時の流れ
今回でラバァルの物語と成っていた第二部は終わりです、続けて最終となる第三部に移行する事に成ります。 ロット・ノットの裏側の多くを制圧する事に成功したラバァルたちは、組織名も変え過ごしていた、
そんな所に、もうすぐリバンティン公国との戦争が始まると言う噂が、あちこちで囁かれラバァルの耳にも......。
その147
死闘の熱が冷めやらぬアウル本部の残骸から、勝者たちはそれぞれの拠点へと帰還していった。
その凱旋の列に、瀕死の重傷を負った者の姿はなかった。アウル基地の外で、リリィの奇跡的な生命再生とカトレイヤの迅速な治癒魔法により、命を落としかけた者さえ、戦場をその足で離れることができたからだ。
その流れは、帰るべき場所と目的によって、自然と二つに分かたれた。
手傷を負わなかったり、自力で戻れるキーウィの古参メンバーたちは、勝鬨の報告と祝杯をあげるため、馴染みのアジトである酒場【シュガーボム】へ。
一方、治療を必要とする程度の傷を負った者たちと、応援に駆けつけたオーメン、そして元第三軍の兵士たちを合わせた大部隊は、スラム東地区に新設された拠点へと、地響きのような雄叫びを上げながら向かった。
スラム東地区の拠点に到着する頃には、誰からともなく自発的な大祝宴が始まっていた。持ち寄られた酒樽が景気良く開けられ、ありったけの食料が巨大な鉄板の上で焼かれていく。
その喧騒の中心から少し離れた場所では、臨時の治療所が設けられていた。司祭テレサが、神への祈りと共に傷ついた者たちの肉体を癒し、彼女の信者たちがその補助をかいがいしく行っている。少し離れた場所では、クレリック見習いのセリアが、年若いながらも懸命な表情で、軽傷者の手当てに奔走していた。彼女たちの献身的な姿もまた、この勝利が多くの者たちの力によって成り立っていることを示していた。
祝宴は、夜が明けても、陽が高く昇っても、終わる気配を見せなかった。死線を潜り抜けた者たちが、生きている実感と勝利の美酒に酔いしれる、当然の権利だった。
そんな祝宴の輪の中心で、ラバァルは静かに酒を呷っていた。その時、彼の視界の端を、屈強な男たちが静かに通り過ぎていくのが見えた。ウィッシュボーンと、彼の率いるオーメンの面々だった。
「南地区の現場が気になります。俺たちは先に戻って様子を見てます」
ウィッシュボーンはそっとラバァルに囁き掛けると、祝宴に背を向け、迷いのない足取りで去っていく。その背中には、かつての刹那的な破壊者の面影はもはやなかった。未来を建設する者としての、確かな責任感が宿っていた。
「……あいつ、いつからあんな真面目な男になったんだ。」
ラバァルは、どこか眩しいものを見るような目で呟き、残っていた酒を静かに飲み干した。
それから、数週間後。
ロット・ノット南地区は、かつての無法地帯の面影を消し去り、新たな街が生まれる前の胎動ともいえる熱気に満ち溢れていた。規則正しく響く槌音、職人たちの威勢のいい掛け声、そして未来への希望に満ちた人々の活気。
その再開発現場を、ラバァルは満足げな表情で歩いていた。
「よぉ、ゴードックの親方。順調そうじゃねえか」
現場の指揮を執る、筋骨隆々とした初老の男、ゴードックに声をかける。
「へい、ラバァルさん! いらっしゃい!」
ゴードックは汗を拭い、ニカッと歯を見せて笑った。
「おかげさんで、作業は捗ってまさぁ。以前までうろちょろしてた鉄の徴収人の連中も、ウィッシュボーンさんとウチの若い衆がほとんど叩き出しちまいましたしね」
ゴードックは、遠くの新市街の方角を親指で示しながら、さらに言葉を続けた。
「それに、ベルトラン家の野郎どもも、ここん所、パッタリと姿を見せやせん、まるで嵐に怯える子犬になっちまった様ですぜ。」
