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ルカナンの面々

ラバァルがルカナンで余り始めている食料を調達し、こちらロット・ノットで売りさばく商売をゴールデン・グレイン商会と共同でやろうと計画していた、その為、ルカナンに居る部下たちに連絡を取らねば成らなかった、その事をベルコンスタンに話すと、彼は北門の近くに鳥使いが居ると言う事を教えてくれた...。   

                 その123



【シュガーボム、ラバァルの部屋、深夜】


部屋に戻ったラバァルは、一人、思考の海に沈んでいた。

コリンズの借金から手に入れた【ゴールデン・グレイン商会】の流通網へのアクセス権。それは、ラバァルがロット・ノットで描く壮大な計画の、重要な歯車となる。余剰気味のルカナンの食料を、常に飢えているこのロット・ノットに運び入れる――単純だが、成功すれば莫大な富と影響力を生むだろう。


だが、計画を実行に移すには、課題が山積していた。


まず、ルカナンからロット・ノットまでの膨大な距離を、どう安全に輸送するか。護衛の一団が必要になるが、その規模はかなりのものになるだろう。当面は、ルカナンに残したアビスゴートの者たちに頼むしかない。しかし、彼らには彼らの役目がある。日常的に輸送の護衛をさせるわけにはいかない。

(…ならば、作るしかない)

ラバァルは結論を下す。スラムにいる、使い道もなく燻っている男たち。その中から見込みのある者を選び出し、護衛部隊として鍛え上げる。手に入れた金で、新たな訓練場もいくつか作れるだろう。組織の規模を、一気に拡大する時だ。


しかし、彼らを鍛える人材が足りない。ウィッシュボーン一人では限界がある。どうするか…?


次から次へと湧き上がる課題に、ラバァルは思わず口元を歪めた。面倒だが、面白い。

(…まずは、ルカナンへの連絡だ)

ラバァルは思考を切り替え、ペンを取ると、ラーバンナー宛てに手紙を書き始めた。余剰の小麦やジャガイモをいつでも輸送できるよう準備しておくこと、そして、アビスゴートのメンバーに当面の護衛を任せるだろうこと。護衛が不足している問題がある為、資金を送るから護衛が出来る人材を集めておくこと、そして執政官庁へ行きハイル副指令かブレネフ参謀に事情を全て話して協力を要請する様にと、以上の事を書き記した。 


