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戦いの爪痕

アウル本拠殲滅作戦の大勢は決した、中から出て来る者たちの声は、誰が効いても分かる、勝利の声色だったのだ、段々と近づいて来る、明け始めた暗がりの中、大勢と共に歩いて来る、その大きな巨体が見えて来たのだが.....。   

               その145 




【アウル基地、外部・夜明け】


夜が明け始め、東の空が、白み始める頃。


アウル基地の、外は、野戦病院のような、様相を呈していた。


次々と、洞窟から、運び出されてくる、負傷者たち。ベルコンスタンが、手配した、ゴールデン・グレイン商会の荷馬車が、すでに、到着し、軽傷者から、順に、拠点へと、搬送されていく。

だが、問題は、重傷者だった。

「…ぐっ…!」

「主よ…! どうか、この者に、癒しの御手を…!」


神官カトレイヤが、必死に、祈りを捧げるが、あまりに、多くの、重傷者を、前に、彼女の、神聖なマナは、尽きかけていた。彼女は、ふらりと、よろめき、その場に、倒れ込んでしまう。


目の前の重傷者を前に、無理を押していたカトレイヤ、分かってはいても、止めなかったラバァル、 そんな光景の中で、ただ一人、小さな、水色の光が、輝き続けていた。


リリィだ!!。


彼女は、次々と、運び込まれてくる、重傷者の元へ、ちょろろと駆け寄り、その、小さな、両手をかざす。

その度に、奇跡が、起きた。裂かれた傷口が、塞がり、折れた骨が、繋がっていく。

彼女の、その力は、まるで、尽きることのない、泉のように思われた。

彼女が、いなければ、今頃、何十人もの、命が、失われていただろう。


ラバァルは、その光景を、複雑な、思いで、見つめていた。

(…これ程までの力、もはや、隠し通せるものでは、ない)


「…仕方ないだろう。これだけの、事態だ。目の前の仲間の命には、代えられん」

ラバァルは、誰にともなく、そう、言い訳のように、呟いた。


その時、洞窟の奥から、ひときわ、大きな、勝利の雄叫びが、響き渡って来た。

ラバァルは、その方向を、見据えた。


(…ふんっ。やりやがったな)


ようやく、訪れた、完全勝利の、瞬間。


やがて、洞窟から、ウィッシュボーン率いる、最後の、部隊が、姿を現した。


その、先頭を、歩いてくるのは、あの、巨大な男…ガル・ヴォルカン。

だが、その、右腕は、肩の付け根から、無残に、失われている様に見えた。



「ガル! よくぞ、やった」


ラバァルが、声をかける。だが、その視線は、ガルが、小脇に抱えた、若者よりも先に、彼の、失われた、右腕に、釘付けになっていた。


「…その腕は?」

「ふんっ。これか? 些細な、ことだ。勲章のような、ものよ」

ガルは、そう言って、豪快に、笑ってみせた。

(…勲章、だと…?)

ラバァルの、内心は、穏やかではなかった。


ガル・ヴォルカン。この俺が、赤黒闘気を、使って、ようやく、ねじ伏せる事が出来た、人間相手に卑怯だと言わざるを負えなかったんが、負ける訳にはいかなかった、そんな戦いをさせるほどの男が、その、片腕を、失うほどの、相手。

(…アウルの、頂点には、それほどの、「化け物」が、いたという事か…)

