スラム南地区
スラム南地区へやって来たラバァルは、まだ土地買収が終わっていない区画で、ウィッシュボーンたちが、
地域の住民たちと衝突している声を聞きながら近づいていた、そして......。
その141
【スラム南地区、立ち退き交渉の現場】
「「「帰れ! 帰れ! 帰れ!」」」
住民たちの、必死の、抵抗を示すコールが、狭い路地に、響き渡っていた。
その、混沌の渦の中心に、ラバァルは、静かにその歩みを、進めていった。
「――やってるな、ウィッシュボーン」
その、聞き覚えのある、低い声に、ウィッシュボーンは、はっと、顔を上げた。
そこには、まるで、何事もないかの様に、こちらを見つめる、ラバァルの姿があったのだ。
「ラバァルさん…! いつの間に、お戻りに…!」
ウィッシュボーンの、その声には、安堵と、そして、限界寸前だった、疲労の色が、滲んでいた。彼の後ろにいた、オーメンの部下たちも、ラバァルの姿を認めると、明らかに、ほっとした、表情を浮かべる。
(…ほう。相当、参っていたようだな)
ラバァルは、彼らの、消耗しきった様子に、一目見て、休ませる事を考えた。
すると、彼は、住民たちを、一喝するでもなく、説得するでもなく。
ただ、ウィッシュボーンの、肩をポンと叩いた。
「…ここはもう、いい。引き上げるぞ、ウィッシュボーン」
「え…?」
突然、現れ、突然、撤退を命じる。その、あまりに、不可解な、ラバァルの言葉に、ウィッシュボーンは、困惑した。
しかし、彼の部下たちは、違った。彼らにとっては、この、泥沼の交渉から、解放される、まさに、「天の声」だったのだ。彼らは、蜘蛛の子を散らすように、さっさと、その場から、離れていく。
「…本当に、いいんでしょうか…?」
ウィッシュボーンも、戸惑いながら、その後に、続いた。
彼らが、去っていく背中に、住民たちは、「やったぞ!」「俺たちの、勝ちだ!」と、勝利の雄叫びを、上げていた。
ラバァルは、ウィッシュボーンたちを、引き連れると、先ほど、カトレイヤと話した、工事現場の事務所へと、戻っていく。
「カトレイヤ、少し、顔を貸してくれ」
ラバァルは、事務所の中にいた、カトレイヤを、呼び出すと、ウィッシュボーンと、その部下5名、そして、カトレイヤを加えた、計8名で、再び、南地区の、雑踏の中へと、歩き出した。
「ウィッシュボーン」ラバァルは、歩きながら、言った。「久しぶりに、戻ってきたんだ。この辺りで、一番、美味い飯を、食わせてくれる店へ、案内してくれ」
その、あまりに、場違いな、命令に、ウィッシュボーンは、一瞬、戸惑った。
「え…? 飯、ですか…?」
「そうだ」
ウィッシュボーンは、必死に、記憶を、手繰り寄せた。南地区の、飯屋。何軒かは、知っている。だが、ここは、スラムの中でも、特に、貧しい地区だ。「美味い飯」と、言われても…。
「…どうした? この地区のことは、知らんのか?」
「いえ、何軒かは、存じております。ですが、正直、美味い、と、胸を張って、言えるほどの店は…。南地区は、スラムの中でも、一番、貧しいですから…」
「そうか。なるほどな」
ラバァルは、何かを、納得したように、頷いた。
「…まあ、いい。とりあえず、お前が、一番マシだと思う店へ、案内しろ」
ウィッシュボーンは、戸惑いながらも、その言葉に、従った。
ラバァルは、一体、何を、考えているのか。
彼には、全く、見当も、つかなかった。ただ、この、予測不能な男が、何かを、始めようとしている。その、確かな予感だけが、彼の胸に、渦巻いていた。
【スラム南地区、名もなき飯屋】
ウィッシュボーンが、案内したのは、煤けた看板を掲げた、一軒の飯屋だった。
ラバァルは、そんなことは、全く、意に介さず、中へ入ると、一番、大きなテーブルを陣取った。
「親父! 肉だ! 食えるだけの肉と、酒を持ってこい!」
やがて、運ばれてきたのは、大皿に、山と盛られた、どこの部位かも分からない、謎の獣の、焼肉だった。独特の、獣臭さが、鼻を突く。
だが、ラバァルは、平然と、その肉塊に、かぶりついた。
「…まあ、食えんことはないな」
その姿を見て、ウィッシュボーンたちも、恐る恐る、箸を伸ばす。
「い、意外と、いけますね…!」
「美味しいです、ラバァルさん!」
オーメンの部下たちは、必死に、そう言って、肉を口に運ぶ。だが、その顔は、明らかに、引きつっていた。
オーメンの部下たちが、必死に、お世辞を言う中。
神官である、カトレイヤは、その、野性的な料理に、静かに、眉をひそめて水だけを、口に含み飲み込んだ、そして。「ふ~、こんな肉初めてよ、不味すぎるわ。」
ハッキリと不味いと言い切るカトレイヤにラバァルは、笑った。
「はっはっは! そうかそうか、無理して、食うことはない。好きなものを、注文しろ」
その、許可が出たとたん、部下たちは、堰を切ったように、「俺も!」「俺も!」と、別の料理を、注文し始めた。