翌朝、ラバァルはベルコンスタンに尋ねた。

「ルカナンまで手紙を届けられるような、速くて確実な業者はいるか?」

「それでしたら、ラバァルさん。新市街の北門近くに、大鷲を使って長距離の通信を請け負う、腕利きの鳥使いがおります」

ベルコンスタンの的確な情報に頷くと、ラバァルは朝食を済ませ、懐に手紙を忍ばせ、その鳥使いの元へと向かった。


ロット・ノットの新市街にある北門を目指して歩いていると、東側から陽気な声が掛かった。

「ラバァル~! どっこ行くのよぉ~」


聞き覚えのある、少し間の抜けた声。ラバァルがそちらに視線を向けると、予想通り、クレセントが手を振りながら駆け寄ってきた。

「…うっ、お前か。なんだ、朝っぱらから飲み歩いていたのか?」

特に酒臭いわけではないが、彼女に染みついたイメージが、ラバァルにそう言わせた。

「もぉー、失礼ね! 朝から飲んでなんかいませんー!」

クレセントは頬を膨らませながら、ラバァルの隣にぴたりとくっついた。「で、どこ行くのよ、こんな朝早くから?」


「北門の近くに用がある。鳥を使って手紙を運ぶ奴がいると聞いてな。そいつを探しに行くところだ」

「なーんだ、ソロスの所に行くのね!」

「ソロス?」ラバァルは眉をひそめた。「鳥使いの名前か? 知っているのか?」

「ええ、知ってるわよ! だって、あたしの幼馴染だもの!」

クレセントは、えっへんと胸を張った。


「ほう…そいつは都合がいい。ならば、案内しろ」

「えーっ、やだー! あたし、今から家に帰るところなのよ。これ以上遅れると、テレサに本気で叱られちゃう!」

クレセントがごね始めると、ラバァルは冷たい視線を向けた。


「おいおい、お前は俺に大きな借りがあるだろう。こんな時に返さず、いつ返すつもりだ? それとも、ここで俺に逆らうか?」

有無を言わせぬ脅しに、クレセントは「うっ…」と怯んだ。

「もぉー、分かったわよ! 案内すればいいんでしょ、案内すれば!」

彼女は渋々といった様子で、ラバァルの前を歩き始めた。


クレセントに案内されてやって来たのは、屋上に大きな鳥小屋が設置された、三階建ての白い建物だった。屋上には、大小様々な猛禽類が集まっているのが見て取れる。


クレセントは、建物の扉を開けながら、大声で叫んだ。


「ソロスー! いるー!? お客さん連れてきたわよー!」

ラバァルも、その後に続いて階段を上っていく。


屋上までたどり着くと、一人の青年と、二人の若い女性が、鳥たちに餌をやっているところだった。


「ソロスー、こっちのお兄さんが、手紙を送ってほしいんだって」

クレセントが紹介すると、ソロスと呼ばれた青年がこちらへやって来た。日に焼けた肌に、鳥の羽飾りがついた革のベストを着ている。その目は、鳥のように鋭く、澄んでいた。


「なんだ、クレセント。珍しいな、お前が知り合いを連れてくるなんて」

「えへへ、偶然会ったら、鳥使いを探してるって言うから、ソロスのことを教えてあげたのよ」

ソロスは、ラバァルを値踏みするように見ながら尋ねた。「あんた、手紙を? どこまで送りたいんだ?」


「ああ。ルカナンにいる仲間に、これを頼む」

ラバァルは懐から手紙を取り出し、差し出した。ソロスはそれを受け取ると、自信に満ちた笑みを浮かべた。

「ルカナンか。お安い御用だ。俺の相棒たちなら、この大陸の果て、北のロマノス帝国までだって運んでみせるさ。なぁ?」

ソロスはそう言うと、彼の腕に悠然ととまっていた、一際大きな鷲の頭を優しく撫でた。鷲は、応えるように誇らしげに一声鳴いた。



ラバァルは、腕にとまる鷲の誇らしげな姿と、それを優しく見つめるソロスの目に、確かな信頼関係を見て取った。


「ほう…よく躾けられているな。鳥使いというのも、大したものだ」

「躾けられてる、なんてもんじゃない。こいつらは俺の家族で、最高の相棒さ。あんたが考えてるより、ずっと賢いんだぜ」


ソロスは、まるで自分のことのように誇らしげに言った。

「うむ、これなら安心して任せられそうだ」ラバァルは頷くと、本題に入った。「それで、料金はいくらだ?」


「そうだな…ルカナンまで行って、無事に帰ってくるとなると、うちのエースに頼んでも、ざっと往復3日はかかるだろう。一日につき銀貨1枚が相場だから、本来なら銀貨3枚。だが…」

ソロスはちらりとクレセントを見た。


「このお騒がせ女の紹介だし、銀貨2枚にまけてやるよ」

「ちょっと、ソロス! 何よその言い方! それにあたしの紹介なんだから、もっとまけなさいよ! タダにしなさい、タダに!」


クレセントがソロスの腕をバンバン叩きながら抗議する。

「うーん、でもなぁ…」ソロスはクレセントを適当にあしらいながら、ラバァルを改めてじろじろと見た。「見たところ、そっちのお兄さんは、銀貨の一枚や二枚で困るような格好には見えないけどな」


「ははは、その通りだ」ラバァルは豪快に笑うと、懐から銀貨を3枚取り出し、ソロスの手に握らせた。「細かいことはいい。正規料金の銀貨3枚だ。その代わり、確実に届けてもらうぞ。これは重要な手紙だ」

ラバァルが値切るどころか、正規料金をあっさり支払ったのを見て、クレセントは不満げに頬を膨らませた。


「もぉー! せっかくあたしが、まけさせてあげようと思ったのにー!」

「ははは、気にするな。その気持ちだけ受け取っておく」ラバァルは、拗ねるクレセントに軽く声をかけた。「それより、お前はいいのか? さっき、テレサとかいう奴に叱られると大騒ぎしていただろう」

