番外編 冒険者タンガ誕生 その1
今回は、タンガ15才、ロスコフ14才の時のエピソードです、
本来なら少年達と鉱山の後に入れるべきエピソードなのですが、
後から追加したのでもう手遅れでした。 これはタンガをメインにした話なので
ロスコフはわき役に成ります、港町ホエッチャに行った一行は悪魔討伐の話を
持ちかけられ、それに乗る事になります、舞台は大型船に乗りハイメッシュ島へと向かい
悪魔と戦う予定になっています。
その13
番外編 タンガの旅立ち。
リバンティン公国の南西、約380キロメートル。
ワーレン伯爵邸がある静かな『リバイン村』とは対照的な、活気と喧騒、そして潮の香りに満ちた場所。
公国唯一の窓口である港町『ホエッチャ』に、タンガたちはロウ爺さんに連れられてやって来ていた。
事の発端は数日前に遡る。
あの日、ロウ爺さんはいつものように飄々とした様子で、しかしどこか嬉しそうにフォルクスの元を訪れた。
「フォルクス様、ちとご報告が。息子夫婦に子供が生まれるという知らせがありましてな。めでたいことじゃ。しばらく実験の手伝いには来られそうにありませんわい」
孫の顔を身に行くため、港町『ホエッチャ』へ行く。そう告げる老人の顔は、好々爺そのものだった。
その場に、ちょうどタンガを連れたロスコフが部屋に入ってきた。
いつものように自分の机に向かい、本や資料を探し始めるロスコフだったが、大人たちの会話が自然と耳に入ってくる。
「ホエッチャ」「港町」「冒険者」……。
何気なく聞いていたロスコフは、隣にいるタンガの様子がおかしいことに気づいた。
いつもなら元気よく挨拶したり、興味津々で実験道具を覗き込んだりする彼が、今日は妙に静かだ。拳を固く握りしめ、ロウ爺さんたちの会話にじっと耳を傾けている。
(なんだろう?)
ロスコフは手を止め、友人の横顔を見つめた。その瞳には、憧れと、決意のような強い光が宿っていた。
爺さんたちの話に出てくる『ホエッチャ』という単語が出るたびに、タンガの肩がピクリと反応する。
「ねぇ、タンガ」
ロスコフはそっと声をかけた。
「君はどうして、おじい様たちの会話をそんなに気にしているの? 何かあるの?」
問われたタンガは、ハッとしてロスコフを見た。そして、少し照れくさそうに、しかし真っ直ぐな瞳で答えた。
「……うん。実はな、俺……15になったら、冒険者になろうと前から決めてたんだ」
「えっ、冒険者だって?」
ロスコフが驚いて声を上げると、今度は逆に、その声を聞きつけた爺さんたちが会話を止めてこちらを見た。
近くにいた3人の老人――フォルクス、エクレア、ロウ爺さんの視線が集まる。
タンガは一瞬たじろいだが、すぐに意を決したように胸を張った。
「そうだ。……俺は、どうしても強くなりてぇんだ。どんな相手にも負けない、誰よりも強い男になると誓ったんだ」
その言葉に、エクレア婆さんが興味深げに眉を上げた。
「ほう? タンガ、お前さんそんなに強くなりたいのかい? ただの力自慢じゃ満足できないって顔だね」
「うん、エクレア叔母さん」
タンガの表情が曇る。脳裏に蘇るのは、かつての苦い記憶だ。
「俺は……スペアーを無くしてしまったことを、今でも悔やんでる。あの時、俺にもっと力があれば……。それは俺が弱かったからだと、ずっと悔やんでるんだ」
友を守れなかった無力感。それが彼の原動力だった。
「馬鹿をお言い」
エクレア婆さんは優しく、しかしきっぱりと言った。
「お前さんはよくやったよ。あの状況で、どこの誰があれ以上のことができたと言うんだい? 自分を責めるもんじゃないよ」
「そんなの関係ねぇんだ!」
タンガは叫んだ。
「誰かと比較しても、状況がどうだったとしても……スペアーが死んだ時、俺が弱かったという事実は変わらねぇ。だから……だから、こんな思いはもう二度としたくねぇんだ! 大事なものを失うのはもう嫌だ! だから俺は、とびっきり強い、誰にも負けない男になって、今度こそロスコフ様を守り抜きたいんだ!」
少年の魂からの叫び。