「ほう?」
「へへっ、やっぱり効いてるんですよ。ラバァルさんたちが、あの闇の帝王、暗殺団【アウル】を叩き潰したって事がね。今じゃ、このスラムでアンタらにたて突こうなんて馬鹿は、一人もいやしませんぜ」
ゴードックの言葉には、確かな尊敬と、そして少しばかりの畏怖が滲んでいた。
ラバァルが成し遂げたことは、ただ一つの暗殺団を潰しただけではない。この街の、力関係という名の”常識”そのものを、根底から破壊したのだ。
あれから、6年と5ヶ月の歳月が流れていた。
かつてロット・ノットの裏社会を血で染め上げた数多の抗争は、もはや遠い昔話となりつつある。ラバァル率いる組織は、スラムの一角を根城にしていたディオール家から、ロット・ノットの闇そのものを支配する巨大な組織【ヴェルミナス環】へと、その名と姿を変えていた。
抵抗する者は沈黙し、刃向かう者は影も形もなく消え去った。ゾンハーグ家とデュラーン家という、旧来の権力が最後の意地を見せているものの、この街の夜がヴェルミナスの支配下にあることを、もはや誰も疑う者はいなかった。
だが、ロット・ノットが静かな闇に沈む一方で、世界は新たな血の匂いを求め、大きく動き始めていた。
ラガン王国国王【ラ・ムーンⅥ世】は、その貪欲な牙を隣国リバンティン公国へと向け、軍事侵攻の口実を探していた。その手駒である【ブラッドレイン】が引き起こす残虐行為は、単なる挑発ではなかった。男はその場で殺すか、ボロボロにした後、わざと逃がしたり、女は慰みものにした後、飾り物として使ったり、切り刻んで、食料としたりと。一つにそれは、意図的に生存者を逃がし、リバンティン公国の民に、自国の為政者への不信と絶望を植え付けるための、計算され尽くした心理戦を仕掛けていた。
しかし、リバンティン公国は、その度重なる蛮行に沈黙を貫いていた。それはまるで、自国に攻め込む大義名分を与えまいと、あらゆる挑発を無視し、意図的に戦争を先延ばしにしているかのようだった。
そんな両国の奇妙な睨み合いが続く中、ここロット・ノットの街角では、人々の間で新たな戦争の噂が、火の気の無い煙のように立ち上り始めていて。
酒場や市場で交わされる言葉は、日を追うごとに現実味を帯びていく。
「おい、聞いたか? もうすぐリバンティンと戦争が始まるらしいぞ」
「ああ。国王陛下は、大陸第三位の商業都市『アンヘイム』を、跡形もなく廃墟にするおつもりだとか」
「俺が聞いた話じゃ、違うぜ。なんでも、今やロット・ノットを上回る規模にまで発展したアンヘイムの富を、根こそぎ奪い取るのが狙いだそうだ!」
そんな不穏な噂が渦巻く酒場【シュガーボム】のカウンターの隅で、一人の男が静かにグラスを傾けていた。
「……ラバァルさん。聞きましたかい? ブラッドレインの連中の噂」
バーテンダーのハウンドが、声を潜めて語りかける。
「リバンティンの農民や商人を襲っちゃあ、無茶苦茶にしてるって話ですよ。なんでも、捕まえた人間を家畜と一緒に焼いて、食っちまうらしい。まったく、人間であることをやめちまった、おぞましい連中です」
男――ラバァルは、何も答えなかった。琥珀色の液体が満たされたグラスをぐいと呷り、空になったそれを静かに置く。
(……食らう、か)
彼の脳裏に、かつて自らがその身に宿す神【アンラ・マンユ】の力で、敵の魂を喰らった時の、あの強烈な感覚が蘇る。
あれは、ただ自らのエネルギーが増大していくのを実感する、純粋な力の吸収行為だった。
(……だが、ブラッドレインの行いと、俺の力の、一体何が違うというのだ?)
彼らは肉を喰らい、俺は魂を喰らう。その境界線は、一体どこにある?
