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夜哭に沈むオクターブ

救済とは何か。

それは苦しみを忘れることか、それとも魂が空っぽになることか。

北の街で囁かれる甘い福音は、人々から大切な「記憶」を啜り上げていた。一人の忠義の騎士が、その祝福という名の呪いに触れた時、悲しみの連鎖が静かに回り始める。

                 その155


 

―北の聖域、不浄の影


アンヘイムでの束の間の休息の後、ワーレン邸の門から二つの旅団が、それぞれの使命を胸に出立していった。

一つは、西の港町ホエッチャへ。ロスコフへの妨害工作の黒幕を暴くため。

そして、もう一つは、北へ。この国に静かに浸透する、グラティア教という不浄な影の正体を突き止めるために。


マルティーナの旅に同行するのは、忠実なる従者のシャナとオクターブ、そして“闘神”ゲオリク。さらに、この国の現状に強い関心を抱いたA級冒険者のリバックも、その護衛として加わっていた。


だが、その一行の中に元国家魔術師ラージンの姿はなかった。

「……マルティーナ様。どうか、お気をつけて」

門前で見送るラージンの顔には、長旅の疲れが深く刻まれていた。六十七歳という年齢は、これ以上過酷な旅を続けるにはあまりに重すぎたのだ。

「ラージンこそ。ご無理なさらないでくださいね」

マルティーナは、父親のように慕う老魔術師の手を優しく握った。


彼の滞在理由は、ただの休養ではなかった。このワーレン邸の地下に眠る魔導アーマーと魔晶石という未知の技術との出会いが、彼の知的好奇心を刺激してやまなかったのだ。彼は残りの人生を、この新たなる知の探求に捧げることを決めたのである。


「ロスコフ様。ラージンのこと、よろしくお願いいたします」

マルティーナの言葉に、ロスコフは静かに頷いた。彼にとっても、ラージンという高位の魔術師の協力は願ってもないことだった。



【リバンティン公国 北部 - 某都市】


アンヘイムを出立して数週間。

マルティーナたちがたどり着いた北部の都市は、首都とは全く違う重苦しい空気に包まれていた。冷たい石畳の道を行き交う人々の顔には笑顔がなく、煤けた壁の家々からは子供たちの笑い声さえ聞こえてこない。誰もが互いを監視するように視線を交わし、ひそひそと交わされる会話は冷たい風にすぐに掻き消されてしまう。


「……妙ですね。街全体が、何か見えないものに怯えているようです」

シャナが、外套のフードを目深に被りながら呟いた。


一行は街の中央広場に近い宿屋に部屋を取ると、早速情報収集を開始した。リバックとオクターブは用心棒を探している商人に扮して酒場へ、マルティーナとシャナは街の主婦を装い市場へと足を運んだ。


市場の空気は特に奇妙だった。表面的な活気はあるものの、店主たちの会話はよそよそしく、客と目が合えばすぐに逸らされる。そして、いくつかの店先にはラーナ神の小さな護符の隣に、見慣れぬ太陽の紋章――グラティア教のシンボルが、まるで当然のように掲げられていた。


「……奥様。最近、この辺りで何か変わったことはありませんでしたか?」

シャナが布地を品定めするふりをしながら、女主人に何気なく問いかける。女主人は一瞬あたりを見回すと、声を潜めて答えた。

「……お前さんたち、よそ者だね。あまり変なことには首を突っ込まない方がいいよ。特に、最近新しくできた西の集会場にはね……。あそこに関わってから、亭主と口も聞かなくなったって言う隣人もいるんだよ。昔はもっと、皆で笑い合ってたもんなんだけどさ……」

そこまで言って彼女ははっと口をつぐむと、「ほら、布地ならこっちの方が上等だよ!」と慌てて話題を変えてしまった。


その夜、宿屋に集まった一行は、それぞれの得た情報を突き合わせた。リバックたちも酒場で同様の話を耳にしていた。西の集会場――そこがグラティア教の拠点らしい。重い病を患った者や貧困に喘ぐ者がそこに通い始め、数日するとまるで別人のように「救われた」顔で戻ってくるのだという。


