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取り立て

金払え~~~!  借金の取り立てにやって来たラバァルは...。

               その122



ゴールデン・グレイン商会 本店 昼

     



アントマーズの友人、コリンズに30万ゴールドという巨額の借金を背負わせ、その生殺与奪の権利を完全に握ったラバァル。彼は休む間もなく、次の一手へと駒を進める。狙いは、まだ力のない息子ではなく、この【ゴールデン・グレイン商会】を牛耳る現代表、コリンズの父親だ。彼に現金、あるいはそれに匹敵する価値の契約を吐き出させる。そのために、ラバァルは自ら商会へと乗り込んできたのだ。


店の前まで案内したアントマーズが、「ラバァルさん、ここは名のある大商会です。いきなり乗り込むのは…」と制止の声をかけるが、ラバァルはそれを鼻で笑うかのように無視し、何のためらいもなく重厚な扉を押し開けた。

「あっ、待ってください、ラバァルさん!」

アントマーズは、臆することなくズカズカと店に入っていくラバァルの背中を、慌てて追いかけた。


一歩足を踏み入れると、そこは活気に満ちた別世界だった。高い天井、磨き上げられた床、そして空気中に漂う高価な香辛料や革製品の匂い。二つある長いカウンターには、身なりの良い商人たちがずらりと並び、店員たちと熱心に商談を進めている。彼らは皆、国中、あるいは国外から商品を仕入れるために集まった、この商会から信用の証を得た者たちだ。一見の客など、門前払いされるのがこの世界の常識である。

そのため、場違いな雰囲気を纏うラバァルが入ってきた時、店内の数人がちらりと視線を向けたものの、知らない顔だと判断すると、すぐに興味を失い、自分の商談へと戻っていった。誰一人として、ラバァルに声をかける者はいない。まるで、彼がそこに存在しないかのように。


アントマーズは、その冷たい空気に気圧され、どうすればいいのかと狼狽えるばかりだ。しかし、ラバァルはそんな状況を意に介さず、店の中心で腕を組み、静かに、だが鋭い目で周囲の様子を観察していた。まるで、これから始まる狩りの前に、獲物の動きを見極める捕食者のように。


数秒の沈黙。店内の誰もが、この不審な男の存在を忘れかけた、その時だった。

「おいッ!!」


ラバァルの腹の底から響くような声が、店内の喧騒を切り裂いた。全ての会話が止まり、全ての視線が、声の主であるラバァルへと突き刺さる。

「ここの店主を呼べッ! 貴様の息子、コリンズの借金を取り立てに来た!!」

ラバァルは、店内にいる全ての人間を睥睨しながら、言葉を続ける。その声は、もはや単なる怒鳴り声ではなく、聞く者の背筋を凍らせるほどの威圧感を伴っていた。


「今すぐ30万ゴールドを支払わなければ、この店がどうなるか…実力で教えてやる。さあ、さっさと店主を連れてこいッ!!」


突然の恫喝。しかも、名門ゴールデン・グレイン商会の跡取り息子の名を出し、30万ゴールドという大きな金額を口にする男。店内の空気は一瞬で凍りつき、先ほどまでの活気は跡形もなく消え去った。客も店員も、誰もが息をのみ、目の前で起きている信じがたい光景を見つめている。

アントマーズは、隣で仁王立ちするラバァルの常軌を逸した行動に、ワナワナと震えが止まらなかった。(なんてことを…! これでは、ただの強盗じゃないか…!)

しかし、ラバァルの目は、微塵も揺らいでいなかった。これは単なる恫喝ではない。計算し尽くされた、彼の戦いの始まりだ。


やがて、店の奥から店員に先導され、一人の恰幅の良い男が付き人と共に現れた。その顔には、長年商売の世界で生き抜いてきた者特有の、油断のなさと傲慢さが浮かんでいる。ゴールデン・グレイン商会の現当主、マルティン・グレインだ。

「なんだね、君は。我が息子の借金がどうとか、騒々しいことだが」


マルティンは、ラバァルを値踏みするように見下しながら、冷ややかに言った。

「そうだ」ラバァルは、臆するどころか、不敵な笑みさえ浮かべて応じた。「おたくの息子さんは、随分とギャンブルがお好きなようでね。俺から30万ゴールドもの借金を作ってくれた。ここに、彼の直筆の借用書もある」


「額が額だけに、今の彼では到底払えんだろう。だから、父親である貴様に払ってもらおうと、こうして足を運んだわけだ。もっとも、ここの店員は愛想が悪く、とても話を聞いてもらえそうになかったんでな。少しばかり、大声を出させてもらった」