ラバァルは、その、内面の、驚愕を、おくびにも出さず、ガルが、地面に、横たえた、若者に、視線を移した。


「…腕はもう良い、ラバァル。ボスは、討ち取った。中にいた、得体の知れない、化け物は、俺が、キッチリと片付けた」


「うむ。ご苦労だった。…ならば、お前も、治療を、受けろ」


ラバァルは、そう言って、リリィの方を向いて示した。


リリィは、こくりと、頷くと、ガルの元へ、ちょこちょこと、駆け寄ってきた。


「…おっきい、おじちゃん。座って?」


その、あまりに、小さな、少女の、あまりに、尊大な、命令に、ガルは、一瞬、戸惑ったが、ラバァルが、頷くのを見て、大人しく、その場に、座り込んだ。 ズドン。


するとリリィが駆け寄り、回復しようと腕のつけねを見ようとする。

リリィの、背では、ガルの、巨大な肩に、手が届かなかったのだ。



「…おい! 誰か、台になるものを、持ってこい!」


ラバァルの、声に、オーメンの、一人が、さっと、その場に、四つん這いになり、馬になった。

リリィは、その背中に、よじ登ると、ようやく、ガルの、傷口に、その、小さな、両手を、重ね合わせた。


そして、再び、あの、優しい、水色の光が、溢れ出す。


光が、ガルの、失われたはずの、肩を、包み込んだ、その時。

信じがたい、光景が、起こった。


傷口から、肉が、盛り上がり、骨が、伸び、みるみるうちに、新しい、「腕」が、再生し始めたのだ。

「―――ぬぉぉぉっ!? な、なんだ、これはッ!?」


さすがの、ガルも、その、あまりに、常軌を逸した、奇跡に、驚愕の声を、上げる。



数分後。

そこには、完全に、元通りになった、彼の、右腕が、あった。


ごくりと、喉を鳴らし、ガルは、再生した、その手を、握り、開いてみる。


何の、違和感もない。完全に、自分の腕だ。

 

「…なんて、ことだ…」

彼は、小さな、リリィを、見つめた。


そして、その、荒々しい、獣のような顔に、これまで、誰にも、見せたことのないような、穏やかで、優しい、笑みを、浮かべ。

「…お嬢。あんたは、奇跡の娘だな。この恩は、決して、忘れん。…ありがとうよ」


ガル・ヴォルカンは、その、巨大な、体を、深く、折り曲げ、小さな、少女の前で、頭を下げた。

リリィの、瞳に映る、その姿は、まるで、雄大な、山そのものが、敬意を表して、頭を垂れているかのようだった。


その、あまりに、神秘的で、そして、尊い光景を、周りの者たちは、ただ、息をのんで、見つめていた。

戦いの、喧騒も、血の匂いも、その一瞬だけは、どこか、遠い世界の出来事のように、感じられた。


こうして、長きに渡った、アウル攻略戦は、その、幕を閉じた。


失われた、命もあった。だが、それ以上の、多くの命が、一人の、少女の、奇跡によって、救われたのだ。

だが、その、あまりに、強大で、そして、あまりに、無垢な、「奇跡」の力が、これから、この、ロット・ノットに、どのような、波乱を、巻き起こすのか。

そのことを、まだ、ラバァルは、予感しているだけだった。     






【ロット・ノット、王都守護庁・庁長室】


ラナーシャが、王都守護庁に、初めて、出仕した日。

彼女を待っていた、庁長の、イーシス・ラフェンは、一枚の、辞令書を、手渡した。


「――本日付で、ラナーシャ・ヴィスコンティを、王都守護庁、特別遊撃隊、隊長に、任命する」


特別遊撃隊。その、聞き慣れない、役職名に、ラナーシャが、眉をひそめると、イーシスは、続けた。

「貴女には、特定の、管轄区域はない。私の、直属として、この、ロット・ノットで、起こる、あらゆる、緊急事態に、対処してもらいます。…言わば、我々の、『切り札』的な存在に成って貰う積りなのです」


ラナーシャは、その辞令を、恭しく、受け取った。


そして、早速、彼女に、最初の任務が、与えられる。


イーシスは、机の上に、山と積まれた、報告書の束を、指し示した。


「まず、現状を、把握しなさい。今、この街で、何が、起こっているのかを」


ラナーシャが、その報告書に、目を通し始め、そして、すぐに、絶句した。


そこには、彼女が、謹慎している間に、ロット・ノットが、いかに、急速に、混沌の渦へと、堕ちていったか、その、おぞましい、記録が、記されていた。


評議会の、二大勢力…ゾンハーグ家と、ムーメン家の、全面抗争。それに、便乗した、ベルトラン家の、暗躍。


その、争いは、もはや、裏社会だけの、話ではなかった。彼らの、傘下にある、商人たちが、市街の、あちこちで、武力衝突を、繰り返し、街の、治安は、悪化の、一途を辿っていた。


