番外編 冒険者タンガ誕生 その4
今回は二日間の船の中での話が中心になります。
その16
次の日の早朝、タンガを連れ、ロウ爺さんたちは昨日と同じく朝練を終え、息子さん宅へと戻ってきた。朝食を済ませると、昨日約束した通り、大型船の船着き場へと向かう事に。
ロスコフたちは、昨日の海鳥たちによる糞攻撃を恐れていた。あれはロウ爺さんでもどうしようもなく逃げ出したほどの、厄介な相手だったからだ。恐る恐る警戒しながら海鳥を見つけるため、上空を探索。すると、今朝はまだ大した数の海鳥は来ておらず、パラパラとした数しか飛んでいない事が分かると、ほっと一安心しながら船着き場の方へと向かって歩いて行った。
船着き場に着くと、すでにエイゼンたちが待っていた。
「よぉ、しっかり装備を整えたようだな」
エイゼンは、タンガの装備を見てそう言った。
「ああ、ロスコフ様に買って頂いた。これで、おもっきし戦える」
昨日のボロボロのシャツに鉱山用のズボン姿から一転、見違えるような姿になったタンガを見て、モニカも目を丸くした。
「タンガ君、見違えたわよ。素敵ねぇ。ミスリルの鎖帷子なんて、そんな高価な品物を着けた新人って私初めて見たわ」
昨日仲間に加わった魔術師のモニカは、
タンガの変貌ぶりに驚いているようだ。
「装備なんて全然分からねぇから、防具屋の親父に要望を伝え、任せたんだ」
「そ~なんだぁ。でも頼もしくなったわね」
モニカからの言葉に、タンガは照れ笑いを浮かべている。
そんな和やかな雰囲気の中、エイゼンが声を上げた。
「よっし、自己紹介は後にしてもらうが、今はもう船に乗船しよう」
そう声を挙げ伝えると、全員船に乗り込んでいった。
「うおっ、すげぇやっぱ、でけぇこの船」
「ははは、タンガ、これなら沈没することもないだろうね」
ロスコフが冗談めかして言うと、近くにいた黒衣の剣士が、
「おいおい坊主、海にゃあこの船よりもっと大きな魔物だっているんだぜ。
絶対沈没しねぇなんてことはないんだぞ」
と、声をかけてきた。
「え~!こんな大きな船よりデカイ魔物だってぇ!」
ロスコフは、驚きの声を上げる。
「そうだ。海には恐るべき魔物がたくさん生息している。
舐めては駄目だ。ははは、しかしな坊主、安心しろ。
海は広い。滅多に遭遇することはないのだからな」
そんな会話をしながら歩いていると、船の客室へとたどり着いた。
そこは一般客室で、大きな広い部屋に全員一緒だった。
女性も2名いるため、エイゼンは少し気まずそうに、
「すまん、船の旅券がギリだったんでな。ここしか取れんかった」
そう言い訳する。すると、レザリアが、
「私はロスコフ様を守護するのが役目ですから、気にしなくて良いです」
と言い、モニカも、
「私も、皆と一緒で構いません」
そう言ったため、問題ないことになった。
しばらくすると、汽笛が鳴り、船は出航。
「わぁ、もう船でちゃったよ。結構、ギリギリだったんだね」
「ほんとだね」
そんな会話をしていると、エイゼンが、昨日仲間に加わった2人を紹介し始めた。
「ちょっと待ってくれ、みんな。こちらの2人は、昨日あの後、
うちと組むことになったチェスさんとアシタガさんだ」
「どうも皆さん。私がチェス(29)です。職業は前衛戦士、敵の攻撃を受けるのが得意です。ランクはBBB。今回はよろしく頼みます」
「俺の名はアシタガ(34)だ。チェスと同じく前衛の魔戦士だ。攻撃系のバフは自分でかけれる。ランクはA。よろしく頼む」
「どうも。こちらこそよろしくお願いします」
タンガは、冒険者の大先輩たちにぺこりとお辞儀をした。
2人の戦士は、そんなタンガを見て、
「んっ、なんだこの初々しい若者は?」
等と、エイゼンに尋ねた。
「そいつは、俺がスカウトした奴だ。職業は何になるんだっけ、タンガ?」
職業を聞かれたタンガは、
「えっと、職業は鉱夫だ」
そう答えた。ワーレン侯爵領にある炭鉱兼魔晶石採掘場で働いていたので、
そう答えたのだ。
しかし、
「なにぃ、鉱夫だと?舐めてんのか、お前達?」