ラバァルがそう答えると、マルティンは。


「ふん、30万ゴールドだと?」マルティンは鼻で笑った。「どうせイカサマか何かで、世間知らずの息子を陥れたのだろう。そのような汚い金、びた一文払うつもりはない。…おい、この男をつまみ出せ。他のお客様の迷惑だ」


マルティンの合図で、店の奥から屈強な男たちが三名現れた。その鍛え上げられた体躯と、ただならぬ眼光は、彼らがただの用心棒ではないことを雄弁に物語っている。するとラバァルは、何も抵抗せず、大人しく男たちに促されるまま店の外へと連れ出された。アントマーズが「ラバァルさん!」と悲鳴のような声を上げるが、ラバァルは振り返りもしない。



店の外に出た途端、男の一人が嘲るように言った。

「マルティン様にタカろうとは、お前も相手が悪かったな。痛い目に遭う前に、とっとと失せな」

その言葉が終わるか終わらないかのうちに、男の拳がラバァルの顔面目掛けて放たれた。不意打ち。しかし、ラバァルはその拳を、まるで風を避けるかのように最小限の動きでかわす。


「なにっ!?」

不意打ちが軽々と避けられ、用心棒は驚きの表情を浮かべた。他の二人も、瞬時に状況を理解した。

「こいつ、只者じゃないぞ! 用心しろ!」

掛け声と共に、三人は懐から短剣や手甲鉤といった得物を取り出し、先ほどまでとは全く違う、殺気さえ含んだ本気の構えへと移行した。少し離れた場所で、アントマーズは腰を抜かし、ただ「あわわわ…」と震えることしかできない。



「ほう…ただの用心棒ではないな。お前たち、何者だ?」ラバァルは、ようやく少し楽しそうに口元を歪めた。

「それはこちらのセリフだ! 貴様こそ、何者だ! ただの取り立て屋の動きではないぞ!」

三人の男は、ラバァルを包囲するように陣形を組む。逃げ場はない。だが、ラバァルに逃げる気など毛頭なかった。

躊躇なく、一人の足元へ。目にも留まらぬ高速の足払いが、男の軸足を刈り取る。体勢を崩し、無防備になった男の喉笛に、ラバァルは容赦なく肘を叩き込んだ。「グッ…!?」という声にならない呻き。


「ランドー!」

仲間の一人が叫ぶが、喉を潰された男は「ゲホッ、ゲホッ」と血の混じった咳をしながら、必死に息を吸おうともがいている。たった二つの動きで、一人を完全に戦闘不能にしたのだ。


「くそっ、この野郎ッ!」


仲間が瞬時に無力化されたことに逆上したのか、残りの二人が同時に襲いかかってきた。右からは短剣を突き入れて来た、左からは手甲鉤で引っ掻いて来る。しかし、ラバァルはその連携攻撃を冷静に見切り、身をかがめて突きを避け、その勢いのまま体を回転させ、手甲鉤を使用する男の脇腹に強烈な裏拳を叩き込む。さらに、その反動を利用して空中で体を捻り、バク転するように距離を取った。


そして、着地と同時に地面を蹴り、アクロバティックな動きで最後の用心棒へと突進する。予測不能な軌道からの強烈な蹴りが、男の顎を的確に捉え、その巨体を宙に舞わせた。

三人の男たちは、わずか数十秒のうちに、地面に沈黙した。


戦いの跡を見つめ、ワナワナと震えるアントマーズが、か細い声で尋ねる。

「ラ、ラバァルさん…もしかして、殺してしまったのですか…?」

「馬鹿か。こんな往来で殺しをやれば、すぐに憲兵が飛んでくるだろうが。気絶させただけだ」

「そ、そうなんですね…よかった…」アントマーズは心底ほっとしたように胸を撫で下ろした。


戦いを終えたラバァルは、倒れた男たちを一瞥もせず、再び店の中へと入っていった。

「おいッ! 息子の借金を踏み倒そうとするどころか、殺し屋紛いの連中を仕向けてくるとはな!」

ラバァルは、先ほど以上の剣幕で店内に怒声を響かせた。


「おたくの商売は、道理も法律も無視するらしいな! そっちがその気なら、望み通り、この店ごと叩き潰してやるぞ!」

凄まじい殺気を放ちながら、彼は奥にいるであろうマルティンを呼びつけろと、店員を脅しつけた。

ちょうどその時、外の騒ぎを聞きつけたマルティンが、蒼白な顔で再び現れた。


「そ、そんな馬鹿な…! あの者たちが倒されたと言うのか、彼らはゾンハーグ家のエリサ様から特別にお借りしているエージェントなのだぞ…! それが、たった一人に、倒されたと言うのか…!」