ただ一人、ウィッシュボーンだけが、ラバァルに付き合うように、必死の形相で、その、不味い肉を、口へと、放り込んでいた。
「…無理するな、ウィッシュボーン。お前も、好きなものを、食え」
ラバァルは、笑いながら、その、律儀な部下を、労った。
食事が、和やかな雰囲気で、進む中。
ウィッシュボーンが、意を決したように、尋ねた。
「…ラバァルさん。なぜ、あの場で、我々を、撤退させたのですか? あそこで、引いてしまっては、奴らを、増長させるだけでは…?」
「ああ、あれか」ラバァルは、酒を呷ると、答えた。「答えは、簡単だ。…ウィッシュボーン、お前、相手が、あれだけ、頭に血が上っている状態で、説得できると、本気で、思っていたのか?」
「…いえ。出来るとは、思っておりませんでした」
「分かっているじゃないか。なら、なぜ、出来ないことを、やり続ける?」
「それは…何もしないよりは、マシかと…」
「では、聞こう」ラバァルは、ニヤリと、笑った。「もし、お前の女が、カンカンに、怒り狂っていたら、どうする?」
「そ、それは…もちろん、嵐が過ぎ去るのを、待つ為、取り合えず逃げます…」
「だろうな。それが、正解だ」
そこまで、言われて、ウィッシュボーンは、やっと、気づいた。
「…なるほど。今は、放置して、彼らの、熱が冷めるのを、待て、と。そして、冷静になったところで、再び、交渉しろ、と、おっしゃりたいのですね?」
「そうだ。それに、やることは、他にも、山ほどある。一つの問題に、固執するな。時には、捨てる、あるいは、後回しにする、という判断も、必要だ」
それは、ラバァルが、幾多の、修羅場を、潜り抜けてきた末に、体得した、実践的な、交渉術だった。
「…はい! 勉強になります、ラバァルさん!」
ウィッシュボーンは、心から、感服していた。
食事が、終わる頃。ラバァルは、立ち上がった。
「よし。明日は、この南地区を、一日かけて、見て回るぞ。…ウィッシュボーン、お前も、来るか?」
「はい! 是非、お供させてください!」
その、やり取りに、他の、オーメンの部下たちが、羨ましそうな、眼差しを向けて来る。
そして、その輪の中で、それまで、静かに、話を聞いていた、カトレイヤが、小さく、しかし、はっきりと、手を挙げた。どうやら、この、物騒な男たちの、「探検」に、神官である彼女も、興味を持ったらしい。
その、意外な、参加表明に、ラバァルは、少し、驚いたが、どこか、楽しげに、言った。
「…分かった、分かった。来たい奴は、全員、来い」
「「「あ、ありがとうございます!」」」
オーメンの部下たちの、喜びの声と、カトレイヤの、静かな、しかし、嬉しそうな、微笑みが、その場の、空気を、和ませた。
こうして、明日は、この、奇妙な、8人組による、スラム南地区の、「探検」が、急遽、決まったのだった。
ロット・ノット旧市街、南地区。かつては、絶望の吹き溜まりだったこの場所は、今、ラバァルが始めた再開発によって、槌音と、子供たちの笑い声が響く、希望の地へと、生まれ変わりつつあった。
タロッチたちと、ファング率いる【スチール・クロウ】のメンバーたちは、その中心で、「面白いこと」をやらかしていた。廃材を集めて、秘密基地を作り、瓦礫をどかして、訓練用の広場を整備する。それは、自分たちの手で、未来を掴み取る、輝かしい遊びであり、戦いだった。
彼らの活動範囲は、今や、隣接する、**『忘れられた水路』と呼ばれる、寂れた区画にまで、及んでいた。そこは、リリィとの出会いのきっかけとなった、あのチーム…【無法地帯】**の、縄張りだ。そのリーダーである、ダイソンや、シャルールとは、今や、共に汗を流す、かけがえのない、仲間となっていた。
その日、タロッチは、妙な胸騒ぎを、覚えていた。
いつもなら、ダイソンたちの、陽気な声が聞こえてくるはずの、『忘れられた水路』が、不気味なほど、静まり返っている。
「なあ、ダイソンの奴ら、見かけないか?」
タロッチの問いに、仲間たちも、顔を見合わせる。その時、水路の方向から、一人の少年が、血相を変えて、転がり込んできた。シャルールの、弟分ピーターだった。
「た、助けてくれ…! ダイソンの兄貴たちが…! 変な奴らに、やられちまってる…!」
その言葉が、輝かしい日常の終わりを、告げる号砲となった。
タロッチとファングが、それぞれ、選抜したメンバーを率いて、『忘れられた水路』の奥深くへと駆け込むと、そこには、信じがたい光景が、広がっていた。
【無法地帯】のメンバーたちが、路地のあちこちで、血を流して、倒れている。
そして、広場の中心では、あのダイソンが、まるで、人形のように、統率された動きをする、子供たちに取り囲まれ、一方的に、打ちのめされている所だった。
「あっ、あいつら!」