その純粋で熱い想いは、大人たちの心を打った。
「くぅ~ッ♪」
フォルクスが感極まった声を上げる。
「よく言ってくれた、タンガ! 儂は、感激しておるぞ! お主になら、ロスコフの片腕としての役目を任せられる。いや、任せたい!」
彼は興奮気味に、エクレアとロウに向かって言った。
「お前達、聞いたか? この有望な少年の助けになってやってくれぬか。タンガは必ず立派な男になるはずだ。儂が保証するぞ!」
すると、ロウ爺さんは苦笑しながら髭を撫でた。
「そんなこと、フォルクス様に言われなくとも分かっておりますわい。この子の素質は、儂らが一番よう知っとる」
エクレア婆さんも頷く。
「何を今更。タンガのことは、私だって以前から贔屓にしとるよ。根性だけは一級品だからね」
「だったら、どうしたら強くなれるか教えてやらぬか! 魔法か? 剣か?」
フォルクスがせっつく。
「ダメだね」
【氷門のエクレア】からは、即座に無慈悲なダメ出しが出された。
「タンガに秘術師の才能はないよ。魔力の器も、繊細な制御のセンスもない。あったらとうの昔に弟子にして、しごき上げてるさ」
続いて【守護】ことロウ爺さんからも、冷静な分析が下される。
「ふむ。タンガの魔法の才は小さいというのは、わしもエクレアの意見と同じじゃ。あれは頭で考えるより先に体が動くタイプじゃからのう。……じゃが、タンガにはそれよりも実戦で役に立つ、稀有な才能をもっておるぞ」
「ほ~、それはなんじゃ。勿体ぶらずに言ってみぃ」
フォルクスが催促する。
「ファイティングスピリッツじゃ。折れない心、不屈のハートじゃよ」
「う~む……。ロウよ、しかしだな、心だけで敵は倒せんぞ? 精神論だけでは限界がある」
フォルクスが現実的な指摘をする。
「フォルクス様。ハートが強ければ、やり遂げる力が増しまする。それにタンガはこれからの男なんじゃから、これから実戦で揉まれ、傷つきながら鍛えれば、その力はグングン引き延ばせる。技術は後からついてくる。そしていつか、この大陸で知らぬ者はいないほどの強さを持つ男になるのじゃよ」
伝説の守護者からの、最大級の賛辞と期待。
その熱い言葉を受けたタンガは、自分のハートにも火がついたのを感じた。
「お~~~し、やってやんぜぇ! 絶対になってやる!」
拳を突き上げ、吠える少年。
「こらこら。あんまり力みさすでない」
エクレアが笑いながら言う。
「ロウ、そこまで煽ったのじゃから、何か具体的な道筋を示してやることはあるんじゃろうな?」
「分かっておるわいエクレア。……ちょうど儂は明後日から『ホエッチャ』へ行く。よかったらタンガ、一緒に来んか?」
「えっ……! 『ホエッチャ』に連れて行ってくれるのか、ロウ爺!」
タンガの目が輝く。
「うむ。港町『ホエッチャ』なら、お主の望む屈強な冒険者も多く集まっておるじゃろう。確か、冒険者組合に加盟した荒くれ者御用達の酒場もあったはずじゃ。そこで本物の冒険者たちの空気に触れ、色々話を聞くのも良い修行になるかもしれんぞ」
「酒場? ロウよ。タンガはまだ15じゃぞ。酒はまだ早いだろう?」
フォルクスが心配そうに言う。
「心配しなくて良い。儂が代わりに飲んでやるからのぉ♪」
ロウ爺さんは茶目っ気たっぷりにウインクした。
「それに、ワシらが15の頃のことを思い出して貰えんか、フォルクス様。あの頃はもう一人前として扱われておった」
「ロウ、それは昔の話だろう。今とは時代が違うぞ」
「何を言うフォルクス様。ワシらは皆、15の頃には樽一杯の酒を飲み干すくらいじゃないと一人前の男にはなれんと言って、無茶をしたものではないか」
「ロウ、タンガを呑み助にするんじゃないよ!」
エクレアが口を挟む。
「わっはっは♫」
二人の指摘を、ロウ爺さんは豪快に笑い飛ばした。
「分かっておるわい、お主らも年じゃな。孫を心配する祖父母のようじゃ。心配のし過ぎじゃわい」
そんなこんなで、話はまとまった。
ロウ爺さんと共に、タンガ、すると、「僕も見てみたい!」と言い出したロスコフ、そしてロスコフが行くならその護衛を付けねばと、エクレアの弟子であるレザリア(18)が指名されたのだ。