そして、報告書には、信じがたい、記述があった。

『――交戦の際、人ならざる、異形の者への、変身を確認』

『――実行犯は、触れたものを、灰に変える、未知の能力を使用』

「…これは…」


ラナーシャは、息をのんだ。


そして、何よりも、彼女を、戦慄させたのは、その、被害者の中に、あまりに、多くの、「王国警備隊」の、名前が、記されていたことだった。


「…庁長。これは、どういうことですか?」


彼女は、イーシスの、目を、真っ直ぐに、見つめた。「なぜ、貴族たちの、私闘に、王家の兵であるはずの、警備隊が、これほどの、犠牲を…! 最初は、ただ、取締りの際に、巻き込まれたのかと、思いましたが、この、死傷者の数は、異常です!」


その、真っ直ぐな、問いに、イーシスは、静かに、答えた。


「…あなたの、言う通りよ。これは、異常な事態。そして、本来、我々が、ここまで、深入りすべき、問題ではないはず」

彼女は、窓の外…王宮の方角を、見やった。


「だが、宰相閣下からの、直々の、ご命令なの。『商人たちは、この国の、経済を支える、重要な民。彼らを、無法な、暴力から、守るのも、我々の、務めである』とね」


その、あまりに、綺麗事な、大義名分。


ラナーシャは、この事件の、背後にある、巨大な、政治的な、思惑を、感じずには、いられなかった。


我々は、ただ、駒として、使われているだけなのではないか、と。


だが、イーシスは、続けた。


「…しかし、理由が、どうであれ、現に、街の治安は、乱れ、ロット・ノット民たちも、命を、落としているのです。それを、放置することは、できない」


彼女の、瞳には、指揮官としての、揺るぎない、決意の光が、宿っていた。


「ラナーシャ隊長。貴女の、最初の任務は、この、混沌とした、戦況を、立て直し、これ以上の、犠牲を、食い止めること。…やれるわね?」


ラナーシャは、目の前の、報告書の山と、その、向こう側にある、巨大な闇を、見据えた。

そして、彼女は、力強く、頷いた。


「――はっ! この、ラナーシャ・ヴィスコンティ。我が剣に、懸けて」


ラナーシャの、力強い、返事を聞くと、イーシスは、頷き、続ける。


「…良い、返事ね。では、貴女が、率いることになる、特別遊撃隊の、編成を、伝えるわ」

彼女は、一枚の、羊皮紙を、差し出した。


ラナーシャが、それに、目を通した、瞬間。

彼女は、息をのんだ。

「…王国警備隊、300名…!? それに、二人の、隊長も、私の、指揮下に…?」

その、あまりに、破格の、人員配置に、ラナーシャは、自らの、目を、疑った。

(…嘘でしょう…?)


王宮の、外で、警備任務に、就いていた頃。自分が、率いていたのは、22名の部下たちだった。

そして、王宮警備隊の、中隊長として、抜擢された時でさえ、預けられたのは、50名。

その、50名の部下すら、守りきれず、大きなミスを犯し、戻る場所さえ、失ったはずの、この、私に…。

300名…?

そして、彼女は、羊皮紙に記された、最後の一行に、完全に、言葉を、失った。


『副官:カイ・ロスヴァルト隊長』

(…カイ隊長が…私の、副官…!?)


嘘でしょう。あの、自分との、試合で、敗れたとはいえ、王国警備隊の中でも、屈指の、実力者である、あのカイ隊長が、自分の、下に、つくと、いうの!!。


ヘマを、やらかし、多くの、仲間を、死なせ、近衛騎士団にまで、迷惑をかけた、この、私に。


これは、まるで、二階級特進。いや、それ以上の、ありえない、人事だ。

その、あまりの、責任の重さに、ラナーシャの、足が、震えそうになる。


(…私に、務まるのか…? これほどの、大部隊を、この、混沌とした、戦況の中で、導くことなど…)

彼女が、その、プレッシャーに、押し潰されそうになった、その時。

ラナーシャは、強く、目を閉じた。

脳裏に、あの男…ラバァルの、不遜な、しかし、絶対的な自信に、満ちた、顔が、浮かび上がった。

『――いずれ、お前には、王国の、近衛騎士団の中から、たった、八名しか、選ばれんという、真の、王の盾…**【王室近衛隊ロイヤルガード】**の、隊長に、なって、もらう』


そうだ。あの男は、最初から、自分に、これほどの、いや、これ以上の、途方もない、期待を、かけていたのだ。

そして、ジョン殿も、将軍も、カルタス団長も。皆が、自分を、信じ、この、道筋を、作ってくれた。

(…今、私が、ここで、怯んで、どうする…!)

