アウルの尾っぽ
暗殺団アウル(梟)、ムーメン家とも深い繋がりがあり、ラバァルたちに取って大きな障害になって来た、
奴らの力を削ぐため、現在繋がりがあると分かっている、ゴースト・ナンバーズを調べる事に...。
その120
シュガーボム、ベルコンスタンの執務室、作戦会議の続き
アウル基地攻略に向けた多角的な準備計画が固まり、幹部たちの間に新たな決意がみなぎった時、ラバァルは改めて全員を見据え、重要な事実を告げた。
「…それともう一つ、知ってるだろうがもう一度伝えておかねばならんことがある」彼の声が、部屋の空気を引き締める。「先日、このシュガーボムに忍び込んできた“疾風”のジンだが…奴は、尋問の末に死んだ」
「...」改めてその事実を告げられ、自分達がかなり危険な状態だと言う事を再認識すると、その場にいた全員が息を呑み。ムーメン家の最高幹部の一人を殺したとなれば、ムーメン家からの報復は避けられない。
「証拠隠滅は抜かりなく行いましたが...」ベルコンスタンはやるべ事はしてますと言う。
ベルコンスタンの言う通り、奴がここにいた痕跡も、死体も残してはいない」ラバァルは冷静に続けた。「だが、問題はそこじゃない。ジンが戻らないとなれば、ムーメン…いや、アウルは必ず次の手を打ってくる。ジンの行方を追って、必ず誰かが調査に来るはずだ」
「では、迎撃の準備を…!」ボルコフが身構える。
「いや、そうじゃない」ラバァルは首を振った。「そいつは、わざと泳がせ必要がある。ある程度、調査をさせるんだ。そして、掴ませる情報は、我々がコントロールする」
「…と、申しますと?」
「ジンが最後に追っていたのは、シュガーボム…つまり『キーウィ』の動きだ。奴らが嗅ぎつけるのは、せいぜい我々がデュオール家内部で権力を固め、他の組織(例えば、ラスティ・ジョッキを襲ったとされるチンピラ組織)と小競り合いをしている、という程度の情報だろう。重要なのは、アウル基地の情報を掴んだこと、カザンがこちらに寝返ったこと、そして何より、我々がムーメン家そのものを弱体化させようと画策していること…これらを絶対に悟られてはならない。
うまく偽の情報を掴ませ、奴らが『キーウィは大した脅威ではない』と油断するように仕向けるんだ」ラバァルは、ベルコンスタンに鋭い視線を向けた。「お前の『知略』の見せ所だぞ、ベルコンスタン。情報のコントロール、偽装工作…抜かりなくやれ」
ベルコンスタンは、ラバァルの意図を瞬時に理解した。(なるほど…敵の調査を逆手に取り、油断させるか…! この方は、どこまで先を読んでいるのだ…!)
「…かしこまりました、ラバァルさん。必ずや、敵の目を欺いてみせましょう」ベルコンスタンは、挑戦的な笑みを浮かべて頷いた。ラバァルから信頼され、重要な役割を任されたことが、彼のプライドを刺激したようだ。
「よし。ならば、アウルとムーメンへの対策は、当面、お前たちに任せる」ラバァルは立ち上がった。「俺は、しばらくスラムの方へ行く。ウィッシュボーンと子供たちの様子を見てくる必要があるんでな。後のことは頼んだぞ」
ラバァルは、幹部たちの返事を待たずに、執務室を出て行った。ベルコンスタン、クロード、ロメール、ボルコフは、顔を見合わせながらも、ラバァルの指示に従い、それぞれが自分が引き受けた任務や役割を遂行すべく、動き出すのだった。
スラムにて、子供たちへの稽古及び、ゴースト・ナンバーズ追跡をする事を念頭にやって来た。
ラバァルが数日ぶりに訓練場に来たのは、
子供たちの状態と、ヨーゼフの指導の様子を確認するためでもある。
