ノクターンvs渇望の咆哮
これまで、年単位で調査を続けて来たアウル本部だと言う、洞窟への襲撃は着々と進んでいた、しかし、洞窟内から運び出されて来た重症の者、そんな彼らを奇跡の子が回復させていた、そんなタイニングで.......。
その144
【アウル基地、外部・深夜】
その、あまりに、無邪気な、言葉と、彼女が、今、成し遂げた、あまりに、規格外な、奇跡。
その、恐るべき、アンバランスさに、ラバァルは、言い知れぬ、戦慄を、感じていた。
そして、はっと、我に返った彼は、ボルコフを、担いできた、二人の工作員と、腰を抜かしたままの、ベルコンスタンを、鋭く、睨みつけた。
「いいか。今、お前たちが、見たことは、誰にも、口外するな。もし、漏らした者がいれば、俺が、直々に、その、舌を、引き抜いてやる」
その、氷のような、脅しに、三人は、声もなく、必死に、頷いた。
ボルコフは、助かった。リリィの、お陰だ。
だが、洞窟の中では、今も、多くの仲間たちが、血を流している。第二、第三の、ボルコフが、生まれるのは、時間の問題だった。
その、膠着した、戦況を、破ったのは、全く、予期せぬ、方向からの、来訪者だった。
「…ラバァル様!」
洞窟の入り口とは、逆の、森の方向を、見ていた、ベルコンスタンが、いち早く、一団に気づき、声を上げた。「どうやら、応援が、来てくれたようですぞ!」
ラバァルが、振り向くと、森の闇の中から、松明の光が、一つ、また一つと、現れた。そして、その数は、瞬く間に、数百へと、膨れ上がっていく。
その、先頭を、馬に乗って、駆けてくるのは、ウィッシュボーンだった。
(…あの、馬鹿が。気を、利かせやがって…!)
ラバァルは、内心で、舌打ちしたが、その口元には、わずかな、笑みが、浮かんでいた。
「ラバァルさん!」
馬から、飛び降りた、ウィッシュボーンは、開口一番、文句を、言った。
「どうして、このような、一大事に、俺たちを、呼んでくれなかったんですか! 水臭いじゃ、ありませんか!」
「…急な、話だったんでな。それで、数は?」
「はい! 南地区で、志願者を、募ったら、500名以上が、来ると、言い張りまして…! 断るに、断りきれず、結局、全員、連れてきてしまいました!」
「ほぉ、よく、検問を、抜けてこれたな」
「へえ。それが、どうやら、街の方で、何か、大きな事件が、あったらしく、警備隊の連中は、そっちに、かかりっきりで。俺たちのことにまで、手が回らなかった様でした」
「そうか。運が、向いてきたな」
ラバァルは、頷くと、ウィッシュボーンの、背後で、馬から降りた、一人の女性に、目を向けた。神官、カトレイヤだ。
「よし。ウィッシュボーン、よく聞け」
ラバァルは、矢継ぎ早に、指示を、飛ばしはじめた。
「まず、カトレイヤは、ここで、負傷者の、手当てを。工事帰りの、連中には、洞窟内の、負傷者を、外へ、運び出す、手伝いをさせろ。そして、残りの、戦える者は、全員、洞窟へ、突入! 中にいる、キーウィの連中を、援護しろ!」
「はっ! お任せください!」
ウィッシュボーンは、力強く、応えると、その、巨大な、援軍を、率いて、洞窟の闇へと、雪崩れ込んでいった。
アウルの生き残りたちが、その、おびただしい数の、援軍に、気づいた時。
この戦いの、勝敗は、すでに、決したとラバァルは思った。
【アウル基地、内部・制圧戦】
ウィッシュボーン率いる、500を超える、大連合軍の参戦は、戦局を、完全に、決定づけた。
「怯むな! 続けぇっ!」
ウィッシュボーンの、号令の下、彼らは、まるで、一つの、巨大な、生き物のように、アウルの、巣穴を、喰い荒らしていく。
だが、基地の内部は、アリの巣のように、複雑な、構造をしていた。いくつもの、分かれ道が、彼らの、進軍を、阻む。