その問いは、答えの出ない刃のように、支配者として静かになったはずの心の闇を、再び微かに切り裂いた。 暫く物思いにふけったのち.....。
「今日はもういい。またな、ハウンド」
短い言葉だけを残し、彼はバーエリアの喧騒に背を向けた。向かう先は、この巨大な娯楽施設の最深部。カジノのVIPエリアの、さらに奥に隠されたベルコンスタンの執務室だ。
「これはラバァル様。お久しぶりでございます。して、今夜のご用件は?」
ヴェルミナス環の「頭脳」は、主の突然の来訪にも動じることなく、優雅な仕草で迎え入れた。
ラバァルは返事もせず、重厚なソファにどかりと腰を下ろす。
「ロット・ノットの様子はどうだ。問題はないか」
「大部分は。小さな火種は、その都度、一つずつ確実に潰しております」
「そうか」ラバァルは短く応じると、本題を切り出した。「……ブラッドレインについて、何か知っているか」
その名を聞いた瞬間、ベルコンスタンの穏やかな表情から温度が消えた。
「ええ。奴らの所業には、反吐が出る思いです」
その声は、蛇が地を這うように冷ややかだった。言葉にすることすら汚らわしい、汚物を見るような、絶対的な嫌悪。
「ふん」ラバァルは鼻を鳴らした。「だが、奴らの動きは調べておけ。……まあ、以前に一度、骨の髄まで叩きのめしてやったからな。こっちに牙を剥いてくるとは思えんが」
ラバァルは立ち上がり、扉へと向かう。そして、振り返りもせずに、静かな、しかし絶対的な命令を告げた。
「もし奴らがこの街に現れたら……構わん。躊躇する必要はない」
その声は、温度を一切感じさせなかった。
「ここはもう、俺たちのシマだ。面倒事を起こされる前に、潰してしまえ」
「御意に」
ベルコンスタンの返答に、ラバァルは頷きもせず、ただ静かに執務室を後にした。
やり取りは、それだけだった。
執務室を後にし、夜の空気が肌を撫でる。
20代の若さでこの街の頂点に立った男も、30代となり、その荒々しい闘気は鳴りを潜め、より深く、静かな闇をその身に纏うようになっていた。
だが、彼が本当に手に入れたかったのは、この街の覇権だっただろうか。それとも、ただ、帰る場所を守りたかっただけなのか。その答えは、彼自身にも、まだ分からなかった。
「彼が向かう先は、今ではもう、スラムの拠点ではなかった。ラナーシャの叔母であるマレリーナが営む雑貨店、その隣に、今は彼の『家』があった。ラナーシャにとっては、心を病んだ母と離れ、唯一安らげる場所。そしてラバァルにとっては、ロット・ノットの闇から唯一切り離された、聖域とも言える場所だった。」
闇の世界から、光の世界へ。
一歩、また一歩と家に近づくにつれ、ラバァルの纏う空気が、血と硝煙の匂いから、温かな生活の匂いへと塗り替えられていく。この境界線を越える瞬間だけが、彼が「ラバァル」という仮面を外し、ただの男に戻れる唯一の時だった。
この家に住むのは、ラバァルと、彼の妻となったラナーシャ。そして、二人の間に生まれた幼い命。息子のノアシュールと、娘のアリューシャ。
ラバァルがこの家のベッドで眠る夜は、一年のうちに数えるほどしかない。だが、彼がこの街を掌握し、血に汚れた金を集め続ける理由の全てが、この小さな家の中にあった。
この奇妙な同居生活は、ラナーシャの強い希望から始まったものだった。
王都守護庁の隊長という責務と、母であることの喜び。その二つの間で引き裂かれそうになる彼女の心を支えているのが、叔母のマレリーナの存在だった。
だが、ラバァルはそのことを、どこか遠い世界の出来事のように感じていた。自分は、彼女の葛藤に寄り添えているだろうか。この手は、血に汚れすぎていて、もう彼女や子供たちを、まっすぐに抱きしめることなどできないのではないかと。
そんな、思いも抱える、誰にも言えぬ孤独と葛藤。
それこそが、この物語の、本当の始まりなのかもしれない。
【鋼鉄と奈落のアルケミスト】――聖域に響く不協和音
「奈落のアルケミスト」と呼ばれ始めていたラバァルが、ロット・ノットの裏社会の大部分を掌握してから数年が経った頃。彼が31歳を迎えたその年、敵国リバンティン公国では、若き侯爵ロスコフ・ワーレン(30歳)が、来るべき戦争の鍵を握るとも知らず、革新兵器「魔導アーマー」の開発に没頭していた。
二つの国が、それぞれの宿命を背負い、巨大な戦禍の渦へと向かいつつある、まさにその時代。
その渦の中心から最も遠い聖域で、静かに暮らす者たちがいた。かつてラバァルと共に戦い、そして大精霊ニフルヘイムの鼻息とも言うべき一撃によって、故郷マーブル新皇国から遥か西の地へと吹き飛ばされた者たちだ。
彼らが異国の地を放浪し、この天然の要害、神聖モナーク王国の首都『ハミルトン』に根を下ろしてから、早10年になろうとしていた。
その歳月は、彼らにとって諦めを受け入れるのに十分な時間だった。
放浪の旅の途中で、彼らの耳に届いたのは絶望的な報せばかり。故郷マーブル新皇国は、大精霊がもたらした〖永劫の冬〗と、それに続く内乱の果てに、完全に滅び去ったと。兄モーブ王は国と運命を共にし、父カイ・バーンと弟フォビオの行方は知れず、その生死さえも定かではなかった。
もはや、帰るべき場所は、どこにもない。
その事実が、彼らをこのハミルトンという安息の地に縛り付けていた。
「あら、マルティーナさん。今日も綺麗だねぇ」
活気あふれる広場の屋台で、顔なじみの女主人が気さくに声をかけて来る。
「ふふ、ありがとう。今日はシチューに合いそうな、良い香りのハーブをいただきたいの」
マルティーナは、穏やかな笑みを浮かべていた。だが、その瞳の奥には、決して消えることのない深い哀しみが沈んでいる。
(お父様、フォビオ……どこかで、生きていてくださいますか……?)