訓練場に足を踏み入れると、以前とは比較にならないほどの熱気と活気に満ちていたことに、ラバァルは少し驚いた。オーメンのメンバーたちの訓練への取り組み方も真剣味を増しているが、それ以上に、子供たちの数が増え、訓練スペースが手狭に感じられるほどになっている。タロッチ組の四人に加え、ファング率いるスチール・クロウ組の四人、更に見知らぬ子供も数人だが増えていた、今ではすっかりこの訓練場に馴染み、ヨーゼフの指導の下、必死に汗を流している。
ラバァルは、すぐには声をかけず、壁際に寄りかかり、腕を組んでしばらく訓練の様子を眺めていた。ヨーゼフは、意外なほど指導者としての才能があるのかもしれない。子供たちのレベルや個性に合わせ、的確なアドバイスを送っている。子供たちも、彼の指導を素直に聞き入れ、互いに切磋琢磨しているようだ。
(…ほう、思った以上に人が増えたな。ゴードック親方に追加で拡張工事を頼む必要がありそうだ。それにしても…ヨーゼフの奴、存外、面倒見がいいのかもしれんな)
ラバァルがそんなことを考えていると、子供たちも彼の存在に気づき始めた。
「あっ、ラバァルだ!」最初に気づいたのは、やはりタロッチだった。
「ラバァルのあんちゃん!」「3日も来なかったね!」ラモンやウィローも駆け寄ってくる。
「よう。少しはマシな動きができるようになったか?」ラバァルは、ぶっきらぼうながらも、彼らの成長を認めるような視線を向けた。
そこへ、スチール・クロウのメンバーも、少し緊張した面持ちで近づいてきた。リーダーのファングが一歩前に出て、ラバァルに頭を下げる。
「ラバァルさん…俺たちのことも、見てくれませんか? タロッチたちから、あんたの指導がすごいって聞いて…」
カリーナたち他のメンバーも、真剣な目でラバァルを見つめている。彼らは、ヨーゼフの指導に感謝しつつも、やはりそのヨーゼフをも圧倒すると教えられたラバァルの実力に、強い興味と感心を抱いていたのだ。
ラバァルは、ファングの動きを思い返した。(確かに、こいつは筋がいい。磨けば光るだろう)
「…いいだろう。少し見てやる」
ラバァルは、ファングとカリーナに組み手をさせ、その動きを観察した。暫くすると、的確に欠点を指摘し始めた。
「ファング、お前の蹴りは鋭いが、重心が少し高い。もっと腰を落とせば、威力も安定感も増す。それと、攻撃の後の隙が大きい。常に次の動きを意識しろ」 「はい!」
「カリーナ、お前の動きは速いが、直線的すぎる。もっとフェイントを使え。相手を惑わせる動きを覚えろ。それに、受け流しが甘いな。こうだ…」 「こう!」
ラバァルは、言葉だけでなく、実際に手本を示しながら、彼らが気づかなかったであろう弱点や、さらに動きを洗練させるためのポイントを次々と指摘していく。その指導は厳しく、一切の無駄がない。ファングもカリーナも、最初は戸惑いながらも、ラバァルの的確なアドバイスに真剣に耳を傾け、必死に食らいついていった。
しかしその様子を、少し離れた場所から見ていたメロディは、面白くなさそうに頬を膨らませていた。そして、ついに我慢できなくなったのか、ラバァルの元へ駆け寄ってきて。
「ちょっと、ラバァル! なんであいつらにばっかり教えるのよ! 私だって、もっと強くなりたいんだから! 私の三節棍も、もっと見て!」
メロディは、ラバァルの注意を引こうと、一生懸命アピールする。その姿は、普段の気の強さとは裏腹に、どこか子供らしい可愛げがあった。
ラバァルは、そんなメロディを一瞥し、ふっと口元を緩めた。
「お前の動きは、今の段階では悪くない。三節棍の扱いも、だいぶ様になってきた」
「え、本当!?」メロディはぱっと顔を輝かせた。
「ああ。だがな」ラバァルは続けた。「お前に足りないのは、小手先の技じゃない。もっと根本的なものだ。基礎体力…特に、持久力と瞬発力だな。それがないと、どんなに良い技を持っていても、実戦ではすぐに息切れして、隙を晒すことになる」
