月光に照らされた少女
アウル本部へと続く洞窟の外までやって来たラバァルたちは、時間差で入り、リリィ救出を最優先とする作戦を決行、ステルスで中へと侵入したラバァルは、数々の区画をすり抜けて行くのだが........。
その143
その後ろ姿を、見送りながら、トラヴィスは、安堵の溜息をついた。
門を抜けて行く、下手に刺激すると、何をして来るか分からない、見る事も憚られる、ゴツイ男たちが、ただ過ぎるのを待っていた、そんな状態が終わると。
「…やれやれ。目的が、我々でなくて良かった。あんな連中に、本気で、襲われたら、ひとたまりも、なかったぞ…」
一方、門を抜け、郊外へと出た後。ラバァルは、ベルコンスタンに、尋ねた。
「…先ほどはどう、言い包めた?」
「いえ。評議会議員、ディオール家としての、『特権』を、少しばかり、使わせていただいたまでです」
その、さらりとした、答えに、ラバァルは、頷いた。
【アウル基地、近郊】
一行は、郊外の、古代遺跡群の、跡地へと、たどり着いた。
木々に、隠された、その先に、アウルの、本拠地へと続く、洞窟の入り口が、黒い口を、開けている。
ラバァルの、思考は、ただ、一点に、集中していた。
(…リリィ)
奴らが、彼女を、殺す可能性は、低いだろう。回復能力を持つ若い「宝」を、傷つける筈がないからだ、
しかし絶対はない、少しでも安全に、かつ早く取り戻さなくてはならなかった。
その為、一斉に雪崩れ込んでしまうと、その、混乱の中で、何が、起こるか、分からない。
彼の、脳裏に、あの、薬師の老婆…アズマの、顔が、浮かんだ。
『この子を、決して、死なせるな』
あの、約束は、勿論覚えている。
だが、それは、ただの、約束だからではない。
もし、彼女を、失えば。あの、ガキ共の、悲しむ顔を、見ることになる。
そして、何より、ガキ一人守れなかった自分を、許せなくなる。
ラバァルは、静かに、決断した。
彼は、ベルコンスタンと、ガル・ヴォルカンを、呼び寄せ、作戦の、最終指示を、下す。
その声は、夜の、静寂の中で、低く、しかし、はっきりと、響いた。
「いいか。突入は、俺が入ってから、15分後まで待ってからだ。それまで、決して、動くな」
彼は、まず、ベルコンスタンに、向き直った。
「敵の、殲滅は、お前が、指揮を執れ。キーウィの、力を、存分に、見せてやれ」
そして、次に、山の如き、巨漢…ガル・ヴォルカンを、見据えた。
「――ガル。アウルの、ボスは、お前が、やれ」
その、あまりに、唐突な、しかし、重い、命令に、ガルは、わずかに、目を見開いた。
「…ほう。俺に、大将首を、譲ると?」
「ああ」ラバァルは、頷いた。「お前が、俺の、下につく、というのなら。それ相応の、力と、覚悟を、皆に示さなくてはならん。…やれるか?」
それは、信頼であり、同時に、試練でもあった。
ガル・ヴォルカンの、唇に、獰猛な、笑みが、浮かんだ。
「…ふんっ。面白い。その首、必ずや、貴様の元へ、届けてみせよう」
「…ラバァル様は?」
ベルコンスタンが、尋ねる。
「先ほども言った通り、俺は、先に行く」
ラバァルは、それだけ言うと、一人、音もなく、洞窟の、闇の中へと、その身を、溶け込ませていった。
リリィの、奪還。
その、最も、重要で、そして、危険な任務は、誰にも、任せるわけには、いかなかった。
たった、一人で、敵の巣の中心へと、彼は、向かう。
【アウル基地、内部】
ラバァルは、まるで、闇そのものに、溶け込むかのように、アウルの、本拠地である、洞窟の中を、進んでいた。
ベルコンスタンから、渡された、不完全な地図と、自らの、アサシンとしての、超感覚だけが、頼りだ。
すれ違う、雑兵たちの、気配を、完全に、殺し、いくつもの、罠を、見抜き、彼は、ひたすらに、奥へ、奥へと、進んでいく。
その時、近くの部屋から、ラバァルと、同じくらいの、体格の雑兵が、一人部屋から、現れた。ラバァルは、その、空になった部屋へと、音もなく、滑り込むと、そこに、残されていた、アウルの雑兵服を、手に入れ、素早く、それに、着替える。
これで、彼は、この巣に潜む、無数の、アリの、一匹と、姿を変えたのだ。
だが、基地の内部は、まさに、アリの巣のように、複雑怪奇だった。いくつもの、分かれ道に、何度も、行き止まりに、ぶつかり、その度に、引き返し、別の道を探す。
そうこうしているうちに、周囲の、空気と、そこにいる者たちの、練度が、明らかに、変わった。熟練者たちの、エリアに、入ったのだ。
ラバァルは、気を引き締め直し、再び、誰もいない部屋へと、侵入すると、今度は、より、位の高そうな、熟練暗殺者の、衣服へと、着替えた。
だが、その直後だった。
隠れる場所のない、長い通路で、一人の、見張りと、鉢合わせてしまったのだ。
「…【鉄爪衆】の、お方。何か、御用でしょうか?」
見張りは、ラバァルの、その服装を見て、自分よりも、上位の者だと、判断し、敬礼をしてきた。
(…鉄爪衆…?)