「……ハミルトンで聞いた話と、同じですわね」

マルティーナの顔に、厳しい表情が浮かぶ。

「確かめに行くしか、なさそうだな」

リバックが、その巨大なスパイクシールドを撫でながら言った。


「ええ」マルティーナは頷いた。「ですが、正面から乗り込むのは危険です。まずは、彼らが何をしているのか、その実態を掴まなければ」

その言葉に、これまで黙って話を聞いていたオクターブが、待ってましたとばかりに胸を張った。

「マルティーナ様! その役目、この私にお任せください! シャナ殿を危険な目に遭わせるわけにはいきません。私が、必ずや奴らの拠点の情報を持ち帰ってまいります!」


その少し空回っているようにも見える自信満々な申し出に、シャナは「あなたは、少し落ち着きがないから……」と眉をひそめたが、マルティーナは彼のやる気を尊重するように静かに微笑んだ。

「……分かりました。お願いします、オクターブ。ですが、決して無理はしないこと。危険を感じたら、すぐに戻ってくるのですよ」

「はっ! お任せを!」


これまで壁際に控え、沈黙を守っていたゲオリクは、そのやり取りをただ静観していた。



その夜、オクターブは自慢の俊敏さを活かし、夜の闇に紛れて西の集会場へと潜入した。建物は古びた石造りの教会を改装したもののようで、内部からは賛美歌のような、しかしどこか魂を直接削るような不気味な旋律が漏れ聞こえてくる。


彼は壁を伝い、二階の窓から内部の様子を窺った。中では十数人の信者たちが一人の神父を取り囲み、儀式を行っている。神父が黒い聖杯を掲げ、信者たちがそれを次々と口にしていく。ハミルトンで聞いた話と全く同じ光景だ。

(よし……もう少し、近づいて……)


彼がさらに内部の様子を探ろうとした、まさにその時だった。儀式の中心から放たれる禍々しい気配が、彼の精神に直接触れた。それは魂を逆撫でするような強烈な不快感で、俊敏さが売りの彼ですら、ほんの一瞬、動きと思考が鈍る。

その、コンマ数秒の硬直が命取りだった。

窓枠にかけた体重がわずかにずれ、彼の足元にあった古びた石材が、その負荷に耐えきれず音を立てて崩れ落ちたのだ。


ガラガラッ!

静寂な儀式の場に、その音はあまりに大きく響き渡った。

「――誰だ!」

神父の鋭い声と同時に、全ての信者の目が一斉にオクターブがいる窓へと向けられる。

「しまっ……!」

オクターブは即座にその場から離脱しようとしたが、遅かった。信者の中の数人が明らかに常人ではない速度で壁を駆け上がり、彼に襲い掛かってきたのだ。彼らは、既に半分「成り果て」へと変貌しかけている強化兵士だった。


オクターブは剣を抜き応戦するも、相手は複数。痛みを知らぬ人形のような動きで、ただひたすらに彼を捕らえようとしてくる。なんとか二体を斬り伏せたが、残る一体に組み付かれ、体勢を崩したまま地面へと落下してしまった。

強かに頭を打ち、朦朧とする意識の中、彼は自分を取り囲む無数の信者たちの、光のない瞳を見上げていた。


そして、ゆっくりと近づいてくる神父が、嘲るように言った。

「……愚かなネズミめ。お前もまた、我らが主の、新たなる祝福を受けるがいい」

オクターブの最初の偵察任務は、最悪の形で失敗に終わった。



―祝福という名の汚染


強かに頭を打ち、朦朧とする意識の中、オクターブが見上げたのは無数の光のない瞳だった。自分を取り囲む信者たちの顔には何の感情もなく、ただ、これから行われる「聖なる儀式」を待つ陶酔にも似た静寂だけがそこにあった。


「……愚かなネズミめ。お前もまた、我らが主の新たなる祝福を受けるがいい」

神父が嘲るように言った。


彼は教会の奥、かつて祭壇があったであろう場所へと引きずられていった。そこには黒い大理石でできた、禍々しい紋様が刻まれた石のテーブルが置かれている。彼はその冷たい石の上に、乱暴に転がされた。


神父がゆっくりと近づいてくる。その手にはあの黒い聖杯が握られていた。中には、粘つくような暗黒の液体が満たされている。

「や……やめろ……!」

オクターブは必死に声を振り絞ったが、その声は狂信者たちの耳には届かない。


「恐れることはない、子羊よ」神父は、まるで慈愛に満ちた聖職者のように優しく語りかけた。「これは苦しみではない。救済だ。お前は理解できぬだろうが、苦しみの根源は痛みや悲しみを記憶する、その脆い魂そのものなのだ。我らが主は、その不要な記憶を啜り上げ、お前を空っぽにしてくださる。主の大いなる意思の一部となることで、永遠の安らぎを得るのだ。さあ、この**《夜哭の杯》**を受け入れるがいい」


