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飛び込み面接。

ラバァルとラナーシャの二人は、スタート・ベルク家で、ラナーシャの次の就職先を聞き、紹介状を書いてもらう事に成っていた、そして、それを持ち、二人が向かった先では....。    

               その140



【王都守護庁】


やがて、二人の目の前に、ひときわ、大きく、そして、質実剛健な、建物が、姿を現した。【王都守護庁】。

「…ここか」

ラバァルが、呟く。


二人が、その門の前で、立ち止まったことで、警備に当たっていた兵士が、見慣れぬ者たちに、鋭い視線を向けた。


「何者だ。ここは、王都守護庁の、関係者以外、立ち入りを禁じている」


その、紋切り型の言葉に、ラバァルは、ニヤリと、笑った。


「ああ、分かっている。だから、その**『関係者』**に、なりたいという、殊勝な奴が、わざわざ、出向いてきたと、中の者に、伝えてくれ」


その、あまりに不遜な、物言いに、兵士は、一瞬、眉をひそめたが、ラバァルの、ただならぬ雰囲気に、ただのゴロツキではないと、判断したのだろう。彼は、「少々、お待ちを」とだけ言うと、訝しげな顔のまま、庁舎の中へと、報告に戻っていった。


ラバァルが、顎で、促すと、ラナーシャは、一度、深く、息を吸い込み、決意を固めたように、目の前の、重厚な扉を、真っ直ぐに見つめる。


すると、兵士から、「何やら、妙なのが来ている」と報告を受けたのであろう、一人の役人が、中から、姿を現した。


「…何か、御用ですかな?」

現れたのは、書類の束を抱えた、若い、怜悧な顔つきの役人だった。

ラナーシャは、背筋を伸ばし、完璧な礼法で、言った。


「失礼いたします。庁長の、イーシス・ラフェン殿に、面会の儀を、お願いしたく、参上いたしました。…私を、この庁で、雇っていただきたく」


そして、彼女は、ジョン・スタート・ベルグの名が記された、紹介状を、差し出した。


その、あまりに突飛な、売り込み文句に、役人…エドワードは、一瞬、面食らったような顔をした。

「…ほう。面白いねぇ。この王都守護庁に、自ら、就職の面接を、申し込んできた者なんて、僕が知る限り、君が、初めてだよ」


彼は、紹介状を受け取ると、その差出人の名を見て、わずかに、目を見開いた。


「…分かった。我が庁長に、取り次ごう。しばし、待たれよ」


エドワードは、そう言うと、興味深そうな目で、ラナーシャを、一瞥し、扉の、内側へと、戻っていった。


ラナーシャは、固く、拳を握りしめ、ただ、その返事を、待っていた。

彼女の、新たな戦いの、幕が、今、開くか、どうか。

その、運命の、瞬間に、ラバァルは、何も言わず、ただ、静かに、寄り添っていた。



 

【イーシス視点、王都守護庁・庁長室】


「――しかし、それでは、埒が明きません! 我々には、早急な、結果が必要なのです!」


イーシスは、目の前に立つ、王国警備隊の隊長、カイ・ロスヴァルトを、叱咤していた。


だが、その声には、彼女自身の、焦りが滲んでいた。


「ですが、庁長!」カイも、一歩も引かない。「すでに、我々の隊は、多大な犠牲を、強いられております! これ以上、この問題に、深入りするのは…!」


カイは、知っていた。この事件の背後にある、ゾンハーグ家とムーメン家の、醜い権力闘争を。なぜ、その、貴族同士の喧嘩の、後始末を、我々、王家の兵士が、血を流してまで、せねばならんのか。彼の、その、真っ直ぐな疑問は、イーシスの胸に、痛いほど、突き刺さった。


(…分かっているわ。あなたたちの、言う通りよ…)


だが、宰相アルメドラからの、無言の圧力は、彼女を、がんじがらめにしていた。上官からの圧力と、部下からの突き上げ。その、板挟みの中で、イーシスの心は、すり減っていく一方だった。


コンコン。

その時、執務室の扉が、控えめに、ノックされた。


「…何だ?」

「エドワードです。至急、お伝えしたいことが」

「入りなさい」

「お話し中、失礼いたします」


入ってきたエドワードは、カイ隊長の姿を見て、一瞬、言葉を躊躇った。


「構わないわ。話しなさい」

「はっ。…実は、今、庁舎の前に、就職をご希望の方が、紹介状を持ってお越しになっておりますがいかがいたしましょう?」


エドワードは、そう言いながら、一通の、封蝋された紹介状を、イーシスへと、差し出した。

その、差出人の紋章を見て、イーシスの目が、わずかに、見開かれた。


(…ジョン・スタート・ベルグ…!)