ラバァルは、一瞬、躊躇したが、すぐに、その状況を、逆手に取った。
「…いや、別に。それより、貴様こそ、こんな場所で、油を売ってて、良いのか? 今、入口の方で、何やら、大きな、騒ぎが、起きているようだったが」
その、ハッタリに、見張りは、完全に、引っかかった。
「な、何ですと!? 承知しておりません!」
彼は、慌てて、仲間たちに、合図を送ると、我先に、入口の方向へと、駆け出していった。
一人、残された通路で、ラバァルは、ふぅ、と、息を吐きだす。
「…ふんっ。今のは、少し、危なかったな」
そうして、しらみつぶしに、中を、調べていく。
彼の、目的は、ただ一つ。リリィの、確保。
戦闘は、避けなければならない。今はまだ、その時ではなかった。
更に、奥へと進む。
もはや、先ほどまでの、区画とは、空気が、全く、違っていた。
ここにいる者たちは、一人一人が、その、存在感とも言える、己の気を、完全に、消し去ることを、常態化させている。まるで、歩く、亡霊の群れ。彼らは、アウルの中でも、選び抜かれた、本物の、手練れなのだ。
「…むぅ。これは、一瞬でも、気を抜けば、見つかるな…」
ここからは、ラバァルも、自らの、全神経を、研ぎ澄まし、影そのものとなって、移動していく。
(…いたるところに、目が、ある)
ラバァルは、壁や、天井に、巧妙に、仕掛けられた、監視用の、魔道具に、気づいていた。だが、彼は、その、視線すらも、欺き、まるで、存在しないかのように、その網を、潜り抜けていく。
やがて、彼は、洞窟の、最も、奥深く、月明かりが、天井の、亀裂から、差し込む、幻想的な、空間へと、たどり着いた。
そこは、他の、殺伐とした、区画とは、全く、雰囲気が違う。静かで、どこか、詩的な、空気に、満ちていた。
【月眼の鴞】 リュド・サーヴァンの、領域。
その、空間の、中央。
月光が、作り出す、スポットライトの中に、一つの、水晶の檻が、置かれていた。
(…月の、光…? こんな、深い、地中にまで、届くはずが…!)