神父はオクターブの顎を無理やりこじ開けると、その口に聖杯の液体を注ぎ込んだ。


「ぐっ……!? ぐぶっ……!」

鉄錆と腐臭の味が喉を焼く。だが、それ以上に恐ろしいのは、その液体がただの毒ではないことだった。

それは**“他人の絶望”**だった。


液体が体内に入った瞬間、オクターブの脳裏に、凄まじい勢いで名も知らぬ誰かの最後の記憶が流れ込んできた。

拷問の末に仲間を売った騎士の後悔。

病の娘を救うために信仰に縋り、全てを失った父親の悲嘆。

誇りを砕かれ、魂が砕ける瞬間の、おびただしい数の断末魔の叫び……!


憎悪、恐怖、絶望、後悔!

無数の死者たちの記憶が濁流となって彼の精神を蹂躙し、自らの記憶と混濁していく。

「ああ……あああああああああああああああああっ!!!」

オクターブの絶叫が教会に響き渡った。彼の自我が他人の絶望に飲み込まれ、溶かされていく。マルティーナへの忠誠も、シャナへのライバル心も、故郷への想いも、全てが黒い憎悪の奔流に押し流され、塗りつぶされていく。彼の魂が、空っぽになっていく。


やがて絶叫が止んだ時、祭壇の上に横たわっていた「オクターブ」は、もうそこにはいなかった。

「……立て、我が僕よ」

神父が静かに命じると、それに呼応するように、祭壇の上の骸が喉の奥から空気を引き裂くようなおぞましい音を漏らし始めた。

「グギャァ……ォォォ……」

それはもはや人間の声ではなかった。理性という箍が外れた猛獣が、新たな主を認識し、服従を示すかのような低く湿った唸り声。その瞳からかつての快活な光は消え失せ、代わりに主の命令を待つ空虚な忠誠だけが宿っている。


彼の最初の任務は、既に決まっていた。

ほんの数時間前まで彼が命を懸けて守ると誓った主君の元へ、新たなる「祝福」を届けるための尖兵として。



―成り果てた友


宿屋の窓が、カタカタと夜風に揺れている。

その静寂の中で、シャナはふと顔を上げた。

「……マルティーナ様。また、あれが近づいています。この悍ましい気配……間違いありません」

壁際に控えていたゲオリクは、微動だにしていない。

マルティーナは静かに頷いた。

「……分かりました。宿の方々にご迷惑をおかけするわけにはいきません。外へ出ましょう」


一行は町の中心にある、月明かりに照らされた石畳の広場へと移動した。

待ち構えるのは二人。片手で軽々と大盾スパイクシールドを構える巨漢リバックと、【血月の槍】の先端を月光に煌めかせる戦乙女シャナ。その後方で、マルティーナとゲオリクが静かに戦況を見守る。


やがて、暗い路地の奥から「それ」は現れた。

「グ……ギ……ギ……」

十数体の成り果てどもが、よろめきながら、しかし一直線にマルティーナたちへと向かってくる。


そして、その先頭に立つ一際大きな影。他の者たちとは明らかに違う。その動きには、微かながらも統率者のような意思が感じられた。剥き出しになった皮膚は魚のようなどす黒い鱗に覆われ、粘液でぬらぬらと光っている。

だが、シャナの視線は、その怪物が腰に提げた一つの物に釘付けになった。

見覚えのある、白銀の長剣の柄だった。

(……嘘……でしょう……!?)

それは紛れもなく、オクターブが長年愛用し、女神セティアの祝福を受けた唯一無二の相棒。なぜ、成り果てが聖なる剣を身に着けていられるのか?