ウィッシュボーンは、即座に、決断した。
「各隊、分かれろ! 全ての、通路を、同時に、制圧する! 当たりのルートを、見つけた隊は、すぐに、伝令を、戻せ! 行き止まりだった隊は、その伝令の、指示に従え!」
その、的確な、指示で、混乱しかけた、大軍は、再び、統制を、取り戻した。
第二区画、「黒梟」たちの、エリア。
ここで、キーウィの、負傷者の数が、急増した。
「ダメです! この方、もう…!」
ウィッシュボーンは、息絶えた、仲間の、亡骸に、一瞬だけ、黙祷を捧げると、非情な、命令を、下した。
「…南地区の、連中! 負傷者を、三人一組で、外へ運びだせ! 死者は、丁重に、ラバァルさんの元へ! 俺たちは、進むぞ!」
そして、第三区画、「影梟」たちの、領域。
そこで、彼らは、多くの、傷つき、倒れた、キーウィの、工作員たちを、発見した。
「ここにも、いたぞ!」「あそこにもだ!」
ウィッシュボーンは、次々と、負傷者を、後方へ、送りながら、さらに、奥へと、進んでいく。
その、先には。
【四天王の間:毒羽の鵂】
50名は、軽く入れるほどの、広大な、楕円形の空間。
その中で、満身創痍の、ロメールとクロードが、まるで、幻影と、戦うかのように、苦戦を、強いられていた。
敵は、一人。
四天王【毒羽の鵂】、セヴァ・ノクス。
彼は、宙を、舞うように、飛び回り、その、指先から、目に見えない、毒の霧を、撒き散らしていた。
「―――数の力を、思い知らせてやれッ!!!」
ウィッシュボーンの、号令と共に、オーメンの、精鋭たちと、元第三軍の、兵士たちが、その空間へと、雪崩れ込んだ。
彼らの、手にあるのは、つるはしや、スコップといった、労働の道具。だが、長年の、鍛錬と、実戦経験は、それらを、凶悪な、武器へと、変えていた。
数の上で、完全に、不利になったセヴァは、舌打ちすると、ロメールとクロードに、集中していた、毒の霧を、空間全体へと、拡散させた。
「ぐっ…!」「息をするな!」
兵士たちが、次々と、苦しみ、倒れていく。
「…ちぃっ!」
ウィッシュボーンは、このままでは、全滅すると、判断した。
「全隊、退避しろ! 後ろの奴ら、引き返せ!」
だが、狭い通路に、殺到していた、兵士たちの、流れは、すぐには、止まらない。
その、混乱の、一瞬を、突いて。
セヴァ・ノクスは、闇の中へと、その姿を、消してしまっていた。
「…くそっ逃げられたかのか…!」
ウィッシュボーンは、歯噛みした。
【アウル基地、第三区画・ガル・ヴォルカン視点】
ウィッシュボーンたちが、数の力で、敵を、蹂躙している頃。
ガル・ヴォルカンは、ただ、一人、別の道を、進んでいた。
ラバァルからの、命令は、ただ一つ。『アウルの、ボスを、討て』。
雑魚に、構っている暇などない。彼は、ただ、大将首だけを、求めて、基地の、最深部へと、突き進んでいた。
闇の中から、襲いかかってくる、「影梟」たち。
だが、彼らは、不幸だった。遭遇した、相手が、悪すぎた。
ガルの、巨大なシャムシールが、唸りを上げる、ただ、それだけで。影梟たちは、その、正体を見る間もなく、体を、二つに、分断され、物言わぬ、肉塊と、なって、床に、転がっていった。
その、あまりに、圧倒的な、殺戮の跡を、後から来た、キーウィの兵士たちは、言葉を失って、見つめることになる。
(…なんだ、これは…。まるで、巨大な、獣にでも、襲われたかのようだ…)
そうこうしているうちに、また一体、ガルの前に、新たな、影が、立ちはだかった。
だが、そいつは、これまでの、雑魚どもとは、明らかに、雰囲気が、違っていた。痩身で、どこか、知的な、空気を、纏っている。
ガルは、足を止めた。
「…貴様が、ここの、ボスか?」