彼女は、すぐに、封を切り、その中身を、読み始めた。


「なっ…! スタートベルグ家からの、紹介状、ですと!?それは いったい、何者が…!?」


カイも、その名に、驚きを隠せない。


イーシスは、羊皮紙に、目を通しながら、記憶の糸を、手繰り寄せていた。


(…ラナーシャ・ヴィスコンティ…ああ、近衛のカルタス殿から、話に聞いていた、あの話か…)

当初は、評議会の、権力闘争に、これ以上、巻き込まれるのは、ごめんだと、断るつもりでいた。


だが、状況は、変わった。宰相からの、理不尽な圧力。このままでは、自分は、潰される。

(…あるいは。評議会議員筆頭である、スタート・ベルグ家の力を、このタイミングで、手元に引き入れておくことは、私の、生き残る道に、繋がるやもしれん…)

イーシスは、決断した。


「…分かったわ。会ってみましょう。ここに、通して」

エドワードが、呼びに行くと、カイが、席を立とうとした。


「庁長。私は、これで…」

「待ちなさい、カイ」イーシスは、彼を、手で制した。「あなたも、同席しなさい。そして、あなたの目で、彼女の実力を、見極めてほしいの。…今の我々には、使える『剣』なら、いくらでも、欲しい状況なのだから」


そうこうしているうちに、エドワードが、二人を連れて、戻ってきた。

「お連れしました」


先に、入ってきたのは、紹介状にあった、ラナーシャ・ヴィスコンティと、思われる、銀髪の、美しい女騎士。


そして、その、一歩後ろに、控えるようにして、立っていた、男。

(…ん? 紹介状には、一人しか…)


イーシスが、そう思い、紹介状を、見返した、その時。

「俺のことは、気にするな。ただの、付き添いだ」

男が、ぶっきらぼうに、そう言った。


イーシスは、顔を上げ、「関係者以外は…」と、退室を命じようとして、その男を、初めて、直視した。


そして、彼女は、息をのんだ。

(…な…に、この男…!?)

その男の、圧倒的な、存在感。それは、もはや、気迫や、威圧感などという、生易しいものではなかった。ただ、そこにいるだけで、空間そのものが、歪むかのような、得体のしれない「力」。


イーシスは、額から、冷や汗が、噴き出すのを、感じた。


「…いえ。何でも、ないわ。ごめんなさい。どうぞ、そこに、いてちょうだい」

彼女は、かろうじて、それだけを、絞り出した。

隣に立つ、カイもまた、同じだった。

(…おいおい、なんだ、こいつは…。スタート・ベルグ家は、たかが、一介の士官の、紹介に、これほどの『怪物』を、お供につけるというのか…!?)


百戦錬磨の、カイですら、その男から、目を逸らすことができず、ただ、喉をごくりと、鳴らすことしか、できなかった。

イーシスは、必死に、自らを、立て直すと、ラナーシャに、向き直り、最初の、質問を、始めた。

その声が、わずかに、上ずっていることに、彼女自身は、まだ、気づいていなかった。

                  


【王都守護庁、庁長室】


イーシスは、目の前の、銀髪の女騎士…ラナーシャに対し、次々と、質問を浴びせ始めた。

王都の地理に関する知識、法規の解釈、過去の事件への見解、そして、指揮官としての、判断力を試す、意地悪な仮定の問い。


だが、ラナーシャは、その全てに、一切の淀みなく、的確に、そして、完璧に、答えていく。その、あまりの優秀さに、イーシスは、内心、舌を巻きながらも、さらに、質問のレベルを、上げていった。


しばらく、その、一方的な尋問が、続いていたが。

ふと、イーシスは、背後から、強い視線を、感じた。


付き添いの男…ラバァルが、ただ、黙って、こちらを、見ているだけ。だが、その、無言の視線が、なぜか、イーシスの、背筋を、凍らせる。

(…少々、やり過ぎた…?)

