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任された男

ラバァルがルカナンへと向かってから、3カ月と言う月日が流れていた、現在スラムの東地区では大規模な工事と共に土地買収が行われていた、しかし、大規模だった為、力あるムーメン家などから、何事かと、調査の対象になってしまっていた。  

              その127




【旧市街、スラム北西部・囁きの路地、翌朝】


夜が白み始め、スラムの薄汚れた路地に朝日が差し込み始めた頃。


クレセントは、千鳥足で「囁きの路地」へとたどり着いた。昨夜も、シュガーボムのカウンターで、見知らぬ商人に酒をたかり、夜が更けるまで飲み明かしてしまったのだ。頭はガンガンと痛み、足元はおぼつかない。


(…やばい、またテレサに叱られる…)


そんなことを考えながら、彼女はいつものように、隠し通路のスイッチがある壁へと向かった。

しかし、そこでクレセントは足を止めた。


信じられない光景が、目の前に広がっていた。

巧妙に隠されていたはずの石壁が、開いたままになっている。まるで、誰かが慌てて閉め忘れたかのように。


「……え?」

一瞬で、酔いが醒めた。

心臓が、ドクン、と嫌な音を立てる。こんなことは、今まで一度もなかった。テレサやセリアが、こんな初歩的なミスを犯すはずがない。


クレセントは、震える手で壁を押し、通路の中へと転がり込んだ。


「テレサ! セリア! みんな、いるの!?」


彼女の叫び声が、湿った地下通路に虚しく響き渡る。


石の階段を駆け下り、共同体の心臓部である広間へとたどり着いたクレセントは、その場で凍りついた。

そこは、もぬけの殻だった。


いつもなら、朝の祈りの準備をする修道女たちの穏やかな気配に満ちているはずの場所が、今は不気味なほどに静まり返っている。

「嘘…でしょ…?」


クレセントは、居住区の部屋の扉を、一つ、また一つと開けて回った。

中は、荒らされていた。誰かが乱暴に押し入ったかのように、質素な家具は倒れ、寝具は乱れている。そして、そこにいるはずの仲間たちの姿は、どこにもなかった。


食堂、水場、そして、祭壇の間へ。

ラーナ神の祭壇は、まるで冒涜されたかのように、神像が傾き、供え物は床に散乱していた。


そこには、争った跡があった。引きずられたような跡、そして、床にかすかに残る、乾いた血の痕…。

「…みんな…! みんな、どこに行ったのよ!」


クレセントは、誰もいない広間の中心で、ただ叫んだ。しかし、返ってくるのは、自分の声の冷たい反響だけ。


一体、何が起こったのか。誰が、何のために。


分からない。分からないが、ただ一つ確かなことは、昨夜、自分がここにいなかった間に、この聖域が何者かによって蹂躙され、大切な仲間たちが、全員連れ去られてしまった、ということだ。

「あたしが…あたしが、いなかったから…」


後悔と、恐怖と、絶望が、一気に彼女の心を蝕んでいく。


クレセントは、狂ったように隠れ家を飛び出した。

スラムの路地を、あてもなく走り回る。

「テレサ!」「セリア!」「ヒルダ!」


仲間たちの名前を、喉が張り裂けんばかりに叫び続けた。


だが、雑踏は彼女の叫び声を飲み込み、誰も振り返りはしない。


以前ラバァルに付いてきたことのある闇市に駆け込み、だれかれ構わず何か知らないかと問い詰めるが、薄気味悪い男の一人は、、「さあな。何かを探したければ、それ相応の対価が必要だ」と、冷たくあしらうだけだった。金など、一文も持っていない。


日が暮れ、また朝日が昇る。


クレセントは、飲まず食わずで、ただひたすらに仲間たちの行方を探し続けた。スラムの隅々まで、聞き込みをして回った。しかし、得られたのは、同情の視線か、あるいは不審者を見るような冷たい目だけ。誰も、何も知らない。


