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枯れた土地の王 ガル・ヴォルカン  

ラバァルたちは、一台の幌馬車を囲み、ロット・ノットへの道を進んでいた、数週間、何事も無く進めてた事で、もう、野盗等は居ないのか? と思い始めていたのだが.....。 

               その131



【双子山の峠道、深夜】


ラバァルは、焚き火の輪から一人離れ、音もなく、闇の中へと歩を進めていった。仲間たちが構える背後で、彼はたった一人、これから現れる者たちと対峙するつもりだった。


やがて、茂みがガサリと揺れ、暗闇の中から、武装した男たちが、次々とその姿を現した。その数、およそ50。先日、ラバァルが叩きのめした、元第三軍の残党たちだ。


彼らのリーダー格の男が、一歩前に出る。その顔には、緊張と、わずかな期待の色が浮かんでいた。

ラバァルは、腕を組み、威圧するように低い声で言った。


「よぉ。約束通り、戻ってきたぞ。…だが、こんな夜更けに、音もなく忍び寄るとは、どういうつもりだ? また、俺に叩きのめされたいのか?」


その言葉には、約束を違えれば、即座に殲滅するという、容赦のない脅しが込められていた。

男は、慌ててかぶりを振った。


「い、いや、違うんだ! あんたが、本当に俺たちに仕事なんぞくれるのか…信じきれなかった。だから、様子を窺わせてもらっていたんだ。すまない」


彼らの瞳には、もはや敵意はなかった。あるのは、自分たちが何者なのかも分からぬ相手に、一縷の望みを託すしかない、という切実な想いだけだった。


「…ふん。まあ、いいだろう」


ラバァルは、彼らの背後に向かって声を張った。


「おい、お前ら! 出てこい! こいつらが、俺が行きに話した連中だ!」


ラバァルの声に、シュツルムや聖騎士たちが、武器を構えたまま、焚き火の明かりの中へと姿を現す。元兵士たちは、その屈強な仲間たちの姿に、改めて息をのんだ。


ラバァルは、リーダー格の男を焚き火のそばへと招き入れた。そして、その場で、本契約を交わした。


「いいか、よく聞け。お前たちの仕事は、これからいくらでも増える。だが、まず最初の仕事は、この幌馬車を、ロット・ノットまで護衛することだ」


ラバァルは、地図を広げ、今後の計画の、ほんの一端を彼らに語った。


「ロット・ノットに着けば、お前たちには新たな役目を与える。お前たちが、再び兵士としての誇りを取り戻せるような、な。…どうだ? やるか、やらないか」


「…やらせてくれ!」


リーダーの男は、ラバァルの手を、力強く握りしめた。「俺たちは、もう一度、誇りを取り戻したい!」


その声に、彼の部下たちも、雄叫びを上げて応えた。


こうして、ラバァルの輸送隊は、一夜にして、50名を超える兵士を、その傘下に加える事となった。


だが、彼らは決して「強力な兵力」ではなかった。長らく満足な食事もできず、山中を彷徨っていた彼らの体は痩せこけ、その瞳には、飢えと疲労の色が深く刻み込まれていた。元正規兵としての矜持だけが、かろうじて彼らを支えているに過ぎなかったのだろう。


ラバァルは、彼らに、積荷の中から携帯食料と水を分け与える。


「…まずは、それを食え。ロット・ノットに着けば、腹一杯食わせてやるから」


男たちは、まるで餓えた獣のように、無心で食料を頬張った。その姿に、アビスゴートのメンバーたちは、かつての自分たちの姿を重ね合わせ、静かに彼らを見つめていた。


夜明けと共に、一行は再び出発した。


今や、たった一台の幌馬車を、総勢60名、その中の殆どが痩せこけた武装集団が護衛するという、異様な光景となっていた。


だが、その隊列には、昨日までにはなかった、確かな希望の光が灯っていた。ラバァルという男が与えた、わずかな食料と、未来への約束。それが、彼らの心に、再び立ち上がるための力を与えていたのだ。