彼女は、無意識のうちに、態度を、和らげていた。


「…カイ隊長。あなたからも、何か、彼女に、質問してちょうだい。私一人では、どうしても、質問が、偏ってしまうから」


イーシスは、その、目に見えないプレッシャーから、逃れるように、カイへと、話を振った。

だが、カイは、腕を組み、首を横に振ると。


「…いや。俺から、言葉で、問うことなど、何もない。ただ…」


彼は、ラナーシャの、その、騎士としての、佇まいを、真っ直ぐに、見据えた。


「…彼女の、その『剣』が、どれほどのものか。この目で、直に、確かめたい」

その言葉に、イーシスの顔に、わずかな、笑みを浮かべた。


「…剣の腕を、確かめたい、と?」

「そうです」

その、やり取りを聞いていた、ラバァルが、ふっ、と、満足げに、鼻を鳴らした。


「…ようやく、話の分かる奴が、出てきたな」



【王国警備隊、練兵場】


場所は、王都守護庁が管轄する、王国警備隊の、広大な練兵場へと移された。


イーシス庁長と、カイ隊長が、見慣れぬ、銀髪の美しい女騎士を伴って現れたことで、訓練中だった隊員たちの間に、すぐに、さざ波のような、ざわめきが広がった。


「おい、見ろよ。庁長と、隊長と、ご一緒だぞ」

「なんだ、あの美女は…? 新しい、お偉いさんか?」


「ばか、見ろよ、あの佇まい。ただ者じゃねえぞ…」


隊員たちは、訓練の手を止め、興味津々で、その三人を取り囲むように、集まってくる。


そして、カイ隊長が、木剣を手に取り、その女騎士と、向かい合ったことで、ざわめきは、最高潮に達した。

「おいおい、マジかよ!カイ 隊長と、試合する気だぞ!」

「相手になるのか? あの、カイ隊長に…」

「だが、あの女も、相当な手練れに見える…。一体、どこのどいつだ…」


好奇、侮り、そして、期待。様々な感情が、渦巻く中、向かい合う、二人の剣士…カイ・ロスヴァルトと、ラナーシャ・ヴィスコンティは、互いに木剣を構え、その間合いを、静かに、測り合っていた。彼らの周りだけ、空気が、張り詰めている。


「――始め!」


イーシスの、凛とした号令が、響き渡った、その瞬間。


あれほど、騒がしかった練兵場が、水を打ったように、シーーーーンと、静まり返った。


全ての隊員が、固唾を飲んで、中央の二人を、注視している。


二人の体が、同時に、動く。


キィィィィィンッ!!!

木剣と、木剣が、激しくぶつかり合う、甲高い音だけが、静寂を切り裂いた。

カイの剣は、重い。一撃一撃が、力に、満ちている。


対する、ラナーシャの剣は、速く、そして、美しい。まるで、流れる水のように、相手の力を、受け流し、その隙を、的確に、突いていく。


数合、十数合…。


打ち合ううちに、二人の、スピードと、パワーは、徐々に、上がっていく。

周囲で、見守っていた、警備隊員たちも、その、あまりに、ハイレベルな、攻防に、息をのんでいた。

そして、決着は、一瞬だった。


カイが、渾身の力を込めて、振り下ろした、その一撃。

ラナーシャは、それを、自らの剣で、受け止めると、そのまま、円を描くように、その力を、いなした。


カイの剣が、その手から、宙を舞い、乾いた音を立てて、地面に、転がりおちたていた。


「うぉぉぉ~。」 

歓声が上がった。


「…カイ隊長が、負けたぞ…!」

「何者だ、あの、銀髪の美女は…!」

「俺、あの人知ってるぞ! 王宮警備隊の、中隊長だった方だ!」


周囲の、ざわめきが、イーシスの耳にも、届いていた。


彼女は、カルタス殿が、そして、ジョン殿が、言っていたことが、紛れもない、事実であったことを、その目で、確認し、こくりと、頷いた。


その様子を、見ていたラバァルは、内心で、呟いた。

(…ふんっ。ようやく、分かったか。)