ラバァルは、天井を、見上げた。そこには、小さな穴が開けられ、幾重にも、重ねられた、レンズのようなものが、不気味な光を、反射していた。
(…なるほど。地上の、月光を、何度も、屈折させ、増幅させて、ここまで、引き込んでいるのか…)
なぜ、これほどの、手間をかけてまで、光を、作り出すのか。その理由は、分からない。だが、その光景は、恐ろしく、そして、どこか、神聖なほどに、美しかった。
そして、その、光の中心…水晶の檻の中に、リリィが閉じ込められていた。
彼女は、眠っているようだった。その、小さな体は、降り注ぐ、月光を、吸収するかのように、淡い、水色の光を、放っていた。
ラバァルは、音もなく、その檻へと、近づこうとした、その時。
「――そこまでだ、侵入者」
静かな声が、響いた。
ラバァルが、振り返ると、そこには、銀髪を、長く、編み込んだ、優雅な、男が、立っていた。リュド・サーヴァンだ。
「…よくぞ、我が、月光の庭まで、たどり着いた。褒めてやろう。だが、ネズミの、冒険は、ここで、終わりだ」
「リリィを、返してもらう」
「ふふっ。それは、できん相談だ。彼女は、もはや、私のもの。この、月光の下で、その力を、さらに、高め、いずれは、我が、アウルの、至宝となるのだから」
リュドが、指を鳴らすと、周囲の闇から、彼の側近たちが、音もなく、姿を現した。ついに、見つかってしまったか。
「…お前、一つ、勘違いをしているな」
「何?」
「――彼女は、**お前のものじゃない。だれの持ち物でもない**」
その言葉と、同時に。
ラバァルの、全身から、全てを、飲み込むような、**赤黒い闘気**が、噴き出した。
月光が、作り出していた、神聖な空間が、一瞬にして、禍々しい、地獄の様相へと、塗り替えられていく。
「なっ…!?」
リュドの、顔に、初めて、驚愕の色が浮かんだ。彼の、幻術も、結界も、この、あまりに禍々しく、恐ろしい、死と破壊の、「力」の前では、意味をなさない。
「やれ」
リュドの、短い、命令で、側近たちが、一斉に、ラバァルへと、襲いかかる。
だが、ラバァルは、それよりも、速かった。
彼は、一直線に、リュドへと、向かうと、その、華奢な、首を、鷲掴みにした。
「ぐ…っ…!」
「檻を、解け。さもなくば、お前の、その、綺麗な顔を、床に、擦り付けてやる」
「…く…くくっ…面白い…。いいだろう…」
リュドが、何かを、呟くと、水晶の檻が、音もなく、消え去った。
同時に、彼の、全身から、まばゆいほどの、月の光が、放たれる。目眩まし。
ラバァルが、一瞬、目を細めた、その隙に、リュドは、ラバァルの、拘束から、逃れ、後方へと、飛び退いていた。
だが、ラバァルは、彼を、追わなかった。
彼の、腕の中には、すでに、眠る、リリィの、小さな体が、確かに、抱きかかえられていたのだ。
それを視認したリュド・サーヴアントは。はっとして、何故だと言わんばかりに。
「…馬鹿な、いつの間に…!?」
「お前が、くだらん、手品を、使った、その瞬間にな」
「さて、と」
ラバァルは、リリィを、その肩に、担ぎ上げた。「まずは、お姫様を、安全な場所へ、お連れするとしよう」
その時、洞窟全体を、揺るがすような、凄まじい、轟音と、人々の、絶叫が、響き渡ってきた。
ガル・ヴォルカン率いる、キーウィの、本隊が、ついに、突入を開始したのだ。
「!!?」
リュドと、その側近たちの、意識が、一瞬、外の、騒ぎへと、向いた。
【アウル基地、リュド・サーヴァンの領域】
その隙を、ラバァルは見逃さない。
彼は、壁を蹴ると、そのまま、天井の、闇へと、その姿を、消した。
リリィの、奪還。
その、最優先事項を、彼は、完璧に、成し遂げる。
「…追え! 逃がすな!」
リュド・サーヴァンは、側近たちに、そう、叫ぼうとした。
だが、声が、出なかったのだ。
それどころか、彼の、体から、力が、急速に、抜けていくのが、分かった。
(…なんだ…これは…?)
彼は、おそるおそる、自らの、胸元へと、視線を、落とし見た。
そこに、あるはずの、心臓が、なかったのだ。
いや、それどころか、彼の、鍛え上げられた、胸板そのものが、ごっそりと、抉り取られ、背後まで無くなっている様な感覚に襲われた。
代わりに、そこには、拳ほどの、大きさの、ぽっかりとした、風穴が、開いていたのだ。
いつ?
どうやって?