ラナーシャは、カッと、目を見開いた。その、瞳には、もはや、迷いの色は、なかった。

彼女は、イーシスに、深々と、一礼すると、言った。


「――庁長。すぐに、部隊の元へ、向かいます」


イーシスは、その、見事な、覚悟に、満足げに、頷いた。


「ええ。カイ隊長なら、すでに、練兵場で、あなたの部隊を、招集しているはずよ。行きましょう」


ラナーシャは、イーシスと、共に、練兵場へと、向かった。


これから、彼女が、率いることになる、300の、兵士たち。

そして、副官となる、あの、誇り高き、剣士。

彼らの、前に、自分は、どんな、顔をして、立てばいいのか。

不安と、武者震いが、彼女の、全身を、駆け巡っていた。

だが、もう、彼女は、一人ではない。

背中を、押してくれる、多くの、仲間たちの、想いを、胸に。

ラナーシャは、新たな、戦場への、扉を、その手で、開けようとしていた。



【王都守護庁、練兵場】


ラナーシャは、イーシスと、共に、練兵場へと、足を踏み入れた。

そこには、すでに、300名の、屈強な、王国警備隊の兵士たちが、一分の隙もなく、整列していた。


その、最前列には、カイ・ロスヴァルト隊長をはじめとする、指揮官たちが、厳しい顔で、佇んでいる。

彼らの、視線が、一斉に、ラナーシャへと、突き刺さる。


(…これが、私の、部隊…)

その、あまりの、重圧に、一瞬、足が、すくみそうになる。

だが、ラナーシャは、胸を張り、彼らの、前に、立った。


「――紹介する!」


イーシスの、凛とした声が、練兵場に、響き渡った。

「彼女が、本日付で、この、特別遊撃隊の、指揮を執ることになった、ラナーシャ・ヴィスコンティ、新隊長である!」

どよめきが、起こる。


若すぎる。しかも、女だぞ。


屈強な、男たちの集団である、王国警備隊。その、最前線に、立つには、あまりに、華奢で、そして、美しすぎる。

兵士たちの、視線には、期待よりも、**「本当に、この、お嬢様に、俺たちの、命を、預けられるのか?」**という、戸惑いと、実力への、あからさまな、疑念の色が、濃く、浮かんでいた。

だが、ラナーシャは、その、視線を、真っ直ぐに、受け止めた。


「…ラナーシャ・ヴィスコンティです」

彼女の、声は、静かだった。だが、その、静けさの中に、鋼のような、覚悟が、込められていた。

「今の、ロット・ノットが、どのような、状況にあるか。皆も、知っているはずです。…私に、できる約束は、一つだけ。私は、決して、皆を、見捨てない。そして、必ず、生きて、この場所へ、連れ帰る。それだけです」


その、飾り気のない、しかし、魂の、込められた、所信表明に、兵士たちの間の、空気が、わずかに、変わったのを、ラナーシャは、感じていた。




【王都守護庁、庁長室・作戦会議】


所信表明を、終えたラナーシャは、イーシス、そして、カイをはじめとする、主要な指揮官たちと、共に、庁長室へと、戻っていた。


そこで、彼女は、この一年、自らが、全く、触れることのなかった、ロット・ノットの、生々しい、闇の現状を、突きつけられることになる。


「――第一の、問題。『灰の人形事件』」

イーシスは、地図の上に、一つの、駒を、置いた。「ここ、一ヶ月。市街の、あちこちで、商人や、職人が、忽然と、姿を消し、その場には、ただ、人型の、灰だけが、残されている」


「――第二の、問題。『血の帳簿事件』」

イーシスは、別の場所に、もう一つの、駒を、置いた。「ゾンハーグ家と、ムーメン家の、抗争の、裏で。双方の、傘下にある、商会の主たちが、次々と、『破産』。金の流れは、不自然な点ばかりだ」


「――そして、第三の、問題」

イーシスの、声が、一段と、低くなる。「それらの、事件の、被害者が、全て、数日後に、その、家族ごと、行方不明になっている」


ラナーシャは、その、あまりに、奇怪で、凶悪な、事件の連鎖に、言葉を失った。一年ちかくもの間、雑貨屋の、店番をしていた、彼女が知る、ロット・ノットとは、あまりに、かけ離れた、世界だった。