「あっ…!」

ラバァルの言葉に、クレセントは雷に打たれたように固まった。脳裏に、仁王立ちで待ち構えるテレサの怒りの形相が浮かんだのだろう。

「やばい! 思いっきり遅刻だわ! じゃあね、ソロス、ラバァル!」

クレセントは悲鳴のような声を上げると、嵐のように階段を駆け下りていった。


その慌ただしい背中を見送り、ラバァルは改めてソロスに向き直った。

「それでは、頼んだぞ」

「ああ、任せとけ。必ず届ける」

ソロスが力強く頷くのを確認すると、ラバァルもその場を後にし、シュガーボムへと戻っていった。彼の頭の中では、すでに次の計画が動き出していた。



【その2日後、ルカナン執政官庁舎】



ロット・ノットから放たれた大鷲は、驚異的な速さで1000キロを超える距離を横断し、二日掛からず、ルカナン執政官庁舎へとたどり着いていた。郵便物も取り扱う物資管理部の責任者、コダックは、届けられた手紙の差出人欄に書かれた「ラバァル」という名に、すぐに見覚えがあった。彼は、この手紙を自分の判断で開封すべきではないと判断し、足早に執務室へと向かった。目指すは、今やこの庁舎を実質的に仕切る男、ハイル副司令官の元だ。

コンコン。

「誰だ」

「物資管理部のコダックです。緊急のご報告が」

「…入れ」

「失礼いたします、ハイル副司令」

「どうしたコダック、騒々しい。何かあったか?」

「はい。こちらに、ラバァルという者からの手紙が届いております。宛名はラーバンナーとなっておりますが…」


「むっ、ラバァルだと!?」


ハイルは椅子から立ち上がらんばかりの勢いで反応した。「見せろ!」

ハイルは、コダックから手紙を受け取ると、封は切らずに、その筆跡を確かめるようにじっと見つめた。そこには確かに、見覚えのある力強い文字で「ラバァル」と記されている。宛名はラーバンナー。あの地下に潜む彼の腹心だろう。ハイルはすぐに状況を察し、部下を呼ぶと、その手紙を直ちに届けるよう命じた。



【地下秘密基地(元グラティア教徒拠点)】


ここは元々、グラティア教徒が密かに築いた地下の施設。今は、ラバァルの部下、アビスゴートの生き残りと、彼らと共にヨーデルから脱出した修道女たちが暮らす拠点となっていた。修道女たちは、日中はレクシアたちの活動を手伝い、子供たちに教育を施すなど、ルカナンの生活に順応し、忙しく活動している。


そんな地下基地に、執政官庁舎からの使いの兵士が、一通の手紙を届けに来た。

「それでは、私はこれで」

兵士は任務を終えると、この異質な空間から逃れるように、足早に引き上げていった。

手紙を受け取ったのは、若く快活なニコルだった。


「ふむ…ラーバンナー宛てか。誰からだろう?」

手紙を裏返した瞬間、ニコルの目が大きく見開かれた。そこには、待ち望んでいた者の名が記されていたのだ。


「ラバァルだ! みんな、ラバァルからの手紙が来たー!」


ニコルは、宝物を見つけた子供のように叫ぶと、基地中にその朗報を知らせるべく、元気いっぱいに走り出した。彼の体力は、日ごろの修行の成果で飛躍的に向上しており、走り回っても息一つ乱れていなかった。


「なんだニコル、騒々しいぞ。ラバァルから手紙だと!?」

奥から現れたエルトンが、手紙の内容を催促する。


「うん! でも、ラーバンナー宛てになってるよ」


「馬鹿野郎、そんなのは形式だろ! 俺たち全員に宛てた知らせに決まってる。さっさと開けて読んじまえよ!」


エルトンの言葉に、ニコルも「そ、そうだよね! ラーバンナーは畑仕事でまだ帰ってこないし、気になるし…エルトンが責任取ってくれるなら開けちゃおっかな!」と封を切ろうとする。