全く、分からなかった。
「ぶはっ…!」
彼の、口から、大量の、血が、噴き出す。
「ば…かな…。そんな…ことが…」
彼が、自らの、死を、認識した、その時には、もう、全てが、遅かった。
アウル四天王の一角、【月眼の鴞】、リュド・サーヴァンは、その場に、崩れ落ち、絶命した。
己の、野心が、呼び込んだ、「宝」は、同時に、自らの、命を、奪う、「死神」でもあったのだ。
【アウル基地、外部】
洞窟の外、木々の、安全な、影の中へと、降り立ったラバァルは、リリィを、静かに、横たえると、再び、洞窟の、入り口へと、向き直った。
彼の、腕には、一滴の、返り血も、ついていない。
(…さて、と。あとは、中の、大掃除だけだ)
彼の、瞳には、仲間たちの、戦況を、見守る、冷徹な、司令官の光が、宿っていた。
【アウル基地、外部・深夜】
洞窟の、入り口からは、今も、剣戟の音と、断末魔の叫びが、途切れることなく、漏れ聞こえてくる。
ラバァルは、木の上に、身を潜め、その、地獄のBGMを、聞きながら、静かに、戦況を、見守っていた。
キーウィの、工作員たちは、善戦しているようだ。
ベルコンスタンが、この、洞窟戦を、想定し、周到に、準備させた、数々の、特殊な武器が、効果を、発揮しているのだろう。特に、狭い通路でも、取り回しの良い、ハンドクロスボウは、有効なはずだ。
その時。
ドゴオオオオオオオオオンッ!!!
大地を、揺るがすほどの、凄まじい、爆発音が、洞窟の、内部から、響き渡った。
入り口からは、黒い煙が、もうもうと、噴き出してくる。
「…何だ、今の爆発は!?」
ラバァルの木の下で潜んでいた、ベルコンスタンが、声を、上げた。
「…あれは、発破用の、爆薬ですよ。おそらく、ボルコフが、使ったようです」
「発破まで、用意していたのか、お前は…」
ラバァルは、少し、呆れたように、言った。「だが、あんなものを、使って、味方に、被害は、出ていないだろうな?」
「さ、さあ…? ですが、ボルコフも、馬鹿では、ありません。きっと、考えて、使っているはず、ですよ…?」
その、あまりに、曖昧で、自信のなさそうな、返事に、ラバァルは、舌打ちした。
(…やはり、こいつは、参謀としては、一流だが、現場の、指揮官としては、まだまだ、甘いな)
ラバァルは、思考を、切り替えた。
これほどの、激戦だ。必ず、多くの、負傷者が、出るだろう。
「ベルコンスタン。南地区にいる、神官…カトレイヤには、連絡を、入れたか?」
「はっ! すでに、使いの者を、送っております! 今頃、東地区の、拠点まで、移動してくれているはずです!」
「…そうか。東地区からでは、ここまで、まだ、遠いな。できれば、この近くまで、来てもらえれば、助かるんだが…」
「も、申し訳ございません! 回復役という、貴重な人材を、これ以上、危険な場所に、近づけるわけには、いかないと、判断いたしました…!」
その、慎重な、判断は、正しい。ラバァルは、それを、尊重し、頷いた。
「…まあ、いい。終わってから、考えるか」
ラバァルは、自らが潜む、木の枝から、下の、地面を、見下ろした。
そこには、ベルコンスタンの隣で、毛布にくるまり、まだ、意識の戻らない、リリィが、静かに、寝息を立てていた。
(…こいつの力を使えば、あるいは…)
子供たちから、聞いた話が、脳裏をよぎる。猛毒さえも、一瞬で、癒したという、奇跡の力。
だが、ラバァルは、すぐに、その考えを、打ち消した。
(…いや。こいつは、戦うための、道具じゃない)
この戦いは、大人の、血生臭い、殺し合いだ。そこに、子供を、引きずり込むわけには、いかない。
ましてや、彼女の、その、あまりに、特異な力を、こんな場所で、衆目に、晒すなど、愚の骨頂だ。
彼は、自らの、一瞬の、甘い考えを、打ち消すと、再び、洞窟の、闇の奥へと、その、鋭い視線を、向けたのだった。
失われる命の数は、覚悟の上だ。それが、戦争というものなのだから。
**【アウル基地、内部・突入開始】
ラバァルの、潜入から、数十分後。