「…カイ隊長」ラナーシャは、隣に立つ、副官に、向き直った。「貴方は、これらの事件について、何か、掴んでいますか?」


「はっ」カイは、頷いた。「現在、我々が、掴んでいるのは、これが、おそらく、ムーメン家が、飼う、実践部隊【ケイオス】の、仕業である、ということだけです。ですが、その、手口と、動機が、あまりに、不可解で…」


ラナーシャは、地図の上に、散らばる、事件の、駒を、じっと、見つめた。

そして、彼女は、集まった、指揮官たちに、命じた。


「…分かりました。まず、情報を、整理しましょう」

彼女は、チョークを手に取ると、それぞれの事件の、発生日時、場所、被害者の特徴、そして、カイたちが、これまで、掴んできた、断片的な情報を、羊皮紙の上に、書き出し、繋ぎ合わせていく。


その、思考は、驚くほど、冷静で、そして、明晰だった。


「…おかしいわ。これら、全てが、ムーメン家の、仕業だとすると、いくつかの、矛盾が生じる…。特に、この、家族の、失踪事件。手際が、良すぎる。まるで、人身売買に、手慣れた、別の、組織が、裏で、糸を引いているかのようだわ」


その、鋭い、指摘に、カイたちが、息をのむ。


「カイ隊長。貴方は、部隊を、二つに分け、一つは、**『灰の処理人』の、次の、犯行予測地点に。もう一つは、『血の帳簿人』**が、狙いそうな、商会の、警備に、当たってください。目的は、戦闘では、ありません。敵の、顔と、能力を、確認し、必ず、生きて、報告すること。いいですね?」


「はっ!」


「そして、他の隊長は、私と共に、行方不明になった、家族たちの、最後の、足取りを、徹底的に、洗い直します。何か、見落としている、小さな、手がかりが、あるはずです」

ラナーシャの、的確で、澱みない、指示。


それまで、混沌としていた、事件の、全体像が、彼女の、言葉によって、徐々に、輪郭を、現し始めていた。


イーシスは、その、見事な、采配ぶりを、満足げに、見つめていた。


彼女が、この、若い、女騎士に、託した、期待は、間違っていなかったのだ、と。

ラナーシャの、最初の、指揮が、今、静かに、そして、確かに、ロット・ノットの、闇を、照らし始めていた。



【ロット・ノット、王都守護庁・特別遊撃隊、始動】


ラナーシャの、号令一下。

300名の、特別遊撃隊は、三つの、部隊に、再編され

彼女の、最初の、指揮が、始まったのだ。


第一部隊ファーストフォース、指揮官:カイ・ロスヴァルト】


カイ隊長が、率いる、精鋭100名は、「灰の人形事件」の、調査に、当たっていた。


ラナーシャが、割り出した、次なる、犯行予測地点…新市街の、高級織物地区。その、全ての、路地の、屋根の上や、物陰に、彼らは、息を殺して、潜んでいた。


来る日も、来る日も、張り込みは、続く。


だが、「灰の処理人」は、その、完璧な、包囲網を、あざ笑うかのように、全く、別の場所で、犯行に、及んだ。


「くそっ! また、やられたか!」

カイたちは、その度に、現場へと、急行する。だが

敵は、こちらの、動

カイの、心には、焦りと、そして、見えざる敵への、畏怖が、募っていった。



【第二部隊、指揮官:レオン隊長】


もう一つの、部隊は、「血の帳簿事件」の、調査を、担当していた。

彼らは、次に、狙われそうな、中小の商会に、張り付き、その、金の流れを、監視し続けた。

そして、ついに、その瞬間を、捉えた。


ある、商会の、帳簿に、不自然な、赤字が、計上された、その夜。

一人の、会計士を、装った男が、その商会を、訪れたのだ。

「……」

部隊長の、レオンが、号令をかける。

だが、男…『血の帳簿人』ラグナデッドは、彼らが、踏み込むよりも、早く、煙のように、その場から、姿を消していた。


彼らが、手に入れたのは、「彼が、確かに、そこにいた」という、事実と、すでに、もぬけの殻となった、金庫だけだった。



【ラナーシャ本隊、指揮官:ラナーシャ・ヴィスコンティ】


そして、ラナーシャ自身が、率いる、本隊は、最も、地味で、そして、最も、困難な、任務に、当たっていた。


わかりました

彼女は、部下たちと、共に、事件現場の、周辺を、虱潰しに、聞き込みして回った。

「…何か、変わったことは、ありませんでしたか?」

「見慣れない、馬車が、停まっていた、とか…」

だが、得られる、情報は、ほとんど、なかった。


住民たちは、皆、何かを、恐れるかのように、口を、閉ざしてしまう。

時間だけが、無情に、過ぎていく。

焦りと、無力感が、ラナーシャの、肩に、重く、のしかかる。

(…本当に、何か、見落としている、手がかりが、あるというのか…?)