数日が経つ頃には、彼女の心は、完全に折れていた。


「あたしのせいだ…あたしが、あの時、あそこにいれば…」

「みんな、どこ…? どこに連れていかれちゃったの…?」


同じ言葉を、何度も、何度も、虚空に向かって呟き続ける。

かつての陽気な笑顔は消え、その瞳からは光が失われていた。

彼女は、ただ、途方に暮れていた。


ロット・ノットという、広大で無慈悲なゴミ溜めの中で、たった一人、取り残されてしまったのだ。

大切な家族を全て失い、帰る場所も、生きる目的も見失って。

その姿は、まるで魂の抜け殻のようだった。




【ロット・ノット、スラム東地区、ラバァル不在から三ヶ月後】


ラバァルがロット・ノットを去って三ヶ月。スラム東地区は、【ゴブリンズ・ハンマー工務店】の槌音と共に、新たな時代の幕開けを告げていた。


しかし、その目覚ましい発展を、血気盛んな【ムーメン家】が見過ごすはずもなかった。


彼らの暴力装置【インクルシオ】による襲撃は、最初は散発的な嫌がらせ程度だった。だが、彼らの目論見は、ウィッシュボーン率いる新生オーメンによって、ことごとく打ち砕かれる。


「なんだこいつら!? 強すぎるぞ!」「聞いてた話と違うじゃねえか!」

予想外の抵抗に、インクルシオのリーダー、サイモンは苛立ちを募らせていた。


「野郎ども、総動員だ! 数で押し潰せ!」

サイモンは、ロット・ノット中の荒くれ者たちを金でかき集め、襲撃の規模を日増しに拡大させていった。波のように押し寄せる敵の数に、いかに精鋭とはいえ、オーメンのメンバーたちも次第に押され始めていく。


「くそっ、キリがねえ…!」


「ウィッシュボーンさん、このままじゃジリ貧です!」


オーメンの防衛線が、崩壊しかけたその時だった。


「「「うおおおおおぉぉぉぉっ!!!」」」

突如、工事現場の奥から、地響きのような雄叫びが上がった。


それは、工事現場で働く、ゴブリンズ・ハンマーの職人及び、これまでウィッシュボーンがスカウトし、職人の手元として働かせていた、スラムの男たちだった。十分な食事と、日々の過酷な力仕事。それによって、彼らはかつての痩せこけた姿から、屈強な肉体を持つ者へと生まれ変わりはじめていたのだ。


彼らは、つるはしを、ハンマーを、鉄パイプを手に、オーメンの者たちを助けるべく、インクルシオの群れを扇状に囲み始めた。その数は、インクルシオの軽く十倍以上。飢えから解放され、新たな居場所を得た男たちの目は、鋭く、そして闘志に満ていた。


この予期せぬ大群の出現に、「おい、これはやべぇ」 「数が多すぎる..」 


さすがのインクルシオも完全に気圧され、今回も蜘蛛の子を散らすように逃げ帰っていった。



【インクルシオのアジト、酒場『ラスティ・ジョッキ』】


「クソが…! オーメンの野郎ども、どこからあんな人数を…!」


サイモンは、テーブルを叩きつけて荒れていた。このままでは、ムーメン様からの信頼を失ってしまう。彼は、最後の切り札に目を向けた。


店の隅の暗がりで、一人、静かに酒を飲んでいる大男。まるで岩のような体躯に、無数の傷跡が刻まれている。インクルシオ最強の用心棒、【沈黙の番人ビスコ】。


サイモンが、懇願するような視線を送ると、ビスコはゆっくりとグラスを置き、ただ黙って、こくりと頷いた。


【翌日、スラム東地区・工事現場】


「ヨーゼフさん、すげー! あれが新しい訓練場か!?」


タロッチたちの声に、元闘士のヨーゼフは苦笑していた。子供たちにせがまれ、今日は工事現場の見学に来ていたのだ。


その時、またしてもインクルシオの連中が、懲りずに現れた。だが、昨日の大群とは違う。その数は少ない。しかし、その中心に立つ一人の男の存在が、場の空気を凍りつかせた。


【沈黙の番人ビスコ】だ。


「どけ」


ビスコが低く呟くと、オーメンのメンバーたちが数人がかりで立ち向かう。しかし、次の瞬間、彼らはまるで子供のように吹き飛ばされ、地面に叩きつけられていた。あまりに次元の違う力。ウィッシュボーンですら、前に出る事を躊躇、冷や汗を流すほどの圧倒的な強さだ。


「…そこまでだ」


すると、その時、ビスコの前へと一人の巨漢がさっと出て行った、そして静かに立ちはだかったのだ。 ヨーゼフだ。


「ヨーゼフさん! 」 「ヨーゼフの叔父さん」 「おじさん」 子供たちが、目を輝かせヨーゼフの行動を凝視している。」


「アンタ、かなりの手練れの様だ。…だが、ここの工事現場に出来る施設は、これから俺たちにとって必要不可欠なものに成る、邪魔させれんのだ。 必死に働いてる連中が築き上げている『未来』を、アンタ一人の暴力で壊させるわけにはいかんのだ」