そんな、誰にも言えぬ祈りを胸に秘めながら、彼女はこの平和な日常を演じ続けていた。
「マルティーナ様、あまり一人で考え込んではいけません」
シャナが、その心を見透かしたように、優しく、しかし有無を言わせぬ強さで声をかける。彼女にとって、マルティーナをこの地に留め、守り抜くことは、絶対の使命だった。かつて、あの男――ラバァルと交わした「マルティーナを頼む」という約束が、今も彼女の魂を縛っているからだ。
だが、その男の名は、この一行にとって禁句に近かった。
「……ちっ」
オクターブが、誰にも聞こえぬように舌打ちする。彼にとって、ラバァルはマーブルを滅亡へと導いた裏切り者でしかなかった。彼は、旅の途中で集めた「情報」を、何度もマルティーナに吹き込んできた。
「奴は最初から、我が国を内側から調べるための、ラガン王国の密偵だったのです!」
「我々を利用し、国宝を破壊させ、大精霊の災厄を引き起こした元凶は、あの男に違いありません!」
マルティーナは、その言葉を鵜呑みにはしていなかった。あの男の瞳の奥にあった、孤独と優しさを、彼女は知っている。もう一度会い、真実を確かめたい。だが、その我儘が、今や家族同然となったこの仲間たちを、再び危険な旅へと引きずり出すことになる。
王女としての責任感と、一人の女性としての想い。その板挟みの中で、彼女は「何もしない」という選択をするしかなかった。
そう、彼らはハミルトンに「住んでいる」のではない。
失われた過去と、不確かな未来の狭間で、ただ「留まっている」だけなのだ。
その、硝子細工のような偽りの平和が、もうすぐ砕け散る運命にあることを、まだ誰も知らなかった。
シャナの背に畳まれた天使の翼は、人々の目に触れぬよう巧みに外套で隠されているが、その警戒を怠らない鋭い視線は、主君を守る守護者としての本質を失ってはいなかった。
そのこげ茶色の翼は、今や彼女の意思で、その存在そのものを人の目から完全に隠すことができる。それは、この一行に合流した“闘神”ゲオリクが授けた、神々の技の一端だった。物理的にその姿を変化させ、気配さえも断つその術を、シャナは誰よりも熱心に習得したのだ。
(内面の葛藤:なぜなら、彼女にとってこの翼は、女神の加護の証であると同時に、一度悪魔に堕ちた呪いの刻印でもあったからだ。人々の前で、この禍々しくも聖なる翼を晒すことは、自らの罪を告白するようで、彼女には耐えられなかった。ゲオリクの教えは、そんな彼女の脆い心を守るための、唯一の盾でもあった。)
「マルティーナ様は、すっかりこの街の人気者ですな」
オクターブが、柔らかな表情で微笑む。だが、その心の奥底では、焦りが燻っていた。(内面の葛藤:この平和は、本当に俺たちが求めていたものなのか? 故郷を取り戻すという誓いは、この安穏な日々に埋もれて消えてしまうのではないか?)