洞窟の、入り口で、息を殺して、待機していた、キーウィの、全軍に、ベルコンスタンからの、合図が、下された。
「―――突入せよッ!!」
その、号令を、皮切りに。
150名を超える、武装した、キーウィの、工作員たちが、まるで、堰を切った、濁流のように、アウルの、巣穴へと、雪崩れ込んでいった。
最初の、区画は、雑兵…「羽根無き者」たちの、領域だった。
不意を、突かれた、彼らは、なす術もなかった。
キーウィの、者たちが、放つ、ハンドクロスボウの、無数の矢が、闇の中から、襲いかかり、雑兵たちは、悲鳴を上げる、暇もなく、その場に、崩れ落ちていく。
数の上で、圧倒的に、有利な、キーウィの勢いは、止まらない。
だが、基地の内部は、アリの巣のように、複雑な、構造をしていた。いくつもの、分かれ道が、彼らの、進軍を、阻む。
「第一隊は、右へ! 第二隊は、中央を、突破しろ! 怯むな、進めぇっ!」
ガル・ヴォルカンの、咆哮のような、号令が、洞窟内に、響き渡る。彼の、存在が、混乱しかけた、キーウィの、兵士たちを、一つに、束ねていた。
やがて、彼らは、第二区画…熟練者、「黒梟」たちの、エリアへと、到達した。
ここからは、戦いの、質が、変わった。
闇の、中から、毒塗りの、短剣が、飛来し、キーウィの、先頭に出ていた、何人か、犠牲になる。
だが、ベルコンスタンが、用意させた、ハンドクロスボウが、再び、火を噴いた。
矢の、一斉射撃で、敵の、隠密行動を、封じ、動きが、止まった、黒梟たちに、ショートソードや、ハンドアックスを、手にした、キーウィの、突撃部隊が、襲いかかる。
狭い、洞窟内では、アウルの、得意とする、暗殺術は、その、効果を、半減させられる。数の暴力が、老舗の、暗殺団の、技術を、蹂躙していく。
そして、ついに、第三区画。
ここにいるのは、「影梟」と呼ばれる、アウルの、エリート中の、エリートたち。
その、実力は、先ほどの、黒梟とは、比較にならない。
キーウィの、幹部である、ロメールですら、影梟の、一人を、仕留めるために、深手を、負わなければならなかった。
そんな、怪物が、20名以上、潜んでいる。
彼らは、狭い、通路を、利用し、キーウィの、数の有利を、完全に、殺す、陣形を、組んでいた。今度は、彼らが狭い場とと広い場を上手く使い分け、戦闘を有利に進める....。
先頭を行くロメールやクロードといった、屈強な者たちでさえ、苦戦を強いられ、戦線は、完全に、膠着していた。
(…くそっ! このままでは、ジリ貧だ…!)
幹部の一人、ボルコフは、歯噛みした。
ラバァル様は、我々に、「結果」を、求めている。このまま、もたついていては、顔向けが、できん…!
彼は、覚悟を、決めた。
「―――道を開けろォォォッ!!!」
ボルコフは、雄叫びを、上げると、味方の、制止を、振り切り、一人、敵陣の、ど真ん中へと、突っ込んでいった。
そして、懐から、取り出した、発破用の、爆薬に、火をつけ、密集する、影梟たちの、足元へと、投げつける。
「―――ラバァル様に、栄光あれッ!!!」
次の瞬間。
ドゴオオオオオオオオオンッ!!!
洞窟全体を、揺るがす、凄まじい、爆発が、周囲の者たちを、飲み込んだ。
密集していた、影梟たちは、その、爆風と、衝撃波に、もろに、巻き込まれ、その、ほとんどが、戦闘不能に陥るか、あるいは、致命傷を、負っていた。
だが、その、爆心地にいた、ボルコフもまた、吹き飛ばされ、壁に、体を、叩きつけられ、一部の肉が吹き飛び、意識を、失っていた。
「ボルコフ!」
ロメールが、叫ぶ。だが、今は、彼を、助け起こす、暇はない。
「…今だ! 行けぇっ! 敵を、一人残らず、殲滅しろ!」
ボルコフの、命がけの、一撃が、作り出した、好機。
キーウィの、工作員たちは、その、友の、覚悟を、胸に、再び、敵陣へと、雪崩れ込んでいった。
戦いは、まだ、終わらない。
【アウル基地、第三区画から四天王の間へ】
戦闘不能になったボルコフを、後方の部隊に託し、ロメールは、叫んだ。