「……」


ビスコは、何も言わない。ただ、その巨大な拳を、ゴキリ、と鳴らした。


二人の漢の戦いが始まった。


ゴブリンズ・ハンマーの職人たち、作業員の男たち、オーメンのメンバー、そしてタロッチたち子供たち。全員が、固唾を飲んでその戦いを見守る。



ビスコの拳は、壁を砕くほどの破壊力。嵐のような連打がヨーゼフを襲う。しかし、ヨーゼフはまるで岩のように動かず、最小限の動きでその猛攻を受け流していく。

無駄な力は一切使わない。それは、ラバァルから叩き込まれた、エネルギー効率を高め、体内の「気」をコントロールする戦い方だった。


「いけーっ、ヨーゼフ!!」「負けるなーっ!」


仲間たちの声援が、ヨーゼフの背中を押す。彼は、闘技場にいた頃以上の、いや、人生で最高の集中力で、この強敵と対峙していた。


だが、ビスコのパワーはあまりに規格外だった。激しい打ち合いの中、ヨーゼフのガードがわずかにこじ開けられ、強烈な一撃が彼の脇腹に叩き込まれた。


「ぐっ…!」


ヨーゼフは、思わず膝をつく。誰もが、敗北を予感した。


しかし、その瞳の光は消えていない。彼は、あの一撃の瞬間、全身の気を巡らせて衝撃を分散させ、致命傷だけは避けていたのだ。


「…終わりか」


ビスコは、膝をついたヨーゼフを見下ろし、勝利を確信した。その心に生まれた僅かな油断。それが、勝敗を分かつことになる。彼が、とどめを刺そうと、大振りで拳を振り上げた、その時。

「…まだだ…!」


ヨーゼフは、血を吐きながらも、静かに、しかし力強く立ち上がった。その全身から、今まで温存していた穏やかだが、底知れない「気」が立ち昇る。


「俺はもう…ただ自分のために戦うだけの、空っぽの闘士じゃねえ…! この場所と、ここにいる皆が、俺の新しい『誇り』なんだよ!」


精神的な覚醒と共に、彼の肉体は次の段階へと移行する。咆哮と共に、彼の体は沈み込むように低くなる。それは、最後の力を振り絞った、ただの力任せの突進ではなかった。全ての経験と、新たな覚悟、そして極限まで凝縮した気を、ただ一点に込めた、必殺の一撃。


ビスコも、それを迎え撃つ。


二つの拳が激突し、凄まじい轟音が響き渡る。


砂埃が晴れた時、そこに立っていたのは、ヨーゼフだった。


彼の拳は血に濡れ、肩で大きく息をしている。そして、その足元には、インクルシオ最強の男、【沈黙の番人ビスコ】が、己のパワーが内側から破壊されたかのように、大の字になって倒れていた。ビスコの剛腕に対し、ヨーゼフの一撃は、まるで針のように鋭く、彼の力の**『核』そのものを貫いていた**のだ。


一瞬の静寂の後、


「「「うおおおおおおおおおおっ!!!!」」」


工事現場が、割れんばかりの歓声に包まれた。


それは、新生オーメンが、その力と覚悟を、ロット・ノットの裏社会に、はっきりと刻みつけた瞬間だ。


一瞬の静寂の後、


「「「うおおおおおおおおおおっ!!!!」」」


工事現場が、割れんばかりの歓声に包まれた。


サイモンをはじめ、残ったインクルシオの連中は、信じられないものを見る目でその光景を見つめていた。最強の用心棒が、ただの一撃で沈黙した。その事実が、彼らの闘争心を完全にへし折った。彼らは、倒れたビスコを置き去りにし、蜘蛛の子を散らすように一目散に逃げ去っていった。