ラバァルの壮大な「錬金術」――奈落に落ちた者たちを、再び価値ある存在へと作り変える計画――は、また一つ、新たな「素材」を手に入れ、前進を始めた瞬間だった。




【双子山を越えた、街道にて】


元第三軍の兵士たちを仲間に加えたことで、ラバァルの一行は、以前とは比べ物にならないほど、その移動速度を落としていた。


馬やサウロイドに乗るラバァルたちも、長旅と飢えで疲弊しきった、徒歩の元兵士たちのペースに合わせなければならなかったからだ。それは、今後の勢力拡大を見据えるラバァルにとっては、想定内の、取るに足らない問題だった。


しかし、若いニコルにとっては、この牛歩のような進軍は、退屈で仕方がなかった。

「あー、遅っせえなぁ! このペースじゃ、ロット・ノットに着く前に、俺たちまで干からびちまうぜ!」


サウロイドの上で、ニコルは大きなあくびをしながら、隣のサウロイドに跨っているエルトンに愚痴をこぼした。


「馬鹿野郎、聞こえるだろうが」エルトンは、小声でニコルをたしなめた。「あの人たちだって、好きでゆっくり歩いてるわけじゃねえんだ。腹が減って、力が出ねえんだよ」


「そんなの、分かってるよ! 分かってるけどさぁ…」ニコルは、不満げに口を尖らせた。「ラバァルも、なんであんな痩せっぽちの連中を、いきなり全員仲間にしちまうんだか。もっと、こう、少数精鋭でビュン!と行けば、もうとっくに着いてるだろ!」


その言葉に、エルトンは、やれやれといった表情で首を振った。

「お前は、まだ分かってねえんだな。ラバァルの考えてることが」


「あ? なんだよ、エルトンは分かってんのかよ?」


「当たり前だろ」エルトンは、少し得意げに胸を張った。「いいか、ニコル。俺たちが今運んでる、この小麦とジャガイモ。これは、ただの荷物じゃねえんだ。ラバァルが、これからロット・ノットで始める、でっけえ商売の『種』なんだよ」


「種?」


「そうだ。そして、今、俺たちの後ろを歩いてる、あの痩せっぽちの連中。あいつらも『種』なんだよ。これから俺たちが作る、でっけえ組織のな」


エルトンは、少し真面目な顔で続けた。


「ラバァルは、ただ荷物を運ぶんじゃなく、この道中にある、使える『種』を、一つ残らず拾い集めてるんだ。時間はかかるかもしれねえが、その方が、最終的には、一番デカい実がなる。…ってことだ、たぶん」


「へぇー…」


ニコルは、感心したように、エルトンの顔をまじまじと見つめた。


「なんだよ、エルトンのくせに、すげーまともなこと言うじゃんか。さては、昨日の夜、こっそりラバァルに何か教えてもらったな?」


「なっ…! ち、違うわ! 俺が、自分で考えたんだよ!」


「嘘つけー! いつもみたいに、『腹減ったー』とか『足が痛えー』とかしか言わねえエルトンが、そんな難しいこと考えられるわけねえだろ!」


「うるせーな! 俺だって、たまには考えるんだよ!」


二人の、いつものような、くだらない言い争いが始まった。


その様子を、少し離れた場所で聞いていたラバァ-ルは、口の端に、かすかな笑みを浮かべていた。

(…まあ、半分は正解だな、エルトン)


彼の本当の狙いは、それだけではない。だが、仲間たちが、自分なりに考え、成長しようとしている。その事実が、ラバァルにとっては、どんな宝よりも価値のあることだった。


退屈な行軍は、まだ続く。だが、そんな仲間たちの声が聞こえるこの旅路を、ラバァルは、決して悪くないと、思っていた。



【枯れ森を抜けた、荒野にて】


双子山を越え、元第三軍の兵士たちを加えてから、数日が過ぎていた。


ラバァルは、内心、少し拍子抜けしていた。60名を超える武装集団と化した自分たちの行軍を見て、襲いかかってくる愚かな盗賊団など、もはや存在しないのかもしれない。そう思い始めていたのだ。


だが、彼はまだ知らなかった。この広大なラガン王国の荒野には、彼の想像を遥かに超える規模と、独自の哲学を持つ、巨大な勢力が存在することを。


ロット・ノットという巨大な都市が、富を独占し続ける限り、その周辺の土地は、必然的に干上がる。そして、干上がった土地では、人々は生きるために、獣となる。一つの盗賊団を潰しても、その縄張り(シマ)は、すぐ、より飢えた、より強力な群れに食い荒らされてしまう。それが、この土地の掟だった。