「…【ナンバーズ】か…!」
ファングが、忌々しげに、吐き捨てる。以前、戦った奴らとは、違う顔ぶれだ。だが、その、感情を失くした瞳と、機械のような、完璧な連携は、まさしく、あの暗殺団アウルが、作り出した、子供兵士だった。
「行くぞ!」
タロッチの号令の下、ロット・ノットの、スラムの未来を懸けた、子供たちの、戦争が始まった。
ウィローの、正確無比な投石が、敵の陣形を乱し、スパイクの、猪のような突撃が、活路を開く。メロディとカリーナが、負傷した、ダイソンの仲間たちを、助け起こし、キッコリーとラモンが、その、俊敏さを活かして、側面から、敵を攪乱する。
そして、タロッチとファングは、二本の、鋭い矢となって、敵の中心へと、突き進んでいった。
もう負ける事はなかった、既に十分な修行は積んでいた、もう子供レベルでは相手に成らない、周りの者たちを全員叩きのめすと、ダイソンを救出し撤退しようとしたが、また奥から湧き出て来てしまった、敵の数は予想以上に多く、その練度は以前戦った者たちを上回っていた、何とか全員倒したが、
何かが足りなかった。 そして
タロッチは皆を一通り見て、決めた。
「奴らの根城を叩く。全員でいくぞ!」
タロッチの決意に、誰も反対しなかった。これは、自分たちの居場所を守るための戦いだ。
ナンバーズの基地は、南地区のはずれにある打ち捨てられたポロボロの遺跡だった。月明かりだけが差し込む廃墟の中、タロッチたち10人の影が、音もなく潜入する。
そこは、悪夢の巣窟だった。攫われたであろう子供たちが、感情のない瞳で訓練を繰り返している。
「…目を覚まさせてやる!」
日々の鍛錬で、益々実力を上げていた子供たちの突然の奇襲は成功した。タロッチたちは、これまでの経験で培った完璧な連携で、ナンバーズたちを次々と無力化していく。暫くは立ち上がれないだろう。
全てのナンバーズが倒れ、静寂が戻った廃墟に、安堵のため息が漏れた、その瞬間だった。
廃墟の奥の闇から、二つの人影が、まるで滲み出るように現れたのだ。
「お前たち、スラムのガキ相手に、ずいぶんと、手間取ったようだな」
乾いた声。それは、紛れもなく、大人のものだった。
そいつらは、戻ってきたのが、ナンバーズじゃない事が分かると、途端に殺気を放った。
暗殺団【アウル】の、工作員。その、全身から放たれる、純粋な殺気は、子供たちが、これまで、経験した、どんな恐怖とも、違っている。
だが、タロッチたちの目に、もはや、怯えはなかった。
「…ファング!」
「応!」
タロッチとファング、ウィローとスパイク。四人が、一組となり、一体の工作員へと、襲いかかる。
もう一体は、メロディ、カリーナ、キッコリー、ラモンが、囲んだ。
彼らの動きは、もはや、子供の喧嘩などではない。ラバァルの下で、涙をこらえ訓練を繰り返してきた、本物の、戦士の動きだった。
ウィローの投石が、工作員の、視線を逸らし、スパイクの、猪のような突撃が、その体勢を、わずかに、崩す。
その、コンマ数秒の隙を、タロッチとファングの、二本の刃が、十字を描くように、襲いかかった。
「――チッ!」
工作員は、舌打ちすると、常人には、不可能な体勢から、その同時攻撃を、回避する。だが、その頬を、ファングの鉄の爪が、浅く、切り裂いていた。
「…やるな、ガキども…!」
工作員は、初めて、目の前の子供たちを、「獲物」ではなく、「敵」として、認識した。
もう一方でも、激しい、攻防が繰り広げられていた。
メロディの、変幻自在な三節棍が、工作員の、防御をこじ開けようとし、カリーナが、その死角から、鋭い突きを、繰り出す。
アウルの工作員は、強い。だが、タロッチたちの、数を活かした、完璧な連携と、その、予想外の実力に、徐々に、追い詰められていった。
やがて、決着の時が、訪れた。
メロディたちのチームが、工作員の、動きを止めると、カリーナが相手の武器を持つ腕を狙って攻撃、同時に、メロディが急所を、的確に、打ち据えた。 アウルの工作員も驚くほど完璧に決められ工作員は「ぐぉっ」うめき声を挙げ、バタリと倒れた。
一人目の工作員は、子供たちの前に敗北したのだ。
そして、それと、ほぼ同時に。
タロッチたちのチームもまた、工作員の、懐に飛び込み、フィニッシュを決めようとした。
――だが、その代償は、あまりにも、大きかった。
タロッチが、渾身の一撃を、放とうとした、その瞬間。追い詰められたはずの、工作員の目が、ギラリと、光った。
それは、自らを引き換えに、敵の大将を、道連れにするという、暗殺者の、最後の、そして、最悪の、一手だった。
工作員の、懐から、隠し持っていた、毒塗りの短剣が、閃光のように、煌めいた。
「ぐっ…ぁ…!」
タロッチの、脇腹に、焼け付くような、激痛が走った。
するとそれを見た、ファングが、隙を付いて突進、工作員の後頭部を強打した!