2人の戦士は、急に態度を硬化させた。今回のターゲットは悪魔だ。素人とアライアンスを組んで勝てる相手ではない。つまり、こんな弱そうな奴と一緒では自分たちの命も危うくなると考え、怒り出したのだ。
「エイゼン、てめぇ、俺達を舐めてんのか?」
2人の戦士は、怒りを露わにしてエイゼンを問い詰める。
彼らの顔は険しく、今にも掴みかからんばかりの勢いだ。
そこへロウ爺さんが口を挟んだ。
「まぁ待て、若いの。エイゼンはタンガの底知れぬ可能性に気づいたから誘ったんじゃよ」
穏やかな口調でロウ爺さんが割って入ったが、2人の戦士の怒りは収まらない。
「黙ってろ、爺さん。これは俺達とエイゼンの話だ」
凄みを効かせて、ロウ爺さんに向かって闘気を放った。その闘気は、
ロウ爺さんを威圧し、黙らせようとする強い意志を感じさせる気だ。
すると、ロウ爺さんは静かに立ち上がり、二人に向けカウンターの闘気を放った。
その闘気は、2人の戦士が放った闘気を軽々と打ち消し、
さらに圧倒的な力で彼らを押し返した。船室内に、緊張感が走る。
突如、常軌を逸するほどの闘気がロウ爺さんから立ち昇り、
先に闘気を放ったチェスへと向けられたのだ。
それはまるで、長年封印されていた古の魔物が解き放たれたかのように、
圧倒的な存在感を示しチェスの気を小さくさせたのだ。
その闘気は、とんでもないバケモノ級だったため、船に乗っていた冒険者たちは、
皆慌てて外に飛び出し、甲板へと向かった。近くでその闘気を受けたチェスは、
尻もちをついて倒れ込み、隣にいたアシタガも、片膝を折り、
剣を床に突き立てて荒い息をしていた。
2人の戦士は、凄まじい脱力感に襲われ、冷や汗を流しどっと疲れを感じていたのだ。
「はぁ、はぁ、はぁ…」
言葉も出せないほど疲労困憊しきっていた。それでも何とか、
闘気を放ったロウ爺さんの方を向き直ると。
(一体なんだ、この爺は…)
と、心の中で呟いた。仮にもAランク冒険者である自分を、
覇気だけで何もせずにここまで圧倒してしまったのだ。
目の前の恐ろしい爺さんに、もしかして昨日騒ぎになっていた…
「あの、あなたはもしかして、昨日騒ぎになってたと言う、
ワーレン侯爵家の【防御者】さんなのでは?」
そう尋ねた。すると、
「そうじゃ、防御者は儂の通り名じゃ」
そう、ロウ爺さんは答えた。それを聞いたアシタガは、エイゼンの方を振り向き、
「てめぇ、なぜ言わなかった」 等言って詰め寄っている。
「ははは、わりぃ。こんなことになるとは予想もしてなかったので」
エイゼンは、少しバツが悪そうに弁明した。
完璧に実力違いの【力】を見せつけられたアシタガは、
「すみません、ロウさん。その若者のことはもう問いません。
私たちと若者の実力以上に、私たちとロウさんの実力には差があり、
今回は一緒にやらせていただけて光栄に思います」
「チェスもそう思ってるだろ!」
尻もちをついたままのチェスは、アシタガの問いにコクリと頷いた。
「ご覧の通りです、ロウさん。どうか今回のことは許してください」
こう詫びを入れて来た。タンガも一時は自分のことが発端だったので、どうなるのか心配だったが、やはりロウ爺さんは凄い爺さんだったんだなと、改めて感心している。
「ごめん、ロウ爺。また助けてもらっちまったな」
「気にするな、タンガ。お主はこれからの男なのじゃからな」
「うん。早く強くなって、舐められないようになるよ」
「これこれ、本物の強さは毎日の積み重ねで変わってくるもんじゃ。
まぁ、時々ジャンプすることもあるがの」
「うん、ジャンプしてやるよ!」
「ちょい待て。そりゃ違うだろ」
エイゼンは、ロウ爺さんの話を訂正しようとしたが、タンガにはジャンプのところが強く印象に残ったようだ。
そんな感じで自己紹介が終わり、ロスコフは船の下層がどうなっているのか気になり、
部屋から出て行った。もちろんレザリアも付き従う。
船の下層は、荷物置き場になっている部屋や船員たちの食堂などがあった。さらに深層へ進むと、バラストタンクが設置されていた。初めて見る光景にロスコフが興味津々で見ていると、船の技術長がやってきて、
「こらこら、ここに入っちゃいかんよ。ここは関係者以外立ち入り禁止なんだぞ」