港町『ホエッチャ』への小旅行が決行されることになったのだ。
レクシアは、ロスコフを守るために、急遽師匠であるエクレアさんに呼び出され、絶対に目を離すなと厳命されての同行だった。
数日後。
一行はついに、港町『ホエッチャ』の入り口に立っていた。
港町『ホエッチャ』。
人口はおおよそ30万と言われており、リバンティン公国の中では3番目に人口の多い大都市だ。
港町なので、主な収入源は豊富な海産物や、他国から大型船で運び込まれる外国産の珍しい品々を、内陸の『アンヘイム』まで運ぶ交易業だ。
街には、船で他国からやってきた多くの移民が住み着いており、今では生粋のリバンティン公国の人間よりも、他国から流れ着いた移民の方が数が多くなっている。
そのため、街は様々な肌の色、言葉、服装をした色とりどりの人々で溢れかえり、独特の活気と混沌としたエネルギーを放っていた。
その中には、真っ当な商人や労働者だけでなく、海賊崩れの荒くれ者や、外国での罪から逃れてきた逃亡者など、様々な「事情」を抱えた者たちも混在している。
中でも、黒鮫団(ブラックシャーク団)と呼ばれる凄腕の傭兵や剣士を含む非合法集団も暗躍しているらしい。
『ホエッチャ』の執政官、バンフォーレン子爵も、最初の頃は治安維持のために討伐隊を送り込み、掃討作戦を行っていたが、彼らはとにかく逃げ足が速く、動きが掴みづらい。情報を元にアジトを急襲してもことごとく空振りに終わり、多くの兵士が徒労に終わり、ただ莫大な捜査費用がかさむだけとなってしまった。
そのため、今では「市民に直接的な危害を加えない限りは」という条件付きで、表立って行政に対する敵対行為はしてこないことから、必要悪として黙認・放置する方針に切り替えたという噂だ。
そんな、光と影が交錯する『ホエッチャ』の街。
一行はまず、ロウ爺さんの息子さん夫婦が住む家を目指した。
家は、街を見下ろすかなり高い位置に作られた高台にあった。この辺りの家は、皆白い石灰岩を積み上げたような石造りの家で、潮風にも負けないかなり頑丈そうな作りになっている。
季節ごとに襲来するハリケーンや、海からの高波が来てもビクともしないよう、工夫されているらしい。
石畳の坂道を登りきり、目的の家の前に着くと、中から元気な子供が飛び出してきた。
「おじいちゃーん!」
ロウ爺さんの孫だ。年は6つの男の子。
ロウ爺さんは破顔し、その孫をひょいと抱き上げると、頬ずりしながら家の中へと入っていった。
「おお、よしよし! 大きくなったのう!」
すると、すぐに奧から息子さんが顔を出し、丁寧に挨拶してきた。
「どうも、ロスコフ卿でございますね。父がいつも大変お世話になっております」
「そんな、お世話になっているのは私たちの方ですから。いつも研究を手伝っていただいて……」
ロスコフは恐縮しながら挨拶を返す。ロウ爺さんの息子さんの顔を見て、あまり似ていないな、奥さん似なのかな、などと失礼なことを考えつつ。
先ほど中へ入ったはずのロウ爺さんが、顔だけひょこっと外に出して言った。
「ロスコフ様、そんな堅苦しい挨拶はどうでもよいじゃろう。さあ、中に入って、生まれたばかりのわしの孫の顔を見てやってくれませんか? 天使のようじゃぞ!」
それを聞いた息子さんは苦笑いし、「父が失礼しました。さあ、皆さんお入りください」と一行を促した。
ロスコフたちが家の中へ入ると、ベビーベッドの傍に息子さんの奥さんがいた。生まれたばかりの女の子の赤ちゃんを大切そうに抱きかかえ、ロスコフに会釈する。
「よくいらっしゃいました、ロスコフ卿。父がいつもお世話になっております」
「いえ、お世話になっているのは私の方ですから、本当に……」
ロスコフは、同じ挨拶を繰り返しながら、照れ隠しに右手で頭の後ろをポリポリと掻いた。
その日は、可愛い赤ん坊の顔を見たり、久々の家族団欒を楽しんだりと、穏やかに過ぎていった。
ロウ爺さんの息子さんの家は広く、客間も十分にあったため、一行はそこに泊めてもらうことになった。