仲間たちは、タロッチを助けたい一心で、倒れた工作員に、無我夢中で、打ちかかり、完全に、気絶させたのだ。
「タロッチ!」
仲間たちの、悲鳴が、響き渡る。
二人の、アウルの工作員は、確かに、倒した。だが、勝利の歓声は、どこにもなかった。
あるのは、猛毒に、その身を蝕まれ、死にかけている、リーダーを囲む、仲間たちの、絶望的な、嗚咽だけだった。
その時。
リリィが、震える仲間たちを、かき分け、タロッチの前に、膝をついた。その瞳には、恐怖と、そして、それらを、全て、振り払うかのような、強い、強い、決意の光が宿っていた。
「…ごめんなさい、みんな。でも、もう、黙ってられないの」
リリィは、タロッチの、黒く変色した傷口に、そっと、両手をかざす。
すると、彼女の手から、淡く、優しい、水色の光が、溢れ出した。その光は、タロッチの体を、包み込み、死の色に、染まっていた傷口が、まるで、奇跡のように、みるみるうちに、塞がっていく。
仲間たちは、目の前の、信じがたい光景に、言葉を失った。やがて、死の淵を、彷徨っていたはずの、タロッチが、ゆっくりと、その目を、開ける。
「…リリィ…? お前、これは…」
奇跡だ。誰もが、そう思った。
安堵と、驚きで、彼らは、その場に、へたり込んだ。疲れ果てた子供たちは、勝利したことさえ、忘れ、ただ、仲間が、生きていた、その喜びに、浸っていた。
【ロット・ノット、スラム南地区・廃遺跡跡】
しばらく、動くこともできなかった、タロッチ。
だが、リリィの、優しい水色の光が、その体を、離れた時。彼は、まるで、何事もなかったかのように、むくりと、起き上がった。
そして、その場で、ぴょん、ぴょんと、何度か、飛び跳ねてみせる。
「…もう、大丈夫だ! 傷も、痛みも、全部、消えちまった!」
その、あまりに、元気な姿に、仲間たちの間から、安堵のため息と、そして、驚嘆の声が、上がった。
リリィの回復は、ただ、猛毒を、癒しただけではなかった。深かったはずの、傷は、完全に塞がり、消耗しきっていたはずの、気力さえも、みなぎっている。
それは、神官たちが使う、祈りの呪文とは、明らかに異なる、「生命力」そのものを、活性化させるような、奇跡の力だった。
「すげぇ…! リリィ、お前、すげぇよ!」
「ありがとう、リリィ! タロッチを、助けてくれて!」
仲間たちから、次々と、賞賛の言葉が、贈られる。
リリィは、生まれて初めて、自らの力を、人から、褒められた。祖母からは、使うと常に、叱られ、隠せと言われ続けて来た、忌むべき力。その力が、今、仲間たちの、笑顔を、生み出している。
その事実に、彼女は、戸惑いながらも、胸の奥が、温かくなるような、嬉しさを、感じていた。
(…あたしの力、悪いことばかりじゃ、なかったんだ…)
だが、まだ、幼い彼女は、知らなかった。この、優しい力が、飢えた、欲望にまみれた大人の目に、どう映るのか、ということを。
「おい、お前ら! こっち、来てみろ!」
好奇心旺盛な、ラモンの声が、工場の奥から、響いた。
駆けつけると、そこには、いくつもの、錆びた鉄格子が、並んでいた。中には、タロッチたちと、同じくらいの歳の子どもたちが、家畜のように、詰め込まれている。
「…こいつら、ナンバーズの、予備軍か…!」
タロッチたちは、すぐに、その子供たちを、助け出した。
そして、帰り際、先に、気絶させていた、ナンバーズの子供たちも、一人ずつ、揺り起こしていく。
「おい、起きろ! もう、お前らを操ってた、悪い大人は、俺たちが、やっつけた! 家に、帰りてえなら、今のうちに、とっとと、帰りな!」
その言葉に、感情を失くしていたはずの、ナンバーズの子供たちの瞳に、わずかな、戸惑いと、希望の光が、宿った。
全ての、後始末を終えた、タロッチたちは、助け出した、子供たちと共に、夜明け前の、薄明りの中を、自分たちの、拠点へと、帰還する。
だが誰も、気づいていなかった。
メロディが、急所を突いて、やっつけた筈の、アウルの工作員が、その、閉じた瞼の、ほんの、わずかな隙間から、全てを、見ていたことに。
彼は、子供相手に気絶したふりをしながら、あの、少女が使った、信じがたい、奇跡の光を、その目に、焼き付けていたのだ。
男は、タロッチたちが、完全に、去ったのを、確認すると、ゆっくりと、その身を、起こした。