捜査が、始まってから、一週間が、経った、その夜。


ラナーシャ

灰の人形。

血の帳簿。

そして、消えた、家族たち。


ポイント

その時。

ふと、彼女は、ある、一つの、些細な、共通点に、気づいた。


行方不明になった、家族たちの、家の、すぐ近く。その、全ての場所に、必ず、一つのものが、存在していたのだ。


それは、ロット・ノット中に、張り巡らされた、古い、下水道入口。

普段は、誰も、気にも、留めない、石の蓋。


(…まさか…)

ラナーシャの、脳裏に、一つの、恐るべき、仮説が、浮かび上がった。

敵は、地上から、ではない。


この、ロット・ノットの、地下に、広がる、もう一つの、「道」を使って、人を、消しているのでは…?

そして、その、「道」に、最も、精通している、組織といえば…。


「…ベルトラン家…!」

ラナーシャは、椅子から、立ち上がった。

ついに、掴んだ、事件の、核心へと、繋がる、細い、細い、糸口。

彼女は、すぐさま、カイと、レオンを、呼び寄せ、次なる、作戦の、指示を、下し始めた。

反撃の、狼煙は、今、上がろうとしていた。

      


          

【ロット・ノット、王都守護庁・庁長室】


ラナーシャの、元へ、カイ隊長と、レオン隊長からの、報告が、次々と、上がってくる。


『灰の処理人』も、『血の帳簿人』も、まるで、霧のように、掴みどころがなく、決定的な、手がかりは、得られない。


だが、ラナーシャの、確信は、揺らいでいなかった。


敵は、この街の、地下に、潜んでいる。古い、下水道網と、繋がっている、広大な、地下遺跡の、どこかに。

だが、問題は、その、規模だった。


地下遺跡は、あまりに、広く、そして、複雑怪奇だ。300名程度の、兵士で、虱潰しに、探索するなど、自殺行為に、等しい。


(…ならば、こちらから、入るのではない。奴らを、地上へ、おびき出すのよ)

ラナーシャは、一つの、壮大な、作戦を、立案した。


敵が、どうしても、手に入れたくなるような、極上の、「餌」を、用意し、奴らが、地下から、這い上がってきた、その瞬間を、一網打尽にする。


だが、それは、一度しか、使えない、乾坤一擲の、大博打。失敗は、許されない。


「――そのためには、これだけの、予算が、必要です」


ラナーシャが、イーシス庁長の、机の上に、広げた、作戦計画書と、その、見積書。

それを見た、イーシスの、顔が、険しく、歪んだ。


「…ラナーシャ隊長。正気?」

その、声は、冷たかった。「ここ、一年間を超える間に、度重なる、出動と、殉職者への、弔慰金で、我々の、予算は、すでに、底を、突きかけている。これ以上の、出費など、認められるわけが、ないでしょう」


しかし、ラナーシャは、諦めなかった。


「…ならば、庁長」彼女は、静かに、しかし、はっきりと、言った。「この、予算を、本来、出すべき、人間たちに、出させては、いかがでしょう?」


「…何ですって?」


「この、一連の、騒動。元はと言えば、ゾンハーグ家と、ムーメン家の、抗争が、発端。そして、我々が、動く、きっかけとなったのは、宰相、アルメドラ閣下からの、ご命令です。ならば、今回の、作戦費用も、あの方々に、負担していただくのが、筋では、ありませんか?」


その、あまりに、大胆不敵な、提案に、イーシスは、一瞬、言葉を、失った。


だが、彼女は、すぐに、その提案の、裏にある、本当の、「毒」に、気づく....。



(…面白い。実に、面白いわ、この娘…!)


