい顔で、
「逃げただけよ」
と、静かに言い放つ。
「ふぃ…危険な相手じゃったな」
「ロウさん、ご無事ですか?」
レザリアたちはロウ爺さんたちの元へ駆け寄り、互いの無事を確認した。
ロスコフはタンガと腕を組み、
ようやく安堵の表情を浮かべて互いの無事を確かめ合う事が出来た。
最後まで読んで下さりありがとう、また続きを見かけたら読んでみて下さい。