と、声をかけて来た。すると、ロスコフは、
「すみません。船の下層がどうなっているのか見て知りたかったんです。
それに浮力調整はどう取っているのかなぁ?と気になってしまって」
ロスコフがそう話し始めると、技術長の態度は一変し、ロスコフのそばに駆け寄ってきた。
「えらいぞ小僧! 船の作りに興味があるのか!」
「はい。こんな大きな船、初めてなもので、
どうやって海水を浮かせ調整しているのかなって…疑問に思ってしまって。」
「そうか... 分かった、どうやらお前さんには他の者とは違う素質があるようだ。
いいだろう、好きなだけ見ていきなさい」
先ほどとは打って変わり、今度は見学の許可を与え、
さらに何か質問はないかとさえ尋ねてきてくれたのだ。
「どうだ?ここを見て何か思ったことを言ってみなさい」
そう言われたロスコフは、さっそく質問した。
「えっと、あの装置は多分船が浮いていることと関係があると思うのですが、
一体何をしているんですか?」
キラリ☆
技術長の目が光った。
「ふふん。なかなかよく見ている若者よ。あれはな、深層バラストタンクといってな、
船舶のトリムを調整するためのものだ。つまり船首と船尾の喫水差を調整しておる」
「へぇ、喫水差かぁ。喫水差って船体が水に沈んでいる深さですよね?」
「そうじゃ。よく知っているな若いの。よほど船のことが好きだったのか?」
「はい。本をかなり読んでいましたので」
「本の知識も良いが、本物はまた違う。よく見ていくと良い。そろそろ儂は仕事に戻らねばならんのでな、わしはここまでだ、何かあったら儂の名、リュコックの名を出して良いから。」
「はい。ありがとうございます」
「うむ。じゃあな」
そう言って、技術長の叔父さんは去っていった。
レザリアはただ黙って見ていたが、心の中では、
(さすが未来の侯爵様。普通の者なら追い出されているはずなのに、あっという間に難しそうな叔父さんを味方につけてしまうなんて。きっとカリスマ値が他の者とは違うんだろうな)
等と解釈していた。
それからロスコフは船のあちこちを見て回り、
「お腹空いてきちゃったね。そろそろ戻ろうか、レザリアさん」
「堪能されましたかロスコフ様? では戻りましょう」
二人が大部屋へ戻ると、ロウ爺さんとタンガが待っていた。他の皆は食堂へ行ったらしい。
「おかえり、ロスコフ様。待ってたんだぜ」
タンガが屈託のない笑顔でロスコフを呼んでいる。
「ごめんごめん。つい夢中で見てしまってた」
ロスコフは少し申し訳なさそうに答えた。
「ロスコフ様、十分堪能できましたかな?」
ロウ爺さんがそう尋ねた。
「はい、ロウさん。下層は面白かったですよ」
「そうか。そいつは良かった。それではワシらもそろそろ食堂へ行こうかの。」
「そうしましょう」
そう言うと、皆で食堂へと向かった。行く途中、
すでに食事を終えたチェスとアシタガの二人とすれ違う、すると。
「今からですか、ロウさん達は」
チェスが尋ねる。
「そうじゃ、わしらは今からじゃ、食べ終わったのならあ部屋を頼んで良いか」
「はい、任せといてください、ロウさん」
チェスは、ロウ爺さんに深く頭を下げ、すっかり大人しくなっていた。
「あの人たち、変わったね」
ロスコフが呟いた。
「そりゃあ、ロウ爺のあれを食らったら誰でもああなるよ」
タンガは、自分は一度も食らったことがないくせに、知ったかぶりをして言った。
ロスコフは、 「くすっ」 と笑う。
「なんだよ、ロスコフ様」
「いや、何でもないよ、タンガ。それよりお腹減っちゃったから急ごうよ」
ロスコフがそう言うと、皆、急ぎ足で食堂へと向かった。
次の日も何事もなく、ロスコフは船の探索を続け、終始ご機嫌だった。
タンガとロウ爺さんは、船の上でも朝練を欠かさず、他にすることがなかったため、
昼も甲板に出て激しく修行をしていた。
すると、その修行を見ていたチェスとアシタガの二人が、
自分たちも混ぜてくれと言い出し、加わってきた。
その苛烈な修行を見ていた船員や他の冒険者たちは、
あまりのハードさに驚き、