次の日の朝。
まだ夜も明けきらぬ、朝日が昇る前の薄暗い時間。
ぐっすり眠っていたタンガは、ロウ爺さんに容赦なく叩き起こされた。
「起きろ、タンガ! 冒険者に二度寝はないぞ!」
眠い目をこするタンガを連れ、ロウ爺さんは外に出て行った。
タンガの横で寝ていたロスコフは、物音に気づいて薄目を開けた。「何しに行ったんだろう?」と思ったが、自分は起こされなかったため、タンガにだけ用事があったのだろうと判断し、再び布団を被った。
しかし、一度目が覚めると気になって眠れない。
ロスコフはこっそりと布団から出ると、上着を羽織ってそっと外へ出てみた。
やって来たのは、家の裏手にある見晴らしの良い高台だった。
東の空がわずかに白み始めている。
見ると、ロウ爺さんとタンガが並んで立っていた。
ロウ爺さんが何かを指導し、タンガがそれに従って体を動かしている。
近くで見たい衝動に駆られたが、タンガだけに何か「奥義」を教えているような神聖な雰囲気だったので、ロスコフは「あれかな」と思い浮かべ、邪魔をしないよう近くに行くことをやめた。
(あれとは、来る前に話していた、強くなるための特別指導のことだ。僕が行っちゃいけない気がする)
風に乗って、微かに声が聞こえる。
「よ~し、タンガ。腰を入れるんじゃ! あと300回!」
「おっしゃ~! いっち、にーっ、さんっ!」
タンガへの基礎訓練、地獄の特訓が始まっていた。
日が完全に昇り、皆も起きた頃になると、汗だくの二人が戻ってきて、全員で朝食を済ませた。
食事を終えるや否や、興奮のあまり待ちきれないタンガは、もう外に出て冒険者ギルドへ向かおうと腰を浮かせている。
「行こうぜ、ロウ爺! 早く!」
「ちょっと待て、タンガ。飯くらいゆっくり食わせんかい」
元気はつらつ、エネルギー全開の15歳のタンガと、夜明け前からハードな朝練をこなして少々お疲れのロウ爺さんとでは、エネルギー残量に差があった。ロウ爺さんは、すでに一日分の活動エネルギーを使ったかのように動きがゆったりしている。
そのため、少し意地悪く頭を使い始めた。
「タンガよ、先に行くのは構わんが、お主、場所も知らんじゃろうが。どうやって行くつもりじゃ?」
「えっ……?」
タンガが固まる。
「急ぐでない。それに、未成年のお主が酒場に入るには、保護者が必要になるのは分かっとるんだろうな! 一人で行っても追い返されるだけじゃぞ」
痛いところを指摘されたタンガは、ぐぬぬと唸り、「じゃ、じゃあ大体の場所を教えてよ。近くで待ってるからさ」と食い下がる。
「仕方ないのぉ。……海側まで下りてから、南に行って人に聞けば、知らんでもわかるじゃろうて。……しかしじゃ、こんな入り組んだ知らない町で迷子になっても、わしは知らんぞ! 二度と会えんかもしれんぞ!」
迷子になるかもと脅され、過去に迷子にでもなって酷い目にあった経験があるのか、タンガの顔色がサッと変わった。
ムキキとなりながらも、彼は観念したように椅子に座り直した。
「……わかったよ。待ってるよ」
遅いロウ爺さんの支度が終わるのを、じりじりと貧乏ゆすりをしながら待つしかない。
ようやく出発すると、『ホエッチャ』の街並みは、初めての者にはなかなかの難関だった。
高低差の激しい地形に、家々がへばりつくように建っているため、道は平坦ではない。
きつい階段や、急カーブのスロープの連続だ。
「はぁ、はぁ……行きはヨイヨイだけど、帰りは怖いな、こりゃ」
ロスコフが息を切らす。
よく昨日はこれを一番上まで登ったなと思いつつ、今朝は上から海へ向かって降りているにもかかわらず、足への負担は大きい。
カーブしたスロープを小走りで降りたり、人がすれ違うのがやっとの細い真っ直ぐな階段を慎重に降りたりと、まるで巨大な迷路のアトラクションのようだ。
白い壁に囲まれた細い路地を抜け、タンガ達は港へと続く長い階段を下りて行く。
遅れて歩くロウ爺さんを見て、タンガが振り返る。
「早く行こうぜ、ロウ爺さん! 置いてくぞ!」