三節混で急所を突かれた跡が、かなり痛かったのだろう、胸を押さえながら立ち上がる、だが、その口元には、醜悪な、欲望の笑みが、浮かんでいたのだ。
「…ナンバーズの、補充など、どうでもいい。それ以上の、『宝』を、見つけた…」
彼は、リリィたちが、去っていった方向を、獲物を見つけた、狩人のように、ギラつく瞳で、見つめると、一人、闇の中へと、消えていった。
タロッチたちは、まだ、知らない。
仲間を、救った、奇跡の力が、彼らが最も大事とする仲間に災厄を引き寄せる、引き金に、なってしまったことを。 本当に危険な者たちを呼び込んでしまう事に、まだ気付いてはいなかった。
【子供たちの凱旋】
勝利の帰り道、その道中、誰からともなく、歌が、始まった。
それは、勝利を祝う、凱旋の歌。子供たちの、高らかな歌声が、まだ、眠りについている、スラムの街に、響き渡る。
助け出した、子供たちの家は、開発現場の、すぐ近くにある、まだ、取り壊されずに残っている、古い、石造りの、建物が密集した、地区だった。
「…じゃあな! また、遊ぼうぜ!」
タロッチたちが、別れを告げようとした、その時。
子供たちの、その姿を、見つけたのであろう、大人たちが、家々から、わらわらと、飛び出してきた。
「お前たち! いったい、どこへ、行っておったのじゃ!」
「どれだけ、心配したと、思っておるんじゃ!」
涙ながらに、我が子を、抱きしめる、親たち。
その、温かい光景を見て、タロッチたちは、静かに、その場を、立ち去ろうとした。
「――待ってくれ!」
背後から、声をかけたのは、助けられた、子供たちの、父親だった。彼は、タロッチたちの前に、立つと、その場で、深く、深く、頭を下げて来た。
「…息子から、聞いた。あんたたちが、俺たちの子供を、あの、人攫いどもの、巣から、助け出してくれたんだってな…。ありがとう…本当に、ありがとう…! 君たちは、俺たちの、命の恩人だ!」
その言葉を、皮切りに、周りの大人たちからも、次々と、感謝と、賞賛の言葉が、贈られる。
「また、いつでも、遊びに来ておくれ!」
「そうだ! 君たちのような、強い仲間がいてくれれば、心強い!」
子供たちも、自分たちを、助けてくれた、英雄の登場に、目を輝かせ、仲間になろうと、約束を、交わした。
タロッチたちの、チームは、この日、一夜にして、その規模を、さらに、大きく、拡大させたのだ。
そして、その中心には、いつも、はにかむように、しかし、嬉しそうに、微笑む、リリィの姿が、あった。
【アウル視点、秘密基地】
子供相手に、屈辱的な敗北を喫した、アウルの工作員、ソナタ。
彼は、意識を失ったままの、役立たずの仲間を、その場に、見捨てると、胸の痛みに、顔を歪めながらも、一人、アウルの秘密基地へと、帰還した。
基地の奥深く。彼は、自らが所属する派閥の長であり、四天王の一人でもある、リュド・サーヴァンの 居る、月光の庭へ向かった。そして、入口の前で、深く、頭を下げる。
「羽根無き者ソナタ! 御翼様に、ご報告したき儀があり、参上つかまつりました!」
中から、静かな声が、聞こえた。「…入れ」
ソナタが、中へ入ると、そこには、アウル四天王の一人、【月眼の鴞】、リュド・サーヴァンが、静かに、書物を読んでいた。
「…ほう。貴様、のこのこと、一人で、戻って来たか。【鴉の雛】の方は、どうした?」
その、月光のように、冷たい瞳が、ソナタを、射抜く。
「…任務は、失敗いたしました」
「失敗、だと?」
リュドの、声のトーンが、一段、低くなる。その、わずかな変化が、周囲の空気を、凍りつかせた。
リュドの、側に控えていた、側近の一人が、動く。
「…『羽根無き者』の、分際で、任務に失敗し、御翼様の御前に、その、汚れた姿を、晒すとは。万死に、値する」
側近の、手が、ソナタの、首へと、伸びる。
「お、お待ちください!」
ソナタは、必死に、叫んだ。「見、見たのです! とんでもないものを!」
その言葉に、側近の動きを、リュドが、手で、制した。
「…続けろ」
「はっ! …子供の、一人…娘が、その手から、水色の光を放ち、我らが、毒で、仕留めたはずの、ガキを、一瞬にして、癒してしまったのです! この目で、しかと!」
その報告に、リュドは、しばし、沈黙した。
にわかには、信じがたい。だが、目の前の、ソナタの、恐怖に歪んだ顔は、嘘を、ついているようには、見えなかった。
(…水色の、光…? 治癒の、奇跡だと…?)