騒ぎが収まった工事現場。オーメンのメンバーの一人が、倒れたビスコを指さし、ウィッシュボーンに尋ねた。


「ウィッシュボーンさん、こいつ、どうします?」


ウィッシュボーンは、腕を組み、難しい顔で考え込む。ムーメン家の懐刀だ。下手に手を出せば、さらなる火種になりかねない。


すると、肩で息をしながらも、ヨーゼフが静かに言った。


「…ウィッシュボーン、すまないが、治療してやってくれんか。目覚めたら、この男と話がしたい。どうするかは、俺が聞く」


その言葉には、ただの同情ではない、強者同士にしか分からない、何か特別な感情が込められているようだった。


ウィッシュボーンは、ヨーゼフの目を見ると、ふっと表情を和らげた。


「…あんたが倒した男だ。好きにしなよ、ヨーゼフさん。この男の処遇は、あんたに任せる」

そして、彼は周囲に向かって叫んだ。


「お前ら、見世物は終わりだ! さっさと仕事に戻れ! 今日中に、あそこの基礎を終わらせるぞ!」


その声に、職人や作業員たちも我に返り、再び活気のある槌音が現場に戻っていった。


この日を境に、【インクルシオ】による襲撃は、ぴたりと止んだ。


それは、新生オーメンが、その力と覚悟を、ロット・ノットの裏社会に、はっきりと刻みつけた瞬間だった。数週間に及んだ武力衝突の末、インクルシオは多大な損害を出し、ついにディオール家傘下スラムに巣くうオーメンという勢力の存在を、認めざるを得なくなったのだ。




インクルシオとの激しい抗争が終結し、工事現場にようやく平穏が戻ってきた。誰もが、これでようやく建設に集中できると安堵のため息をついていた、矢先のことだった。


ウィッシュボーンの元へ、ゴードック親方が血相を変えて飛び込んできたのだ。


「ウィッシュボーンの旦那、大変だ! 次に買収する予定だった土地の所有者たちが、軒並み売買契約をキャンセルしてきた!」


「何だと!? いったいどういうことだ、親方! ムーメン家の連中が、また何か仕掛けてきたのか!?」

ウィッシュボーンは、即座にインクルシオの報復を疑った。


「いや、それが違うようなんだ…」ゴードック親方は、困惑したように首を振った。「所有者たちに話を聞こうとしても、まるで何かに怯えているかのように、口を固く閉ざしてしまってな…。ただ、『もう関わらないでくれ』の一点張りなんだ。ムーメン家のような、分かりやすい脅しとは、どうもやり口が違うように思える」


ウィッシュボーンは、眉をひそめた。暴力ではない、もっと陰湿で、見えない何かが動いている。

(…ムーメン家じゃないとすれば、いったい誰が…?)


「親方、俺もその連中と直接話がしたい。案内してくれ」


ウィッシュボーンは、ゴードック親方に案内させ、契約を断ってきた土地所有者たちの元を、一軒、また一軒と訪ねて回った。しかし、ほとんどの家で、彼らは頑なに口を閉ざし、扉を開けようともしない。


何軒目かの家で、ようやく年老いた一人の男が、震える声で事情を話してくれた。数日前に、孫娘が姿を消したこと。そして、その後に差出人不明の脅迫状が届いたこと。老人は、ウィッシュボーンにその脅迫状を見せてくれた。


「…爺さん、この手紙を預からせてもらっていいか? 黒幕を突き止める手がかりになるかもしれん」

「…ああ、構わん。だが、その代わり…ワシの孫娘を…どうか、助けてはくれんだろうか…」

「約束する。必ず、あんたの孫娘を見つけ出してやるさ」

ウィッシュボーンは力強く頷くと、オーメンのアジトへと戻った。


アジトに戻った彼は、最も足の速い若者を呼びつけると、二通の密書を用意した。一つは、これまでの状況を走り書きしたもの。そしてもう一つは、老人から預かった脅迫状そのものだ。


「これを、シュガーボムのベルコンスタン様に届けろ! 誰にも見られるなよ、急げ!」


若者は、二通の密書を懐にしまい込むと、スラムの迷路のような路地を駆け抜けていった。


使いの者が新市街へ向かい、ベルコンスタンの返信を待つ間も、ウィッシュボーンは手をこまねいてはいなかった。彼は、他の土地所有者たちの状況も同じではないかと推測し、オーメンの者たちに手分けして調査を命じた。


その結果は、彼の最悪の予想を裏付けるものだった。他の所有者たちも同様に、家族が姿を消し、脅迫を受けていたのだ。


「…汚ねえ真似をしやがる…!」


ウィッシュボーンが、怒りに拳を震わせていた、その時。シュガーボムから、息を切らした使いの者が戻ってきた。ベルコンスタンからの、第一報だ。


ウィッシュボーンは、封を切ると、そこに記されたベルコンスタンの流麗な文字を読んだ。


『ご苦労様です、ウィッシュボーン。貴方が送ってくれた脅迫状、早速調べさせました。使われている羊皮紙とインク…これは、【ベルトラン家】御用達の工房のものです。間違いありません。ムーメン家が力で失敗したのを見て、ハイエナどもが動き出したのでしょう』