ラバァルが行きに壊滅させた盗賊団の縄張りもまた、すでに新たな支配者の手に落ちていた。そして、その新たな支配者こそ、この辺一帯を牛耳る、300を超える大武装集団――【渇望の咆哮】だ。


【渇望の咆哮、アジト】


「ガル様! 街道に、奇妙な一団が現れました!」


斥候からの報告に、【渇望の咆哮】を統べる男、ガル・ヴォルカンは、玉座からゆっくりと顔を上げた。


「…奇妙、だと?」


その声は、異常なほど低く、洞窟の奥から響いてくる咆哮のようだった。


「はっ! 荷を積んだ幌馬車は、たったの一台。しかし、その護衛は60名近くおります。しかも、掲げられている旗は、あの【ゴールデン・グレイン商会】のものです」


「…ほう。ゴールデン・グレイン…ゾンハーグ家の犬か。面白い」


ガルは、焼け焦げた鉄の義手を、ギリ、と鳴らした。


「一台の荷車に、60の護衛。常識で考えれば、ありえん。つまり、その荷車には、それだけの価値があるということだ。あるいは、護衛そのものが、我々を誘う『餌』なのかもしれん…」


「いかがいたしますか、ガル様。相手は、ゾンハーグ家の息がかかっているやもしれません」

その言葉に、ガルは、腹の底から笑った。


「ゾンハーグだと? 肥え太った豚の名前など、どうでもいい。我らの前では、全ての富は、等しく『糧』となるのだ」


彼は、立ち上がった。その巨躯は、ただの盗賊の頭目とは明らかに違う、人を惹きつけ、同時に畏怖させる、異様なカリスマ性を宿していた。


「飢えは罪ではない。飢えは力だ。飢えがある限り、我らは進む!」


ガルは、腰に下げた、古びた角笛「ヴォルカンの咆」を手に取った。

「全軍に伝えろ。久方ぶりの、大物狩りだとな!」



【街道、ラバァル一行】


その日の昼下がり。


見通しの良い荒野を進んでいたラバァルの一行の先頭で、斥候として周囲を警戒していたシュツルムが、突如、手綱を引いてサウロイドを停止させた。彼は、遠い地平線の一点を、鷹のような鋭い目つきで凝視している。

「…ラバァル!」

シュツルムは、隊列の後方にいるラバァルに向かって、鋭く叫んだ。「前方より、巨大な砂塵! 敵襲です! 数は…100…200…いや、それ以上だ!」


その報告に、隊列に緊張が走る。元第三軍の兵士たちは、その圧倒的な数に、顔を青ざめさせた。

ラバァルは、自らのサウロイドの上から、シュツルムが見つめる先を、冷静に見据えていた。


(…来たか。ようやく、この荒野の主のお出まし、というわけだ)

やがて、砂塵の中から、雄叫びを上げながら突進してくる、おびただしい数の武装集団が姿を現した。その先頭に立つのは、鉄の義手を持つ、一人の巨大な男。


ブオオオオオオオオオオオオオッ!!!


男が掲げた角笛から、天を衝くような、凄まじい咆哮が放たれた。それは、荒野の民の闘争心を掻き立て、敵の心を恐怖で縛り付ける、魔性の音色。


その音を聞いただけで、馬やサウロイドが怯え、隊列が乱れ始める。


「怯むな! 陣形を組め!」


ラバァルと、聖騎士ルンベールが、同時に叫んだ。


「幌馬車を中央に、円陣を組め! 弓兵、構え!」


ラバァルの一行、およそ60名。


対する【渇望の咆哮】、300名以上。


圧倒的な戦力差。そして、その中心に立つ、荒野の咆王【ガル・ヴォルカン】。


ラバァルは、その男の、飢えと渇望に爛々と輝く瞳を、真っ直ぐに見据えていた。


(…ただの盗賊ではないな。この男は、王の真似をしてやがる)