その成り果てがシャナたちの存在に気づき、ゆっくりと顔を上げた。

その顔はもはや人間のそれとは言い難かったが、歪んだ骨格の奥に残る面影。かつて快活な笑みを浮かべていた、あの親しみ深い輪郭。

腰の剣と、冒涜的に歪められた見覚えのある顔。残酷な二つの証拠が、シャナの中で一つの信じたくない結論を結びつけた。

「……オクターブ……なの……?」

シャナの震える声が、夜の静寂に吸い込まれていった。

後ろでマルティーナが、声にならない悲鳴を抑えるように口元に手を当てているのが分かった。

その声に反応したかのように、成り果てとなったオクターブが顔を上げ、かつての仲間たちへ向けて獣の咆哮を迸らせた。

「グギャアアアアアアアアアアッ!!」


その魂まで冒涜されたかのような絶叫が開戦の合図だった。

ドドドドドッ、と石畳を蹴り、成り果てどもが一斉に広場へと雪崩れ込んでくる。

「――来るぞ!」

リバックの叫びが轟く。ズンッ!と彼が大盾を石畳に突き立てると同時に、シャナの【血月の槍】がキラリと閃いた。


だが、シャナの動きは迷いに満ちていた。

「……オクターブ……? まさか……あなた、なの……?」

その問いかけに、成り果ては「グルルル……」という威嚇の唸りで答えるだけだった。


ガギンッ! ギャリリリリッ!

先頭の数体がリバックの盾に突撃し、爪が聖なる金属を削る耳障りな音を立てる。「くそっ、キリがねえ!」

シャナもまた、襲い来る成り果てどもの攻撃を槍で捌いていくが、その刃は意図的に急所を外していた。

(ダメ、殺せない……! どんな姿になろうと、彼は……!)

ザシュッと一体の成り果ての肩を槍が貫く。だが、痛みを感じない敵は尚もその腕をシャナに伸ばしてきた。


その時、シャナは叫んでいた。

「リバックさん! あの先頭にいるのはオクターブなのよ! 殺さないでッ!」


その後方で、マルティーナは助けを求めるように隣に立つゲオリクを振り返った。だが、“闘神”は静かに首を振る。

「マルティーナよ。助けてはやりたいが、われでは出来ぬ」

その声は、神としての冷徹な真実を告げていた。

「あの呪いは魂にまで絡みついている。外部からの力で無理に引き剥がそうとすれば、彼の肉体そのものが内側から崩壊するだろう」

ゲオリクは、苦悶に顔を歪めるマルティーナに唯一の可能性を示した。

「彼が自らの意思で、あの魑魅魍魎の残響から抜け出すしかない。それ以外に、彼を人に戻す術はない」


そのあまりに酷な宣告。

その間にも戦況は悪化し、ついに防御網を成り果てとなったオクターブが獣のような俊敏さで突破した。狙いは、ただ一つ。マルティーナだ。


「マルティーナ様!」

シャナの悲鳴が響く。だが、オクターブの禍々しい爪がマルティーナに届く寸前、フンッ、と鬱陶しい虫を払うかのような短い息遣いが聞こえた。

ゲオリクの巨大な左手が、柳の枝のようにしなやかに振るわれる。

ゴッ!!!

軽やかな動きとは裏腹に、その一撃は絶対的な質量を持っていた。

オクターブの身体は砲弾のように吹き飛ばされ、ドゴォォォンッ!!と数十メートル先の建物の壁に叩きつけられる。ガラガラと崩れた瓦礫と共に地面へと滑り落ち、その口から「ぐぇぇ……ぎ……」と潰れた蛙のような哀れな呻き声が漏れた。

彼はピクリと痙攣しながらも、なおその虚ろな瞳でマルティーナたちを睨みつけていた。


ドサッ……。

最後の成り果てがシャナの槍によって塵へと還り、広場には不気味な静寂が戻った。残されたのは、地面で「ぎ…ぎぎ…」と痙攣しながら、なおもマルティーナを睨みつける、かつての仲間オクターブの骸だけだった。

リバックは宿屋から持参した太いロープで暴れるオクター-ブを縛り上げると、その悍ましい姿を隠すように分厚い布を被せた。


宿屋の一室。蝋燭の炎が、テーブルを囲む者たちの沈痛な顔を照らし出す。

床には、布の中で「グルル……」と獣のように唸り続けるオクターブが転がされている。

「……どうすれば……」

マルティーナの声は、か細く震えていた。


その問いに答えたのはシャナだった。その瞳には甘えを捨て去った、戦士としての強い決意が宿っている。

「マルティーティーナ様。今は感傷に浸っている時ではありません。敵の拠点を、今すぐに叩かなければ」

「ですが、オクターブが……!」

「私が、行きます」シャナはマルティーナの言葉を遮った。「リバックさんと、二人で。マルティーナ様とゲオリク様は、どうかここに残り、オクターブさんのことを見ていてください」

それは命令ではなかったが、その声には誰にも覆すことのできない覚悟の重みがあった。


こうして、方針は決まった。オクターブの処遇は一旦保留。シャナとリバックの二人で敵のアジトを急襲し、この街の汚染源を断つ。

二人は夜の闇へと再び駆け出した。成り果てどもが残した微かな腐臭と地面の痕跡を頼りに。


やがてたどり着いたのは、西の外れにあった集会場だった。

ガコンッ!