【再び、庁長室】


「――明日から、来なさい」

執務室に戻るなり、イーシスは、ラナーシャに、そう告げた。

その瞳には、もはや、試すような色はなく、一人の、優れた騎士に対する、確かな信頼が宿っていた。

「貴女に、任せたい任務は、山ほど、あるわ」

正式な、採用決定の、瞬間だった。


ラナーシャは、込み上げてくる感情を、ぐっと、こらえ、深々と、頭を下げた。

「…はっ! ありがとうございます! このご恩は、必ずや、任務で、お返しいたします!」

その、力強い返事に、イーシスは、満足げに、頷くと、自らの手を、差し出す。

「ええ。期待しているわ。これから、よろしくお願いするわね、ラナーシャ隊長」

ラナーシャは、その手を、固く、握り返した。


執務室を出ると、廊下で待っていた、ラバァルが、壁に寄りかかったまま、こちらを見ていた。

ラナーシャは、何も言わず、ただ、彼の元へと、歩み寄る。

ラバァルは、そんな彼女の、緊張が解け、安堵と、喜びに、わずかに、潤んだ瞳を、じっと見つめると、ふっ、と、短く、鼻で笑った。


そして、いつもの、ぶっきらぼうな口調で、しかし、その声には、確かな、温かみが、込められていた。

「…やったじゃねえか」

その、たった一言が、どんな賛辞よりも、ラナーシャの心に、深く、そして、温かく、染み渡っていった。



ラバァルとラナーシャが、部屋を去った後。

カイは、悔しそうに、しかし、どこか、清々しい顔で、イーシスに、呟いた。

「…完敗でした、庁長。まさか、あれほどとは」

「…手は、抜いてなかっのでしょうね?」

「もちろん。怪我が、治ったばかりとはいえ、今の、私の、全力でしたよ」


その言葉に、イーシスは、満足げに、頷いた。

とんでもない、「剣」が、舞い込んできた。この、荒れ狂う、ロット・ノットで、彼女は、果たして、吉と出るか、凶と出るか。

イーシスの、新たな戦いが、始まろうとしていた。


                  

                            

【マレリーナの雑貨店前~スラム東地区】


 

別れの言葉は、見つからなかった。


代わりに、ラナーシャの方から、不意に、その距離を詰め、ラバァルの唇を、奪った。


それは、感謝でも、懇願でもない。ただ、一人の女としての、どうしようもない想いが、溢れ出したかのような、熱く、そして、深い口づけだった。


ラバァルは、その唇に残る、柔らかい感触と、甘い余韻を、振り払うように、背を向け、スラムの東地区へと、足を向ける。


店の奥から、マレリーナが、まるで、自分の娘の、幸せを、祈るかのように、嬉しそうに、微笑んでいるのが、見えた。

ラバァルは、その視線に、気づきながらも、あえて、何も、言わなかった。

ただ、今は、この、胸の奥で、小さく、燻る、熱を、振り払うように、歩き出すだけだった。




ラバァルが、一年近くぶりに、スラム東地区の新拠点へと、その姿を現した時、最初に出迎えたのは、デサイアだった。


彼女は、膨大な帳簿が積まれた、自らの執務室から、ひょっこりと、顔を覗かせた。


「…あら。帰ってきたのね、ラバァル」

その、いつも通りの、淡々とした声に、ラバァルも、笑みを返す。


「ああ。昨日の昼にな。色々、用事を済ませて、今、戻った。…どうだ、こっちの調子は?」


「順調よ。第二期の工事も、すでに終わって、新しい入居者が、入っているわ。このままだと、すぐに、満杯になるでしょうね」


「ほう。そんなに、人が集まっているのか。ならば、ここから、開拓団の方へも、回せるな」

「それは、助かるわ。次の出発は、いつ?」


「一ヶ月後を、予定している」

「分かったわ。それに間に合うように、人員を、調整しておく」


デサイアの、その言葉に、ラバァルは、改めて、彼女の有能さを、感じていた。


物資管理、経理、人員の割り当て…。この、巨大化していく組織の、心臓部とも言える、全ての管理を、彼女は、しっかりと、掌握しているのだ。

ラバァルが、ふと、彼女の顔を見ると、その口元が、わずかに、ほころんでいるのに、気づいた。


「…なんだ。俺との再会より、開拓団に、人を送れることの方が、嬉しいのか?」


「だって」デサイアは、少し、拗ねたように、言った。「ラバァルが、留守にするのは、いつものことだから。でも、経費が、削減できるのは、素直に嬉しいわね」


その、あまりに、実務的な返答に、ラバァルは、思わず、笑ってしまった。


デサイアと別れたラバァルは、この拠点の、守りの要である、シュツルムと会い、防衛状況を確認した後、テレサたちの、居住区画へと、向かった。キーウィの連中が、世話になったであろう、礼と、そして、何より、クレセントの、様子を確かめるためだ。