面白い。


ラバァルの口元に、獰猛な笑みが浮かんだ。彼の仕掛けた「餌」に、想像を遥かに超える、巨大な獣が、食いついてきたのだ。


そして、その獣は、もしかしたら、飼いならす価値があるかもしれない。


ラバァルの一行、およそ60名。


対する【渇望の咆哮】、300名以上。


圧倒的な戦力差。そして、その中心に立つ、荒野の咆王、ガル・ヴォルカン。


ラバァルは、その男の、飢えと渇望に爛々と輝く瞳を、真っ直ぐに見据えていた。

「突撃ィィィッ!! 糧をよこせぇぇぇっ!!」


ガル・ヴォルカンの号令と共に、【渇望の咆哮】の戦士たちが、餓えた獣の群れのように、ラバァルたちの円陣へと襲いかかった。


その数、まさに津波のようだった。だが、ラバァルたちに、怯えはなかった。


「シュツルム! 弓で指揮官クラスを狙え!」


「ニコル、エルトン! 左右から切り崩せ!」


ラバァルの指示が飛ぶ。アビスゴートのメンバーたちは、まるで水を得た魚のように、敵の群れへと飛び込んでいった。


彼らは、飢えていた。痩せこけていた。だが、それは力への渇望の裏返し。ラバァルの元で、彼らはその渇きを、日々の過酷な鍛錬と、十分な食事で満たしてきた。その結果、彼らの肉体は、鋼のように鍛え上げられている。


痩せた敵兵が振り下ろす錆びた剣を、ニコルは軽々といなし、その喉元に短剣を突き立てる。エルトンは、敵の隙を見つけると、アサシンの妙技で音もなく背後に回り込み、次々と敵を無力化していく。


聖騎士たちもまた、獅子奮迅の働きを見せた。


「聖なる光よ、我に力を!」


ルンベール子爵の長剣が、清浄な光を放ちながら、一度に数人の敵を薙ぎ払う。トーヤは、若さ溢れる突進力で、敵陣に楔を打ち込んでいく。そして、セバスティアン。彼は左腕を失ってはいたが、残された右腕で振るう剣は、長年の鍛錬によって、常人の両腕の力を遥かに凌駕していた。片腕であることを侮って近づいてくる敵を、的確な剣捌きで、次々と返り討ちにしていく。


「主よ、彼の者に癒しの御手を!」


後方では、神官のカトレイヤが、負傷した仲間に向かって祈りを捧げていた。彼女の詠唱と共に、温かい光が傷口を包み込み、みるみるうちに塞がっていく。回数に限りはあるものの、上級回復呪文まで使いこなす彼女の存在が、この不利な戦況における、精神的安心感となっていた。


事務職を得意とするデサイアは、戦闘には向いていない。彼女は、幌馬車の上から、ボウガンを手に、冷静に応戦していた。


ラバァルの一行は、まさに少数精鋭。一人一人が、敵兵の数人分に匹敵する力を持っていた。

だが、敵の数は、あまりに多すぎる。


倒しても、倒しても、次から次へと、飢えた戦士たちが押し寄せてくる。ラバァルたちの体力も、無限ではない。徐々に、その動きに疲れが見え始めていた。



ラバァルは、自らも敵兵を斬り伏せながら、冷静に戦況全体を見渡していた。


味方は、強い。一人一人が、敵兵の数人、いや分数十に匹敵する。だが、敵の数は、あまりに多すぎる。このまま消耗戦を続ければ、いずれ押し潰されるのは、こちらの方だ。


(…潮時か)


彼の視線は、丘の上から、まるで王のように戦況を見下ろしている、あの鉄の義手の大男――ガル・ヴォルカンに、ぴたりと定められた。


この群れを止めるには、頭を叩き潰すしかない。


「シュツルム! エルトン! 道を開けろ!」


ラバァルは、サウロイドを駆けさせ、敵の群れの中を、一直線にガル・ヴォルカンの元へと突進した。彼の進路上にいた敵兵は、その凄まじい気迫に気圧され、彼の振るう剣によって、次々と吹き飛ばされていく。