「あーん? 誰が責任持つって言った? 俺は一言も言ってないぞ!」


「えーっ! だってエルトンが開けろって言ったじゃんか!」


「開けろとは言ったが、責任を持つとは言ってない! 責任は、封を切ったお前が取れ!」


「なんだよー、ずるいなーエルトンは!」


「うるさい! お前が皆に知らせて回ったんだから、責任もって中身を報告しろ!」


「えぇー…不味い事が書いてあったら、ラーバンナーに怒られるの俺だけに成るじゃん…」


「大丈夫だって! もし怒られるような内容なら、俺も一緒に怒られてやるからさ! ほら、開けろ!」


「…うーん、分かったよ! 気になるし、開ける!」


ようやくニコルが封を切り、手紙を読み始めると、その周りにはエルトンの他に、マリィ、デサイヤ、そしてルーレシアも集まってきていた。


「えーっと…『ラーバンナー、そしてアビスゴートの皆へ。仕事ができた。重要な仕事だ。そちらの農地開拓は順調に進んでいるだろう。小麦やジャガイモが余り始めているはずだ。その食料を、俺がいるロット・ノットへ運び込む商売を始める。当然、道中の護衛が必要になる。そこで、こちらで新たな護衛部隊を作るまでの間、お前たちにその役目を任せたい…』」


「…まだまだ長いけど、要は俺たちの新しい仕事の話みたいだね!」


ニコルが言うと、すぐにマリィが不満を漏らした。

「えー、ヤダ! 長旅なんて、お風呂も入れなくなるじゃない!」

「しかし、ロット・ノットか。面白そうじゃないか。ここで畑を耕してるより、ずっとマシだぜ」

今の生活に退屈していたエルトンは、目を輝かせる。


「…そうね。ここにいても、毎日同じことの繰り返しだし…」

普段は物静かなデサイヤも、珍しく変化を望む言葉を口にした。護衛には向いていないと思われる体つきだし見た目、旅にも向かない彼女だが、心の中では新たな刺激を求めていたようだ。


そして、ルーレシアは腕を組み、獰猛な笑みを浮かべた。

「ふっ…やっとまた、暴れられそうね」

「おいおい、勝手に盛り上がるな。まずは皆で相談して、誰が護衛に出るか決めないと。期間も分からない仕事だ、全員で行ってここを空にするわけにはいかないからな」

エルトンが、浮足立つ仲間たちを冷静に諭した。



その晩、畑仕事から戻ったラーバンナーとシュツルムに、ラバァルからの手紙の内容が報告された。

「何だと、ラバァルから!?」ラーバンナーが驚きの声を上げる。


「荷馬車の護衛だと? ロット・ノットまで…それは、並大抵の旅じゃないぞ。しかも、一度や二度ではない、何度も往復することになるだろう。常に、どこから何者に狙われるか分からない環境に身を置くということになる」


シュツルムは、事の重大さを冷静に分析し、懸念を示した。


「何言ってるんだよシュツルム、そんなのいつものことじゃんか! それとも、シュツルムはここで農家を続けたいのか?」


ニコルが自信満々に言うと、シュツルムは彼を諭すように言った。


「馬鹿野郎、軽く考えすぎだ。ラバァルが直々に俺たちを指名するということは、それだけ危険な任務だということだ。相手は、ただの野盗や山賊じゃないと考えろ」


「へへーん、望むところだよ! この日のために鍛えてきたんだからな!」


「お前なぁ…四六時中狙われるんだぞ。人間、誰しも気の緩む時だってある。張り切るのは良いが、その反動で気が緩んだ隙に、背中から矢が刺さってたら終わりなんだぞ」


「シュツルムは後ろ向きすぎるって! なんとかなるさ!」


「まあ、シュツルムの懸念も分かるが、ニコルの言う通り、今から不安がっていても仕方ない」

ラーバンナーが仲裁に入った。「それに、この規模の護衛だ。我々だけでは、とても人数が足りんだろう」


「そういや、あの時の聖騎士の連中はどうだ? ヨーデル脱出の時に知り合った」シュツルムが提案した。「彼らなら、腕も立つし、信用もできる」


「そうだな。明日、農地で探してみよう。もし居たら、声を掛けてみる価値はある」


ひとまず話がまとまると、ラーバンナーは「自分宛ての手紙だからな」と言い、ニコルから手紙を受け取り、自室で改めてじっくりと読み始めた。


すると、やはりニコルが読み飛ばした重要な部分がいくつも書かれていた。その一つに、この計画をハイル副司令やブレネフ参謀に正式に報告し、ルカナン側の協力を仰ぐこと。そしてもう一つは、護衛を担える人材をルカナンでも集め始めるため、追って資金を送る、という内容だった。