イーシスの、目に、怜悧で、そして、どこか、恐ろしい光が、宿ったのを、ラナーシャは、見逃さなかった。


「…分かったわ。その案、私が、宰相閣下に掛け合ってみましょう」




【王宮、宰相アルメドラの執務室】


「――予算の、増額? なりませぬな」

イーシスの、要望を、アルメドラは、一言の下に、切り捨てた。「今ある、予算の中で、やり繰りするのが、貴女の、仕事でしょう、イーシス殿」


「…左様でございますか」


イーシスは、あっさりと、引き下がった。「ならば、仕方、ございません。これまでの、やり方を、続けるしか、ありませんね。…まあ、あと、何人の、兵士が、死ぬことになるか、分かりませぬが」


彼女は、そう言うと、静かに、立ち上がり、扉へと、向かって行く...。

その、あまりに、無気力な、態度に。

アルメドラは、違和感を、覚えた。


あの女は、こんなに、物分かりの、良い、人間だったか…?



イーシスが、扉に、手をかけ、部屋を、出ようとした、まさに、その瞬間。

彼女は、まるで、独り言のように、ぽつりと、呟いてみせた。


その声は、小さいながらも、アルメドラの、耳には、はっきりと、届いていた。


「…それにしても、残念ですわ。今回の、作戦で、ムーメン家の、『灰の処理人』の首と、彼が率いる、実践部隊【ケイオス】を、一網打尽に、壊滅させる、またとない、好機でしたのに。…まあ、その、『戦果』の価値を、お分かりに、ならないのであれば、仕方、ございませんわね…」

その、言葉に、アルメドラの、動きが、ぴたりと、止まった。

(…ムーメン家の、幹部の首、だけでなく…実践部隊、そのものを、壊滅させる、だと…?)

それは、今の、彼にとって、何よりも、欲しい、「成果」だった。ムーメン家という、増長し始めた、駒を、手懐けるための、またとない、「首輪」となる。

するとアルメドラは。


「――待たれよ!」


アルメドラの、声が、響いた。「…待ちなさい、イーシス殿」

イーシスは、ゆっくりと、振り返る。


その、口元には、完璧な、計算の上に、成り立つ、かすかな、笑みが、浮かんでいたが、離れていた為宰相には見えなかった。



【王宮、宰相アルメドラの執務室】


「…して、その、作戦に、必要な、予算は、いくらじゃな?」

アルメドラの、問いに、イーシスは、一枚の、羊皮紙を、差し出した。

そこに、記されていた、金額は、金貨20万枚。

その、大きな、数字に、アルメドラは、思わず、顔を、しかめた。


王家からの、予算は、年度初めに、決められた額以上、一貨幣たりとも、動かすことはできない。ましてや、これほどの額、自らの、ポケットマネーから、出す気など、毛頭なかった。

(…この、女狐め。儂に、こんな額をひっ被せるつもりだったのか…)

だが、アルメドラもまた、老獪な、政治家だった。


彼は、にこやかに、頷いた。


「…ふむ。分かった。その件、儂に、任せておけ」


イーシスが、執務室を、去ると、アルメドラは、すぐに、側近を呼び、ゾンハーグ家の、エリサの元へと、至急の、使いを、送らせた。



『――面白い、話がある』、と。


数時間後。アルメドラの、執務室には、エリサ・ゾンハーグの姿があった。


アルメドラは、イーシスから、提案された、作戦の、全てを、エリサに、語って聞かせた。


「――と、いうわけじゃ。この、作戦が、成功すれば、ムーメン家の、手足をもぎ取り、戦況を、一気に、こちらへ、引き寄せることが、できるだろう。…だが、問題は、予算じゃ」

アルメドラは、芝居がかった、溜息をついて魅せる。


「イーシス殿の、要求額は、金貨二十万枚。とてもではないが、王家の、正規の予算からは、出せんのじゃ。…さて、どうしたものか」


彼は、エリサの、目を、じっと、見つめた。


「…どうする、エリサ殿。この、賭けに、乗るか、乗らぬか。全ては、そなたの、判断に、かかっておるぞ」

その、あまりに、見え透いた、責任転嫁。


エリサは、扇の奥で、かすかに、唇を、歪めた。

(…この、古狸。自分で、火をつけておきながら、火の粉は、私に、払えと、いうのね)


作戦の、成功は、半信半疑。だが、ここで、金を、出さなければ、アルメドラとの、関係にも、少なからず亀裂が入る。それに、この間、自分の、手駒を殆ど、動かさずに、ムーメン家と戦っていた事は、事実。