その問いに、男…四天王【毒羽の鵂】、セヴァ・ノクスは、くくく、と、喉の奥で、笑った。
「…今から、死ぬ者に、名乗る名など、ない」
その、挑発的な、言葉が、終わる前に。
ガルの、シャムシールが、セヴァの、首を、目掛けて、振り抜かれていた。
だが、セヴァは、それを、まるで、予期していたかのように、ひらりと、かわしてみせる。
「ふっ。そんな、大振りな剣では、私には、届きませんよ」
彼は、さらに、嘲笑を、浮かべた。
「図体ばかりが、大きい、猪め。これでも、喰らって、大人しく、お眠りなさい」
セヴァの、手から、紫色の、液体で、満たされた、小瓶が、ガルへと、投げつけられた。調合された、即効性の、猛毒だ。
だが、ガルは、その小瓶を、避けない。
彼は、飛来する、小瓶を、その、巨大な手で、まるで、羽虫でも、捕らえるかのように、優しく、掴み取った。
「なっ…!?」
セヴァの、顔に、初めて、驚愕の色が浮かぶ。
「…ふんっ!」
ガルは、無言のまま、その小瓶を、セヴァ自身へと、投げ返す。
虚を、突かれた、セヴァは、咄嗟に、その小瓶を、手の甲で、弾き飛ばした。ガラスが、砕け、紫色の毒液が、周囲に、飛び散る。
もちろん、彼自身は、自らが調合した毒への、完全な耐性を持っている。ダメージはない。
だが、問題は、そこではなかった。
「――その程度の、児戯に、興じている、暇は、ない」
セヴァが、毒の小瓶を、弾き飛ばし、次の、言葉で、相手を、嘲笑しようとした、まさに、その瞬間。
ガルの、巨躯が、すでに、彼の、目の前にまで、迫っていたのだ。
セヴァの、得意とする、言葉による、心理戦も、毒による、搦め手も。目の前の、この、圧倒的な、「暴力」の化身の前では、全く、意味をなさなかった。相性が、悪すぎたのだ。
そして、振り下ろされる、巨大な、シャムシール。
それは、もはや、斬撃ではなかった。ただ、圧倒的な、質量の、暴力。
アウル四天王の一人、セヴァ・ノクスは、その、言葉を発する間もなく、一刀両断され、血飛沫と、共に、崩れ落ちた。
バタン、バタン、と。二つに、分かれた体が、床に、転がる。
ガルは、その、亡骸を、一瞥すると、忌々しげに、吐き捨てた。
「…ふんっ。下らん。この程度の、小物が、ボスであるはずが、ない」
彼は、シャムシールに、付着した、血を、無造作に、振り払うと、再び、基地の、闇の奥へと、その歩みを、進めていった。
【アウル基地、四天王の間:鋼爪の鴞】
ウィッシュボーンたちが、たどり着いたのは、血と、鉄の匂いが、立ち込める、武練場のような、広間だった。
そして、その中央には、鋼の爪を、装着した、一人の男…四天王【鋼爪の鴞】、クロウ・ヴァルメルが、静かに、佇んでいた。
その、足元には、すでに、ボロボロになった、キーウィの精鋭たちが、倒れ伏している。
だが、彼らは、まだ、死んではいなかった。リーダーの、ロメールとクロードが、満身創痍になりながらも、必死に、仲間たちを、庇い、クロウの、猛攻を、耐え凌いでいたのだ。
そこへ、ウィッシュボーン率いる、新たな部隊が、雪崩れ込んできた。
「…クロード! ロメール!」
「…ウィッシュボーン…! 来て、くれたか…!」
倒れ込みながら、クロードが、安堵の声を、上げる。
「…先の失敗を教訓に、今度は、数を、絞る」
ウィッシュボーンは、ロメールたち、傷ついた精鋭を、後方へと、退かせながら、自らが率いる、最も、腕の立つ、50名の部隊を、その前に、展開させた。
残りの、数百の兵は、後方で、待機させ、負傷者が出次第、即座に、交代する、という、消耗戦を、覚悟した、陣形をとるつもりだ。
「…奴は、死神だ。気をつけろ」
すれ違い様、クロードが、苦々しく、吐き捨てる。
ウィッシュボーンは、無言で、頷いた。分かっている。目の前に、静かに佇む、その男は、これまでの、どの敵とも、次元が違う。