(…当然か。これだけの規模の輸送だ、数人の護衛では話にならん。執政官庁舎の協力があれば、少なくともルカナン領内での輸送は円滑に進むはずだ。ラバァルは、そこまで考えている…)


ラーバンナーは、遠い地で壮大な計画を動かし始めたラバァルの思慮深さに、改めて感嘆していた。



【ルカナン東部、新開墾農地、朝】


その日の農作業担当は、エルトンとニコルだった。しかし、広大な開墾地には、彼らの他に、ラーバンナーとシュツルムの姿もあった。表向きは農作業の手伝いだが、二人の本当の目的は別にある。ラバァルからの依頼を遂行するため、新たな協力者を探しに来たのだ。彼らが探しているのは、かつてヨーデルの地獄を共に潜り抜けた、三人の聖騎士――ルンベール子爵、セバスティアン、そしてトーヤ。


同じくヨーデルから来た神官戦士のタウンリバーもいるが、彼は今や女神セティアの集会所にとって不可欠な存在となっている。その彼を、危険な任務に引き込むつもりはなかった。


昼過ぎ、ようやく目当ての三人が共にいるところを見つけたラーバンナーとシュツルムは、早速声をかけた。そして、ラバァルがロット・ノットで始めた新たな事業と、それに伴う長距離輸送の護衛任務について説明し、「力を貸してはもらえないだろうか」と率直に誘った。


三人の反応は、はっきりと分かれた。


若い聖騎士のトーヤは、話を聞き終えるなり、目を輝かせた。


「面白そうじゃないか! ぜひ、やらせてくれ! ここで土をいじっているだけでは、腕が鈍ってしまうからな!」


彼は、即座に参加を表明した。


しかし、残る二人の表情は暗かった。特に、セバスティアンの顔には深い苦悩の色が浮かんでいる。彼は、ヨーデルからの脱出の際、ゴーレムとの死闘で左腕を失っていた。カトレイヤの〖クラーティオ ポテンス〗という上級回復呪文で奇跡的に一命は取り留めたものの、失われた腕が戻ることはなかったのだ。騎士にとって、片腕を失うことは致命的だ。彼は今も修練を続けてはいるが、その心は「自分はもう戦えない」という絶望に囚われてしまっているようだった。


「…すまない。今の私では、皆の足手まといになるだけだ」

セバスティアンは、力なくそう言って、護衛の誘いを断った。

そして、彼の親友であるルンベール子爵もまた、そんなセバスティアンを気遣うように、静かに首を横に振った。

「セバスが行かないのであれば、私も残ろう。彼の側にいてやりたい」

ルンベールは、友を思う優しさから、誘いを辞退する意向を示した。


ラーバンナーは、セバスティアンの苦悩と、ルンベールの友情を前に、無理強いはできなかった。

「…そうか。分かった」

彼はトーヤに向き直った。

「では、トーヤさん、あなただけでも、正式に決まったらもう一度声をかけさせてもらう。その時はよろしく頼みます」


そして、ルンベールとセバスティアンにも告げた。

「もし、他に腕の立つ者で、この仕事に興味を持ちそうな者がいたら、紹介してほしい。俺たちは、修道女たちと一緒の地下基地にいる。彼女たちに伝えてくれれば、すぐに話は通じるから」

ラーバンナーとシュツルムは、それだけ言うと、三人に一礼してその場を去っていった。新たな仲間を得られた喜びと、失意の騎士を救えないもどかしさ、複雑な思いが、二人の胸に去来していた。


ラバァルからの手紙を受け取ってから数日後。ラーバンナーは、着々と準備を進めていた。聖騎士トーヤの協力を取り付け、他に腕の立つ者たちにも声をかける。そして、ラバァルの指示通り、計画の全体像を報告するため、彼は執政官庁舎へと足を運んだ。


目的は、ハイル副司令官への報告と相談だ。

執務室に通されたラーバンナーは、ラバァルが進めている食料輸送計画の概要と、アビスゴートがその護衛を担うことを、包み隠さず報告した。


「…なるほど。あの男、ロット・ノットでも早速、とんでもないことを始めているようだな」

ハイルは、呆れと感心が入り混じったような表情で腕を組んだ。「ルカナンの余剰食料を、飢えるロット・ノットへ、か。理にかなっている。良いだろう、この件は私とブレネフ参謀の方で把握し、輸送が円滑に進むよう、できる限りの便宜を図ろう」