「きそたいりょく…?」
「そうだ。強くなりたければ、まず走れ。ひたすら走れ。俺がガキの頃はな、毎日、日が昇る前から日が沈むまで、時間があれば走り続けていたもんさ。おかげで、どんな相手にも負けない体力と、どんな状況でも生き残るしぶとさが身についた」
ラバァルは、自身の過酷な過去を、まるで他人事のように、しかし少しだけ遠い目をして語った。それは、子供たちにとっては想像もできないような世界の話だった。
「へぇー! 走り込みか!」
「毎日!? すごいな、ラバァル!」
「俺たちも、もっと走らなきゃダメだな!」
ラバァルの話を聞いていたタロッチやラモン、ウィロー、そしてファングたちまでもが、目を輝かせ、感心したように声を上げた。「やっぱり基礎が大事なんだな」「走り込みか、やるぞ!」そんな声があちこちから聞こえてくる。メロディも、最初は不満そうだったが、ラバァルの言葉の重みを感じ取ったのか、黙って頷いていた。
ラバァルは、子供たちの反応を見て、内心で(まあ、少しは発破になったか)と思った。
次に彼の視線はヨーゼフに向けられた。あの日、気のコントロールを指導してから一カ月近くが経っている。子供たちとの交流も経て、彼がどれほど成長したのか、確かめてみる必要があった。
ラバァルは、訓練が一区切りついたタイミングで、中央のスペースへと歩み出た。そして、黙々と自身の鍛錬に打ち込んでいたヨーゼフに声をかける。
「ヨーゼフ」
「…ラバァルさん」ヨーゼフは汗を拭い、ラバァルに向き直った。その目には、以前のような迷いはなく、戦士としての落ち着きと、ラバァルに対する敬意が宿っている。
「少し、付き合え」ラバァルは短く言った。「お前の『気』のコントロール、どれほどのものになったか、見せてもらおう」
ラバァルの言葉に、訓練場にいた全員の動きが止まった。子供たちも、オーメンのメンバーたちも、訓練の手を休め、息を殺して中央の二人を見つめる。あのラバァルが、キーウィ最強の用心棒ヨーゼフと手合わせをする。これほど興味深い見世物はない。どんな事に成るのか、固唾を飲んで見守っていた。
「…望むところだ」ヨーゼフは、緊張感を漂わせながらも、力強く頷いた。彼は、ラバァルから与えられた課題に、真剣に取り組んできた自負がある。その成果を見せる時が来たと、覚悟を決めたようだった。
二人は、訓練場の中央で静かに対峙した。ヨーゼフは、深く息を吸い込み、意識を集中させる。すると、あれほど周囲に撒き散らされていた強大な『気』の波動が、すーっと内側へと収束していくのが感じられた。完全に消え去るわけではない。だが、以前のように無駄に溢れ出ることはなく、凝縮され、コントロールされているのが分かった。
(…ほう、形にはなってきたか。だが、実戦でどこまで保てるかだな)
ラバァルは内心で評価しながら、静かに構えた。
先に動いたのは、ヨーゼフだった。彼は、以前のような力任せの突進ではなく、鍛え上げられた肉体と、新たに身につけた気のコントロールを融合させた、鋭く、重い踏み込みでラバァルへと迫る!その拳は、ただの力任せではない。気の流れを乗せた、一点突破の破壊力を秘めている。
ラバァルは、その攻撃を最小限の動きで捌く。横にステップし、ヨーゼフの拳を腕で受け流す。ズン、と重い衝撃が伝わるが、ラバァルはびくともしない。
「悪くない。だが、まだ硬い」ラバァルは呟くと、受け流した勢いを利用し、逆にヨーゼフの懐へと踏み込み、素早い掌底を放った!
ヨーゼフは、ラバァルの反撃を予測していたかのように、寸前で身を捻り、掌底をかわす。そして、すぐさま体勢を立て直し、重い蹴りを繰り出す!