ロウ爺さんは杖をつきながら、「慌てるな、転げ落ちるぞ。もう少し待ってくれ」と、マイペースに答えた。
山を削り、無理やり家を積み重ねたような光景。隙間なく密集した家々は、かつての自然の地形を想像すらさせないほどに、人間の手によって作り替えられている。
急斜面の階段を、くねくねと蛇のように曲がりながら降りていくと、視界が開け、そこは港へと続いていた。
目の前には、陽光を反射してきらめく濃い青色の海が広がっていた。
ここは砂浜がなく、港の縁はいきなり深い海になっている。断崖絶壁の上に街があるようなものだ。もし崖崩れなどが起これば、そこに建つ家々はすべて海へと崩落してしまうだろう。
後から聞いた話によると、この辺りの地盤はサンゴ礁が隆起してできたもので、非常に硬い石灰岩で固まっているため、地盤には長い鉄の杭が深くまで打ち込まれており、そう簡単に雪崩のように崩れ落ちることはないという。
「ここの建物は……すごいけど、ちょっと怖い作りだなぁ」
それが、ロスコフの率直な感想だった。
「へいこら、へいこら、へいこら」
朝早くから、S字に大きく曲がりながらの傾斜を降り、と思ったら今度は真っ直ぐ急降下する階段やスロープを、各家の軒先を掠めるように作られた路地を通り抜け、一行は目的地である冒険者ギルド指定の酒場へと向かっていた。
海からの湿った風が、汗ばんだ肌に心地よい。
そんなタンガ一行の前に、突然、路地の影から奇妙な男たちがぬっと現れ、道を塞いだ。
薄汚れた服に、黒い頭巾を目深に被った若者たち、総勢6人。
彼らは無言で横一列に並び、明らかに通行を邪魔しようとしている。
そんな相手に、先を急ぐタンガは苛立ち、怒りの声をあげた。
「なんだ、てめぇら! 邪魔だ、そこをどけぇ!」
タンガの怒声が路地に響き渡る。
後ろからついてきていたロスコフとレザリアは、突然の出来事に驚いて足を止めた。
「どうしたんだ、タンガ?」
さらに後ろから遅れて来ていたロウ爺さんも、
「一体、何を騒いでおるんじゃ? 若いのは元気が良すぎて困るのう」
と言いながら、ゆっくりと追いついて来た。
「どうしたもこうしたもねぇ! 誰かは知らねぇけど、こいつらがここを塞いで通してくれねぇんだ!」
タンガが指差す。
「なんじゃと?」
ロウ爺さんが見ると、確かに黒い頭巾の若者たちが、ニタニタと嫌らしい笑みを浮かべて道を塞いでいるのが見えた。
タンガの説明を聞いたロウ爺さんは、彼らを一瞥すると、一歩前に出た。
「なんじゃ、お主らは。子供の小遣い集めか? 邪魔じゃ、早くそこをどかんか!」
威厳のある声で一喝したのだが、
「へへへへへ」
「ふふふふふふ」
男たちは不気味な笑みを浮かべ、ただヘラヘラしているだけで、まともに返事をしようとしない。薬でもやっているような焦点の定まらない目つきだ。
「なんだ、こいつら。頭が悪いのか? もしも~し、こ・と・ば・わ・か・る? 耳聞こえてる?」
タンガも呆れて、馬鹿にするように尋ねた。
すると、リーダー格らしき男がニヤリと笑い、ようやく口を開いた。
「おめぇら、馬鹿なのか? ここを通りたきゃあ、通行料を払えって言ってんだよ。一人、銀貨1枚出せば通してやんよ」
そんなふざけた要求を出して来た。これだけの人数で銀貨1枚ずつなら、彼らにとってはいい稼ぎになるだろう。
「マジか、こいつら……。いつの時代の人間だよ。山賊ごっこか? 頼むから黙って消えてくれよ、ボケッ」
タンガは呆れを通り越して、本気で怒り始めた。拳を握りしめる。
そんなタンガが手を出せば面倒なことになる。彼を落ち着かせなければと、ロスコフは助け舟を求めるようにロウ爺さんの方を見た。
「ロウさん、どうしま……えっ?」
しかし。
誰よりも早く、ロウ爺さんが実力行使に出ていた。
「フンッ! 小童が!」
ロウ爺さんは、杖を地面に突き、それを軸にして身軽に跳躍した。
目の前にいた男の頭上をヒラリと飛び越え、道を塞いでいた柄の悪そうな者たちの背後に着地するや否や、振り返りざまに躊躇なく杖で叩きのめし始めた。
ボコッ、バコッ、ドスンッ、ボスンッ、ドカンッ!