そして、戦いは、始まった。
クロウ・ヴァルメルは、何も、語らない。
新たに、自らの領域へと、足を踏み入れてきた、侵入者たちを、ただ、冷たい瞳で、見据えるだけだった。
そして、その、鋼の爪を、ギリ、と鳴らすと、静かに、そして、確実に、その、殺戮を、再開した。
だが、今度の、相手は、違った。
彼の前に、立ちはだかったのは、オーメンの、中核を担う、百戦錬磨の、古参メンバーたち。
そして、ラバァルの下で、過酷な労働と、日々の訓練によって、かつての、兵士としての、誇りと、肉体を、完全に取り戻した、元第三軍の、精鋭たち。
総勢、50名。
彼らは、クロウの、神速の動きに、怯まなかった。
一人が、倒れれば、すぐさま、二人目が、その隙を、埋める。
彼らは、ウィッシュボーンの、的確な指揮の下、完璧な、連携で、この、「死神」の、猛攻を、受け止め、そして、その、刃を、確実に、削り取っていく。
クロウは、初めて、人間の群れを、相手に、わずかな、「やりにくさ」を、感じていた。
「怯むな! 負傷者は、すぐに、後ろへ運べ! 次の、交代部隊、前へ!」
ウィッシュボーンの、絶叫が、響き渡る。
後ろの、通路で、待機していた、南地区の、男たちが、負傷した仲間を、担ぎ出し、代わりに、新たな、戦士たちが、その戦場へと、飛び込んでいく。
彼らは、決して、死ななかった。ラバァルの下で、地獄の、訓練を、積んできた、彼らの、肉体は、常人を、遥かに、超える、タフネスさを、身につけていたのだ。
だが、その代償として、次々と、仲間たちが、戦闘続行できぬ程の深手を、負っていく。
この、一方的な、殺戮。
だが、ウィッシュボーンの目は、決して、絶望には、染まっていなかった。
彼は、厳しい戦いの中で、ただ、一点だけを、見つめていた。
敵の、呼吸。敵の、筋肉の動き。そして、その、鋼の爪が、空気を、切り裂く、わずかな、リズムの、乱れ。
(…こいつも、人間だ…!)
クロウ・ヴァルメルは、焦っていた。
(…不味い。このままでは、こちらの、体力が、続かん…!)
目の前の、敵は、弱い。だが、死なない。そして、倒しても、倒しても、次から、次へと、新鮮な、肉体が、壁となって、立ちはだかる。
まるで、無限に、湧き出てくる、ゾンビの群れの様だ。
その、終わりなき、消耗戦に、いかに、四天王とはいえ、その、スタミナは、確実に、削り取られていったのだ。
そして、ついに、その瞬間が、訪れた。
クロウの、爪が、ほんの、わずかに、軌道を、逸らした。
疲労による、致命的な、一瞬の、隙。
それを見逃すほど、ウィッシュボーンは、甘くはなかった。
「―――今だッ!!! 全員、かかれェッ!!!」
ウィッシュボーンの、号令を、合図に。
それまで、波状攻撃を、仕掛けていた、近くに居る戦士たちが、一斉に、クロウ・ヴァルメルへと、殺到した。
四方八方から、繰り出される、剣、槍、そして、つるはし。
クロウは、神速の、動きで、その、いくつかを、捌いたが、もはや、全てを、防ぎきることは、できなかった。
元第三軍の、一人の男が、振るった、手斧が、その、膝の、関節を、砕き。
聖騎士トーヤの元で修行中のオーメンの男が、投げた、手槍が、その、肩を、深々と、貫いた。
動きを、封じられた、死神の、前に、ウィッシュボーンが、立っていた。
「―――終わりだ」
ウィッシュボーン自身の、渾身の、ショートソードが、その、がら空きになった、胸に、深く、深く、突き刺さった。
「……………」
クロウ・ヴァルメルは、まさか自分がこんな馬鹿なと言う顔をしていた。
ただ、その、驚愕に、見開かれた、瞳で、自らを、取り囲む、無数の、名もなき、戦士たちの顔を、見渡していた。