「ありがとうございます。それともう一つ、ご相談が」

ラーバンナーは、本題を切り出した。「こちらから、ロット・ノットにいるラバァルへ、緊急の連絡を取る手段はないものでしょうか?」


その問いに、ハイルは少し思案した後、口を開いた。


「…正規のルートではないが、方法ならある」

彼は、声を潜めて続けた。


「ロット・ノットには、我が国の英雄、アンドレアス将軍が駐留している。軍は、緊急連絡用に『シギ』というごく普通の渡り鳥を使っており、ここから将軍が滞在するスタート・ベルグ家の屋敷へ、短い文を届けることは可能だ。これは、極秘の軍事回線に使用されているのだが…ラバァルの案件となれば、話は別だ。特別に、この回線を使わせてやろう」

ラーバンナーは、その申し出に深く感謝した。これで、遠く離れたラバァルと、少しだが意思の疎通が図れる。彼はその場で、ラバァルへの進捗報告と、ハイルから協力を得られた旨を簡潔に記した手紙を書き上げ、それをハイルに託した。


「それでは、よろしくお願いいたします、ハイル副司令」

「うむ、任せておけ。ラバァルには、くれぐれも無茶はするなと伝えておけよ。…まあ、無駄だろうがな」

ハイルは、苦笑しながら付け加えた。「今後も、何かあればいつでも相談に来い。出来る限りの力にはなろう」

「はっ、ありがとうございます!」

ラーバンナーは深々と頭を下げ、感謝の意を伝えると、確かな手応えを感じながら、地下の基地へと戻っていった。


                  

ラバァルが鳥使いのソロスにルカナンへの手紙を託してから、一週間が過ぎていた。


その間、ラバァルはシュガーボムにはほとんど顔を出さず、スラムに新設した訓練場を仮の根城としていた。シュガーボムには、今もムーメン家の息がかかった者たちが雑用係として入り込んでいるからだ、ラバァルの素性や一連の騒動の背景を探っていると分かっているので下手に動いて、こちらの計画を悟られるわけにはいかない。必要な用事がなければ、今はスラムにいる方が好都合だった。


彼の日常は、多忙を極めていた。

朝から晩まで、子供たち(タロッチ組)、元闘士のヨーゼフ、そしてオーメンのメンバーたちの訓練を指導し、それぞれの成長度合いと課題を把握したり、

合間を縫っては、【ゴブリンズ・ハンマー工務店】のゴードック親方と、既存の訓練場の増設について打ち合わせを行ったりしていた、そして

それだけではない。ラバァルの構想は、さらに大きな広がりを見せていた。


彼は、スラムの東地区と南地区に、新たな訓練施設を複数建設することを決定。ゴードック親方を伴い、十分な広さを持つ土地建物の選定と取得のため、自らの足でスラムの各地区を探索して回っていた。

これらの新規施設は、単なる訓練場ではない。それは、ラバァルが築こうとしている新たな組織の、巨大な人材育成機関となるのだ。


スラムには、生きる目標もなく、ただその日食べるためだけに徘徊する者たちが溢れている。その中から、まだ心が折れておらず、叩けば光る可能性を秘めた者たちをスカウトする。そして、彼らをオーメンの下部組織として迎え入れ、衣食住を完全に保証する。そうして組織に依存させ、忠誠心を植え付け、決して離れられないようにするのだ。


彼らの主な任務は、いずれ始まるルカナンからの食料輸送隊の護衛。危険だが、確かな役割と居場所を与える。

もちろん、働きに見合う十分な給料も支払うつもりだ。飢えと無気力な日常から抜け出せるのだから、彼らにとっても十分すぎるメリットがあるだろう。


ラバァルは、ただ目の前の敵を潰すだけではない。スラムという巨大な人材の宝庫から、自らの軍勢を作り上げ、ロット・ノットの勢力図を根底から塗り替えようとしていた。その壮大な計画が、また、着実に動き出していた。





最後まで読んで下さりありがとう、また続きを見掛けたら読んでみて下さい。

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