「あべしっ!」「ひでぶっ!」
漫画のような悲鳴が上がる。
ロウ爺さんは魔法など使わず、純粋な武術系の体術と杖術を使い、素手同然で悪党たちを次々と沈めていく。
その様子を、物陰からじっと見ている視線があった。
さらに、その隠れている者を察知している者もいる。レザリアだ。
彼女は、隠れている者に殺意がないこと、そして気配からして自分よりも若い少年か少女であることを確認すると、敵ではないと判断し、あえて指摘せずにそのまま観察することにした。
その間にも、ロウ爺さんの無双は続いていた。
先ほどまでのそのそと後ろからついてきていた好々爺とはまるで違う、電光石火の早業。
タンガはポカンと口を開けたまま、全く動く暇もなく、道を塞いでいた者たちは全員叩きのめされ、白目を剥いて地面に転がってしまった。
「うごっ……、俺は一人もやれなかった……」
一人残った柄の悪そうな女が、恐怖に顔を引きつらせながら後ずさりした。
「な、何、やられちゃってんのよ、あんたたち! 役立たずねぇ! くそっ!」
彼女は仲間を見捨て、こちらに向かって捨て台詞の遠吠えを残す。
「覚えてなさいよ! この街で、私たち『黒鮫団』にこんなことして、ただじゃ済まされないわよ! 後悔させてやるんだから!」
そう言い残すと、彼女は脱兎のごとく後ろに走り出し、路地の奥へと逃げていった。
「なんだ、ありゃ。格好悪い女だぜ」
タンガは、捨て台詞を吐いて逃げていく女の背中を見送った。
「負け犬の遠吠えね。みっともない」
レザリアも、冷ややかに切り捨てた。
「ちょっと……ロウ爺さんがそんな暴力的な事、やってしまって良かったんですか?」
ロスコフは、本来ならタンガを抑制する立場にいるはずの最年長の大人が、一番最初に、しかも容赦なく手を出したことに驚き、動揺していた。
「こういうやり方もあるのか……? 大人の対応って、もっと話し合いとか……僕の考えは間違っているのかな……」
教科書通りの正義感を持つロスコフは、現実の荒っぽさに色々と考え込んでしまう。
「ロスコフ様、行きましょう。あんなクズに関わっている時間はありません」
レザリアに促され、ロスコフは我に返ると、倒れている男たちを避けながら、再び歩き始めた。
港に近づくにつれて、潮の香りが一層強くなってきた。
空を見上げれば、海面には忙しそうに飛び交う海鳥たちの姿が見える。彼らは群れをなし、停泊している巨大なトール船の周りを旋回したり、海面すれすれを滑空したりしながら、魚影を探し、時折海面にダイブして餌を狩っている。
生命の営み。
スロープを下まで降り切ると、視界が一気に開け、目の前にはどこまでも続く紺碧の海が広がっていた。
先述の通り、砂浜はなく、港の舗装された地面のすぐ先はいきなり深い海になっている。防波堤の向こうは、底知れぬ群青色だ。
落ちると死ぬかもしれない。泳げないロスコフは本能的な危険を感じ、端から遠ざかって建物の影を歩く。
対照的に、タンガは怖さ知らずか、一番端の縁石まで行って身を乗り出し、真下の波が砕ける様子を覗き込んでいる。
レザリアさんは、そんな二人の様子を見ながら、ロスコフの傍らから離れず、黙って横に控えていた。
ロウ爺さんは、先ほど運動したのが原因か、また一人遅れ、息を切らせてゆっくりと降りてきている。
港は活気に満ちていた。
何隻かの小型漁船が忙しなく行き交い、向こうの方には大型船専用の船着き場があり、今は2隻の巨大な3本マストの大型船が停泊しているのが見えている。
様々な国の旗を掲げた船、異国の言葉で怒鳴り合う船員たち、山のように積み上げられた木箱や樽。