コンコン、と扉を叩くと、中から、セリアが、顔を出した。


「あら、ラバァルさんね! 助けていただいた、恩人の方…!」

「まあ、そんなところだ」


ラバァルが、中へ入ると、奥のベッドに、まだ、横たわっている、クレセントの姿が、目に入った。

「…まだ、ダメか」


その声に、負傷者の治療をしていた、テレサが、振り返った。


「ラバァルさん! …はい。ですが、私のことは、分かるようになったのです。『テレサ』と、呼んでくれるように、なりました…!」


その目に、涙を浮かべて、そう報告するテレサ。


「そうか。少しは、進歩しているんだな」

ラバァルは、クレセントの、ベッドの傍らに、立つと、その耳元で、わざと、大きな声を、出した。


「おい、クレセント! いつまで、寝ているつもりだ! そんなことでは、シュガーボムで、好きなだけ、酒を飲むことも、できんぞ! さっさと、起きやがれ!」


その、あまりに、無遠慮な、発破に、ベッドの上の、クレセントの唇が、わずかに、動いた。

「……らば…ぁる…」


か細い、しかし、確かな声で、彼女は、その名を、呼んだのだ。


「おおっ! 聞いたか、テレサ! 俺の名も、呼びやがったぞ!」

「ええ…! ええ…!」


テレサは、涙を流しながら、何度も、頷き、クレセントの手を、固く、握りしめた。


その、感動的な光景の、すぐ傍らで、治療を受けていた、キーウィの幹部…クロードが、気まずそうに、横たわっていた。


「なんだ、クロード。お前まで、やられていたのか。治ったら、特訓だぞ。覚悟しておけ」

ラバァルが、そう言って笑うと、先に、治療を終えていた、ロメールとボルコフが、深々と、頭を下げ、その回復ぶりを、アピールしてきた。


「うむ。ならば、また、馬車馬のように、働けるな。いいか、お前たち。下部組織に、転落したくなければ、結果を出せ。報告を、楽しみにしているぞ」


ラバァルの、厳しい、しかし、どこか、期待を込めた言葉に、二人は、身を引き締めていた。

テレサたちの元を、後にしたラバァルは、そのまま、訓練場へと、向かった。


外部の広場では、聖騎士たちが、多くの訓練生を、熱心に、指導している。その光景に、満足げに、頷くと、彼は、内部の訓練施設へと、足を踏み入れた。


そこでは、オーメンの者たちが、新兵たちを、指導していた。だが、どこか、静かだった。


いつもなら、やかましく、駆け寄ってくるはずの、あのガキ共の姿が、ない。

「ラバァルさん、お帰りなさいませ。ウィッシュボーンさんなら、今、南地区の方へ、行っておりますが…」


「そうか。…それと、ガキ共は、どうした? 元気でやっているか?」

「ああ、そういえば、最近、あまり、こちらへは、顔を見せませんね。ウィッシュボーンさんから、聞きましたが、あいつら、今は、南地区の方で、何か、面白いことを、やっているそうですよ」


「南地区で…?」

(…ふんっ。あいつら、新しい、遊び場でも、見つけたか)

ラバァルは、そう解釈し、まあ、いいかと、一人、頷いた。

彼らが、自分たちの知らないところで、ただの、薬師の孫娘ではない…その価値を知る者が見れば、ロット・ノット中の、あらゆる危険を引き寄せかねない、歩く**『宝』**を、抱え込んでしまっていたことなど。彼は、まだ、知る由もなかった。




【ロット・ノット、スラム南地区・再開発現場】


東地区の様子を、一通り、確認したラバァルは、馬を借りると、すぐさま、南地区へと、向かった。

道中、【ゴブリンズ・ハンマー工務店】の、真新しい看板が、あちこちの、荒れ地の前に、立てられているのが、目に入って来る。

(…ほう。あの、古狐どもの、妨害を、掻い潜りながら、これだけの土地を、確保したか)

ラバァルは、馬上から、その光景を眺めながら、ウィッシュボーンたちが、着実に、仕事を、進めていることを、認識していた。


そして、彼が、南地区の、再開発現場へと、たどり着いた時、その、あまりの光景に、思わず、目を見張った。

東地区の、あの拠点は、あくまで、既存の、古い石造りの建物を、利用した、巧妙な、カモフラージュが、施されていた。

だが、ここは、違う。

もはや、隠しながら、事を進められるような、規模ではなかったのだ。


かつて、この場所にあったはずの、ボロボロの石造りの建物は、完全に、取り壊され、そのほとんどが、広大な、更地と化していた。見渡す限り、その開発区画は、地平線の、彼方まで続いているように見える。

(…数キロは、あるか…?)