やがて、ラバァルは、丘の上に立つガルの目の前にたどり着いた。


「…ほう。雑魚を蹴散らして、わざわざこの俺の元へ来るとは。面白い。貴様が、この貧相な群れのリーダーか?」


ガルは、ラバァルを見下ろし、嘲るように言った。


「そうだ」ラバァルは、サウロイドから飛び降りると、ガルを真っ直ぐに見据えた。「あんたが、この飢えた獣どもの王らしいな。…だが、どうやら、あんたの『咆哮』とやらは、大したことがないらしい」


「…何だと?」


ガルの眉が、ピクリと動いた。


ラバァルは、挑発を続ける。その声は、戦場全体に響き渡るほど、大きく、そして明瞭だった。

「あんたの部下たちは、飢えて、痩せこけて、まるで亡霊のようだ。そんな貧弱な兵で、数に任せて弱い者いじめか? それが、荒野の『王』のやり方か? …笑わせるな」


「……」


「俺の部下を見ろ」ラバァルは、後方で奮戦する仲間たちを指さした。「数は少ないが、一人一人が、お前の所の兵士の十倍は強い。なぜだか分かるか? 俺が、強いからだ。強い王の下には、強い兵が集まる。…つまり、あんたは、弱い。この荒野で、一番弱い臆病者だ。だから、数の力に頼るしかない」


「…………黙れ」


ガルの低い声に、殺気がこもる。


ラバァルは、とどめを刺した。


「どうした? 図星か? ならば、証明してみせろよ。お前たちの前で、この俺を、その自慢の鉄の腕で、叩き伏せてみせろ! …もっとも、部下たちの後ろに隠れて震えているだけの、腰抜けには、無理な話かもしれんがな!」


「―――黙れと言っているッ!!!」


ガル・ヴォルカンが、ついに咆哮した。


その怒りは、戦場全体を震わせた。彼は、まんまと、ラバァルの挑発に乗ったのだ。部下たちの前で、これ以上ないほどの侮辱を受けた。ここでラバァルと戦わなければ、彼の王としての威厳は、地に落ちる。


「…いいだろう。面白い。貴様のその命で、私を侮辱したことを、後悔させてやる」


ガルは、部下たちに手で合図を送った。「…全員、手を出すな。この男は、俺が殺す」


ラバァルの狙い通りだった。


彼は、戦況を、集団戦から、一対一の決闘へと、強引に引きずり込んだのだ。

二人の「王」が、静かに対峙する。

ロット・ノットへと続く、この荒野の覇権を賭けた、壮絶な一騎打ちの幕が、今、切って落とされた。




【荒野、二人の王の決闘】


戦場の喧騒が、嘘のように静まり返った。


300を超える【渇望の咆哮】の戦士たちと、ラバァルの仲間たちが、固唾を飲んで、中央で対峙する二人の男を見守っている。


「…面白い。その度胸、気に入った」


ガル・ヴォルカンは、鉄の義手をゴキリと鳴らした。「我が名はガル・ヴォルカン。この荒野の咆王だ。貴様の名は?」


「ラバァルだ。すぐに、お前の新しい主になる男の名だ」


「抜かせ!」


言葉と同時に、ガルが動いた。それは、もはや人間の踏み込みではなかった。大地が揺れ、鉄の義手が、凄まじい風切り音と共にラバァルへと迫る。ラバァルは、それを紙一重でかわすが、背後の岩が粉々に砕け散った。


(…魔獣…に匹敵する、か)


ラバァルは、内心で舌を巻いた。一撃一撃が、まさに必殺。人間の膂力を、遥かに超越している。


二人の戦いは、壮絶を極めた。


ガルの、荒々しくも洗練された剛腕。ラバァルの、無駄なく、的確に急所を狙う剣技。互いの力が激突するたびに、衝撃波が周囲の砂塵を巻き上げる。


数十合、打ち合っただろうか。ラバァルは目の前で戦っている相手が、ただの人間ではない事を悟った、人間の力では、歯が立たない事を! 