その雑多でエネルギッシュな港の雰囲気が、タンガの冒険心をくすぐり、興奮で胸を高鳴らせている。
その船を間近で見ることになり、初めて大型船を見たロスコフとタンガは、船の圧倒的な大きさに武者震いをし、興奮を隠しきれずにいた。
「すげぇ……! こんな、こんなに凄いのかよ! 近くで見ると、山みたいだ! なんて大きくて迫力があるんだよ!」
タンガが叫ぶ。
「そうだね、タンガ。あんな巨大な鉄と木の塊が水に浮くなんて、不思議だよね」
ロスコフも目を輝かせる。
タンガはただ、トールシップの大きさと「かっこよさ」に驚き、いつかこんな船で大海原への冒険に出られたらと、純粋な憧れの眼差しで見ているだけだった。
だが、ロスコフはまた違った知的な見方をしていた。
特に浮力や構造のことに興味が向いていた。
(これだけ大きな船の浮力は、どう制御しているの? 帆の操作は? 舵の仕組みは?)
中を見たい、知りたいという知識欲が強く湧き上がっていたのだ。
「ねえ、ロウさん! あの船の中を見てみたいんだけど……どうすれば乗せてもらえるのかな? お金を払えばいいの?」
追いついてきたロウ爺さんに、ロスコフが尋ねた。
「なんじゃと? 船に乗りたいのか、ロスコフ様?」
ロウ爺さんは少し困ったように眉を寄せ、顎を撫でながら考えた。
「……ロスコフ様。お気持ちは分かりますが、今回はタンガの希望を叶えるために、冒険者ギルド指定の酒場へ行く途中なんじゃよ。あそこは荒くれ者が多い。時間が遅くなると面倒なことになる。だから、今はそちらを優先しようと思うのじゃが、どうかの?」
諭すような口調。
「あ……そうですね。ごめんなさい、わがままを言って」
ロスコフは素直に引き下がった。
「タンガのための旅行だもんね。分かりました。ちょっと中を見てみたかっただけですから、酒場へ行きましょう!」
「うむ、物分かりが良くて助かるわい。すまんのう、ロスコフ様。帰りに時間があれば寄ってみよう」
ロウ爺さんの言う通り、当初の目的地へ向かうことになった。
タンガも名残惜しそうに船の方を見ていたが、すぐに切り替え、「本物の冒険者たちが居る」と言う酒場への期待に胸を膨らませ、ロウ爺さんの方へ駆け寄った。
「皆、こっちじゃ。迷うでないぞ」
今度はロウ爺さんの後に続き、迷路のような路地を抜けていくと、やがて一際大きな木造建築の前に辿り着いた。
そこは、船員たちや冒険者などで店の外まで人が溢れかえっている、異常なほどの賑わいを見せる店だった。
入り口の上に掲げられた古びた看板には、剣と盾をあしらった冒険者ギルド組合指定の正規ギルドのマークが焼印されていたため、冒険者なら一目でそれと分かる。
「うげっ……! なんだこりゃ。朝っぱらから人がうじゃうじゃと。一体どれだけ人気なんだよ、この店」
タンガが人波に圧倒される。
「ほんにのう……。こんなに人で溢れとるとは。はて? 祭りでもあるまいし、一体何事があったんじゃろう」
ロウ爺さんも首を傾げた。ただの酒場にしては熱気が異常だ。
ロウ爺さんは、近くにいた冒険者風の女魔術師に声をかけ、情報を仕入れることにした。
「すまんのう、若いの。ちょっと聞いてもよいかのう」
「はい? 何でしょうか、お爺さん」
魔術師は親切に応対してくれた。
「ここは確か冒険者の酒場の筈じゃが、朝っぱらからこの異常な混みようは、一体何事なんじゃろうか?」
「あら、お爺さんは知らないのですか? 昨日の夜、大ニュースが飛び込んできたんですよ」
彼女は声を潜めた。
「ここホエッチャから二日の航海で着く『ハイメッシュ島』に、なんと【悪魔ドミネート】という高位の悪魔が出現して、アモラー総督と島を管理していた騎士達が皆殺しにされたんですって」