(…まあ、いいわ。金貨二十万枚程度で、この、忌々しい、消耗戦が、大きくこちらに傾くのなら、安い、買い物よ)


彼女は、決断した。

「…分かりましたわ、アルメドラ様。その、金貨二十万枚、この、ゾンハーグ家が、ご用意、いたしましょう」


彼女は、優雅に、微笑んだ。「その代わり、確実な、『結果』を、楽しみにしておりますわよ?」


その、言葉の裏に、潜む、「失敗は、許さない」という、冷たい、脅迫を、アルメドラは、確かに、感じ取っていた。


ロット・ノットの、闇を、牛耳る、権力者たちの、腹黒い、駆け引きは、こうして、一つの、結論へと、達した。

彼らは、皆、自らの、手を、汚すことなく、ただ、盤上の、駒が、動くのを、待っているだけだった。



【ロット・ノット、王都守護庁・庁長室】


宰相との、交渉から、戻ってきた、イーシスは、作戦会議室で、待機していた、ラナーシャたちの元へ、一枚の、羊皮紙を、ひらひらと、させながら、入ってきた。


その、表情は、これまでにないほど、上機嫌だった。


「――やったわ。予算、分捕ってきたわよ」

その、言葉に、ラナーシャも、カイも、レオンも、驚きに、目を見開いた。


「…流石です、イーシス庁長!」


ラナーシャは、最大限の、敬意を込めて、敬礼する。他の、隊長たちも、それに、続いた。

「…ですが、庁長。あんな大きな、要求額が、よく、通りましたね…」


ラナーシャが、尋ねると、イーシスは、悪戯っぽく、笑った。


「ええ。貴女の、素晴らしい、提案の、お陰でね」

イーシスは、ラナーシャにだけ、聞こえるように、囁く。


「…ふふ、要求額より、少し、色を付けて、いただいてやったわ。殉職した、兵士たちの、家族にも、少しは、報いてやらないとね」

その、言葉の、裏にある、彼女の、部下への、深い、愛情を、感じ取り、ラナーシャは、静かに、頷いた。


予算の、目処が、ついたことで、作戦は、一気に、現実味を、帯びてきた。


作戦規模も、300名から、千名へと、拡大。ロット・ノットの、ほぼ、全ての、警備部隊が、この、一大作戦に、協力することになった。


「…いいわね。ここからが、本番よ」


ラナーシャは、地図を広げ、指揮官たちに、作戦の、全貌を、語り始めた。


「まず、部隊の、配置。スラムに、存在する、全ての、マンホールを、監視下に、置きます。そして、敵が、現れる可能性が高い、いくつかの、ポイントには、百名単位で、兵を、潜ませる」


「次に、『餌』。ロット・ノットの、裏社会に、一つの、噂を流します。『ゾンハーグ家が、とんでもない、お宝を、手に入れた』と。それが、人智を超えた、古代の、秘密兵器なのか、あるいは、国宝級の、大魔晶石なのか。誰もが、喉から、手が出るほど、欲しがる、極上の、お宝。それを、守る、護衛は、わずか、200名」


「そして、最後に、『偽りの、ルート』。その、お宝が、今夜、スラムの、東門、あるいは、南門から、極秘裏に、エリサ様の、屋敷へと、運び込まれる、と。いくつもの、偽の情報を、同時に、流し、敵を、混乱させ、我々が、仕掛けた、本当の、罠へと、誘い込むのです」


その、あまりに、大胆で、そして、狡猾な、作戦に、歴戦の、隊長たちですら、息をのんだ。

「…決行は、明後日の、夜。これ以上、時間をかければ、こちらの、意図が、読まれる、可能性があります。…これより、直ちに、準備に、取り掛かります。皆、いいですね?」


ラナーシャの、その、問いに、指揮官たちは、もはや、一切の、疑念なく、力強く、頷いた。

「「「はっ!!」」」

こうして、ラナーシャ・ヴィスコンティが、立案した、【ケイオス】壊滅作戦…いや、ロット・ノットの、闇に、潜む、全ての、鼠を、一網打尽にするための、壮大な、「狩り」が、始まったのだった。







最期まで読んで下さり有難う、また続きを見掛けたら読んでみて下さい。

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