「行くぞ! 友の覚悟を、無駄にするなッ!」
ロメールを先頭に、クロード、そして、生き残ったキーウィの精鋭たちが、爆煙の向こう側…四天王の領域へと、突入した。
そこは、だだっ広い、円形の広間だった。だが、そこにいたのは、たった、三人。
中央に、不気味な仮面をつけた、小柄な男。そして、その両脇を固めるように立つ、赤い装束の男と、青い装束の男。
四天王【影面)の鴟】、ヴォルク・グレイア。そして、その直属の側近、「赤梟」と「青梟」。
「…来たか。下郎ども」
仮面の奥から、くぐもった声が響く。
「お前が、四天王か!」
ロメールが、剣を構える。
「問答は、無用だ! 仲間たちの、仇を討たせてもらう!」
だが、ヴォルクは、動かない。
「…お前たちの相手は、私ではない」
その言葉と共に、「赤梟」と「青梟」が、音もなく、動き出した。
「クロード! 側近は、任せたぞ!」
「応!」
ロメールは、ヴォルクへと向かう。クロードと、他のキーウィの者たちは、二人の側近へと、襲いかかった。
「赤梟」は、炎を纏ったような、二本の短剣を操り、その動きは、予測不能。「青梟」は、氷の矢を、無数に放つ、冷徹な射手。
キーウィの工作員たちは、その、人間離れした力に、次々と、倒れていく。
「くそっ! こいつら、化け物か!」
「ロメールさん! 助太刀します!」
数人の工作員が、ロメールの元へ、駆け寄ろうとした、その時。
「―――馬鹿者ッ!!」
ロメールの、悲鳴のような声が、響いた。
彼が、斬りかかっていたはずの、ヴォルクは、いつの間にか、その場から、姿を消していた。
そして、ロメールの背後で、剣を振り下ろしていたのは、紛れもなく、先ほど、助太刀を申し出たはずの、味方の一人だったのだ。
「ぐっ…!?」
ロメールの肩を、味方の剣が、深く、切り裂く。
「貴様…! いつから…!」
「ふふっ。私が、最初から、あそこにいたと、いつから、錯覚していた?」
味方の顔が、ぐにゃりと、歪み、ヴォルクの仮面へと、変わっていく。声帯模写と、変装術。これこそが、【影面の鴟】の、真骨頂だった。
「…ロメール!!」
クロードが、駆けつけようとするが、赤梟と青梟の、猛攻に、阻まれる。
絶体絶命。
だが、ロメールは、まだ、死んでいなかった。
彼の、超人的な、感覚が、ヴォルクの、わずかな、殺気の揺らぎを、捉えていたのだ。
「…お前の、その、汚ねえ手品も…見破ったぜ…!」
彼は、あえて、肩を、浅く、斬らせることで、ヴォルクの、懐へと、潜り込んでいた。
「―――遅いんだよッ!!!」
ロメールの、空いている方の、拳が、唸りを上げた。それは、もはや、ただの、殴打ではない。全身の、バネを、利用し、腰の回転を、乗せた、闘士の、必殺の、一撃。
その、岩のような、拳が、ヴォルクの、仮面ごと、その顔面を、粉砕した。
ゴシャッ!!!
仮面が、砕け散り、その下の、素顔が、ぐちゃぐちゃに、潰れる。ヴォルクは、声にならない、悲鳴を上げ、苦痛に、のたうち回った。
赤梟、青梟、二人の側近が主のピンチを知り、そちらに気を向けた。
その隙を、クロードと、他の工作員たちも、見逃さなかった。
彼らは、満身創痍になりながらも、ついに、赤梟と青梟を、数の力で、ねじ伏せ、その息の根を、止めていた。
ロメールとクロードは、互いに、肩を貸し合い、倒れたヴォルクの元へと、歩み寄る。
そして、その、潰れた顔面に、ロメールが、とどめの、鉄槌を、振り下ろそうとした、その時。
「…ま…待て…」
ヴォルクが、命乞いを始めた。
「こ、降参だ…! 命だけは…!」
その、あまりに、見苦しい姿に、ロメールは、冷たく、言い放った。
「…断る。お前たちは、ラバァルさんの逆鱗に触れた、命令は一匹も逃さず【皆殺し】だ。」
ロメールの、鉄の拳が、振り下ろされ、ヴォルクの頭蓋が、砕ける、鈍い音が、響き渡った。【影面の鴟】は、ブルブルと、数度、痙攣した後、完全に、その動きを、止めた。
長年、アウルの闇に潜み、「暗殺者の中の暗殺者」と、謳われた男の、あまりに、呆気ない、最期だった。