マルティンは、信じられないものを見る目で、血の匂いを纏って佇むラバァルを、ただ呆然と見つめていた。



【ゴールデン・グレイン商会】本店 ロビー 昼


      

倒された用心棒たちを一瞥もせず、再び店内に足を踏み入れたラバァル。その身から放たれる殺気は、先ほどとは比較にならないほど濃密だった。蒼白な顔で立ち尽くすマルティンを、彼はゆっくりと、しかし確実に追い詰めていく。


「やっと出てきたか。…貴様、正規の借用書を持つこの俺に対し、殺し屋紛いを差し向けるとはな。とんでもない応対をしてくれたものだ」


ラバァルは、わざとらしく首を鳴らしながら、値上げを宣告した。


「これではもう、当初の30万ゴールドでは到底釣り合わん。俺は殺されかけたんだ。慰謝料込みで50万…いや、100万ゴールドは受け取らねば、到底納得できんな!」

ラバァルは、理不尽な要求を平然と突きつけた。それに対し、マルティンは怒りと恐怖で顔を歪ませる。


「馬鹿な! そんな額、払えるものか! 貴様、一体どこの何者だ! 我ら【ゴールデン・グレイン商会】が、あの【ゾンハーグ家】の庇護下にあることを知っての狼藉か!」


ついに、マルティンは最後の切り札を切った。ロット・ノットの裏社会に生きる者ならば、その名を聞いただけで震え上がり、引き下がるはずの絶対的な権力の象徴、【ゾンハーグ家】。

しかし、その名はラバァルを怯ませるどころか、彼の口元に獰猛な笑みを浮かべさせた。これは脅しではない。絶好の機会だ。この繋がりは、利用価値が計り知れない。


「ほう…ゾンハーグ家、ねえ。それはそれは、大したものだ」

ラバァルは、わざとらしく感心したように頷くと、一転して冷たい声で問い詰めた。


「しかし、その偉大なるゾンハーグ家は、この国がその正当性を認める借用書をも反故にするのか? 確か、ゾンハーグ家当主は国の評議会でも重鎮だったはずだがな。国の法を、自らの威光でねじ曲げると?」

「うっ…! そ、それは…!」

マルティンは言葉に詰まった。しまった、と内心で舌打ちする。ゾンハーグ家の名を出せば、どんなゴロツキでも黙って引き下がると高を括っていた。だが、目の前の男は違う。彼は、その権威を逆手に取り、公の「法」と「正義」を盾にしてきたのだ。


ここで自分が借金を踏み倒せば、それは「ゾンハーグ家の威光を借りたゴールデン・グレイン商会が、公的な契約を破った」という事実になる。そんな醜聞が広まれば、商会の信用は失墜し、何より、あの完璧主義者で冷酷なエリサ様の耳に入れば、どんな目に遭わされるか…。想像しただけで、背筋が凍る思いだ。

マルティンは、自らが招いた窮地に、冷や汗が止まらなくなりはじめた。

「……分かった」

観念したマルティンは、作り笑顔を浮かべ、態度を軟化させる。


「すまなかった。誤解があったようだ。どうか、奥の部屋で話をさせてはもらえないだろうか。良い茶を用意させる。さあ、こちらへ」

ついに相手が折れた。ラバァルは内心でほくそ笑みながらも、表情には出さず、傲岸不遜な態度を崩さない。

「…まあ、話くらいは聞いてやろう」

ようやく本題に進める。ラバァルは、まだ腰が抜けているアントマーズの腕を掴んで無理やり立たせると、マルティンに案内されるまま、ゴールデン・グレイン商会の奥深くへと足を踏み入れていった。そこは、表の華やかさとは裏腹に、欲望と陰謀が渦巻く、この商会の心臓部なのだろう。

 


店の奥、重厚な絨毯が敷かれた廊下を進み、マルティンは一つの扉の前で足を止めた。飾り気のない、しかし分厚い鉄張りの扉だ。彼は震える手で鍵を取り出すと、複雑な手順で錠を開けた。

「さあ、どうぞ。ここなら誰にも邪魔はされません」

マルティンに促され、ラバァルはアントマーズを半ば引きずるようにして部屋に入る。そこは、豪華な調度品で飾られた応接室だった。しかし、窓はなく、壁には地図や幾人もの肖像画が飾られ、部屋の隅には巨大な金庫が鎮座している。空気には、古い羊皮紙と高級な葉巻の匂いが混じっていた。