二人の攻防は、以前のような一方的なものではなくなっていた。ヨーゼフは、ラバァルの動きに対応し、攻撃を受け止め、そして反撃を試みる。力だけでなく、技術と駆け引きで渡り合おうとしているのが見て取れた。
オーメン訓練場、手合わせの後
ラバァルとの手合わせで、自身の成長と、同時に埋めがたい実力差を痛感したヨーゼフ。彼は、脇腹の痛みに顔をしかめながらも、悔しさよりもむしろ、明確になった課題と、ラバァルから可能性を認められたことへの高揚感を感じていた。
「…ラバァルさん」ヨーゼフは、息を整えながらラバァルに向き直った。「あんたの言う通りだ。俺はまだまだだ。だが、必ず、あんたの期待に応えられるようになる。もっと強くなってみせる」
その言葉には、元チャンピオンとしての矜持を取り戻し、新たな目標に向かう強い決意が込められていた。
ラバァルは、そんなヨーゼフの真剣な眼差しを正面から受け止めた。そして、彼のやる気をさらに引き出し、具体的な成長へと繋げるために、あえて厳しい、しかし明確な目標を与えることにした。
「ほう、言うようになったじゃないか、ヨーゼフ」ラバァルは、いつものように少し見下すような口調だが、その声には確かな期待が滲んでいた。「ならば、聞かせてもらおうか。お前は、ただ漠然と強くなりたいのか? それとも、その力を何のために使いたいのか、目的はあるのか?」
ヨーゼフは、ラバァルの問いに少し戸惑った。これまでは、ただ強くなること、闘技場で勝つことだけを考えてきた。だが、ラバァルに敗れ、そして彼の下で新たな道を歩み始めた今、その力の使い道を改めて問われ、明確な答えを持てずにいた。
「…それは…」
「まあ、いい」ラバァルは、ヨーゼフの迷いを見抜き、彼に具体的な「役割」を与えることにした。「お前のその力、そして最近身につけ始めた気のコントロール…それを試すのに、ちょうどいい相手がいる」
「相手…?」
「そうだ」ラバァルは、壁に貼られたロット・ノットの地図の一角…ムーメン家の勢力範囲を示唆する場所を指さした。「ムーメン家には、お前と同じように、圧倒的な『力』を持つ幹部がいる。“鋼拳”のバルガス…奴は、ムーメン家の武力の象徴であり、おそらくは、俺が次に潰すべき相手の一人だ」
ラバァルはヨーゼフの目を見た。「お前には、そのバルガスを超えてもらう」
「…バルガスを、超える…?」ヨーゼフは息を呑んだ。バルガスの名は、傭兵時代から何度も耳にしている。ムーメン家の切り札であり、その破壊力は恐らくラガン王国最強だとも。自分があの男を超える?
「そうだ」ラバァルは断言した。「力だけなら、お前は奴に匹敵するかもしれん。だが、今のままでは勝てん。奴はおそらく、お前以上に経験豊富で、老獪だろう。そして何より、モロー・ムーメンへの絶対的な忠誠心を持っている。単なる力比べではない、総合的な『戦士』としての実力で、奴を上回る必要がある」
ラバァルは続けた。「気を完全にコントロールし、防御と攻撃に自在に応用する。相手の動きを読み、隙を突き、一撃で仕留める技を磨く。そして何より、どんな強敵を前にしても揺るがない精神力…それらを身につけ、お前がバルガスを打ち倒すことができれば、それはムーメン家にとって計り知れない打撃となるだろう。そして、俺の計画を大きく前進させることになる」
それは、ヨーゼフにとって、あまりにも巨大で、困難な目標だった。だが、同時に、彼の戦士としての魂を激しく揺さぶる、明確な目標でもあったのだ。ただ強くなるのではない。具体的な強敵を設定され、それを超えることを今、求められたのだ。
「…やれるのか、ヨーゼフ? バルガスという壁を越える覚悟が、お前にはあるか?」ラバァルは、試すように問いかけた。
ヨーゼフは、しばしの沈黙の後、固く拳を握りしめ、決意に満ちた目でラバァルを見据えた。
「……やってやるさ」彼の声には、もはや迷いはなかった。「バルガスだろうが何だろうが、俺は超えてみせる。そして、ラバァルさん…あんたの役に立ってみせる。それが、俺があんたに返す『借り』であり、俺が再び戦う理由だ」
「…ふん、いいだろう」ラバァルは、ヨーゼフの覚悟を受け止め、満足げに頷いた。「ならば、これからの訓練は、その目標を常に意識しろ。ただ力をつけるだけじゃない。どうすればバルガスを倒せるか、常に考え、工夫しろ。必要な助言はしてやる。ベルコンスタンにバルカスの情報を聞いてもいい、だが、最終的に壁を越えるのは、お前自身の力だ」