だが、キーウィが払った、代償もまた、大きかった。
ホールには、多くの、仲間たちが、血を流して、倒れている。死者も、出ているだろう。
ヴォルクは、倒した。しかし、まだ、アウルには、二人の四天王と、そして、その頂点に立つ、**首領**が、残っているのだ。
本当の、戦いは、まだ、終わっていなかった。
【アウル基地、外部・深夜】
立て続けの、激しい戦闘。キーウィの、工作員たちは、心身共に、疲弊しきっていた。傷つき、倒れ、もう、戦うことのできない者も、出始めている。
その時、洞窟の奥から、二人の部下に、担がれ、血まみれの男が、運び出されてきた。ボルコフだ。
彼の体は、自らが、放った爆発によって、無惨に、引き裂かれ、もはや、虫の息だった。
「…ラバァル様…! ボルコフが…!」
ラバァルは、その、あまりに、酷い状態に、顔をしかめた。
(…このままでは、長くは持たん。だが、ここから、スラムの拠点までは、遠すぎる…)
ラバァルは、近くの部下に、命じた。
「馬を、用意しろ。こいつを、スラム東地区まで、運ぶんだ。テレサに、頼め」
だが、その言葉は、彼自身、気休めに過ぎないことを、知っていた。この傷では、拠点に、たどり着く前に、確実に、命を落とすだろう。
ラバァルが、歯噛みした、その時。
くい、と。
ラバァルの、袖を引く、小さな力が、加えられた。
見ると、そこには、いつの間にか、目を覚ました、リリィが、立っていたのだ。
「…おお、リリィか。目覚めたんだな。どこか、痛むか?」
ラバァルが、尋ねると、リリィは、首を横に振った。そして、その、小さな指で、自らの、胸を、とんとん、と叩いた。
「…胸が、苦しいのか?」
リリィは、再び、首を振る。そして、その指は、今度は、瀕死のボルコフの方を、指し示した。
その、健気な、仕草に、ラバァルは、はっとした。
「…まさか、お前。こいつを、治してくれると、言うのか?」
リリィは、こくりと、力強く、頷いた。
そして、彼女は、よろよろと、ボルコフの元へと、歩み寄ると、その、血まみれの、胸の上に、そっと、両手を、かざした。
次の瞬間。
その、小さな手のひらから、淡く、しかし、抗いがたいほどの、生命力に満ちた、水色の光が、溢れ出し始めた。
「おおっ…!」
その、奇跡の光景を見て、ベルコンスタンは、腰を抜かし、その場に、へたり込んだ。
水色の光は、ボルコフの、体全体を、優しく、包み込んでいく。
抉り取られていたはずの、肉が、盛り上がり、砕けていたはずの、骨が、繋がっていく。
まるで、見えざる、水の精霊が、その手で、命の糸を、一本一本、紡ぎ直すかのように、失われたはずの、生命が、その場で、再構築されていく。
そして、光が、一瞬、輝きを増したかと、思うと、すっと、消えた。
そこには、あれほど、酷い、重傷を負っていたはずの、ボルコフの姿は、なかった。
代わりに、傷一つない、ただ、深く、眠っているだけの、男の姿が、あったのだ。
「……」
ラバァルは、息をのんだ。
(…凄まじい、回復力だ…。これは、かつて、マルティーナが使った、あの上位回復呪文に、匹敵する…いや、それ以上だ…!)
何より、異常なのは、リリィが、一切の、呪文を、唱えていないことだ。ただ、手をかざし、目を閉じていただけ。
これは、神官たちが使う、「奇跡」とは、明らかに、違う、何かだ。
「…おい、リリィ。お前、大丈夫か?」
ラバァルは、思わず、彼女の、肩を掴んだ。マルティーナが、あの呪文を使った後、倒れてしまったことを、思い出したからだ。
だが、リリィは、にっこりと、純粋な笑顔で、首を振った。
「ううん。平気だよ」
その、あまりに、無邪気な、言葉と、彼女が、今、成し遂げた、あまりに、規格外な、奇跡。
その、恐るべき、アンバランスさに、ラバァルは、言い知れぬ、戦慄を、感じずには、いられなかった。
この、小さな少女は、一体、何者なのだ、と。
最期まで読んで下さりありがとう、まちつづきを見掛けたら、読んでみてね。