マルティンはすぐさま棚から酒瓶とグラスを取り出し、琥珀色の液体を注いでラバァルに差し出した。

「まずは、先ほどの無礼のお詫びです。どうぞ、お納めください」

ラバァルはそれを一瞥するだけで受け取らず、アントマーズをソファに促すと、自分はその横にどっかと腰を下ろした。


「茶番はいい。さっさと本題に入れ。100万ゴールド、どうやって支払うつもりだ?」

ラバァルの単刀直入な言葉に、マルティンの顔から作り笑いが消えた。彼はゴクリと喉を鳴らし、真剣な表情で向き直る。


「……あなた様を何とお呼びすれば...。」 「ラバァルだ。」 「ではラバァル殿と呼ばせていただきます、ラバァル殿、単刀直入にお伺いしたい。貴殿は、ただの借金取りではありますまい。その腕、その度胸、そしてゾンハーグ家の名を前にしても揺るがないその胆力。貴殿は一体、何をお望みか?」


マルティンは賭けに出た。目の前の男が求めるものが金だけではないと、彼は見抜いていた。単なる金目当てなら、ゾンハーグ家の名を盾にした時点で、交渉のテーブルに着くはずだ。それをせず、さらに強気に出たのは、別の目的があるからに違いない、別の目的が何かまでは分からないが、何かある筈だと..。


その問いは、ラバァルが待っていたものだった。彼は口の端を吊り上げ、不敵な笑みを浮かべる。

「ほう、話が早くて助かる。そうだ、俺が欲しいのは金だけじゃない。…お前たちの『繋がり』

であり、商会の販売網、それに国中から荷を仕入れる事が出来る運送能力を使いたい。」


「ゾンハーク家との繋がり…、販売網と運送能力を使う?」


「そうだ」ラバァルはソファに深くもたれかかり、指を組んだ。「お前たちはゾンハーグ家の庇護下にある。つまり、ゾンハーグ家と直接、あるいは間接的に繋がるパイプを持っているということだ。俺はそのパイプとグレイン商会の流通網を使いたい。」


マルティンは息をのんだ。この男は、あの評議会第二位、エリサ・ゾンハーグに繋がろうとしている。正気の沙汰ではない。しかし、その狂気じみた野心に、マルティンは奇妙な魅力を感じ始めていた。

「…なるほど。それで、その繋がりを手に入れて、貴殿は何をなさるおつもりで?」

「それはお前が知ることじゃない」ラバァルは冷たく言い放った。「俺がお前に提案するのは取引だ。よく聞け」


「ルカナンの事を知ってるか?」


「はい、ここからだとかなり離れた西北にある、元タートスの首都だと...

確か今は第一軍が統治している、肥沃な土地だと聞いております。」



「そうだ、かなりの被害を受けたが、今は着実に復興してきている、今では農業も盛んにおこなわれていて、小麦やジャガイモは余り始めている。」 


「このラガン王国内で食料が余り始めているですと.....」   


「そうだ、俺の知り合いたちが、新しい農地を開拓していて、順次拡大させている所だ、俺はその余った物資の流通を動かすことができる。」 


「なんですと、この干からび、痩せたラガン王国で余っている食料を動かせると...」 


「そうだ、ルカナンはこれから伸びる、確かゾンハーク家もルカナンを狙っていると聞く、

それ位優良な土地だ。」 


「しかし確かあそこを管理しているのは第一軍、その後ろにはスタートベルグ家が付いていると。」 


「そうだ、だからゾンハーク家も手出しが出来ないでいる、そんな所に俺だ、俺と組めば手つかずのルカナンとの貿易を他の商会に先駆けて行う事が出来様になる、初めは小麦やジャガイモでも、後々、他の商品も増えて行くだろう、どうだ、こんなチャンスがやって来たと言うのに、

指をかみしめるだけで逃すのか?」       


ラバァルは、マルティンの商人魂を揺さぶりにかかっていた、マルティンは、必死に頭の中でその価値を計算している、勿論、言葉だけで目の前の胡散臭い男の言う事を信じたわけではない、

しかし、チャンスとは不意にやって来て、この時を逃せば、もう消えてなくなるものだと...