東地区の、あの拠点すら、小さく見えるほどの、圧倒的なスケール。これは、もはや、ただの再開発ではない。一つの「街」を、ゼロから、創り出そうとしているのだ。

ラバァルは、その、活気に満ちた、工事現場の中へと、馬に乗ったまま、足を踏み入れた。すると、作業員の一人が、慌てて、駆け寄ってきた。


「おい、あんた! ここは、馬で、入っちゃいかん! 危ないから、降りてくれ!」

その、真っ直ぐな、注意に、ラバァルは、素直に、馬から降りた。

「…すまん。知らなかった」


その時、近くにいた、ゴブリンズ・ハンマー古参の従業員が、その作業員の頭を、ひっぱたいた。

「馬鹿野郎! この方が、どなたか、分かっているのか! 我らが、オーナーの、ラバァル様だぞ!」


そして、従業員は、ラバァルに、深々と、頭を下げた。「も、申し訳ございません、ラバァル様! こいつは、新入りなもんで…!」


「構わん」ラバァルは、手を振った。「俺が、作った規則なら、俺も、それに従うまでだ。…お前も、気にするな。良い仕事ぶりだ」


そう言って、注意してきた作業員の、肩を叩くと、彼は、ゴードック親方の、居場所を尋ねた。


案内された先で、巨大な設計図を、広げていた、ゴードック親方は、ラバァルの姿を認めると、その顔を、ぱっと、輝かせた。


「おお、ラバァルさん! お帰りなさいましたか!」

「ああ。順調のようだな、親方。だが、色々と、問題も、起きていると聞いたが?」

その言葉に、親方は、苦い顔で、頷いた。


「へえ…。他家の、妨害工作が、予想以上に、執拗でしてな。ウィッシュボーンの旦那たちも、何度も、大怪我を、負わされました。…まあ、なんとか、あちらの…」

ゴードック親方は、そう言うと、現場事務所として使われている、小屋の方へと、視線を向けた。その視線の先で、ちょうど、小屋から出てきた、カトレイヤの姿があった。


彼女は、以前と同じく真面目な雰囲気を醸し出していた、今はその顔に、医療従事者として顔を覗かせていた。


親方は、彼女に向かって、軽く、手を上げる。

「カトレイヤさん! ちょうど、良いところに!」

カトレイヤは、ラバァルの姿を認めると、少し、驚いたように、目を見開いたが、すぐに、穏やかな笑みを浮かべ、こちらへ、歩み寄ってきた。


「あら、ラバァルさん。お帰りなさい」

「ああ。昨日、戻った。こっちに来るまでに、色々と、やることがあってな」

「そうなのね。でも、貴方が戻ってきてくれて、ウィッシュボーンさんたちも、きっと、心強くなるわ」


その、労わるような言葉に、ラバァルは、静かに、頷いた。


そして、ゴードック親方に、向き直る。

「…それで、親方。その、ウィッシュボーンは、今、どこにいる?」

「はい。他家の連中から、根も葉もない、悪評を吹き込まれた、住民たちが、頑として、立ち退きを、拒否しておりましてな。今日も、その、説得に、向かっております」

「…場所は、分かるか?」

「へえ。確か、あの、南東の、一番、寂れた区画だと…」

「分かった。行ってみる」

ラバァルは、カトレイヤに、軽く、目礼をすると、親方が指し示した、方角へと、一人、歩き出した。

彼が、たどり着いたのは、スラムの中でも、特に、貧しさが、澱のように、溜まった地区だった、鼻を突く、異臭。崩れかけた、石造りの、家々。

そして、その、中心から、怒号と、罵声が、聞こえて来ていた。


「帰れ!子供たちを何処にやった! お前たちのような、悪党に、この家を、明け渡すものか!」

「そうだ、そうだ、帰れ! 何度、来たって、脅しには屈せんぞ!」

「旨い事言っても騙されん!」 


「「「帰れ! 帰れ! 帰れ!」」」

住民たちの、必死の、抵抗。そして、それを、何とか、なだめようとする、ウィッシュボーンたちの、声。

ラバァルは、その、混沌の渦の中心へと、静かに、そして、確実に、その歩みを、進めていった。      




最期まで読んで下さり有難うございました、引き続き次を見掛けたらまた読んでみて下さい。

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