(…なぜだ…。なぜ、この、俺が、こんな奴らどもに…)
そして、彼は、その、体を、ゆっくりと、床へと、沈めていった。
アウル四天王、最後の一人。
その、あまりに、孤独な、そして、呆気ない、最期だった。
アウル四天王、最後の一人。
その、あまりに、孤独な、そして、呆気ない、最期だった。
一瞬の、静寂。
そして、その静寂は、後方で、戦況を、見守っていた、数百の兵士たちの、爆発的な、鬨の声によって、打ち破られた。
「「「うおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」」」
地鳴りのような、歓声が、洞窟全体を、震わせる。
仲間たちの、壮絶な、勝利を、確信し、彼らは、歓喜の、咆哮を、上げたのだ。
誰もが、喜び、拳を突き上げ、この、長い戦いが、ついに、終わったのだと、信じていた。
だが、その、熱狂の、中心で。
ウィッシュボーンは、叫んだ。
「――まだだッ!!!」
その、鋭い、一喝に、歓声が、ぴたりと、止む。
「負傷者を、外へ運べ! まだ、動ける者は、治療の、手伝いをしろ! 急げッ!」
彼は、矢継ぎ早に、指示を飛ばす。
そして、勝利の、余韻に、浸る、暇もなく、踵を返し、まだ、誰も、足を踏み入れていない、最後の、通路へと、向かい始める。
「…まだ、戦える者は、俺に、続け!」
その、背中には、一切の、迷いも、なかった。
オーメンと元第三部隊の、何人かの、精鋭たちが、はっと、我に返り、その後を、追いはじめる。
ウィッシュボーンは、知っていた。
四天王を、倒しただけでは、まだ、何も、終わってはいない、と。
この、巨大な、巣の、奥深くには、まだ、本当の、「王」が、残っているのだから。
彼らの、戦いは、まだ、終わらない。
【アウル基地、最深部・鴉の間】
ウィッシュボーンたちが、血で、血を洗う、激戦を、繰り広げている頃。
ガル・ヴォルカンは、ただ、一人、己の、本能だけを、頼りに、基地の、最深部へと、突き進んでいた。
彼の、目的は、ただ一つ。この巣の、頂点に立つ、「王」の首。
やがて、彼は、一つの、巨大な、黒曜石の、扉の前に、たどり着いた。
扉の、上部には、翼を広げた、鴉の、紋章が、刻まれている。
ここが、玉座…「鴉の間」。
ガルは、その扉を、シャムシールで、一刀両断に、叩き斬った。
そして、彼が、その中で、見たものは。
広大な、伽藍堂の、空間。その、中央に、ぽつんと、置かれた、黒い、玉座。
そして、そこに、深く、腰掛けている、一人の、男。
全身を、漆黒の、ローブで、覆い、その顔は、鴉の嘴を、模した、不気味な、仮面で、隠されている。
アウルの、絶対的、支配者。【黒鴉王】。
その、両脇には、三人の、側近が、影のように、控えていた。彼らから、放たれる気は、先ほど、ガルが、切り捨てた、四天王セヴァなど、比較にならないほど、強靭で、そして、禍々しい。
「…来たか。招かれざる、客よ」
黒鴉王の、声は、まるで、地の底から、響いてくるかのように、低く、そして、重かった。
その、声と、同時に。
三人の側近が、電光石火の、速さで、ガルへと、襲いかかった。
三方向からの、完璧な、波状攻撃。常人であれば、コンマ数秒で、肉片に、変わっているだろう。
だが、ガルは、人間でありながら、その理を、超えていた。
彼の、数多の、死線を、潜り抜けてきた、戦闘本能は、その、三つの、殺意の軌道を、完全に見切り、巨大な、シャムシールを、まるで、防風のように、回転させ、全ての、攻撃を、弾き返してみせたのだ。
そして、反撃に、転じる。
「―――遅い」
ガルの、シャムシールが、唸りを上げた。
その、あまりに、巨大な、質量と、速度が生み出す、一撃は、もはや、斬撃ではない。
空間そのものを、断ち切る、絶対的な、「破壊」。