少し離れた場所で、一行を見守る元国家魔術師ラージンは、ハミルトンの空に聳え立つラーナ神の聖堂を見上げていた。
「……この平和が、いつまでも続いてくれればよいのだが」
(謎:彼は、最近この聖堂から放たれる神聖な波動に、微かな「歪み」を感じ取っていた。まるで、清らかな水面に一滴の毒が落ちたかのような、不吉な予兆を。)
「さあ、帰りましょう。今日は腕によりをかけて、皆さんのためにシチューを作りますよ」
マルティーナの柔らかな声が、それぞれの胸に去来する小さな影を打ち消す。彼らは、決して帰ることのできない故郷を胸に秘めながら、この聖なる王都で築き上げた日々の暮らしを、何よりも大切に守っていた。
その夜も、穏やかで平和な一日が終わろうとしていた。
だが、翌日、その日常に小さな波紋が広がる。ハミルトンの城門に、長旅の埃を纏った一団が姿を現したのだ。
ノベル、リバック、ロゼッタ……かつて「生贄の迷宮」で共に戦った、懐かしい仲間たちだった。
8年ぶりの再会は、尽きることのない喜びと懐かしさに満ち溢れていた。
「今夜は腕によりをかけて、皆さんのための歓迎の宴を開きましょう!」
マルティーナの提案に誰もが賛同し、一行はハミルトンで一番活気のある中央市場へと、賑やかに繰り出した。
(日常と非日常のコントラスト:この、ただ食材を選んで笑い合うだけの、何でもない時間。それこそが、彼らが血を流してでも守りたかったものであり、これから失われるかもしれない、かけがえのない宝物だった。)
だが、その平和も、突如として終わりを迎える事になる。
市場の一角で起きた小さな口論が、瞬く間に熱を帯びていく。ラーナ神の信徒と、グラティア教の信徒との間の対立だった。
事態は、彼らの想像を超える速さで悪化する。グラティア教徒の中から現れた【カスティガトル】と名乗る荒くれ者たちが、市場を暴力で支配し始めたのだ。
「……許せません」
マルティーナの瞳に、強い意志の光が宿る。だが、その介入を阻むかのように、親衛隊司令官メッシが駆け付けたのだ。
マルティーナたちには、これで事態は収束する、そう思えた。
その通り、荒くれ者たちは一切の抵抗もせず、まるで芝居でも打つかのように、笑いながら縄を受け連行されて行く。
(謎:なぜ、彼らはあっさりと捕まったのか? それはまるで、自ら親衛隊庁舎という「砦」の内部に侵入するための、「トロイの木馬」のようではないか?)
その不気味な光景に、マルティーナは言い知れぬ違和感を覚えていた。
事件は解決したのだ、取り合えず一行は、その夜、心ゆくまで宴を楽しんだ。
だが、その平和は、脆いガラス細工のように儚かった。
数日後、市場を飛び交う不吉な噂が、彼らの耳に突き刺さった。メッシ司令官が、瀕死の重傷を負った、と。
「私が調べて参ります」
シャナは、主君の憂いを晴らすべく、一人、夜の闇へと飛び立っていった。
家に残された者たちを包む空気は、鉛のように重かった。
8年ぶりに再会した友と囲んだ食卓の温もりは、もうどこにもない。聖域に響き始めた不協和音は、彼らの日常を静かに蝕み始めていた。
シャナの潜入は、容易だった。だが、彼女が兵士たちの会話から盗み聞きした事実は、衝撃的なものだった。捕らえたグラティア教徒たちが、牢の中で怪物へと変貌し、メッシ司令官を襲ったと言っている。
(謎:なぜ、人間が怪物に? それは魔法なのか、呪いなのか、それとも……何か別の、もっと冒涜的な技術なのか?)
「何だ貴様は!!」
十分な情報を得たので、撤退しようとしたシャナは、不運にも発見されてしまった。
「さては貴様、グラティア教の化け物の仲間だな!」
無数の矢を向けられ、シャナは選択を迫られた。ここで戦えば、マルティーナたちを「テロリスト」にしてしまいかねない。
(力で切り抜けるのは簡単だ。だが、それは主君が10年かけて築き上げたこの安息を、自らの手で破壊する行為に他ならない。)
彼女は静かに翼を閉じると、両手を上げ、下へ飛び降りた。 「スタッ」
一方、マルティーナたちの住処には、
夜が明けても、シャナは帰ってこなかった。
一睡もせずに窓の外を見つめていたマルティーナは、自らを責める。
(私が、シャナを行かせてしまった。私が、もっと慎重であれば……)
「シャナを捜しに行ってください」
マルティーナの決然とした命令を受け、オクターブに銘ずる、するとロゼッタが、「私も行きましょう。そういい、オクターブの後につづき出て行った。
夜明け前のまだ薄暗いハミルトンの街へ、囚われた友を救うべく、静かに駆け出していった。
平和だったはずの聖域は、もはや彼らにとって、油断ならぬ敵地へと変わり果てていた。
最期までよんでくれありがとうございます、今回でラバァル編は終わりました、第三部は終章ですが、まだ全然かけて居ません、暫くお休みする事に成ります、12月頃にはまた出したいと思っています。
ではまた見掛けたら読んでみて下さい。