「あの小僧、朝からずっとだぜ。すげぇ根性してるよな」
などと、感心していた。彼らは、ハードな修行を見て、
冒険者ってこんなにも厳しいのかと改めて思い知り、
自分たちがどれほど恵まれていたかを再確認していた。
そんな甲板員たちをじっと見ていた者がいた。それは船の甲板長だ。
甲板長は、タンガたちの姿を見て、うちの甲板員たちも、
もっと鍛えなければと、反省してたのだ。
そうとは知らず、甲板員たちは、タンガを見ながら今と言う幸せを感じていたのだ。
二日間の船旅を終え、無事にハイメッシュ島に着くと、
船に乗ってきた冒険者たちがぞろぞろと船から降りていった。
タンガたちも後に続いた。
船から降りると、近くの宿屋に向かい始めたエイゼンは、
「取り合えず、前線基地になる宿屋へ向かう。部屋が空いているか確かめよう」
そう説明し、急いで宿屋を探した。
船員の話では、このハイメッシュ島には宿屋が二軒あり、
一つは高級だが部屋数が少なく、
もう一つは比較的安価で多くの人が泊まれるということだった。
彼らがやってきたのは、それほど大きくもなく、綺麗でもなかったため、
エイゼンは安い方の宿屋だと判断し、中へと入っていった。
「ここにしよう」
エイゼンがそう言って中へ入ると、レザリアはあまり綺麗とは言えない宿屋を見て、
ロスコフ様には不釣り合いだと思ったが、ロスコフは躊躇なく中へ入っていったため、慌てて自分も後に続く。
すでに部屋割りが終わっており、レザリアは客が誰もいないことに気づいた。すると、チェスがレザリアに、
「この島は元々リゾートがメインの島だからね。悪魔が現れたと知って観光客は皆逃げちまったんだろう」
そう説明。それでもレザリアは、昨日出港した冒険者たちが泊まっているはずなのにと、
不思議に思っていた。
部屋割りは、一号室がタンガとロスコフ、二号室がモニカとレザリア、三号室がエイゼンとパトリック、四号室がチェスとアシタガ、五号室がロウ爺さんとガイヤとなった。荷物を部屋に置くと、彼らは酒場へと向かった。
酒場は宿屋のすぐ近くにあり、中からは賑やかな声が聞こえてきた。酒場に入ると、船で一緒だった冒険者たちがすでに飲み食いを始めていたのだ。
エイゼンたちもすぐに場所を確保している。
「ロウさん、こちらに」
チェスは、ロウ爺さんを丁寧に席へと案内する。
皆、悪魔討伐の話で盛り上がっていたが、昨日来たはずの冒険者を見かけないという声もちらほらと聞こえてきた。
「おい、皆聞いてくれ。ちょっと何かがおかしいと思うんだ」
ある冒険者が声をあげた。
「なんだなんだ。酒飲んで何がおかしいと言うんだ?」
「いや、昨日出港した冒険者たちを見かけた者はこの中にいるか?」
「いや、俺は見てねぇな」
「俺も見てない」
すると、別の冒険者が酒場のマスターに、
「おい、マスター。昨日来た冒険者の奴らを見かけたか?」
そう尋ねる。
すると素っ気なく「儂は知らん」 マスターはそう答えた。
「おい、マスター。知らねぇ訳ある筈なかろう。冒険者ならまず酒場に来て、情報交換しながら酒を飲むのが常識だ。昨日来た奴らも間違いなくここへ来た筈だ。何処へ行った?」
別の冒険者が問い詰めたが、マスターは口を閉ざしたまま何も話さない。
「おい、マスター。何が不満なんだ。その態度はどういう事なんだ?言って見ろ。昨日の冒険者たちが何かしたのか?」
さらに別の冒険者が問いただしたが、やはりマスターは何も答えようとしない。
すると突然、先に飲み食いをしていた冒険者たちが苦しみ出した。
「ぐはっ」
飲んだものを吐き出し、喉を抑え、苦しんでいる。
「ゲホゲホ…」
「何、まさか食べ物に何か入ってたのか?」
バタバタと、飲み食いをしていた者たちが倒れる。
「おのれぇ」
まだ動ける冒険者が剣を抜き、マスターに襲い掛かった。
冒険者の中にいたドルイドが、
【デトキシカーティオ】
毒を消す魔法を唱える、それに続き僧侶のパトリックも、
【デトキシカーティオ】
と唱え、倒れて苦しむ者たちに毒の浄化魔法をかけた。
最後まで読んでくれてありがとう、また続きを見かけたら宜しく。