側近の一人は、その体を、縦に、真っ二つに、引き裂かれ。
もう一人は、腰のあたりで、上下に、分断された。
彼らは、自分たちが、死んだことさえ、理解できぬまま、崩れ落ちていく。
残る、側近は、一人。
彼は、目の前の、信じがたい、光景に、恐怖し、その、次の一歩を、躊躇った。
その、わずかな、躊躇が、彼の、命運を、決めた。
ヒュンッ、と。
風を、切り裂く音。
それは、玉座に、座っていたはずの、黒鴉王が、投げ放った、巨大な、蛇矛だった。
蛇矛は、躊躇した、側近の、心臓を、正確に、貫き、その命を、一瞬にして、奪い去った。
自らの、側近を、戦いのさなか、僅かに躊躇した、という、ただ、それだけの理由で、粛清したのだ。
「…ほう」
ガルは、その、非情な、一撃を見て、初めて、口元に、笑みを浮かべた。
「…ようやく、出てきたか。**『王』**が」
二人の、「王」が、静かに、対峙する。
ロット・ノットの、裏社会の、頂点を極めようとする者たちを決める、究極の、戦いが、今、始まろうとしていた。
【アウル基地、最深部・鴉の間】
「…ほう」
ガルは、その、非情な、一撃を見て、初めて、口元に、笑みを浮かべた。
「…ようやく、出てきたか。**『王』**が」
「…過ぎた、力は、身を滅ぼすぞ。荒野の、獣よ」
黒鴉王は、玉座から、ゆっくりと、立ち上がった。その、手には、先ほど、側近を、貫いた、長大な、蛇矛が、握られている。
次の瞬間。
二人の「王」の姿が、同時に、消えた。
ゴオオオオオオオオオッ!!!
空間の、中央で、巨大なシャムシールと、蛇矛が、激突し、凄まじい、衝撃波が、伽藍堂の、広間を、吹き荒れる。
それは、もはや、剣技の、応酬ではなかった。
ガルの、一撃は、山を砕く、絶対的な、「破壊」。
黒鴉王の、一撃は、嵐を、巻き起こす、絶対的な、「支配」。
力と、力が、互いの、全てを、賭けて、ぶつかり合う。
「―――遅い」
黒鴉王の、蛇矛が、幻影のように、揺らめき、無数の、残像を、生み出した。その、全てが、ガルの、急所を、狙う、必殺の、一撃。
だが、ガルは、人間でありながら、その理を、超えていた。
彼の、戦闘本能は、無数の、幻影の中から、ただ一つだけ、本物の、殺意を、放つ、蛇矛の、軌道を、正確に、見抜いていた。
彼は、シャムシールを、盾に、その一撃を、受け止めると、そのまま、力任せに、黒鴉王ごと、壁際まで、吹き飛ばした。
「ぬんっ!」
壁に、叩きつけられながらも、黒鴉王は、体勢を立て直し、蛇矛の、石突で、床を、強く、打った。
すると、床の、石畳が、まるで、生き物のように、隆起し、無数の、石の槍となって、ガルへと、襲いかかった。
「小賢しいッ!」
ガルは、その、石の槍を、シャムシールで、なぎ払いながら、突進する。
黒鴉王は、その後を、追うように、自らも、駆けた。
二人の、距離が、ゼロになる。
ここからは、互いの、息遣いすら、聞こえる、超近接戦闘。
ガルの、鉄の義手が、黒鴉王の、仮面を、狙う。
黒鴉王の、蛇矛の刃が、ガルの、心臓を、狙う。
互いに、一撃でも、食らえば、即、死に繋がる、神速の、攻防。
時間にして、わずか、数秒だ。
だが、その、数秒の間に、二人は、百を超える、死線を、交錯させていた。
そして、ついに、均衡が、破れる。
ガルの、鉄の義手が、黒鴉王の、鴉の嘴を、模した、仮面を、砕いた。
だが、同時に、黒鴉王の、蛇矛の刃が、ガルの、屈強な、胸板を、深く、切り裂いていた。
「ぐ…っ…!」
「…ほう…!」
互いに、後方へと、飛び退き、距離を取る。
ガルの、胸からは、夥しい、血が、流れていた。
そして、仮面が、砕け散り、その、素顔を、晒した、黒鴉王。
その顔は、驚くべきことに、まだ、20代にも、満たない、若者の顔をしていたのだ。