ラバァルは、ヨーゼフに明確な目標と使命を与えた。それは、ヨーゼフの潜在能力を最大限に引き出し、彼を単なる戦力から、替えの効かない切り札へと昇華させるための、ラバァル流の育成術だった。ヨーゼフは、与えられた目標の重さに身を引き締めながらも、新たな闘志を燃やし、これまで以上の緊張感を持って、己の鍛錬に打ち込むことを決意する。訓練場には、再び静かな、しかし以前よりもさらに熱い闘気が満ち始めていた。
それからラバァルは、ヨーゼフから子供たちの成長ぶりを聞き、満足げに頷いた。(あいつらも、確実に力をつけている…)だが、彼の頭には、アウルが子供たちを狙っているという懸念があった。
「…タロッチ、ファング。あのゴースト・ナンバーズとかいう連中、最近、何か動きはあったか?」
その問いに、子供たちの表情が曇った。
「…いや、あれ以来、姿を見せないんだ」タロッチが答える。「でも、なんか気味が悪ぃ…」
「ああ」ファングも頷く。「奴らが言ってた、『ナンバーズ』…あいつらの強さは異常だった。ただのガキじゃねえ。それに、俺たちを攫おうとしてたって話も…」
ラバァルの脳裏に、アウルの影がちらつく。(奴らは諦めていないだろう。必ず、また子供たちを狙ってくるはずだ)
「よし、ならば、こちらから探し出してやろう」ラバァルは決断した。「タロッチ、ファング、お前たち、ゴースト・ナンバーズが普段どこを根城にしているか、心当たりはあるか?」
「うーん…あいつら、最近現れたばっかりで、よく分かんねえんだよな…」
「でも、やっつけた奴らなら、どこかに逃げ込んだはずだ! 探してみようぜ!」
ラバァルは、子供たちの情報収集能力と、スラムでの土地勘を利用することにした。彼自身が表立って動くより、子供たちの方が怪しまれずに情報を掴めるかもしれない。
「いいだろう。ただし、無理はするな。怪しいと思ったらすぐに引け。何か分かったら、すぐにヨーゼフかウィッシュボーンに知らせろ」
ラバァルは釘を刺し、子供たちを送り出した。ヨーゼフも、「俺も一緒に行く」と言いかけたが、ラバァルは「お前はここで待機だ。万が一、奴らがこっちを狙ってきた場合に備えろ」と制した。
タロッチ組とスチール・クロウ組の子供たちは、二手に分かれ、ゴースト・ナンバーズの痕跡を探し始めた。彼らは、スラムの裏路地や廃墟を駆け回り、顔なじみの浮浪児や物乞いたちから情報を集め、粘り強く探索を続けた。
そしてその2日後、ラモンとカリーナのコンビが、有力な情報を掴んでヨーゼフに知らせた。
「見つけた! あいつら、古い下水道跡をアジトにしてるみたいだ!」
ゴースト・ナンバーズ拠点制圧
知らせを受けスラムにやって来たラバァルは、情報に基づき、ヨーゼフ及びタロッチ組とスチール・クロウ組の子供たちを率いて、ゴースト・ナンバーズのアジトとされる古い下水道跡へと向かった。ヨーゼフには、万が一に備えて少し離れた場所で待機するよう指示してある。ラバァル自身は、今回も子供たちの戦いには直接手を出さず、あくまで後方で見守るつもりだ。
下水道跡の入り口には、数名の見張りがいたが、子供たちは見事な連携で音もなくこれを無力化し、内部へと侵入した。中は薄暗く、悪臭が漂っていたが、奥に進むと、少し開けた空間があり、そこには十数名のゴースト・ナンバーズのメンバーと、そしてあの四人の『ナンバーズ』がいた。
「てめえら! また来やがったか!」
ナンバーズの一人が気づき、戦闘態勢に入る。
「今度こそ、ケリをつけてやる!」タロッチとファングが同時に叫び、再び両グループの戦いが始まった!
今回は、もはやタイマンなどではない。タロッチ組とスチール・クロウ組の8人が、ナンバーズ4人と、他のゴースト・ナンバーズ十数名を相手にする乱戦だ。しかし、子供たちの成長は著しかった。
ファングが、リーダー格のナンバーズ(蹴り技使い)と激しく打ち合う! 以前は圧倒された相手に、今は互角以上に渡り合っている。そのスピードと技のキレは、ヨーゼフの指導と彼自身の才能が開花したものだ。
「オラオラオラァ!」タロッチは、持ち前の突進力と根性で、複数の相手をなぎ倒していく。
メロディは三節棍を自在に操り、鞭使いのナンバーズの少女と再戦! 以前よりも冷静に相手の動きを見極め、的確な打撃で着実にダメージを与えていく。
ラモンとカリーナは、素早い動きで連携し、敵を翻弄しながら数を減らしていく。
ウィローとキッコリーは、その体格を活かして壁となり、仲間たちを守りながら、力任せに敵を吹き飛ばす!