リバックは扉を蹴破り内部へと突入。中では神父が数人の信者と共に驚きの声を上げていた。

「な、何者だ、貴様ら! 神の聖域を荒らすとは、許さ……」

「―――黙れ」

リバックの地を這うような低い声が、神父の言葉を遮った。次の瞬間、彼の銀色の巨体がゴッ!という鈍い音と共に神父へと突進する。

「ぐはっ!?」

神父は背後の壁へと吹き飛ばされ、身動きの取れないその身体に、リバックはズズン……!と自らのスパイクシールドを押し付けた。

ギシギシ、グサッ、グサッ……!

石の壁と鋭く尖った金属の盾の間で、神父の肉を貫く嫌な音が響き渡る。「が……あ……あ……」神父は蛙が潰れた様なうめき声を上げると、やがて動かなくなった。


そのあまりに圧倒的な暴力に、残された信者たちは「ひぃっ!」と悲鳴を上げ、腰を抜かして震えている。

リバックは彼らに向き直ると、静かに語り始めた。

「これが、貴様らの信じる『救済』の正体だ」

彼は教会の地下へと続く扉を蹴破り、そこに隠されていた一体の「成り果て」を引きずり出してきた。

「どうだ。お前たちもこうなりたいのか? お前たちの娘も、こんな魂の抜け殻にしたいのか? 家族だろうが仲間だろうが、見境なく食い殺すだけの哀れな化け物にな!」

隅にいた年老いた信者が震えながら反論する。「嘘だ! 夜哭の司祭様は、我らの苦しみを忘れさせてくださると……! 病気の娘が治ると、そうおっしゃったんだ!」


「忘れる、だと?」リバックは嘲るように鼻を鳴らした。「忘れさせられているだけだ。貴様らの苦しみも、悲しみも、家族との大切な思い出さえも、全てあの黒い杯に啜り取られ、どこぞの神の糧にされているに過ぎん!」


目の前に突きつけられた紛れもない現実に、信者たちは自分たちが信じていたものがただの甘い嘘であったことを悟り、「うわあああああっ!」と泣き叫びながら、それぞれの家へと逃げ帰っていった。

後に残された教会で、シャナは祭壇の隅にカタリと置かれている一つの物体を見つけた。

それは主を失い、静かにそこに横たわるオクターブの『天使の鎧』だった。

彼女は、その冷たい鎧を、まるで亡き相棒の亡骸を抱くかのように、静かに、そして大切に拾い上げる。

二人は教会に残されていた「黒い血」の瓶と天使の鎧を回収すると、マルティーナたちが待つ宿屋へと帰還した。

戦いには勝ったが、その心に勝利の喜びはひとかけらも湧かなかった。







おまけ。



グラティア教・お笑い部門設立のお知らせ

部門名:祝福漫談課(Blessing Comedy Division)

• 所属:グラティア教・忘却醸造官の末端部署

• 目的:魂の絶望濃度を下げるための“笑いの希釈”

• 合言葉:「笑え、さもなくば成り果てよ」


登場人物紹介

漫談司祭・ポクポク丸

• 職務:信者の記憶を聞き出し、ツッコミで浄化する

• 特技:「黒き血?それ、ただの濃いめのコーヒーやろ!」と叫ぶことで儀式を中断させる


成り果て見習い・ゲラゲラくん

• 特性:笑いすぎて“成り果て”になり損ねた奇跡の存在

• 台詞:「絶望?それって美味しいの?ケチャップで食べられる?」

黒き血の精製師・ドリップ神父

• 裏設定:実は“黒き血”をコントレックスで薄めてる

• 名言:「この聖杯、実は偽物なんです」


儀式名:“笑いの杯”

• 信者が過去の失敗談を語る

• 司祭がツッコミで爆笑を誘う

• 笑いが起きた瞬間、黒き血が“ただのワイン”に変化する

• 最後に全員で「乾杯!」して、魂の器を洗浄する


世界救済の最終兵器:“ギャグ・アルケミー”

• ラバァルが開発した、魂の温度を上げる錬金術

• ロスコフが魔導アーマーに“漫才モード”を搭載

• 三柱神も「ちょっと笑ったら消すのやめとくか」と言い出す















最後までよんでくださりありがとう、また見てね。

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