だが、その瞳だけが、何百年も、生きてきたかのような、深い、深い、闇を、宿していた。
「…面白い。実に、面白いぞ、ガル・ヴォルカン…!」
若き、黒鴉王は、その、唇に、初めて、歓喜の、笑みを、浮かべた。
「…貴様ほどの、強者と、出会えたのは、いく百年ぶりかのぉ…。褒美として、我が、本当の、力、見せてやろう」
その言葉と、同時に。
黒鴉王の、背後から、無数の、黒い、鴉の羽が、まるで、翼のように、噴き出した。
それは、もはや、人間の、領域ではなかった。
「…ようやく、化けの皮が、剥がれたか」
ガルは、自らの、傷口を、押さえながら、不敵に、笑った。
彼の、戦いは、ここからが、本当の、始まりだった。
【アウル基地、鴉の間・最終決戦】
黒鴉王の、背後から、噴き出した、無数の、黒い羽。
それは、もはや、人間の、領域ではなかった。
だが、その、異様な光景を、前にしても、ガル・ヴォルカンの、瞳の光は、揺るがなかった。
(…ほう。その手の、力か)
彼の、脳裏に、あの男…ラバァルとの、戦いが、蘇った。
あの時、自分を、打ち破った、赤黒い禍々しい闘気。あれもまた、人間の力ではなかった。
ガルは、あの、初めての、敗北で、学んだのだ。この、世界には、まだ、己の、知らない、「力」が、存在するということを。
負けたまま、では、終わらない。それこそが、ガル・ヴォルカンという、男だった。
「―――面白いッ!!」
ガルは、咆哮し、再び、黒鴉王へと、突進した。
黒い羽は、まるで、生き物のように、しなり、ある時は、鋼鉄の、槍のように、鋭く、ある時は、絹の、鞭のように、しなやかに、ガルへと、襲いかかる。
最初は、その、変幻自在の、攻撃に、翻弄され、ガルの、体には、次々と、新たな傷が、刻まれていった。
だが、彼は、その、痛みの中から、学び、順応していく、天性の、戦闘の、天才だった。
一度、受けた攻撃。一度、見た軌道。その全てを、その、獣のような、肉体と、魂に、刻み込み、二度目は、決して、同じ手を、食らわない。
数分後には、ガルは、無数の、黒羽が、乱舞する、死の嵐の中で、まるで、ダンスを、踊るかのように、その全てを、捌き始めていた。
「…馬鹿な…!? 人間が、我が、黒羽の舞に、これほど、早く、対応するだと…!?」
黒鴉王の、声に、初めて、焦りの色が、浮かんだ。
(…このままでは...!)
黒鴉王は、一気に、勝負を、決めるべく、奥義を、放つことを、決意した。
彼は、全ての、黒羽を、自らの、背に、収束させると、それを、一本の、巨大な、漆黒の、槍へと、変貌させた。
「滅びるがいい、荒野の獣よ! これが、我が、夜の玉座の、力なり!」
「―――終焉の、黒羽ッ!!!」
空間そのものを、抉り取るかのような、絶対的な、破壊の、一撃。
それに対し、ガルもまた、自らの、奥義を、解放する準備を、始めていた。
彼は、シャムシールを、投げ捨て、その、両の拳を、固く、握りしめる。
「―――飢えは、力だ」
彼の、体内の、全ての、生命力が、その、右腕の、鉄の義手へと、集束していく。
焼け焦げた、鉄の義手が、灼熱の、溶岩のように、赤く、輝き始めた。
「―――喰らえ」
黒鴉王の、必殺の槍と。
ガルの、全てを、賭けた、拳が。
「―――渇望の、咆哮ッ!!!」
―――激突した。
凄まじい、光と、闇が、鴉の間を、飲み込み、全てを、白一色に、染め上げる。
やがて、光が、収まった時。
そこに、立っていたのは、ガル・ヴォルカンだった。
その、右腕の、鉄の義手は、砕け散り、失われている。
だが、その、足元には。
胸に、巨大な、風穴を開けられ、黒い羽も、消え失せた、黒鴉王の、亡骸が、転がっていた。
そして、その、内側から、まるで、抜け殻のように、気を失った、一人の、若者が、横たわっていた。