ふんっ、もし、それが、真実ならば。
「…面白い」
リュドの、唇に、歪んだ笑みが、浮かんだ。
彼は、側近たちに、命じる。
「貴様ら、今すぐ、こいつを連れて、現場へ向かえ。そして、その、光を放つという、小娘を、探し出してここへ連れてまいれ。 少なくとも手がかりを、掴むまでは、戻ってくるな。行け!」
「「はっ!」」
側近たちと、ソナタが、慌ただしく、部屋を、出ていく。
一人、残された、リュド・サーヴァンは、クツクツと、喉の奥で、笑っていた。
「…ふふっ、面白い。実に、面白いことになった。もし、他の、四天王よりも先に、その『奇跡』とやらを、我が手に、収めることができたなら…。四天王筆頭の座は、この、私のものに、なるやもしれぬ…!」
【キーウィ視点、アウル基地監視所】
アウルの、秘密基地を、見下ろす、岩陰。
そこに、キーウィの諜報員、3人が息を殺して、潜んでいた。ベルコンスタンから、命じられた、24時間体制の、監視任務。
いつもなら、退屈なだけの、この任務が、今夜は、違っていた。
「…おい。さっき、一人が、這うようにして、帰ってきたと思ったら…」
相棒の、低い囁きに、もう一人も、頷いた。
「ああ。今度は、6人も、出てきやがった。しかも、見ろ、あの慌てよう。先頭の一人は、さっき、帰ってきたばかりの男だぞ」
中で、何か、よほど、重大なことが、起きたに違いない。
「…これは、すぐに、ベルコンスタン様へ、報告すべき案件だぞ」
「分かった。俺が、シュガーボムへ、報告に戻る。お前は、奴らの後を追い、向かった先を、特定しろ。いいな、決して、見つかるなよ。…行け!」 「それとベム、お前は引き続き、ここで見張っててくれ、頼むぞ。」
年長者らしい、諜報員の、短い命令に、若い方の、諜報員は、音もなく、頷くと、まるで、闇に溶けるように、岩陰から、姿を消した。6人の男たちの、後を追うために。
命じた諜報員もまた、闇に紛れ、シュガーボムへと、駆け出した。
ロット・ノットの、水面下で、何かが、大きく、動き出そうとしている。その、確かな予感を、胸に抱きながら。
【ロット・ノット、シュガーボム・執務室】
シュガーボムの、執務室。
ベルコンスタンは、アウルの監視所から、息を切らして、戻ってきた、諜報員からの報告を、厳しい顔で、聞いていた。
「…一人が戻り、その後、慌てた様子で、六人が出ていった、と…」
ベルコンスタンは、すぐに、これが、ただ事ではないと、直感した。だが、その、核心は、まだ、見えない。
「…その者たちは、どこへ向かった?」
「はっ。相棒の、カルロに、追跡させております」
「分かった。カルロが戻り次第、直ちに、報告させろ。下がれ」
諜報員が、部屋を出ていくと、ベルコンスタンは、拳を、強く、握りしめた。
その目には、ラバァルに、叱咤された時の、屈辱と、そして、今度こそ、という、野心的な光が、宿っていた。
彼は、側近の、ボルコフを、呼びつけた。
「ボルコフ! これは、チャンスかもしれんぞ…!」
ベルコンスタンの、その、興奮した声に、ボルコフは、少し、戸惑った。
「ラバァル様に、我々の、有能さを、示す、またとない、好機だ! これで、結果を出せば、『オーメンの、下部組織』などという、屈辱は、免れるはずだ!」
「…ですが、ベルコンスタン様。まだ、これが、それほど、重要な案件であるかどうかも…」
「甘いッ!」
ベルコンスタンは、ボルコフの、冷静な言葉を、一喝した。
「甘いぞ、ボルコフ! なぜ、気付かんのだ! これは、絶対に、大きな案件になる! 私の、長年の経験が、そう告げているのだ!」
ラバァルからの、強烈な、発破。それが、ベルコンスタンの、普段の冷静さを、麻痺させ、彼の、判断力を、ある種の、妄信的な、領域へと、押し上げていたのだ。
「…ボルコフ。即刻ベストメンバーを集めろ。カルロが、戻り次第、彼と共に、現場へ向かい、奴らが、何をしていたのか、徹底的に、洗い出せ。いいな、今回の任務、失敗は、絶対に、許されん! 我々には、『結果』が、求められているのだ!」
その、あまりに、熱の入った、命令に、ボルコフは、ただ、「はい…!」と、答えるしかなかった。
(…少し、空回り、しておられるな…)
だが、主の、その、異常なまでの、熱意は、確かに、ボルコフの心にも、火をつけた。
この時の、ベルコンスタンの、過剰とも言える、反応が、後に、彼ら、キーウィを、そして、タロッチたち、子供たちの、運命を、大きく、左右することになるとは。