「なんと……悪魔とな」
「ええ。知らせを受けたホエッチャの執政官は、
本国アンヘイムへ急ぎの伝令として渡り鳥を放ったそうです。
その報せはすぐに『公』ルクトベルグ公爵のもとへ届きました。
そこで『公』は軍を動かす手間を惜しみ、
冒険者ギルドに巨額の報奨金を提示して、
この事態を早期に片付けようとしているらしくて」
女魔術師は、掲示板の方を指差した。
「今日は正式に報奨金の額と、ギルドへの討伐依頼が発表されることになっているんです。だからみんな、いくらの報奨金がかけられたのか、一攫千金を夢見て見に来ているってとこですね。かく言う私も、その口ですけど」
「ほ~、悪魔をのう……。そりゃあ厄介な相手じゃのう」
ロウ爺さんは髭をさすった。これはタンガにとって、少し荷が重すぎるかもしれない。
そんな話をしているところへ、ホエッチャの行政府の紋章をつけた馬車が到着した。
中から、執政官の命でやって来たと思われる厳格な顔つきの王国兵士2名が降りてきた。彼らはさっと酒場から出てきたギルドの職員たちの案内で、人波を割って冒険者ギルド兼酒場の中へと入っていった。
その様子を見ていたタンガやロスコフたちは、固唾をのんで事の成り行きを見守っている。
数分後。
中から爆発的な歓声が上がった。
「うおぉぉぉぉぉぉっ!!」
「マジかよッ!!」
「こいつぁすげぇぞ!」
「なんて額だよ!」
酒場が揺れた。
しばらくすると、王国兵士2名が再び出てきて、表に溢れている、中に入れなかった者たちに向かって、羊皮紙を広げ、大きな声で宣言した。
「静かに! 静粛に願う! お前たちが待っていた、悪魔ドミネート討伐者への公式な報奨金が決まった!」
兵士の声が響き渡る。全員が息を呑む。
「ドミネート討伐の証を執政官庁まで持ってきた者には、報奨として金貨【30万ゴールド】が即金で支払われる! それと、名誉あるリバンティン公国認定冒険者として、【30年間有効の特別通行許可証】が発行される!」
「うぉぉぉぉぉぉーーーーーーっ!!!」
一際大きな歓声が沸き起こった。
「さ、30万ゴールドだとぉ~!? 桁が違うぞ!」
「おい、3万の間違いじゃねぇのか!?」
「馬鹿野郎、30万だ! 耳の穴かっぽじってよく聞け!」
「きゃっは~! うっそ~! 普通のA級クエストの賞金の10倍を超えてるじゃんか♫」
「金だけじゃねぇぞ! 30年も有効な通行許可証が付くらしい! 関所フリーパスだ!」
「一生遊んで暮らせるぞ!」
その間にも、酒場の中からは、興奮と熱気が蒸気のように溢れ出し、外の寒さを吹き飛ばすほどの熱量となっていた。
「なんだ、そんなに凄いのか?」
タンガも、周りの熱気に当てられてワクワクしてきた。金額の凄さはよく分からないが、とにかく「凄いこと」が起きようとしているのは分かる。
ロスコフは、「へ~、30万ゴールドとか言ってるよ。そんなに凄いことなのかな? うちのお爺様ならポンと出しそうだけど」などと、貴族らしい金銭感覚のズレを見せている。
レザリアは、自分と関係ない金の話にはあまり関心がないようで、周囲の暴徒化しそうな群衆からロスコフを守ることに集中していた。
ロウ爺さんはというと、酒場から発表を聞いて満足した野次馬たちがぞろぞろと出てきたのを見て、ニヤリと笑った。
「さあ、タンガ。人が減った。中に入るぞ。本場の空気を吸わせてやる」
そう言うと、タンガたちは人波をかき分け、ようやく熱気渦巻く酒場の中へと足を踏み入れることができた。
そこには、彼らの運命を変える出会いが待っていた。
最後まで読んでくれありがとう、また続きを見かけたら宜しくです。