スパイクは、冷静に戦況を把握し、的確な指示を飛ばしながら、自らも体術で敵を仕留めていく。
激しい戦いの末、ついにナンバーズの四人も含め、ゴースト・ナンバーズのメンバー全員が打ち倒された。子供たちは息を切らし、傷つきながらも、完全な勝利を掴み取ったのだ!
「…やった…! 今度こそ、俺たちの勝ちだ…!」タロッチは、膝に手をつきながらも、誇らしげに宣言した。ファングも、満足げに頷いている。
ラバァルは、気絶しているナンバーズの四人に近づき、彼らの顔や体を確認した。
(…やはりな。ただのガキじゃない。体に、訓練の痕跡と…奇妙な『印』のようなものがある。アウルの仕業で間違いないだろう)
彼は、倒れているナンバーズの一人を乱暴に揺り起こした。
「おい、起きろ。お前たち、ここで誰に、どんな訓練を受けている? あの大人たちはどこにいる?」
ナンバーズの少年は、恐怖と痛みで震えながらも、最初は口を割ろうとしなかった。だが、ラバァルの放つ、有無を言わせぬプレッシャーと、必要であれば拷問も辞さないという冷たい眼光に、ついに屈した。
「…わ、分かった…話す…! お、俺たちは…この奥にある…隠し部屋で…三人の『先生』…いや、『教官』に…毎日…倒れるまで訓練させられてた…! あの人たちが何なのかは知らされていない、俺たちは仲間に誘われてここへ来たんだけど、暴力を振るわれ、訓練しないと家族を殺すと脅されてて…!」
少年は、途切れ途切れに教官たちがいる場所と、彼らから受けている非道な訓練や脅迫内容を白状した。やはり、ゴースト・ナンバーズは闇の組織が関与してた育成機関だったのだ。
「…そうか。よく話したな」ラバァルは、少年を再び気絶させると、タロッチたちに向き直った。「お前たちの役目はここまでだ。よくやった。先に訓練場へ戻って、オーメンのおっちゃんたちに手当てしてもらえ」
「えっ? ラバァルは戻らないの?」タロッチが心配そうに尋ねる。
「俺には、まだ片付ける仕事がある」ラバァルは、子供たちを安心させるように、少しだけ表情を和らげた。「心配するな。すぐに戻る」
子供たちは、ラバァルの言葉に少し不安を感じながらも、素直に従い、下水道跡を後にした。
子供たちがいなくなると、ラバァルは後方で待機させていたヨーゼフに合図を送った。程なくして、ヨーゼフが音もなく姿を現す。彼はラバァルの指示通り、子供たちの戦いには手を出さず、状況を見守っていたのだ。
「…終わったようだな、ラバァルさん」
「ああ。だが、本番はこれからだ」ラバァルは、ナンバーズの少年が示した隠し部屋の方向を指さした。「この奥に、子供たちを訓練していた組織の者がいる筈だ。三人だと言っていた。先日お前が倒した連中とは別の、おそらくはアウルから送り込まれた手練れだろう。 お前と俺で、奴らを逃さず叩き潰す、アサシンなら剣に毒を塗っていたり、投げナイフ、その他トリッキーな得物を使って来る、闘技とは違うぞ!」 ラバァルは実践では何でもありだと言う事を伝えておく。
ヨーゼフは、黙って頷いている。
「! アウルの暗殺者…承知した!」ヨーゼフの目に、強い闘志が宿る。ラバァルから与えられた「バルガス超え」という目標のためにも、ここでアウルの手練れと戦うことは、絶好の実践経験になるだろう。
ラバァルとヨーゼフは、音もなく下水道の奥へと進んだ。隠し部屋の扉を蹴破ると、中は意外に広く、粗末な訓練器具などが置かれていた。そして、その中央に、黒装束に身を包んだ三人の男女が、冷たい目をして待ち構えていた。彼らは、先日の協力者三名とは明らかに雰囲気が違う。無駄のない動き、研ぎ澄まされた殺気。間違いなく、アウル本体の暗殺者だ。彼らは、ゴースト・ナンバーズの子供たちを『商品』として育成する傍ら、この場所を秘密の連絡拠点か何かとしても利用していたのかもしれない。
「…嗅ぎつけおったか、ネズミどもが」リーダー格と思われる、鋭い目つきの男が静かに言葉を発した。
「貴様らが、子供たちを攫い、道具として育てているアウルの者か」ラバァルが冷たく言い放つ。「色々と聞かせてもらおう」
「ほざけ!」
戦闘は、言葉を交わす間もなく始まった! アウルの暗殺者三人は、一瞬で連携し、ラバァルとヨーゼフに襲いかかる! 一人は毒を塗ったクナイを投げつけ、一人は音もなく背後へ回り込もうとし、リーダー格の男は両手に持った異形の短剣でラバァルの急所を狙う! まさに、暗殺者のための戦闘術!