まだ、誰も、知る由もなかった。
【ロット・ノット、スラム南地区】
昨夜、決まった、「探検ごっこ」。
ラバァルは、早速、それを、実行に移していた。
ウィッシュボーン、カトレイヤ、そして、オーメンの古参メンバーである、メイソン、トマシュ、スネーク、ミゲル、ディエゴ。総勢8名が、スラム南地区の、再開発現場周辺を、ゆっくりと、練り歩いていた。
表向きは、散歩。だが、ラバァルの、真の目的は、この地区に住む、住民たちの、「生の声」を、直接、聞き出すことだった。再開発への、期待と、不安。自分たちに、まつわる噂話。そして、この地区を、長年、ベルトラン家の、威光を盾に、牛耳ってきた、高利貸しの集団**【鉄の徴収人】**の、動向。そういった、ベルコンスタンの報告書には、決して、載ることのない、細かな、情報の、かけらを、拾い集めていたのだ。
だが、ラバァルは、すぐに、後悔していた。
(…こいつら連れてくんじゃなかった…)
彼が、道端で、井戸端会議をしていた、老婆たちに、にこやかに、話しかけようとしても。
その後ろに、メイソンや、トマシュといった、見るからに、厳つい、元チンピラたちが、仁王立ちで、控えているのだ。老婆たちが、怯えて、蜘蛛の子を散らすように、逃げていくのも、無理はなかった。
ミゲルとディエゴが、路地で遊んでいた、子供たちに、飴玉でも、やろうとすれば、「人攫いだ!」と、泣き叫ばれる始末。
「…あの、ラバァルさん」ウィッシュボーンが、気まずそうに、言った。「少し、威圧感が、強すぎるんじゃ、ないでしょうか…我々…」
「…今更、言うな」
ラバァルは、頭痛をこらえるように、額を押さえた。だが、今更、「お前たちは、帰れ」と、言うわけにもいかない。
その、あまりに、物々しく、しかし、どこか、滑稽な、一団の空気を、和らげていたのは、カトレイヤの、存在だった。
彼女が、一人で、住民に、微笑みかければ、彼らも、警戒を解き、ぽつり、ぽつりと、本音を、漏らし始める。
「…ええ。確かに、最近、あの、『鉄の徴収人』の連中も、大きな工事が、始まったせいか、あまり、顔を、見せなくなりました。ですが、あの、大きな工事が、終わった後、私たちは、どうなるのか…。家賃が、上がって、追い出されるのではないかと、皆、心配しておりますの…」
その、切実な声に、ラバァルは、黙って、耳を傾けていた。
ただ、土地を買い上げ、施設を作るだけでは、ダメだ。そこに住む、人間たちの、不安と、そして、ベルトラン家の、見えざる支配を、取り除いてやらねば、本当の、「再生」には、ならない。
彼は、新たな、課題を、その胸に、刻み込んだ。
ラバァルは、無言のまま、散策を続けた。
オーメンの、厳つい男たちは、そんな彼の、真意を、測りかねながらも、ただ、黙って、その背中に、ついていく。
彼らの、奇妙な、「探検」は、まだ、始まったばかりだった。
【ロット・ノット、スラム南地区】
散策を続ける、ラバァルたちの耳に、遠くから、駆けてくる、複数の足音と、一つの、甲高い声が、届いた。
「タロッチ! ラバァルだ! ラバァルが、戻ってきてるぞ!」
その声は、ラモンだろうか。
ラバァルが、振り返るよりも早く、ウィッシュボーンが、苦笑いを浮かべた。
「…ラバァルさん。どうやら、ガキどもに、見つかっちまったようですよ」
次の瞬間、ラバァルの周りには、タロッチ、メロディ、カリーナ、リリィをはじめとする、見慣れた顔ぶれが、息を切らしながら、集まっていた。
「おいおい。また、少し、増えてるんじゃないか?」
「当たり前だろ、ラバァル!」タロッチが、開口一番、文句を言った。「一年近くも、黙って、いなくなりやがって! 俺たちのことなんて、忘れちまってたんだろ!」
メロディも、腕を組み、ツンと、上目遣いで、ラバァルを睨みつける。
「そうよ、ラバァル。見捨てられたかと思って、寂しかったんだから!」
その、子供らしい、拗ねた態度に、ラバァルは、声を上げて、笑った。
「はっはっは! 馬鹿野郎。お前たちの、飯の種を、作りに、行っていたんだ。俺が、失敗してたら、お前たちも、腹を空かせることになったんだぞ? それでも、良かったのか?」
その言葉に、食いしん坊の、ウィローとスパイクが、「それは、困る!」と、真顔で、即答した。
「…それなら、仕方ないわね」メロディも、あっさりと、態度を軟化させ。「でも、次からは、ちゃんと、一言、声をかけてから、行きなさいよね!」