(…こいつ、人間の力だけでは、倒せんのか)


「…人間相手にあれを出すしかないとは...しかし負けるわけにはいかん。」


ラバァルが、静かに呟いた。


次の瞬間、彼の全身から、赤黒いオーラが、陽炎のように立ち昇り始めた。それは、見る者の魂を直接揺さぶるような、不吉で、圧倒的な力の奔流――赤黒闘気【ゼメスアフェフチャマ】。


「なっ…!?」


ガルは、その邪悪な気の奔流に、本能的な恐怖を感じた。


ここから、戦いは一方的な蹂躙となった。


ラバァルの動きは、もはや目で追うことすらできない。ガルの鉄の義手が空を切るたびに、ラバァルの拳が、蹴りが、その巨体の急所へと、的確に叩き込まれていく。


「ぐっ…!」「がはっ…!」


だが、ガルは倒れない。どんなに打ちのめされても、その瞳から、王としての誇りの光は消えなかった。そのあまりのしぶとさに、ラバァルも呆れるほどだ。


(…まだ倒れんのか、何て奴だ、殺すには惜しい)

ラバァルは、最後の一撃として、凝縮した赤黒闘気を右拳に込め、ガルの鳩尾へと叩き込んだ。

「ぐ…おお……」

ガルは、ついに膝をつき、そのまま前のめりに倒れ、意識を失った。最後まで、彼は「負け」を認めなかった。


決着がつくと、【渇望の咆哮】の屈強な幹部たちが、武器を捨ててラバァルの前にひざまずいた。


「…どうか、我らが王の命だけは…! お助けください!」


彼らは、自分たちの命も顧みず、ただひたすらに、王の命乞いを始めた。

「…助けて、どうする?」

ラバァルの冷たい声が、戦場に響く。「また、飢えた獣に戻るだけか?」


「い、いや! 俺たちは、あんたに従う! だから、どうか、我らが王を…!」


幹部たちは、額を地面に擦り付け、必死に懇願した。


その姿に、ラバァルの口元に、誰にも気づかれぬほど微かな笑みが浮かぶ。


(…ほう。これほどの忠誠心を、部下に抱かせるとはな。この男、やはりただの賊ではない。本物のカリスマ性を持っている、ということか)


ラバァルは、意識のないガル・ヴォルカンという男の価値を、改めて認識していた。殺すには、あまりに惜しい逸材だ。


「――ならば、誓え」


ラバァルの声のトーンが、一段と低く、重くなった。


彼は、ひざまずく幹部たちの前に立つと、その指先から、赤黒闘気を糸のように放出した。

「これから、お前たちは、俺たちの組織に加わる。俺の命令は、絶対だ。その契約として、これを、その身に受け入れろ」


赤黒い気の糸が、幹部たちの体の中へと、ゆっくりと染み込んでいく。


「もし、この契約を破り、俺を裏切るようなことがあれば…お前たちの体は、内側から赤黒く腐り落ち、苦しみ抜いて死ぬことになる。これは、そういう呪いだ」


幹部たちは、その呪いとも言える契約に、恐怖に震えながらも、頷くしかなかった。


「カトレイヤ! 来てくれ!」


ラバァルが呼ぶと、神官のカトレイヤが、おずおずと近づいてきた。


ラバァルが倒れて動かないガルを示して。

「…この男を、治してやって欲しいんだ、出来るか?」


「は、はい出来ると思うわ!」


カトレイヤは、ボロボロになったガルの体に手をかざし、女神セティアへの、力強い祈りを捧げ始めた。


「――〖クラーティオ ポテンス〗!!」


温かく、神聖な光が、ガルの体を包み込む。折れた骨が繋がり、裂けた肉が再生していく。数分後、彼の体にあったはずの致命傷は、跡形もなく消え去っていた。


「…体の損傷は治せましたが、消耗しきった気力や精神へのダメージまでは戻せません。目が覚めるまで、数日はかかるでしょう」

カトレイヤがそう報告すると、ラバァルは頷いた。


彼は、ガルの部下たちに向き直る。


「…追って、連絡を送る。それまで、お前たちは、今まで通り、この荒野を守っていろ。そして、そいつが目覚めたら伝えろ。『俺に会いたければロット・ノットの酒場【シュガーボム】に来い、 お前を待っている』と」


それだけ言うと、ラバァルは、仲間たちに号令をかけた。


「――出発するぞ!」


ラバァルの一行は、新たに従えた巨大な勢力をその場に残し、再び、ロット・ノットへの道を、進み始めたのだった。







最後まで読んで下さりありがとうございます、つづきを見掛けたらまた読んでみて下さい。

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