  


ラバァルの言葉は、マルティンの商魂を激しく揺さぶった。もしこの話が真実なら、これはとてつもない商機だ。首都の食料価格を支配し、ゴールデン・グレイン商会をロット・ノット一の商会に押し上げることも夢ではない。

「……しかし、それならば、なぜこのような強引なやり方を? 普通に商談を持ち掛ければ…」

「ゾンハーグ家の息がかかったお前たちが、第一軍が統治する土地の者と、素直に手を組むとでも?」ラバァルは鼻で笑った。「それに、俺は対等なパートナーになるつもりはない。俺が『主』で、お前たちが『手足』だ。その力関係を最初に分からせる必要があった」


マルティンは唇を噛んだ。屈辱的だ。だが、この男の言う通りかもしれない。そして、この男が持つ力と、彼が提示した未来は、あまりにも魅力的だった。


「…よく分かりました」マルティンは深く、長い息を吐き出した。「ですが、一つ問題があります。ルカナンからの長大な輸送路です。道中の盗賊や、利権を巡る他の商会からの妨害は、現状でも悩みの種。それが1000キロを超えるとなれば、そのリスクは計り知れません」

マルティンの指摘に、ラバァルは頷いた。

「その点はどうするつもりだ? いつも通り、ゾンハーグ家の名前で脅すか?」


ラバァルの挑発的な問いに、マルティンは顔をしかめた。

「…その通りです。我々の輸送隊は、ゾンハーグ家の紋章を掲げております。大抵の盗賊や小規模な商会は、それだけで手出しをしてきません。それでも襲ってくるような命知らずや、我々と同格の、他の評議会議員の庇護を受けた商会からの妨害は常にあります。長距離輸送となれば、ゾンハーグ家の威光が届きにくい地域も通りましょう。護衛の費用は莫大なものになります」


「だろうな」ラバァルは腕を組んだ。「ゾンハーグ家の威光は万能じゃない。特に、他の評議会や軍閥が絡むとな。それに、お前たちの輸送網を使わせてもらう上で、俺が最も懸念しているのもそこだ」

ラバァルは鋭い視線でマルティンを射抜いた。


「お前たちの輸送隊が、ゾンハーグ家の『私兵』に乗っ取られる可能性だ。輸送の実権を奴らに握られ、俺が供給した食料が、いつの間にかゾンハーグ家の功績にすり替えられる。そうなれば、俺はただ働き、お前たちもただの中抜き屋に成り下がる。違うか?」


マルティンは息をのんだ。図星だった。エリサ・ゾンハーグならやりかねない。いや、必ずそうするだろう。美味しい話には必ず裏がある。この巨大な利権を、彼女が見逃すはずがない。


「では、どうしろと…?」

「そこで俺の出番だ」ラバァルは言った。「輸送の護衛は、表向きはお前たちが手配しろ。ゾンハーグ家の威光も存分に使えばいい。だが、本当の『監視役』として、俺側の人間を紛れ込ませる」

ラバァルは不敵に笑う。

「俺の部下たちが、輸送隊が正しくロット・ノットのゴールデン・グレイン商会に荷を届けるか、横流しや妨害がないか、その全てを監視する。そして、ゾンハーグ家の威光でも黙らせられないような『本当の脅威』…例えば、ムーメン家が裏で手を引く暗殺団や、ベルトラン家やデュラーンのチンピラ共が仕掛けてくるような厄介事が起きた時、そいつらを『掃除』するのが俺の仕事だ。お前たちは安全な場所で帳簿だけ見ていればいい」


それは、マルティンにとってまさに渡りに船の提案だった。ゾンハーグ家の力を利用しつつ、その介入を牽制する『保険』。そして、通常の護衛では対処できない裏社会のトラブルを処理してくれる『切り札』。この男は、自分たちの弱点を的確に理解し、その穴を埋める役割を自ら買って出ている。


リスクは計り知れない。だが、リターンもまた、とてつもなく大きい。マルティンは、自らの商会が新たなステージへ飛躍する光景を幻視していた。


数分にも感じられる長い沈黙の後、マルティンは覚悟を決めた目でラバァルを見据える。

「……承知いたしました。その取引、お受けしましょう。息子の借金100万ゴールドは、この商談の契約金とさせていただきます」


「賢明な判断だ」


ラバァルは満足げに頷くと、ソファから立ち上がった。

「では、契約成立だ。借用書は破棄しろ。お前の息子には、二度とギャンブルに手を出すなと伝えておけ。具体的な輸送計画については、追って指示を出す。連絡が欲しければ、この街の酒場『シュガーボム』に伝言を残せ。…いいな?」

「…確かに承りました」

用は済んだ。ラバァルは、隣で呆然としているアントマーズの肩を叩くと、部屋を後にした。残されたマルティンは、これから始まるであろう巨大な事業の成功と失敗の狭間で、興奮と恐怖に打ち震えていた。


ラバァルはロット・ノットという巨大な都市で、彼の壮大な計画を実現するための、最も重要な歯車の一つを手に入れたのだ。






最後まで読んで下さり有難うございます、続きを見掛けたらまた読んでみて下さい。

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