その、あまりに、上から目線の、注意に、ラバァルは、また、笑った。そして、両手を広げる。
「はいはい。悪かったよ」
その合図を、待っていたかのように、メロディが、ラバァルの胸へと、飛び込んできた。ラバァルは、その体を、軽々と、抱き上げ、あやす。
「まあ、また、それなの」
カリーナが、呆れたように、呟いた。
「…それで、お前たち。こんな、大勢で、こんな所で、何をしていた?」
その問いに、一番、大人びた、ファングが、一歩前に出た。
「ラバァルさん、お帰りなさい。まずは、新しい仲間を、紹介します。こいつらが、【無法地帯】の、ダイソンたち。そして、こっちが…」
「待ってました!」
ファングの言葉を、遮って、タロッチが、興奮気味に、割って入った。「聞いてくれよ、ラバァル! 俺たち、アウルの、大人の工作員を、やっつけたんだぜ!」
その、誇らしげな言葉。だが、ラバァルは、それを、手で制した。
「待て、タロッチ。まずは、ファングに、最後まで、話させろ」
ファングは、頷くと、話を続ける。
「…そして、こっちが、ナンバーズの、基地から、助け出してきた、ケンたちです。まだ、家に、引きこもっている子も、いますが…」
「ほう。大人の、アウルを、やっつけた、というのは、本当か」
「そうなんだ!」タロッチが、再び、割り込む。「すげー、強かったけど、俺たちが、やっつけてやったんだ!」
「でもね」ラモンが、その、自慢話に、水を差した。「タロッチの奴、そのせいで、毒の短剣で、刺されて、死にかけたんだぜ! リリィが、治してくれなかったら、今頃、お陀仏だったんだ!」
その言葉に、ラバァルの、表情が、消えた。
「…何だと? タロッチ。お前、毒の短剣で、刺されたのか」
タロッチは、バツが悪そうに、頷く。
その瞬間、それまで、黙って、話を聞いていた、ウィッシュボーンが、爆発した。
「――馬鹿野郎ッ!!!」
その、雷のような、怒声に、子供たちの体が、びくりと、震える。
「お前! 大人の、プロの暗殺者相手に、無茶をしやがって! もし、命を落としていたら、どうするつもりだったんだ! お前の、母ちゃんや、兄弟たちを、悲しませる、つもりだったのか!」
その、本気の、怒り。だが、子供たちは、分かっていた。それが、心からの、心配から来るものであることを。
「…ごめんなさい、ウィッシュボーンの、おじさん…」
タロッチが、謝ると、他の子供たちも、次々と、頭を下げた。
ウィッシュボーンは、大きく、息を吐くと、言った。
「…いいか。これに懲りたら、次からは、まず、大人に、『知らせろ』。約束できるか?」
「…うん。約束するよ」
その、約束に、ウィッシュボーンも、ようやく、怒りを、収める。
ラバァルは、その、やり取りを、どこか、面白そうに、見ていた。
(…ふっ。やるじゃないか、ウィッシュボーン。すっかり、こいつらの、親父代わりだな)
だが、その、少し、和やかになった空気を、引き裂くように、一つの、甲高い声が、響き渡った。
「――そこの、アンタたち!」
1つ
その目には、憎悪と、そして、恐怖の色が、浮かんでいた。
「…よくも、また、うちの子に、近づいたね…!」
彼女の、震える声が、周囲の、注目を、集める。
「あんたたちみたいな、悪党の道に、うちの子を、引きずり込むつもりだろうけど、そうは、させないよ!」
そして、彼女は、タロッチたちの方を、睨みつけた。
「…お前たちもだ! 兄ちゃんたちの、真似をして、悪さばかり、覚えて! うちの子を、どこへ、連れて行くつもりだったんだい!」
その、あまりに、理不尽な、言葉に、タロッチたちは、呆気にとられていた。
ウィッシュボーンは、はっと、気づいた。
(…そうか。こいつ、俺たちが、子供を、攫ったと、思い込んでやがるのか…!)
あの、【鉄の徴収人】の連中が、吹き込んだ、真っ赤な嘘。それを、この母親は、完全に、信じきっているのだ。
そして、彼女は、周囲に、聞こえるように、声を、張り上げた。
「――人攫いだーッ! この人たちが、また、うちの子を、攫いに来たーッ!」
その、悲痛な、叫び声に、ラバァルたちの周りの空気が、一瞬にして、凍りついた。
助けたはずの、子供の親から、向けられる、憎悪の視線。そして、「人攫い」という、最悪の、濡れ衣。
事態は、おかしな、方向へと、転がり始めていた。
最期まで読んで下さりありがとう、引き続きつづきを見掛けたら、また読んでみて下さい。