「…ベルトラン家…! あの古狐どもが…!」


暴力でダメなら、人の弱みに付け込む。その陰湿な手口は、まさしく古参の貴族、ベルトラン家のやり方だった。敵の正体が判明し、ウィッシュボーンの目に、冷たい怒りの炎が宿る。

手紙には、続きがあった。


『奴らが人質を隠している場所も、私の『目』が今、突き止めています。数日待ちなさい。分かり次第、すぐに連絡員を送ります』


その手紙を受け取ったウィッシュボーンは、逸る気持ちを抑え、ベルコンスタンからの続報を待った。その間も、彼はオーメンの精鋭たちを選抜し、いつ出撃命令が出てもいいように、準備を整えさせていた。人質の命がかかっている。一刻の猶予もなかった。


そして、約束通り、翌日の夕刻。


新たな使いの者が、一枚の羊皮紙をウィッシュボーンの元へ届けた。そこには、殴り書きのような文字で、場所を示す簡単な地図と、一文だけが記されていた。


『旧市街南部、廃倉庫。ラバァル様が不在の今、現場の指揮は貴方に一任します。人質を、必ず無傷で救出しなさい』


「…さすがは、ベルコンスタン様だ…!」


ウィッシュボーンは、上部団体であるキーウィの迅速かつ的確な情報収集能力に改めて感服し、すぐさま行動を開始した。



その夜。


ウィッシュボーンは、オーメンの中から最も隠密行動に長けた精鋭10名を選抜した。

「いいか、お前ら。これから、ベルトラン家のネズミどもが隠している、人質を奪還しに行く。場所は、ベルコンスタン様からの情報で掴んである。旧市街南部の、廃倉庫だ」


彼は、地図を広げ、作戦を説明する。


「敵は、おそらくベルトラン家直属の私兵。手練れがいるかもしれん。だが、俺たちの目的は、戦闘じゃない。人質を、無傷で、迅速に、救出することだ。いいな?」

「「「応っ!!」」」


深夜、ウィッシュボーン率いる奪還部隊は、闇に紛れて廃倉庫へと潜入した。内部では、ベルトラン家の私兵たちが、油断しきって酒を飲み、カード遊びに興じている。


ウィッシュボーンの合図と共に、オーメンのメンバーたちは、音もなく、影から影へと移動し、一人、また一人と、見張りを無力化していく。


悲鳴を上げる暇も与えない、電光石火の奇襲。あっという間に、倉庫内の私兵たちは、床に転がっていた。


「…無事か!」


ウィッシュボーンが、倉庫の奥に捕らえられていた家族たちを解放する。彼らは、恐怖に震えながらも、何度も頭を下げた。


「ありがとうございます…! ありがとうございます…!」


「礼なら、俺たちのボスに言ってくれ。…さあ、今のうちに、ここから逃げるぞ!」


ウィッシュボーンたちは、救出した家族を安全な場所へと送り届けると、夜明け前に、何事もなかったかのように訓練場へと帰還した。


翌朝。

それは、もはや脅迫によるものではない。ベルトラン家の卑劣な手口から、命がけで家族を救出してくれたオーメンこそが、自分たちを守ってくれる唯一の存在だと、彼らは確信したからだ。


ウィッシュボーンが提示した、新設される安全な居住区画への優先的な入居と、暫くは、オーメンによる身辺警護の約束。それは、スラムで生きる彼らにとって、金銭以上に価値のある、未来への「安全」という名の契約だった。



ラバァル不在のロット・ノット。


ウィッシュボーンは、次々と襲いかかる困難に対し、ラバァルから学んだ「力」と、ベルコンスタンとの連携で得た「情報」、そして、自らが持つ「知恵」と「統率力」で、見事に立ち向かっていた。

彼は、もはや単なるスラムのチンピラリーダーではない。


上部団体のリーダーであるベルコンスタンが敷いた盤面の上で、スラム内で最も信頼出来る男として機能しながらも、その心は、ラバァルの信頼に答えたい、そう思っていた。

(…ラバァルさん、どうにか切り抜けられました。)


ウィッシュボーンは、ラバァルという規格外の男に認められ、スラム内の事を任された、

彼が不在のこの地で、次々と起こる、難題に直面、それを乗り越え、スラムを支えるリーダーとしてこれまでよりも、多くの経験をした事で、大きく成長していた、そんな彼はラバァルが描く

未来を守り抜くため、今日も奮起している。








最後まで読んでくださりありがとう、また続きを見掛けたら読んでみて下さい。

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