若者を、数百年もの間、操り、その、肉体を、利用してきた、古の、恐るべき存在は、ガルの、渇望の一撃によって、完全に、消滅したのだ。
ガルは、その光景を、一瞥すると、天を、仰ぎ、勝利の、雄叫びを、上げた。
それは、新たな、「王」の、誕生を、告げる、咆哮だった。
【アウル基地、鴉の間・決着】
ウィッシュボーンが、最後の四天王【鋼爪の鴞】を、打ち破った、その時。
洞窟の、最深部から、まるで、世界そのものが、引き裂かれるかのような、凄まじい、轟音が、響き渡った。
「…ラバァルさんか!?」
いや、違う。この気配は、もっと、荒々しく、そして、巨大だ。
「行くぞ! ボスの元へ!」
ウィッシュボーンは、残った、精鋭たちを、引き連れ、音のした、方向へと、駆けた。
そして、彼が、黒曜石の、巨大な扉の残骸を、蹴破り、その中で、見たものは。
凄まじい、光と、闇が、衝突し、全てを、白一色に、染め上げる、その、瞬間の光景だった。
「うおっ!?」
あまりの、眩しさに、ウィッシュボーンたちは、思わず、腕で、目を覆う。
やがて、光が、収まり、彼らが、おそるおそる、目を開けると。
そこには、片腕を、失い、血まみれになりながらも、仁王立ちする、一人の、巨漢…ガル・ヴォルカンの姿があった。
そして、その足元には、胸に、巨大な風穴を開けられた、黒鴉王と、思われる、亡骸と、気を失った、一人の、若者が、転がっていた。
周囲には、先ほど、ガルが、切り捨てたのであろう、真っ二つに、分断された、側近たちの、無残な、死体が、転がっている。
ウィッシュボーンは、まだ、この巨漢が、誰なのか、知らなかった。だが、この、地獄絵図が、彼の、仕業であること、そして、彼が、アウルの、頂点を、打ち破ったことだけは、理解できた。
ガルは、ウィッシュボーンたちを、一瞥すると、低い、咆哮のような声で、言った。
「…ラバァルに、伝えろ。ボスは、俺が、討ち取った、と」
その、言葉が、この、長い、血で血を洗う、戦いの、終わりを、告げていた。
勝利。
その、事実を、認識した瞬間。張り詰めていた、緊張の糸が、ぷつりと、切れ、ウィッシュボーンは、その場に、へなへなと、へたり込んでしまった。
それを見た、ガルは、くつくつと、喉の奥で、笑った。
「…なんだ、お主。もう、限界だったのか?」
「…っ! ち、違います! 少し、気が、抜けただけです…!」
ウィッシュボーンは、必死に、強がり、立ち上がる、
そして、彼は、倒れている、若者の元へと、歩み寄った。
「…こいつも、アウルの、残党か?」
ラバァルからの、命令は、『皆殺し』だ。
ウィッシュボーンは、その若者に、とどめを刺そうと、ショートソードを、抜き放った。
だが、それを、ガルの、巨大な手が、制した。
「…そいつは、殺すな」
「…なぜです? ラバァルさんの、命令は、絶対だ」
「この戦いで、何か、問題が起きたのなら、俺が、全ての責任を取る。そして、この若者は、俺が、預かろう」
その、王の如き、有無を言わせぬ、言葉に、ウィッシュボーンは、何も、言い返せなかった。
「……貴方が、責任を、負うと、おっしゃるのであれば」
彼は、静かに、剣を、鞘へと、収めた。
こうして、長きに渡った、アウル攻略戦は、ついに、幕を閉じた。
キーウィの、兵士たちは、互いに、肩を貸し合い、傷ついた仲間を、担ぎながら、一人、また一人と、忌まわしい、巣穴から、朝日が、差し込み始めた、地上へと、戻っていく。
その、先頭には、謎の、若者を、小脇に抱えた、片腕の巨漢と、その、圧倒的な、存在感に、戸惑いながらも、どこか、安堵の表情を、浮かべた、ウィッシュボーンの姿が、あった。
最期まで読んで下さりありがとう、またつづきを見掛けたら読んでみて下さい。