ヨーゼフは咆哮し、気を最大限に高め、力でクナイ使いと回り込もうとした者を同時に相手取る! 気のコントロールを意識しつつも、アウルの暗殺者の素早い動きに対応するため、彼は防御と力強い反撃に集中する。以前の彼なら翻弄されていたかもしれないが、今は違う。ラバァルとの訓練と、気を制御する技術が、彼の戦い方を別次元へと引き上げていた。
その隙に、ラバァルはリーダー格の男と対峙した。男の双剣術は鋭く、変幻自在。ラバァルの動きを封じ込めようとする。しかし、ラバァルの動きは、そのさらに上を行っていた。アサシンとして培われた超絶的な体術と予測能力で、男の攻撃を紙一重でかわしたり受け流したりと、逆に相手の呼吸と動きの僅かな隙を突き、的確な打撃を叩き込んでいく。
「なっ…!? この動き…どこでこんな技を…!?」リーダー格の男は、ラバァルの人間離れした動きに、驚愕と困惑の声を上げた。彼が知るどの流派とも違う、異質で、そして恐ろしく効率的な戦闘術。一体この男は何者なのだ、と。
「…死人に名乗る必要はない」ラバァルの目に、冷たい殺意が宿る。
ラバァルの動きが一層鋭くなり、ヨーゼフも敵の連携を力で打ち破り始めたことで、勝負は一瞬で決した。アウルの暗殺者三人は、なすすべなく打ち倒され、床に沈んだ。
ラバァルは、倒した三人を縛り上げると(今回も殺さずに情報を引き出すつもりだ)、部屋の奥に、怯えて隠れていた数名の幼い子供たちを見つけた。彼らもまた、アウルに攫われ、ここで暗殺者としての訓練を受けていたのだろう。
「…もう大丈夫だ。お前たちを傷つけた奴らは、俺が倒した」ラバァルは、できるだけ優しい声で言った。「ここを出て、自分の家に帰れ。もし帰る家がないなら…外で待ってろ。
子供たちは、怯えながらも、ラバァルの言葉に頷き、涙を流しながら部屋を飛び出していった。
ラバァルは、気絶しているナンバーズの少年少女たちにも近づき、一人ひとりの顔を見た。
(こいつらも、アウルの毒牙にかかった被害者か…だが、まだやり直せるかもしれん)
彼は、ヨーゼフに命じた。「ヨーゼフ、残った子供達と、今捕らえたアウルの暗殺者どもをアジトへ連行しろ。ナンバーズのガキどもは、ウィッシュボーンに『再教育』させる。使い道があるかもしれん。アウルの連中からは、徹底的に情報を引き出す。アウル本体のこと、ムーメンとのこと…洗いざらい吐かせるぞ」
「…承知した」ヨーゼフは、複雑な表情ながらも、頷いた。
こうして、ゴースト・ナンバーズの拠点は完全に制圧され、アウルの暗殺者たちも捕縛された。ラバァルは、アウルに関するより核心的な情報を得る足掛かりを掴み、同時に、未来の脅威となりえた子供たちの問題にも、彼なりの決着をつけた。アウルとの戦いは、まだ始まったばかりだ。
最後まで読んで下さりありがとう、つづきを見掛けたら読んでみて下さい。




